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大河の一滴
大河の一滴
五木寛之/幻冬舎
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総合評価

161件)
3.9
47
48
41
5
3
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    ネガティブすぎるなと感じた。普通、自己啓発本や人生相談は「どうすれば幸せになれるか」を説く。しかし、この本は**「人生はそもそも苦しいものだ(一切皆苦)」**という仏教的な諦念からスタートしている。筆者の文章は叙情的で湿度が高く、その湿っぽさが「暗すぎる」と感じる要因かもしれない。

    1
    投稿日: 2026.01.31
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    このベストセラーが30年近く前に書かれたとは。 平成から令和、更に世知辛い世の中になって、我々はどう生きるか? 何もかも受け入れて生きていくしかないのだな。 数年後にまた読み返したい。 また別な発見があるかも知れない。

    1
    投稿日: 2026.01.29
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    仏教的な因果律やキリスト教的な予定説を矛盾させない表現としても「大河の一滴」という言葉は優れていると思う。上流からの流れに合流していくという因果律的な要素、その流れに従い循環していくという予定説的な要素。 昔、読んだ事があって、その再読だと思い込んでいたが、それは遠藤周作の『深い河』であった。『深い河』では、インドの聖なるガンジス河が「すべてを包み込む大いなる存在」として描かれ、 人間の業・苦しみ・死を受け入れる象徴として描いた小説であったが、本来、私が読みたかったのはこちらの方で、久々に再読してみようと手に取ったのが『大河の一滴』。あれ、小説者かなかったかな・・と慌てて調べて別物だと気付く。もはや、私の記憶こそ、海の藻屑である。 だが、こちらも死生観にどっぷり浸かる本。 ― 「阿弥陀」とはサンスクリットの音を漢字に訳したものである。もともとも「アミターユス」(無限の時間)、そして「アミターバ」(無限の空間・限りない光)という言葉からきているらしい。そして、そのような無限大の存在を人格化・形象化したものとして阿弥陀仏という仏が物語のなかで生みだされてきた。南無(ナーム)とは、帰命するという意味である。帰命とは、その前にひざまずき、頭をたれ、その手にすべてをまかせ、その存在に合一する、と誓うことだろう。蓮如はその親鸞の南無=仏に帰命する念仏を一歩進めて、仏との出会いを歓び、感謝する言葉として念仏の意味を人びとにひろめた。 感覚的な死生を極限まで抽象化し、それを今までの人生でストックした脳内イメージに引き付け言葉や映像に落とし込んだとき、宗教という物語が生まれてきたのではないだろうか。 ― 人間的な死ということを考えないで、科学的な生理的な死ということだけで死者というものを取り扱う、それはおそらくいろんな犯罪とどこか根のところで結びあってくるのではなかろうか。人間の命を軽く扱うという点において、そのことを私は考えざるをえません。人間が死んでゆくのだ、死んだだけではなくて、死んでゆくのだ、というふうにぼくは思います。人間の自発的呼吸が止まるなどいくつかの条件を満たすと脳死と判定されますが、脳死というのは未完の死ではないか。死が完成するために私たちは誕生と同じように、十カ月や一年ぐらいの時間を必要としているのかもしれない。私たちはそのあいだに静かに、死んでいった人たちを死者として送りだす。そして死を完成させ、自分の心のなかに死の固定というか、準備と落ち着きとをもってその人をなつかしく思い返すことができる時がくる。 しかし、主体としての人間は確実に脳死と共に死ぬのではないか。五木の死生観は、集団として死を捉えているに過ぎない。だから、人ひとりを「一滴」以上には形容し得ず、「大河」として捉える必要があったのだろう。これは目線の違いである。そして何より、一滴を大河に置き換える所作こそが、死生の宗教化だということだ。

    107
    投稿日: 2026.01.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「人間はただ生きているというだけですごいのだ」という言葉は、戦後の混乱の時代を生き抜いてきた著者だからこそ実感を持って語れる言葉だと思う。私のようにのほほんと生きている人間にはなかなかそのように考られない。 一番心惹かれたのは「私たちは死んで地獄へ堕ちるのではない。人はすべて地獄に生まれてくるのである」という言葉。これは究極のプラス思考ではないだろうか。自分がいま置かれたところが地獄だと考えれば、あとは上を目指すだけなのだから。 これに関連して、「極楽はあの世にあるのでもなく、天国や西方浄土にあるのでもない。この世の地獄のただなかにこそあるのだ。極楽とは地獄というこの世の闇のなかにキラキラと光りながら漂う小さな泡のようなものなのかもしれない。人が死んだのちに往く最後の場所では決してない。 」という言葉もこの世を生きていく希望となり得る。 深い言葉が数多く綴られた素敵なエッセイであった。

    1
    投稿日: 2026.01.02
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    図書館祭りのリサイクル本コーナーでGET。 無料って怖い。本棚に空きが無いのにアレもコレもと欲張ってしまう。(-_-) さて、この本は1998年、いわゆる世紀末に刊行された五木寛之さんの随筆。エッセイってことですよね? 当時、大ベストセラーになりました。が、読んだことの無い私は、ずーーーっと小説だと思ってました。(*´∇`*)あはは〜! 最近は、朝井教長野支部としての活動(朝井リョウのエッセイを読む事)に忙しく、思考に偏りが出てきた為、著名な方の作品を読むことにしたのだ。 エッセイはエッセイでも随分違いました。笑 五木寛之氏は1932年(昭和7年)生まれ、現在93歳!ご健在♡ この方が60代頃に書かれた作品ですね。 「人はみな大河の一滴」より、なぜかふと心が萎える日に、の冒頭、『私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある。』という衝撃的な文言から始まる。 つかみはオッケー。 私はすぐにのめり込み読み始めた。 著者のこれまで生きてきた背景が色濃く反映され、仏教、特に親鸞や蓮如のことが数多く出てきた。また、著名な方なので知り合いも多岐に渡り、色んな方が登場する。 そして執筆された時代は、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、おぞましい政財界の混乱、バブル崩壊からいまだに立ち直ることのできない経済、さらに神戸では中学生による小学生殺害事件と、世紀末を象徴するような出来事が続発した。時代…。 この様な世の中でこの本がとても売れた。 そして30年近く時が過ぎた今、この本を読んでも胸に響く何かはあると思う。 読む年代によっても感じ方は変わると思う。だから以前読んだことのある人は、もう一度読み返してみると新たな発見があるかも知れない。   著者のことをよく知らない方は、あとがきにかえて、から読んでもいいかも。そうすれば良かった…。 さて、思考がリセットされたところで次は小説を読んで物語の中に入り込みたい。 そう言えば、日記始めましたよ♪誕生日から! しかしね、タコジローの様には書けません。 その日の出来事と夕飯の内容を書き記すのみ。 それでも書き忘れると「前日の夕飯何だっけ?」となる。 あるあるあるーーーー♡

    25
    投稿日: 2025.12.02
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    作者の思想について書かれており、今の私には共感出来る所があまりなかった。でも理解出来た所もあるので「そうなんだ」ぐらいに思っておく事にする。

    6
    投稿日: 2025.10.11
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    天国の中に天国はない。 地獄の中に天国があり、濃い闇を見て背後の光に気付き、夜があるから朝が来る。 「あれか、これか」ではなく「あれも、これも」と包括的に生きること。 親鸞の「寂しさから逃げてはいけない、寂しさはあなたを育てる運命」という言葉は印象に残った。 干天の慈雨に感謝して寛容に生きろということを伝えたかったのかなと思った。 今生きている世界では大多数の人が周りとの比較や自己顕示欲に囚われていることが事実。 そのため、私も生にランクの違いはなく、それぞれの想いを抱えて今日まで生きていることが偉業なのだと思いたい、思っているが、どこか隅の方で自分が他人より幸せではないと感じたり、幸せにならなければならないという強迫観念に駆られてしまう時があるのも事実。 筆者は、そのことを心から信じることができているように見えて少し悔しい気持ちになったし、筆者が既に何か成し遂げた側の人間であるからそう思えているのでは?と感じてしまう自分もいた。 もっと多くの経験を積みたい。

    2
    投稿日: 2025.10.03
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    人生初のインド旅行のお供に、飛行機の移動時間やホテルでの休憩の際に読んだ本。 東洋哲学をベースにした、押し付けがましくない著者の思想や価値観には感動すら覚えるほどの共感を得ました。良い意味で肩の力を抜いて現代社会を生きていける勇気を貰える気がします。 「インド旅行」という非日常の中で読んだという要素も相まって思い入れが深い一冊。また数年後や10数年後に読んだ際に自分がどう感じるのか楽しみです。

    0
    投稿日: 2025.08.20
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    なんとか前向きに生きたいと思う。しかし、プラス思考はそう続かない。頑張ることにはもう疲れてしまった―。そういう人々へむけて、著者は静かに語ろうとする。「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」「傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」と。この一冊をひもとくことで、すべての読者の心に真の勇気と生きる希望がわいてくる ………… 言ってることはわかるが、やはり背景が古いので、何となく心には響かない。 当時の人々には響いたであろうが。 今の世代には難しいかなぁ。 戦争の頃の話を持ち出されても、想像ができない自分がいる。随所に出されてしまうと、読み進められない。朝の連続ドラマもそうなのだが、戦争の話になると思考停止になってしまう。 こんな自分が情けない。

    20
    投稿日: 2025.05.22
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    五木寛之さんの著書を初めて読みました。 なんて謙虚な人なんだろう、というのが第一印象。 ・プラス思考だけでなく、マイナス思考も大切だ。 ・病院でのブードゥー死 ・面授 ・癌細胞の捉え方 ・心の内戦 など、興味深い考え方がいっぱいありました。 平成11年初版の本ですが、今にも通じるものが多い、、合理性を追及してきた結果、世の中がカラカラに渇ききっている。だから物の見方を寛容に変えていこう、、ほんとにそうだなと思う。

    9
    投稿日: 2025.05.04
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    五木さんが今の日本や世界を見たらなんと言うだろうか。自殺者は一応、減ってきてはいる。けれど、液晶端末を見つめる人々に何を思うだろうか、と思う。 弱々しくとも、社会に悪いことを及ぼす人間だとしても、生きているだけでものすごく頑張っているのだと、今言ってもらえるとしたら、どれだけの人が救われるだろう。 全てのことには二面性がある、寛容に受け入れること、面白いエッセイ、たくさんのことを教えてもらえる本でした。

