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沈黙のひと
沈黙のひと
小池真理子/文藝春秋
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総合評価

36件)
3.9
8
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2
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    読み応えのある作品だった。 親が死に向かう姿を見ると同時に自分の半生を振り返る。そして自分の知らなかった父を知る。 父には何が残ったのか、そして私には何が残るのか。 自分の、今現在の在り方をも考えさせられる一作。

    0
    投稿日: 2025.12.11
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    大変深く心に響く小説でした。 パーキンソン病を患った父、認知症で施設に入った母、ひとり娘である主人公は家族を持つ事なく離婚している。 父が不倫の末に母と離婚して新しい妻との間に娘が2人生まれた。 父の遺品整理の中から心情を知り想いを巡らす日々、母の心情を想像しながらかつての平和だった家族風景を風景画を見つめるように思い出す。 自分には家族がいない経済的には自立していて晩年の暮らしの保証もある、それが何だと言うのだ。長く走り続けてきて自分がいかに独りであったのか悟る、誰も追いかけて来ない静寂に満ち音もせず目を惹かれるものもない長く果てしなく伸びる道があるだけ。失望、絶望、うめき声をあげても誰も聞いていない誰も気づきはしない、私はまた走り始める、それが私だと思う。 自分にも母のように愛した男から指輪を贈られ老いても決して外さない、奈落の底と天国を繰り返し味わう別の人生があったかもしれないと夢想する。 人は孤独と絶望の中で悟りを開き最後には受け入れるのかもしれない。 主人公の父のワープロ修理を引き受けてくれた男性に感謝の葉書と娘をよろしくと頼むところ、父親としての誠実さ娘に対する感謝と謝罪を感じた。良い小説でした。

    12
    投稿日: 2025.06.21
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    今、自分が読むべき本だと思って手に取ったけれど重たい内容だった。著者もまた自分の父親を重ねた内容だったようだったけれど娘が父親に抱く感情の流れが共感する部分もあった。今後、人は長命となり最後は施設が終の住処となるケースも多くなるだろう、けれど誰しも自分の家を出ていく決心はなかなかつかないと思う。自分は衿子に自分を重ねたけれど、華代の気持ちも全く分からないとは言えなかった。読後は何とも言えぬ焦燥感が残った。

    2
    投稿日: 2024.09.25
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    亡くなった父親への想いや過去が明らかになっていく、故人への恋愛小説だなと感じました。 実際に、小池真理子のお父様が亡くなられた体験を元にしているというだけあってか、病気の父の描写がとても鮮明です。読む時の精神状態によっては、なんだか寂しくてつらくて読み切れないかも…。

    11
    投稿日: 2024.09.05
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    いざ介護となった時に、その人の心を拾えるのか。 過去を受け入れられるのか。みたいな感じ。 愛情ってのは形が変わってもあるべき姿があるんだな、そんな話し。

    1
    投稿日: 2023.03.04
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    重いテーマの小説。しかし、非常にためになりました。親の介護、病気とどう向き合うか、本人の意思、パーキンソン病の辛さ、やっぱり人の命って、重いものですね。

    1
    投稿日: 2022.09.19
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    娘の立場からから見た父親と、妻の立場から見た夫と、2つの目で老いて行く人について考えながら読みました。父にも男性の部分があることを娘時代は気付かず、気付いても受け入れることは難しく、また妻が夫を肉親のように無条件に受け入れることも難しいと言うことも上手く表現できているなぁと思いました。時々で色々な感情の渦に巻き込まれながらも、主人公のように常に冷静な目を持っていることができる、そんな生き方が好きです。

