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我慢して生きるほど人生は長くない
我慢して生きるほど人生は長くない
鈴木裕介/アスコム
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総合評価

100件)
3.8
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26
31
7
1
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    ✅自他境界があいまいだと生きづらくなる…ギブアンドテイクのバランスが重くないか?自分だけがリスクや責任を背負っているのではないか?相手の言い分ばかり聞いてはいないか? ✅No!を伝えるには…即答せず持ち帰る、気持ちや現状(忙しい)を伝える。 ✅私の領域を侵害しようとする無理な人には、対応しない意思を見せる。関係を改善しようと考えなくていい。誘いには一切乗らず、返信の頻度を減らす。 ✅我慢は美徳ではない。我慢することでメリットがあるか?メリットがコスト(時間お金体力ストレス)に見合っているか?不公平ならNo!と言う。 ✅自分を取り戻せる「休み方」を知る。

    0
    投稿日: 2026.04.09
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    謝罪の目的は許してもらうことではなく、お互いの関係をよりよい状況に改善すること。 なるほど~。 為になること沢山あった。

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    投稿日: 2026.03.03
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    「自分らしさ」を取り戻すために。 普段、無意識的に我慢していることや他人から自分の人生が侵害されていることが多々あるんだな、と。 そうやって我慢し続けて、自分を押し殺してきた結果が今の自分。無気力さが強い。 少しずつでもいい。自分らしさを見つけて、自分になっていく。

