
総合評価
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powered by ブクログタナトフォビア(死恐怖症)の著者が、医師や宗教社会学者など5人と死について語り合う一冊。 シェリー・ケーガンの『「死」とは何か』にある「不死は死なないより辛い」という話が腑に落ちてからは、そういうものだと思うようになった(内容は難しすぎてほぼわからなかったが)。本書にも同様の指摘がある。 著者の恐怖には寄り添えないが、死の2週間前には意識があまりないという話や、哲学者は案外死を語らないという指摘、日本人の死後の世界観の元ネタの話など、死にまつわるエピソードが多くて面白い。死を予習するのは、価値ありかも。
6投稿日: 2026.09.17
powered by ブクログ死への怖がり方が、著者に近いタイプなので、解が見つからないことや「それはそうだけどそうじゃないんだよなー」というモヤモヤへの共感度が高くて臨場感ましまし。 ただ思ったのは、恐怖をなくすことはかなり難しいし、そもそも無くすことが必要ではない(それなりに抱えたままでもそれ以上に別の幸せも感じながら生きていく/死んでいく)だなと。これは大きな変化なのかも。 ちょうど著者が、タナトフォビアではない自分は「むしろ嫌かも」と思った感覚にも近い。そう思うことは自然でそこに自分らしさや自己肯定があるという。※ちなみに死への恐怖に対して自己同一性の観点で捉えてるのが1番納得度高かった。
1投稿日: 2026.06.20
powered by ブクログ「死」に直面した人への対応で思う所があり…読んでみた。私自身が常に死に恐怖を感じているわけではないので、中々著者の様な緊迫感までは共感出来ないが…貴志祐介さんのインタビューで子供の頃に親が亡くなったらどうしようかという思いは体験していた。死の正体が分かり得ることはないが、死がタブーではなく、身近の人と考え、話し合える世の中になると良いなと感じた。
1投稿日: 2026.06.19
powered by ブクログ筆者とともに、死についての世界を歩む1冊。 科学、哲学、宗教、物語など、様々な世界から死を覗く。そこには死が何たるかの答えはない。死を、そして、人生をどう捉えるかのヒントについて。 ―――――――――――― 生きていることは異常事態だ。宇宙史において「私」がいることは異常なこと。
2投稿日: 2026.05.31
powered by ブクログ死ぬのが怖い。死ぬというか、無が怖い。自分のこの、意識というものが無くなり、それが一生戻らなくなるのが怖い。 常にでは無いが、時折その考えが頭をもたげる。精神がおかしくなるほどでは無いが、常にその恐怖はある。この恐怖に打ち勝つにはどうしたらいいか。 この本を読むことで、全部がクリアになった訳では無いが、自分をいずれ待ち受けている死というものに対する心構えは、ほんのちょっとだけ出来た気がする。 生きていることが正常なのではなく、この何億光年という時の中で今自分が生きていることの方が異常なのだ。だったら目いっぱいこの異常事態を楽しもう。 なあに、いずれみんな死ぬんだから。
2投稿日: 2026.05.13
powered by ブクログタナトフォビア(死恐怖症)と、それとの付き合い方について書かれれている。 著者の浦出さんは、「無になるのが怖い」と仰る。私も同感である。 哲学的な話になってしまうが、人は皆、畢竟いつかは必ず死を迎える。ひとりの例外もなく。ならば、これまで培ってきた経験や努力がすべて「無駄」になるのではないか?あまりにも報われない。 自分の死の恐怖と同じくらい、大切な人の死を想像するだけでも悲しくて涙が出る。生きることも同じくらい怖くて不安であるが、反出生主義とは考えが相容れない。 浦出さんは、本書で5名の著名人と対談をされるのだが、中でも貴志祐介さんとの対談が特に印象的だった。 「死こそ常態」という言葉に目から鱗が落ちた。確かに。 死も生も怖いが、本を片手に今日も明日も生きていこう、と思う。
