KENTさんのレビュー
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水の時計
初野晴 / 角川文庫
摩訶不思議なファンタジックミステリー
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第22回横溝正史ミステリ大賞を受賞した初野晴のデビュー作である。さて本作では第一章が語られる前に、序章と言うべきなのか・・・いきなりオスカー・ワイルドの『幸福の王子』という童話の要約が記載されている…のだ。それはさらに要約すると次のようになる。
ある町の中に、金箔に覆われ、両目は蒼いサファイア、剣の柄にルビイをあしらった王子の像が立っていました。王子の像は足元で休んでいたツバメに、町の困っている人々に、自分の体の一部分を次々に運んでゆくように懇願します。
ツバメは南の国へ旅立つ日を延ばして、王子の頼みを聞いてあげることにします。そして王子の像が灰色に成り果てるまで、町の人々に少しずつ金箔やサファイアなどを運ぶのでした。
読み始めたときは、一体何の比喩なのだろうかと考えていたのだが、この王子とツバメの童話こそ、本作のメインテーマだったのである。本作では王子の代わりに、葉月という脳死と診断された少女が登場し、ツバメの役は暴走族のアタマである高村昴が演じることになる。
奇妙なことに葉月は、脳死と宣言されていながらも、月明かりの漂う夜に限り、特殊な装置を使って会話することが出来るのだ。そして彼女は高村に、自分の内臓などを移植を必要としている人々に運んでくれと哀願するのである。
それにしても、何とも言えない摩訶不思議な雰囲気と、おどろおどろしさが漂うファンタジックな寓話ミステリーだ。ラストは、童話のツバメと違って、なんとなく光明を見いだせるところに救いを感じた。まさに横溝正史ミステリ大賞に相応しい作品と言えるだろう。
続きを読む投稿日:2016.08.24
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下町ロケット
池井戸潤 / 小学館文庫
中小企業の逆襲だ
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第145回直木賞受賞作品である。主人公の佃航平は、ロケット実験に失敗し、研究者の道を諦め家業の町工場『佃製作所』を継ぎ製品開発で業績を伸ばしていた。そんなある日、商売敵の大手メーカー・ナカシマ工業か…ら、理不尽な特許侵害で訴えられ、そのお蔭で主要取引先を失ってしまう。顧問弁護士は特許に弱く、ナカシマ工業の優秀な弁護団には全く歯が立たず、裁判中もオロオロするばかりだった。
裁判が長引きそうになり、中小企業である佃製作所の体力は削がれ資金繰りに窮してくる。そこでメインバンクの白水銀行に追加融資の相談に行くのだが、当然の如くに良い返事を貰えない。それどころか無駄な研究開発費を削減しろと迫られてしまうのだった。仕方なく別の金融機関へ行くのだが、どこもメインバンクが渋るのではと、なかなか相手にしてくれない。
全く打つ手がない、佃製作所創業以来の最大のピンチである。このまま倒産してしまうのだろうか。だがそのとき救世主が現れるのである。別れた妻が紹介してくれた神谷弁護士である。彼は優秀で特許関係にも強く、やり方の汚いナカシマ工業にも反感を持っていたのだ。そしてさらに佃製作所の持っている特許申請の甘さを指摘し、他社に侵略されないような申請方法を伝授しガチガチに武装した追加申請を行わせる。なんとこれが、後に国産ロケットを開発する巨大企業・帝国重工が申請しようとしていた特許に先行したため、佃製作所に優位に働くことになるのである。
元銀行マンだった著者の小説には必ず銀行が登場する。あの倍返しの『半沢直樹』も著者の原作であり、銀行の内幕、非情さ、強きを助け弱きをくじく体質、などなど銀行マンのいやらしさを書いたら彼の右に出るものはないであろう。本作でも前半はそのいやらしさに塗りたくられていたのだが、後半になってからは、巨大企業・帝国重工との技術的なやりとりが中心になってくる。そのあたりの技術的描写については、文科系と思われる著者が良くここまで調べ上げたものだと感心してしまった。
文庫本で480頁の長編小説であり、銀行、大企業に対する批判が中心的なテーマかもしれないが、佃製作所内の従業員の反乱や主人公の家庭崩壊などミクロな部分にもスポットを当てた幅広い人間ドラマとも言えよう。だから読み始める止まらず、ことに終盤はノンストップで一気読みしてしまうだろう。
本作はまさに男のドラマである。大企業は安定していて生涯賃金も高いが、上司への服従と部下の管理と出世競争ばかりで夢がない。逆に中小企業は不安定で賃金は低いが、仕事が充実していて楽しいし人間関係も豊かである。そのどちらを選ぶかは、男がはじめて遭遇する重大決断なのではないだろうか。
