KENTさんのレビュー
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穴(新潮文庫)
小山田浩子 / 新潮文庫
不条理だが読み易かった芥川賞受賞作
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本作『穴』は第150回芥川龍之介賞を受賞している。最近の芥川賞は有名人や若い女性の受賞が多く、内容的にも分かりづらく読みにくい作品が多かった。そんな中で本作は、久々に分かりづらいが読みやすい作品であ…った。
話のあらすじは、主人公が夫の転勤で、田舎にある夫の実家隣に引っ越してきたところからはじまる。
とある日、姑に頼まれてコンビニに支払いに行く途中で、不思議な黒い獣と遭遇し、河原のほうへそれを追いかけるうちに、胸の高さくらいある穴にすっぽりと落ちてしまう。
この黒い獣も謎めいているのだが、姑が連絡してきた支払金額がだいぶ違っていたり、突然聞いたこともない義兄が登場したりと、かなり不条理な雰囲気が漂いはじめる。ところが主人公は、それほど奇妙には感じていないようだし、悩むでなし夫や姑に相談するではなし、抵抗感が全くなく淡々とかまえている。そんな主人公の飄々としたような生活感度も、さらに不条理さの深みに誘っているような気がするのだ。
だからなんとなく、つげ義春の後期のマンガや安倍公房や村上春樹の小説を読んでいるような雰囲気が漂ってくる。またインタビューによると、作者自身も何を書こうとしているのか不明であり、何なの分からないまま推敲し彫琢したものが、この作品になっているのだと言う。
この『穴』という作品は約90頁で、本作だけで書籍するには短過ぎる。それで『いたちなく』と『ゆきの宿』という短編二作品を追加して書籍としてまとめられている。この『ゆきの宿』は本作を書籍化するにあたり書き下ろされた作品で、『いたちなく』の続編といったポジションのようだ。そしてどちらも舞台は田舎である。『穴』も田舎が舞台であることを考えると、著者は田舎に対して憧れ感を抱いているのであろうか。 続きを読む投稿日:2018.03.20
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クイックセーブ&ロード
鮎川歩, 染谷 / ガガガ文庫
何度でも人生をやり直せる少年
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普通の人間なら、人生は一回限りでやり直しがきかないのだが、本作の主人公は何度でもやり直しができる能力を持っている。つまり死んでも再生可能ということなのだが、事前にセーブしておくことが必要となる。そう…することにより死後に再生する時間と空間が、セーブした時点からのやり直しで済むことになるのだ。
セーブそのものはただ頭の中で念じるだけなので、脳に針を突き刺すような感覚が一瞬走るだけなのだが、死ぬときの痛みと恐怖感は半端ではない。それでも主人公は何度も何度も自殺を繰り返して再生しているのである。その感性は余り理解できないし、主人公の暗くてドジではっきりしない性格も好きになれない。
ただ唯一の協力者である「超能力研究会」の常盤夢乃先輩のキャラだけは、なかなか好感が持てるし、染谷の漫画チックなイラストもなかなか良い味を漂わせている。
ストーリーは、幼馴染の女の子を救うために、主人公が何度も自殺と再生を繰り返して別の結果を導こうとするのだが、ドジで非力で弱虫のためなかなか思うような結末にならない、といったループものにはよくある展開なのだ。そして終盤になって致命的なミスを犯してしまうのだが、それが通常のゲームと違い平行セーブできないという弱点であった。
いずれにせよ新鮮さやストーリーの緻密さにはやや欠けるものの、読み易さという面ではかなり評価できるかもしれない。なにせ超・遅読症の私でも、350ページ近い本作を、僅か3日間で読了してしまったのだから…。 続きを読む投稿日:2018.03.20
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タイム・リープ<上> あしたはきのう
高畑京一郎, 衣谷遊 / 電撃文庫
美少女高校生の綿密な時間パズル
