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山崎豊子さんが語る『運命の人』

※本記事は2012.2.3時点のものとなります。

このたび山崎豊子さんの最新作『運命の人』全4巻が電子化しました。この作品は累計180万部突破、毎日出版文化賞特別賞受賞作です。また、1月15日より本木雅弘・松たか子・真木よう子主演で、ドラマ「運命の人」が放送されます。沖縄返還交渉をめぐる密約を知った政治部記者。健全なジャーナリズムを支える「知る権利」とは?「国家機密」は誰のためのものか?戦後史を問い続けてきた著者の、渾身の大作を山崎豊子さんに語っていただきました。

※このインタビューは週刊文春2009年5/7・14号掲載の記事を再構成したものです。

――十年ぶりの新作を完結した気持ちは。


山崎豊子(以下Y):「読者の皆さんを本当にお待たせしてしまいました。これが最後の作品だという気持ちをこめて書き上げましたから、今は一種の虚脱状態ですね。長編執筆中はエッセイやインタビュー、講演などの依頼をすべて断わって小説に集中しているため、ほとんど表舞台にたつことはありませんでした。そのせいか、重病なんじゃないかといわれていると聞いて、びっくりしたこともありましたよ(笑)」


――近年、大学病院を舞台にした『白い巨塔』や、旧家の遺産相続争いを描いた『女系家族』、キムタク主演で話題になった『華麗なる一族』など、作品がドラマ化ラッシュで、いずれも高視聴率を記録しています。今年も新たにドラマ『不毛地帯』、映画『沈まぬ太陽』の製作が進行中ですが、いくつもの山崎作品が、刊行後何十年も読み継がれ、映像化され続ける秘密はどこにあるのでしょうか。


Y:「特別な秘訣なんてありません(笑)。私はいつも、ただよい小説を書こうとしているだけです。ただ、そのための時間と労は惜しみません。私は文字通り四六時中、小説のことだけを考えています。大きな構想のもとに、出来る限りの取材をし、事実を掘り下げる。しかし、取材で得た事実を羅列しただけでは小説にはなりません。テーマをどう構成し、人間ドラマを形作って行くか、考えに考え抜き、ディテールにもこだわります。そうしてこそ作品に厚みが出て、真実というものが表現できるのではないでしょうか」


――当時の新聞社内の締め切り間近の騒然とした雰囲気や、記者の生態も臨場感を持って描写されています。


Y:「若い読者の方はご存じないかもしれませんが、私は戦争中に毎日新聞大阪本社に入社し、十年ほど学芸部の記者をしていたのです。在職中に小説を書き始め、直木賞を受賞してから作家として一本立ちしたわけですが、今回の『運命の人』には当時見聞きしたことが確かに生きていますね。新聞記者の傲慢さ、社内の散らかりようなどは、なかなかリアルに書けたのではないでしょうか(笑)。主人公は記者としての使命を人一倍強く感じています。だから時の政権が画策している国民に対する欺瞞が許せない。その使命感が、思いがけない事件を引き起こし、彼と権力を全面対決させることになる。そして彼自身にも、家族にも悲劇を呼んでしまうのです」


――考えてみれば、新聞社出身の山崎氏が、これまでマスメディアを舞台にした作品を発表していないことのほうが不思議だったのかもしれませんね。


Y:「第四の権力と言われて久しいマスメディアについては、いつか書いてみたいという気持ちを持ち続けてきました。しかしこれという題材に出会うことができなかったのです。
ひとつのきっかけは、前作の取材中に、ふと思いついて沖縄を旅したことでした。
初めて訪れた沖縄で、地元の人に様々お話を聞きました。沖縄戦のことや、米軍統治下のこと、現在の米軍基地問題・・・・・・。
先の戦争で、大学生だった私は軍需工場へ動員されました。その時の辛さ、悲しさが私の作家としての原点でもあります。私はなんとなく沖縄が祖国復帰して万々歳、様々な問題は片付いたような気になっていたのですが、実際にこの目で見た沖縄の実情は違いました。やはり戦後の日米関係、沖縄返還には、何か歪みがあったのではないかという気がしてなりませんでした。その時、沖縄をなんとしても書きたいという気持ちが湧いてきたのです」


