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powered by ブクログ「きけわだつみのこえ」日本戦没学生記念会編、岩波文庫、1982.07.16 388p¥670C0121(2025.08.17読了)(2006.01.26購入)(1993.09.03/31刷) 副題「日本戦没学生の手記」 読んだのは、旧版ですね。 【目次】 感想 渡辺一夫 本本 Ⅰ 太平洋戦争まで(日中戦争期) 16頁 Ⅱ 太平洋戦争の時期(アジア・太平洋戦争期) 55頁 Ⅲ 敗戦後(敗戦) 308頁 あとがき 中村克郎 年表 略歴 ☆関連図書(既読) 「昭和の遺書① 父へ、母へ、最後の手紙」辺見じゅん編、角川文庫、1995.04.25 「昭和の遺書② 妻よ、子どもたちよ、最後の祈り」辺見じゅん編、角川文庫、1995.04.25 「昭和の遺書③ 妹へ、弟へ、最後の詩」辺見じゅん編、角川文庫、1995.06.25 「昭和の遺書 南の戦場から」辺見じゅん著、文芸春秋、2000.06.10 「収容所から来た遺書」辺見じゅん著、文芸春秋、1989.06.25 「知覧からの手紙」水口文乃著、新潮文庫、2010.08.01 (「BOOK」データベースより) 酷薄な状況の中で、最後まで鋭敏な魂と明晰な知性を失うまいと努め、祖国と愛するものの未来を憂いながら死んでいった学徒兵たち。1949年の刊行以来、無数の読者の心をとらえ続けてきた戦没学生たちの手記を、戦後50年を機にあらためて原点にたちかえって見直し、新しい世代に読みつがれてゆく決定版として刊行する。
3投稿日: 2025.08.06
powered by ブクログ亡くなった学生の手記の記録。何故か高学歴の人が多い。未来ある若者の死は尊いがもっと視野を広げて取り上げてもよかったのではと思うところもあった。
0投稿日: 2025.06.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
## 感想 この本で書かれている方たちが亡くなられた戦争からは、まだ100年も経っていない。 歴史上でみれば、ごく最近。 多くの方の手記に、 「人間性を失いたくない」 というような言葉が見られる。 戦争は、それだけ人間を獣にしていくことであった。 まだまだたくさん学び、日本を支えていくはずだった人たちを駆り出し、死なせてしまう。 手記にある言葉は軍の検閲がかけられているから、本当に学生たちが言いたかった胸の内とは違うかもしれない。 けれど、それでも滲み出る、軍への不信感、もうすぐ消えると分かっている自分の命への悲しみや悔しさ、その中にあっても自分を高めていこうとする精神。 「文字に飢える」状況にある学生たちがたくさんいた。 「本が読みたい」と言う人が多かった。 極限の環境にいながら、少しでも学びたいという姿勢に心を打たれる。 「本書は戦死者たちの精神の納骨堂」という言葉があとがきにある。 戦争で亡くなったひとたちの気持ちに報いるには、平和な世を作り、それを続け、戦争をしないこと。 そうも書かれているが、世界では多くの場所で争いが起きている。 日本も巻き込まれる可能性もある。 平和は、勝手にそこにあるわけではなく、誰かが汗と涙と血を流して築いてきたものなのだと、再度認識させられる一冊だった。 ## メモ 飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。明日は出撃です。(p19 上原良司) クロオチェのように「自分自身の批判」を持ちそれを活かすことによって、わたしたちは立派になれると思います。(p29 吉村友男) 軍隊生活において私が苦痛としましたことの内で、私の感情/繊細な鋭敏なーが段々とすりへらされて、何物をも恐れないかわりに何物にも反応しないような状態におちて行くのでないかという疑念ほど、私を憂鬱にしたものはありません。私はそうやって段々動物になり下ってしまうよりは、いつまでも鋭敏な感情に生きつつ、しかも果敢な戦闘を遂行したい衝動にかられています。(p34 大井栄光) 兵もまた一人の人間である(p57 田辺利宏) 我々は決して犬猫にあらず、なぐられて動く動物にあらず。自分は自分を得ず。(p67 山岸久雄) 俺は負けたくないのだ。一切のことに何でもいいから負けたくないのだ。人生に負けたくない。眼に見えぬ人生の誘惑に負けたくない。俺は飽くまで俺という人間を守り通していきたい。(p70 柳田陽一) 一ヶ年の軍隊生活は、遂に全ての人から人間性を奪ってしまっています。二年兵はただ、我々初年兵を奴レイのごとくに、否機械のごとくに扱い、苦しめ、いじめるより他何の仕事もないのです。噂に聞いていた、汽車遊び、重爆撃機遊び等、やらされました。(p86 福中五郎) 先週の日曜、やはり便所の中で母へ手紙を書いた時は涙がとまりませんでした。母には元気で張り切っているとは書きましたが、僕の気持は死人同様の悲惨なものです。こんな手紙を書いたのを二年兵にでも見つかれば恐らく殺されるでしょう。(p89 福中五郎) 俺の子供はもう軍人にはしない、軍人にだけは・・・・平和だ、平和の世界が一番だ。戦に敗れたら日本人が敵国からこういう目に合わされるのだ。絶対に戦さにだけは負けてはならぬ。(p90 川島正) 今夜は月の美しい夜だ。旅の身に、戦友の不幸、自分は!もし!妻はどうなるだろう・・・・・。生自分の妻であってほしい、永遠に。ひとりよがりかなあ。月にものを言ったんだよ、失礼。(p93 篠崎二郎) 長年積んで来た浅いながらのこの学識と、きずき上げた人格をもって、自分の力相応に社会的に思う存分振舞って、何かの形の役立ちを見なければ生れて来たかいのなき苦しみを、しみじみ感じてはじっとしておれないのだ。(p97 篠崎二郎) 任運無作(p99 篠崎二郎) 国家とは果して人類にとって必然的に生じなければならぬ社会団体なのだろうか?ただ、歴史的に存在していたから今なお維持されているというにすぎぬのであるまいか。(p103 平井摂三) まるでこの世の中は終らない音楽をかなでているようなものだ。死が到る所におどり、楽章は血だらけになっている。死がまた楽符の上に踊り出す。どれ、俺も指揮棒の折れぬうちに踊ろうか。(p118 浅見有一) 人間こんなに自由にあこがれるとは。(p123 上村元太) 「人は生れ、人は苦しみ、人は死ぬ」(p131 上村元太) 今後いかなる熱しい現実に置かれても俺は相変らず歩いて行く、コツコツと自らの道を踏みしめて行く。俺の志が単なる志に終ったとて何んの恥じることがあろう。(p165 中村勇) 一体私は陛下のために銃をとるのであろうか、あるいは祖国のために(観念上の)、またあるいは私にとって疑いきれぬ肉親の愛のために、さらに常に私の故郷であった日本の自然のために、あるいはこれら全部または一部のためにであろうか。しかし今の私にはこれらのために自己の死を賭するという事が解決されないでいるのである。(p187 菊山裕夫) 僕が死んだ時肉親を除いて、と思うと、誰がいるか。すこし淋しい。然しここに真剣な一つの生があったとじてくれる人がいたら、これほど尊い事はない。真剣に生きる、これ以外の何もない。(p190 菊山裕夫) 一度や二度敗けたって、日本人の生き残る限り、日本は滅びないのだ。はや我々は「上の鯉”であるらしい。悲観している訳ではないが事実は認めねばならない。苦難の時代を越えて進まなければならぬ。(p197 佐々木八郎) 反動であろうとなかろうと、人として最も美しく、崇高な努力の中に死にたいと思う。白虎隊は反動的なものであったかも知れない。しかし彼等の死は崇高である。美の極致である。形に揺われることを僕は欲しない。後世史家に偉いと呼ばれることも望まない。名もなき民として、自分の義務と責任に生き、そして死するのみである。(p199 佐々木八郎) 単に国籍が異るというだけで、人間として本当は崇高であり美しいものを尊敬する事を怠り、醜い卑劣なことを見逃す事をしたくないのだ。(p207 佐々木八郎) 世界が正しく、良くなるために、一つの石を積み重ねるのである。なるべく大きく、据りのいい石を、先人の積んだ塔の上に重ねたいものだ。不安定な石を置いて、後から積んだ人のも、もろともに倒し、落すような石でありたくないものだと思う。(p208 佐々木八郎) 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」(p204 佐々木八郎) 自分の短い一生はもう幕切れに近づいたらしい。戦争に参加してしまえば、もうそれで自分は一生を閉じたのだ。万一にも生きて帰れたら、そしたらそこで新しい一生の幕が上げられるのだ。そこで新たに設計して新たな生活を築こう。短い一生を回顧して、思い出ずるままに何か書き残して置きたい。(p213 松岡欣平) 近頃の私はまた、「生きている」だけの私に過ぎないような気がする。「生きている」だけの私は「死んでいる」私に、同値でまでないにしても、等値である。