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長いお別れ
長いお別れ
中島京子/文藝春秋
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総合評価

145件)
3.8
27
67
32
6
1
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    とても読みやすい文章でサッと読めました。主人公を他者の視点で見ながら進んでいくお話。うっすらと愛が漂う雰囲気。微笑ましく、羨ましくもありました。

    9
    投稿日: 2026.02.03
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    ユーモアがあって笑えるんだけど、認知症の症状が進んできてからの家族の介護や妻の網膜剥離の手術(老老介護で自分のことが後回しになっていた)の描写などは読んでいて辛いものがあった。 幼い姉妹と昇平がメリーゴーランドに乗るシーンがファンタジーっぽくて好き。

    2
    投稿日: 2026.01.12
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    認知症という長寿が進んでいるなかでこの病とどう向き合い、連れ添うのか。まだ親族に経験した方はいないが、実際問題しっかり寄り添うことができるかと言われると自信は全くない。しかし、ほぼ避けては通れない関門だと思うので少しずつ準備していかいといけないと肝に銘じることができた作品でした。

    2
    投稿日: 2026.01.02
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    ずっと前にタイトルが気になって買ったまま寝かせに寝かせてた本。かなり熟成!! 認知症か〜、周りでなった方が1人もいないので想像つかないけどかなり心が乱されそうだ。 悲しいけどあたたかさも感じる作品でした。 長いお別れ、いるのに遠ざかっていくんだね、本当そうだなぁと思った。

    3
    投稿日: 2025.12.30
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    幼児の子育てですらあれだけ大変なのに、認知症の大の大人を介護することがどれほど大変か、を考えると正直ゾッとした、と同時に、今までの人生で紡いできた絆の深さや想いのこもった接し方に、あたたかさを感じる場面も多かった。何より本人が少しずつ遠ざかっていく様がとても切なく、人生の儚さを感じられた小説だった

    0
    投稿日: 2025.12.28
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    今はこの立場でこれを読んだ。後10年、20年すれば今度は当事者として問題に対峙しなければならないのだろう。そうなった時に私は夫の面倒を曜子のように見れるのだろうか?反対に私が認知症になったら夫は私の面倒を見てくれるのだろうか?早めに介護体制の整った施設に終の住処を求めるか?

    0
    投稿日: 2025.12.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    認知症を介護する大変さが伝わり、これからそれに関わっていかなければいけないのだと思い気持ちに。 その「忘れる」という言葉には、どんな意味がこめられているのだろう。夫は妻の名前を忘れた。結婚記念日も、三人の娘を一緒に育てたこともどうやら忘れた。二十数年前に二人が初めて買い、それ以来暮らし続けている家の住所も、それが自分の家であることも忘れた。妻、という言葉も、家族、という言葉も忘れてしまった。 それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不愉快なことがあれば、目で訴えてくる。何が変わってしまったというのだろう。言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あふときはさほど強くなかったかもしれないけれども、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ。 この部分がすごく心に残った。忘れるとは何か、考えてしまう。

    1
    投稿日: 2025.11.03
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    年老いた親を持つ者にとってはまさに悪夢である認知症。 見ないでいられるものなら見たくない親の姿である。 明るい母を中心に認知症の父、東昇平を最後まで温かく見守る家族の話だ。 実際の身に起きれば憤懣やる方ない認知症の症状も、チャーミングな母と自立した娘たちは、面白おかしくひとつひとつやり過ごしていく。 愛情を注ぎたい妻である母、それでもやはり寄る年波には勝てないもどかしさ、それがとても温かく切ない。 クスリとしながら涙がポロンと落ちるそんな作品。

    2
    投稿日: 2025.09.22
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    祖母・母・父と、代々脳疾患による認知症を患った血筋に生まれた私にとって、この物語は決して他人事ではありませんでした。ときに父・昇平に、ときに妻・曜子に、そして娘たちに感情移入しながら読み進めました。 どんな状況に置かれても、前向きさを失わずにいたい、そのためにも今を一生懸命生きよう、そんな思いをあらためて強くしてくれる一冊でした。

    4
    投稿日: 2025.08.24
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    認知症の話だったが、なんとなく温かい気持ちになった。 特に人生がうまくいかないときに認知症患者の父親と関わる娘の関係が印象的であった。意味の無さない言葉を発する父親に対して受け止める、言葉をそのまま受け止めるだけで、動揺している父親が落ち着く。 関わり方が大事だとわかった。 また、認知症は長いお別れとアメリカでは言われている。ずっとずっと時間をかけて忘れていくから。

    1
    投稿日: 2025.08.10
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    「長いお別れ」=ロンググッバイ 「少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから。」 介護を経験したことはないが、この本のおかげで擬似体験させていただいた。実際の介護とはもっと、言葉にならない、経験した人にしか分からない事がたくさんあると思う。タイトル通り、本当に長い、長いお別れというか、戦いというか。3人の娘たちの、配偶者である妻の、全てが「遠く」なっていく痴呆症である本人の、気持ちがじんわりと伝わってくる。自分の立場や未来を想像しながら読んだ。切ないなぁ。でもこうして人生は順番に回って行くのだなぁと感じた。

    18
    投稿日: 2025.07.25
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     ある人物がどういう人だったかという「評価」は、その人が生涯を終えた後にしかできません。 なぜなら、生き続けている限り、評価すべきその人の「全体」が決まらないからです。  人は「一生」という単位が定まった後に「あの人は〇〇な人だったねえ。」と評価されます。  では、この小説のように、ばりばりと活躍していた中学校の校長だった人が、生きている途中から認知症になって家族のことさえ分からなくなっていく10年間を過ごしてから生涯を終えた場合、彼の「一生」を評価する時には、その10年間を「一生」に含めて評価するのが適切なのでしょうか、それとも適用除外して評価するのが適切なのでしょうか?  それは、人生の価値や意味をどのように考えるか、ということにも繋がるのかなとも思います。  この作品のタイトルは「長いお別れ」。 もとの本人が少しずつ違う人になっていって亡くなることをそう表しています。英語ではlong goodbye。  突然にお別れすることになる人もいれば、この小説の主人公のように「長いお別れ」となる人もいます。  この作品を通して、人の「一生」の評価(理解)について考えてしまった わたしなのでした。  (そもそも家族からの評価と、他人からの評価とは、違うものだと思いますが。。) (映画も素晴らしかったです。山崎 努さん、松原智恵子さん、蒼井 優さん、竹内結子さん。凄かったぁ♡) 〔作品紹介・あらすじ〕 かつて中学の校長だった東昇平はある日、 同窓会に辿り着けず、自宅に戻ってきてしまい、 心配した妻に伴われて受診した病院で 認知症だと診断される。 昇平は、迷い込んだ遊園地で出会った幼い姉妹の相手をしたり、 入れ歯を次々となくしたり、 友人の通夜でトンチンカンな受け答えを披露したり。 妻と3人の娘を予測不能なアクシデントに巻き込みながら、 彼の病気は少しずつ進行していく。 そして、家族の人生もまた、少しずつ進んでいく。 認知症の父を支える妻と娘たちが過ごした、 あたたかくも切ない、お別れまでの10年の日々。

    226
    投稿日: 2025.05.27
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    認知症を抱える家族。老々介護。月日とともに増えていく負担。他人事とは思えない内容でうなずく場面が多々あって。目を背けたくなるような現実と向き合わざるを得ない日常に、家族とは介護とは尊厳とはと、改めて考えながらの読書だった。出来る範囲でやれることをやるしかないのだろうが、その線引きが各人で違うこともまた難しいことなのだろう。しみじみと考えることが多かった。

    12
    投稿日: 2025.04.30
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    読みながら、認知症だった祖父を思い出した。 祖母もまた、妻の曜子のように献身的に介護につとめていた。 東家族の日常と 自分の記憶を重ねて読んで そうそう家族のあたたかさって、こういうことだよなと改めて感じ、 やわらかな気持ちになった。

