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愛と暴力の戦後とその後
愛と暴力の戦後とその後
赤坂真理/講談社
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総合評価

42件)
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    内田樹さんとトークショーの日に購入 サイン本 『東京プリズン』を書くにあたって考えたであろう様々なテーマ。 一見すると、バラバラの事柄のようだが、それらは互いに関連しているのだと見抜く直感。 ほぼ同年代の作者の、強烈な言葉による問いかけに何度もハッとさせられた。

    3
    投稿日: 2024.09.24
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    戦争は永久に之を放棄 すると、 いまや日本人自ら決意 したかの如く喧伝され ますが、 戦後、アメリカにそう 言わされたのであって、 私たちの当事者意識は あるようでありません。 反戦の精神を私たちが 誇る至上の美質と語る ことは、 与えられた美辞麗句に 便乗してるだけの欺瞞 とも感じてしまいます。 「一億総火の玉だ」と 猛り狂う気質は変わる ものなのか。 アメリカの庇護が消え 隣国の脅威に晒される いま、 当事者意識のもと憲法 を見直してくなかで、 それでも戦争は永久に 放棄すると言えるのか。 そのメッキが剥がれる ときは近いのでは?と 思うのです。

    87
    投稿日: 2024.02.02
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    小説は読んだことないけど、講談社現代新書のモテ本は読んだ記録がありました。その頃からこのテーマは考えられていたのですね。 前半は小説家の視点からの日本近現代史という意味でとても興味深い反面、現代社会批評的な部分はあまり共感できないものがあった。 憲法の憲という漢字の意味とか、日本国憲法草案の英語原文とか、言葉は大切にしなければというのは法律家の端くれとしてハッとさせられた。憲法とは何かと問われて法律的(というか芦部的)な説明しか頭に浮かばないのは思考停止ですね。 そもそも法律家として憲法に触れなすぎる。

    0
    投稿日: 2022.05.31
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    #英語 だと Love, Sexuality and Existence by Mari Akasaka でしょうか。 テーマに向き合う著者の姿勢が、今回もすごかった。

    0
    投稿日: 2021.07.10
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    セクションごとに全く違う印象を受ける作品。前半がすごくおもしろい。ジャイアン論とか。 後半の地域住民を入れた検討会が、いかに民主的でないか、全体主義的かという点はなにか恥ずかしくなる気持ちがした。

    0
    投稿日: 2021.02.14
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    個人的体験を無理矢理と歴史に結びつけ、直感で思いついたフレーズも、深堀することなく尻すぼみ。関心の対象も跳び散らかす。 雑誌のエッセイを集めたものらしい、さもありなん。

    0
    投稿日: 2020.12.20
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    アメリカから帰ってくる際に、日本の戦後を理解する必要を猛烈に感じた。 そのため、白井聡と内田樹を読みながら、そうだ、赤坂真理も読もう!と思った。 自らの半生を振り返りながら、戦後とはなにか、アメリカとの関係とは何だったのかを振り返る姿勢はとてもよいと思う。

    0
    投稿日: 2020.04.03
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    立て続けに赤坂真理さんの著書を読んでいる2冊目。またも新書でありながら新書らしくないエッセイのような読後感。 戦後の日本といいながら旧態依然、旧弊としたものが厳然とあるいは巧妙にかたちを変えて残っていることや、世のなかが自然と受け入れてしまっているものへの異議を唱えるなどヘソ曲がりな私には共感できることが多かった。特に地元の町内会にかかわって公園のあり方を検討するメンバーになった顛末は、身近なだけにその異常さ、おかしさがリアルに感じられ恐ろしくなった。 赤坂さんが会ってみたかった人として鷺沢萠を挙げていた!

    1
    投稿日: 2019.10.19
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    偉そうだが「東京プリズン」という小説はそもそも小説技術において稚拙だった。個人的感情を含めての近代史論を展開するには小説は本来もってこいの手法だったはずだが、技術が惜しくも追いつかず作者の思惑が十分に表現できなかったように思う。翻って本作は、エッセイとしていわば「東京プリズン」のサブテキスト的に読んだが、むしろ感情的にも伝わって小説的な感動も受けたのだ。エーリッヒ・フロムや岸田秀あたりをおそらく経ずにほぼ同じような知見に達していることが驚かされる。英語原文からの日本国憲法の条文解説は、非常に面白い。これだけで一冊さらに掘り下げてほしいくらいだ。

    0
    投稿日: 2019.03.10
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    誰もが、無意識に、見て見ぬ振りをしてきた「タブー」に立ち向かう。 この先に「まったく新しい物語」はあるのだろうか。 --- 「戦前性と戦後性との、驚くほどの近さなのである。実は、何も変わっていないのではないか。」

