KENTさんのレビュー
参考にされた数
12
このユーザーのレビュー
-
大逆転! ミッドウェー海戦
檜山良昭 / 光文社文庫
自衛隊護衛艦が太平洋戦争中にタイムスリップ
0
ミッドウェーとは日本とハワイの間に位置する2つの島と環礁のことを指す。また『ミッドウェー海戦』とは、太平洋戦争中にミッドウェー島周辺で行われた日米海戦のことを言う。
またその海戦において、日本海…軍機動部隊は米国海軍機動部隊との航空戦に敗れ、空母4隻と搭載機約290機の全てを喪失してしまう。そしてこの敗北によって、戦争の主導権を米国に握られてしまうという、まさにターニングポイントとも言える戦いなのである。
ただ日本海軍の戦力のほうが、米国海軍より遥かに上回っており、簡単に勝てたはずなのになぜ負けたのかと主張する人も多い。そして巷では、「日本海軍の暗号が筒抜けだった」とか「山本長官の作戦自体がおかしかった、または南雲艦長が無能だった」とか、「レーダーの性能が不完全だった」とか「零戦のパイロットが未熟だった」とか、数え上げればきりがないくらいの理由が論じられている。
本作ではミッドウェー海戦直前に、突然UFOが出現して米国を有利な状況に導いたという荒唐無稽な設定となっている。そしてその謎を解明するために、現代(1988年)の米国軍隊が時空移動兵器を使って1942年のミッドウェー海域に調査隊を送り込むのである。ところが時空移動兵器の発動により巨大な竜巻が生じて、近くを航海中であった日本の自衛隊護衛艦4隻も巻き込まれて過去に送り込まれてしまうのだ。
このあと自衛隊護衛艦が最新ミサイルを使って、1942年時代の米軍戦闘機・爆撃機を次々に撃ち落としてしまい、結果的にはタイトル通り『大逆転!ミッドウェー海戦』となり、歴史を塗り替えてしまうのである。不謹慎かもしれないが、このあたりの描写は、日本人ならきっとスカッとすることだろう。
またここまで書くと、かわぐちかいじ氏の長編マンガ『ジパング』を思い出してしまった。ただジパングのほうが本作よりずっと後に発表されているので、本作から何らかの影響を受けたのかもしれない。
それにしても著者の檜山良昭氏の、戦争や兵器に対する造詣の深さには脱帽せざるを得ない。本作のほかにも『日本本土決戦』、『アメリカ本土決戦』、『大海戦!レイテ海戦』、『大逆転!戦艦大和激闘す』など、数々のシミュレーション小説を世に送っている。タイムトラベルものとしては、やや物足りないかもしれないが、過去をひっくり返してスカッとするためにもう数冊読んでみようかな・・・。
続きを読む投稿日:2021.01.12
-
敵の名は、宮本武蔵
木下昌輝 / 角川文庫
面白すぎる武蔵の話
0
武蔵と戦い敗れ去った剣豪たちは数多い。本書は彼等の視点から見て、宮本武蔵の実像を語っているところがユニークである。345頁の長編であるが、読み易く天下無双の面白さのためか、あっという間に読破してしま…った。
著者の木下昌輝氏は、ハウスメーカーから脱サラしてフリーライターとなり、2012年に『宇喜多の捨て嫁』でオール読物新人賞を受賞している。また同作は直木賞候補になり、その他数々の文学賞も受賞している。
さらに本書『敵の名は、宮本武蔵』でも、直木賞・山本周五郎賞・山田風太郎賞の候補作になっているという。
本書は7つの話に分割されているのだが、決して時系列順ではないところが、本書のミソとなっている。まず鹿島新当流免許皆伝の有馬喜兵衛が、13歳の少年武蔵と戦うことになった経緯に始まる。
そして第2章は、牛馬同然に売買され蔑まれていたシシド(吉川英治の小説では宍戸梅軒)が、鎖鎌の達人として山賊の頭領になり、武蔵により成敗されるまでの儚く悲しい物語となる。