    4
    投稿日: 2025.04.15
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    元中学の校長だった東昇平が認知症になり、かれこれ10年に渡り、家族で支えていく話。 読んでいて自分の父親の介護を思い出した。時にはワガママを言う父に腹を立て、弱っていく父を見て何とも言えない気持ちになった。そしてこの話は私が経験したことであった。いつまで続くのかと思っていた介護もある日、突然父が旅立ってしまうと今度はもっとやってあげられたんじゃないかという罪悪感に苛まれた。 人生100年時代。子供に迷惑をかけたくないと思いつつ、私の老後はどうなっていくのかと不安になってしまったな。

    10
    投稿日: 2025.04.04
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     ゆっくり失っていくのと突然失うのとではどちらのがつらいんだろう。  死はどうしてこうも理不尽な気がしてしまうのだろうか。

    4
    投稿日: 2025.04.03
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    妻である曜子さんが明るく強いので、そこまで深刻な雰囲気でなくたまにクスッとしながら読めましたが、、、実際の介護はもっと大変なんだろうなと思いつつ。 記憶がどんどんなくなって、体力も知力も衰えていく。 親が、または自分がそうなるかもしれないと思うとなんだかとても重く考え始めてしまう。 曜子さんの飄々とした感じ、見習ったら少しは乗り越えやすいかもな。

    3
    投稿日: 2025.04.03
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    介護サービスのあれこれ、自宅介護の大変さ、医療との関わりなど家族それぞれの立場からの思いが縦横に書き込まれています。タイトルは認知症のことを英語でロンググッドバイと言うことからつけられたそうです。胸に迫ってきました。人ごとではないです。

    3
    投稿日: 2025.02.25
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    認知症になった昇平と家族の話。 夫昇平を支える妻の曜子。 そしてその娘たちとそれぞれの家族。 徐々に記憶を無くしていき体力も無くしていく昇平。 老老介護を心配する娘たち。 しかし深刻すぎず重くなりすぎないタッチで描かれていました。

    3
    投稿日: 2025.02.24
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    ブク友さんのどなたかのレビューを拝見して知った本ですが、どなただったのかわからなくなってしまいました。ごめんなさい。 中央公論文芸賞 日本医療小説大賞 W受賞作 沁みました。 タイトルの『長いお別れ』の意味がわかるとつらくて涙が出そうになりました。 この小説の主人公は元中学校の教師で校長も務めた70歳の東昇平。 認知症を患うところから最期のお別れまでの十年間を描いた作品です。 家族は妻の曜子と娘が三人います。 妻の曜子も後期高齢者の老々介護です。 以下、ネタバレ多少ありの感想です。 お気を付けください。 昇平の家族が最期に病院で「人工呼吸器と胃ろうはつけますか」と訊かれるところが、あまりにもつらくて苦しくてむごくてたまりませんでした。 認知症という病気は罹った本人も家族もなんでこんなに苦しいのかと思いました。 私の母も認知症と診断されてそろそろ1年経ちますが、こんなむごい未来が待っているのかと思うとぞっとしました。 最後に川本三郎さんの解説「帰ってゆく父」を読んだらまた泣けました。 「帰ってゆく父」より引用します。 孫は校長に祖父の死を告げる。 自分の祖母も最後、認知症になったという校長は認知症のことをアメリカでは「長いお別れ」(ロンググッドバイ)というと語る。「少しづつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行くから」。 「長いお別れ」という言葉で語られることで認知症は「病気」や「試練」から「詩」になる。人間の領域から神の世界へと移る。

    154
    投稿日: 2025.02.01
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    外じゃなかったら泣いていた 文体は好みというわけじゃないけど、物語として好き。10年間の変化が切ない。認知症の近しい人がいるので、私の周りを見る目が変わった。登場人物それぞれに真摯に向き合って心境が綴られているのがよかった 妻が椎茸だったころを読んで他に読みたいと思っていた作者さん。独立した短編集のほうが好きかもしれないが、読んで後悔はない。

    11
    投稿日: 2025.01.06
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    認知症を患うお父さんの世話に向き合う妻と3人の娘達。妻の献身的支えは、愛情から生まれているのに加え、無意識の内にそれは当然の務めとの認識がある様に感じる。 彼女達は、それでも公的支援としてヘルパーさんやショートステイ等を適宜利用していたと思うが、お父さんがかなり弱って来てから医者が「最後は娘さんの頑張りが必要」と覚悟を求める場面があり、ここには少々違和感を感じた。出版が2018年という事なので、家族で面倒見るのが当然、との意識は今時点よりも強かったのだろう。

    8
    投稿日: 2025.01.06
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     認知症の家族を支える妻と娘たち。 ゆっくり進行していく症状と介護の現実の描写がとてもリアルでした。  決して他人事ではない話だけに、時々胸が締めつけられそうになった。

    2
    投稿日: 2025.01.04
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    認知症が発症してから家族に迫られる介護の日々の十年。だんだん会話がままならなくなる、わがままを言い始めるリアルな生活なのだが何故かそんなに重く感じない。世話をする曜子さんがそれに無理してないように感じるからなのだろうか。愛情とか飛んで憎しみが募ってきそうなのに。実際はかなり大変なのも想像できるのだが、何故かこのままこの生活をみていたくなる。 そうくりまるなよ。語彙もなくなってきて日本語にもならなくなっても、何故か娘と会話が通じているようで何かを超えた愛なのかと思わされる。 あっさりと十年が終わってしまった時も、リアルにこんな感じなのかも。 娘達とほぼ同年代の自分にとっても近い未来に訪れるのかと身に迫られた作品だった。

    18
    投稿日: 2024.10.23
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    曜子さんが明るいので、重い内容なのに読みやすかった。 在宅介護、ここまでメンタル保ちながらうまくやれるものかな?介護する側が参ってしまいそうだけど。 網膜剥離の手術後、何とか早く治そうと医師の言葉通りうつ伏せを頑張る曜子さん、めちゃくちゃ可愛らしかった。一緒に退院できてよかったね。 ラストシーンも良かった。 「長いお別れ」って、良い表現だな。

    74
    投稿日: 2024.10.14
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    2024.8.27 認知症の父を持つ3人の娘とその妻のお話。 人間は何もできない状態から始まって、何もできなくなって終わってしまうんだなと思った。 介護している周りの家族も辛いけど、1番辛いのはきっと本人なんだろうなぁと思うと苦しい。

    4
    投稿日: 2024.08.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    認知症だと診断された中学の校長だった東昇平を中心に彼の妻や3人の娘たち、そしてその旦那や孫たちが織りなす物語。 どんどん実社会がわからなくなっていく昇平を中心に暖かな話がぽんぽんと続いていきテンポよく読める作品であった。 最初の話は家がわからなくなり徘徊するようになってしまうところから始まり、どんどん物語が進むにつれて、症状が進んでいく。物語の進み方もいきなり年が飛んだりするが、それもまた自然に読めてしまう作品だった。

    14
    投稿日: 2024.08.05
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    同じような年代の両親を抱える身としてはホラー。この本のケースは暴力とかがないからまだマシで、それでも各家庭で納められる問題か、これからに向けていつまでも目を背けられる訳じゃないことを認識させられる。 女性らしい文章でした。