(p244 中村徳郎) 生かされているのではいけない。生きるのだ。飼われているのであってはならない。(p246 中村徳郎) 星の世界から望遠鏡で見るならば、傑作な芝居が展開されているのだ。この歴史を作る大芝居の1/1000の役割よりは大なるRolle 〔役割〕がこの俺にもあるのだ。(p279 山中忠信) 人間は、人間がこの世を銀った時以来、少しも進歩していないのだ。今次の戦争には、もはや正義元々の問題はなく、ただただ民族間の憎悪の爆発あるのみだ。敵対し合う民族は各々その滅亡まで戦を止めることはないであろう。恐しき哉、浅ましき哉。人類よ、猿の親類よ。(p284 長谷川信) 毎日多くの先輩が、戦友が、塵芥のごとく海上にばら撒かれて、そのまま姿を没してゆく。一つ一つの何ものにもかえ難い命が、ただ一塊の数量となって処理されてゆくのである。(p298 竹田喜義) くれぐれも身体は大切に。神のような気持を持ちつづけてくれ。貴様が俺の妹であってくれたことは貴様の幸より実は俺の幸だったよ。しっかりと生きて行ってくれ。(p335 尾崎良夫) 私は今宣言する! 帝国海軍のためには少くとも戦争しない。私が生きそして死ぬとすれば、それは祖国のためであり更に極言するならば私自身のプライドのためであると。私は帝国海軍に対して反感こそ持て、決して好意は持たない。私は今から私自身のこころに対して言う。私は私のプライドのためならば死に得るけれども、帝国海軍のためには絶対に死に得ないと。(p391 林憲正) 苦しもう。苦しみを貫くことより解決の道はないからだ。苦しい中にこそ真心も希望も輝き始めるからだ。それゆえに自分の現在を甘受しよう。感謝し一層闘志を出そう。捨石たらん意志すらひしがれんとする生活。だが、それは未だ自分が弱いからだ。(p419 住吉胡之吉) あと半蔵、自分はかく測き出る心情を書いて飽きないであろう。素直に自分の気持を書いてゆきたい。またありのまま書ける気持に入りたい。自然を讃え、生命をよろこび、苦しみに耐えつつ、この日記になにか記し残すべき一日一日でありたい。戦火にこの日記も灰に帰すであろう。だが書きに書く。(p426 住吉胡之吉) 日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。日本がこれまであえてして来た数限りない無理非道を考える時、彼らの怒るのは全く当然なのである。今私は世界全人類の気晴らしの一つとして死んで行くのである。これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。私は何ら死に値する悪をした事はない。悪を為したのは他の人々である。しかし今の場合弁解は成立しない。江戸の敵を長崎で計たれたのであるが、全世界から見れば彼らも私も同じく日本人である。彼らの責任を私がとって死ぬことは、一見大きな不合理のように見えるが、かかる不合理は過去において日本人がいやというほど他国人に強いて来た事であるから、あえて不服は言い得ないのである。彼らの眼に留まった私が不運とするより他、苦情の持って行きどころはないのである。日本の軍隊のために犠牲になったと思えば死に切れないが、日本国民全体の罪と非難とを一身に浴びて死ぬと思えば腹も立たない。笑って死んで行ける。(p445 木村久夫) もしも人々のいうようにあの世というものがあるなら、死ねば祖父母にも戦死した学友たちにも会えることでしょう。それらの人々と現世の思い出話をすることも楽しみの一つとして行きましょう。また、人のいうように出来るものなら、あの世で蔭ながら父母や妹夫婦を見守っていましょう。常に悲しい記憶を呼び起させる私かも知れませんが、私のことも時々は思い出して下さい。そしてかえって日々の生活を元気づけるように考えを向けて下さい。私の命日は昭和二十一年五月二十三日なり。もう書くことはない。いよいよ死に越く。皆様お元気で。さようなら。さようなら。(p465 木村久夫)
1投稿日: 2025.05.25
powered by ブクログhttps://opac.lib.hiroshima-u.ac.jp/webopac/BB01616653
0投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログ遺書だと思い購入したのですが、日記や手紙が多く少し戸惑いました。しかし、殆どの人達が現代人と同じ様に自由で平和な世の中を望みそれでも、日本は負けてはならない、勝たなければいけない、だから私は戦うのだ、と自分の気持ちを整理し必死になって戦い続けたのだと思うと我々現代人がらその意志を継ぐ必要性を感じました。 もっと多くの戦争を知らない世代がじっくりと読むべきだと思います。
8投稿日: 2025.04.01
powered by ブクログ太平洋戦争に徴収され命を落とした戦没学生の手記集。本の存在は昔から知ってましたがやっと読みました。遺書ではなく手記なんですよね。もちろん遺書的なものもあるし、遺書でなくとも悲壮感のあるものが多いのですが、それでも徴兵前や徴兵後の日々の中でみんな色々なことを感じ、考えてながら生きていたことが日々の日記や、短歌や詩、家族や知人への手紙の中に表れています。失われてしまった声に耳を寄せると共に、高学歴ではなく手記を残す習慣のなかった多くの若者たちにも想いを馳せたい。今後も多くの人に読まれ続けていってほしい本です。
0投稿日: 2023.09.05
powered by ブクログ2022/10/03(読了) 戦没学生たちの手記を集めた一冊。 毎年夏は戦争関係の本を読む習慣がある。今年選んだのが、この本であった。 学問を志すも道半ばで、戦地へ赴くことになった学生たち。彼らが遺した言葉は、残された私たちに戦争の悲惨さを伝えると共に、祖国への愛を感じさせる。 日本の行く末を案じながら、希望や一種の諦めを感じながら、戦地で散った彼らの命。最期のとき、彼らは何を思ったのだろうか... きっとこの手記の全てが彼らの本音ではなかったとは思う。 特に家族への手紙や遺書では、残される者たちに心配をかけるまいとする気持ちが働いて、不安や恐れの言葉は書けなかったのではないか。しかし、そこには彼らの愛の心づかいが現れているように感じた。 気になる点は、集められた手記の書き手が有名大学の男子学生だけというところ。 同時代の他の大学の学生たちや大学へ進まなかった若者たち、そして女性たちの声も聞きたいと思った。
4投稿日: 2022.10.03
powered by ブクログ毎年8月になると、戦争関連の本が読みたくなる。本書は前に一度読んだことがあったものの、今回はより深く心に感じるところがあった。 それぞれの方の亡くなった日を確認して、掲載されている文書が亡くなるどれくらい前に書かれたものなのか、という点に着目しながら読むと、なんともいえない切なさが増してくる。 自分の死期をある程度予測できていた(特攻・刑死など)人と、おそらく予測できていなかったであろう(戦死・病死など)人とで、文から伝わってくるものも異なる。前者はある種の諦観や、人生の整理といった感じが強く、後者は当然ながら、自分の命がまだ続くものという前提で、本当に日常の記録といった感じ。「●●がしたい」「□□が食べたい」など、未来へのささやかな希望が書かれているのを見ると、実に切ない気持ちになる。 日々の生活で、不満に思うことやストレスなどは尽きないが、家族とともに「当たり前の日常」を普通に過ごせていること自体が、とんでもない幸せなことなんだと、つくづく思う。 たぶんこれからも、ちょっとした不満やいらだちはついてまわるだろうが、生まれる時期がわずか半世紀ずれただけで、過酷な運命を強いられ、それでも最期まで気高く生きた諸先輩方が確かにいたということを忘れず、感謝と謙虚の気持ちをもって、生を全うしたい。
6投稿日: 2022.08.10
powered by ブクログ20歳前後の若者が死について考えさせる状況、死と隣り合わせの状況にする国家は、間違っている。本当につらいです。
0投稿日: 2022.05.21
powered by ブクログことばのひとつひとつが重い。 74名の戦没学生による遺稿集で、日中戦争期、アジア・太平洋戦争期、敗戦の3部構成。 氏名、生年月日、出身、学歴、入隊日、死因と階級、死亡時の年齢がまず記されている。 出版当時の時代背景からの編集意図は感じるけれど、学生が犠牲となったこと、その背後に無数の声なき言葉たちがあるかと思うと虚しく、途方もない。
0投稿日: 2022.01.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2021/08/27 読了 図書館で借りて、ゆっくりゆっくり読みました。 同じくらいの歳の方が、何を思い何を感じていたのか。一人一人の文に重みを感じました。 明日特攻に行くのは明日旅行に出かけるようなそんな気分だと表現されている方がいらっしゃいました。その表現がとてもわかりやすかったです。 勉強したい、家族に会いたい、孝行できなくて申し訳ない、自分の死を悲しまないでほしい、命日より誕生日を覚えていてほしい、特攻に向かう途中に実家の上も飛行するかもしれないから空からお別れを言います 文章からたくさんの学生さんの思い教えてもらいました。 家族や友人を思い、日本のために命をかけて戦った青年たちがいたこと、忘れてはならない過去であると痛感します。
