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すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~
すべての教育は「洗脳」である~21世紀の脱・学校論~
堀江貴文/光文社
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総合評価

135件)
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    この方の自由的発想には驚きます。常識人からみれば、アウトローなんでしょう。 ロンブー淳さんの生徒会長の話もそうですが、自分が正しいことを貫けるかだと思います。

    0
    投稿日: 2017.09.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

     本書のタイトルは,なんとも刺激的な題名である。  教師である私にとっては,それこそ,死活問題になる話である。もし,私のやってきたことが「洗脳」ならば,オウム真理教がやってきたことと,なにも変わらないことになる。  それは本当か?  言いすぎではないか,ホリエモン!  が,しかし,私は「今の教育はそのままでいいのだ。ホリエモンよ,お前の言っていることはおかしいぞ…」と反論することは,まったくできない。ホリエモンの意見に同意してしまう自分がいる。  ホリエモンの言うとおり,今の日本の教育は,明治から全く変わっていない。あの悲惨な戦争を経験し,日本を支配していた教育勅語は廃止された…といっても,日本人の本筋の所は全く変わっていない。  子どもは未熟だから,社会に出たときに困らないように「適応させる」必要がある。だから,そのために「今は我慢させて」でも,道徳をはじめとする学校教育の「枠にはめる」のだ。  そして,はみ出した子には,学校での居場所は保障されない。ましてや,学校を拒否して生きることは,相当のエネルギーが必要になる。かくして,子どもたちは,まるで金太郎飴のように,均一化されて学校を出て行くのだ。  こんな社会にだれがした…。子どもたちこそ,次世代を担う新しい社会の作り手ではないか…そうホリエモンは言いたいのだろう。  が,しかし,子どもたちは,成長して,新しい社会を作っていくだけではなく,ある程度は既存の社会に合わせていく力も必要であることは論を待たないであろう。たったの1人で社会を作ることは出来ない。ある程度のその社会を支配する道徳や学力(一般的なもの)もないと,友と一緒に社会を変える力さえも発揮できないかも知れない。  今の教育は,余りにも均一すぎるし,子どもの興味関心を無視しすぎているという指摘には,大いに賛成するが,だからといって,公教育をすぐに廃止するわけには行くまい。  いや,公教育があってこそ,人権感覚も身について来たのだという過去の歴史もある。「ヒトは教育によって人になる」というのも,あながち的外れではないはずだ。  教育界に,もっと自由があれば,教師ももっとゆったりとできて,いろんなタイプの子どもたちともゆったりとつきあえるはず。  ま,学力テストで1位だ2位だといっているようでは,今の学校には,まったく期待できないね。    いろいろと教育について考えるキッカケとなる本でした。

    5
    投稿日: 2017.08.29
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    自分のやってきたことや、すでに持っているものから「やること」を決めてはいけない。 過去は、ただの過ぎ去った時間でしかない。 過去を元手に決断すれば、その時点で可能性は1000分の1に縮こまってしまうだろう。 「予想外の出来事」は、予想できないから予想外。 自分が求めているものは何か、やりたいことは何か。今この瞬間、どんな生き方ができたら幸せなのかを真剣に考えぬく。それが何に資本を投じるのかを決める原動力になる。

    0
    投稿日: 2017.08.27
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    学校って何だろう? ここ数年持ち続けている疑問の答えの一部がこの本にありました。 洗脳の場であると。 背景も「大筋はそうかな?」と思いました。 私は何も考えずに学校教育のレールに従順に乗ってきた人材の一人だが,それによって幸せになれたと到底思えない。 私生活でやりたいことは多いのにできない。 仕事に没頭できない。やりたくない業務が多い。 そのため転職を何度も考えては踏みとどまった。 洗脳の結果だと思います。 しかし,一方的な話に思えた部分もあります。 学校が背負っている現状に触れられていませんでした。 教師はどのような労働条件で働き,どのような責任を負わされているかということ。 良くないと思いつつも,労働条件や保護者からの不条理な要望に応えようとする状況の改善がなければ多様性を真に認める場を生み出しにくくもなろうというのが本音です。 学校が不要かと言われたら,それはまた疑問符がつきます。 しかし,これから先学校がどのようにあるべきか,本書を通じて考えるのはかなりの価値があると思います。 学校関係者は一読すべき。 特に頭の固い人たちは。 そのような本だと思います。