    18
    投稿日: 2024.07.21
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    音楽が鳴り、舞台が回り出し、木馬が上がったり下りたりしはじめた。昇平はおお、と息を漏らし、脚の間にいる小さな女の子を片手でしっかり押さえた。回転木馬が光を撒き散らしながら夜の後楽園を回る。隣の女の子はときどき馬から片手を離して昇平に手を振って笑う。なんだかとてもよく知っているように感じられる温もり、熱といっしょに伝わってくる重みが昇平の腿と腹のあたりにあった。昇平の腹に体をあずけた小さな娘がとてもかわいらしい高い声で笑い、首をねじって見上げてくる。 ともかくこの娘をしっかりしっかりつかまえていよう。それはとてもだいじなことなんだー。 題名は忘れてしまったが馴染みのあるメロディが流れ、木馬が回る中で昇平はそう考えた。ララララ、ララララ、ラララララ、と口をついてメロディが出てきた。幸福、と呼びたいような感覚が腹の底から立ち上ってきた。 この日何十回目かの振動をしているGPS機能付き携帯電話をコートのポケットに入れたまま、昇平は幼い娘たちと木馬に乗ってくるくると回り続けた。 たいへん困ったことに、ミチコには天性の無邪気さとでもいうべきものがあり、土曜日にパーティーに行けなくなったらわたしの予定はどうなるのよ、という理屈が、いかなる場合も通って然るべきだと考えているのだった。 認知症は静かに遠ざかっていく引き潮のよう。そしてその潮がもう2度と寄せてはこない 「ああ、いいねえ。きれいねえ。」 「やわらかいだろ、母さんに似合うと思ってたんだ」 「あなた、とっても優しい人ね」 屈託なく自分を見つめる母の瞳に映る自分が、もう「息子」ではないことを晴夫は意識する。 それでも母は、嬉しそうに笑いかけ、ねえ、と少し悪戯っぽい表情で続けた。 「私、あなたのことが好きみたい」 晴夫は少し泣きそうな顔で笑いだす。 困った人だよ、まったく。 「そんなことを、簡単に言うもんじゃないよ」 「嫌ね、誰にでも言ってんじゃないわよ」 晴夫は母の頭を抱き寄せる。そうだよ、誰にでも言ってもらっちゃ困るよ。 この「やだ!」というのはなんなんだろう、と、しばしば曜子は自問する。 自分の意思で何かをすることができなくなってきた夫にとって、拒否は最もはっきりした自己表現なのかもしれない。あれをしたいと言えなくなってしまった彼には、NOだけが自分でも確かだと思える意思表示で、その必死のNOに気押されてこちらが要求を引っ込めると、何か達成したような、勝ち取ったような気がするのかもしれない。 夫が認知症になったというと、人はひどく気の毒そうに声をかけてくる。(もう、あなたのことも誰だか忘れちゃってるんでしょ?たいへんねえ)。善意で言ってくれていることは疑う余地もないが、服子はそんな言葉を聞くと、夫のほうをこっそり見て口をひん曲げたくなったものだった。 夫がわたしのことを忘れるですって? ええ。ええ、忘れてますとも。わたしが誰だかなんてまっさきに忘れてしまいましたよ。 その「忘れる」という言葉には、どんな意味がこめられているのだろう。夫は妻の名前を忘れた。結婚記念日も、三人の娘をいっしょに育てたこともどうやら忘れた。二十数年前に二人が初めて買い、それ以来暮らし続けている家の住所も、それが自分の家であることも忘れた。妻、という言葉も、家族、という言葉も忘れてしまった。 それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不倫快なことがあれば、目で訴えてくる。 何が変わってしまったというのだろう。言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、あるときはさほど強くもなかったかもしれないけれども、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ。 幸いだったのは、夫の感情を司る脳の機能が、記憶や言話を使うための機能に比べて、さほど損なわれなかったことだろう。ときおり、意のままにならないことにいら立って、人を突き飛ばしたり大きな声を出したりすることはあるけれど、そこにはいつも何らかの理由があるし、笑顔が消え失せたわけではない。この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。 ええ、夫はわたしのことを忘れてしまいましたとも。で、それが何か? 、弱々しいけれどもはっきりした言葉を、曜子は思い出した。 頭も体もあんなに壊れてしまっているのに、夫はいつだって自分の意志を貫きたがる。まるで拒否だけが生の証であるように、嫌なことは「やだ!」と大きな声で言い続ける。意志に反して体を触られるのすらあれだけ嫌がる昇平が、その意志を永久に放棄して、チューブや機械に繋がれて生命を保つことを受け入れるとは、曜子にも三人の娘たちにも思えなかった。 十年前に、友達の集まりに行こうとして場所がわからなくなったのが最初だって、おばあちゃ んはよく言ってます」 「十年か。長いね。長いお別れだね」 「なに?」 「長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠 ざかって行くから」

    3
    投稿日: 2024.07.15
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    これは今年1番読んでよかった小説になりそうです。(6月時点)そのくらい、素晴らしかった。 介護士をしておりますが、認知症の方の変わりゆく様子や発言などがすごくリアルでした。ご本人を取り巻く家族や周囲の人々の感情も、やはり当事者(中島さん)の方ならではのリアルな表現で惹き込まれました。 最後も、とても良かったです。 認知症の方が周りにいる方だけでなく、認知症とはどういうものか知るための1冊としてもとても良い本だと思いました。 介護福祉士で良かったと、そう思える本でした。

    9
    投稿日: 2024.06.27
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    「ロンググッドバイ」 すぐ「帰りたい」と言う校長先生だった父、一生懸命介護する母、なんだかんだと優しい娘達。 身につまされる。 今、これから先の日本の現状。 コミカルながら、問題定義された話 帰りたい。。時はいっぱいある

    12
    投稿日: 2024.06.15
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    老老介護の問題が赤裸々に描かれています。自分がアルツハイマーになったら、どうなってしまうのか?を考えさせられた。それにしても、昇平さんはいい奥様をもって羨ましい!

    7
    投稿日: 2024.04.23
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    中島京子さんの作品を読んだのは、本書『長いお別れ』が初めてです。 いつも立ち寄る本屋さんの文庫コーナーで、たくさんの本が平積みされていましたが、圧倒的に私の目を惹いたのが本書でした。 どこに目が留まったのか? それは、「心ここにあらずといった表情で、椅子に腰かけている年配の男性」が描かれている表紙と、『長いお別れ』というタイトルでした。 帯には、次の文面が書かれています。 認知症の父と  妻、娘たちが過ごした お別れまでの切なくて あたたかい日々 なるほど、表紙の男性は認知症を患っているのだなと分かりました。 次に、裏面のあらすじには、 妻と3人の娘を予測不能なアクシデントに巻き込みながら、病気は少しずつ進行していく。あたたかくて切ない、家族の物語。 とあり、そのまま手に持ってレジに向かいました。 先ず、このような小説を読むと「家族の絆」を改めて感じさせてくれるのですが、それと並行して、家族(本書では妻と3人の娘たち)それぞれの生活の中での介護という(綺麗ごとではない、お金、時間、肉体的・精神的な負担)現実を、どのようなバランスで両立させることが最良なのか?人生の幸せとは?家族とは? をいつも考えさせられます。(答えは出ません) 次に、本書で最も印象的だったのは、夫への妻の愛情と献身(嫉妬すら感じるほど)です。 自分よりも(失明寸前になろうとも)何よりも、夫の身が最優先であり、夫を理解し、夫を本当の意味で助けられるのは自分しかいない(介護に当たっては娘にも闘争心を燃やしまうほど)という姿には、心を打たれました。(男性側の勝手な想いかもしれませんが) また、解説にも書いてありましたが、夫(父)の死をリアルには描写せず、海外に住む中学生の孫と、その中学の校長先生との面談の場面で締めくくるラストにはとても感銘を受けました。 亡くなった夫(父、祖父)が、中学校の校長先生を務めていたことと、単なる偶然では勿論ありませんね。 ラストの場面で、事実を聞いた校長先生が 「『長いお別れ』と呼ぶんだよ、その病気をね。 少しずつ記憶を失くして、ゆっくり遠ざかって行くから」 と孫に言うのですが、その時の校長先生は祖父だったのではと思ってしまいます。

    27
    投稿日: 2024.04.18
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    アルツハイマー型認知症、老老介護、 なかなか重めのテーマだけど、たまにクスッと笑いながら軽く読めた。 私、親元離れて上京して就職して、自分のこれからの人生プランだって白紙に近くて、どうなるのやら、どうするのやら。

