
あの人が斃れた時には晩飯が喰えなかったものですよ(銀河英雄伝説)
あの人が斃れた時には晩飯が喰えなかったものですよ
“常勝の天才”ラインハルトと、“不敗の魔術師”ヤン・ウェンリー。ふたりの名将が現れたとき、銀河帝国と自由惑星同盟の抗争は新たな段階を迎えた。圧倒的なスケールを誇る宇宙叙事詩、スペースオペラの金字塔。
たった一度だけ、というかたった一人だけ、フィクションなのに、物語中で亡くなったことが衝撃で、食事が喉を通らなかったキャラクターがいます。
その人が登場する物語が、この『銀河英雄伝説』です。
いえ、まあ他者への感情移入能力は、比較的高いほうだと思います。
作家としては武器にもなりますが、日常生活では、時として面倒くさいもので。
自我境界線がゆるいっていうのですかね。幼い頃は、ドラマを見ていて登場人物が恥をかきそうなシチュエーションに耐えられず席を外すような子でした。
長ずるにしたがって、そういうことも減ってましたし、それは別にしても、感情移入はしつつも、物語中の死に動揺するようなことは、めったにありませんでした。なんかこう、うまいことフィルターかなんかを自分の中に作ってたんだろうな、とは思うんです。
それが、この人の場合だけは、どうしようもなく悲しくて、本を読み終えたのが夕方すぎで、そのまま夕飯をほとんど口にせず、翌日くらいまで、ぼんやりしていた覚えがあります。
もう、いいかげん二十歳も超えてたんですけどね。
私が『銀河英雄伝説』を手にとったのは、学生時代、大学生協の書籍売り場でした。
一巻は初版です。というか、まだ続刊が出るかどうか決まってなかったんでしょうね。通し番号もついていませんでした。
いやあ、一読でハマりましたねえ。
遥かな未来、銀河系に広がった人類は、帝政をとる〈銀河帝国〉と、それに反旗を翻した人々による民主主義国家〈自由惑星同盟〉に分裂して、長い長い戦争を続けています。身分制度をとる帝国だけでなく、自由と平等を謳う同盟も、戦争による疲弊で、腐敗が蔓延していました。その両者の狭間に位置する自治領フェザーンは経済力によって第三勢力として陰謀をめぐらしています。
……というのが基本設定で、新書版で十巻にわたり、この銀河帝国を乗っ取ろうとする天才ラインハルト・フォン・ローエングラムと、同盟にあらわれたもうひとりの天才ヤン・ウェンリーをそれぞれ中心にした、銀河の興亡が描かれてくわけですが。
大好きなんですけど、正直、SFとしての魅力はそんなでもなかったです。すいません。モビルスーツや一年戦争の経緯について熱く語れる人はたくさんいるけれど、銀英伝の宇宙戦艦や戦争の大きな流れで熱い人はわりと少ない印象があるんですよ。三次元の広大な宇宙なのに、二次元で戦ってる感じだし。
だが、そんなことはどうでもよいのです!!
よいのですよ!!
銀英伝の魅力は、やはり登場する多彩なキャラクターたちの人間模様にあります。
黒色槍騎兵(シュワルツランツェンレイター)を率いるビッテンフェルト提督、バーミリオン会戦で三隻の旗艦を乗りかえつつラインハルトを守り切った鉄壁ミュラー、疾風ウォルフことミッタマイヤー、金銀妖瞳のロイエンタール……といった帝国の錚々たる元帥たち。
あるいは、ヤン・ウェンリーにつき従うユリアン・ミンツ少年や、その兄貴分たる撃墜王オリビエ・ポプラン。あるいは、アッテンボローにキャゼルヌ准将、ムライのおっちゃんにメルカッツじいちゃんといった、ヤン麾下の提督たち。
お気に入りのキャラクターは、たくさんいます。キャラクター贔屓が生まれる作品だからこそ、それぞれのよって立つ理念はさておきとしても、ファンも帝国派と同盟派に分かれて、楽しくケンカ(笑)できるのでしょう。
魅力あふれる彼らが、あるものは信念に、あるものは矜持に、あるものは誰かのために、またるものは欲望のために……戦い、そして死んでゆく、そのドラマこそが銀英伝の魅力でした。
はい、戦争のドラマですから、人は死にます。常勝のローエングラムのもとにいても、不敗のヤン・ウェンリーに指揮されていても、犠牲のない戦争などありえません。まして、彼ら自身、少なくとも物語の大半は「誰かの命令で、押しつけられた状況で戦わざるをえない」のですから。
もちろん、物語の最後まで生き抜くキャラクターもいますが「せめてこの人は」と思う登場人物も、ある時はドラマチックな盛り上がりの中で、ある時は実にあっさりと、死んでいきます。死んじゃうからこそ、感情移入させるよう、たくみにキャラクターが語られているわけですが。
キャラクターの魅力を中心にハマっていたからか、アマチュア時代に、銀英伝RPGとか考えてました。まったく力不足で完成にはほど遠いレベルで放置してありますけどね。
大局的に帝国と同名の戦争を扱ったウォーシミュレーションゲームはいくつも出ていましたが、自分が考えていたのは、それらを背景にした日常を扱うものでした。いや、完成しなかったゲームの話とかどうでもいいですね。
さて、そういう読者であった私が、どの登場人物の死に、冒頭に書いたような衝撃を受けたかというと……まあ、それはネタバレになるので、なしにしておきましょう。生き抜くキャラだっているんですから、この人は死ぬよ、と宣言するのもね。あからさまに伏線は貼られてますけど。ともあれ、これからお読みになる方は、どうか、お気に入りが死なないよう、どきどきしながら読んでいってください。
ただまあ、なんだかんだ言って、やっぱり私は同盟派なんですよねえ。トリューニヒトには、絶対に票は入れませんけどね!(友野詳)