    0
    投稿日: 2017.08.14
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    今年読んだ堀江さんの本の中で群を抜いてオススメ。 堀江さんの本はとどのつまり「(悩んでいるんだったら)いいからやれよっ。」ってことなんですよね。 至極単純なことなんだけど、これが出来ていない人は僕もそうだけどすごく多い。 そして、皆やらない理由を探している。なぜなら、洗脳されているから。 教育だけでなく、やりたいことをやれていない・見つからない人におすすめ。

    0
    投稿日: 2017.08.12
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    好きなこと、ワクワクすることをしている時に感じていた何かが自分を引き留めようとする力。いい歳なんだから遊んでばかりいないで…うんちゃらかんちゃら。その声が自分の中に染み付いた洗脳によるものだとハッキリ分かった。 常に自分に正直に、今を生きる人になる。 堀江さんの本は鋭い言葉が並んでいるようでいつも暖かく、読んでいて安心するし本当に楽しい。

    0
    投稿日: 2017.07.30
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    学校教育というよりは家庭教育なのか常識なのか、これまでの価値観に修正が必要というのはその通りだと思う。そもそもどう生きたいのか、を先に考えないといけない。あと定時が待ち遠しいような仕事は、仕事そのものをなくす方に考えないとと思う。

    0
    投稿日: 2017.07.29
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     元ライブドアCEOで実業家の堀江貴文氏による、現代における学校の不要性、ネット社会での自分らしく新しい生き方論を綴った新書。本来学校とは国家に従順な国民の養成機関であり、現代の学校でも結局は従順な生徒、会社の言うとおりに動く人材を育てている。しかしインターネットの普及で「国家」という幻想が急速に力を失い「幸せの正解」がなくなった現代では、自分で思考し行動することことが幸せになる唯一の手段である。そのためには「もう学校はいらない」。教育の隠された根幹を曝し、これからの超情報化・AI化をフル活用した「遊ぶ」「働く」「学ぶ」三位一体型の新しいライフスタイルを、自己の超行動派の生き方を裏付けとして提唱する。  ホリエモンの著書を読んだのは初めて。あまりいいイメージを持っていなかったが、本書を読んで印象が変わった。彼の行動や発言は批判の的となってしまうが、それらの根底には一貫した主義・信条がありそれをここまで生き方そのものとして具現化できている人を私は知らない。イノベーションを起こして財を成す実業家は以前からいたが、ネット普及後、特にスマートフォン普及後はそのイノベーションの形が大きく変わった。汗の匂いも涙の跡も見えない成功に対し、世間の目は冷たい。しかしそれがこれからの社会の特徴であり、決して怠けでも希薄でも、ましてや悪などではない。  私は一公立校教員として学校教育に違和感を抱き続けてきたが、その違和の正体を著者が明快に示してくれた。それは「社会で生きる力を養う」と掲げる学校教育が、現代社会で活きる学習を提供できていないということだ。現場の教師に聞いてみると良い。自分の授業の学習内容がどのように社会で活かせるのか、明確に筋を通して説明できる教師がどれだけ少ないことか。学習指導要領を背骨とすれば良いというのが行政の考え、そしてそれを全教員に守らせる、まさしく「言うとおりに動く教員」を国は作ろうとしているのだ。『すべての教育は「洗脳」である』という書名は、考えれば考えるほど的を射すぎていると感じてしまう。  しかし教師の矜持として、「学校はいらない」という結論に抵抗しないわけにはいかない。そのためには学校教育が本当の意味で意義あるもの、つまり「現実社会で生きる学習」を提供しなければならないだろう。だが敵は身内にありで、ネット普及以前の学校現場の杵柄を振りかざす教員が上層部に多くいる現状ではそう簡単には変わらない。まずは自分一人からの地道な変革の積み重ねか。その変化の速さから現代社会はよく激流に例えられるが、我々教員は残念ながらその激流へ身を投じることができない。できるのは情報収集ぐらい。「激流の中で自己の幸せを見つけ捕まえる力」を養う教育が実現できなければ、本当に学校はもういらなくなってしまう。危機感をありがとう、ホリエモン。

