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Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.28 eternal optimism ~ネギシ語録より~

※本記事は2011.12.22時点のものとなります。

現在、新薬の開発や液晶など、私たちの身のまわりのさまざまな分野に応用されている「クロスカップリング反応」を発見し、2010年ノーベル化学賞を受賞した根岸英一さん。50年前に渡米し、化学の分野で頂点を極めた根岸さんが最も大切にしている言葉“eternal optimism(エターナル・オプティミズム)”。その言葉の真の意味に迫ります。

「好き」と「できる」のバランスを知る

ノーベル化学賞を受賞してから、日本で講演をする機会がぐっと増えました。この経験は、これまで私が歩いてきた人生を振り返る作業であると同時に、今、そしてこれからを生きる方々に何かしらメッセージを伝えられるのでは、と思うきっかけにもなりました。そんな想いが詰まった1冊がこの『夢を持ち続けよう!』という本です。


さて、私が講演で、特に若い方に対してずっと言い続けていることは、「どんどん海外へ出て勝負しなさい」ということです。これは、私自身が50年前にアメリカへ渡った経験に基づいていますが、ただやみくもに海外へ行け、と言っているのではありません。若いうちに、世界のトップクラスの人々が最高のものを追求している場に身をおき、その中で競争し自分を磨く。これは、私のいる「化学」という分野だけでなく、スポーツや芸術など、あらゆる分野に言えることだと思います。

こう話すと、若い人だけにチャンスがあって、ある程度年を重ねた人間はもう手遅れなのか、という意見もあります。そんなことはありません。ただ、何か大きなことにチャレンジするなら、やっぱり若い方がいいですね。なぜなら、より多く失敗できるうえ、その失敗を通して、今追いかけているものが違うな、と思えば方向転換できるチャンスがより多くあるからです。

自分を客観的に見る能力=「自己評価力」を鍛える

まずは、好きだと思うこと、のめりこめることを見つける。これは大前提です。そして、その好きなことに対して、どれくらい自分の能力が発揮できるのかを把握する。このふたつがバランスよく整ったときが、夢に向かって進む第一歩だと私は思っています。面白い、興味がある、やってみたいといった自分の「志向性」を知り、それがどれくらい自分に適しているのか「適性」を知る。それには自分を“客観的に”見て評価する「自己評価」が大切なんです。


実は、この「自己評価」というのは、化学の研究においてもとても重要です。ひとつの研究に対してあるアイディアが浮かび、それを試すとします。けれど、なかなかうまくいかない。うまくいかないのに、自分のアイディアに固執し、失敗を繰り返す。そうするうち、失敗することに慣れてしまい、失敗してもなんとも思わなくなってしまう。一度失敗の癖がついてしまうと、モチベーションをキープできないことはもちろん、何より自分自身が楽しくないですよね。だから私はいつも、「1か月頑張りなさい。1か月頑張ってダメなら、いったん棚上げしなさい」と言っています。そのアイディアがダメなら、いったん自分の見える範囲の棚に置いておき、別の方法を考えなさい、と。ここで大切なのは、期間を区切ることと、一度トライしたアイディアを完全に葬り去るのではなく、見える場所に置いておき、何がいけなかったのか、その失敗からきちんと学びなさい、ということです。


そんなふうに、ある意味“失敗のプロ”になるには、決断力と判断力が必要です。今すぐに解決できるのか、回避するのか、迂回するのか、棚上げするのか。それを決断、判断するには、やはり多くの失敗や成功の経験が必要です。そういった意味でも、若い人よりも、年を重ねた人のほうがその力は増すのではないでしょうか。

eternal optimism=「永遠の楽天主義」ではありません

私が最も大切にしている言葉に「eternal optimism(エターナル・オプティミズム)」という言葉があります。直訳すると「永遠の楽天主義」となりますが、これはちょっとニュアンスが違います。ぴったりくるうまい日本語がなかなかなくてもどかしいのですが、私としては「絶対にへこたれない、あきらめない」。そんな意味合いで使っています。

このオプティミズムにも、客観性=自己評価力が必要です。どんなに信念や夢が強くても、自分の実力や能力とマッチしていなければ、挫折してしまう。私は今、比較的最近の仕事になるんですが、17年間粘り続けている研究があります。ただやみくもに粘っているわけではなく、私のこれまでの経験や能力をふまえた上で、原理的にも化学的にもいける!という確信のもと、閉ざされた門をなんとかして開けようとしています。その根底にはやはり、自己評価に基づいた、エターナル・オプティミズムが流れているのです。


最後になりますが、これまで「若い方に」「年を重ねた方に」などと世代を意識した話をしてきましたが、何かを好きになるにせよ、夢を持つにせよ、その原動力は“好奇心”だと思います。好奇心は、いくつになっても持ち続けるべきですね。私は小さいころから、好奇心旺盛で欲張りで、気になったことは全部見てみないと、やってみないと気がすまない子供でした。その精神は大人になった今でも、ゴルフにスキー、コーラス、ピアノと好奇心はとどまることを知りません。今住んでいる自宅も、あれこれ勉強しながら自分で設計したくらいです。振り返ってみれば、いつも自分からこれがやりたい、あれがやりたいと言っていて、両親から「勉強しなさい」と言われた記憶はないですね。あまのじゃくな私は「勉強しなさい」と言われたらきっとしなかったでしょうから…。などと、えらそうにしゃべってしまいましたが、思い起こせば、我が娘ふたりには「もうちょっと勉強したら…?」などと言っていたようです(笑)。とにかく、そういった欲張りなDNAを授けてくれたご先祖さまには、とても感謝しています。

Text / Miho Tanaka(staffon)

ノーベル化学賞を受賞した根岸英一さんが、自身の子供時代から学生生活、アメリカで研究に没頭した日々から、ノーベル賞を受賞するまでを振り返り、夢を持ち続ける意味や実践してきたこと、人生哲学を語った1冊。奥様との馴れ初めや趣味の話も必見。

Profile

 

根岸 英一(ねぎし えいいち)

1935年生まれ。1958年東京大学工学部卒後、帝人入社。1963年米ペンシルベニア大学で博士号取得。1966~1972年米パデュー大学のH・C・ブラウン教授(1979年ノーベル化学賞受賞)の研究室に在籍。1972年米シラキュース大学助教授。1979年パデュー大学教授。1997年日本化学会賞受賞。1999年パデュー大学特別待遇教授。2010年10月北大触媒化学研究センター特別招へい教授。2010年12月ソニーの有機エレクトロニクス分野におけるエグゼクティブ・リサーチ・アドバイザーに就任。2010年12月10日、有機合成におけるパラジウム触媒クロスカップリングの研究業績により、リチャード・ヘック氏、鈴木章氏とともにノーベル化学賞を受賞。76歳。

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