    10
    投稿日: 2025.05.04
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    これからの時代は、頑張らなくてもいい。 寂しいとか、悲しいとか思った時、今までは、頑張らないと!となったけれど、これからは、その気持ちに寄り添う時代。と書かれていて、すうっと力が抜けました。 何かに追い詰められた時、頑張らなくても大丈夫。と思える1冊でした。 健康な体と礼節さえあれば大丈夫。それを意識して生きたいと思いました。

    1
    投稿日: 2025.05.03
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    五木寛之さんの本は初めて 大河の一滴はかなり話題になっていたことは覚えている ただずっと小説だと思っていた 無知の極み‥ 哲学的な書として紹介されているのをキッカケに手にとって見たが、 数ページ目からもうすでに目から鱗? すべての文章が身体の中にストン!と落ちてきて じわっ〜と染み込んでいくのがわかった あーなんで今まで読まなかったかと悔やむ一方で 今だから響いているんだろうか とも思った 話題になっていた頃に読んでいても 油ぎっていた身体に染みてはいなかったかもしれない 「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」 マイナス思考から始まる人生、その中で思いがけず注がれるしあわせ 「早天の慈雨」 世は地獄、その中で一筋の光があればそれが極楽 そして浄土に向かう 死を迎えた時に、周りから拍手されるくらいのそんな死を迎えたいとも‥ 「人はみな大河の一滴」 永遠の時間に向かって動いていくリズムの一部 一生という水滴の旅を終えると、やがて海に還る 母なる海に抱かれてすべての水滴と溶け合い、やがて光と熱に包まれて蒸発し、空へ そして再び地上へ 親鸞の話など今までは聞いていても全く頭に入ってこなかったものがなぜかすぅーっと心に入ってきた そしてそして人は生きているだけで凄いことだと改めて確認した!

    88
    投稿日: 2025.04.14
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    励まし、慰め、人の相談に共感できないことが多くて、嘘の励ましを乱用していたなと感じた。それは非常に無責任だったなと思う。共感できないことには素直に悩む姿勢が相手にとっても自分にとっても優しいのかな。

    2
    投稿日: 2025.04.12
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    わたしも人の一生は水流が巌にぶつかって弾け飛んだ水一滴のように感じてたので、この本に引き寄せられた。 1998年当時、ポジティブとネガティブを包摂するとか、多様性とかいえる人間性に脱帽する。

    6
    投稿日: 2025.01.02
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    死生観が揺さぶられるような気持ちにさせられた。人の人生はは大河の一滴程度の儚いものだが、生きてるだけで価値があるということを言わんとしているのだと思う。大河に飲み込まれながらも一滴ほどの自分の価値をどう捉えるか考えさせられる一冊だった。

    2
    投稿日: 2024.12.14
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    傷心的になった時に再度読み返したい 何もやらなくて良い、失敗した人生であっても良い、それはそれで人間として生まれてきて、そして人間として死んでいく、そのことにおいて、まず価値がある ラジオ深夜一夜物語では、著名人が発した言葉などを引用に五木さんの意見を述べる。どの話も面白かった。どんな出来事も自分の糧となっている、マイナス思考から抜け出すのことを考えるのではなく、人生はマイナスだらけでプラスなんてほんの少し、そういうもんなのかと。

    1
    投稿日: 2024.10.12
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    初めて五木寛之に出会った本。「大河の一滴」にもなろうという、その心掛けがすごいと思った。究極のマイナス思考から発せられる、生きることに対するエネルギーが強烈だった。

    3
    投稿日: 2024.09.17
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    母に勧められ読んだ、本を読むことの面白さを知った最初の本。 時々手にとって再読している。 何度読んでも新たな発見がある。

    2
    投稿日: 2024.08.31
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    40代にもなるとある程度人生の先行きが見えてきて、希望がない感覚に陥ることがある。「ミドルエイジ・クライシス=中年の危機」と呼ばれるこのアイデンティティや自己肯定感の喪失は、人生100年時代と言われても残りの時間がただ延長されて辛いだけみたいな絶望感に苛まれる。 そんな人生の有意義・無駄を評価するメリトクラシー的な価値観こそが傲慢であり、自分自身だけではなく他者にもそんな考えを押し付けようという在り方が、実はその苦しさの正体なのではないか。とくに経済的な成功や社会的地位の上昇など、都市的な分かりやすいアイデンティティにこそ落とし穴があると筆者は指摘する。 人間は時代という大河を流れるほんの一滴の水みたいなもので、基本的にこの世は地獄。自分にも社会にも期待しないところから出発するのだ、という筆者の論にはまだ理解が及ばないが、将来的な期待利益を勝手に想定していま現在を疎かにする、そんな資本主義的な生き方からは逸脱できていると感じる今日この頃である。

    1
    投稿日: 2024.04.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    五木寛之さんの作品を読んだこともなく、生い立ちも知らなく、ただこの本はおススメと言われ読んでみたら、なかなかよかったです。中身は共感できる言葉ばかりで、弱者、ネガティブな気持ち、がんばれない人たち、気持ちの切り替えが不可能なひとたち、そういう人や感情を受け入れて良しとすることを伝えてくれるから、勇気をもらえる気がする。 初版は平成11年だけど、今にも通じる言葉がたくさん書かれている。全然古くない。

    2
    投稿日: 2024.02.07
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    五木先生らしい平易で明瞭な文章による、生きることや言葉についての随筆集。題名にもなっている冒頭部分の「大河の一滴」に関する章に最も心打たれた。自分は全編通じて興味深く読めたが、何かストーリーがあるようなの本ではないので、エッセイや評論を読むのが苦手な人はしんどいかもしれない。

    2
    投稿日: 2024.01.25
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    新しい視点をもらいました。 この世は地獄。 その中に極楽がある。 マイナスの中のプラスが希望の光。 冷たい夜と闇の中にこそ朝顔が咲く。 暗黒の中でないと、小さな光は見つけられない。 暗黒の中で見つけた光は、小さくても強い輝きのように感じる。 ここからは読んで考えたこと。  AIが医師や教師の代わりになるという意見がある。それに反対する意見もある。なんか、世の中が、AI対人間という考えに向きすぎている気がする。  本の中に「面授」という言葉がある。面と向かって教えてもらうことが大切で、知識だけなら本で得れば良い。会って直接聴いて得るものがある、という考えだが、そうなるとAIにはできないことを医師や教師はできるので、AIはむしろ医師や教師の価値を高めてくれたのではないのか。  なんて考える。

    1
    投稿日: 2024.01.23
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    つまらんけどいい本だよ(笑) いやいや❗内容はめちゃいいんだよ❗ ただ普段、ラノベとか小説ばっか 読んでるからさ❓ 展開無い本って読むの辛い・・(笑) 説法じみてるんだよね。内容が。 淡々と説かれる感じで。 だから途中で飽きる・・(笑) それでも、少しづつ読み進めていくと、 じわじわと内容が染み込んできて 普段の生活の中での意識とか、 立ち振舞とか、考え方とかね❓ 色んな事に気付かされる。 . 下手な自己啓発本とか、 スピチュアル本を読むより全然オススメ。 . ただ、この本の評価は、 読む人によって全く分かれるかな❓ 今、毎日が充実してて、 生きてる事が楽しい❗✨って人には、 ぶっちゃけ、読んでもつまんないかも。

    1
    投稿日: 2024.01.16
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    こないだ見た映画『大河の一滴』がムムムでね。明るくて力強いイメージの安田成美さんを全面に押し出しての「これからの女性像」が空回りの巻で。そしたら原作が五木寛之だっていうじゃないですか。こんな中身のないもんを五木さんが書くかね? って思ったらエッセイだそうで。 エッセイを原作? 借りてみました。これを原作にされたら巨匠である新藤さんでも無理だわ。まるで別物でした。日本人がいま読むべき本の第1位よこれ。もう20年以上も前の本なのにまったく新鮮。当たり前すぎることばかりが書かれているんだけれどコロナ禍をすごした者にはスーっと染み込んでいくお話の数々間違いなし。 と思ったら2020年に再ブレイクしているんだそうですね。そうなるとやはりこの本も用意された逃げ道のひとつだったのかと確信するわ。2020年に読むのと2022年に読むのとでは残念ながら価値がまるで違う。ましてや2023年の終わりに読むなんて……。 いや、それでもまだ読んでなかったら読まないといけない本。来るべき2024年に向けてのバイブル。 《証明することができない事柄を信用しない人がいる。科学的でない、という理由からだ。しかし、私たちは科学だけで生きているわけではないし、市場原理だけで暮らしているわけでもない。証明できようができまいが、それを信じて勝手に生きることはいっこう差し支えないのである。そういうわけで、最近とみに常識に合わないことを大事にするようになってきた。どうもそっちのほうが自然な生きかたのように思われてならないからだ。そっちとはなにか。それは直感である》

    3
    投稿日: 2023.12.10
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    家族に薦められた覚えがあるが途中で挫折。ブグ友さんの本棚で見つけて図書館よりお取り寄せ。 「私たちは、人生は明るく楽しいものだと最初から思いこんでいる。それを用意してくれるのが社会だと考えている。しかし、それはちがう。」 「どんなに愛と善意に包まれて看とられようとも、死とは自己の責任で向きあわなければならない」「なにも期待していないときこそ、思いがけず他人から注がれる優しさや、小さい思いやりが<争点の慈雨>として感じられる」 「愛情も家庭も老・病・死する」 看取られた際に家族や友人のあいだから自然と拍手がわいたという話 「ご臨終です」と言われたおばあちゃんが、死に水の儀式で使う脱脂綿を探す家族へ場所をつぶやいて息を引き取るという話に、死に方の見事さを感じる。 「人間はただ生きているというだけですごいのだ。死へ向かって一歩一歩あるいていく旅人のようなものだ。この世に生を受けた者は、ある種の役割があって、存在している」という考え方に勇気づけられる 免疫の中の寛容というはたらき、なんでも排除するのではなく、自己の中に非自己を共存させていく側面があるらしい。寛容さを身につけたい。 朝と夜、「おい、親指くん。きょうはくたびれただろう」などと話しかけながら、ゆっくりていねいに足を洗う話もやってみたいと思った。 「泣くということにより自分の魂の浄化」「自分だけの、他人に明かすことのできない、悲しみとか痛みとか、そういうものを、それぞれに抱えて生きている」ということに同感。