2投稿日: 2026.05.02
powered by ブクログもう少し読みやすいかと思ったけれどなかなか苦労した。何度か挫折しそうになりながらなんとか読了。どんなに話を聞いても納得できない著者。これがフォビアということなんだろうな。
1投稿日: 2026.03.29
powered by ブクログ死についてこれほど真正面に向きあった対談書なんてなかったのではないだろうか。 わたしも小さい時は死恐怖症の作者のように自分自身が無になってしまうのが恐ろしく感じた事もあるが、今は永遠と生きる方が怖いかもしれない。 死ぬまで働いて、働いて、働き続けて税金を搾取され続け、よく分からない所に使われていく。 生まれた瞬間から死んだ後までお金が必要で、立ち位置も割と決まってる アンパンマンの歌詞じゃないけど、なんのために生まれて、なんのために喜ぶのか分からない人も多い気がする、もちろん楽しい瞬間や幸せな瞬間もあるのだけれど。 死ぬ瞬間、ようやく労働から解放された…ってなんて事を思ってしまいそう(笑) ともあれ、どの対談も興味深かった。 人の数だけ死生観があるんだなと。 脳科学の分野が進めば、望むか望まないかはおいておいて、未来的に死という概念も変わりそうな気がする。
21投稿日: 2026.03.15
powered by ブクログ初めて死にたくないと泣いた時を覚えてるくらい 私も死ぬのがずっと怖くて、読了❕ お爺ちゃんに「北朝鮮からミサイルが飛んできたら、お前も爆弾ですぐ死ぬんだ」みたいなことを言われて、 初めて自分が死ぬということを意識して、泣きながら寝た そんなお爺ちゃんも、癌になってもう死んじゃうかも…となった時には怖い怖いと言ってて、 こんなに歳取ってても怖いんだ、じゃあずっと怖いじゃんと子供ながらに絶望したりもした 大人になっても怖くて、読んだら怖くなくなるかなと思ったけどやっぱり怖い。あとがきはとても良かった。 色んな視点で「死」を考察されているのは面白く、 私的には宗教や哲学の章が面白かった❕ でも怖いまま生きてくしかないんだな〜〜〜
2投稿日: 2026.03.14
powered by ブクログ死ぬのが怖くない人はいないと思いつつ、結局のところ死恐怖症について、当事者じゃないとわからない恐怖の深さがあるんだろうな、という感じで何かを掴みきれなかった。 死んだ後に意識が残らない、突然と消えてしまうことに対する強い恐怖、というものは共感できる。 死ぬこと自体への恐怖はそこまで意識しないとしても、自分というものが痕跡として残らないことは確かに怖いなと思った。 だからこそ、文を書いて見たかったり、音声を残したくなるんだと思った。
3投稿日: 2026.03.10
powered by ブクログタナトフォビアという言い方は知らなかったが、私がまさにそう。死ぬのが怖い。今この感覚が死後に全て無くなるという恐怖は幼少の頃からあった。このことは両親に話したかもしれないが、友人等には話したことはない。神を信じる父は死後の世界があると信じてるし、母と妻は死んだら終わりと達観してる。今でも寝る前にふと考えてしまうと恐ろしくて心臓がバクバクしてとても寝られないことがある。だから、霊の存在を考えるようになった。本書を読んで、同じ考えの人がいるのだととても興味深かった。だからといって、死を免れるわけではない。怖いものは怖い。でも、どうせ死ぬんだったら、楽しく生きなきゃ、やりたいことやらないと勿体無いと思うようになれたので、以前より恐怖感は少なくなった。毎日ハッピーなのが一番かなと改めて思えた一冊だった。
3投稿日: 2026.02.13