    1
    投稿日: 2017.07.18
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    読了した本がたまっています・・・ 付箋部分を抜粋します ・「やればいいじゃん!」これは僕が口癖のように言っているアドバイスだ(p3) ・自分の「欲望」を抑えつけるような「我慢」「準備」は積極的にするのに、どうして一番やりたいはずの  「行動」には至らないのか。我慢によって、一体何を得ようとしているのか(p5) ・やりたい、動き出したい気持ちはある。右足はなんとなくアクセルペダルを踏んでいる。でも同時に、左足で  ブレーキペダルをベタ踏みしている。しかし、そのことに気づけない。我慢が習慣化しているからだ。  学校教育が作り出すのは、こうした無自覚の習慣に他ならない(p7) ・一言でいえば、従順な家畜である(p21) ・あなたが自分自身の「楽しい」や「嬉しい」「気持ちいい」といった「快」の感情をシェアすると  そこにたくさんの賛同者(いいね!)が集まり、、つながっていく。そして、そのつながりが関わった人たち  全員に豊かさをもたらす。この共感が、これらの世界を動かす原動力なのだ(p78) ・モノやお金の価値が最小化されていく社会では、誰にどれだけ支持されているか、共感されているかが重要な意味を持つ(p81) ・これからの時代に重要なのはむしろ「やりたいこと」のためにどれだけ本気になれるかだ。なぜなら、支持や共感を  得られるのは、心からやりたいことをやっている人だけだからである(p82) ・大切なのは自らアクセルを踏み、ハンドルを切ることだ。そして何より「それをさせる気持ち」だ。早く先へ進みたい。  じっとしていられないというワクワク感こそが、あなたにアクセルを踏み込ませるのである(p85) ・つまり没頭は、人を決して立ち止まらせないのだ。常に人を前へ前へ押し出し、新しい体験をつかませようとする(p90) ・没頭できるかどうかを決めるのは、人の性格でも、あるいは没頭の対象の種類でもない。それに対してどれだけ主体的に  関われるかだ。目の前に現れたものを「与えられた作業」ではなく、「自分でルールを作れるゲーム」だととらえられるように  なれば、あなたの人生は今この瞬間からでも、没頭で埋め尽くされていくだろう(p121) ・「投資」だ。1万円を「使う」ことによって10万円へ、100万円へと増やしていくように、自分自身の市場価値を  高めていくのだ(p129) ・「貯金型思考」を支えるのは我慢であり、「投資型思考」を支えるのは先読みと決断(p131) ・あなたの価値を最大化するのは、「どれだけ我慢したか」ではなく、「どれだけ自ら決断をしたか」なのである(p133) ・常に「やるべき時は今」という意識さえ持てば、「いつか何かあった時のために」「老後のために」なんてつまらない  発想は吹き飛ぶ(p143) ・使うべきは、時間でも労力でもない。お金ですらない。「頭」なのだ(p147) ・「いざという時」ではなく、「今この瞬間」自分にどれだけの価値があるのか。それを考えるのが「投資型思考」だ(p148) ・みんな、もっとインスタントに「唯一無二」の存在になって、そのメリットを利用しつくして次へ進めばいいじゃないか。  僕は本気でそう思っている(p153) ・「時間をかけ、苦労や我慢を重ねて得るものの方が、短い時間で手に入れるものよりも価値が高いはずだ」という  根拠のない思い込み---つまり思考停止である(p163) ・僕は自分の「いいじゃん」という感覚を信じている(p167) ・「できるわけがない」という言葉は「変化したくない」や「このままでいたい」の言い訳でしかない(p179) ・「老後の楽しみのために苦しい会社勤めに耐える」という考え方を捨て、「楽しく続けられる好きな仕事を  やる気が尽きない限り続ける」という生き方にシフトすればいい(p188) ・すなわち「遊ぶ」「働く」「学ぶ」を同化させた、三位一体型の人生を僕は送っている(p197)