0投稿日: 2021.08.28
powered by ブクログ戦没学生の手記集、今読んでも胸が締めつけられる。辞世の歌を遺している若者も多い。いくつかを引く。「手折りたる土筆なつかし故郷の妹がつみしも同じこの季節(ころ)」「わが妹は母しなければとつぐ今日誰が帯結び粧いするらん」「赤き実を雀ついばむ袋路に吾をまつらんか幸薄き叔母」「ふるさとの背戸に匂わん野いばらの白き花がきいまもつづくや」「かくてこそ人も果てなむ爆雷に打たれて魚数多浮きおり」「蒼く澄みて鷗の遊ぶこの波の底うすぐろき死の光あり」「硫黄島雨にけぶりて静かなり昨日の砲爆夢にあるらし」「しまらくのいのちにあればむらさきのけむりの舞はかなしかりけり」「おののきも悲しみもなし絞首台母の笑顔をいだきてゆかん」
0投稿日: 2021.03.25
powered by ブクログ本書は、1995年(平成7年)に出版された、第二次世界大戦末期に戦没した日本の学徒兵の遺書を集めた遺稿集『きけ わだつみのこえ』の新版である。 本新版が刊行されるまでには、いくつかのステップを踏んでいるが、巻末にある日本戦没学生記念会(わだつみ会)の「新版刊行にあたって」によれば、概ね次の通りである。最初に発行されたのは、1947年(昭和22年)に東京大学協同組合出版部により編集された、東大生だけを対象とした『はるかなる山河に』で、「戦没学生が最後まで失わなかった人間性」に光を当てたものになっていた。その後、1949年(昭和24年)に遺稿の対象を全国の高等教育機関に広げた『きけ わだつみのこえ』の初版が刊行されたが、朝鮮戦争の危機が間近に迫っていたという時代背景から、遺稿の取捨選択が行われ、「“人間性”より“平和”」に力点をおく編集であったという。そして、本新版は、『きけ わだつみのこえ』の刊行をきっかけとして1950年(昭和25年)に結成されたわだつみ会が、前二版の長所を維持しつつ、「当時の学生たちが侵略戦争を担わされるにいたった冷酷な事実を直視し把握することができるよう」に、という問題意識のもとに再編集されたものだという。また、わだつみ会は、戦争を知らない若者が増え、また、ベトナム戦争が激化しようとしていた1963年に、「『きけ わだつみのこえ』の足らざるところを補正」するとの編集方針の元で、続編『戦没学生の遺書にみる15年戦争』を刊行したが、それは1966年に『弟二集 きけ わだつみのこえ』に改題されて、現在も刷を重ねている。 なお、「わだつみ」(わたつみ)とは、記紀神話に出てくる「海の神」(海神・綿津見)で、転じて海・海原そのものを指す場合もある言葉である。 本書には74人の遺稿が収められており、全篇に、家族や友人への愛、死に対する無念と覚悟、日本の将来への願い、(たまたま検閲を免れたと思われる)戦争や軍部への批判など、溢れる思いが綴られている。 佐々木八郎(東京帝国大学経済学部/1945年4月、沖縄海上で昭和特攻隊員として戦死/22歳)・・・「世界が正しく、良くなるために、一つの石を積み重ねるのである。なるべく大きく、据りのいい石を、先人の積んだ塔の上に重ねたいものだ。不安定な石を置いて、後から積んだ人のも、もろともに倒し、落すような石でありたくないものだと思う。出来る事なら我らの祖国が新しい世界史における主体的役割を担ってくれるといいと思う。また我々はそれを可能ならしめるように全力を尽くさねばならない。」 中尾武徳(東京帝国大学法学部/1945年5月、琴平水心特攻隊員として沖縄南西海上にて戦死/22歳)・・・「浪に消される痕であっても、足跡の主の力づよい一足一足が覗かれる。もり上った砂あとに立ち去った人の逞しい歩みを知る時、私は力づけられる。誠に我々は過去を知らず、未来を知らない。しかし現在に厳然と立つ時、脚に籠る力を知る。」 若くして戦場に散った学徒兵のこうした思いに、我々は今後も責任をもって応えていかなければならないのだ。 戦争の記憶を風化させないための材料の一つとして、受け継いでいくべき記録である。 (2020年12月了) (尚、本書を巡る批判などについては、この後、保坂正康著『『きけ わだつみのこえ』の戦後史』を読んで、改めて考えてみたいと思う)
3投稿日: 2020.12.17
powered by ブクログ1982年版読了 若くして前途を断つべく召喚され、戦争の理不尽さ、我が身に来された不運と向き合い最後の最後まで学問への欲求を持ち続けた学徒達に尊敬の念を禁じ得ない。
2投稿日: 2020.08.02
powered by ブクログラジオ「表現者クライテリオン」で紹介されていた、学生の戦没者の日記を集めた書記です。 戦時中は手紙や手記にも厳しい検閲が行われていて、戦争を非難したり、自身の真情を書くのも禁止されていました。 そういったことをくみ取りつつ読むと文章を額面通りには読めずに、この裏にはどんな気持ちで書いていたのだろうと思わずにはいられないし、中には検閲に引っかからずに自身の生活の様子が書かれたものもあってこの時の日常というものを垣間見ることもできました。 私は戦争ものの映画や書籍が嫌いです。でも戦争というのは戦争を知らない人たちによって起こされるものだと思うので、この本がどの世代にも読まれてほしいなと思います。
0投稿日: 2019.09.06
powered by ブクログ”1949年、終戦後わずか5年で発刊された戦没学生手記の新板。 読みながら、いま平和な日本に生きていることを改めてありがたく感じる。と同時に「自分がこの時代この局面に生きていたら、はたしてどんな思想・行動が取るだろう」と大いに考えさせられた。 そういった意味で、佐々木八郎さんの手記とエッセイ(p.193-)には純粋に心うたれた。素晴らしい思いに素晴らしい文章!→「憎まないでいいものを憎みたくない」「好悪愛憎、すべて僕にとっては純粋に人間的なものであって、国籍の異るというだけで人を愛し、憎むことは出来ない」「世界が正しく、良くなるために、一つの石を積み重ねるのである」etc. また、収録された中ではただ一人戦犯として刑死した木村久夫さんの手記(p.443-)は、家族・友人や日本の未来へ馳せる想いが鮮烈だった。→「これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである」「我が国民は今や大きな反省をしつつあるだろうと思う。その反省が、今の逆境が、将来の明るい日本のために大きな役割を果たすであろう」「私の死んだ日よりはむしろ私の誕生日である四月九日を仏前で祝って欲しいと思います」「大日本帝国に新しき繁栄あれかし」etc. いまこの瞬間も、世界をみわたせば内戦や紛争が続いている地域がある。そこで生きている人たちがどんな思いでいるのか、自分に何ができるのか…。 まず、この本を読んで感じたこと、考えたことを書きつけよう。彼らが戦場でしていたように。 そして、さらに感じよう。 <抜き書き> ★僕は、本書が、あらゆる日本人に、特に最近の戦争のことを忘れてけろりとしている人々に、のんきに政争ばかりしている政治家に、文化生活を謳歌する紳士淑女に、深遠な学理に耽る大学教授に、命令一下白い棍棒や長い竿をふるう警官に、裁判所へ「人民様のお通り」と叫んで赤旗ふりかざしながら突入するモブに、娯楽雑誌以外は本など読まぬ実業家に、幼い頃「楓のような手をあげて」「兵隊さん万歳」と言ったことのある今の若い学生諸君に……読まれてほしいと思う。(p.11-12:旧版序文 by 渡辺一夫さん) ・一器械である吾人は何も言う権利もありませんが、ただ願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです。(p.19:上原良司さん) ・厳格さばかりでは、我々は動かされない。humanismだけが自分らを動かしてゆくのだ。(p.57:田辺利宏さん) ・お母さん、お気持はようくわかります。しかし時代とわれわれの教養が、御言葉に添うのを許さないのです。どうぞ先き立つ不幸は御ゆるしください……(p.186:平井聖さん) ※理科方面への転科をすすめるお母さんへむけた日記。当時(1943年)、大学生には「徴兵猶予」があったが、それが停止され学徒出陣がはじまった。最初は法文系や農科の一部学生が対象だったために、理工科・医科系への転学・転科をする学生が多かった、とのこと。 ・個人主義は資本主義のエトスっである。新しいエトスは全体主義でなければならない。(略)すべての人のすべての行為が、人よよかれかし、世よよかれかしと願うものであったとすれば……。それこそが新しき時代を導くエトスである。(略)誰もが自分のことを心配する必要のない社会を作りあげるのが我々の任務なのだ。