Reader Store

紙と同時発売! 作家:伊東潤 インタビュー

※本記事は2014.4.23時点のものとなります。

天地雷動

信玄亡き後、戦国最強の武田軍を背負った勝頼。これを機に武田家滅亡を目論む信長、秀吉、家康。息詰まる駆け引きの果て、ついに合戦へと突入する。かつてない臨場感と、震えるほどの興奮!待望の歴史長編!

インタビュー

2013年、『国を蹴った男』で吉川英治文学新人賞を、『義烈千秋 天狗党西へ』で歴史・時代作家クラブ賞(作品賞)を、『巨鯨の海』で山田風太郎賞を立て続けに受賞、さらに「この時代小説がすごい」(単行本部門)でも『巨鯨の海』が第一位を獲得し、今、乗りに乗っている伊東の新作『天地雷動』は、デビュー作『武田家滅亡』へとつながる武田勝頼の物語。勝頼は何を思い、なぜ長篠で敵の馬防柵に突入命令を下したのか。斬新な解釈とスリリングな展開で読ませる問答無用の戦国合戦小説。

勝頼は唯一勝っていくしか道はなかったわけです。その様子には現代の企業に近いものを感じました

・・・新作『天地雷動』は、長篠の戦いをクライマックスに描かれた武田勝頼の物語で、デビュー作である『武田家滅亡』から遡った物語になっています。武田家の物語を書き始めたとき、この戦いはいずれ描くつもりでいたのでしょうか。


伊東: 戦国時代の転機となった大合戦が長篠の戦いでした。戦国時代を主に描いてきた者として、それをスルーすることはできません。『武田家滅亡』執筆時から、そのことは考えていて、今回、ようやく実現に漕ぎ着けました。時系列的には逆になりましたが、うまくつなげられたとおもいます。


・・・今回は、武田家にとって神である武田信玄から息子・勝頼への流れの中、信長や秀吉、家康という巨大な3人が交錯することで、それぞれの個性や立ち位置、武田家のあり様が見えてきました。伊東さんは“武田家”をどういう存在として見ていらっしゃいますか?


伊東: 武田家は、拡大至上主義という意味で典型的な戦国大名だと思います。武田家の場合、その領国である甲州と信州が山国で農業に適した平地が少なかったというだけではなく、富士山の火山灰のおかげで、甲州などは沃野というにはほど遠く、領民は常に飢餓と隣り合わせで生きていました。つまり拡大政策を取る以外に道はなかったのです。それは信玄や勝頼の野心というよりも、寄子国衆や地侍層の要望でした。それゆえ、勝頼が無理をせねばならない下地は十分にあったのです。そうした拡大至上主義の行き着いた先が長篠でした。さらに信玄と家臣団との間の人格的主従関係は、信玄が死んでしまえば、勝頼には引き継がれません。それゆえ家臣団は独立傾向を示し始めます。勝頼には勝ち続ける以外に求心力を維持する術はない。こうした形で、勝頼は追い込まれていったわけです。


・・・作中で信長、秀吉、家康の三人は三者三様の論理で自説を展開していきます。結果から考えれば、あの時代を勝ち残るために必要だったのは、結局は家康的な考え方だったのだと思いますか。


伊東: 前作『峠越え』でも書きましたが、家康が最終勝者となったのは、凡庸な己を知っていたからです。信長も秀吉も、当初は己を知ってはいましたが、すべてがうまくいきだすと、だんだんと自己肥大化していきます。それが慢心につながり、信長は本能寺の変を招きます。一方の秀吉も、大陸出兵という無謀な道に踏み出すことにより、豊臣家を滅亡へと導きます。これを見ていた家康は、同じ轍を踏まなかったわけです。やはりあの時代も今も、勝ち残る人間は、「己を知る者」でしょうね。


・・・自分の存在だけではなく、家として続けることを考えると。


伊東: 仰せの通りですね。信玄の武田家は、信玄でしか運転できないコックピットだったわけです。同様に、秀吉の豊臣家もそうですね。おそらく信長の織田家もそうなったでしょう。唯一、家康だけが、自分専用でない汎用性のあるコックピットを造ろうとしました。それゆえ早いうちに秀忠に将軍職を譲り、幕府の統治基盤を固めていきます。家康の心配性が徳川氏の繁栄を築いたと言えます。

源平の昔から専門職であった武芸が、火縄銃の出現によって誰でも即席で兵隊になれる時代になった。これは革命です。

・・・今回、武将以外にも農村の人たちが武器を持って戦うエピソードが描かれています。農業と兵士の兼業農家的な生き方を強いられているわけですが…。


伊東:これまでの歴史小説は司令官視点のものが多く、私も少年時代、一読者として「最前線はどうなっているのか」とさかんに思いました。それゆえこの作品では、地侍視点を設け、彼の立場から最前線をお見せすることにしました。宮下帯刀という地侍を『武田家滅亡』でも登場させていたので、ちょうどよいということもありました。もちろん研究家の先生方の最新研究をフォローしていますので、かなりリアルな戦場描写になっていると思います。

・・・なるほど。そうした彼らが使ったのが火縄銃でした。長篠と言えば三段式銃の戦闘です。日本の戦国時代における武器の進化は、戦いを変えてきたと思います。銃の登場は、日本人の戦いにおいてどういう意味を持ったと思われますか?