    0
    投稿日: 2018.02.21
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    近現代史ってよくわからなくないですか? なぜ太平洋戦争が起きたか、 それ以前に、なぜ大東亜共栄圏のもと、 満州や朝鮮、台湾などを支配していたか、 についても、その動機や当時の民衆の考え方や空気が イマイチつかめなかったりしますし、 そういう方ってけっこういらっしゃるのではないですか。 ぼんやりした近現代史のとらえかたで生きているからこそ、 現在に生きるぼくらの精神構造に少なからずその影響があり、 よくわからない矛盾や苦悩が、 意識上か意識下か、そのすれすれのボーダー付近から生じたりする。 本書は、そのような、ぼんやりとしかわかっていないひとの多い近現代史を、 自らもぼんやりとしかわかっていないことを認め、前提にして調査し勉強して、 なにか「よすが」のようなものを見つけていくエッセイ。 赤坂真理さんは小説家でもおありなので、 出だしなどは、小説のそれのように、そして気合も乗っていて、迫力十分。 また、肩に力の入った文章に読めますが、 読んでいくうちにそれも気にならなくなっていきました。 迫力に押されてしまったのかもしれません。 終盤に近いところで、 「自分が現在だけにぽつんと置かれたようなよるべなさ」と書いてあって、 これって多くのひとが感じていることだろうなあと思いました。 歴史の連続性を感じ得ずに、 現代という舞台にいきなりいる感覚って、 勉強不足という言葉では片付けられないものなんじゃないでしょうか? そして、「それは自尊心を蝕む」と続くのでした。 現代の日本人はこれだけじゃなくて、 いろいろ分裂した概念の板挟みになっていると説明されている。 政治に文句は言うけれど選挙に行ったことがない、というひとだとか、 社会上の分裂した概念が基盤になってしまっているからかもしれない。 60年安保闘争、70年安保闘争、80年代というもの、 そして、オウム真理教についてのこと、 個人体験としてのこの日本の政治感覚というもの、 最後に、憲法、をみていく。 憲法改正の動きはSNSなんかでも知識人がいろいろ考えを述べていらっしゃいます。 賛成、反対、いろいろありますが、 本書の著者の立場は、どっちかといえば反対、というところ。 自民党の改憲案には驚きますよね。 97条の「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は(中略) 現在および将来の国民に対し、侵すことのできない 永久の権利として信託されたものである」 という文言を削除して、 102条には「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」と追加してる、と。 その他、天皇を象徴ではなく元首と改める(明治期に戻す)、だとか、 民主国家色を極端に薄くして、国家主義国家色を濃くしようとしていますね。 まあ、ここで、天皇を元首というのはアレコレという意味で……というような、 解釈の忖度はしないほうがいいです。 そのような曖昧な語句を今の世代がうまく解釈しても、 後の世代が自分勝手に解釈する余地を与えてしまうからです。 これは、たとえば、本書に書いてありましたが、大日本帝国憲法で、 天皇に権威を与えながら実権は政府が握れるようにしたシステムを、 昭和期に軍部が暴走できるシステムに解釈したのと似たようなことです。 日本の近現代を、論考、思索する旅をともにする意味で、 このエッセイは非常におもしろかったです。 序盤では、著者の頭のキレのよさに、 大丈夫かなと逆に心配になったくらいですが、 後半、文章から力が抜けていくのとともに、 安定していったように読めました。 著者は、若い頃に留学したのをきっかけにか、 英語に明るい方なので、 そういった点での言葉へのスポットライトの当て方が見事で、 彼女ならではの視点からの論考プレゼンがありました。 意外とさらっと読めてしまいますので、 現代人の内面に宿る不安定なフワフワ感ってなんだろう、 と疑問に思うような方は、ご一読をおすすめします。

    0
    投稿日: 2018.01.14
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    硬直的でないのは、著者が自分の良心に誠実に向き合って出てきた言葉を紡いでいるからで、そこにちゃんと迷いや葛藤がある。重心の置き場は読者と違うかもしれなくても耳を傾けられるのは、ちゃんと自分の意見を冷静に見つめる視座があるからだと思う。なかなか大っぴらに提示しにくい問立てだけれど丁寧に自分を語ることから入って様々なことを考察する。面白かった。

    0
    投稿日: 2017.12.18
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    東京プリズンとパリティになっている。 現代に至る「日本」というキーワードで隠語として隠されているものをむき出しにする感覚。まるで曼荼羅の様に読者個人の日本人観を再構築させる感覚を持った。