    5
    投稿日: 2024.04.07
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    いい話しでした。 ボケていく中学の校長だったお父さん いいひとだったんだなあ! と思いました。 必死で世話するお母さんは 私と近い 私も何人も同時に介護して必死だった時は こんな風でした。 娘たち3人も孫も みんないいこですね。 最後に学校に行かなくなったタカシという孫に アメリカの校長先生が どんなことでもいい。君の話しをして! という。 タカシは おじいさんが亡くなった話しをする。 そうしたら 校長先生が プライベートな話しをしてくれてありがとう。光栄だったよ。 痴呆でゆっくりとあの世に行く人のことを ロンググッドバイ というんだそうだ。 レイモンドチャンドラーの小説みたいだけど。 この校長先生が自分の話しをちゃんと聴いてくれた っていうことが この子の人生を支えるんだろうね。 ボケた人を見送る話しはいっぱいあるけど いい話しでした。

    5
    投稿日: 2024.03.08
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    少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていく認知症という病気は、アメリカでは長いお別れ=ロンググッドバイというらしい。もう何年も前になるが、義母は認知症の義父を一人で介護していた。孫を忘れ、嫁を忘れ、息子を忘れ、最後の最後には妻もわからなくなってしまった。よく義母が「説得より納得だ」と言っていたのを思い出す。 本書では、妻である自分のことを忘れてしまった夫の老老介護が淡々と書かれている。自分はこんな風に向き合って寄り添うことができるのかな。 ええ、夫は私のことを忘れてしまいましたとも。で、それが何か?

    30
    投稿日: 2024.02.27
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    よく聞く、「帰りたい」という言葉 それは物理的な場所だけでなく、時間環境状況心情色々あるんだろうな、どこなのだろう、とその度に思う。 生まれた家。育んだ家。家族。人生の長い時間を占めた教師という仕事 認知症によって緩やかに、そして取り巻く人達には時に突然に、そこから離されていく。 ラストシーン、学校に行かなくなった孫君が、呼び出された校長に何でも良いから話を聞かせて、と促されて話したのは、その理由とは「関係ない」長い別れとなった祖父の話。 その話を聞いた校長は、読者は何を思うだろう。 色々な目線で物語が進むので、それぞれの立場からも思いを馳せ、そこから読む側の現実の立場からも感情を動かされそう。 重くなりそうな題材だけど、くすりとするようなエピソードが時々心を軽くしてくれて良かった。

    45
    投稿日: 2023.12.14
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    この本を、図書館で、3回借りた。 1回目は、他の本を読むのに忙しく1ページも読まずに返却。 2回目は、読んでる途中で返却期限が来てしまい、やむなく返却。 今回が3回目の借覧。 割と手前、全体の三分の一あたりのところに、スピンが挟んであった。開いてみると、ちょうど第二章が終わった所だった。 そうそう、この辺りまで読んだかな。 返却したままの状態で貸し出されていたのだろう。 スピンを外し、1ページ目からまた読み始める。 もともと読みやすい話だが、2度目なので、よりスイスイと進んでいく。 うん、読んだ読んだ。 第二章が終わる。第三章が始まる。 あら、ここも読んだことある。 スピン挟んで、その先も少し読んでたんだな。 続けて読んでいく。 そして、私は不安を覚えた。 徐に本を閉じ、裏返し、後ろのページから数枚捲る。 見覚えがある。 そうなのだ。 私はこれを一度、読了していた。 言い訳するとね、ずっとブクログでこの本、「今読んでる」になってたんだもの… そうだと思うじゃん… 他人事じゃないと知る、ロンググッドバイ。

    2
    投稿日: 2023.10.18
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    認知症の当事者とその家族の10年を 窓の外からまるで隣人の視点で眺めているような作品でした。 淡々とした文体の中三姉妹の名前で混乱しながら読み進めていきました。 妻は最後まで旦那を介護しようとしていました。 サービスをうまく活用しながら程よい距離間で介護するのが互いのためになる場合もありますが 日々の旦那の対応に追われ、妻も思考停止の状態だったのだろうなと思います。 海外と離れてても親を心配する娘。近くに住む身重の娘。仕事の鬼でドライに見えて冷静に家族をみて接することのできる娘。三女は個人的にカッコイイと思いました。 義歯のエピソード職場でもあるあるで笑ってしまいました。 最後、家族が一体となり旦那(父)の思いを想像し話し合うところが美しくおそらく納得のいく最期を迎えられたのだろうなと思いました。 妻は自分の健康を害してまで旦那の最期まで本当によく頑張り抜いたので、旦那の事を想いながら、幸せに余生を過ごしてほしいと思いました。

    3
    投稿日: 2023.10.06
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    思ったより淡々とした内容だった。 リアルな話で身の上に起こったらどうなるだろうと想像してしまう。 家族を支えあって生きていかなければならない問題は誰にでもある問題で、向き合うことから逃げたり考えないように先延ばしにしてしまうけど、想像もしなかったことが起こりうるのでその時は臨機応変に対応できる適応力が欲しいなと思いました。 認知症は本人も周りにとってもとても辛い病気ですね。。。

    8
    投稿日: 2023.08.28
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    家族が認知症になってしまった妻や娘達の葛藤や奮闘が詳細に描かれている。 認知症は当の本人は何も感じてないと思われがちだけど、実際苦しいのは自分の人格や記憶が崩壊していく事を周囲の雰囲気から感じ取っている本人なんだと教えられた事がある。それだけ残酷な病気なんだと。 癌やALSみたいな難病も勿論だけれども認知症の特効薬が1日でも早く出来ることを願っている。

    5
    投稿日: 2023.07.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    目次 ・全地球測位システム ・私の心はサンフランシスコに ・おうちへ帰ろう ・フレンズ ・つながらないものたち ・入れ歯をめぐる冒険 ・うつぶせ ・QOL(クオリティ・オブ・ライフ) 連作短編集のようなていを取っていますが、長編小説です。 東昇平の認知症になってからの10年を、折々のエピソードで綴っている。 妻曜子は都内の一戸建ての家で、ひとりで在宅介護をしている。 娘は3人。 長女・茉莉は夫の仕事の関係でアメリカ在住。 次女・菜奈は専業主婦なので一番頼られてはいるが、自分の家庭の都合だってある。 三女・芙美は独身だが、フリーのフードコーディネーターとして忙しい日を送っている。 娘には頼れない。 曜子のその気持ちはわかるけど、やっぱり家でひとりで面倒を見るというのには限界がある。 精神的にも、体力的にも。 デイサービスや、症状が進むにつれてショートステイなども利用してはいるが、なんといっても曜子が「お父さんの面倒は私が見なくちゃ」という思いが、却って昇平の社会性を阻止して症状を悪化させているようにも見える。 そして昇平の面倒を見るということが、曜子の支えになってもいるのだろう。 忘れっぽくはなってきたけど、ちゃんとしている時もあるんだから、わたしが支えていれば大丈夫。 男女は逆だが、実家の父もそう言って、なかなか母の症状を認めようとはしなかった。 というか、今でも、ちゃんと話せばわかるはず、と思っている。 子どもの気持ちも、曜子の思いもわかるから、最後は「ああ、やっぱりそうなるのですね…」と思ってしまうけど、実際人間というか生物として、そうならざるを得ないんだよなあ。 クオリティ・オブ・ライフ(生活の質)。 これも人それぞれ、何を大事と考えるかは違って来るし、同じ人でも元気なときと気弱になったときでは違うと思うので、常日頃、自分は人生の最終局面をどうしたいのかを考えておかないと。 大抵は好きなことができなくなったら、がっくり気力が落ちると思うよね。 本を読めなくなったら、好きな食べ物を食べられなくなったら、歩けなくなったら、その時々に「それでも生き続けたいのか」と自分に確認しなくては。 ”夫は妻の名前を忘れた。結婚記念日も、三人の娘をいっしょに育てたこともどうやら忘れた。(中略)妻、という言葉も、家族、という言葉も忘れてしまった。それでも夫は妻が近くにいないと不安そうに探す。不愉快なことがあれば、目で訴えてくる。何が変わってしまったというのだろう。言葉は失われた。記憶も。知性の大部分も。けれど、長い結婚生活の中で二人の間に常に、あるときは強く、ある時はさほど強くもなかったかもしれないけれども、たしかに存在した何かと同じものでもって、夫は妻とコミュニケーションを保っているのだ。”