さらに第3章では4代目吉岡憲法こと吉岡源左衛門が、武蔵との試合を通して「憲法染」と呼ばれる黒褐色の染物を発明し、家伝の一つである染物業に専念するまでを描いている。このあたりは吉川文学には登場しないが、こちらの成り行きのほうが史実らしい。そして武蔵も憲法との戦いを経て、剛力だけだった剣に優しさを匂わせるようになるのである。
その後武蔵は神道夢想流杖術の流祖である夢想権之助や、自身の弟子である幸坂甚太郎との戦いを経て、巌流津田小次郎との試合へと導かれてゆく。なお吉川文学の佐々木小次郎は架空の人物であり、古文書によると巌流島での決闘相手は、津田小次郎という年老いた剣士のようだ。本書は史実に沿って巌流津田小次郎として、架空の物語を創りあげているところが面白いのである。
さて本書がさらに俄然面白くなるのはこの辺りからである。まず巌流津田小次郎の出自というか、その悲運に満ちた生涯に心が痛む。そして武蔵の父・無二のさらに悲しき生き方に遭遇し、ここではじめて本当は彼が裏の主人公であることを確信する。
これだけでも、嫌というほど面白いのだが、このあたりで今まで少しずつ疑問に感じていた部分が、時間を遡って順次完全解明されてゆくのだ。まさにこれはミステリー小説の収束技法だと言っても良いだろう。それにしても、緻密に調査した事実をベースにしながら、これだけの嘘(創作)を捻り出した著者の力量は計り知れない。 続きを読む投稿日:2021.01.12
-
光秀の定理
垣根涼介 / 角川文庫
『本能寺の変』が省略されている明智光秀本
0
明智光秀が主人公の歴史小説なのだが、どちらかというと架空の人物である愚息と新九郎の視点で語られるところが多い。愚息とは世の中のしきたりに迎合せず、辻博打で生計を立てている破戒僧の名である。そして彼が…信じるのは手垢のついた仏教ではなく、釈迦の直接説法だけだというのだ。
また若き兵法者である新九郎は、剣の道を志すも金に困り辻斬りに身を落としていた。そんなある日、辻博打をしている愚息と運命的な出会いを果たす。さらに若き日の光秀を辻斬りしようとしたが、新九郎との実力差を認めた光秀が刀を差し出すのを見ていた愚息に光秀の勝ちだと言われてしまう。こんなことが縁となり三人の奇妙な付き合いが始まるのであった。
このほかにも光秀の妻煕子の聡明さや、光秀が世話になっている細川藤孝のしたたかさ、そして織田信長の残虐さの中に同居する器の大きさなどを分かり易く描いている。それだけならよくある歴史小説との差別化は果たせないのだが、本作では愚息の辻博打で使われている「3つの定理と確率論」が大きく関わってくる。そこが実に興味深いというか、他の歴史小説にはあり得ない構成となっているのだ。
さらに面白いのが、光秀を描いておきながら、あの『本能寺の変』の描写が一切省略されているのである。ただなぜ光秀が、その暴挙に走ったのかという謎解きだけは、光秀が没した15年後に、愚息と新九郎の酒の肴として語られる。まさにそれが『光秀の定理』であり、まるでミステリー小説の結末を探り当てるように一気にむさぼり読んでしまうだろう。
続きを読む投稿日:2021.01.12
-
ふしぎ駄菓子屋 銭天堂 1
廣嶋玲子, jyajya / 偕成社
笑うセールスマンのようなふしぎな駄菓子屋さん
0
ときどき思い出したように町の路地裏に佇む奇妙な駄菓子屋さん。そこで店番をしているのは、和服を着てどっしりとしたお相撲さんのようなおばさんである。真っ赤な口紅を塗りたくり、色とりどりの大きなガラス玉の…かんざしを何本もさしている派手な彼女は「紅子」という名で、古いお金を集めているようである。
また店に置いてあるものは、「猫目アメ」、「骨まで愛して・骨形カルシウムラムネ」、「闇のカクテルジュース」、「妖怪ガムガム」、「ぶるぶる幽霊ゼリー」などなど、見たこともない摩訶不思議なお菓子ばかりである。そしてこれらを食べることによって、魔法のような不思議な現象が起こるのである。