    15
    投稿日: 2023.10.21
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    『大河の一滴』五木寛之氏 冷たい夜と闇の濃さのなかにこそ朝顔は咲くのだ。(291ページ) 【こんな方におすすめ】 「少し心も体も疲れているな、、、」「でも、、、無理して頑張るという気持ちにすぐにはなれないな・・・」。 もしも、そんな状態ならば・・・この書をポケットにいれて、お気に入りの喫茶店や近所の公園のベンチでくつろいでみる、そんなひと時はいかがでしょうか? ―――――――― 【作品】 優しい、しっとりとした語り口のエッセーです。   五木さんは敗戦を「平壌」で迎えたと記述しています。戦後の復興から現代までをつぶさに観察してきた作家のおひとりです。 作品は、バブルがはじけて約10年、阪神淡路大震災のあとに生まれています。また、当時の自殺者人数は2万人を超えていました。   五木さんは、そんな時代に危機感を持ちながらも、決して批判をするわけではありません。ご自身のなかで「どのように解釈をしたらいいのだろうか?」と悩みながら、読者のわたしたちに語りかけてくれます。 ―――――――― 【読み終えて】 自身と外の世界の対比 ★★★★★ 自身の心の光と闇の対比★★★★★ 二律背反の世界への解釈★★★★★   自分の心と体、そして五木さんが見る世界を対比することによって、足りていること、足りていないことを考える機会に浸ることができました。 また、同時に、なにに光を見出し、どんな闇に怯えているのか?についても併せて考えることとなりました。 何が正しい、何が正しくないという二進法で物事をとらえることが多いです。この考え方に加えて、もう少しいい加減にとらえてもいいのでは?という解釈、選択肢をもつ「しなやかさ」に出会うことができました。   30代前半で読んだときと、人生折り返しで読んだときのとらえ方、受け入れ方。 面白いほどに大きく違うんだな・・・と認識することができました。 30代のころは、自分に置き換えるというとらえ方ではなかったから・・・。 五木さんの世界を知るがメインであったから・・・。   【本書より】数字は掲載ページ。 25 親切に慣れてしまえば感謝の気持ちも自然と消えていく。だから慣れないことが大切だ。いつもなにも期待しない最初の地点に立ちもどりつつ生きるしかない。 65 世の中はときに澄み、ときに濁る。(省略)清らかにすんでいないことをひとり嘆き、怒っているばかりでは生きていくことはできない。 77 私という自分が二つある、というのは、そういうことである。すべての人間と共通している自分と、だれとも異なるただひとりの自分。その二つの自分は、ときとして対立し、ときとして同調する。 112 人間の値打ちというものは、生きている、この世に生まれて、とにかく生き続け、今日まで生きている、そのことにまずあるのであって、生きている人間が何事を成し遂げてきたか?という人生の収支決算は、それはそれで、二番目くらいに大事に考えていいのではなかろうか、 124 なにもやらなくてもよい、失敗した人生であってもよい、それはそれで、人間として生まれてきて、そして人間として死んでいく、そのことにおいて、まず存在に価値があるのだ、と思うことがある。 129 混沌を認め、もう少しいい加減になることによって、たおやかな融通無碍の境地をつくることが、枯れかけた生命力をいきいきと復活させることになるのではないでしょうか? 159 ひょっとしたらマイナス思考とか、あるいはネガティブ・シンキングとか、こういうものもすごく大事なことではなかろうかと考えるようになってきました。 187 規則正しい生活というものをあまり強調しすぎることによって、規則正しい生活をしなければいけないということが人間の心と体の自由を奪うようになっては、これも問題なのではないか、 188 問題は、その人間にとって、どういう生きかたがいちばん自分らしく、そして自分で納得のいく生きかたなのか、ということにかかわっているのではないでしょうか 189 プラスとマイナスがお互いに反撥しあい、また引かれあうような、そういう物の考えかた、両極端のどちかではなく、<どっちも>という考え方を、このへんで、もう一ぺん振りかえってみたいという気がします。 248 自由に、豊かに、言葉を使って、自分を表現することは素晴らしいことです。しかし、その<言葉>にも限界があるということを、常に感じていたい、と、ぼくは考えるのです。 291 冷たい夜と闇の濃さのなかにこそ朝顔は咲くのだ。

    31
    投稿日: 2023.10.13
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    1.著者;五木氏は小説家・随筆家。少年時代は、父親から古典の素読や詩吟を教えられました。小説を読む事を禁じられたので、坪田譲治や江戸川乱歩を隠れて愛読。中学以降は、ドフトエフスキー・ゴーリキー等を読み漁る。「さらばモスクワ愚連隊」で作家デビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門」で吉川英治文学賞など、多数受賞。「大河の一滴」他、仏教に関する著作も多い。 2.本書;五木氏が1999年に書いたエッセイ。構成は5章建て47項目。第一章;人はみな大河の一滴(なぜかふと心が萎える日に他) 第二章;滄浪の水が濁る時(この世に真実はないのか他) 第三章;反常識のすすめ(他人とは違うただ一人の自己他) 第四章;ラジオ深夜一夜物語 第五章;応仁の乱からのメッセージ。あとがきより「私は著しく自分の人間性を歪めてきた・・・。多くの心優しい人達の犠牲の上に、強引に生き延びて母国へ帰ってきたいかさま野郎がこの自分」と。苦労人ならではの言葉、「人間の一生は苦しみと絶望の連続。そう覚悟する事から道は開ける」と。 3.個別感想(心に残った記述を3点に絞り込み、感想と共に記述); (1)『第四章;ラジオ深夜一夜物語』より、「他の人間と比べて、自分の人生にコンプレックスを持ったり、優越感を持ったりする事は、全く意味のない事ではないでしょうか。・・・普通の人以上のエネルギーや幸運を与えられた(人はその)事をむしろ謙虚に感謝すべきである。そして、僕達はその人達を羨む必要もない。人間は一生、何もせずに、ぼんやり生きただけでも、ぼんやり生きたと見えるだけでも実は大変な闘いをしながら生き続けてきたのだ、というふうに、僕は考えます」 ●感想⇒❝262法則(優秀な人=2割 普通=6割 優秀でない=2割)❞は全ての集団に適用するそうです。だとすれば、コンプレックスを持つ人が優越感を持つ人と同程度いるという事です。私はコンプレックスを持って良いと考えます。生きていく上で、人間関係は避けれません。他人より劣っていても良いではありませんか。それをバネにして自分らしい目標を決めて、努力すれば良いのです。目標を達成出来なくても、自分を褒めてあげましょう。そのプロセスに意義があり、きっと人生の肥しになります。過日、新聞である女性の投稿記事を読みました。「中学の時、療養で高校進学を諦めたが、独学で高校と大学を卒業・・・」とありました。そして、「重ねた努力はその後の人生の糧になる。自分の生き様を誇れる人でありたい」と。辛い事を乗越えて、努力する人への応援歌ですね。感動 ❢ (2)『第四章;ラジオ深夜一夜物語』より、「健全なる精神は、健全なる身体に宿る。・・・きちんと朝起きると顔を洗って髭を剃り、一応、服装を整えて髪もなでつけ、顔をあわせると❝おはよう❞と挨拶し、ものを食べる時には❝頂きます❞という人もいる。こういう社会的なマナーを身に着けた人が意外にしぶとく強く、(南極という)厳しい生活環境の中で最後まで弱音を吐かなかった。・・・人間は健康とか体力だけで厳しい条件に耐えられるものでは無い」 ●感想⇒「健全なる精神は、健全なる身体に宿る」。その通りだと思います。健全な精神の基本は、❝清潔な身なりを保つ(不快感を与えない)、人に会ったら挨拶する、社会のルールを守る、どんな時でも感謝の気持ちを忘れない・・・❞等を自然体で出来るという事です。常に意識する態度が必要です。「他人に学ぶ、勉強する・・・」気持ちを忘れず、精神面を充実したいものです。健全な身体は、健康に留意して病気にならない。食事に留意し、適度の運動に心掛けましょう。それでも病気を患ったら、滅入ることなく養生しましょう。聞いた話です。近所に大企業の幹部がいるそうですが、「その家族は、町内会の行事に参加せず、道で会っても挨拶しない」。企業の地位が世間にも通用するという思い込み、残念です。マナーは社会人の基本。「他人のふり見て我がふり直せ」ですね。 (3)『応仁の乱からのメッセージ』より、「人間の傷を癒す言葉には二つあります。ひとつは❝励まし❞であり、ひとつは❝慰め❞です。人間はまだ立ち上がれる余力と気力がある時に励まされると、再び強く立ち上がる事が出来る。ところが、もう立ち上がれない、自分ではもう駄目だと覚悟してしまった人間には、励ましの言葉など上滑りしていくだけです。・・・頑張れと言われれば言われる程辛くなる状況もある。その時に大事な事は何か。それは❝励まし❞ではなく、❝慰め❞である」 ●感想⇒本で学んだり、人生の先輩から教えられました。「精神的に落ち込んでいる人には、励ましの言葉は禁句、聞き役に徹する事」「相談相手は親族よりも、親しい友人が良い」と。五木氏は「自分ではもう駄目だと覚悟してしまった人間には励ましの言葉など上滑り、❝慰め❞だ」と言います。私は、可能であれば、何でも聞いてあげ、それについては意見を言わず、ましてや❝頑張れ❞と言わない事だと考えます。自分が落ち込んで人と話したくない時に思いました。そっとしておいて欲しいと。相手の状況判断がポイントですね。素人判断せずに専門家に頼るのも良いかも。 4.まとめ;本書はバブル経済の崩壊により、厳しい不況が続いた時に出版。2020年の某社調査で、文庫部門の週刊ベストセラーに輝きました。コロナの蔓延で、社会に暗雲が垂れ込める中、ベストセラー「大河の一滴」が人々に注目された、と言えます。「市場原理と自己責任という美しい幻想に飾られた今日の世界は、ひと皮むけば人間の草刈り場に過ぎない。私達は最悪の時代を迎えようとしているのだ」は現代でも通用します。私達はウクライナ問題を始め、人類の危機に立たされています。疑似平和を謳歌するだけでなく、政治に関心を持ち、将来を考える事も必要です。解説の言葉です。「本書は、不安だったり、自信喪失に陥ったりしている人には効き目のある、人生座右の書」。(以上)

