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回復する人間
回復する人間
ハン・ガン、斎藤真理子/白水社
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総合評価

(62件)
4.2
24
20
8
0
1
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    このレビューはネタバレを含みます。

    私はこの本をまた読むだろうと思う。生きていく中でどうしようもないことが起こった後も続いていく人生の隣にあって欲しい本だったから。読み返したくなる文章がありすぎて読了までに時間がかかってしまった…

    0
    投稿日: 2026.09.27
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    初 ハン・ガンさん とっても好き。 読み始めてすぐに、他の作品も全部読みたいと思った。 とくにエウロパが好きかな。 訳者解説より 痛みがあってこそ回復がある。これこそが、本書を貫く大きなテーマである。

    0
    投稿日: 2026.07.05
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    絶望の淵で、わずかな光が見えるような見えないような。 今作で完全に彼女の虜になった。 翻訳もやはり素晴らしい。

    0
    投稿日: 2026.06.21
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    表題作が特によかった。痛みや傷もいつか薄れなんでもなくなってしまうこと、その事実が自分が不義理でつまらない人間だという証明になってしまう、そういう恐れを書いていたと思う

    0
    投稿日: 2026.04.10
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    翻訳らしい短編集。何となくアーウィンショーを思い出した。一貫して痛みを伴う回復がテーマ。中でも「エウロパ」は印象的だった。主人公はトランスジェンダーの男性とライブハウスで歌うイナ。2人の夜の散歩の場面は秀逸。「火とかげ」は映画を観ているようだった。主人公は事故により両手とも効かなくなった画家。そして疲れきって絶望しているその夫。ある時友人の子供が飼っているトカゲがその両手を千切られてもまた生えてくる事を知る。 主人公が少しずつ希望を取り戻し生きていこうと決意してまた絵筆を取る過程が美しい。 全ての言葉が一遍の詩のような何とも言えない透明感に満ち溢れた一冊。

    1
    投稿日: 2026.04.01
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    肉体や心が傷ついた人たちが、そこから回復する過程が描かれている短編集。 西佳奈子さんの「くもをさがす」に出てきた作品だったので手に取ってみた。 家族関係、夫婦関係などで傷ついた人、社会から受け入れてもらえないマイノリティの辛さなど様々な傷を抱えた人達がどう生きて行くのかが描かれている。 特に印象的だったのが、夫婦の関係と子どもへの関わり方への描写だ。夫の子育てへの非協力、夫婦としてのコミュニケーションの欠乏がリアル感を持って描かれていた。 心や体に傷を抱えている人が読むと、気持ちが救われる作品。

    0
    投稿日: 2026.03.26
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    初ハンガンはとてもよかった特に表題作。動物の死が頻繁に出てくるのはキツいけど韓国作家何人か読んだ中で初めていいと思ったかも。他のもちょっとずつ読んでいきたい

    1
    投稿日: 2026.03.22
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    ノーベル文学賞のハン・ガンによる7つの短編集。 『左手』が印象深かった。左手が意思を持ってしまった男の二重属性化の話。『火とかげ』ではClapton のTears In Heaven がいい味を醸し出してた。

    9
    投稿日: 2026.03.21
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    自分には、何とも救いの無い話ばかりのように思えた。 作者が提示する再生への希望を受け取ることができなかった。淡々と壊れていく登場人物たち。もうちょっと分かりやすい救いの手が欲しかったな。

    0
    投稿日: 2026.03.05
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    よしもとばななの「キッチン」は喪失をシェアすることで慰めをくれるけれど、ハンガンは違う。彼女は、ほら見て私もここに傷があるの、でも美しいでしょ、と静かに目を見つめて言ってくる。 痛々しい。でもなぜか目を離せない。 先を読むのが怖い。でも読まずにはいられない。 傷は放っておいてもいい。でも、看過ごせない傷はじわじわと"私"を侵食し、やがて自分の一部になる。 時間が解決する、とは本当だろうか。この世界には自然治癒力が働く場所と、そうでない場所がある。勝手に治る傷ばかりではない。自ら回復に向かっていくことで、人はしなやかに強くなっていく。

    2
    投稿日: 2026.01.05
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    一つ一つの文が、とにかく美しい。なのに、ヒリヒリとして、切なくもなる。 ハン・ガンの作品は、私を全く違う場所へと連れて行ってくれる。 喪失感が襲ってきた時、きっとこの本で描かれていた人達を思い浮かべ、また歩き出すのだろう。 青い石と火とかげが特に好き。