    0
    投稿日: 2017.07.17
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    アクセルを踏みながら、ブレーキをベタ踏みしてエンストを起こしている人が多い。そんな人がブレーキの外して、自分の好きなことにはまり、遊び・学び・仕事を三位一体で行っていくべきということが書かれていた。嫌なことを我慢するというマインドセットは学校での勉強や会社での仕事でついてしまうという。自分の経験を振り返ってみても、心当たりがあった。 一方で、はまるという経験の心地よさもわかる。小さいことでいえば、虫取りであるし、少し大きくなってからも漫画を大量に読むことがあった。それが、社会人になってからあまりできていないように感じる。周りの人で優秀だなと感じる人、人材として価値があると思われている人は、その時々で何かにはまっている。 何かをしたいというときに、できない理由を探すのではなく、とにかく一歩踏み出してみる。本を読む、人と会う、旅をする、なんでもいい。自分が楽しいと思えることをその瞬間にする。好きと思えることでないと、頭に入ってこないし、生き抜くためには情報が大事なのだから、思い切り良くアクセルをベタ踏みするという生き方をした方が"将来”を考える上でもいい。そして、なにより”今”この瞬間が楽しくなるはずだ。

    1
    投稿日: 2017.07.02
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    ホリエモンの教育に対する考え方は、本質を捉えすぎて、特に団塊の世代以上には受け入れられないと思いました。 ボクは、教育は社会に平行して適合しなければならないと思っていますが、現状では、ホリエモンのいうように、学校は、今でも工場要員の養成所でしかないと思いました。 親としてのエゴが子供にどう影響するのかも考えなければなりませんが、それ以上に、システマチックにホリエモンのいう洗脳的教育システムは子供たちの本当の思考を奪うのだと思い、日本の教育の現状に絶望しました。

    0
    投稿日: 2017.06.24
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    思い込みや暴論で書いてしまっている部分も多かったり、分類名がダサかったりとツッコミどころは有りますが、ではこの本を論破できるかと言われると、反論しきれない1冊。 私自身、著者が忌み嫌う学校教育のレールにきっちり乗ったL人材なので、読んでいて図星すぎて反感を覚えたのかも。 学校教育はこれからどうすればいいんでしょう。学校自体が不要とはどうしても思えないです。 なぜかレールに乗ることや我慢することを美徳と感じる日本社会のおかしさに対する指摘は的を得ていて、ハッとさせられる部分もたくさんありました。 本当の学びとは「没頭」であること、これからの幸せは「快」のシェアであることなど、本書の幹の部分には大いに納得&励まされました。

    0
    投稿日: 2017.06.23
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    日本には我慢しない人を軽蔑する文化がある 我慢する事はいけないことなのか、必要ないことなのか。 身動きが取れなかったのは環境のせいではなく、ブレーキペダルをベタ踏みしていた自分自身のせい 目上の人に認められるのは良いこと 与えられた環境で我慢し上の位を目指すべき →それは違う。ただ、学校は必要なのでは? 常識を疑う事は良い事だと思うが常識に背を向けることがいいことなのだろうか? 他者と共存するためにあるのではないか、ある程度同じ知識がある事でお互いを理解しやすくなる。相手を知ることができるのではないか。 インターネットの浸透によって国家はなくなりつつある。 別の世界というイメージを作り出すのは接触コストだ。 今や接触コストがかからなくなっているため世界の枠組みがなくなりつつある。 人間がこんなにも進化したのは、人間にはフィクションを作り、大勢で共有する能力があったから 中国や北朝鮮、アメリカなど国として戦争をやっていても、その国民は日本で普通に日本人と仲良く交流している。それはなぜか?国家という枠組みとは何か、なぜ戦争がなくならないのか。 昔は共通の幸福論があったが、現在は多様化し幸福論がそれぞれ人によって違うというものになってきた。 これからの世界を動かす原動力となるのが感情のシェア まさに自分も楽しかったことを共有したいためにSNSで投稿している。ともすれば『浅くて広いのは、、、』『リア充アピール』など言われる事もあるが、そうではない。多くの人と関わりたいからこそ自分が興味がある物を他者に伝え賛同(共感)してくれる人を見つけているだけである。 学びとは没頭すること。 オールB思考は確かにいらない 教養とは、それぞれが好きな事をして行く中で、必要なタイミングで身に付けるもの 知の地平線を拡大する作業の楽しさ。 人間は誰もが子供の頃没頭の達人だった。 大人にとってはちっとも面白くないようなことを何十分でもやり続ける。特定の大きさの石だけを集めるとか、積み木で何かを作ったり崩したりを永遠続けるとか。 ほとんどの人は成長過程で没頭を押し殺し、いつしか没頭そのものを忘れてしまう。子供は皆天才なのではない、それが通常なのだ。 『没頭出来るようなことが見つからないんですが、どうすればいいですか?』 この社会のどこかに『没頭』というラベルが貼られたお宝があり、それはキラキラしているため見ただけでこれならハマれる!と確信させてくれ、マリオがスターを取った瞬間から無敵になるように、自分もそれに手をかけさえすればたちどころに没頭状態がやってくる。そう思っている人が多い。 順番が逆。人は没頭が約束されたものに取り組んだ時に没頭に至るのではなく、目の前の事にとことん取り組んでみて、ふと我を忘れる瞬間がやって来た時に初めて自分がそれに没頭していた事に気付く。 とことん目の前に見えるものに取り組んで見る。 餌を待つ雛鳥の様に口を開けて待っているだけでは、どんな豪勢な遊びを提供されても、本当にそれにのめり込むことはできない。 希少性は要素タグの掛け合わせによって生み出される。 100万分の1のレア人材になる。