(p.196-197:佐々木八郎さん) ・泰三のいるために、本当に心置きなく行くことが出来る。すっかり任せて、僕の心をつぎ、僕の足りなかった所を補いつつ、きっと佐々木の家を真に高貴なものに築きあげてくれる事と思う。(p.202:佐々木八郎さん) ※軍隊入団前日に弟さんと話したことを受けて。 ・僕は今は遺言を書くまい。ただ、今まで恩顧をうけた人々がそれぞれにそれぞれの道を真すぐに進んで、それぞれの天命を全うされんことを望むのみである。(略)そしてそれぞれの人が佐々木八郎なる人間の与えた印象をそれぞれの人なりに濃く、淡く、その胸にとどめおかれて、進んで行っていただきたいと念願するのである。(p.203:佐々木八郎さん) ※個人宛ての遺言を書こうと思い、友人に長い文を書いたあと、考えを変えたそうだ。悲壮感や感傷にすぎないと。 ・では何のために今僕は、海鷲を志願するのか。(略)カーライルではないが、父も知らぬ、母も知らぬ、この世に生まれた一人の人間として、偶然おかれたこの日本の土地、この父母、そして今までに受けて来た学問と、鍛えあげた体とを、一人の学生として、それらの事情を運命として担う人間としての職務をつくしたい。全力をささげて人間としての一生をその運命の命ずるままに送りたい、そういう気持なのだ。(p.207:佐々木八郎さん) ★世界が正しく、良くなるために、一つの石を積み重ねるのである。なるべく大きく据りのいい石を、先人の積んだ塔の上に重ねたいものだ。不安定な石を置いて、後から積んだ人のも、もろともに倒し、落とすような石でありたくないものだと思う。(p.208:佐々木八郎さん) ・私はあまりにもくどすぎる自己礼賛をきくと限りない反吐をはきたくなる。 日本人はもっと謙譲であるべきはずだ。黙々として、永遠に全人類の心の底を脈打って流れる偉大なる貢献をなしてこそ、初めて日本民族の偉大性が燦(さん)として全人類史を飾ることになるのである。(p.232:中村徳郎さん) ※軍部指導者、マスコミ、当時の空気への批判。 ・再び『ドイツ戦歿学生の手紙』を読む。何回繰返して読むも良い。ここにいて読むと殊に感銘が深い。彼らは真摯だ。塹壕の中で、蝋燭の灯の下で、バイブルを読み、ゲーテを読み、ヘルダーリーンの詩を誦し、ワグナーに想いを寄せる彼らは幸福である。寄せ得る彼らは。(略) 総じてクリスマスの描写が美しい。私たちの幼い頃も、クリスマスは本当にメルヘンの世界であった。そうでなくてさえメルヘンの尠(すくな)い日本の子供たちにいよいよそれが喪われ、奪われていく趨勢を悲しいと思う。(p.238:中村徳郎さん) ※クリスマスが入ってきて一般に広まったのは戦後じゃないんだな ★遭難記(p.318-:宇田川達さん) ※船上で攻撃を受け、仲間や部下が突然死に至る、壮絶な描写の連続…。これが戦場なんだ。 ・今まで身近か過ぎて気がつかなかったが貴様はいい目を持っている。しみじみとした思いやりとまごころを感じるし、貴様は自我を抑えることが出来るようになったのだろう。(p.332:尾崎良夫さん) ※貴様=妹 ・理想国家は──古めかしい言葉を引っ張りだしたが──各人の生活をカムフォタブルにすることを当然責任とするだろう。従来の為政者はおのれの愚鈍から、かかる理想に遠いのを糊塗するために、ことさらに精神主義を振り回したきらいがあるのではないか?とにかく、偏見に捉われずに、アメリカ的なるものの長所に目を向けることをせぬと、わが国も決して長くはないと、俺は思う。(p.350-351:杉村裕さん) ・佐々木の遺稿「宮沢賢治、愛と戦と死に関連して」を読み、大いに感激した。彼とは深く話し合う機会を持たず、思い出といえば、よくつまらぬ喧嘩をしたこと位であったのだが残念でならぬ。「童話を愛する大人は好い。」俺のよく言っていた言葉どおり、彼は立派な精神の持主たることを示しつつ死んで行った。(p.351:杉村裕さん) ※同じ日に横須賀の武山海兵団に入隊した間柄。終戦間際の昭和20年6月11日の段階で、この遺稿が手に渡り、読まれている、そのつながりがすごい。 ・悠久の大義に生きるとか、そんなことはどうでも良い。あくまで日本を愛する。祖国のために独立自由のために闘うのだ。 天国における再会、死はその道程にすぎない。愛する日本、そして愛するきょう子ちゃん。(p.374:上原良司さん) ※本書冒頭にも「所感」が紹介され、自由主義者を標榜しつつ特攻前夜の気持ちを語っている上原さん。遺本の○印で恋人へのメッセージも! ★朝。一日読書に過さんとす。昨日は力仕事、今日はまたかく過す。ただ禁じ得ない生活の喜びの湧くあり。暇を見ては『夜明け前』第二部を読み行く。現在の国の勢いがすぐ思い較べられる。そして静かな希望も湧いて来る。(p.425:住吉胡之吉さん) ・新憲法の前文と第九条で平和への希望を抱いたのも束の間、朝鮮戦争の危機が迫り、不戦の決意が『きけ わだつみのこえ』を誕生させた。「わだつみ」の悲劇・その原因と結果を読み解き、侵略戦争をゆるした「全日本国民の遠い責任」を正面から受けとめていきたい。(p.429) ※「III. 敗戦」の扉の言葉 ★私は死刑を宣告された。(略)大きな歴史の転換の下には、私のような蔭の犠牲がいかに多くあったかを過去の歴史に照らして知る時、全く無意味のように見える私の死も、大きな世界歴史の命ずるところと完治するのである。 日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。日本がこれまであえてして来た数限りない無理非道を考える時、彼らの怒るのは全く当然なのである。今私は世界全人類の気晴らしの一つとして死んで行くのである。これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。(p.445:木村久夫さん) ※他の記述を読むに、諦めたわけでも、捨て鉢になったわけでもなく、本心からこの言葉を書いているように思う。あぁ。 ・満州事変以来の軍部の行動を許して来た全日本国民にその遠い責任があることを知らなければならない。(p.446:木村久夫さん) ・我が国民は今や大きな反省をなしつつあるだろうと思う。その反省が、今の逆境が、将来の明るい日本のために大きな役割を果すであろう。それを見ずして死ぬのは残念であるが、致し方がない。日本はあらゆる面において、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的の試煉と発達とが足らなかった。万事に我が他より勝れたりと考えさせた我々の指導者、ただそれらの指導者の存在を許して来た日本国民の頭脳に責任があった。(p..447:木村久夫さん) ・私の葬儀などは簡単にやって下さい。(略) 私の死んだ日よりはむしろ私の誕生日である四月九日を仏前で祝って欲しいと思います。(p.458:木村久夫さん) ★私の事については、今後次々に帰還する戦友たちが告げてくれましょう。(略)私は何一つ不面目なることはしていない筈だ。死ぬ時もきっと立派に死んで行きます。私はよし立派な日本軍人の亀鑑たらずとも、高等の教育を受けた日本人の一人として何ら恥ずる所のない行動をとって来たはずです。それなのに図らずも私に戦争犯罪者なる汚名を下された事が、孝子の縁談や家の将来に何かの支障を来しはせぬかと心配でなりません。「カーニコバル」に終戦まで駐屯していた人ならば、誰も皆、私の身の公明正大さを証明してくれます。どうか私を信じて安心して下さい。(p.464-465:木村久夫さん) ※ここまで言い切れる生き方をしているか。長いものに巻かれ、臭いものに蓋をして、生きていないか。そして、自分亡き後の世界にここまで配慮ができるだろうか。 ・音もなく我より去りしものなれど書きて偲びぬ明日という字を(p.466:木村久夫さん) ★読者の皆さんが、本書を読みすすめるときに、日本側の死者だけでなく、アジア諸国や連合国の無数の死者たちのことにも想像力をめぐらせてほしいと願っている。また、同じ日本軍隊のなかの農民兵士をはじめ一般兵士、さらには、非戦闘員でありながら殺された一般住民との関わりをも思い起こして欲しい。(p.507:新版刊行にあたって by わだつみ会) <きっかけ> 人間塾 2014年7月の課題図書。”
0投稿日: 2019.08.15
powered by ブクログ"戦争とは若者を否が応でも大人にさせる。死を意識した生活を強いられる。太平洋戦争時に若者が恋人や親に宛てた手紙を集めたのが本書。 仮に、私が当時にいって同じような体験を強いられたときにこんなコメントは書くことができないだろう。 一つ一つを大切に読み続けたいと少しずつ読んでいった。 今の平和にあらためて感謝するとともに、襟を正しておてんとうさまに恥じない生き方を誓う。 そんな気持ちにさせてくれる。"
0投稿日: 2018.10.28