    2
    投稿日: 2022.08.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    幼い子に、母と自分を残して去って行った父親。 そして、再婚して、2人の女の子にも恵まれて父親。 主人公の衿子にとって、父親と別れても、父の愛情を受け継いできたのだけど、年々、自分の仕事もあり、疎遠にはなっていた。 その父三國泰造は、パーキンソン病にかかってしまい、歩行も、言語も不自由になって、介護施設に入る音になるのだけど・・・ 誰もが、年々年を重ねる。 自分が元気なうちは、年を取っている親の事も考えない。 今の時代、時間が早く動き、デジタル化されるように、物事が動いている。 自分の不調などかんじた時には、親は、もっと体に異常を持っている事の方が多いのだ。 毎日、変わりなく、あるべきものが、昨日と同様にあるように、いつまでもあるように、親も、自分の近くにいるつもりだが、親は、黄泉の世界へと近づいている事に気付かない。 父親が、難病になり、寿命を延ばし、いつまで会話が、出来るのか? 喋ることが困難になった 父の思いを文字表にして、会話。 一度、海外テレビで、していたのを見たことがある。 イエスだと、瞬き1回、ノーだと瞬き2回。 そして、字の文字の上に子の本と同様に追って行く。 根気の言う音であるが、身体の不自由な者にとって、意思が伝達される嬉しさは、一杯あろう。 ワープロの中身の再生、施設の部屋から出てきた、アダルトの本など、処分されずに、衿子が持ち帰り、父が、どんな思いで居たのかを、事細かく、この本で描かれている。 泰造のこの時代は、企業戦士というわれるぐらい、家庭よりも仕事をするのが、父親の役目の様であった。 泰造は、わかれた家族(衿子と母親)に、マンションを、そして、再婚して、一戸建ての家を購入出来る位、働いたのだ。 それなのに、最後は看取って貰えると思った家族は、心が、離れていたように思われる。 好き勝手して、人生を送ったと、言われても、最後は、少し、悲しい。 父親が、ワープロを直してくれた衿子の20歳都市いs他の男性への手紙。 これは、どのような気持ちだったのだろうか? 残される最愛の娘の事が、とても不安だったのだ央。 自分の事より・・・・ やはり、素敵な父親であったと思った。 有吉佐和子氏の「恍惚のひと」が、描かれた時に、痴呆症が、認知症に今なっている。 パーキンソン病を主題にした、この本も、後世読み継がれるだろう。

    0
    投稿日: 2022.07.31
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    幼い頃に両親が離婚して母親と暮らしてきた主人公。 手紙などで繋がりをたもっていた父親がパーキンソン病を患い闘病の末に他界する。 闘病中は身体を自由に動かすことはおろか、言葉も発することができなくなっていた父親は遺品のワープロの中に言葉を残していた。 それを読むことで父親というひとりの人間を理解しようとし、父親のみならず認知症を発症した母親とも向き合い、老いていく両親と向き合う。 読むのがなかなかしんどい感じの話。親の老いというものを突きつけられる。 そして、死後とは言え、私信を娘に読まれるなどけっこうキツい。

    0
    投稿日: 2022.04.01
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    吉川英治文学賞受賞作品。 母と自分を捨て、別の女性の元に行った父親が、晩年、パーキンソン病に罹患し、歩く事も、しゃべる事も、書く事も出来なくなり、介護施設に入所するようになる。 父親は、再婚相手との間に二女を儲けた。 再婚相手は、介護施設には、一度も顔を出さなかった。 大手出版社勤務の衿子は、先妻との間に出来た娘で、別れた父親が入所している介護施設に度々訪れ、父親を介護し、看取る。 重い気持ちで、読み進め、最終章での、父親から、衿子の後輩に宛てたハガキの内容により、何とか救われた。