    252
    投稿日: 2023.09.22
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    社会の閉塞感はきっとここに書かれていること。 また読むかも。 でも死んだじいちゃんの話聞いてるみたいで ちょっと悲しくなる。

    2
    投稿日: 2023.08.23
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    中盤が面白かった。 生きてると気分が塞ぐことも多いけど、本書の中に書かれていたリア王の例えや「いつの世も世の中は絶望に溢れているのではないか」 という考えはとても納得がいった。 生きていく上で必要な思想の一つだと思う。 自分はネットで様々な情報を得ることが多く、 一昔前の人はどうだったんだろうと思うことが度々合ったんだけど、五木さんは仏教の考えが基盤にあるんだなと思った。 犬夜叉の影響で前々から仏教関連の話は好きなんだけど、また少し興味出てきた。

    1
    投稿日: 2023.06.20
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    ライ麦の話が印象的だった 人間の命が日頃どれほど頑張って自分の命を支えているのか、改めてそういう観点で考えてみると 軽んじていた自分の存在を少し誇れるような気がする

    1
    投稿日: 2023.04.11
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    直球で書いたエッセイ。作者68歳くらいの時の作品。ゆっくり下り坂を歩いていく年齢にさしかかったときの所感を論理的にまとめられている。

    1
    投稿日: 2022.10.26
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    開始:2022/9/15 終了:2022/9/23 感想 上滑りした小手先の知識ではない、深みのある知恵。自分の中の澱を掬い出し陽の光に当ててみる。それは意外にもキラキラ輝いているのかも。

    0
    投稿日: 2022.09.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「世界一受けたい授業」で取り上げられていて、キャンセル待ちをしてようやく手に入れた本を、ようやく読みました。 読み手の年齢や時代や個人の状況によって、受け取り方が大きく異なってくるかもしれませんが、私にはとっても心に沁みるお話ばかりでした。 本当そうだなぁー…と頷きながら読んでいました。 そしてこの本の初版が発行されたのが平成11年で、著者が“昔と比べて今はこんな風に変わってしまった(ネガティブな意味)”というようなことを語ったりするのですが、それから23年が経ち、世の中はもっと悪くなってしまったと嘆いていらっしゃるのではないかと想像してしまいます…。 20年以上も前の本ですが、現在の私たちに響く言葉ばかりです。 ラジオを聴いているような感覚で、一冊あっという間に読んでしまいました。 個人の思いや考えを知ることはとても興味深いですが、昨今の動画サイトなどを見ると、個性を強く主張して目立とうとする風潮があるように思えます。 本作は、終始優しい語り口でも強い思いはしっかりと伝わり、仏教や著名人のエピソードなども交えてお話しくださるので、学びにもなります。 また著者がどうしてこのようにネガティブに思うのかについて、戦争という凄まじい体験が根底にあり、改めて戦争の惨さを感じました。 人によってはなかなか受け入れにくい文章もあるかもしれません、でもある程度の年齢になると、誰かしら、どうしようもない耐えがたい絶望的な気持ちになる経験があると思います、そんな気持ちに対して、無理に励ますのではなく寄り添ってくれます。 そしていかに著者がマイナスな感情を持ち、その中でもプラスの思考を見いだそうとしているか、世界で起こっている事象について、問題点の投げかけと改善策を考えてみる、という後半は特に勇気づけられ、背筋を正してくれて、この言葉もあの言葉も忘れたくない!と思いながら読み進めていくうちに、気付いたらたくさんのドッグイヤーが付いていました。 私たち人間は自然エネルギーも必要としますし、自分よりも弱い生物を犠牲にすることも必要としますし、精神的な魂の食べ物(愛・友情・人生の目的etc)も必要として生きています。 人(だけでなく植物や動物もみんな)にとって、生きるということがどれほどの大きな努力に支えられているのかに改めて気づかされました。 そして現在・過去・未来はすべて“今”に集約できること、今を大事に見つめ続けることの重要性や、人間は喜ぶと同時に悲しむことが大事という話は、ディズニーの名画『インサイド・アウト』を思い出して余計に納得しました。 また免疫学の観点から、寛容<トレランス>の精神の重要性も教えてくれました。 そしてP167~のC・W・ニコルさんのお話、アウシュビッツから奇蹟の生還をはたしたフランクルさんのお話では、礼儀や身だしなみという、極限状態では後回しにされそうなことが最も重要であること、感動すること、喜怒哀楽の人間的な感情を忘れない人がサバイバルでは生き残る、というも印象的でした。 心と体は深くかかわりあい、人の命を支えている。 そして人間は一人で決して生きてはいけない。他人の悲しみを自分が代わってあげることはできないけれど、相手の痛みを自分の痛みのように感じることはできる。 そして<布施行>への意識はこれからも忘れずに持ち続けていきたいと思いました。 また言葉の力の大きさ、蓮如が勧めた、できるだけものを言うようにすることへの意識、とは言えども、言葉にならない深い思いというものもある、という事もきちんと理解しておきたいです。 先日衝撃的で信じられない事件が起こり、ここ最近、とある特定の宗教がニュース番組で毎日取り上げられていて色々と考えさせられます。 個人的な宗教そのものの世界観についてですが、 生きていく中ではどうしようもない絶望感に囚われてしまうこともあり…、そのようなときに救いとなるものが、宗教のような精神的な世界だと思っています。 著者のP39~『大河の一滴としての自分を見つめて』の中で宗教について書かれていますが、本当にその通りだなと思いました。 *****引用***** “私たち日本人のほとんどは、意外に思われるかもしれないが、常に宗教と背中あわせに生きているものなのである。夕日を見てなんともいえない不思議な気持ちになったり、深い森を不気味に感じて恐れたり、アスファルトの裂け目にめぶく雑草に感動したり、その場その場で私たちはおのずと目に見えない世界に触れるのである。” “宗教とは教義や組織によって成り立つものではない。人間の自然な感情から出発するものなのである。” *********** 暗闇の中にいるからこそ光を感じられることの喜びや有難さに気づけていけるようになりたいです。 

    13
    投稿日: 2022.08.13
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    基本は小説しか読まないのですが、 たまにはこの手の本も読んでみたくなり、 手に取りました。 読み終えて、正直な感想は、「う~ん」。 ただ、この先生きて行く上で、「そう言えば、あの本に、こんな事が書いてあったな…」と思い返すかもしれません。 今度は、著者の小説を読んでみます。

    3
    投稿日: 2022.07.09
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    2度目の完読。 1度目は「世界一受けたい授業」で五木先生のこの「大河の一滴」が取り上げられていて、なんだか面白そう、と軽はずみながらもちゃっかり後日、本屋で買った後のことだった。暗い中にも包み込んでくれる様な温かさを感じる文章に虜になり、必ずや、時をあけてまた読み返すことを誓ったことを覚えている。 2度目となった今回だが、1度目とは違った温かみに包まれた感覚になった。というのも初回は言ってしまえば、まだ人生に希望を持てていた時期だったのに反して、今回はある意味人生の“果て”の渦中にいる中での読書だったからなのかもしれない。また、初回は月日をかけて読み切ったのに対して今回は2日で読破したからというのもあるだろう。 五木先生は本書の1行目から「私はこれまでに二度、自殺を考えたことがある」という大胆でかつ偽りの無い経験を隠すことなく伝えてくれる。この告白によって読者のこちら側としては心を許して耳を傾けていくのだ。 極限にある人間というのは励ましは効かず、慰めがのみ少しの効力を見せる。人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることから始まることがある。絶妙に曖昧で矛盾多き人間という社会的動物である我々の横に腰をかけ「そっか、そうだったか。そうだよな。」と暖かく手を重ねてくれる、そんな感覚を覚えるこの一冊に出会えたことを改めて感謝し、また月日を挟んでから3度目の熟読を約束したいと思う。

    1
    投稿日: 2022.06.25
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    著者が、終戦を北朝鮮で迎えた後ソ連の捕虜となり、その後引き揚げたと言う過酷な体験は、想像を絶するもので、理解することは容易ではないが、ここで語られている著者のお考えや信念と言ったものが、その様な体験から裏打ちされたものなのだと思う。 生きていく上で、心に留めておきたい事が色々ありました。 この本が発行されたのは、1999年。当時も痛ましい出来事が次々起こりバブルも崩壊した真っ只中で生きづらい世の中だったのを思い出すが、その後起こった同時多発テロや東日本大震災、コロナ、異常気象、ロシアのウクライナ侵攻。。。などを思うと、著者の言うようにこの世は苦しいことばかりであり、生きているだけで価値があるのだ、自身を大河の一滴と捉える、と言う考えは今の世を乗り越えるためにも心に持っていると良いように思う。 備忘録 あれもこれも、と抱え込んで生じる混沌を認め、もう少しいいかげんになることによって、たおやかな融通無碍の境地をつくることが、枯れかけた生命力をいきいきと復活させることになるのではないでしょうか。 大きく喜ぶためには、大きく悲しまなければならない。深く泣ける人でなければ本当の笑いを笑うことができないのではないか。希望というものは絶望と背中あわせになっていて、深く絶望する者だけが本当の希望をつかむことができる。明るさと暗さは相対的なものであって、どちらか片方だけを、見る考えかたは必ず行きづまってしまします。

    2
    投稿日: 2022.06.15
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    ラジオ深夜一夜物語がよかった。 ライ麦の根から気づいた、人間は生きてるだけでいちばんの大きなかちがあるということ。ぼんやり生きてきたように見えても、じつは大変な闘いをしながら生きてきている。なにを成し遂げたかなんて、二の次でよいという。まさにそのとおりだと思う。生きるために、生きている、そのことですでに誰もが懸命に必死に戦っている。それだけで素晴らしいと思いながら、また生きること。このことを大切にしながらこれからも生きていきたいと思う。 子どもたちにもこのことは親としてしっかり伝えていきたい。

    5
    投稿日: 2022.05.24
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    だいぶ以前に購入して、読みかけて積んで有った。 余りに忙しい日々には、心に落とし込めなかった。 1日数ページずつくらい、じっくり読まないと、私には内容が濃すぎて、二か月位かけて読了。 何と沁み入る本だろう!