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    投稿日: 2026.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    <ポイント> ・幸せな状態とは→自分が紡いだ自分の物語に、自ら疑念や欺瞞を抱くことなく、心から納得し、その物語に全力でコミットできること ・競争の世界に中で明確に「価値がる」とされているもの(「頭がいい」「一流企業の社員である」「名誉がある」)を手にすることを自分の物語の中心に据えると、失ったときに身を寄せるものがなくなる。競争的な価値観から適度に距離を置くことは、自分本来の物語を作るうえでとても重要。 ・例えば、銀行の融資担当者が優秀と評価されるとする。その評価のベースは、「融資の額が多い、融資のジャッジが的確である」ということだけであれば、単に「銀行員として優秀である」「融資の技能、会社の中で役に立つ技能が優れている」ということでしかない。もちろん、技能が優れているのは誇るべきことであるし、技能を伸ばすことで得られる幸福も大事。しかし、技能はあくまでもその人の1面にすぎず、非常に環境依存的、一時的なものである。 ・「人生」という物語には、「出来事」の部分と「解釈」の部分がある。例えば、慶応大学に入学できたとしても、一時的にはうれしかったが、はるかに優秀な人ばかりを目のあたりにして、劣等感にさいなまれるというネガティブな解釈をしてしまう人もいる。血のにじむような努力をし、それが報われても、なかなか自分を認めることができない。その結果、どんな素晴らしい出来事も、解釈がネガティブであれば価値はゼロになり、努力も無駄になる。こうした人は、たとえ、ハーバード大学だろうがスタンフォード大学だろうが、同じ解釈をする。良い方向を目指して発揮された努力は、それだけで尊いし、称賛に値する。しかし、それを自分自身で認めることができないのは悲しいこと。 ・「何はなくとも、自分は自分であって大丈夫」と思う。 ・身体は常に周囲の状況を判断し、安心を感じているときはリラックスし、危険だと感じているときは緊張するようにできている。緊張状態は身心に大きな負担をかけ、計画のために多大なエネルギーを消費する。不快な情動というのは、身に起こっている何かしらの危険を察知しているために起こる。それらの反応は、自律神経が担当している。非常に「動物的」で素早く、得てして頭が考えた判断よりもよほど正確である。そして、不快な状態があまりに長く続くとエネルギーが枯渇し、身体は、今後は省エネのため「フリーズモード」に入る。無抵抗・無気力になり、あらゆる刺激に対する反応を鈍くすることで防衛しようとする。現実感を薄めて、「心に麻酔をかける」ことで生存確率を上げようとする、自律神経の働きがあるためである。「自分の快・不快がわからない」という方は、こうした「フリーズモード」に入ってしまっていることが少なくない。(「不登校」という現象は、まさにこの防衛的な自律神経のフリーズ反応が大きく関わっていると指摘される。) ・人間関係に限らず、人生や生活のあらゆる面において、「快・不快」の感情をきちんと把握することは、自分のルールに基づいて自分の物語を生きていくための土台である。 <ピックアップ> 〇自分でない誰かのための人生を、誰かのための感情を生きさせられているようで、先の見えない苦しさにあえいでいるように感じる。 〇ラッセル「人々の努力によって社会がより良く、より豊かになると、人はやることがなくなって不幸になる」という。つまり、社会が豊かになり、生命の危険がないことが当たり前になってくると、「生きること」それ自体の意味を見つけることが難しくなり、人生を賭けて埋めるべき大きな「穴」がなくなる。 〇そのために必要になるのが、「自分の物語化」である。自分の物語化とは、これまでの人生で連綿と起こってきた出来事に対して、自分なりの解釈をつけていくこと。起こった出来事に対して、主観的に自分が納得できるような意味づけをしていくことで、挫折から前向きに立ち直ったり、成功体験を自信に変えたりすることができる。そうした「自分を編集するような作業」の中で、自分の生き方に物語性を見いだせれば、当面の生きる意味を得ることができ、生きやすくもなる。 〇自分の物語に納得することは、自分を肯定することと同義。ありのままの自分の人生を「これでいい」と肯定できないと、自分以外の誰かの価値観やルールを中心に生きざるを得ない。 〇高垣忠一郎「人は、自分の物語にすがりつけて生きている。」たとえ、それが不幸の物語であったとしても、その人が生きていくためには必要。 〇ロバート・ハリス・フランク「所得や社会的地位、家や車など、他人の比較優位によって成立する価値によって得られる幸福感の持続時間がとても短い」。つまり、かつてのサクセスストーリーの先にある「サクセス」は、私たちに永続的な幸せを与えてくれるものではなかった。 〇幸せな状態とは→自分が紡いだ自分の物語に、自ら疑念や欺瞞を抱くことなく、心から納得し、その物語に全力でコミットできること 〇「人生をレースに見立て、それに勝ち続ける物語」は、一生すがりつくには、非常に脆弱である。なぜから、人は永遠に競争に勝ち続けることはできず、一生のうちに必ず弱者の側に回る瞬間がある。 〇競争の世界に中で明確に「価値がる」とされているもの(「頭がいい」「一流企業の社員である」「名誉がある」)を手にすることを自分の物語の中心に据えると、失ったときに身を寄せるものがなくなる。競争的な価値観から適度に距離を置くことは、自分本来の物語を作るうえでとても重要。世間の価値観(評価基準)を必ずしも満たしていなくても、「自分はこう生きています」と自分の言葉で言えるようになれば、少なくとも不幸な人生ではない。 〇誰に対しても優しく品行方正な「良い子」であろうとする人は少なくないが、そのような人は、子供の時に、自分本来の感情を素直に表現したり、その感情を受容されたりした経験に乏しいという共通点がある。自分よりも、自分を評価する誰かの感情を優先する癖がついていて、その誰かの感情を先回りして感じ、その人にとってのベストは反応を得られるような感情だけを選び取り、自分が本当に感じていた感情は心の奥底に封印してしまっている。誰からも褒められる「良い子」を演じれば、一時的な承認を得ることはできるが、自分のリアルな心根の部分を承認されているわけではないため、すぐにまた「誰かに褒めらえるる何か」をしていないと不安にある。 〇このような他人の感情を優先する生き方から向けだすきっかけの一つが、誰にも遠慮をしない、自分だけの「好き」を見つけて追及することである。 〇自分の物語は、これまでの人生で起こってきた出来事と、その解釈によって紡がれていく。どんなに素晴らしい「出来事」があっても、その解釈がネガティブであれば価値がゼロになってしまう。自分の物語をダメにする悪魔は、実は「解釈」のところに潜んでいる。 〇DWD病(「だから私はダメなんだ」)は、たとえ、ハーバードやスタンフォードに合格しても、DWD病にかかっている限り、「自分はダメだ」という結論になる。 〇自分の物語を作るうえで、最も重要なことは、自分の感情に素直になることである。怒り、死っと、悲しみなど、誰かに話すことがはばかられるようなネガティブものもありますが、感じてはいけない感情はない。感じたままの感情だけが、自分に起きた出来事に納得するための解釈をもたらす。それはきれいなものとは限らないですが、しかし、それを自分固有の形として、自分自身が納得して需要できたとしたら、誰にも比べることのない「強い物語」になる。なぜから、自分の物語を紡ぐことができるのは、自分の感情だけだからである。他人の価値基準や誰かのための感情に基づいた物語は、本当の生きる力を与えてくれません。 〇明確な答えがない時代において、人の心を動かすのは「弱き者の物語」である。完璧でない私たちに、それでも生きていていいのだという安心感を与えてくれる。 〇自分の弱さ、いびつさ、未熟で、格好悪いところを認めて、それをも引き受けた「嘘のない物語」はありのままの自分を「それでもいいよ」と肯定し、長きにわたって人生を支えてくれる「しなやかな強さ」をもたらしてくれる。 〇「他人の価値観やルール」「他人の感情」「他人に奪われる時間」を手放し、「自分の価値観やルール」「自分の感情」「自分の時間」を発見し、取り戻すことが必要である。 〇今の社会は、自己肯定感が得づらく、生きる意味を見つけにく。他人や社会のルールを受け入れ、自分のルールよりも優先させ、必要以上に我慢しているからである。 〇「いい学校を卒業し、いい会社に入って出世し、何自由ない暮らしをするのが勝ち組の人生」「社会人は、何よりも仕事を優先すべき」などといったメッセージが社会にある。こうしたメッセージは、誰かが考えた価値観やルール、生き方を一方的に押し付けられ、時に、自分らしくあることを否定され、様々な我慢を強いられる。こうした他者の価値観に適応しすぎて、自分が我慢していることにすら気づいていない人もたくさんいる。しかし、ある程度年齢を重ね、ふと人生を振り返った時、もしくは自分がそれまで信じ込んでいた価値観が崩れるような出来事に遭遇した時、「今まで自分は何をしてきたのか」「」自分の人生は何だったのか」と愕然とし、アイデンティティが崩壊するほどのショックを受け、虚無感に襲われる。 〇では、自分らしい人生や自分らしい価値観を取り戻すにはどうしたらいいのか、そのために必要なのは、人間関係の在り方を見直することである。人生において、もっとも重要で最も厄介なものは、人間関係だからである。 〇好ましい人間関係は、とにかく公平(フェア)で穏やかである。この人間関係の比重が高いと、「自分は自分のままでいてよいのだ」「たとえ欠点だらけでも、失敗だらけでも、大きなことを成し遂げられなくても、自分や自分の人生には価値があるのだ」と感じられるようになり、心が安定する。逆に、好ましくない人間関係は、他人のルールであなたを縛りつけ、あなたの価値を勝手にジャッジし、あなたの時間やエネルギーをひたすら奪う。常に自分は我慢していることになり、日々の生活に喜びを感じられなくなり、絶望感や虚無感に襲われるかもしれない。 〇世界は、「自分が責任を持って守るべき領域」と「他人が責任をもって守るべき領域」の2つに大きく分けることができる。自他の境界線をあいまいだと生きづらくなる。 〇境界があいまいになると、自責傾向や他責傾向が強くなる。自責傾向がある人は、心をすり減らしてしまう。他人の何気ない一言にも「自分が攻められている」と感じやすく、どうしても自己評価が下がりがちになり、自己肯定感も持ちづらくなる。他責傾向の強い人は、本来自分が守るべき領域よりもはるかに狭い範囲を自分の責任領域だととらえて他人を責め、「なぜ、自分ばかりがこんな目に」と生きづらさを感じてしまう。 〇モヤモヤしたものを感じたら、その関係性は公平ではないかもしれない。自分の感覚や気持ちに素直になり、心の声に耳をすまし、「ラインオーバーされている」と確信したら、その事実をしっかり認め、受け入れる。 〇相手の行動に対し、もしあなたがもやもやしたものや不快感を覚えたなら、それは確実に、あなたにとっては、ラインオーバーである。ラインオーバーかどうかわからない場合は、第3者に相談してみる。 〇ラインオーバーがあったら、アイメッセージで気持ちを伝える。話すタイミング、相手が落ち着てい話せるタイミングを選ぶ。相手への気遣いや感謝の言葉を添える(聞いていただいてありがとうございます)。相手の言い分も聞く。さらに、誠実に伝えても、相手に聞く気がなかったり、ラインオーバーした場合、距離を置く。 〇人それぞれ考えや価値観は違う。そこに違和感を感じるのは、「この人の考えや価値観は自分とは違う」と察知した時になるアラームのようなもの。アラームが鳴ったとき、心身がいったん立ち止まって、しっかり考えようというメッセージを発していると考える。この違和感は何かを深く理解するチャンスである。そこで、受け入れるか受け入れない、折り合いをつけられるか考えられる。 〇多少、悪口を言うくらいのほうが、少なくとも自分に対しては正直で、むしろ自分にうそをついて悪口を言わない人よりも健全かもしれない。 〇もし誰かのことを苦手だと思ったら、それが家族や恋人だったとしても、接する時間をいったん減らし、好ましい人たちとの人間関係の割合を増やし、自分の心と身体がどう反応するかを、じっくり感じる。 〇相手の性格は変えられないが、関わる人間関係の割合は自由に変えられる。自分を尊重しない相手から距離を取り、自分を大事にしてくれる相手をより大切にする。それが自分自身を大事にするということ。 〇謝罪や反省は、謝罪する側の領域であり、責任をもって行う必要があるが、「許すかどうか」はあくまでも相手側の領域である。相手に与えた迷惑を認め、その痛みを真剣に慮ることである。どのような態度でどのように行動すれば、お互いにとってよりよい状況になるのかを、対話をしながら考えつくす。これがフェアな謝罪のありかた。目指すゴールは、「お互いにとってよりよい状況」である。 〇謝罪をする、相手が納得していなければ何に納得していないのかを検討し、相手が求めている内容が、客観的にみて、妥当で公正であれば、無理なく応じられる範囲であれば、受け入れてもよい。そうでない場合は、相手の関係性自体を見直したほうが良い。 〇心が弱っているときは、自分をジャッジする人から離れる。 〇社会には不公平なトレードがあふれている。会社こそ、不公平なトレードに満ちている。「社会人は~であるべき」「管理職は~すべき」といった一方的なルールを押し付け、あなたの領域を平気で侵害し、あなたの時間や能力、さらには、価値観やルール、幸せで穏やかな生活、人生そのものさえ奪っていく。 〇「ミッドライフ・クライシス」。「競争に勝ち、いい学校、いい会社に入って出世することと言った、時に自分を犠牲にしても、会社に貢献するなどを正しい、幸せと信じて生きてきた人が、人生の後半に差し掛かった時、それまでの生き方に疑問を持ったり、価値がないと感じたりすることがある。同時に、「今、自分がやっていることは、本当に自分が求めていることか」と自分の人生のあり方や意味を問い直さずにいられなくなる。 〇特に、頑張って会社や社会に適合してきた人、つまり「自分の中にインストールされた会社や社会のルールを、疑うことなく素直に受け入れてきた人ほど、ミッドライフ・クライシスに陥りやすい。もちろん、社会や会社のルールを自分の中に適度にインストールしておくことは、社会や会社で生き延びていくためには、ある程度有用なこと。しかし、それら(社会で成功すること、競争に勝つこと)をフルインストールして自分の価値観を完全に上書きし、人生のコントロール権を手放してしまうのは考えものである。 〇会社や社会の価値観、ルールは、決してあなたを本当の意味で幸せにはしてくれない。それらは、基本的には競争原理に基づいているから。競争に勝てばお金や名誉が手に入り、一時的に自己評価が上がるかもしれない。しかし、そこには常に「今度は負けるかもしれない」「負けたらどうなるんだろう」という不安が付きうし、実際に永遠に「勝ち続ける」ことはできない。競争に勝つことで得られる幸せは、決して長続きしない。 〇会社や社会からの要求にこたえられている間は、承認欲求が満たされるかもしれないが、競争に負けたりミスをしたり「欠点」がクローズアップされると、たちまち厳しい評価が下される。 〇例えば、銀行の融資担当者が優秀と評価されるとする。その評価のベースは、「融資の額が多い、融資のジャッジが的確である」ということだけであれば、単に「銀行員として優秀である」「融資の技能、会社の中で役に立つ技能が優れている」ということでしかない。もちろん、技能が優れているのは誇るべきことであるし、技能を伸ばすことで得られる幸福も大事。しかし、技能はあくまでもその人の1面にすぎず、非常に環境依存的、一時的なものである。 〇なにより、会社員としての技能や勝ち、評価がどれほど高まっても、定年退職すると同時に、それらははぎとられてしまう。こうしたことは、不公平なトレードによって損をさせられがちな人だけでなく、会社や社会のルールを利用して、多少なりとも「おいしい目」を見てきた人にも等しく訪れる。 〇ミッドライフ・クライシスや定年退職後の虚無感に襲われないためには、「会社や社会が「是」とする価値観は、あくまでも他人の都合で考えたものであり、自分を本当に幸せにしてくれるとは限らない」ということに気づくことである。 〇私たちはお金と我慢をトレードするために働くのではない。人間の脳は、パソコンのハードディスク。そこに、親や教師、会社の上司、メディアなどによって、様々なソフト(価値観やルール)がインストールされて、私たちの思考や行動のもとになっている。そうしたソフトの中には、不良ソフトが混じっている。例えば、「我慢は美徳」というのは、他人に我慢をしてもらったほうが都合がいい人たちの勝手なルールに過ぎない。もちろん、社会でうまく生きていくうえで、我慢というスキルが必要になることもある。しかし、それが短期的にはつらいことがあっても、長期的にはそれを上回るメリットがあるときに限って発揮されるべきスキル。 〇我慢スキルというのは、ゲームでいう守備力。守備だけが高いキャラクターは、敵の攻撃を一身に受けるサウンドバック役になってしまう。それを望むのか?「我慢」はあくまで手持ちのカードの一枚に過ぎない。すべての局面を乗り切れるほど便利なものではない。 〇ブラック企業、どれほど理不尽な状況に置かれても、「人生には我慢も大事」「自分さえ我慢すれば」などと考え、身体が悲鳴を上げていても「このくらい我慢できなくては生きていけない」と思ってしまう。その「まだ我慢が足りない」は果たして正しい認識なのか。これは明らかに、生存戦略として誤っていて、非常に危険な状態である。人間の脳は、自分が理不尽な状況に置かれ、辛さを感じると、何とかしてラクになろうとする。つらい状態を「つらい」と認識したままいつまでも続けるのは不可能だからである。本来なら「理不尽な状況を変える、逃げ出す」というのが、最も健康的な解決方法だが、それらを実行しようと思ったら、大きなエネルギーが必要になる。状況を変えるには、多くの人にとって不安や恐怖心を抱く。よって、つらい状態をつらくないと考えるようになる。また、怒りや悲しみ、つらさなどの感情を自分で抑えようとしたり、人に伝えずに我慢したりしているうちに、自分の欲求や気持ちがだんだんつかめなくなっていく。これはただ、心にふたをしているだけ。なかったことにされた「本来の感情」は、蓋の下でたまり続け、徐々に圧力を増していき、いつか必ず爆発する。 〇例えば、「会社に向かう電車の中で、突然涙が出る」といったように、心身の不調となって表面化する。ストレスによって、自律神経が乱れ、身体症状が現れることもあれば、うつ状態になる場合もある。こうした状態は、「このままだとあなたの心と身体は崩壊しますよ」とうアラームが鳴っている状態だと理解する。 〇我慢は美徳と考える人は、「お金は、「苦労」や「我慢」の代償として支払われる」という思考がベースにある。 〇我慢することで、自分に得られるもの(メリット)があるかどうか。そのメリットを自分が欲しいと思っているかどうか。そのメリットが、自分の支払うコスト(お金、時間、エネルギー、ストレスなど)に見合っているかどうか。我慢しなければならない期間が決まっているかどうか。をきちんと吟味する。もし支払うコストに見合うメリットがなく、期間が決まっていなかったり長すぎたりするようなら、それは不公平なトレードといえる。自ら結論を出し、NOをつきつけたほうがいい。 〇罪悪感という感情は、「我慢は美徳」といった価値観やルールと並び、あなたに不公平なトレードを強いる「内なる敵」のひとつ。例えば、「自分の一言が誰かを傷つけてしまった」という罪悪感を抱くことはある。まず知っておくことは、「罪悪感とは、実は自己中心的な感情である」ということである。罪悪感という感情には、「関係を修復する役割がある」といわれているが、その感情にとらわれすぎると、相手の関係がうまくいかなくなる。きわめて厄介な感情。 〇罪悪感にかられやすい人は、他人に対して常にものすごく気を使っている人。気づかいとは、2つの種類があり、ひとつは、自分が嫌われない、傷つかないための防衛的な気遣い。もうひとつは、自分のことは置いておいて、純粋に相手にとってプラスを考えた気遣い。前者の防衛的な気遣いが圧倒的に多い。その防衛的な気遣いが、必要のない罪悪感を生む原因となっている。「自分が嫌われたらどうしよう」という思いである。 〇必要のない罪悪感を抱えると、本当は望んでいないのに、相手の言いなりになってしまうことがある。なぜなら、罪悪感というものは、他人をコントロールするのに利用されやすい感情だからである。 〇私たちが抱く罪悪感は、実際には、”ほかの人からネガティブな感情を向けられることへの恐怖”である。他人からネガティブな感情を向けられることに耐えられず、自分自身の罪の意識にも耐えられないのから、自分の身に火の粉が降りかかるのを避けようと、考え得ることはある。だから、他人に見つかる前に、自分の不完全さを補うことに注力することや、周りの人に望まれているであろう自分でいようとする戦略をとるかもしれない。その戦略が、罪悪感という不快な感情を避ける助けとなるよう望んでしまう。それが緊張感となり、かえって、心地よい気持ちから遠ざかることになる。 〇罪悪感は実は自分勝手で、関係改善に役に立ちにくい感情であるということを前提に考える。そうすれば、「なにもかもすべて私が悪い」という罪悪感の檻にとらわれ、置かれている状況を正しく判断できなくなるリスクは下がる。 〇罪悪感によって他人にコントロールされることを防ぐために、物事の優先順位をつけ、その順位付けを忠実に守る。相手の要望や期待が、自分の望むもの、自分がここと良いと感じられるものでないときは、自分の心の声を優先し、断るという選択肢を常に持つ。適度に、他人の都合よりも自分の都合を優先する。そうした体験の積み重ねが、自己を肯定する力につながり、本当の意味で他人と健全な関係を構築する能力のベースになる。 〇人生は、「ほどほどにポンコツ」がちょうどいい。「社会や職場で「良い」とされているものを目指しすぎない」ことである。不公平なトレードや一方的なルールを押し付けてくる人間関係にNOを言う。 〇社会から、「一流、勝ち組」といわれるコースがある。いわゆる一流と思われることである。こうした社会や会社から、一方的に、順位付けが行われ、そんなが同じポジションやコースを目指すことに、様々な問題の原因がある。 〇「そのコースを歩み、そのポジションを得ることこそが良いこと、評価されるべきこと、立派なことである」という幻想が、「他人を蹴落としてでも、勝ち組になりたい」という欲望を生み、それ以外の道を歩む人に「このままでいいのだろうか」「自分に価値はあるのだろうか」という不安や焦燥を感じさせるからである。それに対し、「無理に頑張って、一流や勝ち組を目指す必要はない」「そこそこにポンコツな人生は、結構、楽だ」ということである。「会社や社会でいいとされているから」「高く評価されるから」という理由で、歩むコースや目指すポジションを選ぶのは、少々リスキーだと。「一流」「勝ち組」といわれているものは、多くの人が「良い」と判断しているものであり、安心感がある。