    0
    投稿日: 2017.10.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

     著者の曖昧なことをそのままにしておくのが、耐えられない感じがすごくいい。「戦争放棄をしていながら朝鮮戦争やベトナム戦争の特需で経済発展」「自民党は保守といいながらアグレッシブに改革する」「学生運動での共産主義が流行ったのは他に反体制の受け皿がなかったから」などなどこれまでモヤモヤしながらもそんなものかなと受け流してきたものが明確になる指摘が多数あった。とても面白く、とても勉強になった。  これまでに触れた、憲法改正への反対意見で最も腑に落ちて、改正してもいいんじゃないかと思っていたけど、反対したほうがいいような気になった。  先に結論ありきで、理屈を後付するのとは全く違う感じがよかった。

    0
    投稿日: 2017.05.11
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    私小説というか,ルポというか. 著者が内面を掘り下げながら戦後を総括している. 感情的な語句が多く,こういう種類の新書はあまり読むことがなかっただけに,言葉を飲み込むのにとても時間がかかる.しかしながら,引き込まれる感覚があった. 戦後日本を振り返るならば,誰も責任を取らなかったし,責任を取ることを避ける世の中であり続けたし.また責任を取ることとはいったい何なのかという問いをもたらしているにもかかわらず誰もそこを直視しない現実が有り続けているということを,思考から導き出している.その思考が果たして正しいかどうかは置いといて,それでも圧倒的に深く考えて表現しているものになっていることは間違いない.そして,その問いはこちら側に投げられている.昨今の政治の世界で怒っていることに対しての危惧感も,「空気」というところからアプローチしているところは,「なるほど」と思わせられる. 理系的な文書では無い分,読み取るのに時間がかかったが,問いのある本という点では良著ではないかとおもう.

    0
    投稿日: 2017.04.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    日本人の国家観や出来事評価、政治観について、「普通の人」の感覚で調べ考えたもの。憲法について、天皇について、政治について、原発事故について、なぜ何も言う言葉がないのか、その理由の根幹を考えたという本。確かに、多くのことに共感をもった。

    0
    投稿日: 2017.02.21
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    ユニークな観点からの戦後史。1964年生まれの著者の視線から、70年代以降の連合赤軍事件、オウム事件、日本語、日米関係、どらえもんやサザエさん。そして遡って60年・70年安保などを説明していく。非常に自然な平易な語り口であるが、結構鋭い戦後の政権批判も含まれている。「どらえもん」のジャイアンのガキ大将としての分析、空き原っぱの存在が消えたとの文章、「さざえさん」に見る家族の仄々とした温かさも失われたなどは成程!かつて学区の存在が未知の世界との境界線だったという感覚は懐かしい!そこからだんだん世界が広がっていった。60年安保は反米ではなく、胡散臭さの象徴である岸信介首相への反対であったと喝破する。これらの闘争の担い手は決して反米ではなく、むしろ米国の民主主義の信奉者であったことは鶴見俊輔が好例だという。逆に岸・小泉・安倍などの系譜が反米・国粋主義と繋がるように思われるのは皮肉なところである。この時代に革命と言うとマルクス主義の切り口しかなかったのは事実なので、誤解を招くとの説明はその通りだと思う。

    0
    投稿日: 2017.01.16
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    戦前、戦後についての考察は社会学としても、私がこれまでに聞いたことも考えたことのないもので非常に印象深かったが、この国を覆う閉塞感については個人の経験による考えが強くあまり同意できなかった。たた、我々が恣意的に忘却を選ぶ民という考え方を総論的な本書の読み取りとして感じ、この考えには同意できた。ひょっとしたら忘れないことは罪にさえなるのかもしれない。社会という眼前に広がるものに恐怖と絶望を感じた。それでも、立たねばならぬだと思う。

    0
    投稿日: 2015.12.12
  • 日本の近現代史への、赤坂真理流アプローチの記録

    『東京プリズン』では現実と幻想を行き来しながら日本の近現代史への身体感覚的理解に至った赤坂真理。本書はそれと対になる、日本の近現代史への自身のアプローチの記録である。 決して歴史の専門家ではない彼女が、専門家ではないがゆえに感じる素朴な疑問をないがしろにせず、問いを立て、考察する。迷ったら原典にあたる。我々の思考が組み立てられる基盤となる日本語を疑う。中国から輸入した漢字の一字一字が持つ概念と、日本語の漢字かな混じり文の中で使われる際の意味とのずれ、欧米からの外来語とその訳語のずれ、それらに対する知識、教育の不足。我々の思考の基盤は、実はかなり脆弱なものに思えてくる。 そして、それを一旦認めた上で、東京裁判、憲法、天皇制などの疑問に取り組む。現行憲法草案の英文を読み、現行憲法で使われている漢字で表現された用語と、もとの英文で使われている用語の概念の相違を確認する。明治憲法と現行憲法と自民党改憲案とを見比べる。繰り返し言葉にこだわり、過程を精査する。 決してすぱっと割り切れるような結論が提示されるわけではないが、日本人が深く考えることを避けてきたあれこれに執拗に食いつく思考過程はスリリング。やがて国と国との関係に性的なニュアンスを嗅ぎ付けてしまうあたりはこの人らしい(しかもかなり納得できる)。これまでの日本を知り、これからの日本を考える上で、ぜひとも読んでおくべき一冊。