伊東:源平の昔から専門職であった武士という職業が、火縄銃の出現によって誰でもなれる時代が訪れた、ということです。現代のわれわれの視点からでは分かりにくいかもしれませんが、当時としては革命です。鉄砲の凄さは、何も武芸のできない農民でも、武芸百般に通じた豪傑を殺せるということです。それが証明されたのが長篠の戦いだったわけです。そして鉄砲という武器のすごさを知った人間たちは、どんどん鉄砲を進化させていくわけです。その行き着く先は核兵器ということですね。それについても、この作品のラスト近く、秀吉と橋本一巴の会話の中で暗示しています。

・・・帯刀の「(戦に)負けたんだったら命を守るだけだ」というところは、民衆の正直な声であり、武士と対極にいる存在だと感じました。

伊東:戦国時代も中盤から終盤に差し掛かる頃から、大型戦国大名への勢力の集約が始まり、それによって大軍団の編成が必須となり、農民にも厳しい軍役が課されるようになります。ところが農村というのは、農業という事業を行うために組織されていますので、兵と農を両立させるのは容易なことではありません。つまり様々な矛盾が出てきてしまうわけです。そうした地侍層の微妙な心理を、宮下帯刀という典型的な地侍に託して描きたかったわけです。

政治家としては、勝頼は良い政治家ではなかったでしょう。でも侍大将としては、おそらく国内最強の侍大将でした。

・・・今回、勝頼と家康(とその後ろにいる信長と秀吉)の対決が中心になっていますが、悪知恵を働かすそれぞれの補佐役、酒井忠次と長坂長閑がとても印象的でした。


伊東: 家康の場合は、酒井忠次以外にも石川数正や本多忠勝のように、個性的な家臣が多くいるのですが、物語の都合上、すべてを酒井忠次に集約させています。武田側の長坂長閑は佞臣や悪役として扱われ、武田家を滅亡に導いていく役割を担っていくわけですけれど、勝頼が幼い時から育てた父代わりという側面もあるわけです。その微妙な関係は『武田家滅亡』では、さらに鮮明になっていきます。


・・・長閑が勝頼へ意見を通し続けてからの最後のセリフにはドキッとしました…


伊東:官僚というのは内しか向いていないんです。彼は大武田家が滅亡するなんて思っておらず、外の敵よりも内なる敵、つまり山県、馬場、内藤らを、いかに駆逐するかばかり考えているわけです。あのセリフは『武田家滅亡』にも続いていくことになります。


・・・家康や勝頼は、前にうまく進み切れなかった存在だったわけですよね。伊東さんの『城を攻める 城を守る』(講談社)では、勝頼は「強すぎた」けど「学ばなかった」と書かれています。伊東さんとしては、家康と勝頼というのはいわゆる“良い武士”ではなかったと考えていますか?


伊東:“良い武士”という定義は難しいですね。私は「勝頼は戦国最強の侍大将」と、よく呼んでいるのですが、決してよき大名、つまりリーダーではなかった。例えば、営業部長として抜群の成績を残せても、社長として適任ではなかったのが勝頼です。一方の家康は、営業成績はそこそこでも、社長になったとたん手腕を発揮し、会社を大きく発展させたわけです。人間の適性を見抜くのは実に難しいと思います。それでも、その物差しとして持てる数少ない要素の一つが「学習能力」です。何か失敗があっても、他責にせず自責で考える。そして同じミスを二度と繰り返さない人間は、経営者や幹部に向いています。家康は、そうしたことができたということです。

歴史小説に大事なのは、情報性と物語性と教訓性の3点だと思っています。

・・・歴史小説だから持つ読者への魅力はどこにあると思われますか? 普通に考えれば、現代の物語の方が今を生きている読者にはリアリティがあるのではないでしょうか。

伊東:歴史小説の魅力は、歴史解釈にあると思います。しかし、それだけなら研究本で十分です。「実はこうだったんじゃないか」という歴史解釈を、いかに物語に落とし込めるか、ここに歴史小説家の存在意義があると思います。つまりストーリー・テリング力ですね。さらに歴史小説には、現代の写し鏡の部分を盛り込まねばなりません。これは俳句の季語と同じで、こうした要素のない歴史小説は、「クリープのないコーヒー」になってしまうわけです。あっ、年がばれましたね(笑)。そうした点を踏まえていても、歴史小説には、大半の読者が結果を知っているというハンデがあります。そのハンデをものともせず、「結果が分かっていてもページをめくる手が止まらない」作品にこそ、価値があると思っています。逆に現代を舞台にした物語には、あまりリアリティを感じません。ミステリーでも恋愛でも、どれもマニエラ化してきており、若い作家たちが、「リンゴを見てリンゴを描く」のではなく、「リンゴの絵を見てリンゴを描いている」からです。

・・・歴史小説を書かれてきて、基本的な歴史を知っていらっしゃる方は、結末を知った上で読まれますよね。その時に、自分のオリジナリティや創作意欲を発揮する部分は、どこになるんでしょうか?