しかし、結局、それは、誰かが決めた価値基準の一つ。何を「良い」とするかの暫定的な補助線にはなってくれますが、変化の激しい時代において、死ぬまでアテにしていい、絶対的に強固な価値観ではないと考えておくほうが現実的。 〇みんなが目指すコースは何となく安心ですが、そこに関係している人達があまりにも多く、踏みとどまるためにはあらゆる人の期待にこたえ続けなければいけないし、どうしても競争が激しくなる。王道を歩むための維持コストは、ものすごく高くなる。でも、そこから少し横道にそれるだけで、ものすごく楽な世界が広がっていたりする。「みんながやっていることをちゃんとやろう」という感覚が薄らぐこともいい。 〇「怠惰は美徳」。サボること、手の抜き方を覚えると、「サボりたくないこと」「手を抜きたくないこと」が明確になる。 〇総体として自分の幸せに近づく道を見つけたら、ぜひ自信を持って歩く。みんなが「いいだろう」と思うものを選択せず、ちょっとだけ「邪でわがままな考え」を入り込ませることは、誰にでも可能である。誰かのために生きる必要はない。 〇「自分のルールに基づいた自分らしい人生」を取り戻す。一人でも多くの人に、自分のルールに基づいた自分らしい生活、自分らしい人生を取り戻し、自分の物語を生きていく。そのために、自分と他人の間にある境界線、自分が責任をもって守るべき領域をしっかり意識し、ラインオーバーしたりされたりすることに敏感になること。また、知らず知らずのうちに自分の脳内にインストールされている、他人や社会から押し付けられた価値観やルール、を見直し、不公平なトレードに気づく。さらに、ラインオーバーを繰り返す人や不公平なトレードを持ち掛けてくる人には、できるだけ距離をとる。という、「人間関係の見直し方」「会社や社会の価値観、ルールの見直し方」である。 〇では、「自分のルールで生きる」とは、どういう風に見つけるか。まずは、「自分に合わないもの、やりたくないことを見つけ、NOを言うことから始める」ことである。嫌なことを見出すことで、その先に、自分に合うものややりたいこと、自分のルールなどが見えてくる。 〇自分のルールで生きる、自分の物語を生きるというのは、結局のところ、「自分を喜ばせる時間やエネルギーをできるだけ増やしていく」ことである。必要以上に我慢をしないこと、自分のルールで生きることは、決して他人のことなどお構いなしに、わがまま放題に振舞い、全てを自分の想い通りにすることではない。あくまでも、自分のルールを振りかざし、周りに自分勝手な要求ばかり突き付け、他人に我慢を強いるのは、他人の領域へのラインオーバーになる。あなたが自分のルールで生きるために、他人が自分のルールで生きるのを妨げてはいけない。お互い、自他の境界線、自分の療育と他人の領域を尊重し合い、公平な関係性を保とうと努力する。 〇「やりたいことがあることはいいことだ」という思い込みを捨てる。 〇「会社でバリバリ働いて出世し、お金を稼ぐことが、自分の人生の夢であり、目標であり、果たすべき役割だと思って、これまで生きてきた。しかし、ある程度出世を果たし、財産をも築いたのに、何かが違う気がする。人生ってこんなものなのか、これが本当に自分が求めているものなのか、と、最近ふと思うようになった」という違和感は、社会などから、他人の価値観に基づいた「やりたいこと」を追ってきたという点である。他人の価値観をベースにした「やりたいこと」は、たいてい地位材を得ることを目的にしたものであり、競争の激しいコースを歩ませようとするものになりがち。それらは、一時的な人生の目標や充実感、達成感、満足感などを与えてはくれるものの、長期的な幸福感をもたらす約束まではしてくれない。しかし、人はなかなか「自分が本当にやりたいこと」と「他人に押し付けられたやりたいこと」を区別することができない。これは、「ミッドライフ・クライシス」の原因のひとつ。 〇やりたいことが見つからない人の多くは、「他人に押し付けられたやりたいこと」に目くらましをされている可能性がある。自分の正直な気持ちを認めることこそが、第一歩。 〇「本当の生きやすさ」は、競争や実力とは関係ないところにある。人間には、もともと闘争本能や承認欲求が備わっている。よって、競争させられたり他人から評価されたりすると、たいていの人はやる気が刺激される。いい面もあるが、デメリットもあり、常に競争にさらされ、他者から評価される。よって、競争に勝たなければという価値観が受け付けられる。競争に勝ち、高い評価が得られた時には、自尊心や承認欲求、名誉欲が満たされるが、世の中には、「上には上がいる」し、心身の状態は、いいときばかりではない。 〇どんな超一流でも、いつか人生のどこかで必ず「弱者」になる。競争に負け、評価が下がると、自分はダメな人間だ、自分には価値がないと思うようになる。実際には、競争に負けようが他人からの評価が低かろうが、その人が存在することとそのものの価値とは全く関係がないが、つい混合してしまう。 〇自己肯定感(完璧でなくても優秀でなくても競争に負けても、自分はこれでいい、自分は自分であって大丈夫という感覚)がないと、どれほどいい会社や学校に入って、重要なポストに抜擢され、成果を上げても、「うれしい」「認められた」と喜ぶより、「なんとかノルマを達成できてほっとした」と思ってしまう。つまり、喜びより安心である。それも、つかの間の安心に過ぎず、すぐに、「次はうまくやれるだろうか」「もっと優秀な人が現れて、自分の存在価値がなくなる」といった不安にさいなまれる。競争の世界の中で、評価のプレッシャーに常にさらされている間は、いつまでたっても、「これでいいや」と思えない。 〇お金や名誉、肩書、家や車などの所有物のように、他人との比較によって満足感が得られるものを「地位材」、自由や健康、愛情など、他人と比べなくても満足感が得られるものを「非地位材」という。競争によって手に入れられるのは地位材、非地位材は、競争や評価とは無縁のところで得られることができるものである。地位材による幸福感は、非地位材による幸福感と比べて長続きしない。 〇よって、「競争の世界とのかかわりを一度見直し、自分にとって適切な距離で関わること」は、幸せに生きるための、かなり重要な要件。競争をどれだけ楽しめるかは人による。「たとえ負け続けても、勝負事が楽しくて仕方がない」という人は、好きなだけ関わればいい。しかし、そういうタイプでないならば、時には競争を楽しんだり、他人からの評価に喜んだり悲しんだりすることがあっても、それらは、あくまでも「人生のスパイス」程度だと考え、自分自身の価値を判断する基準しないほうが賢明。そのうえで、競争や評価とは無縁な人または世界とのつながりを大事にすること。さらに、自分の中の「欠損している部分」をそのまま受け入れ、愛してくれる人と出会えたら最高。 〇一度勝っても、競争は終わることなく永遠に続き、きりがない。勝ち続けなければ維持できない価値や居場所は、とても高コストで疲れてしまう。 〇頼まれごとは、いったん持ち帰る。余計なことを考えずに、自分の「快・不快」の感情に目を向ける。楽しそうだとイメージできたら、OK。そうでなければ、断る。 〇「人生」という物語には、「出来事」の部分と「解釈」の部分がある。例えば、慶応大学に入学できたとしても、一時的にはうれしかったが、はるかに優秀な人ばかりを目のあたりにして、劣等感にさいなまれるというネガティブな解釈をしてしまう人もいる。血のにじむような努力をし、それが報われても、なかなか自分を認めることができない。その結果、どんな素晴らしい出来事も、解釈がネガティブであれば価値はゼロになり、努力も無駄になる。こうした人は、たとえ、ハーバード大学だろうがスタンフォード大学だろうが、同じ解釈をする。良い方向を目指して発揮された努力は、それだけで尊いし、称賛に値する。しかし、それを自分自身で認めることができないのは悲しいこと。 〇たとえいい結果につながらなかったとしても、「あれだけ頑張ったことが、自分の糧になった。」「あれだけ頑張ったら、今の自分がある」「あれだけ頑張った自分をほめてあげたい」と思えるなら、その努力には大きな意味があり、決して無駄ではなくなる。しかし、「自分を認める」ことができないままだと、どれほど努力を重ねても、自分を肯定できないどころか、むしろ「あれだけ頑張ったのに、まだこの程度だなんて、だから自分はダメだ」と、自己評価をさらに下がってしまいかねない。そのようなネガティブな解釈は無駄であり、手放すべきものである。 〇こうしたネガティブなクセ、「だから私はダメなんだ」という、DWD病をもっていると、ありのままの自分を肯定することができない。「欠点だらけでも、できないことが多くても、存在しているだけで自分には価値がある」と思うことができないため、ほかの多くの人たちが価値を認めてくれそうな、立派な看板(学校や職業)を追い求める。しかし、努力を重ねて出した成果を認められ、褒められることで上がるのは「私は~ができる」という自己効力感や自己評価であり、それは「何はなくとも、自分は自分であって大丈夫」という自己肯定感とは異なる。努力の結果、看板を手に入れれば、一時的には満足し、自信を持ち、自己評価も高まるかもしれないが、こうした看板は、実は自分が本当に求めているものではなく、親や他人の評価を満たすものであるため、自分自身は満たされない。また、看板はあくまでも看板に過ぎず、その人自身の存在の価値とは待ったう関係がないため、褒められても、「うれしいけど、何かが違うという思いが付きまとい、時間が経てばたつほど、それは膨れあがっていく。しかも、多くの人たちが価値を認めてくれそうな看板は、当然のことながら人気が高く、そこには必ず競争が付きまとい、「人との比較」が発生する。世界は広く、必ず「上には上がいる」ので、競争や人との比較を続けている限り、心の底から満足することはできない。そのため、いくら努力して立派な看板を手に入れても、競争に負けたりうまくいかないことがあったりすると、すぐに「だから私はダメなんだ」と思ってしまう。これが、DWD病のメカニズム。 〇エリートと呼ばれ、地位や年収、プライドは高いものの、自己肯定感を持てず、自分の物語を生きられず、DWD病を抱えている人もたくさんいる。彼らは一生懸命ミッションをクリアすればするほど、世間からの評価だけが「身の丈」を飛び越え、空虚な風船のように膨れ上がる。その風船は、針の穴ほどの小さな少しのつまづきではじけ、「自分はダメなんだ」と悩み、落ち込んでしまう。 〇DWD病は脳の奥深くに潜むため、失敗したとき、自分の思考を注意深く観察して、「だからダメなんだ」という考えが浮かぶようなら、DWD病の可能性がある。 〇「だから私はダメなんだ」と落ち込んだり、世間からの評価に一喜一憂したりする時間を減らすには、「ダメなところも、自分の愛すべき一部」と感じ、そんな自分をありのまま認める時間を過ごし、どんな失敗も面白がる。 〇「何はなくとも、自分は自分であって大丈夫」と思う。他人の価値観やルールにNOを言い、自分のルールに基づいて自分の物語を生きる上で、非常に、重要なのもののひとつが自己肯定感である。自己肯定感とは、「何はなくとも、自分は自分であって大丈夫」という感覚。たとえ欠損や欠点だらけでも、誇れるものがなくても、そんな自分自身を丸ごと受け入れ、愛することができることが、自己肯定感である。 〇自己肯定感と自己評価は違う。自己評価とは、「自分の能力、仕事の成果や努力、用紙などに対し、外部から取り込んだ一定の価値基準(物差し)をもとに、自分自身が下す評価(ジャッジ)である。例えば、「自分は優れている、自分は~を成し遂げた人生には価値がある、私は劣った人間である、何も成し遂げなかった私の人生には価値がない」などは、いずれも自己評価にあたる。厳しい評価をするのが他人であれば、その人と距離をとればいいが、評価を下すのが自分自身だと、そういうわけにいかず、厄介である。例えば、何事も100点を取らないと許せないという自己評価を持つなど。。。 〇自己評価が低いと、「自分なんてダメなんだ」と当然のごとく、自己肯定感も持ちづらい。しかし、自己評価が高いからといって、自己肯定感が得られるわけではない。自己評価が高い人は、自分の仕事の成果や努力、容姿などについてはそれなりのものであるという自負はあるものの、評価から切り離された時の自分を認めてあげることができないし、基準を満たしている間しか、「自分をOK」だと思うことができない。つまり、評価が高かろうと低かろうと、評価するのが他人であろうと自分であろうと、他人の価値観やルールで生き、「評価」というものに縛られ振り回されているかぎり、人はなかなか自己肯定感を得られない。自己肯定感を持てないと、他人の評価によって自分にOKを出そうとするため、ますます他人の価値観やルールに縛られるという悪循環に陥ってしまう。逆に、他人の価値観やルールにNOを言い、自分のルールで生きているようになると、「評価」にふりまわされにくくなる。それが、自分を肯定できるということ。自己肯定感があると、自分で自分を責めなくなり、失敗しても「まあ、いいや」「なんとかなるだろう」と思えるようになる。自分の存在と自分の行いを、切り分けて考えられるようになる。自己肯定感を得るためには、「自分を一方的にジャッジせず、自分の欠損や欠点を認めてくれる、信頼できる他人の存在」が欠かせない。自分一人の力では、なかなか自分を肯定することができない。信頼できる人との間で、「NOと言っても大丈夫」という体験を積み重ねる。 〇自己肯定感を得られるポイント →一人でも二人でも、自分を欠点ごと受け入れてくれる、信頼できる他人がいること(他人への信頼)。 →そのような他人が存在する「世界」そのものを信頼し、世界とのつながりを感じ、「世界は決して怖くない」「自分は世界とつながっており、ひとりではない」と思えること(世界への信頼)。 →そのような他人と世界の存在をよりどころにし、「自分は自分であって大丈夫」という、自分自身への信頼感を抱くこと(自分への信頼)。 というこれら3つが、必要不可欠。 〇本来望ましいのは、親か家族が、最初の「信頼できる他人」になることである。 〇「この人なら、もしかしたら信頼を寄せてもいいかもしれない」と思う人に出会ったら、そう思った理由が何なのかを考え、なぜ合うのか合わないのかを、感覚だけ得なく、きちんと言語化する。そういう失敗やトライを積み重ねると、人を見抜く知性がはぐくまれる。 〇自己肯定感に対し、大事なことは、自分に対し、頭の中だけで、「なぜ」という問いかけを行ってはいけない。「なぜ」と問いかけても、前向きな建設的な答えは出てこない。結局は、「自分がダメだから」といった答えが導き出され、それを自分自分で疑うことができない。さらに、その答えが脳内で反芻・強化され、あなたの自己評価は下がる。 〇自分を客観的に省みる。自他の境界線や自分が守るべき領域、自分が本当に求めているものがわかってくる。思考の外在化である。=紙に出す。 〇心身のバランスを崩して休職中の場合などは、「自分の身体的ニーズ」を書き出す。 〇誰でも完璧にはなれない。ある程度で自分を許す。 〇他人の忠告やアドバイスを自分の感覚でしっかりと吟味し、向き合わなくていいもの、聴くべきではないものは捨て、向き合うもの、聴くべきものについては誠実に耳を傾けるというのも、人が成長するうえで、欠かせないプロセス。 〇NOを言える人になるということは、自分のルールで生きることと、ただわがままに生きること、自分勝手に生きることとは異なる。あくまでも目指すべきは、他人とフェアな関係を作ること。 〇ただたんに、給料に見合う範囲の仕事を、「やりたくないから」という理由で断ったら、それはただのわがまま。しかし、自己評価を下げるような尊厳を奪うような発言をする人などに対しては、きちんとNOといい、距離を置き、心身を守る。 〇「自分も含め、人間は決して完ぺきではない。弱い部分やずるい部分もある。失敗や間違いをおこあすこともある。人にはそれぞれ事情があり、そこを考慮せずに、一方的にジャッジし攻撃するのはラインオーバーである。」。よって、正義感、正しさというのは、危ない考えである。 〇快く過ごすために率先して嫌なことから逃げよう。 〇体が出すシグナルに敏感になる。会わないもの、苦手なものを前にすると、身体は実は非常に正直に反応してしまう。しかし、思い込みや作られた感情にどうしても支配されているため、頭(脳)は気づいていないことが多い。身体に備わっている神経系センサーはかなり優秀で、その環境から発せられるあらゆるシグナルを感知し、そこが自分にとって安全かどうかを判断している。そこが自分にって「危険な場所」「不快な場所」だと判断した時に、「なんかしんどい、吐き毛がする、よくわからなけれどおなかが痛い」といった拒否反応がでる。これは、理性や理屈を凌駕した「野生の感覚」である。 〇野生の感覚を磨けば、「合うもの」「合わないもの」を感覚で判断できる。例えば、「気持ちいいな」「気分がいいな」と感じる瞬間があれば、「それをさらに良くするにはどうしたらいいのか?何がなくなればもっと良くなるだろうか?」といったことを想像する。気持ちがいいという感覚に浸りながら、そうした空想をひたすら続ける。このとき、なぜ気持ちがいいのか、悪いのかを考えない。言葉で考えようとすると、野生の感覚からはそれてしまうから。また、「合わないもの、苦手なもの」を見分ける方法は、「体感時間が長いかどうか」。好きなこととそうでないときでは、同じ1時間でも、感じ方が異なる。 〇年齢や性別といった枠組みに惑わされない。自分を縛っている価値観や、自分を閉じ込めている枠組みが何なのかをつきとめ、それが本当に今の自分にとって有用なのかを検証し、「不要だ」とはんだんしたら、削除したほうがいい。最新の寛容に合わせ、どんどんアップデートしていけば、今までは思いもよらなかった景色が目の前に広がる。それが、自分の物語を生きる第一歩。 〇落ち込んでいるときに、重要な意思決定はしない。自分には価値がないという環境下では、消極的な選択をしてしまう。だからこそ、先延ばしする。 〇自分を取り戻せる「休み方」を知る。 〇「自分が今、快いと感じているのか、不快に感じているのか」「自分が本当に何を楽しいと感じるのか」といった自分の本来の感覚や感情よりも、「他人によって都合の良い価値観、ルール」を優先したからこそ、彼らは自らの心身を、崩壊するまで酷使するにいたってしまったからである。まとまった休みには、普段自分を縛っている価値観、ルールを見つめ直し、いらないものを捨て、その奥に眠っている自分が本当に大切にすべきものを発見して、生き方のフォームを大幅にチェンジできる可能性がある。人生の主導権を取り戻す、大きなチャンスになりうる。多くの人には、「休む」ことを「逃げ」だと考えていますが、私はむしろ、かなり実験的でドラスティックな「攻め」の試みである。 〇少ししんどくなると、すぐに脳がオーバーヒートして、過去の傷や、煩わしい人間関係や、将来に対する不安など、不穏な暗い「もやもや」に頭の中が占拠される。よって、何か没頭できるコンテンツを、浸れるものを見出す。そうすると、余計なことを考えなくてすむ。 〇人間関係であれば、相手に対し、「この人が好き、この人といると楽しい」という気持ちが自然に生まれる場合は、快を感じている。人間関係に限らず、人生や生活のあらゆる面において、「快・不快」の感情をきちんと把握することは、自分のルールに基づいて自分の物語を生きていくための土台である。自分にとって、何が快であり不快であるかに気づけば、自分に必要なもの、不必要なものがわかる。命あるものは、よりよく強く生きるよう定められている。 〇人間にとって「可能性が阻害されない環境」の土台になるものは、「安心」である。「安心」の土壌があれば、自然に趣旨は目を出し、枝を伸ばしていく。この安心というものが、とても身体的・神経的なプロセスを通した感覚である。「身体の声を聞く」ということがあるが、私たちは自らの身体が感じる快・不快を通じて、安心できるかそうでないかを判断し、自分にとって良いもの、必要なものを知る力を持っている。 〇頭が求めていることと身体が求めることが違う。例えば、働きすぎて、もしくは仕事の内容が合わなくて、身体が限界を訴え、「朝起きられない」「出勤しようとすると吐いてしまう」という拒絶のサインを発しているのに、頭で「社会人であり給料をもらっている以上、働かなければいけない」「やりがいのある仕事だから頑張らないと」などと考えて頑張り続けてしまうのは、身体の声を無視して頭で考えたことを優先させてしまっているケースである。 〇身体は常に周囲の状況を判断し、安心を感じているときはリラックスし、危険だと感じているときは緊張するようにできている。緊張状態は身心に大きな負担をかけ、計画のために多大なエネルギーを消費する。不快な情動というのは、身に起こっている何かしらの危険を察知しているために起こる。それらの反応は、自律神経が担当している。非常に「動物的」で素早く、得てして頭が考えた判断よりもよほど正確である。そして、不快な状態があまりに長く続くとエネルギーが枯渇し、身体は、今後は省エネのため「フリーズモード」に入る。無抵抗・無気力になり、あらゆる刺激に対する反応を鈍くすることで防衛しようとする。現実感を薄めて、「心に麻酔をかける」ことで生存確率を上げようとする、自律神経の働きがあるためである。「自分の快・不快がわからない」という方は、こうした「フリーズモード」に入ってしまっていることが少なくない。(「不登校」という現象は、まさにこの防衛的な自律神経のフリーズ反応が大きく関わっていると指摘される。) 〇もちろん、社会で生きていくためには、頭で考え、合理性や効率性を追求することも大切である。しかし、「頭で理解できることなどたかが知れている」という感覚も忘れてはならない。頭で考えた「正しいこと」「効率的なこと」を優先しすぎることで、かえって自分自身が「本当に求めるもの」がわからなくなってしまうことがよくある。頭で「正しい」「効率的」と思っていることも、多くは社会や他人の考えを内在化しているものであり、自分のリアルな身体感覚に結びついているものではなかったりする。 〇「社会的からの要求に応えられた」という一時の満足感は得られるかもしれないが、それが本当に自らの心身が欲するものでなければ、一つの生命体としての根源的な充実感を得るのは難しい。なぜなら、人間は動物だからである。あえて対比するならば、「人間」的な思考と、「動物」的な感覚とが、うまく調和してバランスが取れている状態が、生命としてより健全で機能的である。しかし、現代人はどうしても「思考」のほうに偏重しがち。 〇身体の声を聞くためには、頭と体を休めるために、「空白の時間を作る」ことである。特に、「動機がする」「ねむれない」「頭が痛い」「気持ち悪い」などはストレスを受けている、この状態は不快であるという、身体からのメッセージであり、決して無視せずに、何らかの対応をしてあげる。 〇休むには、スマホを手放し、なるべく自然が豊かなで静かな場所に生き、まずは1時間だけでいいので、ベンチに座って、ぼんやりと呼吸・深呼吸だけをしてみる。足元から吸い込んだ空気が、身体の中のいろいろな「イやなもの」と一緒に頭の先から吐き出して抜けていくようなイメージをもってやってみる。 〇毎日、少しでも身体のための空白時間を作り、身体の声を聞く。 〇自分の感覚を信頼できるようになることは、環境や人間関係の選択の幅を広げ、自分の物語を生きるうえで、とても大きな力になる。