    16
    投稿日: 2022.01.10
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    2012年刊行、小池真理子さんの長編小説。裏表紙の解説を見ると、離婚によって疎遠になっていた父が難病にかかって死に、娘が遺されたワープロ原稿などを発見しそこに父の心の叫びを知る、という話だというので、これこそ私が読むべき本、読んで号泣しなければ! と衝動的に買った。  私も2年前に離婚して家族を失い一人娘と離ればなれになり孤独になった状態なので、まさに「身につまされる話」なのである。  もっとも、本作では冒頭で死ぬ父親は85歳、娘は50代ということで、私にとっては30年以上未来の状況ということになる。  本作は全然エンターテイメントではないし、恋愛小説でもなく、際だったストーリーもない普通小説である。むしろ純文学に属していると言って良い。もともと地味な文体を持つ小池真理子さんの小説世界は、ホラーにおいてはむしろそれが効果的だったりしたが、本作は地味な物語を地味に語り続けているので、とても地味地味である。吉川英治文学賞を受賞しているが、あまり多くの読者を喜ばせなかったのではないかと推察する。  先妻と離婚したのは父が浮気したためで、彼は浮気相手と再婚して更に二人の娘を持つ。老いてパーキンソン病に罹患した父は歩けなくなり、またほとんど口をきけなくなって、やたらと冷たく意地悪な後妻に疎まれて老人ホームへと追いやられる。妻は絶対に老人ホームを訪れない。先妻の娘である主人公の「私」=衿子が、すでにじゅうぶん大人となりかつて母と自分を「捨てた」父のもとに足繁く通い始める。もともと父は3人の娘の内衿子を最も愛していたようだ。娘が来るたびにとても喜ぶ。  文学趣味をもつ父はワープロを使ってたくさんの手紙を送ってきたほか、ワープロ内に日記のようなものを書き綴ってきたことが、死後に分かる。短歌仲間である女性との親交や、密かな浮気のことなども判明していく。遺品の中から裏ビデオとともに、老女のビニ本が発掘されるところは笑った(そんなのあるのか・・・)。死後、生のありようの全てが、裸形となってあからさまになってしまうのである。しかしそれでも、故人の心的な真摯さや重みのある人生の軌跡は貶められることがない、  死の直前、もはやワープロも打つことが出来なくなった父は、娘衿子に「生きてきて後悔してることってある?」と問われ、彼女の考案した「文字表」を使って「かぞく」と答える。ここが最も哀切である。衿子もまた、離婚して孤独に生きており、家族を避けるようにしてきた人間なので、父と娘のふたつの孤独さがダブるのである。  孤独ななかにも灯され続けた「愛」が、晩年の父子のあいだに点滅するさまが、この小説の核心だ。  私は本書をずっと自分の境遇と比較しつつ読んだ。私がこれくらい長生きしたとして、何か病に冒されて娘が果たしてこんなに接近してくれるかどうか、心許ない。もっと徹底的に孤独に私は死んでいくのかも知れない。  本作中、チョイ出の或る作家が 「男はね、最後は家族に戻るんだよ。自分勝手と言われようと何だろうと、晩年になって家族に受け入れてもらえるかどうかが、男の最後の勝負どこなんだよ」 と言うのこ台詞は、私には刺さった。私にはその戻るべき家族がもうない、と思うからだ。しかも、本作の「父」は趣味でやっていた短歌を通して親身な異性の友人と交流しているのに対し、長年音楽をやってきたにもかかわらず私にはそんなリアルな友人は一人も居ないのだ。  地味なこの小説は身につまされることのない多くの読者にとっては退屈かもしれないが、私にとっては、自分の残りの人生を深く考え直させるような、重要な本であった。私も「終活」したくなってきた。

    2
    投稿日: 2021.08.12
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    最初から最後まで何度も泣かされます。 自分の父はこの小説に登場するパーキンソン病とは異なる病でしたが幾度となく自分の父を想い出し辛く、悲しく、そして泣けました。 いつもながらの丁寧な文章で一字一句読み漏らす事がない様にじっくり読みました。 最後の著者の短いあとがきを読んでそこで絶句しました。 著者のお父様がモデルであったと知り、更に感慨深い気持ちになりました。 読んでいる間、フィクションの様でありながらも、どこか実在する物語の様な感情に陥ったのも納得が行きました。

