
総合評価
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あすなろの木の下、私は何を思うだろう?
坂の上の武家屋敷に嫁いでいく芙美。一本の木が見える。 「・・・ひのき?」「いいえ、あすなろです。ひのきに似ていますが、一生ひのきにはなれない木です」 「がんばっているんですよこの木は。「あすはひのきになろう」といっしょうけんめいのびて・・・」 「それであすなろ・・・と」「ええ、一生なれないのに・・・」 これが、タイトルの由来だ。 幕末から太平洋戦争までを生きた女たちの四代記とも読めるし、 芙美という一人の女性の長い人生の物語とも読める。 さて、「あすなろ」についての上記の会話を聞いて、肯定的にとらえるだろうか、否定的にとらえるだろうか? 芙美は肯定的だ。 「あしたこそ・・・あしたこそ・・・そういう木なの。かあさまはこの木が大好きなの」 「いつもあしたへの希望を忘れずに生きていきたい かあさまはそう自分にいいきかせて生きてきたわ」 「だからしあわせになれたのかもしれない」 ものを見て、または誰かの言葉を聞いて、どう受け止めるかはその人次第だろう。 それこそ、芙美のように「自分にいいきかせる」ものなのだ。 里中満智子の作品には「自分にいいきかせて生きる」人物が多く登場する。 肯定的にも、否定的にも。 「こうありたい」と思いすぎて自分を苦しめてしまうことも、 「どうせ私は」と思い込んでしまう人も・・・。 激動の時代、多くの登場人物がこのあすなろの木の下で、 自分にいいきかせる。 芙美は主役であるが、芙美だけが主役ではない。 あすなろの木の下、また違った思い、信念を持って芙美とぶつかる子供たち、孫たち。 誰もが真摯に自分の人生に向き合っている。 「全員がシリアスかつ重い問題を抱えている」という描写でありながら、 エンターテイメント性を失っていないため、ページはどんどん進む。 こういうのを昭和の名作というのだ! ちなみにこの電子版の5巻末には年表と用語解説がついており、さらに、里中満智子によるあとがきがついている。 このあとがき、いや、「あすなろ坂」自体もあすなろの木のようだ。 里中満智子はこんな風にかいた。 で、読者は、どう読むか?それは読者次第だろう。
2投稿日: 2014.09.20