    0
    投稿日: 2025.11.19
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    心が弱ってるときは あなたをジャッジしない 強い言葉を使わない 強い感情を、あらわにしない あなたに要求しない 100%ポジティブな人よりもら3割程度闇のある人

    0
    投稿日: 2025.11.18
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    「自分の物語を生きる」このフレーズが度々出てきて、心に刺さりました。一つ一つのことに対して「快」か「不快」か自分の心に聴いてみたいと思います。「頭」で考えたことを優先し過ぎることなく、「身体」からのメッセージに耳を傾けること、頭の片隅に置いていきたい。

    2
    投稿日: 2025.10.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    精神科医に「我慢しすぎ、どうしてここまで我慢したの」と言われ、読んでみた本 ラインオーバーを許しすぎると、自分のノーも分からなくなる、に納得 他にも似た系統を何冊か読んでいたが、分かりやすかった

    1
    投稿日: 2025.10.13
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    ブックカフェにて速読した中の一冊。 個人的にぶっ刺さる言葉がいくつもあったな。 共感した価値観もあったし、参考にしたい考え方もあった。 不安だったことに対して、これでいいんだと肯定された場面もあった。 今度自分で買ってまたゆっくり読んでみよう。

    11
    投稿日: 2025.10.03
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    “自分自身に対する信頼感を持つことができなかった子どもは、自力で、信頼できる一人めの大人を探すしかないのです。”

    0
    投稿日: 2025.09.26
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    本をあまり読まなくて、初めて心理学的な本を読みたい人は読みやすいと思う。 自分はすでに他の本でも何度か類似の本を読んでいたので、あまり面白くなかった。新しいこと、他の本と違うことを書いている本じゃなかった。

    6
    投稿日: 2025.09.23
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    書いている事は7つの習慣やアドラー心理学に似ているなと思ったが、分厚いそれらの本と比べてとても読みやすかった。「ミッドライフクライシス」。自分に合わないもの、やりたくないことをみつけNOという事から始める。会社に求められる人材になるとかは否定されるべきでは無いが不公平なトレードに利用されやすいは。罪悪感は実際には他人からのネガティブな感情を向けられることへの恐怖。実は自分勝手で関係改善には役に立ちにくい感情。大抵の人の我慢スキルは小卒もしくはそれ相当の経験ですでに十分に備わっているは、私もそういう社会にしたいと思う。

    6
    投稿日: 2025.09.22
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    他人の価値観で生きてるからつらいんだよ。 人間関係のあり方を見直すならこの1冊。 P103『明日電車が泊まるのを見越して』←おそらく誤字。

    0
    投稿日: 2025.09.08
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    「我慢して生きるほど人生は長くない」——表紙に綴られたこの言葉を目にした瞬間、張り詰めていた何かがふっと軽くなりました。 内容はとても読みやすく、難しい理屈抜きにスッと心に染み渡ります。ついつい周囲を優先して自分をすり減らしてしまう日常の中で、この本は「もっと自分を大切にしていい」と力強く、そして優しく教えてくれました。今の自分に一番欲しかった言葉に出会える、お守りのような一冊です。

    2
    投稿日: 2025.08.10
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    身体の声をきく 自分にとって心地の良い人はどういう人なのか、 本当に信頼できる1人目の大人を探すことで 人生のハピネスを上げられる 自分を縛っている価値観が不要だと感じたら削除する モヤモヤさせられる相手からは離れてもいいんだ、と確信できた

    0
    投稿日: 2025.08.02
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    さらっと読めて、ふーーんと思える内容でした 肩肘張らずに読めるので、題名がちょっとでも気になったら、手にとって読むことをお勧めします! 目次で気になった章だけを読むとか、心が何かを求めているときにメンタルコーチのような気分で手に取ったらいいと思いますよ。

    0
    投稿日: 2025.07.15
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    心療内科医が患者や友人の深刻な「生きづらさ」に向き合う中で、その背景を探り、著者のアドバイスが紹介されている。他人の感情や価値観、他人が作ったルールから解放され、自分の価値観やルールを取り戻すための具体的な方法が述べられている。SNSで他人の幸せを見せつけられ、自分の人生に疑問を持ちやすくなった現在の状況下では、心に響く考え方だと感じる。落ち込んでいるときに重要な意思決定はしない、「本当の生きやすさ」は競争や実力とは関係ないところにある、など印象に残る言葉も多い。

    0
    投稿日: 2025.06.16
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    タイトルにすべて集約されていると言っても良い。目次の章タイトルを見るだけでも活力につながる。手元に置いてときどき見返したい本。

    1
    投稿日: 2025.05.28
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    自己肯定感が低く、自分を後回しにしてしまう人への自己啓発本。 自分はそこまでネガティブな人間ではないので、妻には読ませてもいいかもしれない。 自分と相手の境界ラインを決めよう、って話。 今読みなおしたら効くかも。

    0
    投稿日: 2025.05.26
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    共感、指針になった箇所はあった。 ポジティブすぎる人は眩しすぎる、三割闇がある人に共感。 自分よりもたくさん持っているを妬んでしまうところがあると、振り返って思った。でも、それは人間らしい部分でいいと思う。 自分の醜い部分を素直に認める、嫌だから近寄らない、関わらない。 正義感なんていらないと思った。まずは、自分の世話をすること。 自分も人に合わせてしまう部分が嫌だった。 自分の好きなもの、好きなことをする。 フェアな人間関係はやはり、自分をまず知ることなんだ、とあらためて思った。

    1
    投稿日: 2025.05.23
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    ふわっと思ってたことが自分とはまた違うアプローチで言語化されてた 他人のルールをあまり気にしないようになった私でも、社会に生きてると時に流されそうになることもあるけど、ラインを思い出させてくれるいい本だと思います 自分の思いを通すために、他人に我慢を強いるのは他人の領域へのラインオーバーという点は、結構蔑ろに考えてる人がいがちだと感じてる 相手の反応を勝手に想像して怯えるのはラインオーバーだけど、そういう自分がいたっていいの感覚も大事かなと思うこの頃。思っちゃうものは仕方ない。 斜めに書かれたページ数がゴミに見えて仕方なかった。

    0
    投稿日: 2025.03.27
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    心療内科医による、自分らしい人生を生きるための「人生の指南書」のような内容でした。 仕事をして、子育てもしている現在。そんな今この本を読むことができ、大切な学びを得ることができたと思います。 世界は「自分が責任をもって守るべき領域」と「他人が責任をもって守るべき領域」の二つに大きく分けられる。そして、自分が守るべき範囲を正確に把握し、ラインオーバーをしたりされたりするのを防ぐことで、生きづらさは軽減し、自分のルールで生きることができる。 「一流」「勝ち組」は多くの人が「良い」と判断しているが、誰かが決めた価値基準の一つにすぎない。死ぬまであてにしていい、絶対的に強固な価値観ではない。 「人生は何事も、ほどほどにポンコツでいい」 親が子どもをむやみやたらにジャッジしたり、子どもに一方的にルールを押しつけたりせず、欠損や欠点も丸ごと受け入れ、愛し、「あなたはあなたのままで大丈夫」と伝えることで、子どもの中に、自分自身に対する信頼、「親」という他人に対する信頼、世界に対する信頼が生まれ、自己肯定感が育まれる。

    63
    投稿日: 2025.03.19
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    あんまりささらなかった。 ・自責傾向が強いと自分が責められていると感じてしまう ・私たちが抱く罪悪感は、実際には"他の人からネガティブな感情を向けられることへの恐怖”であると意識しましょう。

    0
    投稿日: 2025.03.10
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    タイトルに深く共感して読み始めました。 表紙のゆるいネコに誘われたのも、この本で2冊目です^._.^ まわりに迷惑がかかる、ダメな自分に見られたくない、という気持ちは正直すごくすごくあります。 だけど、気遣いというベールをかぶった「おせっかい」や、反対に、自分を消費して相手に奉仕することは度を超えている、不必要だなということを改めて理解できました。 必要なこととやりたいこと以外は、極力やらなくていい。やろうとするから自分が疲れてしまう。疲れてまでやることなのか?というのを考えながら行動していこうと思いました。

    18
    投稿日: 2025.02.13
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    自分が嫌だな、と思う感情は否定しなくてよい、受け入れる。 弱っている時自分をジャッジする人、違和感のある人と会わない ミドルエイジクライシス 会社は幸福にはしてくれない! ラインオーバーを平気でして来る人はシャットアウトする 罪悪感は自分を守るための感情でしかない 逃避してしまう、まず自分の心の声を優先、断る。 誰か一人を信じる→世界を信じる→自分を信じる 自分の欠点も含めて愛する=自己肯定感 何が自分にとって良いものか、より他人のルールを優先した結果が休養 このほんの通り頑張ってきたのだな、でも軋轢で確実に削られてきた。

    0
    投稿日: 2024.12.21
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    本著を読み、人生における幸せとは「自分自身で物語を描き、実現に向け試行錯誤しながら人生を歩むこと」と捉えることができた。大切なのは"自分自身で決めること"。会社や社会が決めた価値観との自分自身の価値観とのギャップが漠然としたモヤモヤに繋がっていることが言語化されておりスッキリした。

    21
    投稿日: 2024.11.29
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    自分の価値を問う。人の評価に揺れる心がある。何が正しいか、どこへ向かうべきか、苦悶の時間は続く。頭の声は理性を訴え、体の声は本能を囁く。その狭間で立ち尽くす瞬間に人は自身の輪郭を知るのだろう。外からの声に翻弄されるだけでなく、内なる声を聴くこと。それが己を見出す第一歩である。囚われから抜けていい。

    0
    投稿日: 2024.11.22
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    序盤はかなりネガティブ思考、自己肯定感の低い人に対するアドバイスが続いており、自分はそうではないため読んでいて気持ちがどんよりする感じがした。 飛ばして後ろの方から読んだ方が、得られるヒントが多かった。 頭よりも体や心で心地よいと感じることを大切にすること。他人や社会の価値観を知らぬ間に優先したり、常識として捉えて自分軸で生きていない人が多いということ。また自分もその1人で、世間的に正解・良いとされることを目指すべきだと思い生きてきたように思う。 ゲームをたくさんしたって、だらだらしたって、低収入だっていいじゃない。自分の思うままに生きているほうが幸せ。人生をもっと気楽に考えたいなと思った。

    1
    投稿日: 2024.09.03
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    あまり本を途中で投げ出すことはしたくないが、久しぶりに途中で読みたくないと思うほど、読みにくい本だった。読んでて、すごく疲れる本だった。

    2
    投稿日: 2024.08.12
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    頭でっかちな現代社会にそれなりに適応して生きてきてしまっているので、自分の心の声、身体の声はよく聞こえません。空白の時間、余白を取ることは意識していこうとと思います。 おばちゃんになって、精神的にはずいぶん楽になったと感じています。親は親、私は私で割り切りも若い頃よりは上手になったと思う。心配なのは親としての私。ちゃんと安心感を与えてやれてるか、肥料や水をやり過ぎていないか、渦中にいると客観性を保つのは難しいから、反省しながら目の前の子供に向き合っていくしかないかなと思います。

    2
    投稿日: 2024.07.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    心療内科医である筆者が教えてくれる28のこと 「自分のルールで生きる」「自分の物語を生きる」というのは、結局のところ、「自分を喜ばせる時間やエネルギーをできるだけ増やしていく」こと 「我慢は美徳」という価値観は、あなたの本来の感情を感じる機会を奪い、抑えつけ、今のあなたに本当に必要なものを判断する能力を奪っていきます。 そのデメリットは、我慢そのものによって得られるメリットよりもはるかに大きいので、さっさと脳内からアンインストールしてしまったほうがいい 自分の人生、出来るだけ我慢せず 自分は自分であって大丈夫と信じ 残りの人生を心地よく生きよう〜♪

    1
    投稿日: 2024.07.09
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    常に持ち歩きたいと思うほど良い本でした。 本書では、一言でいうと「自分らしく生きる方法」が、考え方から具体的な行動ベースまで落とし込んで様々なコラムに分けて紹介されています。 読んでみて一番胸に刺さったのは、自分の身体のサインを無視しないことです。身体は正直とよく言われますが、本当にその通りなのだと痛感しました。 私自身、心の違和感や身体の疲れなどを無視して、頭で考えて行動してしまうところがあるため、意図せず我慢してしまっているところが多々あります。 しかし、自分にとっての不快を少しでも排除し、自分に合った環境を自ら作りに行くことで、ようやく自分らしく生きることが叶うのだと気付かされました。 私のように、他人に合わせすぎてしまって自分を抑え込んでしまう人は、なかなか自分が我慢していることに気づけず、いつの間にかエネルギーが枯渇してしまうことが多々あると思います。 逆に言うと枯渇するまで気付けないため、本書のような声かけを自ら意識して取り入れていかないといけないと思いました。 今後は、心が疲れたなと思った時だけではなく、定期的に本書を読み返して「自分を抑え込んでないか?」と気づかせてあげようと思います。

    1
    投稿日: 2024.07.07
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    言いたいことはなんとなく分かるしそうなんだろうなとは思うんだけれど、それでも自分がやりたいと思うことをやったときに金銭面とかから基盤の生活が成り立たなくなる場合はどうなんだろうな…という気持ち 自己肯定に関する不安は解消しても新たな不安を呼び込みそう バランスが大事だなと思った

    0
    投稿日: 2024.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    他の類似本を読んでも良く分かってなかったことが分かりました。 NO言えない人がNOと言えるようになるのはかなりハードル高いと思いましたが…苦笑 自分は毒親に育てられて極度に自己肯定感が低いのですが、今のパートナーはまともな父親みたいな人でこの本読んですごく納得でした。信頼出来る大人を探してたんだって。笑 でも信頼出来る大人と出会ったけど世界とのつながりを感じられる何かはまだ全然なく、そもそも世界と繋がりたいとも思えてないので、結論やっぱり自己肯定感って難しすぎない???と思いました(^_^;) でも頭で考えることをやめて紙に書き出すこととか、落ち込んでいるときに重要な意思決定はしない、などなど少しずつ実践出来ることもありそうなので前向きに取り組んで行きたいとも思いました。

    1
    投稿日: 2024.06.21
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    メンタル本の著者が自分と同じゲーマーであることが親近感が湧き、言葉が入ってくる。メンタル本をいくつか読んできたが、比較的本質的なことが書かれている。科学的なメソッドより認識の変化をくれる本書はなかなか良い。 ハッとしたことを箇条書き ・「やりたいこと」があるように私たちは仕向けられている ・問題や悩みに頭の中だけで「なぜ」と問いかけず、紙に書き出す、他人に話すことで思考の外在化を行う ・体感時間が長いかどうかで苦手なものを知る ・気分が落ち込んでいるときには、重要な意思決定をしない

    9
    投稿日: 2024.06.16
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    通勤途中に本を読んでいる、読む本がなくなり、本棚を探しているとこの本が見つかる。表紙もかわいいし妻に借りるよと言うと、「いいけど、あまり面白くなかったよ」と。 内科クリニックの医師著 出だしの『イギリスの哲学者ラッセルは「人々の努力によって社会がよりよく、より豊かになると、人はやることが無くなって不幸になる」と主張。社会が豊かになると、人が人生を賭して埋めるべき穴が無くなる。そこで必要になるのが「自分の物語化」だ。これまでの人生で連綿と怒ってきた出来事に対して、自分なりの解釈をつけていくことです。』 には共感、私は自分の物語化ができているので、心安定しているのかなと腑に落ちる。 が、それ以降は学びが無く、妻の評価を覆す内容ではなかったなと感じる。

    2
    投稿日: 2024.05.02
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    自分が知らず知らずのうちに、他人や社会からの評価をもらおうとしていると言うことに気づかされた本だった。 この本がいいなと思ったところとして、社会で生きるうえで、合理的・効率的であることの必要性も認めつつ、そのうえで自分のルールで生きることの重要性やそのための方法をバランスよく書いてあったことがとても良かった。 自分は小さい頃からの刷り込みで、自分の気持ちよりも他人の評価を自然と気にしてしまってるんだろうな、と読んでいてじんわりと感じることが出来た。 また、完璧主義であることも再認識出来たので、適度なポンコツでいいんだということを、忘れずに過ごしたい。 まだまだ解像度が荒いが、本当に自分がやりたい、なりたいと思っていることが何なのか、今後考える必要があると思わせてくれた一冊だった。