powered by ブクログタナトフォビア(死恐怖症)である筆者が、医師·宗教社会学者·神経科学者·哲学者·作家という、死(あるいは生の可能性)に携わる様々な職業の人間へのインタビューを通して死の恐怖と向き合い克服することを目指した1冊である。 自分には死への恐怖、自らの存在が無になることへの恐怖が無いため共感的な理解ができず、全体を通してもあまり新しい発見というものはなかったが、「自分の存在が『無』になっている時間は生まれる前と死んだ後の二つが存在するにもかかわらず、何故『死後』だけが恐れられるのか?」「人が恐れているのは『死』そのものではなく有から無への『移行』ではないか?」という指摘は面白く新しかった。
1投稿日: 2026.02.07
powered by ブクログ自分の知りたいことをインタビューしてくれた本という感じ 研究題目にしていたので、答えがわかってしまって悔しかった 子供を産んでも死ぬのは怖いのかと思うと少し絶望した
2投稿日: 2026.02.07
powered by ブクログ「亡くなる3、4日前からは意識がはっきりしないことがほとんど」というのがこの本の中で一番救われる一言だった。多分「移行」の怖さが薄れるからだと思う。なにがなんだかわからない間に、自分が死んだこともわからないまま死ぬんだろう。 貴志祐介さんの「最後まで人類の知恵では到達できないところを説明してくれるのが宗教のいいところ」には大納得。でも私は極力科学で世界を理解したい。だから、科学で説明できることを宗教で説明してくる人にはイライラする。 私はタナトフォビアから来る反出生主義で子どもを産みたくないと思っているのでその点だけ著者と考えが違ったが、それ以外は著者が対談相手に投げる返答に共感するばかりだった。 今のところ私は、これから歳をとったら病気などの不幸が重なっていき、死んだ方がマシだと思うようになるだろうと思いながら何とか死への恐怖をやり過ごしている。
2投稿日: 2026.02.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
死恐怖症(タナトフォビア)という言葉を初めて知った 医学・宗教社会学・脳科学・哲学・物語の第一人者との対談を通して掘り下げていく過程が興味深かった 私自身は死を怖いと思ったことはないけれど、そう考える人がいて、そう考えることも自然だと思えるようにはなった
2投稿日: 2026.02.05
powered by ブクログ死ぬことは不可避。でもそれが怖い。 怖さの理由はなんなのか? わたしは著者のように死が怖いとか 自分が無になることが怖いという感覚はないけど、 そもそも死とはなんなのか?ということを 医学的、哲学的、宗教的など多角的な視点からみることができた。 そもそもテーマが共感できないので途中読んでいない箇所もあるが、手に取った価値はあった。
1投稿日: 2026.01.26
powered by ブクログタナトフォビアという言葉を聞いたことはあったが、こんなに死に対する恐怖を整理したのは初めてのように思う。私自信、死ぬのが怖い。無になるからだ。その先、ずーっと、目覚めることなく、意識がなく、暗いとも寂しいとも感じることがない。存在がない。それなのに、世界は進む。この地球はどんな終焉なのだろう、どこまで発展するのだろう、そういったことが、せっかく生まれてきたのに1つも見届けられず死ぬ。保留のように終わったら教えてもらうこともできない。それが怖かったのだ。この本の中で、死は自分のものではないという言葉があった。死を経験するのは私だが、死を見届けることはできない。死というのは残された人たちが、実感するもの。すっと落ちた。だから自分で理解できないものなのか。それから、死ぬことを予習することで死の恐怖を紛らわすことができる。その通りだと思う。あと100回しか夜ご飯が食べられないとしたら、あと3日後に目が見えなくなるとしたら、そういったことから積み重ねて、明日死ぬとしたら。そんなふうに考えて日々を丁寧に過ごしていけば、死への準備ができるのかもしれない。寝る前に明日は必ず来るし、朝には起きられると信じて疑わない。これは一種の信仰であると言っている人もいたが、死後に神がいるとは信じられないし、天国があるとも思えない。だが、意識を手放す「睡眠」は信じて体を預けることができる。