    2
    投稿日: 2021.01.27
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    新聞の土曜版に連載されているエッセイに好感をもって初めて小池真理子さんの小説を読んでみた。もちろんフィクションだし、主人公の衿子は小説家ではなく文芸誌の編集者なんだけど、ご自身のことが色濃く反映された小説であることがわかる。 パーキンソン病をわずらい発話も満足にできなくなり介護施設に入っている父親を見舞う日々と過去の思い出が交錯しながら進んでいく。この父親、幼い頃をともに暮らしたわけではなく、衿子の母以外の女性のもとにはしったような人物。亡くなった後に遺品のなかからいかがわしいビデオが見つかったり、衿子の母とも再婚した現妻とも違う女性がいたりもする。でもそうした父親に対し衿子の確執らしき思いは現れず、異母姉妹が父の醜態を騒ぐのと対照的に、すべてを愛おしく受け入れるよう。父親へのひたすらな愛情が綴られる。 巻末の解説(持田叙子)で、森茉莉や円地文子に連なる「父恋いの文学」の系譜だと述べていて、その説にも納得させられる。確かに思えばそのような系譜があるようで、それは父と息子の関係や母と息子の関係からなる文学よりも、色濃さがある感じがする。この小説のなかで衿子自身も若い頃であれば許せなかったような父の所業が、50代半ばになるいまでは許せるというようなことを書いている。世間標準の娘たちであれば顔をしかめるであろうことを認められるのは、父への愛情でもあり、また衿子自身(ということは小池真理子さん自身)が世間体とは別の次元で物事をとらえる人だからだろう。そういう面が表れているような以下の衿子の心象が妙に目に留まった。 長く長く走って来て、ふと立ち止まってみれば、自分がいかに独りであったかを悟る。誰も追いかけてこない。誰かに追いつこうともしていない。まわりは静寂に満ち、音もせず、目を惹かれるものは何もない。目の前に、長く果てしなく伸びる道があるだけだ。 その道を走り続けていく以外、方法はない。だからまた走り出す。走りながら、時折、誰かがこちらに向かって走ってくる気配を感じはしないだろうか、と耳をすませてみる。走ってきてほしい、と願う。私に追いついて、後ろから声をかけ、歩調を合わせて隣に並び、手をとってくれはしないだろうか、と思う。 だが、そんな気配はまったくしない。失望する。時に深く絶望する。走るのをやめて道に四つんばいになり、呻き声をあげてしまったりもする。 だが、どんな時でも、乱れた感情はまもなく治まる。私の呻き声など、誰も聞いてはいない。私が泣いていても誰も気づきはしない。私はまた走り始める。 それが私だ、と改めて思う。(p.347) 小池真理子さんは藤田宜永さんとのおしどり夫婦ぶりが知られてもいたけれど、それでいながらこういうことが書けるのが、(小説家なのだから当たり前だといわれればそれまでだけど)自分や人を客観的に見ることのできる人なのだろうな。

    4
    投稿日: 2020.12.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    別の女性と再婚し、パーキンソンに罹った父親の死後、遺品などから離れて暮らしていた時のことを知る娘。決して称賛できるものではないが、その生き方を理解していく。

    0
    投稿日: 2020.10.23
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     小池真理子さん。この人はなんて美しい文章を書くんだろう。謙虚で、上品で、過剰な装飾や誇張の一切ない洗練された文章がとめどなく続いていく。小難しい用語を使うわけでも、まくし立てるようにありったけの情報を文章に詰め込もうとするわけでもない。透き通った小川にさらさらと流れていく笹舟みたいに、滑らかに言葉が紡がれていく。ずっと読んでいたいと思う。あっという間に読み終わってしまって、もっとその文才の中に浸っていたかったという名残惜しさが募る。感想文を書くなんておこがましいと気が引けてしまうくらい。書くけどさ。  主人公は50代女性。幼い頃、女を作って自分と母を捨てた父と、付かず離れずの不思議な関係を続けてきた。そんな父がパーキンソン病を発症し、闘病の末に亡くなる。父の後妻とその2人娘と共に遺品整理をすることにした彼女は、段ボールの中に古いワープロを見つける。中には闘病中の父の、言葉にならない悲痛な叫びが書き綴られていた。自分が捨てた妻と娘への想い、憐憫、後悔。新しく作った家族とうまくいかない辛い心情。日記の他に、死の間際まで心の底から深く愛し合っていた女性とやりとりした手紙も残されていた。  それらを読むにつれ、父に対する気持ちや、自分を取り巻く人々への想いに変化が起こったり、新たな感情に気付いたりしていく主人公。物語の最初と最後では、私の中で彼女の印象が大きく変わっていた。死がテーマになっているけれど重苦しくなく、読み終わったあと心が暖かくなるような物語だった。

    1
    投稿日: 2020.03.09
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    両親が元気なうちに読んで良かった。 最後、ハガキをもらった後の文章で号泣…いつかこんな風に、記憶が渦巻いて、という表現がぴったりな感じで自分の父親を思い出すことになるのかな…

    0
    投稿日: 2020.01.11
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    ただただ、哀しかった。 リリーフランキーの東京タワーを読んだ時もそうだったけれど、両親が元気なうちに、たくさん会おう、たくさん話そう。 日常に忙しく忘れてしまうけど。

    1
    投稿日: 2019.10.16
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    パーキンソン病になった父は吃音しか出せずやがて会話=意思の疎通が行えなくなり、母は痴呆症でこれまた会話が成り立たない=意思の疎通が行えない、故に沈黙のひととなる。 そんな両親を持った長女の生き様がリアルに人間くさく描かれており、決して他人事ではない。 小池さんの本は知人からのすすめでとりあえず一冊と選んだ本だけど非常に人間くささの描写が克明に描かれておりぐいぐい物語に引き込まれる感じで、題材は暗いながらも興味深く読むことが出来た。多くの著書があるのでまた読んでみたいと思える作家さんだった。