    7
    投稿日: 2024.04.16
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    つらい時に自己肯定の糸口を与えてくれる本です。 競争あるところに幸せはない。人生、いつも勝つってありえないから。社会の基準に当てはめて生きるのは他人の人生を生きているに他ならない。自己肯定してあげて。

    0
    投稿日: 2024.04.09
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    文字通り、我慢をしないで生きることを説く。 とかく日本人は、真面目で、耐えることを美徳とするところがあるが、もっと素直になりなさいと言うこと。 付き合いや罪悪感も不要。 罪悪感と言えば、交渉の際によく使われる心理テクニックとして、「最初はとんでもない要求を出してわざと断らせ、相手が罪悪感を抱いたところで本当に通したい要求を提示する」というものがあるようだ。 職場においても、罪悪感は、不公平なトレードに利用されがち。有給をとるのも、自分の仕事が終わったらさっさと帰るのも、本来は当然の権利のはずなだが、罪悪感にさいなまれる。 私たちが抱く罪悪感は、実際には他の人からネガティブな感情を向けられることへの恐怖であると意識すること。 また、気持ちがおちこんでいるときには、絶対に重要な意思決定はしないこと。 かと言って、ハイの時も気を付けるべきだろう。

    8
    投稿日: 2024.02.21
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    アメリカの経済学者ロバート・ハリス・フランクは、「所得や社会的地位、家や車など、他人との比較優位によって得られる幸福感の持続時間がとても短い」ことを明らかにしました。 我慢することで、自分に得られるもの(メリット)があるかどうか。そのメリットを自分が欲しいと思っているかどうか。そのメリットが、自分の支払うコスト(お金、時間、エネルギー、ストレスなど)に見合っているかどうか。我慢しなければならない期間が決まっているかどうか。をきちんと吟味しましょう。もし支払うコストに見合うメリットがなく、期間が決まっていなかったり長すぎたりするようなら、それは不公平なトレードといえます。自ら結論を出し、NOをつきつけたほうがいいでしょう。 どんなポンコツな仮説でもいいから、とにかく言語化して考えることはとでも大事です。 日本人は、もう少し自分のネガティブな感情や問題を誰かとシェアし、心の健康を維持することにお金を使ってもいいのではないかと、私は思っています。 「心地良くない」「楽しくない」と感じたものは捨てていく 落ち込んでいるときに、重要な意思決定はしない

    0
    投稿日: 2024.02.04
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    この作品を読んで、三つ知ることがありました。 ①ミドルライフ・クライシス について これは、30代後半から50代にかけて起こる精神的危機。簡単にいうと、社会的価値観に流されるばかりで、自ら考えることをしない結果、個人的価値観がなくなり、自己の精神が保てなくなる状態のこと。 ②自己肯定感と自己評価の違いについて 自己肯定感は、何もない自分でもそのままでいいんだと思えること。自己評価は、例えば仕事のでき具合や年収など、周りと比べる「ものさし」を基準に考えること。 ③体の声を聞くとはどういうことかについて 例えば、仕事に行きたくないと思い、頭痛がする。でも任された仕事のプレゼンがあるから行かなきゃならないという場面。この時の身体症状は自立神経が狂ったために生じる。理性に従い、このままやり過ごし続けると病気になる。つまり、体が悲鳴をあげているときは、自立神経が乱れて症状をだしてくれているとも言える。理性を解放し、体のサインを見逃さないことが大切。

    1
    投稿日: 2024.01.29
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    名言が多い本。 「心療内科医が教える本当の休み方」を読んで興味を持った先生。心療内科医の先生が書いただけあり、優しく心に響くものがある。 ページの割に読みやすく、さくさく読める 自己肯定感が低い人、「生きづらい」と感じている人には、特におすすめ ・自分の感情に素直に生きることが大切 ・自分と他人の境界線が曖昧だと生きづらくなる ・自己肯定感が上がると自分で自分を責めなくなる。 失敗しても「まぁ、いいや」「何とかなるだろう」と思える。 自分の存在と行いを切り分けて考えられるようになる。 心に余裕と自信が生まれる ・社会には、あなたの真面目さや善良さにつけ込む人がいる ・私たちはお金と我慢をトレードするために働くのではない ・罪悪感が、実は自分勝手で関係改善に役立ちにくい感情である。 次に罪悪感によって他者にコントロールされることを防ぐために、自分の中で物事の優先順をつけてその順位付けを忠実に守る。 断ると言う選択肢を常に持つ。 ★罪悪感に負けて、相手の言いなりになってしまうと、後悔したり、自己嫌悪に陥ったり、自己評価が下がったりしやすくなるが、自分の内なる望みを守ることができれば、自分自身を信頼てまき、自信が持てるようになる。 ★適度に他人の都合より自分の都合を優先する。 ★誰かのために生きる必要は無い。 みんなが良いだろうと思うものを選択せず、ちょっとだけ邪でわがままな考えを取り込ませる事は誰でも可能。自分にとって心地良いと感じられるものであれば、OK ・自分を尊重しない相手から距離をとり、自分を大事にしてくる相手を大切にすること、それが自分自身を大切にすると言う事 ・自分のルールに基づいた、自分らしい人生を ・今の日本社会ではやりたいことがあること、過剰に求められている。 自分の正直な気持ちを認めることが第一歩 ・謝罪する理由は、「何らかの不利益や不快感を与えてしまったことに対し、申し訳なく思う気持ちを相手に伝えたいこと」 でもその裏には「謝罪をしないと、相手の気持ちが収まらない」「謝罪をすることによって相手に許してほしい」と言う思いもあり、ラインオーバーしてくることも。 ★本当の生きやすさは競争や実力とは関係ないところにある ★昨日進まない頼み事や誘いを受けてしまうのは、自他の境界線や自己肯定感と深く関係している。 「そのままの自分でOK」を出せていない。 ★頼み事をして、相手の迷惑や負担になったら申し訳ないと言う気持ちは、自分には人に頼ったり助けてもらう価値がないと言う考えがベースにある。 でもそれを決めるのはあくまでも相手。 ・「出来事」と「解釈」に分ける。 解釈をできるだけポジティブなものに。 自己効力感や自己肯定感(私には〜ができる) は自己肯定感(何はなくとも、自分は自分でやって大丈夫)とは違う。 ・本当に信頼できる大人と出会って欲しい。 ・あるいは思考の外在化(紙に書き出す)もオススメ ・cotree(コトリー)というオンラインカウンセリングサービスもある。  ★正義感に注意 自分は我慢しているのに、と言う気持ちになると、人々と同じ価値観やルールを共有することで自分を安心させようとしていて、他人の失敗や落ち度、間違いを責めることで自分の正しさを確認し、相対的に相手の価値を高めようとする。 ・相談できる人にもっとお金を使ってもいいと思う ・体感時間で自分の好き嫌いがわかる ・年齢、性別といった枠に惑わされない。 ・落ち込んでいるときに重要な意思決定はしない。 ・自分が心から楽しめるコンテンツ(小説、漫画、アニメ、ゲームなど) を見つける ・快不快の感覚をきちんと把握する。 身体の声より頭からの声(頭で考えたこと)ばかりを優先させることがある。 体の声を聞くためには、スマホを家に置いて自然が多いところに1時間だけでも良いので行き、空白の時間を作るようにする。

    1
    投稿日: 2024.01.29
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    自分に自信が無いと他人と比較して上に立ちたくなって、そう考えてること自体にも嫌気がさしてた。 これからは比較せずに、自分は自分で大丈夫って思えるようになりたいな。 常に有意義な時間を生きようとしない!

    0
    投稿日: 2024.01.28
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    ◎他人の,「イケてる生きざま」が目に入る社会 ただ,少なくとも「人生をレースに見立て,それに勝ち続ける物語」は一生すがりつくには非常に脆弱であろうと思います。なぜなら,人は永遠に競争に勝ち続けることはできず,一生のうちに必ず弱者の側に回る瞬間があるからです。 競争的な価値感から適度に距離を置くことは,自分本来の物語を作るうえでとても重要だと私は感じていますし,そうした世間の価値観(評価基準)を必ずしも満たしていなくても,「私はこうして生きています」と自分の言葉で言えるようになれば,少なくとも不幸な人生ではないだろうと思います。 ◎「嘘のない物語」が人生を支える  ところで,自分の物語を編集するにあたって,もっとも警戒すべき現象の一つが「だからわたしはダメなんだ」病(DWD病)です。  前述のように,自分の物語は,これまでの人生で起こった出来事と,その解釈によって紡がれていきます。  どんなに素晴らしい「出来事」であっても,その解釈がネガティブであれば価値が0になってしまいます。  自分の物語をダメにする悪魔は,実は「解釈」のところに潜んでいるのです。  私は,明確な答えのないじ今の時代において,人の心を動かすのは「弱き者の物語」だと思っています。  さまざまな作品において,いま「弱き者」が指示されており,そこに登場するキャラクターは,どこか弱く,格好悪く,人間臭い。  その嘘のないリアリティーこそ愛おしさの源泉であり,完璧でない私たちに「それでも生きていいのだ」を安心を与えてくれます。 まず人間関係を見直すこと。 違和感は,心が「この人の考えや価値観は自分と違う」と察知したときに鳴るアラームのようなものです。→違和感を自覚し,受け入れ,「自分がなぜ,どこで違和感を覚えたのか」をきちんと考えることは,自分が他人についてより深く理解する,大きなチャンスです。 心が弱っているときには,自分をジャッジする人から離れる。→では,心が弱っているときに会っておいたほうがいいのは,一体どんな人なのでしょうか?簡単に言うと,「元気ないときにあっても,また会いたいと思えるような人,自分を守らなくてもいい(防御コストを一切払わなくてもいい)ほどに安心できる人 だと思います。 中年期にさしかかると,どうしても若い頃に比べて体力や気力,記憶力,容姿など衰えていきます。これまでに頼りにしていた「必勝パターン」が通用しなくなり,能力の限界をかんじることも多くなります。→それがミッドライフ・クライシスです。 特に人生の前半(40代くらいまで)に,頑張って会社や社会に適合してきた人,すなわち「自分の中にインストールされた会社や社会のリールを,疑うことなく素直に受け入れt人ほどこれが起こりやすい。会社や社会のうルールは私たちを幸せにしない。なぜなら競争原理に基づいているから。  私たちはお金と我慢をトレードするために働くのではない。 「我慢は美徳」というのは,他人に我慢してもらったほうが都合がいい人たちの勝手なルールに過ぎません。  「罪悪感」という感情は,「我慢は美徳」といった価値観やルールと並び,あなたに不公平なトレードを強いる「内なる敵」の一つです。→罪悪感とは実は自己中心的な感情であると言うことです。  気遣いは2種類ある。自分が嫌われないための防御的な気遣い。自分のことは置いておいて,純粋に相手にとってのプラスを考えた気遣い。前者が多く,そして“罪悪感”を生み出す。多くの罪悪感は,他の人からネガティブな感情を向けられることへの恐怖,であると意識しましょう。罪悪感が実は身勝手で,関係改善に役立ちにくい感情である。  人生は「ほどほどにポンコツ」がちょうどいい。 王道を歩むための維持コストは,ものすごく高いのです。でも,そこから少し横道に逸れるだけで,ものすごくラクな世界が広がっていたりします。 自分のルールに基づいた自分らしい人生を取り戻してほしい。 人が本当に幸せになるために,他人が納得する物語ではなく,自分が納得する物語を生きる必要があります。 ストレスが溜まったときには,他人に聞いてもらうのもいいでしょう。 ところが,「本当はやりたいと思っていないこと」をやり続けていくと,少しづつ削られる。体感時間が長いことは合わないこと。 落ち込んでいるときには重要な意思決定は行わない。人生には先延ばしにしていいことはたくさんあります。 なぜなら,「自分が今,快いと感じているのか不快に感じているのか」「自分が何を本当に楽しいと感じるのか」といった自分本来の感覚や感情よりも,「他人にとって都合の良い価値観,ルール」を優先したからこそ,彼らは自らの心身を,崩壊するまで酷使するに至ってしまったからです。

    0
    投稿日: 2024.01.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    他人に振り回されず、他人とフェアな関係を作り、自分のルールで生きましょう。自分のルールで生きることは、大切な人とお互いにラインオーバーしない距離感で柔軟に付き合うことができる、とてもラクで素敵な生き方ですよ、ということが書かれていました。 私自身は、先回りして日頃から周囲に好きではないことを伝え、なるべくNOと言わなくて済む状況にしています。 例えば私は、自分の予定を崩されるのがとてもストレスなので、当日に食事に誘われると困る、と日頃から周囲に周知させています。(そうすると当日に誘う人がいないのでNOと言わずに済む) 本書を読んでNoときちんと言える人間関係を作ることの大切さをあらためて実感しました。Noと言わなくてもよい状況を作るのでは弱く、はっきりとした自分軸をもっていきたいです。 また、少し話は逸れますがが、社会が豊かになると人は生きる意味を見失う、という哲学者の言葉に、いつも悩みを多く抱えている友人へ、別の友人が「専業主婦を止めて仕事しなよ、そしたら毎日が忙しくて悩んでいる暇がなくなるよ」とアドバイスをしていたことが思い出されました。

    1
    投稿日: 2024.01.08
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    自分と他人の境界線はあいまいだと生きづらくなる。他人のルールや価値観、要求を押しつけられないようにしよう。 頭からの声を優先せず、身体からの声を無視してはいけない。 自分を信じて自分を大事にすること、自分軸で生きていけるのが理想。 自分はダメだと思ったときに、この本を読めば、少しは前向きになれると思う。

    14
    投稿日: 2023.12.27
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    個人の話に特化しているが、世界観で観れば1823年のモンロー主義の亜流かなぁ、現代でいえばトランプさんのアメリカファーストと同義かと思います。かなり行間空けてページ数増やしてますけど

    1
    投稿日: 2023.12.11
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    何かで紹介されていた。 何かと生きづらい世の中で、自分を大事にして自分らしく生きていく方法を教える、という内容。 「ラインオーバー」というのが新しい概念で、人の領域を侵害することで、しないように、されないように気を付けないといけないな、と思った。 自分を大切にしてくれない人とは接触する必要がない。関係を改善しようなどとは考えなくてよい。 人を嫌っても悪口を言ってもいい。その方が健全である。自分の感情にふたをしない。表立って喧嘩していなければ十分である。 人の欠点や至らないところばかり見ていると、期待値が高くなって常にイライラする。 社会や会社のルールが正しい価値観ではない。 自分のやりたいことと、世間から押し付けられたやりたいことは違う。

    0
    投稿日: 2023.12.06
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    著者は自分の領域を侵されるのと自分が相手の領域に踏み入ってしまう「ラインオーバー」というのを強調している。読んでいて分かるには分かるが自分を変える事は不可能に近いのでは? いい子で育った、我慢して努力していい学校いい会社に入った、そういう生い立ちだから身についてしまった感覚があるならば反対もあるだろう。根っからの悪、非常識、思いやりがない、周りを気にしない…などなどそういった人に立ち向かえるかというと無理だ。いつだって正義より悪が強いじゃん!! 本書を読んでいて、パワーをもらえるどころか逆に「自分って無力だ」とネガティブに陥った。この本をどうしようもない相手が手に取る事はないし、「ラインオーバー」など一生気付かない。そもそも公平でない関係性が生まれる理由ってなんだろう?心理的な付き合い方の話というより、仕事なら会社の目的を理解していない(できない)相手だから…家庭なら楽な表現してしまうけど価値観の相違…と自分は考える。複雑だな、現実を受け止めるか環境を変えるか。 本書とは全く関係ないけど、仕事に行き詰まった時にネットで「善は急げ」の反対がある事を知って気持ちが軽くなった。反対は「悪は延べよ」。状況が悪い時は少し手を止めて離れてみたらいつの間にかいい方向に転じているかもよ。闘わずに一旦逃げてさ。仕事が溜まっていたって、毎日スパっと帰ろう! 周りは意外と、適当に、いい加減に仕事してるんだからさ。