    0
    投稿日: 2015.09.14
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    近代というもの、戦後とはいったい何だったのか、学術的な話ではなく、筆者が身近に起こったことを起点にそれについて考察されています。戦後の特殊な一時期にあって、現在にはなくなってしまったもの、その一つに「ガキ大将」などの暴力があり、それが大切だったということを感じさせてくれます。そしてその暴力を、今の私たちは分かることができなくて、その時代の人にしか理解できないものなのだなと感じさせてくださりました。その文脈から、この間の原発事故、オウム心理教のこと、決してて他人事ではないということ、改めて教えられました。

    0
    投稿日: 2015.08.16
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    東京プリズンの作者 私の国には、何か隠されたことがある。 天皇が近代にどう作られたかと言う問題。 なぜ、彼は罪に問われなかったのだろう、なぜそれを、もういけないような空気があるのか、 戦争犯罪人、A級平和に対する罪、B級、通常の戦争犯罪、例えば捕虜の虐待や民間人の殺戮、C級、人道に対する罪、 物語の作り方は神の作り方に似ている。 1大和物語に縛られ逆に物語に操られてしまう存在でもある、人は自己のよって立つ物語がなければ行きにくい。 世界の宗教の歴史はそれを教えていないだろうか、上とは物語フィクションの最たるものかもしれない。

    0
    投稿日: 2015.08.13
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    【所在・貸出状況を見る】 http://sistlb.sist.ac.jp/mylimedio/search/search.do?target=local&mode=comp&category-book=all&category-mgz=all&materialid=11400177

    0
    投稿日: 2015.07.08
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    アメリカ的近代民主主義に対する戦後日本のラカン的受容(「他者の欲望」の欲望)を指摘し、これを外来の概念を内実の理解を伴わないまま「外来語」としてそのまま受容してしまえる日本語の特質に帰するあたりの言語感覚はさすが。論旨の流れにとっ散らかった印象を受けないではないが、高度成長期から東日本大震災に至るクロニクルを経て、受容したものを結局理解できずに放り出して明治憲法以前に回帰しようとする現代日本のレジームに対する視線は、温かみのある文章に彩られてはいるが痛みを伴うほどに穎敏だ。 個人的には、偶然にも少し前に読んだ中公新書「昭和天皇(古川隆久)」と同様、「決断させてもらえない天皇」に触れている点が興味深かった。本書ではシステムとして利用される対象としてだけしか言及されていないが、本質を突いていると思う。

    0
    投稿日: 2015.07.06
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    著書は思い込みの強そうな人物だと感じた。 そして、その壮大な思い込みに付き合わされているような、感じが読んでいてした。 頭が良くて面白い人なのだと思うし、ここまで日本というもの、戦争の結末を自分ゴトとして考えられるのはすごい才能だとは思うのですが。 頭が良くて真面目な文系の人特有の言葉遊びというか、レトリックに付き合わされている感じがした。 読んで何か得られるか、っていうとそういうものもなかった。 視野が外に広がるというものでもなかった。 なんというか、非常におすすめできません。 戦後史とかを知りたいならジョンダワーの有名な本なり何なり、他に面白い本がたくさんあると思う。

    1
    投稿日: 2015.05.02
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    興味深い。「私の家には、何か隠されたことがある。ごく小さなころから、そう感じていた。でも、こういうことだったのかもしれない。-----私の国には、何か隠されたことがある。」

    0
    投稿日: 2015.05.02
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    著者と全くの同世代なので70、80年代の何となく粗雑な世相の描写は「うん、そうであったか。」と納得できた。ただし憲法観などは著者の思い込みが強く感じられて、自分は追いていけなかった。

    0
    投稿日: 2015.04.05
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    著者とは全くの同世代です。私にとって、戦後という言葉のくくりでの時代感覚はない。戦争を知らない子供たちですから、前も後もなく、時代論証としては、ガンダム世代、ファミコン世代、おにゃんこ世代、バブル世代、ネット世代みたいなキーワードで語られることご多いです。 さて、そんな世代でも学生時代には興味の薄かった日本史を知りたいと、この歳になると自然と思います。歳をとるとはふしぎなものです。 本書はタイトルには戦後というありますが、戦争や天皇のお話もふくみますが、それにべったりでなく、戦後という時代を経て育った日本の社会を考えています。社会学としてはパーソナルな視点に立脚しており正しい、正しくないではなくこの人はこう考えるんだ。と自然に伝わってくる読みやすいものでした。

