Reader Store

時を超えるエンタメ小説(1)

-好奇心の本屋-


本を読むことは、人生の路地を増やすこと。


抑えきれない好奇心。ちいさな好奇心。

ただただ楽しく、時を過ごしたいという好奇心。

きまじめな好奇心。ばかばかしくて下らなくて、まるで悪友のような好奇心。

その曲がり角の向こうには、まだ見ぬ”景色”が待ちうけているかもしれません。

◆書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)◆

本が織りなす路地は、ふかくて複雑です。その”景色”のワクワクやドキドキを楽しむために、その道に詳しい路地裏探索人の方に登場していただきます。

さて、書店員No.001は尾之上さん。

評論家・翻訳者として、リチャード・マシスンの名作『ある日どこかで』『アイ・アム・レジェンド』や、映画のノベライズ『スター・トレック』シリーズなどを担当してきた尾之上さんは、特にSFジャンルでは時間ものが得意とのこと。内外の作品はもとより、未訳の英米作品にも詳しく、ここでしか読めない情報も出てくるかもしれませんよ。

では、今週のおススメ・コラムに参りましょう。

¥693

(税込)

¥1,045

(税込)

¥726

(税込)

¥935

(税込)

<時を超えるエンタメ小説(1)>

“フィクション”とは架空の物語の意味です。人間は大昔から、不思議で奇抜なアイデアを思いついては、それをもとに幻想的な物語を紡(つむ)いできました。現代、そのアイデアの傾向によって、SF、ファンタジー、ホラー、ミステリーなどといったジャンルやカテゴリー分けがされています。

それとは別に、アイデアやガジェットの種類で分類する方法もありますね。

今回から数回にわたって“時間”がアイデアやガジェットの中心にあるエンタメ小説、それも特に面白いものを5冊ずつ、ご紹介しましょう。

時間なんてこわくない

昨年、何の気なしに見た『君の名は。』が、予想の何倍も上を行く秀作だったので、リピーターになってしまいました。そのときに思ったのは「時間ものって、なんでこんなに心をゆさぶるのだろうか」という、ごくごく漠然とした疑問でした。

あ、これ、ネタバレになっているかな。まだご覧になっていない人は、この先は、読まないほうがいいかもしれませんね。まだ見てない人は、もうすぐ出るDVDなどのお皿を買いましょうね。

さて、そのあとで得た結論は「どこにでもいる人間が、偶然によって時空を超える能力や環境を手に入れて無茶をするだけではつまらない。その力を使って、もっと難しい逆境や困難を乗り越えようとするから、面白く、感動的な物語ができるのだ」ということ。

とりわけ、奇妙な出来事に巻き込まれても、それを現実として受け入れられる純粋さというか柔軟さをまだ持っている学生が主人公だと、お話がなめらかに進められます。だから、ラノベには時間を含むSFものが多いのかもしれませんね。

誰の夢? 誰の現実?

最初に、谷川流氏がスニーカー大賞を受賞した<涼宮ハルヒ>シリーズを見てみましょう。

第1巻『涼宮ハルヒの憂鬱』の冒頭は、どこにでもある高校入学と、そこで主人公キョンが出くわした中二病の美少女ハルヒという、一見、ラブコメ展開だろうと思わせるもの。

ところが、キョンと美少女の周囲には、さらに中二病としか思えないキャラが次々と現れて、やがて、みんながおかしいのではなくて、本当に常識を超えた何かが起きているのがわかってくるという展開になってきます。

原作は傑作と呼べる完成度の高さで、それはアニメ化されたとき、ほぼそのまま動きや台詞が使われていることからもわかります。

シリーズを追っていくなかで重要なのは、(1巻目でわかるけれども)異常事態を巻き起こしているのが誰か? ではなくて、誰がそれを正しく観察できているのか? のほう(結局、一人しかいません)。

それがわかると、続刊の意味するものがよりはっきりと感じ取れますよ。

それと、この作品のあとで生まれたラノベやアニメの多くが、このシリーズの強い影響を受けていることも見逃せません。

涼宮ハルヒの憂鬱

「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」。入学早々、ぶっ飛んだ挨拶をかましてくれた涼宮ハルヒ。そんなSF小説じゃあるまいし……と誰でも思うよな。俺も思ったよ。だけどハルヒは心の底から真剣だったんだ。それに気づいたときには俺の日常は、もうすでに超常になっていた――。第8回スニーカー大賞〈大賞〉受賞作、ビミョーに非日常系学園ストーリー!