以前、何かで赤ちゃんが眠くなると泣くのは、眠くなる感覚が無の感覚であり、怖いからだと見た。今じゃ寝る前に泣くことはない。やはり、慣れ、経験なのか。輪廻転生を信じることはないが、今世の人生データをバックアップして、いつか戻れたらいいなと思う。戻れないとしても、バックアップしてあるという安心があれば、スッと死を受け入れられる気がする。宗教も、神様も、戒名も、人生のバックアップだって、人間が人間のために創り出したもの。全てがビジネス。そう思うと神は絶対にいない。どれだけ今世を幸せに満ちて生きるのか。そのために金が必要なら、そうやって人から巻き上げることもあるだろう。生きることに貪欲だからこそ、精一杯生きて、死ぬことへの恐怖も薄れるのかもしれない。その生き方こそが自分の信じるもの全てであり、死恐怖症を克服するための鍵になると思う。
2投稿日: 2026.01.24
powered by ブクログあなたにとって“死”というとどんな印象があるだろうか? この本は、タナトフォビア(死恐怖症)の著者が、医師、宗教社会学者、神経科学者、哲学者、作家の方々とと話をして「死ぬとは何か」というのを考えていくという内容。 まさに、自分の死生観を見つめ直す時間となる。 この本を通じて、わたしが感じたことを深掘りしていく。 “死”というと自分がこの世から消えていくのだが、本書を読むまでは怖いか怖くないか?という考えのところで終わっていた。 しかし、読み進めていく中で、肉体の消滅、思考や思想の消滅など死の定義は人によって違うということが分かった。 個人的な考えで言うと、死に対する恐怖は少ない。 しいて言えば、痛みや苦痛に対する恐怖はあるかもしれない。 ただ、自分の存在が消えることに関しての恐怖は全くない。 なぜかを考えたときに、消えて後悔するほどの思想や思考がなく、そこまで世の中に執着をしていないということに気がついた。 「生きて○○したい!」という強い想いや成し遂げたいことがないからかもしれない。 最後に、本書の中で衝撃を受けた言葉があったので記しておく。 宗教社会学者の橋爪さんの「知識からは答えは出てこない。ほかの人の考えからどうやったら自分の考えが出てくるのか?自分の考えは他人のコピーじゃないから自分の内側から出てこなくちゃいけない」といった言葉だ。 これは死生観の話だけではなく、読書する意味にも通じるかもしれないと感じた。 知識を習得するため、やみくもに読み吸収するのではなく、そこから感じた自分の思考を大切にする。 それをしていこう
11投稿日: 2026.01.18
powered by ブクログ死恐怖症の筆者が医師、宗教社会学者、神経科学者、哲学者、作家に「死」「死の恐怖」について対談、というより問いをぶつけた内容。 死の恐怖に対して唯一に近い答えを求める筆者に対してそれぞれの解を提示する構成が上手い。
0投稿日: 2026.01.11
powered by ブクログわたしも死ぬのが怖いと思っていたけれど、私のは「死ぬ前に経験するであろう痛みや苦しみが怖い」だけだった。 著者はもっと本質的に「自分が無になるのが怖い」そうで、その感覚はわたしには無い(むしろ無になりたい)と思った。
12投稿日: 2026.01.07
powered by ブクログ貴志さんとの対談のみ拝読。 対談ていろんな形式で問答があって面白いですね。 あと、貴志さんの作品で一等好きな『天使の囀り』や『悪の教典』の執筆話に触れてくれてたのも嬉しかった!また読もう。 浦出さんは、暴力や呪いが中心に描かれる貴志さんの作品と話すがここ十年くらいは増えてるよなあ…私は2010年くらいまでが貴志さんの作品がピークで以降は買っても手放すことが多くハマらない。読了後に純粋に「あー面白かった!」と思えることが無くなったのは寂しいな。 死ぬのが怖い。 どこかで折り合いをつけて付き合っていくしかないのか。 死への怖さを明確にしたからといって無くなるわけではないが、気持ちを和らげることはできるのではないか。克服するのではなく共に抱えて生きていきたい。 p.249 で、貴志さんの友人が「飛行機に乗って怖いと思ったことはないが、子供が生まれたら怖くなった」と言った。守らなきゃいけない対象が増えると、恐怖が増えるなという気がする。 と書いてあり、確かにと思った。自分本位な考えが強い方が割と平気で突っ込んで(向かって)これる。守る対象が多いと躊躇してどうすれば衝撃をより和らげられるかと考えを巡らせそう。