    1
    投稿日: 2015.03.26
  • すべてが腑に落ちる

    現在の世の中を見渡して、なんだろう、この絶望と閉塞感は、どうしてだろう、私たち日本人のこの薄っぺらさは、と思っている人は是非読むべき本だと思う。私はとりあえず、「なるほど」と膝を打った。 右翼でも左翼でもなく、「自分」の立ち位置から歴史を知ろうと思うと、霧の中に紛れ込んだようになる。戦後の日本の奇妙なねじれ、倒錯的な国土の蹂躙の仕方、この空虚さ。 ああ、そういうことかもな、本当に。と感覚的に腑に落ちる部分があって、読んで本当に面白かったし共感した。 それと共に、今まで周りの日本人に、自分も含めて嫌悪感にかられるところがあったのだが、「これは社会的に解決しなければいけない何かなんだ」と思い始めた。そういう意味では読後感も後味悪くない。知的な本である。

    1
    投稿日: 2015.03.19
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    「がんばろう東北」ではなくて「嘆いていい、東北。あなたたちのために私たちはがんばる」と東北以外の人が言うのが、筋なのではないだろうか? に納得。それ以外の言葉は、気持ちの真相に挟まった感じですぐには出てこない断片になって我が身に入った。

    1
    投稿日: 2015.02.20
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    「村上さんのところ」Webサイトと並行して読んでいたせいか、取り上げるテーマおよび問いそして考察といった流れが、読者と村上春樹さんの間のおりいって質問・相談したいこと ちょっと話したいこと 私の好きな場所・嫌いな場所 「猫」あるいは「ヤクルト・スワローズ」…に対する問い、回答となじんで来てしまい、どっちがどっちに書いてあったことか混乱してきました。本書でとりあげてきた安保闘争、オウムも村上春樹作品になっているし、地域、学校の閉塞感についてのくだりも、村上春樹さんの回答を読む限り、一度脱出したところには戻りたくないようですし。

    0
    投稿日: 2015.02.01
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    ところどころに印象的な言葉はあるけど、全体的になぜだか思い込みの強さを感じてしまい少し受け入れられないところがある。まるで無農薬野菜の素晴らしさを説かれているように。

    1
    投稿日: 2015.01.26
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    自分が生きるこの社会は重層的に織り成す「何か」の上に成り立っているということを戦慄とともに実感した。 当然ながら「何か」というものは普段生活している中では気づかないし、知るよしも無かった。 本書を通じて一つひとつ、その「何か」が理解していく中で、己の無知さ加減はともかくとして、自分が信じていた(若しくは理解しているつもりだった)この日本の姿が作為的に作られたものであり、虚構であることを知った。

    0
    投稿日: 2015.01.19
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    同い年の人が書いた文章は歩みが違っても共感性が高くなる。これが同時代性というものか。ただ同時代を生きながら、その中心にいるのではなく、辺縁を歩いているからこそ共感できるのかもしれない。この本のテーマは「物語」か思う。著者の問題意識は、「私たちの現在は、明治維新と第二次世界対戦後と、少なくとも二度、大きな断絶を経験していて、それ以前と以後をつなぐことがむずかしい」そのため「自分たちが、自分たち自身と切れている」ことを出発点に戦後の歩みについて著者が探していく「物語」である。最後にたどり着く結論は、「物語」はマジョリティを作り出す、そしてマイノリティを区別し、暴力性を持つ。だから「物語は弱者(マイノリティ)にこそ必要なもの」との結論に到達するところが救われる。作家が書く文章なので読ませる文章であり、読後感は良かった。