    0
    投稿日: 2019.08.17
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    死ぬことを考えたことはこれまで何度もあったが、しゃべれなくなって死んでいくと言うことを考えたことはなかった。 とても考えさせられる小説で、しかもとても心が打たれた、しかも俳句が何より感動させられた。

    0
    投稿日: 2018.04.09
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    自分の親がどう生きてきたか、話せるときは何も聞かず、話せなくなって初めて知りたくなる。自分もそうなると思う。

    0
    投稿日: 2017.11.23
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    小説だと思って読み進めていったら リアルさに気づき 著者のお父様がモデルということだ 『家族」という結びつきなどから遠ざかっていた衿子が 父親の死後残されたワープロから彼のことを知る 実際に「歌友」であった 友人とのうたのやり取りは なんて素敵なのでしょう! 途中からはワープロも使いこなせなくなってしまったが それまでのこんな心に響くお手紙を交わしていた関係は2人にとっても 本当に大切なものであった それを知って衿子は 施設に入って思うように意識が伝えられない父親を想うなかでも 救われたのではないか 文章中の、「潜水服は蝶の夢をみる」という本を読んでみるつもりである

    0
    投稿日: 2017.05.12
  • 逝く者と残される者

    30代小池作品を何作か読みましたが、濃密な恋愛話と世間離れしたようなバブリーな雰囲気 (振り返るとそんな印象)に、途中で飽きてしまい長い長い時間が経ちました。 この作品、衝撃を受けました。 私が年をとったせいでしょうか。 完治しにくい病にかかった家族を持ったせいでしょうか。 両親が高齢で病に侵されやすくなったからでしょうか。 若い頃、老いることに微塵もなかった不安が今は嘘のように、残りの生き方を考えるようになりました。 男の生きざま・人生と、図らずも営んだ二つの家庭。 家族のそれぞれの思いと病に侵され動くことも話すことも出来なくなる男・・・。 主人公衿子を通して語られる父、母、後妻の家族、介護、老人の性。 作者のお父様をモデルにしたとのことですがここまで内容を昇華させるに、どれほどの葛藤を乗り越えられたのでしょう。 人生の始末の付け方。望むようにはいかないのが人生。超高齢時代をどう生き抜くのか。 課題を与えられたように思います。

    10
    投稿日: 2017.01.19
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    父を早くに亡くし、母がゆるやかながらも進行性の病気にかかっている、そんな状況の私にはとても身につまされる小説だった。 そうでなくてもある程度の年齢になれば親が老いて介護が必要になったり、段々と死に近づいていく。そんなときどんな風に向き合うかを考えさせられる。 両親の離婚によってほとんど関わり合うことなく生きてきた父が、難病を患った末に亡くなった。 娘の衿子は父の遺品のワープロを持ち帰るが、そこには病気により口を利くことも出来なくなっていた父の心の叫びと後悔、そして衿子への愛情が綴られていた。 主人公の衿子は50代で独身(離婚歴あり、子どもなし)。編集社で働く、いわゆるキャリアウーマン。 子どもの頃両親の離婚によって別れた父とはたまに会う程度で、その後父は再婚し2女をもうけた。 そんな父がパーキンソン病にかかり、介護施設でその終末を送り、亡くなったところから物語はスタートする。 家族というものを信じず、濃密に関わることも避けてきた衿子が、父の死後に父の想いを知り、ドライに生きてきた自分のやり方が正しかったのかを見つめ始める。 父の後妻、そして衿子にとっての異母姉妹である2人の娘との付き合い方ややり取りに、女同士だからこその微妙な距離や少しの皮肉が含まれていて、読んでいてざわざわする感覚が。 衿子や姉妹はとりあえずは“大人”で、後妻だけは自分に正直に生きている(それが良いかどうかは別にして)。 父の死後に、父が遺した文章や手紙から、父の想いや秘密を知るということ。 晩年喋ることが出来なくなった父が思っていた真実、そして過去の愛の遍歴。 私も多少似たような経験があるけれど、親が生きているときにその人生を知るというのはとても難しくて、亡くなって初めて知ることのほうが多い。 そこには複雑さも当然あるけれど、何となく安心したり、不思議と穏やかな気持ちになれたりもする。 そしてそこで自分の失敗や後悔を見つめ直して、それをその先に生かせるかどうか。 登場人物の女たちの微妙な心情が、とくに会話からはっきり見える。 衿子の父を誰が愛していて、そして誰が愛していなかったのかも。 様々な選択の果ての死。簡単には取り戻せない失敗も、ときにはある。 最後“沈黙の人”になるしかなかった人生だからこそ、その想いは文章に姿を変えて饒舌に語られた。 普段寡黙な人こそ、その内にはたくさんの想いがあるのかもしれない。