    8
    投稿日: 2022.01.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    生と死について、納得したり発見できることがあった本でした。 自殺する人が多いなか、「生きたくても生きられない人もいるのに」と非難されることがあるけれど、 筆者をはじめ紛争や戦争などで死が身近にあった人たちにとって、生への喜びや執着などものすごく大きなパワーが生み出されていたでしょうから、現代の「普通に生きられている」人たち(私を含めて)が、死を選択したりなんとなく生きているのも、ある意味しかたがないのかなと考えさせられた。 生きているということを実感するためには、「死」を意識するしかないのかな。。。 死ぬ気になればなんでもできるというけど。 面白かったのは、 「人間が生まれてくるのに10ヶ月かかるのなら、死んでいくにもやっぱり10ヶ月かかる」というところ。 亡くなった人の社会的な存在や記憶を、10ヶ月時間をかけてゆっくりと送り出す お葬式や四十九日という儀式がより尊く大事なものに感じました。

    0
    投稿日: 2021.11.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    P16 結局は時間が解決してくれるのを待つしかない。時の流れはすべてを呑みこんで、けだるい日常生活の繰り返しの中へ運び去っていく。わかってはいるのだが、その重苦しい時間の経過をじっと耐えて待つあいだが、なんともやり切れないのである P17 人生は苦しみと絶望の連続である P24 なにも期待しないという覚悟で生きる P27 私たちはふたたび、人間はちっぽけな存在である、と考え直してみたい。空〜地面〜地下の水脈〜川〜大河。その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の水の一滴が私たちの命だ。 P118 他人とくらべて自分の人生にコンプレックスをもったり、優越感をもったりすることは全く意味のないことではないでしょうか。その人間に他の人間以上の恵まれたエネルギーや才能があったとする。そういう人は大きな仕事をやり、それを成し遂げ、そして世間の人々から拍手を受ければ良い。→才能や運、タイミングに恵まれた人はそれをやれば良い。自分にそれがなかったとしても、たまたまないだけで比べることも羨むこともない。ただ自分の道を淡々と。自分に与えられた運命を受け入れ、もし何かに恵まれることがあれば心から感謝して。 P161 あれもこれも、生も死も、光も影も、喜びも悲しみも、みんな抱え込んで生ずる混沌を認め、たおやかな融通無碍の境地を作ることが、枯れかけた生命をいきいきと復活させ、エネルギーを与えることになるのではないか。 P203 痛み、苦しみを自分だけが抱え込んで他の人に分かってもらえないという孤立感の中にあるとき、その人間の痛みや苦しみは2倍にも3倍にもなる P262 本当のさびしさを感じるとき、そのさびしさから逃げるな、ごまかすな、適当にやり過ごすな。きちんとそのさびしさと正面から向き合って、そのさびしさをしっかりと見つめるがよい。そのさびしさこそは運命がおまえを育てようとしているのだから。 P270 本来、人間は豊かな情念とか感覚をもっています。大きく喜ぶためには大きく悲しまなければならない。 P279 中庸は寛容のこと

    0
    投稿日: 2021.11.14
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    20数年前に上梓された本ですが、この手の本で本質をついているであろう内容は全く今でもズレを感じず得心がいくものが多くありました。 癌の告知を受け残される家族の苦労を減らす為に駆けずり回る内に腫瘍が縮減したとか、ライ麦の根の総延長1万1千2百kmとかの生命の神秘の話や、「あれか、これか」ではなく「あれも、これも」で良い、とか、寛容のすすめ、などの話は、今現在のコロナ禍だったり民族対立、LGBTQ+等に起因する分断の問題に正に当てはまるなと思いながら読みました。 折に触れて読み返すに値する本と感じます。

    2
    投稿日: 2021.09.24
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    こういうものの見方をするのかと。私のようになんとなく過ごしていると気づかず時間が過ぎてしまう。「よく生きる」ってことを考えさせられた。

    0
    投稿日: 2021.09.15
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    なんとも生きにくい世の中と言う人がいるけど、果たして、人が行きやすい時代があったのだろうかと思いました。 歴史を振り返った時、昔は良かったという人がいるけど、その時時で、程度の差はあれ問題はあったのではと思います。 本書では自殺者数やそれに関連するひとの数が、既に戦争と変わらないのではないかと言う。平和な時代と引き換えに失ったもの。 人は、生まれながらにして死へと向かっている。それでも、自ら死を選ぶことの異常さ。 社会がより豊かになることは、人を競争に掻き立てると考えれば、脱落したり、競争から一歩退こうとしながらまわりが許さなかったり。 今のネット社会の悪意のある書き込みや嫉妬も似たようなものかもしれません。 人は大河の一滴であると考えれば、多様性のある豊かさが、もっと寛容であればと思わずにいられません。

    4
    投稿日: 2021.09.12
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    ・人はみな大河の一滴 ・滄浪の水が濁るとき ・反常識のすすめ ・ラジオ深夜一夜物語 ・応仁の乱からのメッセージ

    0
    投稿日: 2021.07.19
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    五木寛之氏の名作。私も学生の時に読もう!と本を開き、自分とは合わず、 数ページで閉じた記憶がある。が、40歳を越した今ならこの本のよさがわかるようになったのではないかと再度本を手に取る。あんなに話題になった&タイトルがいいので読んでみたいと思っていたのだ。 いきなり 「人生は苦しみと絶望の連続だ」 の言葉で、辛い時期だったのもありそうか、皆辛いのか、そう考えれば自分も頑張れるなと勇気付けられる。 が、これ以降は何やら頭に入らず、一応最後までは読むが、心に残る言葉は無かったな。また20年後に読んでみようか。

    1
    投稿日: 2021.06.27
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    全く得るものがなかったとまではいかないが 自分には向いてなかった 彼の今とんでもない時代というのがどうしても気になり 筆者が生きるのに大変そうで その筆者の言いたい事に反感が先にたち 自分には合わなかった

    1
    投稿日: 2021.06.17
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    作者も、何度も自ら命を絶とうと思ったことがあるという。60代という、本書を書いた頃でさえも。色々な方法でその気持ちの萎えから抜け出そうとするが、結局はだめで、最終的には、時間が解決してくれるのを待つしかないということだったという。すべてを呑み込んで、気だるい日常生活の繰り返しの中へ運び去っていくのを待つしかないのだと。 人間の一生とは、本来、苦しみの連続なのではあるまいか、そう、はっきりと覚悟すべきで、そう思うことで、心の萎えからかろうじて立ち直ってきたのだ。昔の人は、言う。人生とは、重い荷物を背負って遠い道のりを歩いてゆくようなものだと。たかだか3〜400年の時が経過したぐらいで人生のありようが変わるわけがない。 著者は、究極のマイナス思考から出発すべきではないか、と言う。確かに、前向きに生きること、プラス思考で己を励まし、人間性を信じ、世界の進歩を願い、ヒューマニズムと愛を掲げて積極的に生きることも立派だけど、人が生きることは、苦しみの連続なのだと、覚悟することから出直してはどうかと提案する。仏陀の出発点も、生老病死の存在として人間を直視するところからだった。生老病死という重い枷をはめられた人間が。それでもなお豊かに、いきいきと希望を持って生きる道があるのか、ないのか。 私たちは、泣きながらこの世に生まれてきて、最後には結局、一人で死ぬのだ。恋人や家族、親友がいたとしても、一緒に死ぬわけではない。だから、親は子に、子は親に期待してはいけない。人を愛しても、それはお返しを期待することではない。愛も思いやりも、ボランティアも、一方的にこちらの勝手でやることではないか。そう覚悟した時に何かが生まれる。何も期待してない時こそ、思いがけず他人から注がれる優しさや小さな思いやりが干天の慈雨として感じられるのだ。そこに自ずと湧き上がってくる感情こそ、本当の感謝というものだろう。 僕らは、人間は努力して世のため人の為に尽くし、そして名を上げ、という明治以来の出世主義そのものをストレートではないにしろ受け止め、何かやるということを大切に思って育ってきた。しかし今改めて考えるとき、何もやらなくてもよい、それはそれで人間として生まれてきて、そして人間として死んでゆく、そのことにおいて、まず存在に価値があるのだ。人間は生まれてきて、生き続けてきて、生きている存在。そこにまず人間のいちばん大きな価値がある。我々自身、自分の体は、自分が意識しようがすまいが、ずっと動き続けている。細菌に負けないように白血球が戦っている。栄養が足りないと、お腹が空いて物を食べよと促す。気付かないところでずっと頑張ってきて、今この瞬間も頑張っているのだ。

    0
    投稿日: 2021.06.04
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    希望は絶望の中から立ち上がってくるもの。だから無理にプラス思考になる必要はなく、自分にも他人にも期待しなくても良い。人生において何も成し遂げられなくても、生きているだけで良い。こう書くとただ諦めているように聞こえるけど、そうではなくて、〜せねばならないという強迫観念のようなものから解放してくれる、スッと肩の力を抜ける、そんなメッセージを本書から受け取った。 この本を手に取ったのは本当にたまたま、本屋さんで目についたから。そんな偶然をプレゼントしてくれた本屋さんに感謝。

    0
    投稿日: 2021.04.24
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    他人の考え方を学ぶのはとても面白く、勉強になった。 辛い時に励ましてくれる言葉が沢山あって、また読み返したい。

    0
    投稿日: 2021.03.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    平成11年初版 令和2年46版発行 「本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。」 重要なことは、プラス思考だけでは救われない世界では、マイナス思考(というよりも呻くような悲しみ)も大切であるということ。 プラス思考だけではもろい。プラス思考とマイナス思考の間をスイングしてこそ、強く生きていけると。 生老病死、世間虚仮…マイナスに振り切ってしまった中でこそ、僅かな希望が一条の光に変わる(旱天の慈雨) 『冷たい夜と闇の濃さのなかにこそ朝顔は咲く』

    0
    投稿日: 2021.03.19
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    残りの人生を、人生を逆算する年齢になって読んだ 泣きながら生まれて、死ぬ時は一人 辛いことばかり、そうだからこそ些細なことが嬉しい、干天の慈雨 人は、大河の一滴 方丈記、ゆく川の流れはたえずして〜 平家物語、祇園精舎の鐘の声、諸行無常〜

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    投稿日: 2021.02.07
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    エッセイでありながら、癒しや慈しみを含んだ詩を読んでいるような不思議な文体に自分自身の心が少しだけ穏やかになって救われたような心持ちになりました。 仏教のことはよく分からないけど、仏教の教えには人の心を救済に導いてくれる力があるように感じられ、私も仏教について勉強してみたくなりました。 この本には読む度に何か新しい発見があるような気がします。今回、初めて読んでみましたが、何年後かにまた本書を読み返してみたいです。