    6
    投稿日: 2023.05.28
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    認知症になってしまった父親をめぐり、3人の娘と母親、孫たちが、それぞれに戸惑い、混乱しながらも、それでも何とか試練を乗り越えていく物語。 徘徊、異食、不潔行為などなど認知症の様々な問題行動がとてもリアルに描かれて、壮絶な介護を担っているにも関わらず、所々で心の和むエピソードが散りばめられており、心温まる物語に仕上がっている。 現在進行形の高齢化社会において、どういった介護が必要なのか。介護者である家族の生活も担保しつつ、本人のQOLをどう確保していかなければならないのか。現代社会においても、今後の社会においても一考しなければならない問題である。 認知症という重いテーマの物語だったが、どこかあたたかくて切ない、家族の物語でした。

    38
    投稿日: 2023.05.22
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    介護の現実を、闘病記のような重いものにせず、だからといってコメディにもせず、絶妙なコミカルタッチで描いている。重たくて読めないとか、介護の現実を描いてないとか、どちらの批判からも距離を置けるのは見事(言う人は言うでしょうけど)。 繰り返し描かれるシーンとして、父・昇平は「もう帰る」と言う。家にいる時でさえ。 これは多分、ここは自分の居場所じゃ無いという実感なのだろう。老いが、知らない間に自分の感覚を、認識を、狂わせていく。これまで60年、70年、自分の足で歩き、自分の目で耳で感じてきた、慣れ親しんだ世界とは違うとさえ感じる。言葉にできない違和感。それを説明できないもどかしさ。 ほんの少し前まで確かにあった、僕の愛した世界に、妻と娘のいる世界に帰してくれ。 読了後、そのように考えながら、冒頭の遊園地のシーンを読むと、また涙を誘うのである。

    6
    投稿日: 2023.05.18
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    自身、未だ介護の経験は無い。正直なところ無関係だと思いたい自分がいた(いる)のだと思う。でもいずれ時は来る。間違い無い。覚悟の問題だ。でもその覚悟が私には無い。 取り敢えず両親に会って来ようかな。まだ間に合うし。今は何もしないけど、準備どうこうの問題でも無いと思うけど。 決して綺麗事ではなく、現実をしっかりと見てやるしか無いんだろうな。辛いんだろうな。でも、覚悟を決めて頑張らないと。 こんな感情を表に出させる本でした。良本です。

    52
    投稿日: 2023.05.17
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    認知症になった父親と家族の日常を淡々と描いた作品。 元校長だった夫が物忘れするようになり、認知症と診断される。妻はそんな夫の変化に戸惑いつつも介護をする。それぞれ離れて暮らす三人の娘達はそんな両親と向き合い日々を送る。 闘病記ではなく、ドタバタでもなく、あくまで事実を淡々と、時にはユーモラスに描いていて、認知症との関わり方の一例として読める。

    2
    投稿日: 2023.05.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    夫婦の温かさが良かった。 娘三人の名前が混乱。笑。 アメリカに行ってる娘家族のエピソードはあんまりいらないかな。

    3
    投稿日: 2023.02.18
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    高2の娘が自分のおこづかいで買い、2、3日の学校の行き帰りの電車であっという間に読み終えた、と貸してくれた。私もあっという間に読み終えた。 認知症という重いテーマを、家族のリアルな会話や想い、それぞれの事情を通じて、自分ごととして捉えさせてくれた小説だった。物語を自分のこととして考えさてくれるのは、小説のもつ大きな力のひとつだと思う。中島さんの確かな筆力と流れるような文体が、さらにそうさせてくれる。さらに娘も読んでいるので、共にあれこれ語れる、熟考というおまけ付き。

    2
    投稿日: 2023.02.11
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    あと半年で還暦という時に読みました。 中学の国語教師、校長、図書館長と勤め上げた昇平は認知症となり、家族に支えながらも次第に弱っていく。自分や家族が認知症になるなんて、一番考えたくないことだけど、こういう小説から学ぶべきなんだと思う。妻曜子の献身的で優しい姿が心を打つ。きっと昇平は誠実で家族に優しい人だったんだろう。 この先自分が老いて不自由になった時、こんなに尽くしてくれるひとは居ないな・・・

    4
    投稿日: 2023.01.01
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    家族にはそれぞれに日常は続く、そして時々重なり合う、ということが感じられる内容でした。 大変になっていく介護の現実を、状況が描かれることで手に取りやすくイメージできるし、でもそれを受け止める曜子さんが素敵だなと思いました。

    2
    投稿日: 2022.12.30
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    認知症を患った元校長先生、老老介護に臨む妻、老夫婦を気遣いながらそれぞれの問題を抱えている三人の娘。 全体的にみるとつらい話なのに、各話にはそれぞれ小話的な、ちょっとした奇跡のような面白さがあって、読み心地をやわらかくしてくれる。 この世界のどこにでも起こりうるつらさを扱い、和らげてくれる。そこが良いところだと思いました。

    1
    投稿日: 2022.12.17
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    とにかくこの娘をしっかりつかまえていよう。それはとてもだいじなことなんだ 時にコミカルに、真に迫った認知症の実態を表す。妻の真摯や娘の真摯が、同世代として胸を打つ。だからこそ娘の世代の今、そして母の世代の未来に再度読みたい作品。必ず訪れる死への心づもりとして。

    1
    投稿日: 2022.12.03
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    だいぶ前に一度読んだ事がある。 現在、認知症の義父と同居しているのでまた読んでみたくなりました。 あ~、あるある!と共感しながら読みました。

    3
    投稿日: 2022.11.14
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    認知症の父、介護をする母、それぞれに生活のある娘たち3人。 認知症は少しずつ進んでいくが、ただ大変なだけではなく、ちょっぴり可笑しくもあり、家族のつながりを感じる温かい作品。

    1
    投稿日: 2022.11.06
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    認知症を患い、少しずつ分からなくなっていく元校長だった男性と、その妻、3人の娘の温かい家族の話。周りにも高齢の方々が多いので、なんか色々考えさせられました。

    1
    投稿日: 2022.11.05
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    読み終わって、まぁ予想はしていたんだけど昇平さんが亡くなってしまってものすごく悲しかった。 物語の中で認知症のお年寄りの世話をする大変さ。 老老介護の問題など、これから訪れるであろう自分自身の親のことなどと重なって他人事とは思えなかった。 でも昇平さんと曜子さんがとてもいい夫婦で昇平さんは曜子さんと結婚して、最期を看取ってもらえてとても幸せだったろうなと思った。

    3
    投稿日: 2022.10.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中央公論文芸賞 日本医療小説大賞 認知症の症状を、読むのがつらかった。 最後の終わり方が好きだった(アメリカの校長室で、孫が祖父の死について話すところ)。

    1
    投稿日: 2022.10.09
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    介護する側、介護される側、老後の事色々考えさせられました。 認知症の夫を介護する妻と、三人の娘のエピソード。 自分に置き換えてしまい、とても切なくなってしまいました。

    3
    投稿日: 2022.10.07
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    2014年初版。映像化されたものを先に見ました。原作が、より介護の辛さ・家族の辛さが描かれています。著者が痴呆症の父親の介護を10年近く続けたことがベースにあるとのことです。読んでいて、辛くなりました。自身と照らし合わせる部分が多々ありました。現状、87歳の母と2人で暮らす63歳の息子。老々介護と言って良いと思います。難聴で足元がおぼつかない母です。まだ痴呆症とまでは言えない部分は救いなのかなあ。でも主人公のように私には妻も子供もいません。どうなるのかなあ、どうしたらいいんだろうとページが、進みませんでした。物語で感じたのが、主人公である夫が痴呆症のため、はっきりとした考えがわからないと言うこと、認知症だから当然ですが。でも、認知症の家族の介護は大きな誰にでも起こりうる問題だと認識しました。