    2
    投稿日: 2016.12.15
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    なにか、すごくストーリー的に面白いというわけではない。 でも、文章から、すごく現実感が伴う小説。 こうなったら、大変だろうなあ、とか、年をとっても、病気になっても、生きているということだけで、その人にしかわからない人生というものがそれぞれにあるんだなあ、とか、親の気持ちってそうなんだろうなあ、とか様々なことを考えさせてくれる小説。 話も読みやすく、結構一気に読み終えた。

    0
    投稿日: 2016.02.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2016年の4冊目です。 小池真理子という作家の作品を読んだのは初めてでした。 久しぶりに、ずっしりと心に応える作品を読んだという気持ちです。 自分と母を捨て、若い女と結婚し家庭を持った父親が、難病であるパーキンソン病に侵され意志の伝達も難しくなって介護施設に入居してからの、娘の父へ向き合う心情が描かれている。老いて壊れていく父親の姿を見て悲嘆にくれたり、過去を思い返し冷淡な感情に支配されることも無く、父親の身勝手な娘への偏愛を、冷静に受け止め、それに対処する自分をまた冷静に見つめている気がする。それは、幼い子供時代に父と過ごした満ち足りた気持ちにへの、気を許すと落ちていくような速度で没してしまいそうな自分の回帰を畏れているような気さえします。 この小説の中で描かれる父親は、別れた妻、再婚した現在の妻、単身赴任時代に知り合った女性と3人の女性と愛し合うダンディーでカッコいい男性です。一方で、介護ホームで息を引き取った後の遺品の中からは、ポルノビデオや性具が出てきます。パーキンソン病で体が自由に動かせなくなっていた父親がそのようなものを購入し所有していたことに、娘は汚らわしさよりも、憐れみを感じていたように思えます。設定では、この時の娘の年齢は50歳過ぎぐらいなので、そういった思慮分別があるということかもしれません。父親に対する偶像視はありません。それが世間では一般的なのかもしれません。表題「沈黙のひと」は、パーキンソン病の進行で、声を自由に出せず、キーボードも打つことができなくなった父親のことです。 私も娘と何れこのような関係性に身を置くのか。 何れ、沈思せねばならぬことだ。 吉川英治文学賞受賞作品です。

    0
    投稿日: 2016.01.10
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    複雑な家庭環境を背景に、病を患った父とキャリアウーマンの娘の交流と、父の死後明らかになった父の秘密。そして母の元夫である父の想いが綺麗に織り成せていると思います。 小池真理子先生の作品は初めて読んだのですが、難しいようでスラスラ読めて良かったです。

    0
    投稿日: 2015.12.17
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    老い。人生。親子の繋がり。 考える要素がたくさんあった。 私が生まれてからずっと育ててくれた親の老いを目の当たりにして、私は衿子みたいに優しく静かに受け止めることができるのだろうか。 親子って理解しているようで、実は半分も相手のことを理解してないんだと思う。私もお母さんお父さんが本当はどんな人で今までどんな風に考えて生きてきたのか、想像もつかない。 それでいて、深い興味もない。少し衿子と似てるのかな。お父さんには、遠くからちゃんとみててもらってる、お母さんには近くで友達みたいに上部の付き合いで仲がいい。とっても。でも実際のところお互い腹のなかは何考えてるのかわからない。 人生ってなんなんだろ。「生まれ変わっても同じように後悔する人生でも。また生まれてきたいと思う。」人生ってそんなもん。

    0
    投稿日: 2015.11.02
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    父息子ものの「とんび(重松清)」に引き続き、父娘もの。なんとなく、続く。 そのうえ、私には、母にとってのアメジストの指輪に代わるものがない。そんなものをほしいとは思わずにすむ人生を選んだはずだった。 私には彼らのような生き方はできないと思っていた 私はどこでどうやって生きていくつもりだったんだろう

