
大切なことは〝命をなくさないこと〟(キノの旅)
大切なことは〝命をなくさないこと〟
「キノはどうして旅を続けているの?」 「ボクはね、たまに自分がどうしようもない、愚かで矮小な奴ではないか? ものすごく汚い人間ではないか? なぜだかよく分からないけど、そう感じる時があるんだ・・・・・・でもそんな時は必ず、それ以外のもの、例えば世界とか、他の人間の生き方とかが、全て美しく、素敵なものの様に感じるんだ。とても、愛しく思えるんだよ・・・・・・。ボクは、それらをもっともっと知りたくて、そのために旅をしている様な気がする」 ―――短編連作の形で綴られる人間キノと言葉を話す二輪車エルメスの旅の話。今までにない新感覚ノベルが登場!
命をなくさないこと。これこそがキノの旅において著者が伝えたいテーマのひとつなのではないかと私は思う。
キノの旅は主人公のキノがモトラド(二輪車)のエルメスと一緒に世界中の国を旅する1話完結型の短編ストーリーである。既刊は20巻。今も続いているライトノベルを代表する作品のひとつだ。
ライトノベルの読者層の主流は中・高生だと言われているが、本作は間違いなく大人が読んでも面白い作品だろう。というのもキノの旅では個性的な制度や生き方・価値観など、寓話の要素も入っているからである。古今東西にある優れた寓話のなかにキノの旅を含めてもいいのではないかと思うほど、ひとつひとつの物語がユーモアかつ面白い。
本作においてキノは中立的な立場を取る場合が多い。物語のなかには常識はずれな考え方・生き方をしている人々が多数登場するが、キノは彼らを諭すようなことはしない。すでに答えが出ているようなものに対しても、キノはあくまで中立的なポジションを守るのだ。「自分は神ではないから」と言って、キノは答えを求める質問者たちを軽く受け流す。
このキノの中立的な立場が読み手に考える力を与える。「もしかしたら自分が常識だと思っていたことは間違っているのかもしれない」と。これは本作の話に限らず、私たちの日常生活においても考えさせられることである。この世界にはいろんな人間がいて、それぞれ生き方・考え方が違う。そして、そのどれにも正解はないんだ、と著者は私たちに訴えているような気がする。
数々の国を旅しているキノは、このような質問を受けることがある。
「旅で一番気をつけなくちゃいけないことは何かな?」
この問いに対し、キノはこう答える。
「命をなくさないことです」
実はこの言葉、キノ自身の言葉ではなく、彼女の師匠の言葉である。キノは本作において百戦錬磨の強さを持ち合わせている旅の上級者なのだが、そんな彼女よりも優れている師匠は旅を極めた者であるといっても過言ではないだろう。そして、旅を極めている師匠の言葉だからこそ、本作において重要なメッセージなのではないかと私は思うのだ。
キノたちの世界では人が当たり前のように殺される。騙し騙され、ときには新薬開発のために命を落とす者もいる。現代の日本において誰かに殺されるということはほとんどない。だが、私はこの言葉がどうも心に引っかかるのである。
キノはいつまでもどこまでも旅をする。どれだけ困難な道や出会いがあっても、彼女は旅をやめようとはしないし、やめることもできない。私たちの人生も旅のようなものではないだろうか? 楽しいこともあればつらいこともある。ときには死にたくなるくらい苦しいこともあるだろう。だが、旅の途中で絶対にやってはいけないことがある。それは〝死なないこと〟なのだ。
本作は短編集であるが故に著者が何を一番伝えたいのかという読み手の回答は千差万別であると思われる。しかし、私はこのキノの師匠の言葉が本作の物語すべてを通じて言えるひとつのメッセージなのではないかと思う。
キノの旅の物語は私たちに問いかけ続ける。そして、その答えは永久に見つからないのかもしれない。だからこそ私たちはこの作品に魅力を感じるのだろう。(ねこねこ)