    0
    投稿日: 2021.01.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    長女(中2)から面白いよ!と言われて、悔しく読んだ「大河の一滴・五木寛之」。「現在人間が謙虚さを失っているのではないか」「失敗した人生こそ価値のある人生である」「人の欠点こそ認め合うこと(寛容)こそ大事なこと」など、示唆に富む内容だった。約20年前に書かれたこの本は現在の社会病理を見事に突いてきていると感じた。柳に風という言葉があるように、敵に立ち向かう努力とともに、受け流すことも必要と思う。受け流すということは、人間の弱さを認識し、社会がお互いに寛容になって、気楽に死に向かっていこう!ということかな。

    21
    投稿日: 2021.01.07
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    筆者の私見があれもありこれもありと散漫な印象。でもそんなもんだよな。そもそも人間1人の力は強くなく、人生は華やかで力強いものでもない。自分を小さな存在と認めて、その中で試行錯誤しながらこれからも生き続ける。「沈黙は金」というフレーズを久しぶりに聞いた。喋らなくちゃと思っていた自分を発見した。

    0
    投稿日: 2021.01.03
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    ネガティヴな思考回路を起点として人生を堅実に力強く生きる筆者のエッセイ 戦争描写は筆者の実体験であるためとてもリアリティが感じられ、本書の内容を非常に説得力のあるものにしています

    1
    投稿日: 2020.12.23
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    ◯昔、何故か母に読めと言われた本だが、この歳まで読まずにいた。ひと頃の脱力感から抜け出せていたものの、本を読むにはまだ乗り切れなかった時に、有名なフレーズを目にした。 ◯そういえば親鸞という本を書いていたな、と思い出す。仏教徒ではないけれども、考え方は好きという点になんとなく納得する。端々に、執着せずに生きることが語られていると思う。目から鱗とか、新しい知識を得たというわけではないけれども、 ◯わたしを苦しませるあの人も大河の一滴であり、当然自分は取るに足らない大河の一滴なのだ。悠然と、流れるようにしなやかに生きていれば良いのだと思った。

    16
    投稿日: 2020.12.22
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    諦念というか。 清々しいほどマイナス思考を肯定してくれる。 極端なところもあるけどちょっと気が楽になった。どうせみんな死ぬんだから、人の価値なんてない、生きることは苦しみなのだから、死ぬことを選ぶ人がいてもおかしくない、ただ、同時に我々は流されるままの大河の一滴なのだということも忘れてはならない。

    1
    投稿日: 2020.12.10
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    芸能人の自殺が続いているので、冒頭を読んだ時に今の時代に書かれたんだっけと勘違いした。それくらい今の日本を取り巻く現状に相応しい内容だし、結局書かれた20年前から世の中変わってないのかなと思うと少し哀しい。 私達は自分の力で生きているように見えるけれど、そうではなくて生かされていて、大河の一滴のようにちっぽけな存在。でもこの命は大河のように巡っていく。そう思うと、今が辛い時でも生かされているありがたさを実感する。

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    投稿日: 2020.12.06
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    逆境のときこそ、再読したい本。人は大河の一滴。死に向かって生きていく、ちっぽけな存在。どん底の状態のときこそ、小さな幸せに感動する。コロナ禍は、そんなことを人間に気づかせようとしているのかもしれない。

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    投稿日: 2020.12.05
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    2020/11/4 読了 12/2追記 地獄は一定 読んでから1ヶ月たったけれど、この言葉がなぜかずっと残っている。 幸せであることが当然だと思い込み、小さな幸せ、当たり前にある幸せは大した幸せではない、もっともっと欲しいと思っている自分がいて、確かに地獄だなぁと。また読み返そう

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    投稿日: 2020.11.04
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    定期的にベストセラーとなる作品。本書が流行る時代は末世。コロナ禍で人はすかるものを求めるのだろうか。 ロングセラー。仏教に基づく人生論。暗い話が非常に多い。難しい内容も多くここまでベストセラーとなるのは不思議に思う。

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    投稿日: 2020.11.02
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    Audibleにて読了。 同じ内容が言葉を変えて繰り返し書かれており、少しくどい。 常にポジティブに生きることが大切ではない、どんな時代でも苦しみの総量は一定である等面白い考え方を学べる。 ただ、屁理屈のような「朝飯前」理論や、医療の危惧に対するアプローチの仕方等の筆者独特の考え方は受け入れ難いものがあった。

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    投稿日: 2020.10.20
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    元上司に教えていただいた本。 1998年に出版された本ですが、今の世の中に向けて書いているんじゃないかと思うくらいの内容の本でした。今までプラス思考ばかりをいかけてきた自分にはない視点で、今後の自分の軸になっていくと思った一冊。 【なるほど!そうだよな!と思ったフレーズ】 「人は大河の一滴」 それは小さな一滴の水の粒に過ぎないが、大きな水の流れを形作る一滴であり、永遠の時間に向かっていくリズムの一部なのだと、川の水を眺めながら私は自然にそう感じられるこだった。 このひどい世の中で、こうして何とか生きていけるだけでもありがたいと、心の中で手を合わせて感謝すれば良いのだ。

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    投稿日: 2020.10.04
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    自分の命の重さに実感がない、イコール他者の命も同じような重さでしかない。 コロナのいま、なんか、まさに読み返すにいい、、すごく示唆に富んでいる 大事な書、、なんども、読み返したい。

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    投稿日: 2020.09.22
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    五木寛之さん初読みです。優しい日本語を書かれるんですね。何事も簡単に分けられるものではない。善悪も然り。裏と表も両面ある。渾然一体。それが世の中。ただ、感情は、自然のまま放てば良い。そう読みました。 「人が生きるということは悲しみの連続」でも、「地獄は一定」だそうです。常に流れているものなのですね。

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    投稿日: 2020.09.09
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    「人間、生きているだけで価値がある。社会の役に立つとかいうのは二の次である。」社会の役に立たなければ人間として生きていけないのではないか?と自分を責めていたときに救われた本。この世に生を受けた奇跡を大切にしようと思えた。また10年後にもう一度読んでみたい。

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    投稿日: 2020.09.07
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    22年前の文章ですが色褪せない。逆説的に言えば22年間、技術以外なにも時代や人間に進歩が無かったのかなと証明し得るものとなり愕然とした。そう言った絶望も、清濁合わせて受け止めて、明るい言葉は暗い言葉が有るからこそ、と述べられていることが印象的だった。

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    投稿日: 2020.08.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    挑戦するか、しないか悩んでいるときにこれを見つけて読み始めた。 大概は、失敗を恐れず挑戦した方が良いと思う。 でも、そんなに簡単に割り切れないというタイミングだった。 読み終わってみて、 どんな選択をしてもなるようにしかならない。 生きたいと思っていても死ぬときは死ぬし、逆に死にたいと思っても生きてることもある。 とりあえず流れに身を任せて、もがき苦しもうと思う。 ここ数年、考えていたことが晴れてくる感じがする。 自分の考えが言語化され明確になっていくようで安心する。 今のままでいい。 生きてるだけで価値がある。 そう思うことで、先に進めることもある。 p206〜 人間は、喜びをもって生きることが大切です。しかし、同じように、本当の悲しみを悲しむ、泣くべきときに泣く、心痛むべきときに心痛む、そのことで自分の心と体をいきいきと活性化していくことができるような気がするのです。

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    投稿日: 2020.08.23
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    ”人間は、喜びを持って生きることが大切です。しかし同じように、本当の悲しみを悲しむ、泣くべき時になく、心痛むべきに心痛む、その事でも自分の『体』と『心』を、生き生きと活性化していくことが出来るような気がするのです。” 心に響いた一文です。 全体的に読みやすく、気持ちが落ち込んだ時にふと読みたくなるような本でした。

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    投稿日: 2020.08.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この春の自粛期間中にやった「ブックカバーチャレンジ」で、神戸に住む友だちのみれな(南里未玲奈さん) https://www.instagram.com/natural.s_m... https://www.facebook.com/mirena.nanri から紹介された本。 五木寛之のエッセイ集で、書き出しがいきなり「私はこれまでに二度、……」と、ここに書くのもはばかられるようなマイナスの思いを吐露する一文という、衝撃の展開である。これに象徴されるように、いわゆる「プラス思考礼賛」の傾向を冷静に、冷徹に分析し、戦後の私たちの生き方を問う問題作で、うむむ、そういう見方もあるのかと考えさせられた。 興味深かったのは、1998年刊行のこの本にこんな記述があることだ。 「そして、たとえば抗生物質の出現と衛生学の発達とによって感染症などは完全に制圧し終えたというふうに思いますが、必ずしもそうではないのではないか。  世界に天然痘がなくなったということを世界保健機関は宣言したわけですが、本当になくなったかわりに新種の、われわれの目に見えないウイルスや、あるいはこれまでになかった病原体というものが出現したのではないでしょうか。」(幻冬舎文庫版 pp. 155-156) 今から22年前のこの時点で既にO-157による食中毒の大流行は起きていて、そのあともSARS、MERS、そして今回の新型コロナウィルスと続く。まさに「われわれの目に見えないウイルス」の前で右往左往している私たちに、いくつかの示唆を与えてくれる書。

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    投稿日: 2020.08.14
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    生きていれば、楽しいことも悲しいことも辛いこともあって、でもそれらをあるがままに受け入れる。生きているだけですごいなんて、多くの人が救われる言葉だと思う。達観しているようで、五木さんの苦悩も描かれていて、みんなそういう中で生きているんだと思うと心が少し軽くなったような気がしました。

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    投稿日: 2020.08.14
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    所々、共感しにくい非科学的なところがあるけど、数字や計算にまみれた毎日を省みる、一喝してくれる。 正解不正解にとらわれない。正解を出すことが正解だとは限らない。 プラス思考もマイナス思考も大事であり、偏らないこと。中庸であり寛容であること。

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    投稿日: 2020.08.08
  • 最近また話題とのことで再読してみた