    0
    投稿日: 2015.09.23
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    私にも病気の父がいる。私は父に何ができるのだろうかと考えさせられた。父の生き様を知れば、全てを受け入れることができるのだろうか…。間違いなく父に愛されて育ったが、父を受け入れられない部分もあって、衿子のようでありたいと思いながらも、異母の妹たちのような対応しかできないような気もする。 また衿子は母の痴呆について壮絶な介護生活を淡々と語っている。 ついつい介護が現実的な問題なので、そちらばかりが気になってしまったが、最後の吉森に宛てた父の手紙には泣けた。

    0
    投稿日: 2015.08.24
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    私にとっての父親と、小池さんにとっての父親は少し違う存在なんだろうと思いつつ、それでも読み終えると、娘と父という共通した関係性が、私にとってとても気持ちよく表現されていて、素直に父に思いを馳せることができた。 今年の1月に父を亡くした。結婚して実家を出てから30年以上経ち、たまに実家に行くことはあっても面と向かって父とゆっくり話すことなどほとんどないままだった。 その生きざまを新聞記者の義弟が冊子にまとめてくれた。読んでみたけど、しっくりこないままだったのが、今日この沈黙の人を読み終えて腑に落ちた気がした。 父が私たちに言い残したかったのは何だったんだろう。病魔に侵されはしたが、最後まで意識はしっかりしていた。それでも、何一つ言い残すような言葉はないままだった。 父の口癖「もうええじょ」(もういいよ)。 私たちへの気兼ねではなかったのか?  悔いが残る。 せめて、父の死をしっかり悲しもうと今更ながら思う。

    0
    投稿日: 2015.07.18
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    切なくて、哀しくて、でもどこか温かさの感じられる作品。 人生は思う通りにはいかない。いかないのにそれでも人は、こんなにも生に執着してしまうのだろうか。 必死に言葉を、想いを、伝えようとする姿が、リアルに伝わってくる。 上手く言葉に出来ないが、間違いなく心を揺さぶられた作品。

    0
    投稿日: 2015.07.11
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    小池真理子さんの手による、父の老い、父との死別の物語。 小池真理子さんの手によるというのは、生々しいまでに、生・性・愛が、密接に絡み合っていること。 女性である私にとっては、深くて暗い河の向こう側にいる人の人生の重さと終焉を小池さんのフィルターを通して、受け止めようとしてる感じ。

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    投稿日: 2015.07.04
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    家族や大切な人の死。避けられず、いつかは訪ずれる現実。 ここ数年、「死」を間近に何度か経験したからか‥ 突き刺さる言葉がちらほら 残された時間を大切にしよう!

    0
    投稿日: 2015.06.23
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    私は極度のファザコンだ。亡くなって何十年も経つのに思い出すと涙が溢れる。この作品は離れていた父の死の前後、娘がどう関わって想って彼を理解するか、という作者の自伝的小説。私が涙を堪えて外で読める訳がない。二人の大切にしているもの(これが価値観ということかも)に共感する。特筆すべきは、ねちゃっとした「家族」感に気持ち悪いものを感じる、を代弁してくれていること。家族だって個々。私は愛すべき人を愛し、やっぱり父が大好きだ。

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    投稿日: 2015.06.23
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    【吉川英治文学賞受賞、小池文学の最高峰!】亡き父が遺した日記には娘への愛、家族との不仲、そして恋人との心の交流が記されていた。生と死、家族を問い直す魂を揺さぶる傑作!

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    投稿日: 2015.05.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    小池真理子が、父を題材にした本とは珍しい。亡くなった筆者のお父様に捧げた小説だそう。 自分が年を取ると、当たり前だけど両親も同じく年を取る。元気のまま老衰できれば一番良いのだろうけど、苦渋の決断の結果、24時間看護のホームに入れなければいけない場合もある。まだまだ軽いが、うちの父もパーキンソン病の気がある。両親の介護と亡くなった後に知る父の姿。読んでいて衿子が自分自身と重なった。なんだかすごく、両親に会いたくなった。 それにしても手紙っていいな。間に出ていくる歌もいい。小池真理子の文章って、ほんと雰囲気がいい。

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    投稿日: 2015.05.26