伊東:昭和の頃の歴史小説は、英雄的人物を主人公にして、生まれました、恋しました、活躍しました、死にました、を時系列的に追うだけでした。それで読者は満足していたのです。ところが最近の読者は、特定の事件を題材にとり、そこに新解釈を盛り込むことを求めています。それに応えたものが「本格歴史小説」なのです。最近は戦国や幕末を舞台にした小説が多くなっていますが、大半はキャラクターの魅力で引っ張る時代小説です。そこには何の新解釈もありません。そうした類の小説を否定するつもりはありませんが、私は「本格」の牙城を守っていくつもりです。

・・・「小説におけるリアリティは経験だ」と以前のインタビューで答えていらっしゃいました。そういう意味で、歴史小説は資料を読み込むことはできますが、実際に経験はできません。歴史小説における経験というのは、どういうもののことを呼ぶんでしょうか?

伊東:要は、わたしのようにMY甲冑を買って合戦祭りに出ればいいのです。それは冗談として、歴史小説における経験とは、まず歴史の知識を蓄えることです。最近の歴史小説は、登場人物周辺のことには詳しいけれど、それ以外のことには詳しくないものが実に多い。信長の話を書くにしても、その頃、関東ではどのようなことが起こっていたかを知らないと、新解釈なんて見えてこないのです。つまり、自分の頭の中に三次元のキューブを作り、それを自在な切り口で引き出すことをできるようにすることです。縦軸で天正年間に起こったことが引き出せて、横軸で信玄や信長の年譜が引き出せるという、貸金庫型のデータベースを作ることでしょうね。それは経験、すなわち知識を仕入れ、それを作品で吐き出していくというサイクルを続けていればできることです。


・・・過去のことについての経験値という意味で、リアリティを掴むために一番確かな方法は資料を読み込むことなのでしょうか?


伊東:それは当然のことです。それ以外には現地に行くことです。刑事でも「現場百遍」というじゃないですか。とにかく現場に行って足で稼ぐ。それによって自ずとリアリティはわき出てくるものです。私は、ここ十年で五百を超える城郭遺構を回りましたが、三百を超える頃から、何かが見えてきましたね(笑)。それがリアリティってもんじゃないでしょうか。


・・・伊東さんは作家として戦略的にやられているんですね。


伊東: 当然のことです。でも、それは「もっと売れるものを」という方向ではなく、「もっとよいものを」という方向に向いています。売り上げは後からついてくると信じているので、まったく心配していません。また研究分野にも手を伸ばしていますが、そこには、読者層を広げたいという思惑があるからです。これからは歴史以外の分野にも手を伸ばし、総合力のある作家になっていくつもりです。


・・・なるほど、さまざまな道を経て文芸一本に行き着いたということなんですね。今は作家として生きやすい時代だと思いますか?


伊東:何事にも、環境変化は付き物です。ただ「昔はよかった」なんて言っていても仕方がないので、この環境下でベストな作品を生み出していくだけでしょう。そういう意味では、海だろうが川だろうが湖だろうが、生き残って見せますよ(笑)。

プロフィール

伊東潤(いとうじゅん)

1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業。外資系企業に長らく勤務後、文筆業に転じ、歴史小説や歴史に材を取った作品を発表している。

『国を蹴った男』で第34回吉川英治文学新人賞を、『巨鯨の海』で第4回山田風太郎賞を、『義烈千秋 天狗党西へ』で第2回歴史時代作家クラブ賞(作品賞)を、『黒南風の海 加藤清正「文禄・慶長の役」異聞』で「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞。『城を嚙ませた男』『国を蹴った男』『巨鯨の海』『王になろうとした男』で4度の直木賞候補となる。その他の著作に『山河果てるとも 天正伊賀悲雲録』『武田家滅亡』『北天蒼星 上杉三郎景虎血戦録』『戦国鬼譚 惨』『峠越え』など多数。

伊東潤さんのその他の作品

¥880

(税込)

¥715

(税込)

¥803

(税込)

¥770

(税込)

¥935

(税込)

¥770

(税込)

¥1,257

(税込)

¥880

(税込)

¥968

(税込)

¥924

(税込)

¥748

(税込)

¥792

(税込)

¥836

(税込)

¥752

(税込)

¥759

(税込)

¥869

(税込)

あなたにおすすめの特集