powered by ブクログ本書は、第二次世界大戦で命を落とした若者たちが残した手記、遺書を集めたものである。死を目前にした若い命が、過酷な運命とどのように対峙したのか、赤裸々な葛藤がここにある。恐怖に打ち震え、己の悲運を嘆くもの。死に挑んでまだ学問への執着を失わないもの。残してきた若妻と幼子の将来を心配するもの。家族、特に母親に対しての親不孝を悔いるもの。と、さまざまであるが、ほとんどの人に言えることは、過酷な運命が、彼らの精神を急激に成熟させたことである。これにより、どの遺稿を読んでも極めて純度の高く、読むもの胸を締め付ける。その生々しい臨場感は、息苦しいほどである。特に、木村久夫氏(戦犯として死刑)による本書最後の遺稿は、正に「世に住む日々」の葛藤ドキュメンタリーである。これを読み、涙が出ないものは人ではないだろう。
0投稿日: 2018.10.23
powered by ブクログ小学生のときの課題図書。全てが真実でしかない分、突き刺さるし、私達は目を背け、知らないことにしてはいけない。
0投稿日: 2018.05.05
powered by ブクログ現代の私たちは、輝かしい青春、そしてその若き命を犠牲にせざるを得なかった彼らに誇れるような国を作れているのだろうか。彼らの青春の日々、命を奪った悲しき歴史。彼らは。今の日本をみて何を思うのだろうか。
0投稿日: 2018.02.22
powered by ブクログ永瀬隼介さんの『カミカゼ』を読んで、この本を思い出しました。 初読はもう数十年も前、ページの所々にシミのある古い本。 そして何度読んでも、やはり号泣してしまうのです…。 燃料は片道分。 生きて再びこの地に降り立つことはない。 どれほどの決意だったのだろう。 その心の内は想像すらできません。 故郷の両親へ、兄弟、友人、そして想いをよせた人へ… 検閲される手紙には、本心を書くことは出来なかったのかもしれない。 国を守るために、この命など惜しくはない。 これほど栄誉なことはない。 なんの迷いもなく、澄み切った日本晴れのような心で飛び立つのだと。 そう伝えることが、自分の大切な人を安心させる唯一のことだと信じていたんですよね。 哀しいです。 平和ボケとまで言われる日本に生まれ、 戦争の悲惨さなど、書物や映像でしか知らず育ちました。 戦後70年がたち、広島で、真珠湾で、かつての敵国のトップが肩を並べて立ったこと。 その意義を、もう一度深く考えたいと思いました。
12投稿日: 2017.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
第二次大戦により戦没された方々の手記。 家族や友人、恋人を守る為に、死を前提とした戦地に赴く若者達の思いが綴られていて読むのが凄く辛かった。 検閲を潜り抜けるために書けることにも制限があるが彼らが国に対しての疑問や矛盾を感じ取っていたことは充分伝わってきた。 もっと学びたかっただろうし、もっと生きたかっただろうに欺瞞と葛藤を抱えながらも静かに諦観し、無残に散っていった命を思うと涙が止まらなくなった。 今、私が享受している平和は彼らが切り開いてくれた道。この本の中で息づく魂を無駄にはしたくないと思う。
0投稿日: 2016.11.21
powered by ブクログ戦時中の書記集。どうして読もうと思ったかな?色々なところで紹介されているので、題名は知っていたが、読むのは始めて。 戦時中の時代背景情報に詳しく無いので、最初「読みづらいな」「資料としては生の声で良いものだな」と思うが、それでもパラパラと目が止まる箇所を読み進んで行くと考えさせられたり、はっとするところがいくつも。 もし戦争に行くことになったらどうするのか?を考える。今ではなく、戦時中では拒否することは難しいし、お国の為と行っただろうな。でも、もう子を持つ身の意見で、この本に登場するような若者の立場であれば、苦悩だろうね。 今であれば、自国が攻められたら、戦うかな。 兵舎でのイジメについて。今では考えられないくらい暴力、上下が厳しい様相がわかる。自分は耐えられただろうか?また、上級生になっても暴力を振るわないでいれるだろうか? 今のままそういうシュチュエーションに放り込まれたら、暴力の連鎖を少なくとも自分は断ち切れると思うが、そういう時代に育ち、大きくなっていれば、難しいのだろうね。 時代のせいにするのは好きではないが、そういう要素が大きいケースなのだろうなとは思う。
0投稿日: 2016.10.25
powered by ブクログ長く手に取らずにこの歳になりましたが、ついに繙きました。未来ある若者にこのような文章をしたためることを余儀なくさせる日が二度と来てはならないと思います。
0投稿日: 2016.10.14
powered by ブクログ戦地に送られてゆく兵士達は青い海と白い雲をどのような心持ちで見つめたのだろうか。 運命を目前にした若き兵士達のピュアな表現に心を打たれた。
0投稿日: 2016.09.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この書籍は、第二次世界大戦の「学生」が、出征して戦死した人の家族や恋人などにあてた手紙を載せた書籍です。 普通の人なら、二度々戦争を起こしてはならないと思う書籍です。
0投稿日: 2016.02.12
powered by ブクログ学徒だけあって、当時でも先進的な考えを持った人もいて、やりきれない気持ちになった。もっと学びたかっただろうなあ。
0投稿日: 2015.08.27
powered by ブクログ【所在・貸出状況を見る】 http://sistlb.sist.ac.jp/mylimedio/search/search.do?target=local&mode=comp&category-book=all&category-mgz=all&materialid=09332157
0投稿日: 2015.07.08
powered by ブクログ何度も読み返したい。 自分が毎日どれだけふわふわ生きてるのかと思い知らされる。 明日はないかも、今日死ぬかも、隣の人にはもう会えないかも、日本はどうなるんだろう、家族は 半端じゃない覚悟と葛藤があったんだろうなと思う。 この人が日本の政治を担っていたらどうなっていたか、、と思うことも多々 1回目は彼らに、2回目はその銃前銃後に思いを馳せて。
0投稿日: 2015.01.30
powered by ブクログ何年も前に読んだときには、いたましい、悲しいと思った記憶があるが、読み返して最初に思ったのは「もったいない」だった。 これだけの豊かな見識、知性と哲学を持ったこの人たちがもし生き延びたら、どれほどのことを成し遂げたことか。功績や成果に限った話ではない。この人たちが生きて紡いだだろう物語すべてが、「得べかりし利益」だった。そしてこの人たちが戦って殺した相手も同じものを持っていただろう。 なんなんだこれは。 何もいいことねえじゃねえか。
0投稿日: 2014.11.05
powered by ブクログ【出会い】 新聞の何かの記事で見つけた。 【感想】 戦時中の若者の声が淡々と記載されている。 わかりやすいものもあるし、わかりにくいものもあるが、今とは大きく時代が異なることだけはよく理解できた。 かなりボリュームがあるが、最後の木村久夫氏の書記は戦争に対する批判としては非常にわかりやすいと感じたので、そこだけでも読んでみる価値は大いにあると思う。
0投稿日: 2014.10.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自分も学生であるから、この本を読み、出陣していった学生の方々の身と自分の身を照らし合わせることは当然行った。この方々に対してお気の毒だとはすごく思うが、それに対して自分は根性がないとか、しっかり生きていない、などとは思わない。自分がもし戦地に赴くことになったり、学問を続けることができなくなったとしても、その時には、自分ができることをしっかりやったと思うし、様々な覚悟もしたと思う。それとは別に、戦争で亡くなられた学生の方々の存在とその思いは心にとめておこうと思った。
0投稿日: 2014.04.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読み進めるのが辛い本だった。 この手記を書いた人達は学業半ばにして戦地に赴いた。 そし亡くなった。彼らの心の声がここにはある。 厳しい検閲の中、残った貴重な声だ。 現在の首相他、政権についている面々には是非この戦没学生の声に耳を傾けてほしい。
0投稿日: 2014.02.18
powered by ブクログ無駄にできない。 言わずと知れた、戦没学生の手記集。そのほとんどが自分より年下だと思うと、やりきれない気持ちと、一方で20代前半でここまで思考を深められるのか、という焦りにもにた感覚を抱いた。 不況、ブッラク企業等、いろいろと問題はあげられるが少なくとも自由度は比にならないほど与えられている現在。 この時代に生きれていることを感謝し、この生涯を味わいかつ人々に貢献したいと思った。