    0
    投稿日: 2025.12.21
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    「明るくなる前に」 腹痛を訴える弟をそのままにして死なせてしまう姉。ミャンマーに行き、デング熱にかかって死んでしまうその姉。がんの治療をする間にシングルマザーになる私。妹に自分の子どもを預けてお葬式に向かう私。ウニ姉さんと私は同じ職場にいたが、ウニ姉さんが弟を亡くして退職してから仲良くなる。ミャンマーに会いに旅行に行く予定が葬式に変わってしまった。特に響くものもなく淡々と語られる事実。書体の変化が分かりにくい。 「回復する人間」 何も知らない。どうすれば幸せになれるのか知らない。足首をくじいてお灸をすえてもらって火傷をする。化膿してひどく痛むようになって病院に行く。放っておいたことをとがめられる。火傷を負わせた漢方医院を何とかするべきではなかったのか。小さな幸せを感じることを知らない。私を回復させないでほしいと願う。 「エウロパ」 僕は友人女性の部屋で女性の衣装を身につける。ハイヒールを履いて夜の街を一緒に歩く。キスをする。女性の格好をした男性が、女性に対して肉体的な欲望を持つ。エウロパ、それは木星の衛星。月よりも少し小さい。氷で覆われた星。クレーターが残らない滑らかな星。女は悪夢を見ると言うが、このストーリー全体で夢の中を歩いているような気がする。 「フンザ」 彼女にとってフンザとは何か。カラコルム山脈は梅棹忠夫の本に出てくるが、フンザの話はあっただろうか。行きたいけれど行けない、現実に存在するようで見えない存在、桃源郷。子どもが事故にあったとき夫は何をしていたのか。彼女は何もかもを一人で抱えこまないといけなかったのか。 「青い石」 夢の中で読書しているような気分で、ずっと寝ていたのかもしれない。おじさんは死んでしまったのだろうか。おじさんと唇を重ねたのだろうか。子どものためにDVから逃れることができなかったのだろうか。いまも自画像である木の絵を描いているのだろうか。 「左手」 うーん、最も強烈だったと言えるのか。あと一作品残っているから。左手が勝手に動き出す。左手と右手が激しく争う。あり得なさそうでいて、あり得そうな話。自分の思うような行動が取れなくなる。左手に任せても良かったのかもしれないが。妻とはもう10年以上別々に寝ている。妻が朝早くから出勤するようになったから。自分は朝9時まではゆっくり寝ていたいし。寝ている間に死んでいても気づかないし、気づかれない。特に僕は妻が先に出ていくから、半日ほど死んだまま家にいる可能性がある。前半そんなことを考えながら読んでいたのだが、途中から左手が言うことを聞かなくなって、あぁ。部長を殴る。昔好きだった女性を見つけて、バスの停車ボタンを押す。その女性に触れる。自分の意志とは別に勝手に、左手が。左手を右手で処分しようとする。左手は反撃し自分自身を処分してしまう。 「火とかげ」 トカゲはハ虫類でサンショウウオは両生類だ。とは言え、図鑑などで見る見た目はさほど違いがないため子どもには分からないのかもしれない。トカゲは足も再生するのか。しかも2本?と、こんなところに食いついてしまった。今度は左手が事故で動かなくなってしまった女性が主人公である。前作とは逆だ。事故の後遺症で右手も思うように動かない。一番つらいのは本人であることは間違いない。ところがその夫は、妻がそのようになってしまったことによる自分へのしわ寄せに耐えられない。それだけではないのかもしれないが、心が離れていく。大変なときだからこそ助け合っていくというわけにはいかなかったのだろうか。そんなときに見つかる昔の写真。撮られたことも忘れていた写真。そして、その写真を撮った男性。心は動く。何か展開があるか。いや、男性の死によって一瞬にしてその思いは消え失せる。白頭山も梅棹忠夫で読んでいた。 ハン・ガンの作品はどれを読んでいても素直な愛が感じられない。生きづらさばかりが目に付いてしまう。特に女性の。そんな中では、「左手」は特異な存在だったのかもしれない。妻には、夫の生きづらさに気付いてあげて欲しかった。もっとも、妻は妻で、家庭や子育てを顧みない夫に耐えられなかったのだと思うが。

    2
    投稿日: 2025.12.18
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    傷や哀しみを背負った人たちが、その痛々しい回顧を伴いながら、回復を遂げる、あるいは歩みを進める姿を丁寧に掬い取った短編集。繊細な心理描写に踏み入りつつ、それを読み手に伝わらせて感慨を抱かせる手腕に酔わされるように読了しました。 ひとつずつ印象に残った話について感想をあげていくと、 「左手」だけはどこまでも救いのないさまを丹念に抉り出していくホラーめいた一品なのですが、この容赦のなさもわりと好きです。「エウロパ」はどこか哀切さの漂う二人の関係性が艶やかに描き出されていてとても素敵でした。「火とかげ」は苦しみ続ける女性の描写が痛々しくも、最後にようやくかすかな光明を見出していく姿に細く息が長く漏れ出るような安堵を感じました。 辛さを描けるから救いをも描ける。ハンガン氏の作品を読んでいると特にそう深く納得するように感じます。