     かなり以前に読んだことがあるはずなのですが、家中をいくら探してみても見つからなかったので、ダウンロードして読み返してみました。  前に読んだときは、所詮誰もが大河の一滴にすぎない、という事に対し、なるほどと思いつつも、人が絶望して死を選ぶようなときは、おそらくその一滴にもなれず、ただ空中に霧散してしまう感覚になっているんじゃないかなと思ったり、歯医者には行くけど、医者には行かないというのは、かなり独りよがりだよなぁ、という印象を持ったことを思い出しました。  この本が発表されたのが、著者66歳の時です。最近また話題と言うことで、TVのインタビューなどにも出演されますが、90歳近くなって、「青春の門」の五木寛之氏も話されるニュアンスが少し変わっきたように感じます。私も還暦を過ぎ、それなりに大人になりましたが、今読み返して見ると、冒頭に掲げられている「人はみな大河の一滴」の部分以上に、感じ入る部分が多々ありました。それとおそらく、私が「屈原」の故事に初めて触れたのは、この本が最初だったような気がします。  人は決して平等ではありません。それは長く生きていれば、自ずからわかってきます。この本の中でも「あきらめる」の語源は「あきらかにきわめる」ことであり、どうしようもないことがあることを理性的に確認することとあります。人間は哀しいものだ、人生は残酷だと著者は言います。本の中で紹介されているように「リア王」の中には、「人は泣きながら生まれてくる」というつぶやきもあります。ただ、それはネガティブ思考になれということではないのが、この本の主旨でしょう。  何があっても、それでも人は生きていくのです。朝ドラ「エール」の主題歌は、「泣いて生まれて響く命 きっと嬉しくて笑っているんだ」と歌ってます。フーテンの寅さんは、満男の「人間は何のために生きているのかな?」という究極の問いに対し、「何て言うかな、ほら、あ-生まれて来てよかったなって思うことが何べんかあるだろう、そのために人間生きてんじゃねえのか」と答えます。  今まで、生まれて来てよかったなぁなんて、一度も思ったことはないや、と言う人でも、ひょっとすると明日は。。。なんて思える社会だといいですね。  人生は修行の場、所詮大河の一滴だと思いつつ、全てを受け入れ、生きていくこと。「寛容」こそが今、求められているのかもしれません。

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    投稿日: 2020.08.03
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    書店のおすすめコーナーで目に留まり購入。こどもの頃、自宅の本棚に並んでいた記憶がある。父親が読んでいたのかも。 コロナショックで先が見えない混沌とした時代だからこそ心に染みる金言の数々。五木氏の仏教や東洋思想の豊富な知識に加え、経験談からも学ぶべきことがたくさんある。なんとなく素敵な人生の大先輩がアドバイスをくれているような感覚になる。 「人生は苦しみの連続、だからこそ生きることは素晴らしい」 心のあり方を見つめ直すのにうってつけの名著。

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    投稿日: 2020.07.30
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    正に、疲弊しきった現代をいかに生きていくかの指南書。 人間、ポジティブな考えで生きて行かなきゃねって自分もよく言われるけど、筆者はむしろ闇から光を見いだすことこそが大切だと訴える。 自分も、精神的にかなり落ち込んでしまう時が今もある。そんな状況から抜け出したいと何度も考えた。 いくら悔やんで苦しい思いもしても、自分という個にしたら、沢山の人間の方々が抱える苦しみに比べられもしないかなぁ。 正に、自分の思いは大河の一滴にも満たないものかも知れない。 我慢するなって言われても、できないから無理をしてしまう。誰も助けてくれない。こういう時代だからこそ、逆行から一縷の希望を探す生き方が必要なんだでしょうね。 生きるって大変なことなんだよね。 コロナ禍で苦しんでいる時に読んで欲しいなー

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    投稿日: 2020.07.24
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    生きてることだけで十分素晴らしいこと、ということが書かれてます 生きることは辛いことの連続、おぎゃあと生まれた時点で、死をキャリアしてるんだよ、と。 そう思いながら生きていけば、少しは気分が楽になるのでは? というふうに受け止めました それから、親鸞、蓮如をはじめとした仏教に関する話も所々出てきて勉強にもなりました

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    投稿日: 2020.07.17
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    O先生に進められて読んだ。最初は私感が述べられてばかりに感じ興味が持てない気がしながらだった。 読み進むうちに作家の長年蓄積された知識がさりげなく語られ、用語や登場人物を検索しながら、読みたいモードに入り、一気に読了。 手元に置いて何度も繰りたい一冊です。

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    投稿日: 2020.07.10
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    自分を憎むものは他人も憎む まさにその通りだと思いました。 人は生きているだけで十分素晴らしい。 命を支えるものの多さ 自分の命が多くのものに支えられているんだと改めて気づかされました。

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    投稿日: 2020.07.05
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    全体的に読みやすく人生観や価値観に対することについて書かれていました。 仏教の言葉がたまに出てきて、新しい言葉に出会えたことは面白かったです。 全般的に少し悲観的な感じがしました、、、

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    投稿日: 2020.06.25
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     五木さんの本は初めて読みましたが、彼の人生における戦争体験が原点で、この本の題である「大河の一滴」という意味がよく理解でました。  ところで、私は毎朝写経をしており、「無」とか「空」とかいう概念と日々接しており、五木さんが引用する仏教的な示唆もよく理解できました。  人は生まれた時点で「死」に向かってキャリアを積んでいくということ。そして、地獄からの原点・発想で有意義な人生を組み立てていく。弱者への視点、寛容(トレランス)、これからの残りの人生五木さんのおっしゃたことを参考に有意義に過ごしていきたいと思います。

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    投稿日: 2020.06.22
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    コロナ時代において人生をどうとらえるか、参考になりました。特に、リモート環境への変化の中で、面授という言葉が心に残りました。

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    投稿日: 2020.06.20
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    悩んだときに救われるような言葉が詰まった一冊 20年経っても色褪せる事のないメッセージに心打たれました。 悩み疲れたときに是非手に取って欲しい

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    投稿日: 2020.06.14
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    マイナス思考も生きていく上では大事なことであり、ブラスもマイナスも寛容して生きていくことが必要であるということが感じ取れた

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    投稿日: 2020.06.07
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    不安だらけの毎日。ポジティブでいることにもなんだか疲れてしまったなぁ…そんな人達に「川の濁りをただ嘆くな」と伝えているのがこの本である。 現代においてはネガティブな感情を悪とする風潮があるけれども、それを完全否定せずいい意味で諦め受け入れていくところから始まると著者は言う。 コロナ禍の今、たくさんの人に読んで欲しい一冊。

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    投稿日: 2020.06.04
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    まずは現実や状況をしっかりと受け入れる事、そしてその中でどのように生きていくのか何が出来るのかが大切であると考えさせられた。

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    投稿日: 2020.05.28
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    清濁、陰と陽、男女、排除と包摂。相対する二つの極の間で覚束ないながらもバランスをとりながら人は生きていく、というのがメッセージでしょうか。わたくしにはそう感じられました。 剛性のある建物よりも、しなやかな木造建築の方が長期的に耐性があることもあります。世間や人生をこうあるべき、ととらまえてしまい自分を追い込んでしまうのでなく、生き抜くことに何よりも重きをおいて生を全うすることの尊さを思い出させてくれたような感じを持ちました。 孤独や寂寥を前提とした人生観が、時としてネガティブなものとして見られがちであるものの、大きく喜ぶには大きな悲しみを経ないとわからない、といいます。誰しも、悲しい気持ちや深い懊悩を腹の底に隠して世間を渡っているとも。 君看よや双眼の色、語らざれば憂いなきに似たり。 という言葉に大変感銘を受けました。時々思い悩んだときに、手にとりたくなる本かと思いました。

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    投稿日: 2020.05.26
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    死や悲しみはマイナス思考であり、人はそれを考えることすらなるべく避けようとする。 しかし、プラス思考、マイナス思考両方を抱えることによって今ここにいる自分の命の尊さに気づくことが出来る。 辛い状況に陥っているからこそ、希望の光を見ることができる。 だからこそ、今避けがちなマイナスの思考を敵視することなくあれもこれもと抱え、所詮そんなもんだと肩を落とすことでまた次に進めると考えた。 そして、色々な事を好きになる。自分の命の尊さを気づく。これが、人のことを考えられることだと思う。

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    投稿日: 2020.05.21
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    『生きる』ということに後ろ向きに感じる始まりだったので、最初はこの本を読み切れるのか不安に感じたが、最後には、生きているだけで価値があると勇気をもらい、真逆に思えるもの(事)に対しても、どっちも正解でいいんじゃない?と心を楽にしてくれる、とても優しい本。 機会ある事に、繰り返し読みたい。

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    投稿日: 2020.05.20
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    仏教に倣えて書かれたエッセイだけに時代に左右されず、今回の帯に書かれたコロナだけじゃなく、混沌とした現世を通して全てに当てはまるから読んでて相槌を打ってしまう。前半に書きたい全てを投入してしまったようで、中盤からラストにかけてはラジオの垂れ流しである。 相入れない内容もあれば老人の小言と言いたいのもあったが、仏教用語や老子や親鸞などのエピソードの解釈は楽しかった。 人は大河の一滴。なかなか洒落たタイトルで、今の生き方の指針としては十分に満たしてるかなぁと。むしろアフターコロナの到来時にこれを読んで踏み止まって欲しいと願いたい

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    投稿日: 2020.05.15
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    旅行に行く時にはこれか、生きるためのヒントのどれかを必ず持っていく。 どうしようもない状態になった時、あきらめることも大切だよってそれって仕方ないことよって肩をトントンされる気持ちになります。