本書では「型ぬき人魚グミ」、「猛獣ビスケット」、「ホーンテッドアイス」、「釣り鯛焼き」、「カリスマボンボン」、「クッキングツリー」、「閉店」の七短編が掲載されているが、読み易くて面白いので遅読の私でさえ1時間程度で読破してしまった。
好評につき、現在13巻まで出版され、アニメ映画化されたようである。なかなか面白い小説だが、なんとなく藤子不二雄の『笑うセールスマン』を思い出してしまうのは私だけではないだろう。 続きを読む投稿日:2021.01.12
-
時砂の王
小川一水 / ハヤカワ文庫JA
映画向きの作品かも
0
西暦248年、邪馬台国の女王卑弥呼は、突然おぞましい「物の怪」に襲われるのだが、「使いの王」と呼ばれる未知の人物に助けられる。実は「使いの王」とは、遥かな未来から時空を超えてやって来たメッセンジャー…と呼ばれる人工生命体であり、オーヴィルの頭文字Oを王と聞き違えて、この時代では「使いの王」と呼ばれることになったのである。
邪馬台国の時代より遥か2300年後の未来においては、謎の増殖型戦闘機械群により地球は壊滅してしまい、さらに人類の完全殱滅を防ごうとその機械群を追って来たのがメッセンジャーたちであった。またその邪悪な機械軍が、邪馬台国の時代には物の怪と呼ばれる存在であった。
邪馬台国の時代を中核に描きながらも、オーヴィルたちが戦い続けてきた別の時代やパラレルワールドを交錯させながら、この壮大なストーリーは紡がれてゆく。この大作を僅か300ページ足らずの文章にまとめた技巧は実に見事である。ただそのためか、状況説明的な文章が多くなり過ぎて、登場人物の背景や心理描写などが希薄になってしまった感が否めない。
このあたりが最近のSF小説の特徴で、データー量の多さや精密な論理については申し分ないのだが、ジンジンと心に響き渡ってくるような熱い感情が湧かないのだ。ただこれが小説ではなく、映画やアニメやゲームの原作となると、小説では見えなかった映像や音源などとの融合により、迫力ある素晴らしい作品となるのだろう。事実この作品もハリウッドで映画化されることが決定されたようである。
もし若者たちから、「それが現代SFなんだよ、おっさん!」と叱られれば、「さようでございますか、勉強不足で申し訳ございませんでした。」と応えるしかないだろう。ただ良い悪いは別にして、星新一や小松左京たちが活躍していた頃のSFと比べると、もう全く別ものと言って良いほど、近年のSF小説が変わってしまったことは間違いない。またSF小説だけではなく、マンガもアニメ風の絵柄に変化しSF同様の道を辿っているような気がしてならない。 続きを読む投稿日:2020.01.04
-
約束 村山由佳の絵のない絵本
村山由佳 / 集英社文庫
三篇の本絵を文字だけで再構成した童話
0
村山由佳がイラストレーターと創った絵本から、文章の部分だけを取り出して再構成した『絵のない絵本』である。子供向けで字数も少なく読み易いので、誰でもあっという間に読めるだろう。
収録作品は表題の『…約束』をはじめ、『さいごの恐竜ティラン』、『いのちの歌』の三作で紡がれている。
この中で一番長いのが約80頁の『約束』で、4人の少年たちの友情をノスタルジックたっぷりに描いた『スタンド・バイ・ミー』もどきの小説である。その中で難病で入院した友達を助けるために、タイムマシン製作に夢中になってゆく3人の少年たちの涙ぐましい努力が実に微笑ましい。
『さいごの恐竜ティラン』は、肉食恐竜に子供を食われた草食恐竜が、その肉食恐竜の赤ちゃんを育てるというお話。また『いのちの歌』は、人間によって汚染された海の中に迷い込んでしまったくじらの母子の愛情物語である。ともにいのちの尊さと母性本能の深さを、しみじみと描いてジーンとくる短編小説に仕上がっている。 続きを読む投稿日:2018.03.20