
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.2 これからの歳時記

暑すぎる夏が続き、あっという間に秋が終わってしまった2010年。四季もサイクルも変化してきているようです。でも、まだまだ私たちの生活は、むかしから続く伝統や智恵、味を忘れてはいません。年越しそばに春の七草、旬の野菜に魚など、日々の変化や季節を意識するのは、まず食からといっても言い過ぎではなさそうです。
人間、何はなくとも食べないと死んじゃうじゃないですか。だから趣味を聞くよりも、何をよく食べてますか、なんて話しをしたほうが答えやすいと思うんです。
本作りが好きで、スタイリストとして料理本をたくさん作ってきました。女優沢村貞子さんの淡々と記録が書かれた日記があるんですが、沢村さんの人となりやご主人を思う気持ちが感じられるステキな本です。夫婦がいたわりあっていて、季節のこんなものをこさえたみたいなことが書いてある。沢村さんや高峰秀子さんの日記形式の料理本は、いまの時期何を食べてたんだろうって寝しなに読むといい。そうすると、明日の仕事帰りにあそこ寄って油揚げを買おうかなみたいに思うんです。そういう感覚が自分の指針というか、滋養になっています。わたしは料理本を通してそれを作る人の人間性を伝えたい。
人間、何はなくとも食べないと死んじゃうじゃないですか。だから趣味を聞くよりも、何をよく食べてますか、なんて話しをしたほうが答えやすいと思うんです。
人が季節を感じるのって、やっぱり食べる物だと思うんです。
いま、週の月、火は栃木の黒磯に住んでいます。吉田(夫・吉田昌太郎/アンティークショップ タミゼのオーナー)の実家の前に、魅力的な倉庫を見つけたのがきっかけでした。地元に帰ると吉田は釣り三昧。地元の人、特におじさんたちの趣味は釣りしかない(笑)。あとは山くらい。よかったのは、私が住んでみて必然的に自然がいいと思える環境だったことです。野菜も普通に地物が並ぶので、それを買っていると、いまはきのこの季節なんだと自然に感じますよね。その時期はものすごい山盛りに積まれるから、田舎にいるとおおよそでも旬のものがわかってくる。人が季節を感じるのって、温度もそうだけど、やっぱり食べる物だと思うんです。
黒磯というか田舎の気持よさって、もの足らないことの気持ちよさだと思うんです。贅沢な話だけど、東京にいると仕事している間は死ぬことはない。でも、黒磯だと寒さで死んじゃうこともあるかもしれない(笑)。寒かったら着込めばいいんだとか、出たくないからあるもので何か作ろうとか、昔の人なら当たり前にやっていたことを改めて考えるんです。何かで壁を埋めて温度が二度でも上がったらすごくうれしくて、自分たちすごいんじゃないかとか喜んだり(笑)。そういう生きていくための工夫をする楽しさがあるんです。
基本的な料理で、私は季節の移ろいを感じているんでしょうね。

ここ何年か、毎年お味噌と梅干を漬けるようになりました。最初は、季節のものを作るってかっこいいみたいな気持ちで始めたんです(笑)。梅干は実際大好きなんですよ。黒磯にも住むようになってからは、買ったキレイな梅よりも、吉田の実家で取れるそばかすのある梅を漬けています。お味噌は調味料の中で一番好きなものなんですが、ローブリューというバスク料理店の人に「手前味噌とはよく言うけど、自分で作る味噌ってほんとにおいしいよ」って味噌作りに誘われたんです。それでかれこれ5年くらい一緒に漬けています。自分で漬けるようになって、梅干とお味噌にはとても季節を感じるようになりました。しかも、自分が漬けたものはやっぱりおいしい。
海苔も大好きで、わたしにとって季節を感じる食べものの一つです。小さい頃、我が家では海苔は焼くものでした。大人になってから買えるところをお蕎麦屋さんに教わって、築地で買い始めたのですが、いつしか築地で欲しい海苔が買えなくなってしまい、それを本に書いたんです。そうしたら、以前仕事をした静岡の方が送ってきてくれて、私たちが普段食べるには、青のり入りで下から二番目くらいの安い海苔がいいよと。それを新海苔の時期に送ってもらって焼くと、ものすごく香りがいい。新蕎麦も食べたくなるけど、新海苔は最高。この時期にはジビエが食べたいとか、ボジョレー・ヌーボーが飲みたいとかは全然ないんです。でも、おいしい海苔と新米は食べたい。お米はとにかく好きで、普段は胚芽米を食べていても新米は必ず食べます。失敗もしましたけど、くり返し炊いてみることで、ご飯だけはどんな時にでもどんな道具でもおいしいものができるようになりました。そして、新米はやっぱり漆の椀に盛りたい。胚芽米とか分搗きの米なら沖縄系の無骨な器とかくわらんか。夏になったら磁器の白い器にとか、そういう小さなこだわりは実践しています。そこに合わせる味噌汁も濃さや具を変えます。夏だったらミョウガを刻んだものをバーっと入れたものだったり、春は青臭いぐらいの絹さやを入れたり。そんな基本的な料理で、私は季節の移ろいを感じているんでしょうね。
Profile
高橋みどり

スタイリスト。1957年東京生まれ。女子美術大学短期大学部で陶芸を専攻後、テキスタイルを学ぶ。大橋歩さんの事務所で働き、後にケータリング活動を経て、1990年、フリーのスタイリストに。料理本のスタイリングをメインに活躍する。著書に『ヨーガンレールの社員食堂』(PHP研究所)『伝言レシピ』(マガジンハウス)、『くいしんぼう』(筑摩書房)など多数。
こんな本はいかがでしょう
女性料理研究家の草分け辰巳浜子は、"主婦"であることをいつも大切にしていました。春の香る野草から、夏の魚。秋は松茸の正しい食べ方に冬の根菜。大切なのは、高い食材を買うことではなく、季節にふさわしい食材と"三度三度の食事を「一期一会」と考え、ゆるがせにしないこと"なのです。
画家で随筆家の岩満重孝が書いて、描いた魚だけの歳時記。画家としての彼は魚の姿についてしるし、随筆家としての彼は、漢字の名前からその由来や特徴を見つけます。少々ぶっきらぼうに感じることばですが、引用する俳句のように多くを語らず、絵とともに読むことで、言葉は豊かにふくらみます。
「頭を挙げるだけで自然と眼に映る天の宝玉図を知らずじまいにすることは、人間の享けうる幸福をむざと捨てることだ」。かつて天文少年たちの心の師、野尻抱影の言葉です。季節の変化は、気温や食物ばかりではありません。星空が最もキレイに見える冬から始める、ロマンチックな天体観測歳時記。
日本ほど季節の表現が豊富な国もいないのではないでしょうか。俳句の季語はそのわかりやすい例です。はっきりとした四季を感じることのできる数少ない地域であることや、海にも山にも恵まれた島国であったことなど、日本に生まれたことをより楽しむための、繊細な美しい日本語をご堪能ください。
紙で味わう一冊
うちのおかず / 土井信子 (著) / (主婦の友社)絶版

今年亡くなった土井信子さん。わたしが駆け出しのころ、毎月土井さんの家に通って作った本です。そろそろ筍の季節だから筍ごはんにしようと思うと、料理人が作った品のいいのではなくて、甘辛く筍を炊いたような家庭の味が載っています。料理本はたくさん作ってきたけど、月が変わるときに見たくのなるのはこの本なんです。