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    投稿日: 2017.05.29
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    誰もがやりたいことをやらない。いろんな理由をつけて。自分もそう。 やりたいことをやろう!楽しいことをしよう! 没頭しよう!そんなモヤモヤした思いをかかえるひとの背中を押す本。 でも自分の本当にすきなこと。やりたいことってなんだろう?考えてやりながら見つけていきたいと思った。もっと自由に。

    0
    投稿日: 2017.05.22
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    ・学校教育という洗脳によって、忠実、真面目に会社員として務めるように叩き込まれている ・好きなことを仕事にする時代が、訪れる。大切なのはやりたいと思うことではなく、実際に行動に移すことだ

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    投稿日: 2017.05.22
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    【強固なレール】 ずっとレールに乗って生きてきた人間はレールからはずれることを恐れる。 ずっとレールに乗って生きていない人間はレールすら認識していない。 日本人はなんで変化することを恐れるのでしょうか。 変化に慣れてないからです。 いきなりレールのないところへ行けと言われても行くことができません。 完全に洗脳されているからです。 しかし、変化したくない人は変化する必要はありません。 レールに乗っている方が好きな人もいます。 ただ、自分でルールをつくらない限り、誰かがつくったルール(レール)に乗っかることになります。 どんなちっぽけなことでも自分のルールで行動している方が楽しいです。 これは間違いないです。 しかし、その自分のルールがお金になる、ならないのところで差がでるような気がします。 「自分の好きなことができれば、めちゃくちゃ儲からなくてもいい、食べていくことさえできればそれでいい」とよく言いますが、そのような中途半端な儲かり方はしないと考えます。全く儲からないか、めちゃくちゃ儲かるのどちらかしかないように感じます。 ここは好きなことを一生懸命考えているかいないかで大きな差がでます。 まさに没頭力です。 90歳まで食うに困らないようにするにはそれほど多額のお金は必要ないので、わたしも自分のルールで行動する状態にもっていきます。

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    投稿日: 2017.05.20
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    「洗脳は悪い人たちによる特別な行為で、”常識的” に暮らしている自分とは関係のないものだ」 と思っているのならそれは大違い。 「やりたいことを我慢し、自分にブレーキをかけ、自分の可能性に蓋をすることを推奨する恐ろしい洗脳が、白昼堂々なされているのが今の学校なのだ。」 第1章 学校は国策「洗脳機関」である 「国つくり」のための学校 「使いやすい労働者」を大量生産する工場 情報化社会になってる21世紀に、学校だけが未だ産業社会でいる 第2章 G人材とL人材 。 G人材は、世界規模 “グローバル” を行動範囲とする人材。 L人材は、地元 “ローカル” に根付く人材。 第3章 学びとは「没頭」である 「没頭」=「欲望の解放」 何のために何をするのか、どんな風にするのか、すべてを自分で決め、自ら責任を負いながら突き進む力。 新しい時代を楽しく生きるために必須のこの能力を、「没頭する力」と呼んでいる。 第4章 三つの「タグ」で自分の価値を上げよ! すぐに動こうとしない人、 学校で学ぶことに執着する人たちは、この「貯金型思考」に強くとらわれている人たち。 自分の思い描く理想像に近づきたいと勇気やワクワク感をマインドとする「投資型思考」。 第5章 会社はいますぐ辞められる 学校による洗脳が骨の髄まで染みわたっている大人たちが洗脳から抜け出すにはどうすればよいのか?