0投稿日: 2014.01.11
powered by ブクログ戦争中に兵士として亡くなった学徒の手記を集めたものである. 文章から滲み出る当時の大学生の高い教養レベルをまざまざと感じることができる.当時の日本の若き頭脳が失われたことは日本にとっても大きな損失であろう. この本を読むと英霊の眠る靖国神社に手を合わせないわけにはいかなくなるであろう.
1投稿日: 2013.12.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
第二次世界大戦中散っていった学徒兵たちの手記集。 帝国大卒の兵士の手記が多い事もあるが、この時代の学生は多くの書物を読み一人一人が一端の論者であったことに感嘆した。 もっと古典読まんとなぁ
0投稿日: 2013.11.24
powered by ブクログもっと早く読めばよかった。 これまで戦争に関する本は何冊か読んできた。 だけど。 時間を、自由を、望みを、そして命まで。 理不尽に国家に奪われた人たちの本当の「言葉」。 これ以上心に重く響くものはなかった。 そして、時間の過ぎ行くままに生きてるのを恥ずかしく思った。 今の私は彼らが渇望したものを持っているのに。
0投稿日: 2013.05.12
powered by ブクログ絶対に読んでほしい。 まず、この本の初版発行が戦後すぐであること、 戦争を賛美する手記を あえて載せない決定を下すまでの過程 その後何十年間にも渡って増版の度に 編集後記でそのことについての議論が行われたことが すべて載せられている点において、高く評価したい。 今まで勝手に考えていた戦時中の若者のイメージを、 覆すことがいくつもあった。 ほとんどのひとが18~20代前半。 その聡明さ、ひたむきさに尊敬の念を覚えた。 とにかくできるだけ多くのひとに読んでほしい本です。
0投稿日: 2013.03.02
powered by ブクログかなり扱いというか、立ち位置が難しい本だけれど当時の同じ年代の人たちが何を考え(高学歴ばかりだけど)、戦争に向かったのかの一端が分かる。
0投稿日: 2013.02.11
powered by ブクログ出征前に学生達が書き残した生の声を聞きながら、自分だったら最後に何を書くだろう、何をするのだろう、誰のためなら死ねるだろうか誰のためでも死にたくないのだろうか、と考えてほしい。 『はっきり言うが俺は好きで死ぬんじゃない。 ~(略)~ 東京はもう桜が散りかけているでしょう。私が散るのに桜が散らないなんて情けないものですね。 散れよ散れよ桜の花よ、俺が散るのにお前だけ咲くとは一体どういうわけだ』 (「きけわだつみのこえ」より、大塚あき夫)
0投稿日: 2013.01.23
powered by ブクログ第二次世界大戦で戦没した学生たちの手記集。内容については真偽を含めて賛否両論に分かれているが、このレビューでは触れない。 ただ事実として認識するべきは、20歳前半の学生が戦争に駆り出され、この手記を書いた数時間後、長くても数年後に戦争によって命を落としたということ。そして遺された家族のもとに帰ってきたのは彼らではなく、検閲や戦禍を潜り抜けた彼らの手記のみであったということ。従軍した兵士は最年少でも、今では80歳を超えて多くの方が既に亡くなられていて、戦場の最前線を経験した人はもう周りに誰もいないということである。 湾岸戦争の頃には物覚えがなく、イラク戦争はテレビを通じて他人事のように見ていた世代である私にとって、同世代の学生が戦争に巻き込まれた様子を生々しく書き記したこの手記集は、戦争を知らない世代にとって、戦争とは何かを知らしめる貴重な記録だった。
0投稿日: 2012.07.17
powered by ブクログ心からご冥福をお祈りしたいと思いました。多くの命が理不尽に消えた事実を決して忘れてはならないのです。死を前にして、きっと彼らは心の底から悔しかったのではないかと想います。なぜ、自分は死ななければならないのか、納得した死など無かったはずです。多くの方々の死によって今の私たちがあるのだということに感謝しなければなりません。
0投稿日: 2012.05.26
powered by ブクログどんなふうに編集されたんだか。この本が語るのあくまで一部の空気。 日記は、人に読まれることを想定して書くもの。「SEXしたかった」「あいつは心底嫌い」など、汚いことが書かれていてもおかしくはないのだけれど。 大義名分のもと戦死することに格好つけて最後に良い文章を残すもんだろ。 といろいろ考え巡らそうが、心ひきこまれる文章に、なんだか共感でき感動。 おいらは「浅見雄一」の日記がすきだな。
0投稿日: 2012.05.25
powered by ブクログもっと思想の幅のある記述を期待していただけに、いざ読んでみると無難なインテリばかりで、本が自由に読めないことの苦痛を訴えている箇所以外は、全然面白くなかった。
0投稿日: 2012.03.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
戦争はどちら側でも悲惨である。 家族に対する手紙は、胸をうち、先に読み進めないものもある。 自衛隊が、直接戦闘ではないといえ、海外に進出することに危惧もする。 なによりも、命を失うため起こっている戦争に関与するのだから。 戦後、すぐに発行されたときには、軍国主義を鼓舞するような内奥のものは掲載されていないという。 最初の編集時には、時代的に仕方がないかもしれない。 今、軍国主義の危なさを知るためには、 むしろできるかぎり実態のすべてを記録として公開してもらった方がいいかもしれない。
0投稿日: 2012.02.26
powered by ブクログこの方々に胸を張って報告できる生活・日常・行動ができてるだろうか。 興味の無い人・知らない人にこそ、読んでほしいと思う。
0投稿日: 2012.02.02
powered by ブクログ日本人なら読まなければならないと思う。 いま自分がこうして平和に生きていられることに感謝です。
0投稿日: 2012.01.01
powered by ブクログしっかりした文章を書かれていました。 これが死を目前にした人たちのものと思うと。。。 やはり、凡人とはちょっと違うなと感じた。
0投稿日: 2011.12.15
powered by ブクログ太平洋戦争の戦没学生の手記を寄せ集めた本。 全体から物凄い念が伝わってくるような一冊、電車の中とか合間合間で読むべきじゃないね・・・。 全国民が洗脳されてたかのように見える時代でも、平和を渇望して精一杯抵抗しようとした学徒達・・・。
0投稿日: 2011.12.10
powered by ブクログこの本には先の大戦で死んでいった学徒兵の手記がおさめられており、その中には我々の先輩である旧制福岡高校、九州帝大出身の方もおられる。平和への祈りを改めさせられるとともに、彼等が戦場の過酷な状況の中でも学問や人生に対する真摯な思いを忘れなかったことに深く敬意の念を抱いた。 【九州大学】ペンネーム:工学部の文人
0投稿日: 2011.11.09
powered by ブクログ評価の星はつけられません。なぜなら、これは志半ばで散って行った若き学生たちの、魂のこえだから。 この手記を残した学生たちは帝大や有名私大の、いわばその時代の超エリートたちです。先見の明がある学徒は、政府が主張する正義論に対する矛盾と、この戦争の虚しさに気づいていました。 激しい爆風と爆弾の雨の中、燃え尽きない学問への情熱を胸に「ただ本の一冊でもいいから読むことができたら」と渇望する学生たち。 彼らがあと三十年、長く生きていたれたとしたら、彼らが築いたニッポンはどのような国になっていたのでしょう。 「こんなこと(人を殺すこと)のために、僕は身を粉にして学問してきたわけじゃない」ーー。 厳しい検閲をくぐりぬけながら残された書簡や、油紙に包み飯を盛った弁当箱の底に隠して手渡された伝言、 遺体が引き揚げられた特攻隊員の腹に括りつけられていた日記。 「伝えなければ死に切れなかった、」どんな手を使ってでも、この思いを形にしなければと思った。 自分がここで生きたという証を、どうしても、残したかった。 志半ばで死んでいく悔しさ、やるせなさ、それがときには激しい激しい怒りとなって 書面の中でほとばしる思いが、「こえ」となって戦後に生きる私たちに叫びつつけています。
0投稿日: 2011.10.01
powered by ブクログ太平洋戦争で死んでいった当時の学生の日記や手紙を集めたもの。 僕と同じぐらいの年の人達が時代に翻弄されている様子がありありと浮かんでくる。 生への執着・それを捨てようとする苦悩・愛する人への思い・学問への渇望。 もう65年も昔の話だが、今の日本に生きる僕たちは彼らの思いを踏んでいかねばならないと改めて感じた。 この本に込められた思想は左翼的だが、それでも手紙の一つ一つは思想も関係なく読む価値があります!今がどれだけ恵まれているか、本当に感じられます!