    0
    投稿日: 2014.12.31
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    父から「読むか」とまわってきた本。この人の『東京プリズン』も本屋で見たことがあるが、あれは小説なのらしい。 まえがきにはこうある。 ▼これは、研究者ではない一人のごく普通の日本人が、自国の近現代史を知ろうともがいた一つの記録である。  それがあまりにわからなかったし、教えられもしなかったから。…(略)  これは、一つの問いの書である。  問い自体、新しく立てなければいけないのではと、思った一人の普通の日本人の、その過程の記録である。(p.3) "普通の日本人"て、どんなんかなーといきなり思いつつ、この本で書かれている「戦後とその後」については、そうやったんか!と思うところもあり、それは知ってるわと思うところもあり、10歳からの「戦後とその後」をリアルタイムで生きてきた父は、読んで何を思ったんやろと考えた。 それと、著者は正直で率直な人だと思った。私は知らない、私はわからない、ということを、知らない、わからないと書き、それを知ろうとし、わかろうとする人なのだ。 自分の母親について、「ママはね、東京裁判の通訳をしたことがあるの」(p.30)と祖母から聞かされた著者は、そのことを母に問う。言葉を濁しながら、裁判資料の翻訳を手伝ったようなことを著者の母は言った。 そのとき母が「下っ端よ、下っ端。BC戦犯」(p.34)と言ったところから、著者は"「A級戦犯が大物であり、いちばん悪い」という誤解"について書く。「A級戦犯」は、いまでも、最も重大な責任があることの喩えとして使われることがある。私も、そのように誤解していた。A級が一等悪い奴で、B級やC級は下っ端だと。 これらは、裁かれた罪が違うのだった。※ ▼C級=人道に対する罪は、ナチス版東京裁判ともいうべきニュルンベルク裁判での(というか東京裁判が東京版ニュルンベルク裁判なのだが)「ホロコースト」に相当するもので、日本での該当者はほとんどいなかった。  B級は、通常の戦争犯罪、たとえば捕虜の虐待や民間人の殺戮で、当時の国際法で禁じられていた行為への造反である。従来、軍事法廷(東京裁判も軍事法廷である)で裁かれる戦争犯罪と言えば、これだけだった。  通常の戦争犯罪以外に「平和に対する罪=A級」や「人道に対する罪=C級」があるというのは、第二次世界大戦後の概念であり、戦争史上の一大発明ではないかと思う。(p.35) 母との会話のなかに、「あの戦争」の通俗的なイメージのほとんどが出てきたとして、著者はそれを書き出している。 ▼「戦争」とか「あの戦争」と言ってみるとき、一般的な日本人の内面に描き出される最大公約数を出してみるとする。  それは真珠湾に始まり、広島・長崎で終わり、東京裁判があって、そのあとは考えない。天皇の名のもとの戦争であり大惨禍であったが、天皇は悪くない! 終わり。  真珠湾が原爆になって返ってきて、文句は言えない。いささか極論だが、そう言うこともできる。でもいずれにしても天皇は悪くない! 終わり。  その前の中国との十五年戦争のことも語られなければ、そのあとは、いきなり民主主義に接続されて、人はそれさえ覚えていればいいのだということになった。平和と民主主義はセットであり、とりわけ平和は疑ってはいけないもので、そのためには戦争のことを考えてはいけない。誰が言い出すともなく、皆がそうした。それでこの国では、特別に関心を持って勉強しない限りは、近現代史はわからないようになっていた。(p.45) 「戦後とその後」には、当然のことながら日本国憲法の話があり、「アトミックサンシャインの下で日向ぼっこをしていましたよ」というホイットニー発言のことも、この本には書かれていた(この件は、加納実紀代の『ヒロシマとフクシマのあいだ』で読み、そこから私はマーク・ゲインの『ニッポン日記』を読んだのだった)。 「それは、原子爆弾を想起させて敗戦国に君臨する、実にスマートで嫌な脅し文句だったのだが」(p.126)と書いた著者は、実際に英語でどう言われた文句だったのかを調べている。それは、"We have enjoying your atomic sunshine"だったらしい。こないだ読んだ『日本国憲法を生んだ密室の九日間』では、太陽の熱のことだと注記があったが、私がそもそもこれを読んだ加納の本では、「原子力的な」というのは、原爆を想起させるものだと書かれていた。 1964年うまれの著者は、自身の記憶や経験もたどり、知らない時代のことは年上の人たちに聞きながら、高度成長期という「空き地とガキ大将が消えていった時代」を書き、「安保闘争」の時代を書く。それが「愛と暴力の戦後」であり、1980年代の「断絶」のあとが「その後」なのだ。 同じ「安保」といっても、1951年にサンフランシスコ平和条約の一環として締結された安保条約と60年に改定された安保条約とはずいぶん内容が違うことを、まさに原典にあたって、著者は記していく。 ▼日本にとっては、自分が言いもしない欲望を、他人が明文化し、しかも自分が呑む。