0投稿日: 2026.01.02
powered by ブクログ自分も小さい時から死ぬのが怖かった。 今でも怖い。死だけでなく時間が進むのも怖い。 この本を読んで何か真実を見つけられたわけではないが、ふと自分の子供のことを思った。 だいたいの人間が死に恐怖を感じるようになるのは5歳〜10歳。 もし自分の子供に「死ぬのが怖い」と言われたらなんと回答するかと思いながら読んだ。 その時は「死が怖いから生きることが尊い。だから生きているうちにいっぱい楽しいことをしよう」と言いたくなった。 第一章 予習する人 自分の死を自分で見ることができない。 自分の死を見るのは、実は周りの人ということです。 ご高齢になると、それがすごく深く身に染みていらっしゃる方が多くて、自分が死んだ後のことをかなり考えるんですよね。 もちろん、若い人でも、そういう人もいます。 そういう意味では、自分が死ぬと言う事は自分のものではないと思うんです。 第4章 対峙する人 私が1つ思うのは、死への恐怖というのが、私が存在しなくなった「状態」が怖いのではなくて、その状態に「移行」することが怖いんじゃないかと言うこと。 私が今存在している世界から、私の存在が無理なる世界へ移っていくこと、そこに恐怖があるんだろうと言うことです。 だから、永遠のそのものが怖いと言うわけではないんじゃないかと言う感じがしますね。
0投稿日: 2025.12.30
powered by ブクログ消える意識についてを死の恐怖としているが、そもそも消える意識としての自己とは何かが、定立していなければこの問題は解決しないのではないかな。
0投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログ医師や学者など各分野5名との対話のなかで、死をめぐる深い苦悩を赤裸々にさらけ出し、個人的で生々しいまでの「恐怖の断面」を見せてくれた著者の勇気に感服した
1投稿日: 2025.12.04
powered by ブクログ第135回アワヒニビブリオバトル「得る」で紹介されたです。チャンプ本。ハイブリッド開催。 2025.12.2
0投稿日: 2025.12.02
powered by ブクログ自分は死にあまり恐怖を感じないので 目からウロコの考えが多く、 読んでいて楽しかった。 特に私は作者が恐れている自己の喪失に恐怖がなく、 自分より周りの人が死ぬほうが怖い。 生きている間に出来ないことが増える方が怖い。 これは私が他者評価に依存してるからだと思う。 だからこそ脳をコンピュータに移動させて 自己を保つ仕組みにはゾッとしてしまった。 死は自己を損なえる唯一の手段なのに。 その有無を言わせぬ平等さ、 素晴らしさが希死念慮を高めるものなのに。 貴志祐介さんの親子関係と心理学の話には 深く共感し、首がもげるほど頷いた。 私が無償の愛だと確信していたものの正体は まさにそれなのだと思う。 自分の死生観を見つめ直せる良い1冊だった。
20投稿日: 2025.11.28
powered by ブクログ図書館で借りたものの読むことが怖くて数日放置。でも期限があるから恐る恐る読み始めたら面白かった。 著者と同じく私も「自我が消滅するのが怖い」派なので、肉体が滅んで精神だけでも存在できるなら幽霊でもデジタルでもなってやるぜ。 死ぬ数日前から意識が朦朧としてるなら恐怖も感じずに済むだろうか? 意識のアップロードも読んだ時はすごいと思ったけど、よく考えたら機械の中にいるのは本当の私なのか?アップロードじゃなくてコピーで、元の私はやっぱり死んでるのでは?