0投稿日: 2011.09.19
powered by ブクログ念願の靖国神社への参拝が叶い万感の思いだった。 ちょうど気象庁の桜開花宣言の撮影をしていた。 靖国神社の桜が標本木とは知らなかった。たぶん、意味があるんだろうな。
0投稿日: 2011.08.30
powered by ブクログこの本と出合ったのはもうかなり昔、法律の勉強をしていると時でした。大儀の存在しない戦争という時代の中でまだまだ学びたいという想いの学生が国家が学徒出陣と称して命が散っていくまでのとても悲しいとても切ない家族に愛する人にあてた純粋なまでの手記です。
0投稿日: 2011.07.26
powered by ブクログ酷薄な状況の中で、最後まで鋭敏な魂と明晰な知性を失うまいと努め、祖国と愛するものの未来を憂いながら死んでいった学徒兵たち。1949年の刊行以来、無数の読者の心をとらえ続けてきた戦没学生たちの手記を、戦後50年を機にあらためて原点にたちかえって見直し、新しい世代によみつがれてゆく決定版として刊行する。 知的もしくは情緒的、情熱的な文章が多かったのが印象深かった。手記にあるのは、学問・読書への情熱もしくは家族への愛ばかりで、生きてさえいればその後の日本やひいては人類にとってどれだけ大きな財産だったのだろうかと感じるたび、一人ひとりの人間を駒としか扱っていない国家ぐるみの殺人に言葉にできないような虚無感を感じる。特に、自分の大学、学部の出身者が名を連ねているのを見たときには、このままでいいのだろうかという自己嫌悪に襲われた。 戦争がらみ(特に太平洋戦争)と聞くとどうも手を出すのを躊躇してしまいがちだけれど、本当に読んでよかったと思った。本を読むにはタイミングが最も重要な一要素というのが持論ですが、まさしく20歳を迎えるにあたって読むべき本の一つに出会えたといった印象。読んでない人はぜひ、読んでほしい。
0投稿日: 2011.07.08
powered by ブクログ戦争で学徒兵としてなくなった人々の日記を集めたもの。 当時の大学生のそれなりの教養は伝わってくるが、所詮ただの個人的な日記である。
0投稿日: 2011.03.12
powered by ブクログ改竄されているという声もあるからわからないけれども、ただ読んだところで自虐史観を持つことはなかった。考えさせられることは山ほどあったけど。私は普段ほとんどフィクションしか読まないので、この痛々しいまでのノンフィクション作品は衝撃的だった。 時代が違うというだけで、考え方、知性、感性、洞察力、文章力………こんなに差が出てしまうなんて。中身もさることながら彼らの文章は本当に見事だ。理知的に観察しているように見えても、誰もがある種の熱を秘めながら、詩的に、繊細に言葉を紡いでいる。当時の学生たちの精神の高さを思わずにはいられない。 私と同じ歳の人間も、同じ大学の人間もいた。 彼らが希求した平和を貪りながら、今の日本を見ながら、これでいいのかという疑問の念がやまない。 本当に、人の考え方を変えてしまうような作品だ。
0投稿日: 2010.12.04
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0投稿日: 2010.10.01
powered by ブクログ「なぜ、働くのか」で紹介されていた本。 第2次世界大戦中に学生であったために波乱の死を遂げることとなった若者たちの魂の叫び。 はたして、自分が彼らと同様の体験をしていたらここまで極まった精神の境地に到達できるだろうか。 何のために死ぬのか、何のために生きるのかを考えさせられた。 ・さておれはニッコリ笑って出撃する。今夜は満月だ。沖縄本島の沖合で月見しながら敵を物色し徐ろに突っ込む。勇敢にしかも慎重に死んでやる。 大塚晟夫 ・現在生きて良い気になっている彼等も、必ず死が来るのです。ただ、早いか晩いかの差です。 上原良司 ・今私は世界人類の気晴らしの一つとして死んで行くのである。これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。 木村久夫 本当に死んでしまったのか? なまなまし過ぎて死んでしまったと思いたくない。 表現のしようがない。 この悲劇の手記は読んで体感すべきだ。
0投稿日: 2010.09.25
powered by ブクログ日本戦没学生記念会編「新版 きけわだつみのこえ」岩波文庫(1995) 酷薄な状況の中で、最後まで自らの魂と正しい知性を失うまいと努め日本という祖国を愛しながらも、その未来を憂いながら死んでいった学徒兵たちの手記が収められた本である。ここに収められたどの1つをとっても、そこには、日本軍とその侵略戦争という死の家に投げ込まれて、やり場のない苦痛で傷ついている若い魂とその破壊された生活とがなまなましく描かれている。 *モンテニューは、「死そのものは何でもない。ただ、死に対する恐怖が死を重大視させるのだ。」といっている。死を物質的に見るならば、肉体の消滅に他ならない。肉体を離れて精神はないとしても、単に肉体の生起消滅を以って生死をとくことは、ありのままの生死を捉えたものではない。肉体の死と同時に精神も死ぬと考えたり、肉体は死しても霊魂は不死であると考えることは果たして真理であろうか?われわれの生はこの絶対者の顕現ともいえるが、生に内容はかかる超越者としてあるのではなく、変転する現実の世界を離れては存しない。この世の有為転変の中に深く分け入って、その意味をつかむことによってのみ、生死の秘奥が解せられるのである。すなわち、生と死は別のものではなく、生の意義を尋ねることによってのみ、知りえるものである。 *魂の一杯つまっていたはずの人間というものが、どうして、死んだ瞬間に、あのようなただの「もの」としてしか感ぜられなくなってしまうのであろうか。 *人間は死するまで精進し続けるべきだ。 *死んだらカレンはハコベ草の花になりたい。他には知られず権力家・勢力家の醜い藤蔵や惨めな最後を外に満身に神の恵みを享受しつつ楽しみつつ静かに嬉しく死んで生きたい。 *俺は苦しければ苦しいほど行きたいのだ。俺の運命の逆境が大きければ大きいほど生に対する執着も大となる。
0投稿日: 2010.05.25
powered by ブクログ今私は世界全人類の気晴らしの一つとして死んで行くのである。これで世界人類の気持が少しでも静まればよい。それは将来の日本に幸福の種を遺すことなのである。(P.445 木村久夫)
0投稿日: 2010.05.24
powered by ブクログ学生をやっている人間は全員読むべきである。 そしてどんな日本を創りたいのか、若者は考えるきっかけとして欲しい。 彼らが犠牲となったのか? 礎となったのか? 決めるのは生き残りの子孫たる我々次第だ。
1投稿日: 2010.05.23
powered by ブクログうちの爺ちゃんたちがこんな思いをしていたのかと思うと、 すごく辛かったし、ああいった惨状を経験してなお、 明るく、やさしく接してくれたことを感謝すると同時に、 とても、すごいと思う。
0投稿日: 2010.03.06
powered by ブクログ太平洋戦争で亡くなった学生たちの手記。 一つ一つの言葉が重い。 死について、日本について、戦争について。 彼らがこれほど生きたいと願った未来を私たちは生きている。