閉ざされた世界のなかでできること

『涼宮ハルヒの憂鬱』のような壮大なホラ話とは逆に、狭い場所のなかだけで起きている奇蹟をもとに、過去を引きずりながら闘っている超能力者の男女を描いたのが、河野裕氏の<サクラダリセット>シリーズです。

そこに住む者の半数が超能力者で、そこから出てしまうと能力を持っていることを忘れてしまう、という海に面した田舎町、咲良田(さくらだ)が舞台。さまざまな超能力者が登場するけれども、中心になるのは、ほかの能力の影響を受けない記憶力を持つ高校生・浅井と、3日前に時間を巻き戻せる美少女能力者・春埼(はるき)。春埼は時間を巻き戻せますが――彼女自身の記憶も、巻き戻しによってリセットされてしまう――という条件に縛られています。だから、記憶の面で彼女をサポートできる浅井の能力が重要になってくるのです。二人がいれば、個人レベルで歴史を変えられるから。

主人公カップルも困難を抱えて、それを打破しようとしているなど、キャラの描きこみかたも丁寧にできていて、こちらも読後感が良いシリーズですよ。

「リセット」たった一言。それだけで、世界は、三日分死ぬ──。能力者が集う街、咲良田。浅井ケイは、記憶の保持する能力をもった高校一年生。春埼美空は、「リセット」──世界を三日分巻き戻す能力をもっており、ケイの指示で発動する。高校の「奉仕クラブ」に所属する彼らは、ある日「死んだ猫を生き返らせてほしい」という依頼を受けるのだが……。リセット後の世界で「現実(いま)」に立ち向かう、少年と少女の物語。大ヒットシリーズ、第1弾!

止まった時間、閉じられた校舎

題名からしてホラー的な雰囲気を放っているのが、吉川英治文学新人賞、直木賞などを受賞している辻村深月氏の『冷たい校舎の時は止まる』です。

学園祭の最終日だった十月十二日、私立青南学院高校の校舎から、三年生の生徒が投身自殺をした、というショッキングな説明から幕を上げた物語は、その二か月後の冬に本格的にはじまります。

辻村深月(生徒のキャラ名です)ら西南学院の生徒たちが、いつものように登校してきます。教師の榊が自殺の件で辞めるらしいという噂が飛び交うなか、8人の生徒たちが校舎で合流しますが、そのとき、彼らは徐々に異変に気づきます。教室の時計が止まり、電話が不通になり、そして、ほかの教師や生徒がいないことに。彼らは校舎から出ようとしますが、それもできず。閉じ込められた生徒たちは、異常事態の理由を探ろうとします。

ここまでの説明で気づいた読者もいるかもしれません。この作品、メフィスト賞受賞作の、ミステリーなのです。

ただし、時間が交錯する謎解きものになっています。あなたにはわかるでしょうか? 8人に何が起きているのかを。そして、学園祭に自殺したのが誰なのかを。

冷たい校舎の時は止まる(上)

雪降るある日、いつも通りに登校したはずの学校に閉じ込められた8人の高校生。開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。凍りつく校舎の中、2ヵ月前の学園祭の最中に死んだ同級生のことを思い出す。でもその顔と名前がわからない。どうして忘れてしまったんだろう――。第31回メフィスト賞受賞作。

時間の可変性と不可変性

シリアスなものばかりでは息が詰まりますので、今度は、くだけて笑えるものを。

日本ファンタジーノベル大賞、山本周五郎賞、日本SF大賞などを受賞してきている森見登美彦氏は、独特のユーモラスな語り口による奇想天外な物語の名手であることはいまさら言うまでもありませんが、ごくごく個人的に、森見氏のいまのところのベスト長編は『四畳半神話大系』ではないかと思うのです。思っていいでしょ、だめ? 