2投稿日: 2025.11.21
powered by ブクログ啓光図書室の貸出状況が確認できます 図書館OPACへ⇒https://opac.lib.setsunan.ac.jp/iwjs0021op2/BB50405556 他校地の本の取り寄せも可能です
0投稿日: 2025.11.11
powered by ブクログ推測は良くないけど、身内の死とかに遭ってるのかなと思った。死は誰もその後がわからないのだから、誰にも聞けない。想像して信じるしかないのではないだろうか?死が怖くなった時、よく立花隆氏の臨死体験を読んでいた。非常に興味深い本だった。
7投稿日: 2025.11.04
powered by ブクログ読み終わったあとに、死について考えすぎて難しく、不安定だった。 読み返せば受け入れられるかわからないが、 また挑戦したい。
14投稿日: 2025.10.20
powered by ブクログ死への恐怖は残ったままだけれど、5つの観点から死について考えられた良い機会になった 哲学の観点がわたしにはフィットしたかも わたしの恐怖は凡庸だなと思うものの、またぼんやり怖いな〜と思ったらこの本を読み返したい
1投稿日: 2025.10.18
powered by ブクログタイトルに興味を持ったので買ってみました。著者の個人的な思想がかなり強く客観的な指標が少ないため、今1つ内容が頭に入ってきませんでした。かなり感情論が大きかったように思います。
1投稿日: 2025.10.13
powered by ブクログ書店で気になったもの。たまに死に思いを致すのも一興。タイトルは過去形になっているけど、読了しても現在進行形ですわな。
2投稿日: 2025.10.08
powered by ブクログお医者さんやら哲学者やら小説家やら色々な分野のスペシャリストが死の怖さについて筆者と1対1の対談形式で語ってくださる本です。 自分は小さい頃から死が怖い人間で、この衝動はなんだろうと漠然と考えていたので自分にうってつけの本だと思い購入しました。 読了後、自分の死への怖い気持ちが若干紛れました。色々な職業の方が死について語ってくださっているので、人により意見や見方が全く違うのが大変興味深かったです。
7投稿日: 2025.10.08
powered by ブクログタナトフォビア 初めて聞いた言葉。 私は「死ぬのは怖くてたまらない」という その気持ちは理解できない。 けれど死についての興味はあるし 向き合ってきていると思う。 なので読んでみた。 解決することが目的でもないのだろう、 どんな結論に至るのだろう、 私は死についてどう思ってるのかな、と 自分と対話しながら読み進めた。 著者は死の他に怖いものはないのかな? 私は輪廻転生を信じている、というか きっと生まれ変わるんだろうなぁ、でも ここ(地球)には帰ってこない人もいるんだろう、 なんて思ってる。正解はわからない。 対談している人たちの言葉がまた興味深い。 黒い家の作者、この映画はこわかった、ホント ぞぞっとする人の悪意、異常性、 自分の死を考えるよりも怖いかも。 他にも哲学者、脳科学者の視点から タナトフォビアで悩む?著者との対話が面白い。 ふと思ったのは、、、 藤井風と対談してくれないかなぁ。 なんて言うんだろう。
6投稿日: 2025.10.04
powered by ブクログ死ぬのが怖いなんて当たり前だろうと思い読み始めてみたが、怖いと思う理由も度合いも人それぞれなのだと思った。 自分の恐怖心をちょっと俯瞰して考えるきっかけにはなった。
11投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ僕自身典型的なタナトフォビアだと思う。小学生の頃に自分がいつか死んで無になることが怖くてたまらなくなることが起きるようになり、暇で抽象的なことばかり考えていた大学1-2年の頃は寝る前に恐怖でのたうち回ることがほぼ毎晩のようになった。仕事で忙しくなってからはそういう夜は少なくなったが、それでも年に数回はある。そういうわけでこの本のタイトルを目にして、他のタナトフォビアの人がどう考えているのか、死への恐怖にどう向き合おうとしているのか、克服へのヒントはあるのかを知りたいと思って本書を手に取ってみた。著者で各語り手の浦出さんもタナトフォビアということらしいが、とても共感するところが多かった。どうしようもなく不可逆的で絶対的な私の死への恐怖、それを人に話してみても理解してもらえないこと、宗教への信仰を求めようにも信じることのできないどうしようもなさ、など。その面では同じように考えてる人がいるんだという少しの安心感が得られたという意味でこの本を読んでみて良かったかもしれない。一方で、この恐怖への克服のヒントになりうる何かが得られたかという意味でいえば、何も得られるものはなかった。語り手の言葉に対して聞き手があまりに簡単に納得し過ぎてて、俺たちはそんな言葉に納得できないだろもっと深掘りと反論をしろよと言いたくもなった。とはいえ深掘りするためには各語り手の著書などを読めばいいのだろうし、医学・宗教・神経科学・哲学・文学から死と死への恐怖にアクセスしていくために読む本のヒントを得るくらいにはなった。
7投稿日: 2025.09.20