これは倒錯的なことだ。そんな倒錯的な条文が、責任の所在がどこまでもクリアな英語で書かれていて、物語の域に達している。こんなに物語的な条文を私は読んだことがない。(p.122) さらにいえば、同じ「安保闘争」といっても、60年安保と70年安保は、驚くほど違う。別種の人に担われ、違うものに向けられた違うエネルギーではないかと思うくらいに違う。そう著者は書く。日本の歴史には、わけのわからなさがつきまとっていると記しながら。 私がおもしろかったのは「この国を覆う閉塞感の正体」と題された6章。著者自身がメンバーとして加わった「ある地域の会議」で、昔からの公園である子供の遊び場のことがどう検討されたかが詳しく書かれている。著者がその遊び場のあり方についての検討メンバーに立候補した理由のひとつは、子供に自由に遊んでほしい、その子供の既得権益を守ってやりたいと思ったからだった。 だが、検討委員会は、著者には勝手のわからないまま続いていく。「子供の遊び場に」と明確に考えていたメンバーは著者とあと二人だけ。委員長と副委員長の明確な希望は「老人の憩いの場として使いやすく」というもので、会議が3回目になって、どうやら出来レースらしいと著者は気づく。 ▼同じ地域に住まうご近所さんなのだから、話せばわかるというのは間違いだった。ご近所さんだからこそ、同じ土地の占有権を主張して譲らない。領土問題とよく似ている。「住み分けしよう」という提案は通じず、「共存の道を探そう」という提案は、ハード面で排除されようとする。(p.214) しかも提案や共存の道を探ろうとするやりとりが記録してもらえない。議事録には「フリーディスカッションをした」と、何も書いていないに等しいことが書かれるばかり。私はかつての職場で、長い長い時間をかけた議論をし、議事録にも書いたことが、次の会議でやすやすと覆される、というわけのわからない経験をしたことがある。著者が会議のもようを記すのを読んでいると、そういう雰囲気を思いだすのだった。 ▼どうやら見えてきた。  委員会だけの想像力ではない。こういうことなのか…。  「子供は、管理された状況でしか、体を使ってはいけない」  恋さえもだ。かなり暗い気持ちになった。  自由さを奪うこと。その「見返り」は、「管理しやすくなること」。「代償」は「活気が失われること」。  そして、「管理しやすさ」という見返りは、すぐに結果が見えやすく、管理責任を問われることもない。それに対し「活気が失われる」には長い時間がかかり、それに対しての責任は、誰もとらなくてよい。なぜなら特定できないから。(pp.220-221)  著者はこの話のあとに、軍隊じみた日本の学校の管理についても書き、「身体性や自然な衝動を管理されることのつけは、目にはよく見えないけれど、積もり積もって、とてつもなく大きいと思う」(p.230)と述べる。ここのところに、共感する。 8章は「憲法を考える補助線」。英語で憲法を指すConstitutionは「成り立ち」という意味で(小文字で書けばそれは「構成」という意味になる)、それにしたがって憲法を「国家構成法」として虚心坦懐に読んでみてどうか、ということが書かれている。著者は大日本帝国憲法を読み、日本国憲法を読み、自民党の憲法改正草案を並べて読む。「テキストというのは正直なものだ。思惑や運用の仕方がどうであれ、原典のテキストには、実はありのままのすべてが書かれている、そんな気持ちがすることがある」(p.259)という。 著者は、「現行憲法、特に第九条を護りぬこうという人たちに素直に与することができずにきた」(p.265)そうだ。そう主張する人たちの多くが口にする「「日本人の平和に対する願いが憲法に実った」という言い方に、嘘とは言わないまでも省略がありすぎるから」(p.265)だという。その一方で「「アメリカの押し付けだから破棄すべきだ」という物言いにも、与する気にはなれない。…(略)もらおうが拾おうが押し付けられようが、いいものはいい、と言ったっていいはずだ」(p.266)という。 ▼なぜ正直に、  「私たちがつくったものではないが、美しく、私たちの精神的支えとなってきた」  と言えないのだろうか。(p.266) この人の本は初めて読んだ。この人の書いた「物語」を読んでみたいと思った。「まったく新しい物語を」を思いながら、そういう物語をなかなか紡げなかったというエピローグを読んで。 (11/24了) ※外務省「歴史問題Q&A 関連資料集」 極東国際軍事裁判(「東京裁判」)について http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/qa/shiryo/shiryo_11.html 極東国際軍事裁判所の管轄に属する犯罪は、 「平和に対する罪」:侵略戦争又は条約等に違反する戦争の計画、準備、開始、遂行やこれらのいずれかを達成するための共同謀議への参加等。 「通例の戦争犯罪」:戦争の法規又は慣例の違反。 「人道に対する罪」:戦前又は戦時中の殺人、せん滅、奴隷的虐使や政治的又は人種的理由に基づく迫害行為等。