――そこで、古巣の毎日新聞社を揺るがした「外務省機密漏洩事件」(昭和四十七年)を思い起こされたわけですね。つまり、「マスメディア」と「沖縄」、『運命の人』は山崎氏の二つの大きなテーマが融合した作品となった。


Y:「事件のあらゆる関係者に取材を試み、当事者の方からは貴重な資料も提供していただきました。小説である以上、事実そのままというわけではありませんが、多くの人のご協力なくしてこの作品は完結しなかったでしょう。
私はこの物語を悲劇として描きました。この悲劇をもたらした国家権力の欺瞞に対する、強い怒りをこめたつもりです。
今は、読者の皆さんにどんなふうに読んでいただけるか、期待と不安でいっぱいです」

ドラマ「運命の人」
出演 本木雅弘・松たか子・真木よう子 ほか
TBS系全国ネット 2012年1月15日放送開始 日曜夜9時~
http://www.tbs.co.jp/unmeinohito/

運命の人(一)

毎朝新聞政治部記者の弓成亮太は、自他共に認める花形記者だ。昭和46年春、大詰めを迎えた沖縄返還交渉の取材中、弓成は日米間にある密約が結ばれようとしていることに気づいた。しかし物証がない。熾烈なスクープ合戦の中、弓成に蠱惑的な女性の影が……。大スクープか、取材源の秘匿かと迷ううち、事態は急変。「外務省機密漏洩事件」に材をとり、国家権力に叩きのめされた男の挫折と再生劇として甦らせた、構想10年・毎日出版文化賞特別賞受賞の傑作。ドラマ化原作!

運命の人(二)

警視庁地下の取調室で重々しく響いた声は「弓成亮太、逮捕状を執行する」。強大な国家権力と「報道の自由」を訴えるジャーナリズムの全面戦争に沸騰する世論。ペンを折られ、苦悩する弓成。スキャンダル記事に心を乱し、家族を守ろうとする妻・由里子。弓成の不倫相手と注目され被告席でぐったりと目を伏せる元外務省の三木昭子と、それをじっと見つめる夫。そしてついに、運命の初公判──。戦後史の意味を問いつづける著者・渾身の巨篇、第2巻。

運命の人(三)

東京地裁の判決は、2人の被告の明暗を分けた。毎朝新聞記者の弓成亮太は無罪、元外務省高官付き事務官・三木昭子は有罪に。その直後、弓成は新聞社に退職届を出し、とある週刊誌には昭子の赤裸々な告白手記が掲載された。傷ついた弓成の妻・由里子はある決意をかためる。判決後、検察側はただちに控訴。「知る権利」を掲げて高裁で闘う弁護団の前に立ちふさがるのは、強大な国家権力。機密は誰のためのものなのか? それぞれの運命が激動の渦に巻き込まれる第3巻。

国家権力に叩きのめされた弓成は、すべてを失って沖縄に辿り着き、絶望に閉ざされる中、さまざまな島の人々と出会う。取材に邁進していた頃は見えていなかった沖縄の辛い歴史と、いまもレイプやヘリコプター墜落など基地がらみの事件が頻発し、アメリカに蹂躙されつづける現実に直面した彼は、ゆっくりと甦り、ふたたびペンを手にする。そのとき、あの密約を立証する公文書が米国立公文書館で発見されたというニュースが飛び込んできて……感動の巨篇、ここに完結。

Profile

山崎豊子

1924年、大阪市生まれ。京都女子大学国文科卒業、毎日新聞大阪本社に入社。1957年、生家の昆布商を題材にした処女長篇『暖簾』を書下し刊行。翌58年、『花のれん』で第39回直木賞受賞。同年退社、作家生活に入る。大阪商人の典型を描いた作風は『船場狂い』『しぶちん』と続き『ぼんち』で大阪府芸術賞受賞。その後、1961年『女の勲章』、1963年『女系家族』、1964年『花紋』など激動する時代の中で、勁く生きる女性たちを描く作品を発表する。また1965年、巨大組織の暗部に挑む『白い巨塔』、1967年『仮装集団』、1973年『華麗なる一族』、そして1976年から1991年にかけて、戦争三部作といわれる『不毛地帯』『二つの祖国』『大地の子』、1999年に『沈まぬ太陽』、2009年に『運命の人』と、近代史や現代史にかかわる長篇作品を発表し続けている。1991年第39回菊池寛賞受賞。

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