    12
    投稿日: 2022.08.31
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    描写がリアル。とても現実的。 解説にも書いてあったけど、娘3人にもそれぞれ生活があるから父親に費やす時間がなかなかとれない。そして老老介護の共倒れの危機。 「どうして娘はこんなに協力的ではないの?」と思っていたけど、実際こんなもんだよね。私もたぶん両親が介護必要になっても自分の生活を全て捨てて介護することなんてできない。 だからこそ福祉施設の重要性を知る。少しの時間デイサービスに行ってるだけで介護者の負担ってとても軽くなると思う。 私が福祉業界に近い職種であるからより感じるだろうけど、介護福祉施設ってドラマや小説などで割と良い印象で描かれていることは少ない気がする。 でもそこまで劣悪な環境ではないし、本人を入所させたからって「介護者が本人を見捨てた」なんて絶対思わないでほしい。だって介護のプロが仕事として行っているんだから、家で拙い介護するより絶対サービス良いもん! 長々と書いてしまいましたが、、最後の校長先生の「長いお別れ」の話が良い。

    1
    投稿日: 2022.08.11
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    認知症発症者を持つ家族の本来湧き上がるリアルな当事者心理をロンググッドバイまでろ過すべく中島フィルターのろ過率や恐るべし。

    10
    投稿日: 2022.07.23
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    映画で観てとてもよかったから、本も手に取ってみた。 映画よりもとても現実的だった。 おじいちゃんのことを思い出した。 「ロング・グッドバイ」という呼び方はなんかいいな、と思った。

    1
    投稿日: 2022.07.07
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    中学校の校長を務めあげ、退職後は図書館長にもなった父親が「認知症」になったことで、老々介護の妻とそれぞれの生活を抱えた三姉妹の10年間の苦闘を綴った家族愛の物語です。徘徊する父親が登場する序章から終章に至るまでの家族の言動に溢れる愛情を感じました。少しずつ記憶を失い、現世からゆっくりゆっくり遠ざかって行く「長いお別れ (Long Goodbye)」を、否応なく受け入れざるを得ない人々の心情が切々と伝わってくる心温まる作品でした。 最終章で妻が言ったこの言葉がとても心に残りました。 「この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。ええ、夫はわたしのことを忘れてしまいましたとも。で、それが何か?」

    1
    投稿日: 2022.07.02
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    認知症のお父さんとご家族のお話し。少しずつ病気が進行してしまうお父さんとご家族の関わりが丁寧に描かれていた3.8

    1
    投稿日: 2022.06.22
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    認知症の父親とその家族のことが淡々と描かれて、そして最後は自分の母親と似たような状況だったので驚いた。 ひとの一生って大変だな。

    3
    投稿日: 2022.06.17
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    海外の作家の作品で同じタイトルのものがあったよな…(全然違う内容だけど)と思いながら、友人のおすすめでこの本を読む。軽いと感じたりもするが、現場そのままに重く描かれたら、とても読めないだろう。こういう題材って難しい。

    1
    投稿日: 2022.06.11
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    素直に面白かったです。 でもとても考えさせられる本でもありました。 認知症のことを『Long Goodbye=長いお別れ』というのですね。 少しずついろんなことが分からなくなって、遠ざかっていく、という。 老夫婦に3人の娘。 2人は嫁ぎ、1人は独身。 娘たちはそれぞれが家庭を持ったり、仕事をもって暮らしています。 実家を訪れる回数もまばら。はじめは妻だけが認知症の夫の介護をしていますが、徐々に進行し、家を忘れ、家族の顔を忘れ、言葉を忘れ‥‥という状況を目の当たりにして、戸惑いながらも、それぞれができる限りのことをして父親に寄り添います。 父親の、周りに話を合わせようとしているかのような、微妙にかみ合うようなかみ合わないような会話をしたりする事でのトラブルも、クスッと笑えるような(他人事だから?)感じで読めましたが、 最後は、その人らしい最期を迎える、人として生きるとは、など、自分の身にも起こるだろうこの先のことを考えさせられました。 きっと、この先、どんどんこういった問題が浮き彫りになって、巷にあふれるのかも知れないな、とも思いました。 家族の絆の大切さが身に沁みました。

    2
    投稿日: 2022.05.27
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    少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかっていくから…認知症のことを「長いお別れ」と呼ぶ。 この本を読む機会に恵まれたのは偶然だけど、父の認知症診断されたのが3年前。 この本が父と母に重なる。 「この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。」 ちゃんと覚えておこう

    1
    投稿日: 2022.05.01
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    まさに自分と両親とのこの何年かとリンクしていて、なんとも言えない気持ちになった。 長い間、父の介護をしてきた母が、父が亡くなるとすぐに認知症を発症しひとりで暮らす事が難しくなり去年施設に入所した。こんなに大変な介護を曜子さんのように母もひとりでやってきたんだな、そんな母に今自分が出来ることを精一杯やりたいと思った。 近い将来母も娘の私の事も忘れてしまうだろう。で、それが何か?

    5
    投稿日: 2022.02.10
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    認知症という病がもたらす問題が色々書かれていて、考えさせられます。最期の場面がもう少し描かれていても良かったかなぁと思いました。

    3
    投稿日: 2022.02.01
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    登場人物の感情や思考で物語の深さを図るタイプなので、視点が切り替わりすぎる話が苦手なことを発見 認知症が進んでいく描写がリアルすぎて怖い、というのもたぶんちょっとあるし、介護を巡っていろんなところで責任転嫁の連鎖があったりする感じが、なんとなく悲しい気持ちになる 本当に介護のフェーズに触れたらこれがリアルになるのでしょうが P166からの数ページの母と息子のやりとりが一番刺さった 大切な人に忘れられても、どんな形であれ「好かれている」っていう実感が持てるのはものすごく大事だなと改めて! あと、タイトルが本当に秀逸 「長いお別れ」 認知症の人との付き合いはまさにこれだなと思う ふらっと入った本屋でタイトルに惹かれてこの本を手に取ってしまうくらい、言い得て妙

    0
    投稿日: 2022.01.16
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    義父が認知症だったこともあり、身近なテーマとして読むことが出来た。 義父は、最期は夫のことを自分の子供だということもわからなくなっていた。 親が自分を誰だかわからなくなってしまうなんて、本当に切ないこと。 自分の親が認知症になるなんて想像したくないけれど、もしもの時に私はどう接することができるだろうか。

    4
    投稿日: 2021.11.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    認知症になってしまったお父さん。 自分の親とも重ねて読んだせいか 涙腺が緩みっぱなし。 過酷な老々介護に胸苦しくなることもあったが、 ところどころユーモアもあって 中島京子さんの懐の深さを感じた。 追い詰められて「ギュー」っとなる 母のシーンは思わず大爆笑してしまったよ。

    2
    投稿日: 2021.11.17
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    淡々と話は進んでいくけれど、実際にはとても大変なんだろう。 色んなことが遠いと認知症になった祖父が孫に話をするが、そうやって人はこの世とお別れするのかな。

    8
    投稿日: 2021.10.19
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    いつかやってくる両親、義両親が老いて助けが必要となる日。長いお別れになるだろうか。それまでに知識と体力と対応できる心を持っていたい。

    1
    投稿日: 2021.09.10
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    寿ぐ(ことほぐ)、労う(ねぎらう)、隔靴掻痒(かつかそうよう) 認知症の介護の大変さを描いた作品であるものの、重苦しい雰囲気ではなく柔らかい、家族愛の溢れた雰囲気の小説。映画では山崎努が演じるらしいけど、ぴったりのキャスティング。