    49
    投稿日: 2023.12.06
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    うわぁ、これ救われる人多いだろうな。人として社会で生きていくには人間関係のしがらみからは逃げられない。これは素晴らしい一作。 p.85 元気がない時にあっても、また会いたいと思えるような人、自分を守らなくても良い(防衛コストを一切払わなくても良い)ほどに安心できる人に、心が弱っているときに会っておいた方が良い人だと私は思います。もう少し具体的に特徴書くと、以下の通りになります。①あなたをジャッジしない、②強い言葉を使わない、③強い感情を表にしない、④あなたに要求をしない、500%、ポジティブな人よりも、3割程度の闇がある。 p.87 3割程度の闇がある人と言うのは、昔、患者さんが私に教えてくれた表現で、具体的に言うと、いろいろな苦労や悲しみを経験していて、人間の弱さや醜さに対して寛容な人のことです。100%性善説のポジティブな光の人は、自分が1番しんどいときには、眩しくて辛くなってしまうことがあります。ポジティブすぎる人にはなかなか心が弱ると言う状況を理解してもらえなかったりしますし、自分はなぜこんな風に明るくいられないんだろうとコンプレックスが刺激されかねません。 元気がない時に他人に接すると、本当にいろいろなことが見えてきます。あからさまにマウントをしてくるような人は論外として、相手は全員から励ましてくれたり、いろいろなアドバイスをしてくれたり、いろいろなことを取り計らってくれたりしているのに、ありがたいけれど、何かが違うと感じることもあるでしょう。その感覚は大事にしたほうがいいと私は思います。私は大丈夫、元気だよ、と示さなくてはいけないような気持ちになってしまったとしたら、相手は少なくとも最優先で合うべき人では無いのです。うまく言えませんが、誰かの絶望にきちんと寄り添える人は、今苦しんでいるあなたと、それを聞いている私は、違う苦しみを抱えているけど、本質的には同じだと言うことを心から理解している人だと思います。だから彼らは、他人をタッチしないし、自分の意見を押し付けたりもしません。そして、相手が本当に干しているものが何であるかわかっています。心が弱っているときに最優先で会うべきなのは、そういう人なのです。 仮に今、あなたが自分自身や人生に絶望しており、HPが1桁になってしまっているとしましょう。そんな時、あなたにとって何よりも大切なのは、表面的な慰めや励ましではなく、自分が生きてきた見せ筋や今感じていることを、ありのまま肯定してもらうことではないでしょうか。例えば、あなたが死にたい、自分が空っぽで価値がない、消えてしまいたいと思い、それを口にしたとしましょう。おそらく、そんなこと言うなよ、十分に価値があるよといった言葉は、あなたの心には届かないでしょう。あなたがそうした気持ちや、それでも今まで頑張ってきたと言う事実を、相手が良い悪いといった判断を下さず、丸ごとを受け入れてくれた時、あなたは初めて安心し、本当はどうしてほしいか、どうなりたいか、これからどうするべきかを考えることができるようになるはずです。その人が見てきた世界の中での出来事は、結局その人にしかわかりません。それを見ていない他人が、自分の理解できる範囲の話に無理矢理矮小化したり、ジャッジしたりすることは、自分の人生や尊厳を犯すことであり、積み重ねてきた安心や信頼を一瞬で崩壊させてしまいかねないことです。相手の人生や今感じていることを、ありのまま肯定する、他の人の人生をリスペクトすると言う事は非常に難しく、それができる人はどうしても限られてきます。そのため、心が弱っている人はいる人がどんどん減っていってしまいます。あなたにこそ、自分の苦しみや絶望を理解してほしいと思った相手から、そうした態度を得られなかったり、失われたりしたら、その失望や苦痛は大変なものです。そして、頑張って人に会ってみてはものの、結果的にしんどくなったり、失望したりするを繰り返しているうちに、少しずつ他人と疎遠になっていき、誰もいなくなってしまったのように感じてしまうこともあります。でも、たとえ絶対的に安心できる相手が見つからなかったとしても、相対的に安心できる相手を探す事は大事だと私は思います。心が弱っている自分のことを、完璧に理解してくれなくても良い。ただ、一生懸命に自分の人生や自分が今考えていることを受け止めようとしてくれている。そうした人たちとの時間を積み重ねていく事は、きっと心や人生を再構築するための基盤になってくれるはずです。 p.172 競争の世界から適度に距離を置き、自分の中のポンコツさ、いびつさ、面白がり、愛してくれる人と出会い、自分でも、自分の中のポンコツさ、いびつさを認めることができるようになった時、人はようやく完璧でなくても優秀でなくても、競争に負けても、自分はこれで良い、自分は自分であって大丈夫と言う感覚を持つことができ、自分の中の物語を生きることができるようになります。 p.204 本当に信頼できるひとりめの大人を探して欲しい あなたが、自分の時間やエネルギーを奪い、必要以上に我慢をし、生きづらさを感じさせている他人のルールにNOを言えるようになること。自分自身を喜ばせる時間やエネルギーを増やし、自分のルールに基づいて自分の物語を生きられるようになり、本当の意味で心が満たされ、幸せになること。それがこの本を通して私が伝えたいこと、願っていることです。 p.279 体は常に周囲の状況判断し、安心を感じているときはリラックスし、危険と感じているときは緊張するようにできています。緊張状態は心身に大きな負担をかけ、警戒のために多大なエネルギーを消費します。不快な情動と言うのは、起こっている何らかの危険を察知しているために起こるのですが、それらの反応は自律神経が担当しています。非常に動物的で素早く、えてして頭が考えた判断より、よほど性格です。そして不快な状態があまりに長く続くと、エネルギーが枯渇し、体は今度は省エネのため「フリーズモード」に入ります。無抵抗、無気力になり、あらゆる刺激に対する反応を鈍くすることで、防衛しようとするのです。現実感を全て心に麻酔をかけることで、生存確率を上げようとする、自律神経の働きがあるためです。自分の快不快がわからないと言う方は、こうしたフリーズモードに入ってしまっていることが少なくありません。(余談ですが、不登校と言う現象は、まさにこの防衛的な自律神経のフリーズ反応が大きく変わっていると指摘されています。)。 頭で考えた正しい事と、効率的なことを優先しすぎることで、かえって自分自身が本当に求めるものがわからなくなってしまうことがよくあります。では、体の声を聞けるようになるにはどうすれば良いのでしょうか。効率的と考えられるのが、頭と心を休めるために、空白の時間を作ることです。特に、動悸がする、眠れない、頭が痛い、気持ちが悪いなどはストレスを受けている、この状態は不快であると言う体からのメッセージなので、決して無理をせずに、何らかの対応をしてあげましょう。 時間があるなら、その間に勉強しなきゃなどと考えてしまう人は、公園や川辺など、なるべく自然が豊かで静かな場所に行き、まずは1時間だけで良いので、ベンチに座って、ぼんやり呼吸だけしてみてください。できれば深呼吸もしてみましょう。足元の方から吸い込んだ空気が、体のいろいろな嫌なものと一緒に頭の先から吐き出しては抜けていく。そんなイメージを持ってやってみてください。

    0
    投稿日: 2023.11.28
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    noと言える勇気の改編、抜粋 一度読んで、すごく共感した部分 辛かった時に言語化してくれた部分を再度認識できた

    2
    投稿日: 2023.11.17
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    ストレス社会の中、心を軽くするための一冊 多くの患者と向き合ってきた心療内科医ゆえの知見も多い 我慢しないための心構え、その環境づくりの指南書のように感じた なお、本のサイズが独特で、少々取り扱いにくい ただし文字は大きめ、行間も広めなので、すぐに読み切れる

    0
    投稿日: 2023.10.25
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    休職中、父に勧められて読了。 心療内科医の方による、楽に生きるためのポイントがまとまった一冊。 自他の間の境界線を作り、自分の領域を守り、我慢しすぎず、自分のルールに基づいて自分の物語を生きられるようにする。 嫌なことからは逃げて良い。もっと自分に甘くていい。 「何事も頑張らなければならない」と自分を追い込みがちな私にとって、肩の荷が下りる考え方が盛り込まれている本書は、良い心の薬になった。

    3
    投稿日: 2023.09.20
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    決してわがままになりなさいということではなく、 もっと気楽に生きていていいのだよというもの。 そのような本はたくさんあるかもしれないけど、 筆者が私に語りかけるような言葉遣いで、 責められる感じがなかったのが好感でした。 図書館で借りた本でしたが、ちょっと線が引いてあって 同じように悩む人や同じところで響く人がいたので、 多くの人が求めている本なのかもしれません。

    2
    投稿日: 2023.09.17
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    明日がくる保証は、誰にでも平等にない。 私が大切にしている考えです。受け売りですが… かと言って人生100年時代と言われる世の中。 まだまだこれからの方が長そう。24歳で精神疾患を経験して良かったと思う。 自分に自責傾向があると受け入れることができたし、私の苦手な人は他責傾向があるんだろうな。 ずっとダメな自分を変えようと思ってきたけど、そうじゃなくてダメな部分を受け入れることが大事なんだそう。 職場の人間関係や家族との関係に悩んでいる人におすすめ。 私はまず、NOを言える人間になろう。 そしてラインオーバーに気を付けながら自分がありのまま生きられる自分の物語を探そうと思う。

    10
    投稿日: 2023.08.21
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    〇好ましい人間関係は「公平」で「平等」で「穏やか」 〇「自分」「他人」の領域を区別し、守る 〇自分の気持ちに素直になる(自分に嘘をつかない) 〇罪悪感=他人からネガティブな感情を向けられることへの恐怖 〇「自己肯定感(あるがままの自分を認める)」と「自己効力感(これができる能力がある)」は違う  →自己効力感は学歴や資格、能力への評価。他人の評価を充たすものであり自分自身が満足できない。   自己効力感を高める看板(学歴・資格)では人との比較が生まれ、疲弊する。  →自己肯定感は駄目なことも含めて自分を認めること

    0
    投稿日: 2023.08.01
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    2回読んでも惹かれるところは変わらない。先延ばしのところとコンテンツのところ。 重要な意思決定は体調が整っているときにするべきだし、そのために必要な情報収集が足りてないこともそっくりそのまま前回読んだ時と同じ。 小説や漫画、アニメに浸るというのはまさしくそうで、人生でいちばん辛かった時期には毎日のように大好きな歌手のCDを聴いてた。音楽もコンテンツよね。 当時は現実逃避したくて、でも自分が置かれている状況も気持ちも言語化出来ずにモヤモヤしてたから、ただひたすら聴いていたなぁ。 今でも煮詰まったら、散歩しながら大音量で好きな音楽を聞く、小説に読み耽る、好きな漫画を読むなどして浸る時間を無意識のうちに取ってる。 エンタメが大好きなんだな、と思っていたけど、好きなだけじゃなくて癒し効果を求めていたのもあるのか。知らなかった。 心のことって言語化が上手く出来なくて、しなくても別に生きていけるからそのままなあなあにしてしまいがち。だからこうして本で読んで、自分のうっすら感じていたこととか、疑問に思っていたこと、意識すらしていなかったけどなんとなくやっていたことを 文字にして目にすると、脳内が整う感じがする。この本に限らず、心のことを理論立てて書いてある文章は、定期的に読みたい

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    投稿日: 2023.07.30
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    心(責任)の境界線を侵す「ラインオーバー」をしない/させない(されない)という視点から様々なアドバイスを掲載している。非常に優しい、寄り添うような語り口で、読んでいて説教臭さや圧迫感を感じることはなかった。仕事や生活で行き詰まりを感じたときに読み返せば、心の支えになり得るだろう。

    1
    投稿日: 2023.07.15
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    本書籍を読んで、20代~30代前半は我慢して生きていたけど、今は我慢せずに生きている事を実感できました。

    2
    投稿日: 2023.07.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本が正方形なので、手の小さい私には電車内 (=片手吊り輪&空いたほうの手で本を持つ) がしづらく、読みづらい笑 特に目新しい情報はないかな。 今ヨガの哲学を学びながら実践してることが、活字になってる感じ。 P151「まず自分に合わないもの、やりたくないものを見つけ、NOを言うことから始める」 P154「自分のルールて生きる」「自分の物語を生きる」というのは、結局のところ、「自分を喜ばせる時間やエネルギーをできるだけ増やしていく」ことではないかと、私は思う。 P255 人生には先延ばしにしていいこともたくさんある。気分が落ちているときは、重大な結論は下さず、自信をもって先延ばしに。 P275 自分の中の「快・不快」の感覚をきちんと把握すること(快=軽い⇔不快=重い)→自分に必要なもの⇔不必要なものが分かってくる P277 現代:身体の声を聞く(動物的)≪頭で考えたこと(過ぎると無抵抗・無気力・フリーズモード) P283 「空白の時間」を作る ex. 静かな公園で1時間ぼーっと呼吸する。深呼吸もして、嫌なものを吐き出すイメージ=安心「成長の可能性が阻害されない環境」の土壌→自分の感覚を信頼→生きやすくなる