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著者の高畑京一郎は、1993年の『クリス・クロス 混沌の魔王』で第1回電撃ゲーム小説大賞〈金賞〉を受賞してデビューしたのだが、本作を含めていまだに4作しか書いていないという超・遅筆作家である。本作は…そんな数少ない著作の中でも代表的な作品であり、1997年には大林宣彦監督の監修で実写映画化もされている。
さて本作はタイムトラベル系の小説だが、タイムマシンを使って時空を超えると言う方法ではなく、女子高生の危機意識による時間移動という手法を用いて時空を越えてゆく。但し同じ時間軸を二度以上経験することはなく、ランダムに時間を渡り歩くという展開なのである。
そしてなぜそうした現象が生じてしまったのかという謎解きに、ヒロインを狙い続ける犯人の存在が絡んでくる。だからどうなる・どうなると夢中になって、一気にむさぼり読んでしまうのである。
ことに緻密な時間論理構成による時間パズル的な手法は、発表当時には驚くほど新鮮であった。さらにSF・ミステリー・学園・恋愛を絡めたうえにテンポも良く、まさに上質の名作小説に仕上がっていると確信する。
さて『タイム・トラベル』、『タイム・スリップ』、『タイム・リープ』など、時間移動方法には似たような言葉があるのだが、一体これらはどう違うのだろうか。余り自信はないのだが、次のように括ってみたのだがいかがかな・・・。
●タイム・トラベルとは、タイムマシンなどを使って時空移動するオーソドックスな方法
●タイム・スリップとは、地震などの突発的な災害や事故により時空移動する方法
●タイム・リープとは、自分自身の能力や意識により時空移動する方法
こんなところであろうか。 続きを読む投稿日:2018.03.20
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コミック版 夜行観覧車
木村まるみ, 湊かなえ, TBSテレビ, ドリマックス・テレビジョン, 奥寺佐渡子, 清水友佳子 / Jourすてきな主婦たち
上流家庭の病巣をえぐる
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海が見下ろせる高級住宅地・ひばりが丘に住む『遠藤家』、『高橋家』、『小島家』それぞれの家族が抱える悩みを描いたお話。彼等が抱える葛藤は、家庭内暴力、再婚と子育て、孤独な老人環境、果ては殺人事件に発展…してゆく。
湊かなえの本を読むのは、『告白』、『白ゆき姫殺人事件』に続いて三作目であるが、その文体が全て告白文調である。三作全てが告白文調だったのは偶然だと思うが、告白文調以外の小説も一度読んでみたいものだ。逆に言うと、もう告白文調の文体はごちそうさまと言いたい。
さて『告白』、『白ゆき姫殺人事件』は映画化されたが、本作は今のところTVドラマ止まりである。まあ舞台が限定されているし、家庭内の葛藤をテーマという繊細かつ身近なお話なので、一発ものの映画よりジワジワ続く連続ドラマのほうが似合っていることも確かであろう。
また本作は家庭内で起きた殺人事件を扱っているものの、ミステリーという訳ではないようだ。特に画期的な謎解きやどんでん返しがあるわけでもなく、ラストも当たり前の平坦な結末で閉じられ、感動的なエンディングも訪れなかった。
さらには親のことを「あんた」呼ばわりする不愉快な娘や、自分勝手な母親たちばかりでうんざり感が募るばかり。そしてなぜか男たちは全員が弱々しく存在感が希薄である。
作者は本作を、現代が抱える「家庭の病巣」を提示したヒューマン小説だと言いたいのだろうか。だがテーマが古過ぎるし全体的なストーリー構成が単調で、尻切れトンボのような雑な創り込みであることも否めない。
そしてタイトルの『夜行観覧車』とはいったい何を意味するのであろうか。ラストで小島さと子が息子に次のように話しかける。これがヒントなのだろう。
「長年暮らしてきたところでも、一周まわって降りたときには、同じ景色が少し変わって見えるんじゃないかしら」
だがこのメタファーでは、余りにも説得力に乏しい気がする。どうも苦し紛れに無理矢理こじつけたような気がしないでもない。もしかすると、このような曖昧なタイトルの付け方は、作者自らが本作に自信を持てなかった証なのかもしれない。 続きを読む投稿日:2016.09.08
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望郷
湊かなえ / 文春文庫