    0
    投稿日: 2021.08.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中島京子さんの作品は「小さいおうち」しか読んだことなかった。 本作はまた全然違った雰囲気の文体で、文体自体はコミカルな感じ。 認知症と診断され、だんだんと家族の手を借りないと生活できなくなってゆく老人と、その妻、三人の娘たちを描いている。認知症で、記憶も徐々に失くしていくのだから、悲しい物語には違いない。実際、悲しい。 しかし、「夫の世話は自分がする」と確固とした信念を持つ妻と、現実的に限界がありながらも、できる限り関わろうとする娘たちの様子は、必要以上にセンチメンタルでもなく、とにかく一生懸命その場その場を乗り切ろうとしていて、あぁ、現実には介護ってこういうことなんだろうな、と納得させられる。いちいち落ち込んだり悲しんだりする暇はない。あとから考えて、「あの時こうすれば良かった」などと思うものなのかもしれない。 やはり心打たれるのは、時々垣間見られる夫婦の絆の強さ。たとえ言葉をなくしても、夫のことは自分が一番よくわかると思っている妻、妻のことが記憶から抜け落ちているようなのに、妻がいないと様子がヘンになる夫。 認知症。もちろん決してありがたくない症状ではあるが、身内が認知症になるというのは、「突然のお別れ」ではなく「長いお別れ」の始まりなのだと考えることもできるのか。どんな別れが良いとかではなく、一つの考え方として。

    2
    投稿日: 2021.08.06
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    よかった。久々に本読んでジワリと泣いた。 物語の主人公が誰だろうって思えたって事は、 みんなのそれぞれを感じられたってこと。

    2
    投稿日: 2021.08.01
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    元中学教員で、校長まで務めた男性が、認知症となり、十年後に世を去る。 その間の家族に寄り添って、物語が進む。 年代的にも、自分にとって介護は、明日にも迫った問題。 とてもよそ事とは思えない。 道を忘れ、家族の顔を忘れ、やがて言葉も壊れていく。 家にいても、「帰る」と言い出して聞かない。 家へ入ることさえ、頑として拒む。 夜中におむつの中の排泄物を、となりに寝ている妻のベッドに一つず並べていく。 こういう描写、実体験もないくせに、リアリティを感じてしまう。 妻と娘たちも、それぞれの事情を抱えながら、夫・父の昇平に関わっていく。 しかし、この作品のすごいところは、こういった家族の経験を、ただ壮絶な体験で終わらせないところだ。 昇平は、状況を飲みこめていないながらも、人と関わり、偶然ながら人を癒したりもする。 同窓会に場所に行きつけなくなっても、知らない子どもたちを守ってメリーゴーランドに乗ったりできる。 言葉が壊れた状態でも、娘と気持ちを通じ合わせられる時がある。 最後の場面に、アメリカで認知症が「長いお別れ」と言われているという話が出てくる。 アメリカで育つ昇平の孫のタカシが、校長先生から聞かされる。 あの病を、ゆっくりと、あちらに行くのだ、という理解のしかたがある。 それがいい意味で衝撃的だった。

    0
    投稿日: 2021.08.01
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    心に響く作品。認知症になったを父をもつ家族のありのままが描かれている。「長いお別れ」という言葉は、認知症を表現するいい言葉だと思う。

    5
    投稿日: 2021.07.16
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    認知症になった元中学校の校長。 その病気の進行を、妻と3人の娘 2人の孫を中心にユーモアを交えて 描かれてました。 読みながら、去年亡くなった父のことを 思い出していました。 8年間の認知症介護の日々。 この小説に描かれている内容に 「あーそうそう!」と何度も頷いてました。 ラストは少しあっけなく終わるのですが 妻の曜子が言ったこの言葉がとても 心に残りました。 この人が何かを忘れてしまったからと いって、この人以外の何者かに変わって しまったわけではない。 ええ、夫はわたしのことを忘れてしまい ましたとも。で、それが何か? 父も最期は息子である私の事を忘れていた。 もちろん悲しかったけど、私にとって父は 父で変わりない。 そんなことを思い出しました。

    7
    投稿日: 2021.03.18
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    「長いお別れ」は自分の親や自分自身の将来にもあり得る話だなと考えながら読んでいたら、遠い自分の未来を見ているような気がして心に刺さるものがあった。人間人間は早ければ明日、遅くて何十年後かに突然の別れがやってくる。認知症は介護が大変でマイナスなイメージを抱きがちだったけど、東家のように時間をかけてお別れが出来ることは良いことなのかもしれないと思った。考えさせられ、また心があたたかくなった。

    0
    投稿日: 2021.03.03
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    再読。 認知症になってもその人が他人に変わっているわけではない。このフレーズを読めたいがためにもう一回読んだと言っても過言ではない。まさに金言。

    3
    投稿日: 2021.02.18
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    都内の中学校の校長を務め、退職後は名誉職として図書館長にもなった父親(東昇平)が「認知症」になったことで、老々介護に勤しむ母親(曜子)とそれぞれの生活を抱えた三姉妹(茉莉・菜奈・芙美)の試練を綴った家族愛の物語です。徘徊する東昇平が登場する序章から終章に至るまでの家族の言動に静かな感動を覚えます。少しずつ記憶を失い、現世からゆっくりゆっくり遠ざかって行く「長いお別れ (Long Goodbye)」を、否応なく受け入れざるを得ない人々の心情が切々と伝わってくる忘れがたい作品です。

    5
    投稿日: 2020.12.09
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    今年逝った父の事を思った。認知症ではなかったけれど、耳が遠かったので、思うように話ができなかった。何を思って逝ったのか、、家族はいいな。

    0
    投稿日: 2020.12.08
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    今の生活子供達との生活は全て貴重って思えたなぁ。いつか忘れちゃう!いつか両親にも自分の事忘れられちゃう。長いお別れが待ってる。別れる前に何事もめんどくさがらず頑張るべきやな!頑張れてる今が素晴らしいんやな!

    0
    投稿日: 2020.10.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    フィクションなんだけど、調べた事実を正確に記すためなのか、人物が病状や施設の状況などを滔々と説明セリフで語りまくるのがちょっとどうかなという気がした。もうちょっと別のやり方があるのではないか。冒頭のシーンはなかなか期待させるいい感じだが、後半の物語でそれが(以下自粛)。あとは読んでください。

    0
    投稿日: 2020.10.16
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    かつて中学の校長だった主人公が、認知症になり、その家族の物語。明るい話題ではないが暗くせず、ドタバタに仕上げているのは、暖かく良かった反面、年齢的に他人事ではないので、主人公が可哀想だった。  解説にあるが、最後の死をリアルに描かず、映画のカメラで言えば一気にロングにするシーン。校長が認知症のことをアメリカでは「ロンググッドバイ(長いお別れ)」というシーンは素晴らしい。

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    投稿日: 2020.09.26
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    アメリカでは、認知症のことを、少しずつその人とお別れしていくことから「ロンググッドバイ」と言うらしい。 認知症を患ったお父さんと、奥さん、娘や孫たちをめぐる、心暖まるお話だった。 ただ良い面ばかりを描くのではなく、辛い現実も描かれていて、それでも妻としての役割を全うしようとするお母さんが素敵だった。

    3
    投稿日: 2020.08.01
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    認知症になると周囲は戸惑うし振り回される。 でも、その体験を通して大切なことに気付かされる。 東家での出来事は、本当にあるあるだなって 読んでいて思った。

