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ぼくの好きなフィリップ・K・ディック

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今回は牧眞司さんのコラムをご紹介します。

「ぼくの好きな作家」シリーズ、第1回はフィリップ・K・ディックです。

ぼくがフィリップ・K・ディックの名前を意識するようになったのはいつからか、もうはっきりとは覚えていないのですが、いちばん先に読みたいと思ったのはおそらく『高い城の男』でしょう。中学生になったばかりのころのぼくのバイブルは筒井康隆編『SF教室』(ポプラ社)でした。その本のなかで、伊藤典夫さんが「世界の名作」の章を担当されており、そこで〔ディックの最高傑作といわれる〕として、この作品を取りあげていたのです。伊藤さんの文を引用しましょう。


 

時代は、いま。場所は、アメリカ。ところが、このなかにえがかれている世界は、ぼくらの知っているアメリカとはまったくちがっている。時の流れが、一九四〇年ごろのどこかで、ちょっと変化したのだ。
第二次世界大戦は終わったが、勝ったのはアメリカやイギリスではなく、なんと日本とドイツだった!
(略)
 そんな世界で、ひとりの作家がある小説を書きあげた。それは、第二次世界大戦でドイツと日本が負けた空想の世界をえがいた、ふしぎな小説だった……。


 
多元世界テーマというのはすでになじんでいたが、第二次大戦の結果がひっくり返っているという大仕掛け、そして多元世界のなかで多元世界の小説があるという入れ子構造が凄いと思いました。さっそく本屋に飛んでいきましたが、店頭には並んでおらず、注文して取り寄せてもらうことになりました。まだ文庫ではなく、《ハヤカワ・SF・シリーズ》(HSFS)版のころです。

 
《HSFS》にはディックの作品がけっこう入っていました。『SF教室』では、「SFにでてくることば」の章(こちらは豊田有恒さんの担当)で、「次元」の説明のなかで『宇宙の眼』が取りあげられており、こちらも興味を引かれましたが、《HSFS》版はすでに品切れで値段の張る《世界SF全集》を買うしかなく、とぼしい小遣いをやりくりしている身としてはあとまわしにするしかありませんでした。《HSFS》の目録をみると、ほかに『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』『火星のタイム・スリップ』が目につき、なんだか大袈裟なタイトルだと印象に残りました。このうち、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はあまり間を置かずに買って読んだはずです。もしかすると、『高い城の男』よりもこちらのほうが先だったかもしれない。

高い城の男

第二次世界大戦が枢軸国側の勝利に終わってから十五年、世界はいまだに日独二国の支配下にあった。日本が支配するアメリカ西海岸では連合国側の勝利を描く書物が密かに読まれていた……現実と虚構との間の微妙なバランスを、緻密な構成と迫真の筆致で描いた、P・K・ディックの最高傑作!

観測台から見下ろしていた見学者たちを、突然の災厄が襲った。陽子ビーム加速器が暴走し、60億ヴォルトの陽子ビームが無秩序に放射され、一瞬で観測台を焼き尽くしたのだ! たまたまその場にいた8人は、台が消滅したためにチェンバーの床へと投げ出された。やがて見学者のひとり、ジャック・ハミルトンは、病院で意識を取り戻す。だがその世界は、彼の知る現実世界とは、ほんの少し違っていた……鬼才の幻の名品登場!

火星植民地の大立者アーニー・コットは、宇宙飛行の影響で生じた分裂病の少年をおのれの野心のために利用しようとした。その少年の時間に対する特殊能力を使って、過去を変えようというのだ。だがコットが試みたタイム・トリップには怖るべき陥穽が……フィリップ・K・ディックが描く悪夢と混沌の世界。

その当時の印象としては、『高い城の男』は易経とか出てきて妙に神秘的だし、多元世界が拮抗するようなダイナミックな感覚もないし、もうひとつボンヤリしているなというものでした。それに対して、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はメインプロットがマンハントなのでアクションもあるし、多くのアイデアがちりばめられていて堪能しました。とくにシビれたのは、逃亡アンドロイドを狩る主人公が彼自身もアンドロイドでないかと疑うくだりと、本物の動物が希少になり電気動物をペットにしているひとびとの心境、そしてカジュアルな宗教として流行しているマーサー教の真相です。つまり、「にせもの」のテーマが幾重にも張り巡らされていて、しかも、にせものが全否定されているわけでもない。模造と知りながら、なお心の拠り所とすることは可能だという諦観というかアイロニーが新鮮でした。じつは、『高い城の男』にも同様の境地があるのですが、それに気づくのはだいぶあとの再読時になります。
 市民は自らの自由意志において決断し人生を築いていくべき――というのが、おそらくアメリカの規範でしょう。SFでもロバート・A・ハインラインやポール・アンダースンの主人公はそういうタイプです。しかし、ディックの登場人物はそういう規範にうまくなじめない。自分を導いてくれる何かを求めているふしがある。『偶然世界』『宇宙の眼』などの初期作品ではディストピアや閉塞的な状況から抜けだす出口が見える場合もある。『アンドロイドは~』『高い城の男』を含む中期作品では出口は見えないまでも、主人公がつかのまの平穏を見いだせる。後期の『ヴァリス』ではついに神学にまでたどりついてしまう。

九惑星系の最高権力者ヴェリックは、公共的偶然発生装置のランダムな動きにより失脚した。かわって権力の座についた無級者カートライトも、ボトルのくじ引きにより六十億の人々のなかから選ばれる。だが、数時間後、指名大会で選出された刺客がカートライトの命をねらっていた・・・・・・著者の第一長篇。

友人グロリアの自殺をきっかけにして、作家ホースラヴァー・ファットの日常は狂い始める。麻薬におぼれ、孤独に落ち込むファットは、ピンク色の光線を脳内に照射され、ある重要な情報を知った。それを神の啓示と捉えた彼は、日誌に記録し友人らと神学談義に耽るようになる。さらに自らの妄想と一致する謎めいた映画『ヴァリス』に出会ったファットは……。ディック自身の神秘体験をもとに書かれた最大の問題作。/掲出の書影は底本のものです

そういう人間的な弱さを抱えこみながら、物語の表層ではパルプ雑誌を源流とするジャンルSFの匂いがぷんぷんするガジェットが過剰なほどに投入されているのも、ディックの面白さ。過剰なアイデアとハイテンポな場面転換によって読者を眩惑するSFといえば、A・E・ヴァン・ヴォクトやアルフレッド・ベスターがいるのだけど、彼らの作品は登場人物もそれにふさわしいキャラクターの立ったヒーローでした。それに対して、ディックはケレン味たっぷりなのに、登場人物はちっぽけで湿っぽい。そのギャップも独特の味わいでしょう。(牧眞司)

フィリップ・K・ディック作品

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