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    投稿日: 2023.07.13
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    主に若い人たち向けに書かれた本なのかもしれませんが、大変評判の高い本ですので、ぜひ読みたいと思い図書館から予約順番待ちをして読みました。 わたし自分自身でも今までに感じていたもやもやしたことを言語化して文章化してくださったようなところがたくさんありました。 人生は我慢して生きるほど長くはないのです お互いが、自他の境界線、自分の領域と他人の領域を尊重し合い、公平な関係性を保とうと努力する。 それは、全員が自分のルールできていく上で、とても大事なマナーです。 人が本当に幸せになるためには、他人が納得する物語ではなく、自分が納得する物語を生きる必要があります。 はじめに 診察室の中だけでは解決できない「生きづらいという苦しみ」 話を聴いてきた人の多くは、病気などにより本来持っている「生きる力」が一時的に失われているケースなのですが、それとは毛色の違う、永続的に続くような深刻な「生きづらさ」を抱えているケースも少なくありません。 そうした人たちがもつ苦悩は、私が「医師」として 診察室の中だけで関わるだけでは、解決に至ることがほとんどありませんでした。 彼らが抱えている 根源的な「痛み」の生々しい現実や、そこから人生を回復させていく鮮やかな変化の様子を見ながら感じたことを、SNSに投稿したり 文章にしたりしているんですが、中でも特に反応が大きいのが「自己肯定感」についてのツイートです。 ふだん、普通に生活をしているように見えていても、心の奥に深刻な生きづらさを抱えながら、それを隠してギリギリで生きている人が相当数いるのだろうと強く感じています。 「自分に自信がほしくて、努力してきました。そのおかげで、行きたかった 大学、行きたかった会社に行くことはできました。でも、ほっとしたのはほんの一瞬だけ。今も、振り落とされないように必死でしがみついています」 「この先幸せになれるイメージがまったく湧かないんです」 泣きながら、絞り出すようにそう伝えてくれた彼女は、「存在レベルでの生きづらさ」を抱えてるように思いました。 彼女は「自分の物語」を生きられていませんでした。 自分ではない誰かのための人生を、誰かのための感情を生きさせられているようで、先の見えない苦しさにあえいでいるように感じました。 自分を肯定できずに苦しんでいる若者に触れるたびに、自分の物語を生きることの必要性を痛切に感じるのです。 社会が豊かになると、人は「生きる意味を失う」 イギリスの哲学者 バートランド ラッセル 「大義」が見つかりにくくなるのです。 そこで必要になるのが「自分の物語化」です。 自分の物語化とは、これまでの人生で 連綿と行ってきた出来事に対して、自分なりの解釈をつけていくことです。 「この喪失の経験から得たものを、誰か他の人の役に立てよう」と思うことができれば、人は、また 前に進むことができます。 起こった出来事に対して、主観的に自分が納得できるような意味付けをしていくことで、挫折から前向きに 立ち直ったり、成功体験を自信に変えたりすることはできるわけです。 また、そうした「自分を編集するような作業」の中で、自分の生き方に物語性を見出せれば、当面の生きる意味を得ることができ、生きやすくもなります。 自分の物語 に納得することは、自己を肯定することとほぼ同義です。 ありのままの自分の人生を「これでいい」と肯定できないと、自分以外の誰かの価値観やルールを中心に生きざるを得ません。 自分の物語を作ることは、自己肯定感の問題の中核にあると、私は考えています。 「人は、自分の物語にすがりついて生きている」。 臨床心理学者の高垣忠一郎先生の言葉です。 すがりつくべき物語がなければ、人は生きていくことができません。 たとえ、それが不幸の物語であったとしても、その人が生きていくためには必要なのです。 今、生きづらさを抱える人が増えている背景には、これまで信じられてきた「幸福へ続く物語」が、徐々に誰にでも当てはまらなくなってきたことが挙げられます。 少し前であれば、「いつかはクラウン」とか「郊外にマイホームを買って、大型犬を飼う」といった、幸せのモデルになるような 明確なサクセスストーリーがあり、その中に乗っかっていれば、誰もが幸せになれると信じられていました。 しかし、幸せとはそう単純なものではありませんでした。 アメリカの経済学者 ロバートハリスフランクは、「所得や社会的地位、家や車など、他人との比較的優位によって成立する価値によって得られる幸福感の持続時間がとても短い」ことを明らかにしました。 ""勝者がすべてを取る"" 彼は著書『勝者総取り社会』の中で、富が集中する現代の傾向について論じています。現在の経済やその他の組織は、ごく少数の勝者が多くを手に入れ、残りの者にはほとんど何も残らないという状態にますます移行していると彼は主張する。彼はこれを部分的には市場とテクノロジーの現代構造に起因していると考えています。 つまり、カットのサクセスストーリーの先にある「サクセス」は、私たちに永続的な幸せを与えてくれるもんではなかったのです。 そうした 時代背景の中で、「幸せに生きる」ためにはどうしたらいいか。 今私が暫定的に定義している「幸せな状態」とは、「自分が紡いだ自分の物語に、自ら 疑念や欺瞞を抱くことなく、心から納得し、その物語に全力でコミットできていること」ではないかと思っています。 死ぬまですがりつくことができるような自分の物語 のできることができたら、それはとても幸運なことです。 他人の「イケてる生き様」が目に入る社会 現代社会で自分の物語を生きることは、かなり困難なこと。 人間が取得できる情報量は増え 知性はどんどん 向上していくため 自分を騙すことがどんどん難しくなっているからです。 他人の幸せそうな物語がSNSなどで流れてくるようになり、みんなが自分の人生の物語を疑う機会が増えました。 ただ、少なくとも「人生 をレースに見立て、それに勝ち続ける物語」は、一生すがりつくには非常に脆弱だろうと思います。 「力が強い」「頭がいい」「お金持ちである」「一流企業の社員である」「名誉がある」「容姿が美しい」……。 これらはすべて、競争の世界の中で明確に「価値がある」とされるものであり、現代社会ではこれらを望むことが良いとされ、これらを掴むことできれば多くの人から賞賛されます。 しかし、これらを手にすることを自分の物語の中心に据えると、失った時に身を寄せるものがなくなってしまいます。 競争的な価値観から適度に距離を置くことは、自分本来の物語を作る上でとても重要だと私は感じていますし、そうした世間の価値観(評価基準)を必ずしも満たしていなくても、「私はこう生きています」と自分の言葉で言えるようになれば、少なくとも不幸な人生ではないだろうと思います。 自分だけの「好き」に浸ける 誰に対しても優しく、品行方正な、誰からも褒められる「良い子」であろうとして、演じれば、一時的な 承認を得ることはできますが、また「誰かに褒められる何か」をしていないと不安になってしまいます。 このような、他人の感情を優先する生き方から抜け出すきっかけの一つになるのが、誰にも遠慮しない、自分だけの「好き」を見つけて追求することです。 ある知人はこれまでずっと 周りから信頼されてしまったため、面倒事を全て引き受けざるを得なくなり、行き詰ってしまいました。 家族の目を盗んでカウンセリングに通うほどに追い詰められていた状況を脱出するきっかけとなったのが、ゲームにはまったことでした。 苦しみの末に見つけた「好き」は、おそらく 他の誰かのためではない、自分だけに向けられた感情だったのだろうと思います。 その感情に浸れることは、普段 誰かのための感情を優先している人にとってはとても尊くありがたい経験であり、自己の存在を肯定するきっかけとなる、根源的な癒しにつながるものです。 「嘘のない物語」が人生を支える ところで、自分の人生を編集するにあたって、最も警戒するべき現象の一つが「だから私はダメなんだ」病(DWD病)です。 前述のように、自分の物語は、これまでの人生で起こってきた出来事と、その解釈によって紡がれていきます。 どんなに素晴らしい「出来事」があっても、その解釈がネガティブであれば価値がゼロになってしまいます。 自分の物語をだめにする悪魔は、実は「解釈」のところに潜んでいるのです。 自分の物語を作る上で、最も重要なことは、自分の感情に素直になることです。 誰かに話すことが憚られるような ネガティブなものもありますが、感じてはいけない感情はありません。 感じたままの感情だけが、自分に起きた出来事に納得するための解釈もたらしてくれます。 それは、きれいなものであるとは限りませんし、むしろ「狂っている」とか「いびつだ」と言われるようなものかもしれません。 でも、それを自分固有の形として、自分自身が納得して受容できたとしたら、誰にも比べられることのない「心強い物語」になります。 なぜなら、自分の物語を紡ぐことができるのは、自分の感情だけだからです。 他人の価値基準や誰かのための感情に基づいた物語は、本当の生きる力を与えてはくれません。 私は、明確な答えのない今の時代において、人の心を動かすのは「弱き者の物語」だと思っています。 その嘘のないリアリティこそが愛おしさの源泉であり、完璧でないに私たちに「それでも生きていていいのだ」と安心感を与えてくれます。 自分の弱さ、いびつさ、未熟でかっこ悪いところを認めて、それをも引き受けた「嘘のない物語」は、ありのままの自分を「それでもいいよ」と肯定し、永きに渡って人生を支えてくれる「しなやかな強さ」をもたらしてくれるはずです。 この本では、皆さんに、「他人の価値観やルール」「他人の感情」「他人に奪われる時間」を手放し、「自分の価値観やルール」「自分の感情」「自分の時間」を発見し取り戻すための方法をお伝えしたいと思います。 それはつまり、他人によって必要以上に我慢をさせられることなく、真に自分らしく生きていくための方法である とも言えます。 みなさんが、自分のルールに基づき、自分の物語を紡いでいってくださることを、私は心から祈っています。 コンテンツ1 我慢せず生きていくための公平で安心な人間関係の作り方 生きる意味、自己肯定感を得ることが難しい社会で 「自分と他人の境界線」が曖昧だと生きづらくなる 無茶な要求、不公平な取引を持ちかけてくる 他人からのラインオーバーに敏感になろう あなたの領域を侵害しようとする人を遠ざける 3ステップ ときには他人を嫌っても、他人の悪口を言ってもいい 謝罪は関係を改善するためだけに行う 心が弱っているときは自分をジャッジする人から離れる コンテンツ2 会社 社会に疲れてしまった人への処方箋 会社 職場の人間関係は人生のあり方を左右する 社会にはあなたの真面目さや 善良さにつけ込む人がいる 「幸福な人生を諦める」か「自分の心が求めるもの」に気づくか 私たちはお金と我慢をトレードするために働くのではない 罪悪感から他人に時間を使いすぎていないか 人生はほどほどに「ポンコツ」がちょうどいい コンテンツ3 思い込みを捨て、自分らしい人生を取り戻す 「自分のルールに基づいた自分らしい人生」取り戻してほしい 「やりたいことがあるのはいいことだ」思い込みを捨てる 「本当の生きやすさ」は、競争や実力とは関係ないところにある 頼まれことは一旦持ち帰ろう。他人に消費されてしまう 「だから私はダメなんだ」病を治療して、自分の物語を歩く コンテンツ4 誰にも振り回されず 自己肯定感を保つには 「何はなくとも 自分は自分でやって大丈夫」と思えるか 「本当に信頼できる一人目の大人」を探してほしい 問題や悩みを紙に書き出すだけでも 自己肯定感は保てる 誰でも完璧にはなれない。ある程度で自分を許す コンテンツ 5 「心地よくない」「楽しくない」と感じたものは捨てていく 心地よく過ごすために 率先して嫌なことが 逃げよう 「年齢」「性別」といった枠組みに惑わされない 落ち込んでいる時に重要な意思決定はしない 自分を取り戻せる「休み方」を知る 自分を救ってくれるコンテンツを見つけ出す 命あるものはよりよく強く生きるよう定められている

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    投稿日: 2023.07.13
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    読みたい!で登録していたら めちゃへこんでた(かなり重症)のとき 本の一節を教えてもらった。 即購入。 自分で読みたいと思っていて買ってない (その時は買うタイミングではない) そしてメンタルだだ下がりの時のメッセージで ‼️これか‼️と思って買った。 頭でわかっていても文字として本になっていると 改めて腑に落とすことができる。 明らかにラインオーバー ここまで踏み込まないでよ、 そんなに管理を超えた監視 全面否定されてまであなたから言われることを やるすじはないです、 それが業務だとしても、と思った。 ○○しなくちゃ、○○するべき そんなにないと思っていたし ○○したいで動いていたけれど 価値観や自我があることは否めない。 ほんとはそんなこだわりもいらないけれど この次元に生きていると 自分を守る術が必要。 この本はそんなとこを教えてくれる一冊だ。 自分の心にちゃんと向き合う お金と我慢をトレードしない ジャッジする人から離れる 会社でもプライベートでも同じだな。 辞めたい理由もあるし 逃げることもあり、 人に助けを求めてもいいし、 責任もとらなくていい、 色んな「べき」を手放そう。 「本当に信頼できる1人めの大人」を探して欲しい という一文。その人に出会うことができたら 世界とつながることができる。 私のその大人は父親だな。 だから世界は優しいし性善説で生きてこれたんだな と改めて思った。

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    投稿日: 2023.07.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ラインオーバー、という言葉がキーワードの本だった。 ここまでは自分の領域、ここからは相手の領域、というの明確に線引きすることが大事だと。 自分の領域に入らせすぎるのもNGだし、自分自身が相手の領域に入りすぎるのもNG。必要以上に自分の責任だと思わなくてよい、というのはちょっと気がラクになる考え方ではあるかな。 自己肯定感についても色々書かれていたりして。。ダメな自分をそのまま受け入れることの大切さが書かれている。 大切な思考、概念だとは思うけど、そのようになる方法論がいまいちパッとしないのが残念。。 断ってみる、、とか分かるんだけどね、、それができれば苦労しないのよ。 タイトルに惹かれて買ったけど、まあよくある自己受容本と大差ない、というのが本音かな。

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    投稿日: 2023.07.08
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    内容としては新しい発見はそんなになかったが、文章が自分好みでよかった。この手の本は言葉が自然と自分に落とし込まれるのか?の判断で合う、合わないとなるんでしょうね。 以下は自分に落とし込まれた内容 ・自分が責任を持って守るべき領域と他人が責任をもって守るべき領域、このラインが大切。ラインオーバーの傾向がある人は本来負うべきでない他人の責任まで背負ってしまう。 ・人生はそこそこポンコツがいい! ・自分のルールに基づいた自分らしい人生を ・ありのままの自分を受け入れて自己肯定感を保つ などなど

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    投稿日: 2023.07.08
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    心が疲れてしまった時に手に取った この手の本の中で一番寄り添ってくれて、 納得できた本。 自己肯定感は大事だよ! こうすれば、自己肯定感が上がるよ! 認知のひずみがあるんだよ!少しずつでも正そうね! みたいな本ではない。 我慢してしまう人が陥りやすい思考に対して、 寄り添いつつ、対策の考え方が解説され、 すっと入ってきた。 人と違っても、 会社で良しとされる価値観と違っても、 自分の心が求めることを大事にしていかなきゃいけないなと、思えた。

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    投稿日: 2023.06.24
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    『我慢は美徳 というのは、 他人に我慢してもらったほうが都合がいい人たちの勝手なルール』 という箇所を読んで、 どっぷり辛〜い過去を思い出してしまいました··· 引越にともない、新しく就いた職場にて。 待ち受けていたのはパワハラな直属の上司でした。 些細なことで気にくわないことがあると、 みるみる顔が赤くなり怒鳴り始める。 一方的に激昂シャワーを浴びる日々。 時には書類を私に投げつけることも。 と思えば、突然のガン無視。 何を話しかけても応えてもらえない。 その上司の部下は、何人も泣きながら辞めていったそう。 私も当然辞めよう逃げようとしたけども、 強力に引き止められました。 結局その上司が転勤になるまでの4年間、ほぼ毎日そんな日々を過ごしました。 朝、乗る通勤電車に、なかなか乗れなくて、 何本も駅のホームで電車を見送ったりして。 職場に行くのが憂鬱で。お腹も痛いし。 でもお金貰ってるし、 我慢しなくちゃいけない。 なんて自分に言い続けながら働いてました。 もう十数年以上前のことなんだけど、 あの頃の気持ち、まだ覚えてるなあ〜 で、 本書の中で書かれてることに、 思わず うっ! となりました。 お金は苦労や我慢の代償というのは、一切関係ない。 時間や労働力、能力や生み出した価値に支払われるもの。 そう···そうなんだなあ··· この言葉、あの頃に出逢っていたらよかった! そしてこの本のタイトル 『我慢して生きるほど人生は長くない』 身をもってこの言葉の意味を実感。 辛いしんどいという自分の感覚、 ちゃんと気づいて、 自分を大切にしないとね。 自分の子どもには、 絶対おんなじような体験をさせたくないぞ! と強く思いました。

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    投稿日: 2023.06.03
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    自己肯定感が最近少しずつ上がって来ている 実感があって、とっても嬉しい。 この本に書いてあることも 既にできている事が沢山あった。 ・完璧じゃないポンコツの自分に○をつけてくれる人がいる。 ・信頼できる大人、どんどん私の味方、応援団を増やすことが出来ている。 ・悩みや不安を書き出して向き合う ・イヤなこと、意見が合わないことをパートナーに伝える練習 『誰にも振り回されず、自己肯定感を保つには』 まさに今これが出来るようになりたい。 (ここからは私の独り言) 先日パートナーに、イヤだったこと どうしても見逃せないことを伝えた。 父に怒鳴られ、言いたいことを飲み込んで育ち 自己肯定感がとてつもなく低かった私は この関係を失ってしまうかもしれないと、 本当に怖かった。 だけど同時に、私は本当に彼でいいのか?って 考えることができた。 結果 お互いにたくさんのことを考えた とても貴重な時間となって、 成長出来た。 その後すぐに、今度は私から 新たに伝えた希望や要望を 考え直して欲しいと言われたが、 お互いに将来を見据えて 一緒にいたいから  妥協点を探して行こうって 思えたんだと思ってる。 大好きだけど 合わないところ、イヤなところも沢山ある。 お互いに。 だけど こんなに面倒で、大変なことに 1つずつ向き合って 沢山話し合って来られた関係を築いて来れた 私たちのことを信じていこうって コミットメント出来た。 これからも 面倒なこと、無視できないことが 沢山あると思う。 だけどきっと 私たちなら乗り越えて行けるって 信じてる。

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    投稿日: 2023.05.21
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    「自分の価値観やルール」を発見し取り戻したい人におすすめ。 【概要】 ●人間関係の作り方 ●社会に対する疲れからの復活 ●自己肯定感の保ち方 ●不快なものの捨て方 【感想】 ●自分の領域を守ることの大切さが理解できた。そのためにはNOを言うことも必要である。 ●書かれているとおり、自分が嫌われないための気遣いは不要であり、自分の都合を優先することを実践していきたい。ほどほどにポンコツでいいという考えは気持ちを楽にしてくれる。 ●自己肯定感の重要性は他の本と同様に強く言われている。

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    投稿日: 2023.04.06
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    これぞ、まさに私が求めていた内容の本で、ページを捲るたびに作者の言葉が私の心に響いた。 他人との境界線をしっかり引いておくことが、自分の心の健康を保つ上で、大事なことなんだなと学んだ。私は私だから、他人にどう思われようと自分がその生き方が心地よいのなら、他人の言う事は気にせず自分らしく生きていきたいと思った。 タイトルの通り、「我慢して生きるほど、人生は長くない!」

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    投稿日: 2023.04.03
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    ちょっと本当にしんどい人が読んだらいいのかな、、、と思うような内容と思います。 まあ、1つの参考事例的な感じですかね。 著者の方には色々と選択肢があるのではないでしょうか? 本当に我慢してる人は選択肢が少ない。

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    投稿日: 2023.03.06
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    人間は動物。 心地よい、快い、と感じる時間を増やしていくこと。 そのためにも、自分がどう感じているのかを、しっかり見つめること。 肩肘張らず、押し付けがましくなく、こんなふうに生きたら少し楽になるかもしれないよ、無理しないでって声をかけてくれるようないい本だった!

