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ライト・スタッフが作り出す軋み(オービタル・クラウド)

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今回は『オービタル・クラウド』(藤井 太洋 著)を取り上げます。

ライト・スタッフが作り出す軋み

オービタル・クラウド 上

【日本SF大賞受賞】2020年、流れ星の発生を予測するWebサイト〈メテオ・ニュース〉を運営する木村和海は、イランが打ち上げたロケットブースターの2段目〈サフィール3〉が、大気圏内に落下することなく、逆に高度を上げていることに気づく。シェアオフィス仲間である天才的ITエンジニア沼田明利の協力を得て、〈サフィール3〉のデータを解析する和海は、世界を揺るがすスペーステロ計画に巻き込まれて――

小説を映像の軸でとやかくいうのはどうかと思うが、そういった印象を持ってしまったから仕方がない。『オービタル・クラウド』を読み進めて私が感じたのは、自分のスクリーンに映る映像が極めて鮮明であり、かつエッジが立っているということだった。少し前ならデジタル・ハイビジョン、今風ならあまり見てはいないのだが4Kや8Kといったところだろうか。

 さらに調子づいていわせてもらうと、この小説のアングルワークがいい。映画の世界にくわしくないので異論があるかもしれないが、素人的に思ったのはヨーロッパテイストのアメリカ映画といったところだ。映像の味わいはキリリとしていて、派手さはいい程度に抑えられている。しかし人物たちの動きは小気味よく、かつカメラの切り替えが絶妙なのだ。

 ネットワークシステムへの造詣はかなりのもので、知識に対するそれ相当の自信がなければここまでは書き込めないだろう。また登場人物のキャラクターの設定も見事だ。その点については映画としても濃い部類だろうし、アニメ的な雰囲気さえ醸し出している。

 さてこの物語、舞台は東京、イラン、アメリカ、セーシェル、そして軌道上をホッピングしていくかのように一つ所を数ページで展開していく。これが映画ならばその速さに観客が目を回すかもしれないが、テンポのいい紙の上のジャンプは、ある種の緊張感を伴う快感ですらある。

 ほんの少しだけ残念なのは、宇宙の描写がほぼジュディ・スマークのライブレポートに限られていること。もちろん作者は軌道上を地上とは別のカタチで描きたいと考えたのだろうけれど、中学時代にアポロに魅了され、スカイラブにゾッコン惚れ込んでしまった初老の万年宇宙少年からすると、地上のメカニカルな説明と同等に、宇宙船の機器を描いて欲しかったなぁ、とは思う。

 かつて『ライト・スタッフ』というドキュメンタリー小説があり、それを原作とした映画があった。日本語にすると「正しい素質」というやや陳腐な言葉より、もともとの意味合いはもっと深いものだろうが、この『オービタル・クラウド』の登場人物には、『ライト・スタッフ』に登場する面々以上に、その素質を感じることになる。

 そこに登場するアメリカ人たちには、当初からその素質にふさわしい場所が与えているのだが、それ以外の日本人、さらに北朝鮮人やイラン人たちは、自身の素質から遠い場所に立っている。その齟齬が世界の軋みを生み出し、物語を展開させていく。その軋みの果てに、ある者は素質に合致した場所を得て、ある者は死んでいく。その末路が彼らの素質にあるのではなく、出生によるとすれば、これは限りなく哀しい物語でもあることを忘れてはならないのだろう。(忍澤勉)

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