それはともかく、この題名からしていかにも人を喰った長編は、希望と現実、夢と失墜の落差に落ち込んでいる、京都在住の大学三回生の男が主人公です。

“猫ラーメン”と呼んでいるラーメン屋で謎の男と出会ってしまった主人公。男は自称「かもたけつぬみのかみ」。つまり、下鴨神社の神様なのだと。それだけならまだしも、自称神様は、主人公と、彼の悪友・小津と、ずっと慕っている女性・明石の三角関係に関わろうとします。この設定を元に、つごう四編の物語が繰り返されるわけですが、いわゆる“並行世界(パラレルワールド)”になっていまして、つまり過去が微妙に違ってしまうと、現在が変わってくるというやつですね。ただし、都合よく変わるかどうかはわからない。主人公は自分が望む世界にたどり着けるのでしょうか? さあ、さあ、お立ち合い、お立ち合い!

四畳半神話大系

私は冴えない大学3回生。バラ色のキャンパスライフを想像していたのに、現実はほど遠い。悪友の小津には振り回され、謎の自由人・樋口師匠には無理な要求をされ、孤高の乙女・明石さんとは、なかなかお近づきになれない。いっそのこと、ぴかぴかの1回生に戻って大学生活をやり直したい! さ迷い込んだ4つの並行世界で繰り広げられる、滅法おかしくて、ちょっぴりほろ苦い青春ストーリー。

あなたとならばどこまでも

学生時代の出来事をファンタスティックに描くというと、『六番目の小夜子』でデビューし、吉川英治文学新人賞、本屋大賞などに輝くベテラン恩田陸氏を忘れるわけにはいきません。

でも、ここでは、涼宮ハルヒとはまた別の手法で、途方もない、時間を超えたロマンスを描いた『ライオンハート』をご紹介します。

1987年のロンドン。ロンドン大学名誉教授のエドワード・ネイサンが行方不明では、との知らせから大学職員と警官がネイサンの家に踏み込むが、そこには書きかけの便せんと、飲みかけのローズ・ティーが残されているだけで、本人はいなかった。つい今しがたまでいたような気配なのに。

1932年ロンドン。エドワード・ネイサンという男を呼び止めるエリザベスという少女がいました。でも、エドワードは彼女のことなど知りません。

1944年のロンドン。ドイツ軍の爆撃のなかで、エドワードを追う少女がいた。

この男女の不思議な繋がりは、さまざまな時空で繰り返されますが、その意味は? 本当の二人はどこにいるのでしょう?

作者自身の解説にもありますように、ロバート・ネイサンの名作時間ファンタジー『ジェニーの肖像』(創元SF文庫)に触発された作品ですが、ほかにも内外の時間もの小説の名作を投影したような場面がありますし、たぶん(『ジェニーの肖像』などと同じように)『君の名は。』にも影響を与えているのではないかと思います。どういうことかは、最後まで読んでみてくださいね。

ライオンハート(新潮文庫)

いつもあなたを見つける度に、ああ、あなたに会えて良かったと思うの。会った瞬間に、世界が金色に弾けるような喜びを覚えるのよ……。17世紀のロンドン、19世紀のシェルブール、20世紀のパナマ、フロリダ。時を越え、空間を越え、男と女は何度も出会う。結ばれることはない関係だけど、深く愛し合って――。神のおぼしめしなのか、気紛れなのか。切なくも心暖まる、異色のラブストーリー。

「人間が想像したものは、いずれ人間が実現する」といった言葉が、ふと脳裏をよぎります。でも、文化が発展し、科学技術が進歩しても、おそらく実現できないであろう時間の超越。だからこそ、人は時間旅行に憧れます。

その憧れが生んだ物語の数々を、またご紹介する機会がありますように。


尾之上浩司(評論家・翻訳家)

あなたにおすすめの特集