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    投稿日: 2014.12.09
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    日本の近現代をここまで徹底して「自分の事」として対峙している人を初めて見た。いや、自分の事だからこそ日本人は近現代史を見ないふりをしてきたのかもしれない。人は誰しも歴史の中を生きているのだ、と改めて気づかされた。

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    投稿日: 2014.11.18
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    東京プリズンを読む前に読んでみようと 思って買ってきた。 途中まで面白かったんだけど、途中から 思ってたのと違った。結果、東京プリズンは 読まないことにした。先に読むべきだったかな。。

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    投稿日: 2014.10.21
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    大きなエッセイみたいなかんじだった。けっこう直観にもとづいていろいろと結びつける。たとえば「1980年に何か決定的な変動が始まった。」このような直観から考察が出発する。個人的な、主観から出発する近現代史の本だから、いいのかもしれないけど、あるいは、読みやすくするためにそうしているのかもしれないけど、事象の解説の論拠が「知合い一人の話」だったりして、薄いなと思ったこともたびたびあった。 「神を創ってそのもとにまとまり、戦(聖戦)を戦い、そして負けた」ということでオウムと戦前の日本の類似性を指摘し、オウムを語りにくい理由としていた。たしかにそうではあるけれど、これはオウムや戦前の日本だけでなく、ほかにもそういう団体はあるし、その点はちょっと受入れがたかった。 通底して伝えている何か、というより、ちょくちょく、そうともいえるなということもあったというかんじだった。自民党の憲法改正案や来る東京オリンピックの招致についての考えは自分に近いものだった。 「何かあったら私が責任をもつから、君らは遊べ」といえるのが大人、というのはその通りだと思う、そうありたいものだ。

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    投稿日: 2014.08.09
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    20140803 同時代の作者なので内容には共感できる部分が多い。自分がなんの疑問も持たずに生きてきた事に気づかされた。この先は自分も他人事ではなくやれる事をやって行かないとと思わせる本でした。

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    投稿日: 2014.08.03
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    凄まじい。 プロローグ、第一章「母と沈黙と私」と読んですでに「確かにあったのに、誰も語らなかったこと」が横溢している。 第三章「消えた空き地とガキ大将」は、単独で優れたドラえもん批評。マンガと社会と歴史、現実と願望の関わりに迫った奇跡みたいな評論だ。 第四章「安保闘争とは何だったのか」 こちらもまたハッとする。日米安保の原文は、日本がアメリカに保護をお願いし、アメリカがそれを受け入れる、という書き方である、という指摘。 安保闘争は自国民による戦争裁判だった、参加者は一つ前の戦争と同じく特攻と玉砕で消えた、という指摘。 第五章「一九八〇年の断絶」はちょっと残念。1980年頃のテレビドラマなどから当時の「空気」を描こうとしているため、当時、自宅にテレビのない小学生だった私には「共感をもって」読むことができない。 (分かる人には分かるんだろうなぁ。) これだけバラバラなトピックを扱い、その中にこれだけ共通する通奏低音を掘り起こしている。 素晴らしい。 経済成長人口増加のおかげで隠せた難がついに隠しきれずに露わになった今、私たちは何ができて何をするべきなのか。そのヒントが記されている。 ドラえもん。日本語。日米安保。安保闘争。バブル。オウム。住民自治。天皇。憲法。これらを貫く「語りえないもの」について語っている。 愛と暴力。 誰の、誰に対する。 それに対する物語の役目と限界。 うん、いい本でした。宿題をたくさんもらいました。

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    投稿日: 2014.07.24
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    だいたい日本史はマッカーサーと天皇の写真のあたりで教科書の記憶は消えています。戦後史は公的な歴史とならないままでまた69回目の終戦記念日を迎えます。本書の題名にある「…戦後とその後」は象徴的でただひたすらに時が積み重なる戦後という物語に対するモヤモヤの表明で、ある意味、ま逆の立場の安部首相が戦後レジームの総決算を希有するイライラ感にも通底するものだと思いました。ただ自民党のそれがひたすらにマッチョへの願いであるのに対して著者のそれは、もしかしたら女性ならでは皮膚感覚で語られていて「違和感の戦後史」と言えるものになっています。その違和感も言葉の定義という根本的な原則からのものであって(憲法とか、チャイニーズ・キャラクターとか…)感覚的でありながら根本的にロジカルなものであるところに共鳴します。自分も終戦と言う言葉がなぜ敗戦という言葉の代わりに使われるのだろう?と常々疑問に思ってきました。感覚と論理の戦後史、たぶん筆者に強いインスパイアーを与えたジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」を読みたくなりました。

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    投稿日: 2014.07.11
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    永遠のゼロが気持ち悪いのも東京オリンピックにも乗れないのは古いもう対応期限の切れた物語に幻想をみてる人たちは古い物語の幻想に捕われているからなのかもしれない。 震災があっても、変わらず安倍内閣の今の感じとかすべてはそういうものの実体のないなにか、語りづらいものを信じているのか。 『一九八〇年の断絶』と『オウムの語りにくさ』だけでも読めて良かったと思う。

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    投稿日: 2014.06.24
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    情緒的、でも好きだ。 「東京プリズン」のわからなさをわかりやすくした分、 多層性がなくなった。新書だからね。 文体の気持ちよさが逆にそれこそ気づかぬままに取り込まれそうになる。

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    投稿日: 2014.06.17