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    投稿日: 2017.05.16
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    これを読むと自分がいかに「L型」で「貯蓄志向」であり、新しいことをチャレンジする際にリスクを気にして行動できないでいるかを痛感させられる。 大事なのは「お勉強」ではなく、「学び」であり、そのためにはひとつひとつに全力で没頭すること。そのことで結果的にその人に「タグ」がつき、活動がさらに広がることも。 これは全く同感です。 自分ともっと向き合って、いいと思ってら我慢せずに行動するようにしようと思う。

    0
    投稿日: 2017.05.16
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    おおむね頷きながら読んだ。 でも1箇所だけ「ん?」と思ったのは、 「調理師学校で3ヶ月勉強しただけの寿司職人の店がミシュランに掲載された」 ことによって、 「寿司職人が何年も修行するのはバカ」 という著者の発言が「証明」された、としているところ。 これだけいろいろな権威に対して鋭い批判的精神を持ち合わせているのに、ミシュランの評価に対してはなんの疑いも差し挟まないのかー(それどころか、その権威を有効利用するのかー)、と。 確信犯なんだろうけど。

    0
    投稿日: 2017.05.15
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    現在、読んでいる段階ですが堀江さんの考えが参考になる本だと思いますし、これから何かを始めたい人に勇気をくれる本だと思います。

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    投稿日: 2017.05.07
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    題名ほど中身はぶっ飛んでいない、笑。 そして、義務教育の勉強している中身が悪いと言っているんではなく、「学校」という制度について疑問を呈している本である。学校や社会によって私たちがどれだけ洗脳されているかということもわかった。 著者の好きなことをやって欲しいという思いも伝わった。 洗脳されるのではなく、自分たちが選択して学びたいことを学んでいくことが必要だとわかったが、個人的には全否定ではなく、勉強していく中で見つけていくこともあるのではないかと思う。 私は小さいころから比較的算数が好きで、現在もデータを扱っているときが幸せである。

    0
    投稿日: 2017.05.05
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    学校や会社に縛らるのはばからしい。逆算せずに、自分の好きなことにとことんはまれという堀江さんの主張は、何かに没頭していない自分には耳が痛い。 没頭は、頭を使って結果到達するものといった視点は自分にはなかった。 次同じ感想を書くことがないようにこれから一歩を踏み出そうと思う。

    1
    投稿日: 2017.05.04
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    堀江さんらしい一冊 学校教育は洗脳と言い切るあたりはまさに堀江節かな でも今すぐは無理だろうけど徐々にそっちの方向に向かうかもしれないなと思います とは言えやはり子供が集まる場所がないと困る親もいるので預かって子供同士の社会生活も必要かなと

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    投稿日: 2017.05.01
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    著者の本は何冊も読んでいるが本書は特に素晴らしい内容だった。今まで自分が感じていたことや思っていたことが既存の教育制度の歴史から解説してあり深い感銘を受けた。 知識と常識は違う、L人材ではなくG人材として、ジェネラリストではなくスペシャリストでありたいと改めて再認識した。一方で目標から逆算している自分もあり考えを改めるべきことも認識できた。 貯蓄型思考ではなく投資型思考をし、過去は過ぎ去った時間でしかなく再利用できる資源ではないこと、ワーク・ライフ・バランスなんて気にせずすべてを楽しい時間にして極端でも偏っていてもいいから楽しい事をして遊び尽くして生きていきたいと思う。 何度でも読み返したい一冊。