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    投稿日: 2020.05.11
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    本当のプラス思考とは、絶望の底の底で光を見た人間の全身での驚きである。そしてそこへ達するには、マイナス思考の極限まで降りて行くことしか出発点はない⁉️私はたしかに地獄に生きている。しかし私たちは死んで地獄へ堕ちるのではない。人はすべて地獄に生まれるのである。鳥は歌い花は咲く夢のパラダイスに、鳴物入りで祝福されて誕生するのではない。  しかし、その地獄のなかで、私たちはときとして思いがけない歓びや、友情や、見知らぬ人の善意や、奇跡のような愛に出会うことがある。勇気が体にあふれ、希望や夢に世界が輝いてみえるときもある。人として生まれてよかった、と心から感謝するような瞬間さえある。皆とともに笑いころげるときもある。 その一瞬を極楽というのだ。極楽はあの世にあるものでもなく、天国や西方浄土にあるものでもない。この世の地獄のただなかにこそあるのだ。極楽とは地獄というこの世の闇のなかにキラキラと光りながら漂う小さな泡のようなものなのかもしれない。人が死んだのちに往く最後の場所では決してない。「地獄は一定」  そう覚悟してしまえば、思いがけない明るい気持ちが生まれてくるときもあるはずだ。それまでのたうちまわって苦しんでいた自分が滑稽に、子供っぽく思えてくる場合もあるだろう。 【リファレンス】 「私たちは、人生は明るく楽しいものだと最初から思いこんでいる。それを用意してくれるのが社会だと考えている。しかし、それはちがう」と作家、五木寛之は同書で断言する。そして、この混迷の時代だからこそ、人生とはそもそも苦の連続なのだと覚悟するところから出直す必要があるのではないかと問いかける。その背景には五木が一時休筆までして学んだ仏教思想がある。  「地獄は一定」は親鸞の「嘆異抄」の中に出てくる有名な言葉。上記はその言葉を著者なりの解釈を加え、現代社会に照らし合わせ、誰にでもわかるように、詩的なまでにシンプルにして解説している部分とも言える。本書は著者の感覚をフィルターにしてかびくさい仏教を現代バージョンにして生き生きと蘇らせたエッセイ集ともいえるのだ。この種のエッセイ集は他に「他力」、「人生の目的」などがあり、いずれもバブル崩壊後に出版され、ベストセラーとなっている。

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    投稿日: 2020.03.31
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    「人が生きるということは苦しみの連続なのだ」と覚悟し、マイナス思考から出発して生きていくこと。 ブッダも親鸞も究極のマイナス思考から始まったという。そして著者の主要な例えは「人はみな大河の一滴である。」ということである。その具体例は以下のとおり。 「空から降った雨水は樹々の葉に注ぎ、一滴の露は森の湿った地面に落ちて吸い込まれる。そして地下の水脈は地上に出て小さな流れを作る。やがて渓流は川となり、平野を抜けて大河に合流する。その流れに身をあずけて海へと注ぐ大河の一滴が私たちの命だ。濁った水も、汚染された水も、すべての水を差別なく受け入れて海は広がる。やがて太陽の光に熱せられた海水は蒸発して空の雲となり、ふたたび雨水となって地上に注ぐ。人間の生命は海から始まった。人が死ぬということは、月並みなたとえだが、海に還る、ということではないのか。生命の海に還り、ふたたびそこから空にのぼってゆく。そして雲となり露となり、ふたたび雨となって、また地上への旅がスタートする。」 これは、自分自身が、大河に身を任せて流れるほんの一滴の滴でしかないことであり、それは人生でも同じことである。大河の流れの中では、激流もあったり、静かな流れもあるだろう。さらに汚染した水と交わったり、予期せぬ方向に流れたりもするものだ。本書の中で印象的な言葉があった。それは、「あきらめる」の語源は「あきらかにきわめる」ということである。これは、物事を明らかにして、人間にはできないこと、どうしようもないこともあるのだと理性的に確認するということ。しかし、それは人間にとって希望がなくなるということではない。例えば、足元に目を落としたとき、そこにくっきりした濃い黒い影が伸びていれば、自分が背後から強い光に照らされていることに気づく。上を見ることだけが光を探す手段ではない。とある。要するにあきらめて肩を落とした時にこそ見える視点があるということだろう。 本書は著者が語る人生哲学である。共感することは多かった。以前薬を沢山処方する医者はよくないという本を読んだが、この著者も同じ考えであった。病気。とりわけ癌は身体を修正しようと頑張る細胞の活動であり、その連続の結果塊が出来る。それを邪魔だとか、切除しようと考えるのはおかしい。必要なのは、細胞の暴走を制御し、コントロールしていく力、減速させる力。征圧するのではなく、救うことで治していくという発想が大切だと言う。余計な手術や、薬はいらず、大河の流れに身を任せ、あきらめることが大切なのだろう。医学の分野は日々進歩しており、一概にこれが正しいとは言い難いが、一つの参考になる。さらに共感したのは、活き活きと明るい人が重要視される社会はおかしいということ。明るく生きなければ良くないという風潮を作り上げてしまったが故に、暗かったり、陰湿な性格の人はいじめに遭い、自殺までしてしまう。暗い、陰湿だって立派な個性でありる。僕個人も別に特段明るい性格ではないし、たまに陰湿にもなる。それが良くないと解釈するのではなく、大河の流れに身を任せて、必要以上な無理をせず、あきらめの中でもその中に幸福のヒントを見つけ出し、それを大切にして生きていきたい。

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    投稿日: 2020.03.20
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    22年前に話題になり、買っておいたエッセイ集。 高校生の頃、毎週ラジオ番組『五木寛之の夜』を聴いていたが、読みながら、『五木寛之の夜』を聴いているような気分になった。 20~30年前は、「暗いな~」という言葉でバッサリ切り捨ててしまう風潮があった。だが、五木は、「深刻に落ちこむこともまた、人には大事なのです。」 (p234) と語る。「本当に深く悲しむということは、感動することですから、喜ぶのと同じように人間の生命力を活性化し、免疫力を高める。ということは、私たちが悩んだり、つらい思いをして、ときには涙を流して悲しむことも、人間の体にとって大事な行為である。暗いことにも、さびしいと思う気持ちのなかにも、大事なものがあり、がんばらなくてもいいよ、という思いやりもあるということです。」(p235) 「プラス思考だけでは救われない世界がある」「マイナス思考のどん底のなかからしか本当のプラス思考はつかめない」(p246)  年齢を重ねた今、こうした言葉にしみじみ共感する。久しぶりに五木節に触れて嬉しくなった。 「応仁の乱からのメッセージ」の蓮如についての記述には、著者の熱い想いが込められていた。

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    投稿日: 2020.02.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    著者は、「流れに身を預けて海へと注ぐ大河の水の一滴が私たちの命」であるとして、苦しみや悲しみ、病気や障害、本来否定的にとらわれがちな物事はもともと私たちの生の一部であるとて受け入れることを奨める。 20世紀末に書かれているこの本は、全体を通して、現代広がる近代化と資本主義の行きすぎに対して、優しくも厳しい著者自身の言葉で、疑問を呈している。 体にしても、生命にしても、生活にしても、部分部分を別々にとらえがちになっている現代の在り方を見直して、総合的に考えることが大事だということについて、これメアでの経験や得てきた知見をもとに論じている。 著者の意見をそのまま丸呑みするのではなく、一つのアイデアとして、思考の材料として、得られるものは大きいと思う。 「問題は、その人間にとってどういう生きかたがいちばん自分らしく、そして自分で納得のいく生きかたなのか、ということ」(p.188)ではないか、という点については、共感する。同時に、これを実現することはそう簡単ではないからこそ、人々はより分かりやすく単純な指南書や啓発書を手に取って解決策を何とか見つけようとしていることも事実。 社会のハードな部分とソフトな部分の両方について改善が求められていると改めて思う。

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    投稿日: 2019.04.29
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    2019/04/27 町の書店で購入。入口付近にあった”平成の名著コーナー”の中の一冊。タイトルだけは知っていたが、内容を全く知らず。「人生は苦しみと絶望の連続である」とのサブタイトルを見て購入。 2020/08/29 購入済を忘れ、再購入。ちゃんと整理せな。

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    投稿日: 2019.04.27
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    「人はだれでも日々の暮らしのなかで、立ち往生してしまって、さて、これからどうしよう、と、ため息をつく場面にしばしば出会うものなのだ」 ため息をつく最中なんかに、気付きにくいけど。 目の前に現れたり、出会ったりするものがある(わたしには書籍だったり人だったりきっかけだったり??) 後から考えたら、「ああ、あのタイミングで出会うべくして出会ったのか」と、良き思い出になったり、深い感謝を感じる場面は、誰にでも経験があるのかも。 本書は、今では古い。人生本でもあるし、暴露本でもあるし、ある意味、説教本でもある。 だから?なのか、今に通じるし、どんどん嫌われて世の中から消えつつある説教ぽくも読めるのが、心地良くてステキ。 五木さんが、自分をさらけだし、簡易な言葉で語ってくれる。それがいい。それだからいい。 順風満帆なときに読むと説教に聞こえ、暗雲低迷しているときに読むと希望に聞こえる。これもその人の出会うタイミングなんでしょうね。笑 教養いっぱいの、そんな一冊でした! p.s. 屈原のことを書いてるページが、好きです

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    投稿日: 2018.09.05
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    筆者の想いや主張が、とりとめもなく書かれている。 体系立ったり、ストーリー然していないので、読んでいて只々疲れる。

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    投稿日: 2017.11.24
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    文庫版 著者あとがきより 以下引用。 ---- これまで私は自分の感じていることを、あまりストレートに言うことをしないできた。 文章の語尾がいつも中途半端な疑問形で終わることが多かったのも、そのせいだろう。 自分でもできるだけひかえめに、独り言のような口調で語ることを心がけてきた気配もある。 たぶん、それは人間ひとりひとりがちがうように、ものの考えかたや感じたかたも異なってあたりまえだと考えているせいかもしれない。 ---- 五木寛之さんの文章を読むのは初めてでした。 どうもこの人の文体は取っ付きにくいなあと、この本を81ページまで読むのは苦痛でした。 しかし、その辺りから気が付きました。 五木さんの文体は、私の表現方法と似ているから、どうもしっくり受け入れられないのだと。 それに気が付いてからは、数時間で読み終わりました。 ただ、上記のあとがきに断っているように、この著書でもあんまりしっかり断定はしておらず、言いたいことをぼんやりと濁している雰囲気十分です。 だからこそ、バブル崩壊から地下鉄サリン、阪神大震災後の時期に多くの人が、どこにそんな社会のゆらぎの要因を解説する言葉があるのだろうとこぞってこの本を手に取ったのかもしれません。 まあ、2016年に刊行されていたら売れなかったでしょうが。 とはいえ、松永伍一さんの解説にあるように、何度か読み解かないと、五木寛之さんが言いたかったことの真髄には辿り着けないのかもしれません。

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    投稿日: 2016.06.12
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    二十代のときに読んで以来、数年ぶりに再読。プラス思考ではなく「マイナス思考」の意義に気づかされる点で斬新な本。三十代となった今、「病気を忘れたとき病気が治った」という夫婦の話や、子育てに関する部分が特にためになりました。全体を通して、五木さんの温もりある言葉づかいが心地よく、深みのある本でした。

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    投稿日: 2016.03.21