この物語は、世知辛い現代の世の中で、ひたすら現実だけを追う人たちと、夢と誠実さを失わずに走り続けている人たちの戦いの記録である。そして諦めずに前向きに生きてゆけば夢は実現し、最後は必ず報われるという、現代版のお伽話なのかもしれない。
続きを読む投稿日:2016.08.24
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この胸いっぱいの愛を
梶尾真治 / 小学館
映画よりずっと素晴らしい
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ある場所から、6人の男女が同時に20年前の世界にタイムスリップする。その6人は、どうしても過去に戻ってやり直したいことがあるということで共通していた。このタイムスリップした6人それぞれの過去での行動…を、5つのショートストーリーに分割して描いた群像劇である。
正式な原作は『クロノス・ジョウンターの伝説』で、それを同著者が映画化を睨んでノべライズとしてアレンジしたものらしい。従ってストーリーは、ほとんど映画と変わらないのだが、重要な部分が映画では省略されていたり、変更されていたことが判った。
また映画ではタイムスリップしたのが4人だったが、小説のほうでは6人なのである。正確にいうと、省略された2人はカップルだったので、お話としては1つのストーリーがカットされたことになる。たった1つのストーリーだが、このお話は5つのストーリーの中でも2番目に素晴しい話で、かなり泣ける話でもある。そして、このストーリーの拠点となる鈴谷旅館とも接点を持ち、ラストの展開にも影響することになるのだから重要なのだ。
もう1つはラストシーンが、大きく異なっていることである。映画では大不評だったラストと異って、小説のほうは実に見事な締めくくりを施しるではないか。
それから映画の中では、タイムスリップやパラドックスに関わる論理が全く不在だったが、小説のほうでは多少無理はあるものの、それなりに納得出来る理論をちりばめていた。さすが小説は素晴しい・・・というよりは、これを映画化した監督のセンスのなさに改めて呆れてしまった。タイムパラドックスを扱った似たような映画といえば、『いま、会いにゆきます』がある。これも映画、マンガ、小説のハシゴをしたが、こちらは映画に軍配をあげたい。原作ものでも、作り方次第では映画が勝つことも出来るのである。
続きを読む投稿日:2013.09.25
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冷たい校舎の時は止まる(上)
辻村深月 / 講談社文庫
女子高校生たちの心理と自殺者探しか
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辻村深月のミステリーで、第31回メフィスト賞受賞作である。主な登場人物は、青南学院高校3年生10人程度。別段実話でもないのに、その中の一人に作者と同姓同名の「辻村深月」がいるのは笑えるよね。
スト…ーリーは、雪の降るある日、いつも通りに登校した8人の高校生が学校に閉じ込められてしまう。開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。寒々しい校舎の中からどうしても出ることができない。きっとこれは2ヶ月前に、学園祭の最中に死んだ同級生の精神世界の中なのだろうという推測。だが閉じ込められている8人全員が、その自殺した同級生の顔も名前も思い出せない。
結局はこの自殺した同級生は、一体誰だったのだろうか、ということがこのミステリーの謎解きテーマである。それにしても、それだけのことを解明するために延々と物語は続いてゆくのだ。社会問題や恋愛などを描くわけでもなく、高校生の心理状態だけを克明に追いかけてゆく。普通の社会人にはかなり退屈な前半であった。ところが後半になって登場人物の過去の背景などが語られ、犯人らしき人物が登場してくると、俄然面白くなってくる。そして前半の10倍のスピードで一気に読み終わってしまった。まさに想像外の犯人とラストのどんでん返しは、流石にメフィスト賞受賞作だと唸ってしまった。
もともとこの本を読むきっかけになったのは、タイトルの「時は止まる」がタイムトラベルものをイメージさせたからである。だがその期待は見事に裏切られてしまった。確かに時計は5時53分で止まっているのだが、それは同級生が自殺した時間であり、時を止めるというより幽霊の時間という感じだった。まあ犯人いや自殺した人物探し、ということではミステリーと言えるが、どちらかというと女子高校生たちの心理やいじめなどを巧みに描いた青春学園ドラマという趣でもあった。社会経験豊富な大人には、ちょっと物足りないが、中学生や高校生ならば大感動間違いなしであろう。 続きを読む投稿日:2013.09.25