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    投稿日: 2017.04.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本の学校教育が、どういう弊害をもたらすのか。歴史を通じて堀江さんの考えと共に学んでいく本書は、堀江さんの考え自体は他の書籍でも語られているが、学校教育の歴史やインターネットのもたらした所有の価値・投資型思考などの話が面白かった。 私ももっと好きな読書やイラスト、武道などの趣味に没頭して、こうしたレビューや投稿で自分のタグを増やしていこう。

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    投稿日: 2017.04.18
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    20170418 言葉やテーマは違うけど、どの本でも主張はぶれていない。みんなが逆に洗脳されたらどんな世の中になるのか?想像すると楽しい。

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    投稿日: 2017.04.18
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    この著書で言っていることはシンプルだ。 好きなことをやればいい。 やりたいことをやればいい。 だが、こう思う人もいるだろう。 そんなことはわかってると。 なぜわかっててもできないのか。 それは100%腑に落ちてないからだ。 なぜ100%腑に落ちてないのか。 それは自分のやりたいという思いに相反する思い込みがあるからだ。 アクセルとブレーキを同時に踏んでも、進まないのだ。 一体何で、何のブレーキを踏んでいるのか。 それを教育という観点で紐解いていく。 無意識のうちに叩き込まれた考えとなっている思い込みのルーツを知り、手放し、行動を起こす為の本だ。 『「生きる」ために必要な、基本的な作業はほぼ機械がやってくれる時代がまもなくやってくる。楽しくない作業の全てを機械に任せられるのだから、後は楽しいこと、自分がやりたいと思う事に励むだけになる。』 引用

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    投稿日: 2017.04.18
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    堀江貴文さんが、脱・常識、脱・学校、脱・組織を掲げ、今後の「教育」について提言した一冊。 学校とは本来、工場で働く民衆や、国家に従順な国民をつくるために必要な「常識」や「思考」を育てる機関であり、富国強兵や軍国主義の時代には必要不可欠だった。 しかし、インターネットやSNSが発達した現代では、これまでは距離も言葉の違いも面と向かう機会に関しても分厚かった国境の壁や、知識の得方に関しても、簡単に飛び越え、欲しい知識や情報も検索能力次第で簡単に手に入るようになったことで、働き方も人生の選択肢も一気に増えた。 それでも、多くの人は、10代や20代前半までを学校に捧げ、その後は会社に40年ほどを捧げ、その間ずっと、宝くじが当たれば辞めてやる、あと○時間で退社だと、過ごしたくもない時間を過ごしている。 人によっては、自分の好きなことで起業したいとか、会社を辞めてフリーランスで働きたいと考えている人もいるけど、学校という「洗脳」教育を受けている結果、会社を辞めることに踏み切れず、辞めたら仕事が見つからないとか、老後の生活が不安になるとか、辞めたら会社に迷惑がかかる等と言って、なかなか一歩を踏み出せない。 それは、アクセルを踏んで進もうとしている一方、もう一方ではブレーキを踏み込んでいることに気づいていないから。そのブレーキこそが、学校で受けた横並びの「常識」教育だ。 「常識」とは、「解釈」のことで、「知識」とは違う。主観の入りまくった、その時代、その国、その組織の中でしか通用しない決まりごと。この「常識」を埋め込まれているせいで、自分で考えて行動することに馴染めず、ブレーキを踏み込んだまま、タイヤを空回りさせている人が少なくない。 今後は、先生や偉い人から教わる「教育」ではなく、好きで始めたものにハマり、あるとき気づいたら没頭していたという、遊びを仕事に変えるという流れがくるば、今では考えもつかない仕事や稼ぎ方がどんどん増えてくる。多くの人がやりたくないこと、単純な作業は、AIに任せることができる今の世の中だからこそ、人間本来の考える力、想像からの創造力をフルに発揮し、理想的な未来をつくっていこうと思えた。

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    投稿日: 2017.04.18
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    まだ、この本は読んでないけど、 確かに、 小、中、高校は偽物の人生だったなと思います。 社会人になって、6、7年目 今、金銭的に少ないけど、 西麻布に住んでいて、 自分の人生を送っている、 生きている感覚は、あります。 学校に行ってた時は、 「自分」というものが無く、 ただ、周囲の人に 何かと流されていたと思います。