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    投稿日: 2023.03.05
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    快、不快を感じ取り、それに従う。 社会人として生きるうえで、大事なことを教わった。 社会の暗黙のルールに踊らされないこと。

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    投稿日: 2023.02.26
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    我慢していた結婚生活から別居を決意し9年。 別の人と恋愛が始まったものの、やがてある疑惑が浮上するも我慢して続けること9年中6 年。 つらい状態を「つらくない」「この程度はまだ耐えられる」と、環境から飛び出すよりラクだと考え、人に伝えず我慢しているうちに自分の欲求や気持ちがつかめなくなる。 これは心に蓋をしているだけに過ぎず、本来の感情は蓋の下でたまり続け、徐々に圧力を増し、いつか必ず爆発する。 自分でも認識していたが、数ヶ月前に爆発してしまい、正にその通りだと1番感じた部分。 更には我慢することで自分に得られるメリットがあるかどうか、期間が決まっているか? そうでないなら自ら結論を出し、Noをつきつけたほうがいい。 まるで占い師のような助言。 自分にとっての心地よさ、生きやすさ、自分が1番大切だと再認識できる一冊。 また「思考の外在化」=紙に書き出すこと 20数年ぶりに日記を書き始め、書き出すと、もやもやの正体が明確になり、すっきりする。こちらも図星。 巻末に「あなたの『安心』の土壌を育むことに少しでも役に立ち、本来の可能性を発揮する一助となることを強く願っています」と書かれている。 数ヶ月前、前述の爆発した際に「わたしが安心するにはどうしたらいい?(何をしてくれるのか)」と聞いたら、とんでもない答えが返ってきた。安心の土壌とは真逆。 この著書を読み、かなり強くなれた気がし、結論もほぼ固まってきた。 わたしにとって貴重な1冊となったことに感謝したい。 2023,2,3〜11 5時間26分

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    投稿日: 2023.02.11
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    生きづらさの原因と、その対処法となる「処方箋」を、著者自らの臨床経験から綴った本。とにかく「仕事に疲れている」と感じているサラリーマンにおすすめ。

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    投稿日: 2023.01.31
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    気持ちがどん底のどん底に落ちた時、タイトルに惹かれて手に取ったが、その時はこの本を読める状態ですらなく、しばらく本棚に眠っていた。自分で思い切って環境を変え、少し気持ちが落ち着いたところで読んでみた。この本はまさに私のことを言っているのか?と涙が出た。競争社会を生き、常に他人の評価を気にして、承認欲求を満たすためだけに仕事をする。仕事以外の時間も仕事のことを考えることでしか満たされない…。そんな負のスパイラルに陥っていると生きる意味や楽しさを見失ってしまう。一番にならなくてはいけない、頑張らなくてはいけないという考えを全て手放し、自分が納得できる道を選べた時こそ、ようやく生きることが楽になる。今、すごく実感できる本だった。自分と同じ状況にいる人にも是非オススメしたい1冊。本当に心地のいい人間関係を築き(自他の境界線をしっかりと保つ)好きなことをする時間を増やすことを今年の目標にしよう。

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    投稿日: 2023.01.14
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    頼まれごとを人のためにと考えてしぶしぶやることは、あまり他人のためにも自分のためにもならないことがわかった。断った方がいい事もありそうだと思った。 自分勝手と言われるくらいがちょうどいいかも?

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    投稿日: 2022.12.09
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    罪悪感は自分だけでなく相手に対しても何の役にも立たない感情。反省すべき点は反省して、過度に引きずらないようにしたい。

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    投稿日: 2022.11.27
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     自分って頑張りすぎてたんだなぁと、休職して気がつく人が多いと書いてあり、「まさにわたしのこと!」などと共感する部分がたくさんありました。  さらに、これまでは公務員という立場から、頑張らなくてはいけない・立派でなくてはいけない・辞めてはいけないなど、自分で勝手にたくさんのルールを決めて苦しんでいたことに気がつきました。

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    投稿日: 2022.11.15
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    私は、かつて「頑張りすぎて、気づいた時には、かなり深刻な状態」に陥っている事が度々ありました。 最近では、期待に応えなければならないと思うのは、相手が勝手に期待しているだけで、自分は自分のペースでやればいいんだと思うようになったし、何か気付いても頼まれない限り、自分から率先して手を貸す事はしなくなりました。 アドラー心理学の本を読んだ影響もありますが、かなり生きやすくなったと思っています。 もし人生がうまくいかない、どうして自分ばかりと思っている人がいたら、読んでほしい1冊。 著者は心療内科医なだけあって、とても優しい口調で心が癒されます。 p103誤植あり。

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    投稿日: 2022.11.10
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    感想 すべての人に好かれることを諦める。選択しなければいけない。世界の中心に自分を据える。自分が心地よく楽しく自分らしく生きるための心得。

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    投稿日: 2022.10.04
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    「罪悪感は自分勝手な感情で、そもそもは他人に嫌われないために発生するもの」というのが心に残った。自分の行動を気にして我慢し続けても、それは誰のためにもならない。すべてを実践しすぎるとただ自分勝手な人になってしまうけれども、周囲とのバランスを見ながら自分の我慢をできるだけ少なくできる人になりたい。

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    投稿日: 2022.10.02
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    「頭で理解できることなどたかが知れてる」 そうだね、自分にとって今の状況は快か不快か、立ち止まって感じてみよう

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    投稿日: 2022.09.29
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    合わないもの、苦手なことを見分ける方法は、体感時間が長いかどうか。 楽しい時間は短く感じるし、嫌な時間は長く感じる。

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    投稿日: 2022.09.04
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    子供の頃にべき論で生きていた自分に早く教えてあげたかった 自分の感覚に、声に耳を傾ける ラインオーバーして人を傷つけないように気をつけようと思う

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    投稿日: 2022.09.03
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    「自分と他人の境界線」があいまいだといきづらくなるという項目が印象に残った。 他の人に苦しくなるのは、自分の領域に入られて、侵略された気持ちになったときだと感じた。そんな時こそ、自分は自分、他人は他人と思おう。そして、◯◯すべきから解放されたい。 でも、自分がそう思っていても侵略者はグイグイやってくるもの。そこから身を守る方法もまだまだ学んでいきたい。 学びは自分を守る術だと思う今日この頃

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    投稿日: 2022.09.03
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    今のストレス環境下に置かれている自分に適切な本だった。 身体は正直で、休ませておあげることが大切。 信頼できる、コーチの必要性も感じた。お金をかけてもコーチを雇う必要があるかもしれない。 最後に自然に触れて、身体の声を聞いてあげなければいけないと思った。 今のストレス環境をなんとかしないといけない。 参考になる本でした。

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    投稿日: 2022.08.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なんだな人気があるようだったので、読んでみることにした。 なぜ人は気の進まない頼み事を受けてしまうのか。 のところで、 頼まれごとをすると自分の能力や存在が認めたれたような気持ちになると書いてあって、驚いてしまった。 これは断っても良いものとかいてあった。 これからはよく考えて、ほんとにそれがしたいのか、それで答えを出していきたい。

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    投稿日: 2022.08.12
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    ・人生に息苦しさを感じる ・世間の価値観を気にして生きるのは、もう嫌だ ・自分らしい人生の送り方が分からない そんな方にオススメの一冊。 「自分らしい人生を贈るカギ」 本を読み、 自分の感情を大切に生きるためには、 次の作業が大切だと学びました。 「人生の出来事を、自分なりに解釈し、意味を見出す」 心情の描写がとても精緻で、 共感する箇所が満載。 思わずうなってしまう本で、 オススメです。 ▼ブログも書きましたので、よろしければ、ご覧ください。 https://hodobochi.com/gamanjinsei/

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    投稿日: 2022.07.23
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    半年前に図書館で予約をして、今届いたのは運命かもしれない笑 (予約した原因よりも大きな困難に見舞われている。。) 体の不調には正直に。 問題はどうすれば逃げられるか。

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    投稿日: 2022.06.16
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    スッと納得できる内容でした。 自己肯定感。他人との境界線。 難しく考えずに、自分の気持ちに正直に生きればいいのかなぁと思った。 とは言ってもなかなか出来ないので、やり過ぎる事もないと思うので…(^^) 題名の通り、我慢して生きるほど人生は長くないと思います。

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    投稿日: 2022.06.06
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    他人と自分との境界線、頭と身体から出される要求の違い、人からの評価と自分の本当の気持ち。 これらを意識して過ごせれば確かに楽になれると思う。中々実践は難しいけれども。  我慢して生きるほど人生は長くない、そう考えるような歳になってきたのでこの本に書かれているように自分の感覚を大事に日々を過ごせれば良いと思う。

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    投稿日: 2022.05.07
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    現代社会とそこから生じる人々へのひずみが良くわかる本だった。自分を守るために書かれている必要なことが痛いほどよくわかるけど、本当にこれを実行していたら自分の立場が弱くなっていくなと思ってしまうこともあり、実行するのが難しいなあ、大変生きづらい世の中だなあと、改めて思ってしまった

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    投稿日: 2022.05.03
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    ラインオーバーという考え方がとても勉強になり、気付かされた。頼らないのも、人を受け入れすぎるのもラインオーバーとは。人とのラインもだし、自分のラインも超えてはいけない。また苦しいときに読み直したい。

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    投稿日: 2022.05.01
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    心が疲れている人に、優しく具体的に寄り添ってくれる良い本だった。 タイトルと表紙から、ミニマリスト自己啓発本かと思ったら、メンタルヘルスケアをしてらっしゃる内科医の先生の書いた「自分の心のケアの仕方」の本だった。 著者が開業したときの理念となった 「回復の拠点となる居場所をつくる」 ということばが、強く印象に残った。 ----印象メモ 関係は公正で公平である ラインオーバーを許さない。 「謝罪は関係を回復するためだけに行う。 謝罪すること、許してもらうこと、相手のラインオーバーを許すことは全く別のもの。」 今後もこのこの人と公平な関係を築いていけるか? 「私は大丈夫、元気だよ、と示さなければいけないような気持ちになってしまったとしたら、相手は少なくとも最優先で会うべき人ではないのです。」 「回復の拠点となる居場所をつくる」 地位財、非地位財 「ニュージーランドやオーストラリアでの山登りのコースには、メインルートに山頂が含まれていません。山頂を目指す道はあくまでも寄り道という扱いだそうです。」

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    投稿日: 2022.04.23
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    内容が優しい本。本書は、タイトルの通り、『我慢して生きるほど人生は長くない』と教えてくれる本。自分がやりたいこと/やりたくないこと、大切にしたいもの/遠ざけたいものについて、素直に行動して良いのだとを諭してくれる。「自分の欲求に素直になって良いのだ」と。私たちは、社会の一員として、他者の価値観で作り上げられた「やるべきこと」を優先するあまり、自己を犠牲にしがちだ。その結果心身に不調をきたすこともままある。「そうなる前に、自分の心身をもっと大切にしようよ。」と教えてくれる。そんな温かい本だ。

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    投稿日: 2022.04.01
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    flier要約 https://www.flierinc.com/summary/2943 ==== 鈴木裕介(すずき ゆうすけ) 内科医・心療内科医。2008年高知大学卒。 内科医として高知県内の病院に勤務。 ==== 一番最初の感想としては、内容が矛盾しているのではないかと言う思い。 やりたい事がなくてもいいと言いながら自分なりの人生を歩いていこうと言うメッセージは、結局は自分のやりたいことを見つけていくと言う事と同じなのではないかと言うように思った。 本書で気になった内容としては ●ラインオーバー ●我慢しない ●罪悪感を捨てる だろうか。 この3つを避ける際の共通点としては、やはり自分の軸や自分の価値観と言うものを持つことの重要性。 それは他人に言われた事に従っていたら見つからず、自分自身と向き合い自分の思いを自分の言葉で言語化する必要があると思う。 これに関しては著者の意見と私の意見は一致していると思う。

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    投稿日: 2022.03.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    良かった! 自己肯定感を高める本はよくあるが、具体例も多く実践しやすそう。 自分のルールを大切にする。ラインオーバーする人とは距離を置く。愚痴や辛いことを言う。 思考を顕在化する。 自分の欠点も認めてくれる、他人を見つける。だから自分はダメなんだ、というDWD病に陥らないように。 ラインオーバーされた人はしやすいので注意。

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    投稿日: 2022.03.06
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    無理に上を目指さなくてもいいことを知れて、少し楽になりました。 ありのままの自分を受け入れてくれる人を大切にしながら、自分の生きやすい道を探していきたいです。

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    投稿日: 2022.02.28
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    身体感覚の「快・不快」に目を向けることは本当に大切だと思う。 この感情は、苦労は買ってでもしろとか、子育てしてるなら寝れないのは当たり前とか、世の中の普通に押し潰されてしまう。 押し潰されてしまうと、生きづらさを感じ続けうつ病に進行してしまうケースも多々ある。 せっかくの人生、自分の快で固めたいと思う。

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    投稿日: 2022.02.21
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    自分の言動のせいで周囲から敬遠され、距離を置かれているのに「自分は何も悪くないのに、一方的に嫌われ、いじめられている」 以前このような人に絡まれて、疲弊しました。 「とてもむなしく、バカにされたような気持ち」になりました。 「あなたを大切にしない人を、あなたが大切にする必要はありません。」 きっぱり言ってくれて、なんだか安心しました。

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    投稿日: 2022.02.15
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    メンタルクエストほどのおもしろさはなかったけれど、自分と他人の(いい意味での)境界線をきちっと引く、という視点を提供してくれたように思います。 本書に出てくる「ラインオーバー」という考え方はかなり大切な気がします。で、こちらとしては他人に対してラインオーバーするつもりはないのですが、厄介なのはこちらが関心がなくても相手がこちらに対してラインオーバーしてくる場合。 最近、それらについて書かれた本もかなり多いのですが(例えばTomy先生の本とか)、それが避けにくい環境(特に職場)でそうされた場合の逃げ方というのは、なかなか難しいように思います。最終的には、転職するしかないのかなと。アメリカなどだと、人間関係が面倒なら転職すればよいという考え方もあるようですが、日本もそうなっていいんじゃないかと思います。 最終的には、物理的な距離を取るしか自己防衛の方法ってないのかな・・・。

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    投稿日: 2022.01.22