異色のミステリーオムニバス作品
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全6作を収めた短編集なのだが、全てのお話が『白網島』に絡んだオムニバス形式となっている。また『白網島』という名の島は実在しないが、作者である湊かなえの故郷である『因島』がモデルだと言う。
その因島…は、かつては船で本土に行くしかなかった。だが1983年に向島とを結ぶ因島大橋が開通し、実質尾道まで地続きとなったのである。これにより孤島というイメージは消失する訳であるが、本作はまだその因島大橋が架かる前に、島に来る人、島から去る人、島に戻る人、ずっと島に留まっている人たちの悲哀を綴った短編集に仕上がっている。
とりあえずそれぞれの作品を簡単に紹介してみよう。
1.みかんの花
主人公の姉は、島を出て作家になり、なぜか25年ぶりに白網島に帰ってくる。まさにこの姉こそ、湊かなえの分身なのではないだろうか。終盤になって25年間島に戻らなかった秘密が解明されるとき、急にミステリアスな展開に変貌する。
2.海の星
日本推理作家協会賞を受賞した名品で、海の星とは夜光虫のことであろう。少年の頃に知り合った親切なおっさんの真意とは、いったい何だったのだろうか。
3.夢の国
幼いころから夢にまで見た東京ドリームランド(モデルはたぶん東京ディズニーランド)。大人になってやっとその夢が叶い、これまでの白網島での生活を回想するお話。
4.雲の糸
芥川龍之介の児童向け短編小説『蜘蛛の糸』を捩ったようなタイトルである。白網島出身の歌手が島に住んでいた頃のいじめっ子に無理やり招待され、島の中での生々しい心理状態を赤裸々に描いてゆく。本短編集の中では一番ミステリーらしい作品である。
5.石の十字架
白網島に猛台風が襲いかかり、家の中まで水が浸水してくる。だが玄関のドアが開かない。そんな窮状の中で子供の頃の苦い思い出を回想してゆくお話である。
6.光の航路
教師である主人公は、教え子のいじめに遭遇して苦悩する。こんなときやはり教師だった父親が生きていたら、どういう行動をとっていたのだろうか。良く判らない父だったが、ある日父の教え子だった男が訪ねてくる。
以上ざっと6作の一口レビューを記したが、本作はミステリーとしてはある意味異質の作品かもしれない。それはここに掲載されている作品のほとんどが、前半は普通の小説なのだが、終盤近くになると、実はこんな謎があったのだと驚かされる展開だからである。したがってミステリーが苦手の人でも楽しめる作品と言っても良いかもしれない。 続きを読む投稿日:2016.09.08
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九月の恋と出会うまで
松尾由美 / 双葉文庫
コーヒーの香りを楽しみながら読む小説
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志織は入居したばかりのマンションで、不思議な現象に遭遇する。なんと隣室に住んでいるが、ほとんど話したことのない平野という男性の声が、エアコンの穴から聞こえてきたのだった。それも一年後の未来から話して…いると言うのである。
はじめは信じられない志織だったが、翌日から先一週間分の新聞見出しを言い当てられ、未来からの声だということを信じざるを得なかった。それで「現在の平野を尾行する」と言う奇妙な未来の平野の依頼を受けてしまうのである。
登場人物が不動産屋、大家とマンションの住人4人しか登場しない。階下に住んでいる倉さんや祖父江さんとは、少し話をするのだが、それだけでほとんどいてもいなくてもよい存在だ。面白いのだがどちらかと言えば、ストーリーよりもアイデア優先の小説と言い切って良いかもしれない。
タイムトラベルロマンスにややミステリアスな展開も含んでいて、梶尾真治の作品と似たような味がするのだが、過去改変の影響について、いま一歩深みにはまり切っていないところが物足りない。また序盤はやや読み辛いものの、中盤からは一気に読み抜けるところは好感が持てるものの、シラノの正体はすぐ分かってしまったし、その種明かしも単調過ぎるような気がする。
まあワインにフレンチやイタリアンではなく、香り良いコーヒーを飲みながら、とりあえず美味しいパンケーキを食べたいと言う方には、ぴったりの作品かもしれない。
続きを読む投稿日:2016.08.24