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    投稿日: 2017.04.11
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    「学び」とは「お勉強」ではなく「没頭」のこと。 誰かに与えられてやる無意味な知識の習得のことを「勉強」 自分が本当にやりたいことの知識の習得のことを「没頭」 と著者は定義している。 「本当の自由」とはなにかを考えさせる一冊。かなり良かった。 「与えられたルール」ではなく「自分でやると決めたこと」をする時、人は「楽しい」と感じる。 逆に誰かからなにか自分の好きな事を提示されないかなぁと待っているのでは、どんな豪勢な遊びを与えられても本当にそれにのめり込むことは出来ない。 「つまり待っていることは無駄」である。 今自分が少しでもやりたいと思っていることは本当に「無理」なのか? そこを指標にするには「絶対に達成できるのか」ではなく「それに挑戦することは可能なのかどうか」を考える。 「今後の仕事に繋がる趣味」など存在しない。 誰かがじぶんのぼっとうの中から掴み出したものが仕事になったりお金になったりするだけ。 キックボクシングに夢中になっている大学生はよくいて、その子が就職の時期に、この業界で成功するか分からないから続けていこうか迷ってるなんてことがある。 それなら続ければいい。何故ならキックボクサーとして成功しなかったとしても、キック関係のなんかしらの仕事に就くかもしれないし、新しいビジネスが出来るかもしれない。

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    投稿日: 2017.04.02
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    働き方生き方あるいは、やりたいけれど…に悩んでいる人間にはそれなり響く1冊だと思う。20世紀型の教育=常識に対する疑問と、「没頭」という言葉で自分自身がどのように能動的に考え進んでいくかを問うている。

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    投稿日: 2017.03.31
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    「なぜか?何にも没頭できていないからだ。」 堀江さんの本。 何かに没頭している人を羨ましいと思う。 没頭するものを求めてデモ活動に参加する人もいると聞く。”いつか”に備えていても、その日はこない。 それでも不安になってしまうのは、いけないのだろうか。

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    投稿日: 2017.03.30
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    たぶん堀江さんはわくわくしてる人だから、読んでてすごくわくわくした。いや、だったら、やればいいやんって思うことは多い。テクニック的なとこは、〜があるからやるのではなくて、〜がやりたいから〜をつかう。という、常に自分の好奇心スタートでものごとを考えるということ。でも、〜したい→お金が欲しい→土地がある→ホテルはどう?って思考として考えると、好奇心スタートではあると思った。あとはいつも思うけど、結局堀江さんは色々やってるし、成功体験もあるし、東大やし、肩書きはいらないってのは説得力ない。多くの人はどうしても外見で判断するから、堀江さんが東大行ってたのは、気づいてないだけで、かなり障害外しになってると思う。 さて自分に置き換えると、1好きなもに自信をもってなに言われようが行動する。2.ロースクール行って一発で司法試験合格して実績残す。こんなかんじ。あと人は動かさない。自分で動くべき。考えを提示するのは大事かな。人を尊敬する。バカにしない。注意

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    投稿日: 2017.03.30
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    学校で叩き込まれるのは我慢するマインド。国家も会社もなくなる。楽しい事ばっかりやったらいいやん。というおはなし。 そだよねっておもう。ニッチ=レア=価値、ひとりから、いまから、生み出すことができる世界になった。ほんと便利で素敵だとおもう。 でもまだN(国民国家)だとおもう。一生懸命我慢してきたわたしにとって、せっかく手に入れた秩序を捨てるにはまだはやい、とおもう。堀江さんは今やれば?って言うけど、まだじゃん?ともおもう。逃げてるだけかも、だけれど。

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    投稿日: 2017.03.25
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    洗脳とは思い込んで疑問に思わない事。そして、それは子供時代から学校という場で植えつけられる。それが、全て正しものと認識するが故に、考えることが減少する。当たり前と思うことを先ずは疑ってみる。そこから、今までと違う事に気づき様々な変化をしていくのではないでしょうか。今回の新著も分かりやすく書かれているので、読まず嫌いの方も一度読まれてもよい一冊かと思います。

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    投稿日: 2017.03.24