    0
    投稿日: 2020.07.28
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    現代版「恍惚の人」といったところか。表紙のおじいさんがいい味を出していて、思わず手に取ってしまった。 東家を中心に、認知症となり徐々に記憶を失っていく父「昇平」と彼を介護する妻「曜子」、そしてその娘たち3人を描く。ひと続きの物語というわけではなく、連作短編集である。老々介護、核家族、親の看取り方など、現代社会の抱えるテーマが根底に流れている。 日常に沿って淡々と物語が進んでゆくため、こういった作風が苦手な人は途中で読むのをやめたくなると思う。かくいう私も、途中でリタイアしようかと思ったが、読み終えてよかったと思える作品だった。 個人的には「入れ歯をめぐる冒険」のあたりから面白く感じてきたため、もしギブアップしそうになってもここまで頑張ってほしいと思う。 認知症の身内を介護した人なら、わかるわかるというエピソードが多く盛り込まれており、タイトルとなっている「長いおわかれ」とはそういうことかと、最後の章で明らかとなる。 アメリカでの生活の描写がいまいちで違和感を覚えたが、この終わり方のために、長女家族をアメリカ在住という設定にしたのかもしれない。このラストの伏線以外にアメリカ要素が生きている場面がないため、少しもったいなかった。

    0
    投稿日: 2020.07.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    東昇平は、かつて中学校の校長や図書館の館長をつとめたが、十年前から認知症を患い、長年連れ添った妻・曜子とふたり暮らし。 あとは、離れて暮らす娘3人と、孫たち。 夫の少しずつ進む認知症に戸惑いながらも、私がやらなくちゃ、と夫の介護をする妻。 どちらかというと、自分は娘の立場で読み進めていました。3人の娘が、海外から帰ろうとしても息子の学校問題で帰れなかったり、仕事が忙しくて実家に帰れなかったり、どうしても自分の生活や仕事でいっぱいで親の所へ帰る時間が少なくなっている自分に重なった。 曜子の『あなたたち、全然帰ってこないじゃないの』という言葉が自分に言われてるようで少し胸が痛い。 “少しずつ記憶をなくして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く”といわれる認知症。だから、『長いお別れ』。 本の題名の意味が後半になって、やっと分かって、なんだか、切なくなりました。 でも、東家のみんなが、色々な問題を抱えながらも、認知症の昇平に向き合い、また昇平のおかしい行動にワタワタするのが、面白く、認知症に負のイメージなく読むことができました。 個人的に好きなのは、見知らぬ少女たちと乗るメリーゴーランド。ティッシュをほおばる昇平や、マッサージチェアでひっくりかえる昇平にはどこかクスッとさせられて、三女の失恋に『そうくりまるなよ』と訳の分からない言葉をかける昇平にすこし泣きそうになる、心あたたまる話でした。

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    投稿日: 2020.06.29
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    著者がお父様の介護の経験から書かれたと。 離れて暮らす子供達からすると突然に施設を探す必要がある出てくる。料金のこと、家族が通いやすい場所、入居待ちの人数などケアマネさんと打ち合せなどで決めなければならない。 身の回りのことができなくなるとやはり辛い。

    2
    投稿日: 2020.06.02
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    「長いお別れ」レイモンド・チャンドラーではないんですね。 認知症になってだんだん物事がわからなくなることを言うのだそうです。 認知症の夫を妻が介護をしていますが、当然容体は悪くなるばかりで、妻も放置していた網膜剥離が悪くなり、手術をすることに。 その間の夫の世話は誰がする? 3人の娘も家庭があったり、仕事があったりなかなか時間が取れない、施設探しやヘルパーさんの手配で右往左往そして疲労困憊、どこにでもありそうな話で身につまされます。 誰もがいつかはたどる道、ではありますがつらいですね。

    0
    投稿日: 2020.05.09
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    ややざっくりとした本で、登場人物が多いため結局この人ちょっと出てきただけだなとか、で、何が伝えたかったんだろう?と思うこともありますが、日常的な温かみがあり、クスッとできるところもあるためなんやかんや一息に読み終えました。 認知症の介護ってこんな感じなのかなぁと感慨深いですね

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    投稿日: 2020.04.16
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    図書館で。 それにしてもお母さん頑張るな〜 連れ合いとなるとこれだけ気張るんだろうか、と薄情な子供世代は思ったり思わなかったり。 それでもこれだけ気にかけてくれる家族がいるのは有難いことなんだろうな、なんて思いました。

    0
    投稿日: 2020.04.11
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    認知症とても身近に感じました。 自分の祖母も最後は認知症になり亡くなりました。 そして老老介護。これも今の世の中悲しいことに現実にたくさんあることだと思いました。

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    投稿日: 2020.01.26
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    中学の校長まで努めて定年を迎えた父が、同窓会が開催された日にそこに辿り着けず帰宅した。 おかしいと思った妻は病院に連れて行き、そこで認知症だと診断された。 それからは、妻が殆ど自宅で介護をした。 デイサービスに行かせたり、妻なりに夫の性格を考慮しているのが良くわかる場面も多く見られる。 夫婦には3人の娘がいて、長女は夫の転勤でサンフランシスコに行っている。次女は結婚して子供もいるが、一番母が頼りにしている。三女は独身だが、仕事が忙しいといつも素っ気ない。 たけど、娘たちも父の状況を気にかけている。 たまに実家に顔を出したり、母の用事がある時には父を看たり。 しかし、そんな母が網膜剥離で入院することになると、今までの母の負担や今後の二人の生活について真剣に考えざるを得なくなる。 誰しもが他人事では済まされない問題だけに、話に引き込まれる。 2019.11.24

    4
    投稿日: 2019.11.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    認知症の父と妻、3人の娘達の10年の話。 読もうかどうしようか、だいぶ悩んだ。介護の話だけに、すごく心が重くなるのではないか。自分自身が少し弱っている時には、ダメージが大きくなりそうで、、、 読んでみての、ざっくりとした気持ちとしては、思ったほど、辛く苦しくはなく、淡々と進んでいく感じ。 介護をしているお母さん(妻)が、少しずつコミュニケーションが成り立たなくなっていくことに、そこまで悲壮感がなく、愚痴は言いながらも、受け入れていく人だから、読んでいて救われた。 だけど、自分の親の介護が、そろそろ近づいてきた年齢にもなり、うちは、母親が随分前に亡くなったいるので、一番近くにいて独り者の私が、必然的に介護の中心人物になるのだろうな、兄弟も男ばかりだし、と思うと、 遠くから、認知症って悲しいな、とか、自宅で老老介護を頑張る妻は偉いな、とか悲しんだり感動して読めるものでは無かった。 アメリカでは、認知症のことを『長い別れ』と呼ぶのだそうだ。少しずつコミュニケーションが成り立たなくなり、体も弱っていく、まさに長いお別れ。 そうやって、いつか来る、決定的なお別れまでの間に、ゆっくりとこれまでのこと、最後をどう迎えるのか考える時間があると言うことではあるのかな。だけど、現実は毎日毎日が大変で状況に合わせて、決めなくてはいけないことを決め、何とか乗り切ることに精一杯になるのだろうな。 私の母は脳の病気で、発作を起こして病院に運ばれてから、ずっと意識はなく、そして1ヵ月ほどで亡くなってしまったから、伝えたいことを伝える時間もなく、聞きたいことを聞く時間もなかった。あっという間のお別れだった。だから、父の時は、急なお別れは嫌だな、せめて本人の気持ちを聞いて起きたいけど、、、それでもやはり、認知症は、本人にとっても家族にとっても辛いな。 長々書いてきたけど、結局、そんな感想(苦笑) やはりテーマが今の自分にとって、身近過ぎた。

    2
    投稿日: 2019.11.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    映画は未見。でも見ればよかったなぁ。 認知症。少しずつ遠くに行ってしまう。「長いお別れ」は、認知症のことだった。 自分を忘れていく相手のずっとそばにいるのって苦しい。 好きとか、嫌いとか、家族だから、とか、そんなきれいごとだけではきっとやっていけない。 でも、この作品の家族はみんな昇平を見捨てない。見捨てない、というか、これまで通りに接しようとする。バカにしたりしない。 昇平や曜子の姿に自分の親を重ねた人も多いはず。自分は、どうやって受け入れようか。

    1
    投稿日: 2019.10.14