0投稿日: 2009.11.29
powered by ブクログ戦中、若い兵士が 戦いの中で家族や恋人に当てた手紙。 軍による検閲を逃れた手紙もある。 18、9~30半ばまでの世代。 (主に20代前半) 自分たちの置かれた現状を しっかり思い悩みして そして、どうにか誰かに伝えたいと 書いているのが良く分かる。 もし、この人たちが全員生きていて 今の時代を見たらなんて、 無粋なことも読み始めは思った。 が、 忘れさられるにはあまりにも おしい。 あとがきの一節 「個々の経験にかかずらわりと とどまるのではなく その経験を掘り下げて 一般化することによって 有効なものとする」 というのがあったけど まったくその通りだと思う。
0投稿日: 2009.10.30
powered by ブクログなんと言えばいいんだろう。 ここで書かれている人たちの高貴で美しくて、頭よくて、たくましくて、潔いいその言葉、精神、その光が失われてしまったことという時代の、国の運命というか。 僕らがこの国に、今のこの時代にこうして生きていることを、ただただありがたく、感謝したいと思う。
0投稿日: 2009.07.12
powered by ブクログ「日本人としては読んでおいたほうかいいかも!!」 とおもいながらも・・・ あぁ。。。 途中で終わってるぅ〜〜〜
0投稿日: 2008.04.25
powered by ブクログ自分たちと同じような年の人が書いた手記ばかり。これは読むのさえ辛い。でも読まなければいけないんだろうな。本当にいろいろ考えさせられる。ちゃらんぽらんな毎日を送っている人には痛烈な薬になるかもしれません。
0投稿日: 2008.03.01
powered by ブクログ若い英気あふれる青年たちが戦争によって散り行く前に書いた手記を集めたこの本は胸にこみ上げてくるもの無しには読めない。ここにあるのは学校の教科書で学んだような戦時中の天皇崇拝の狂信的で盲目的な日本人の姿ではない。冷静に戦況を見つめ、国、そして家族の行く末を考え、また若くして散り逝く自分の存在の意義を深く考えている若者たちの姿だ。 彼らの教養の深さに驚くとともに高潔で純粋さに心を打たれる。 特に印象に残っている部分があるので最期に書きたいと思う。引用は記憶がベースなので正確ではないが、自分の母親に宛てている最期の手紙の中で、母に今までのことを感謝したうえで、「ひとつ母親の難点を挙げるとすればそれは母親が自分のことを少し甘やかしすぎた点です、でもそれも仕方ないですね、自分もそれを求めていたのですから。」 青年の気持ちと、この手紙を受け取った母親の気持ちを考えると胸が痛む。
0投稿日: 2008.01.20
powered by ブクログ思っていたよりは難しくなく、いきなり横文字が入ってる所といい、詩を詠む以外は今の若者と変わらない若者らしさが感じられて良かった。 以外にも軍隊や戦争、戦争に至る経緯にも疑問を持ち否定し、「死」を恐れながらも、自分達が「戦い」に往くことについて否定する記述が見られなかったことが意外であったと同時に、戦わざるえない当時の状況が痛ましかったです。 『あらゆるものをその根底より再吟味する所に、日本国最発展の余地がある日本は凡ての面において混乱に陥るであろう。・・・・・・ドグマ的な凡ての思想が地に落ちた今後の日本は幸福である。「マルキシズム」もよし、自由主義もよし、凡てがその根本理論において究明せられる日が来るであろう。日本の真の発展はそこから始まるであろう。』という記述が最後の手記にあったが、戦後の日本はその作業をしてきたのだろうか?混乱したまま目の前の経済発展にのみ執心し、根本から考えることを放棄してきた結果、取り返しがつかなくなりつつあるのが今の日本の姿であると考えると、自身の死後の日本に希望を託し、戦火に散っていった彼らには、現代を生きる日本人として申し訳なくなりました。
0投稿日: 2007.10.22
powered by ブクログ若き戦没学生の手記。20歳そこそこの若造が書いた文章には見えない。語彙もあるし文学的表現もすばらしいし、ゲーテ、ラカン、ドストエフスキーなどの思想家も手紙の随所に登場する。今の日本の若者にこんな文章は書けないと思う。戦渦の中の若者が死に向かっていっきに老成していったのだとすればあまりにも逆説的。かなり自由な文面(例えば帝国主義を批判するような文章)があるのはどういうことだ?と思ったが、検閲を通さないで友人に日本に持ち帰ってもらった手紙だということがあとがきを読んでからわかった。検閲を通っていないという点で真実に近いと思う。いくつか印象に残った言葉を引用します。「戦争は明らかに人を殺している。その戦争を倫理上是認するなんて、一体倫理は人を殺すことを是認するのか。大乗の立場から戦争を見るなら何故人を殺さぬでもよいようにしないのか。人を殺している間に大乗、小乗などの区別はあるものか。すべて悪である。」「学問が時代をリードするというのでなくてはならない。しかるに現在では学問が時世にリードされているように思われる。」「真に内的な苦悩を経験しない者は決して偉大な人格と言うことが出来ない。」戦後シンガポールで死刑を宣告された木村さんの言葉は感慨深い。⇒「私のような蔭の犠牲がいかに多くあったかを過去の歴史に照らして知るとき、全く無意味のように見える私の死も、大きな世界歴史の命ずるところと感知するのである。戦争が終わり、戦火に死ななかった生命を、今ここで失うことは惜しんでも余りあるが、大きな世界歴史の転換の下、国家のために死んでゆくのである。せめて私が、もう少しまともな人間になるまでの生命が欲しかった。音もなく我より去りしものなれど書きて偲びぬ明日という字を」日本人の必読書です。
0投稿日: 2007.10.06
powered by ブクログネットで特攻隊のフラッシュを見て、再読したくなった。 手記を載せている人々がほとんど自分と同世代なんだ、ということに気付いた。思わず、出身地や没年、大学名まで丁寧に呼んでしまった。 彼らは大卒だからとりあえずインテリ層なんだろうけど、全体のどれぐらいのレベルの人なのかなぁ、というあたりが気になった。
0投稿日: 2007.02.24
powered by ブクログ自由主義の人も兵隊なんて行きたくないって人もいたし、みなさん当時の日本の頭脳だけあって文上手い。 僕は戦争に行く人なんて結構天皇陛下ー、って人ばっかと思ってたけど、家族のために亡くなったり両親にまた会いたいと言って手紙にしている。 戦時中の人と今の人も家族のことや大切な人のことを思ってて同じだな、と思えた
0投稿日: 2006.12.27
powered by ブクログちょうど私たちと同い年くらい(20代、30代)の彼らが戦争に駆り出され、 戦死の前夜になにを思ったのか? 父母を偲び、好きな人(妻や子供、恋人や友人)を想い、 綴った手紙。
0投稿日: 2006.06.21
powered by ブクログこの日本でもつい数十年前までは、望んでも手に入らない自由や平和があったのだ。 連綿と受け継がれてきた日本であると実感する本。
0投稿日: 2006.01.28
powered by ブクログみなさん僕よりもずっと若いのに、知的聡明さは適わないです。未収録のものが気になりますので星4つです。
0投稿日: 2005.10.27