    12
    投稿日: 2025.11.22
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    透明感があって美しい文章。どことなくずっと寂しさのようなものがつきまとっていて、確かにずっと読み続けるのが少ししんどいような。

    1
    投稿日: 2025.11.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「回復する人間」というタイトルがぴったりの、7つの短編集。 さまざまな種類の痛みが描かれていた。 私の経験にかなり近い感覚を登場人物たちの中に見たり、語られる言葉によって気付かされることもあり、興味深いながら苦しい読書でもあった。まるで自分の抱えた問題のようにも感じられてくる。他人事と切り捨てることはできない。 折り合いをつけて生きようとする女性たちの、揺れている心が魅力的に見える瞬間もあった。真剣に向き合いながら傷ついている姿は痛ましいはずなのに。 この中では「左手」という作品の印象が強い。自らを追い詰めていく主人公に、ひとつの救いも用意されていなかったからかもしれない。ひとつ間違えば、自分だって同じような状況になるかもしれないという怖さがあった。この短編をもう一度読みたいとは思わないけれど、揺さぶられるものがあった。

    0
    投稿日: 2025.10.27
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    短編なので読みやすいと思ったが、内容が余りにも濃すぎてくたびれてくる。 歳のせいかふと感じる恐怖や不安と言った物を言葉として表現されると少し心が重たくなる。 それだけ重厚な内容なんだろう。 決して嫌いではないがだんだん疲れてくる。

    1
    投稿日: 2025.10.17
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    P17「しょっちゅう電話したかったけど、姉さん自身が大変そうで、それでちょっと気おくれしてしまってできなかったと。」 仲が良くても、仲が良いからこそ相手のことを気遣って伝えないこともある。仕事の愚痴や正論かもしれないけど相手を傷つけそうなこと…親しき仲にも礼儀ありとは言え、気を遣いすぎても息苦しい。ちょうどいいバランスを生涯ずっと模索しつづけるのだろうか。 P18「どんな人間関係にもありうる誤解と幻想が、彼女と私のあいだにもあった。例えば、ウニ姉さんは私を実際よりもたくましい人間だと思っていた。」 相手は◯◯な人だろう、という思い込みは誰しも起こりうることだが、それを相手にぶつけないようにしたい。

    1
    投稿日: 2025.09.15
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    読みながら少したじろぐ。なぜハン•ガンさんは、異郷のゆかりもない僕に対して、抱え込んだ孤独を、疼き続ける痛みを告白するのかと。 僕には、受け止めるだけの度量も、分かち合う優しさもないというのに。 だが、彼女は決して弱音を吐いて、己の傷や悲しみを嘆き訴えているのではなかった。 むしろ、誰からも助けの手が差し伸べられなく、独りで耐えるしかない痛みに押し潰されたときでさえも、消え去ることのない強さが人の内には秘められている、そう静かに告げていたのだ。 人は自らの意志で、身体や生活を律して前へ進んでいるいると思い込んでいるけれど、果たしてそうだろうか。 心がたとえ悲しみを求めていても、 理性が抑えつけようとしても、 思い描いていた理想や夢が損なわれて二度と戻らなく絶望の淵に沈んでいたとしてもー 身体は、心にひそやかに抵抗し、新たな出口を求めて蠢めく。 深くうずめられた種子が、見えるはずのない光へと伸びてゆくように。 硬い岩盤にしみこんだ雨水が、たしかな道筋を辿って湧き出すように。 回復とはかならずしも機能的な復元を意味するわけじゃない。いつだって生命は変化してゆくのだから。 変わり得ることー それは希望と呼んでもいいのではないか、そう思った。

    23
    投稿日: 2025.09.03
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    「明るくなる前に」と「火とかげ」が好きだった。 ハン・ガンが書く物語には結婚生活が破綻している人しか出てこないが、本人も離婚しているので何か自身の経験に基づくものがあるのだろうと考えた。

    0
    投稿日: 2025.08.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    肉体に受ける血の流れる傷の他に、罪悪感や後悔や喪失感も紛れもない傷。 この本に収録されている七編の主人公や登場人物たちほどでなくとも、それらの傷は多くの人にあると思う。 もちろん、私にも。 読んでいて、登場人物たちの傷と共に自分の古い傷を改めて意識する。 登場人物たちはたとえば表題となっている「回復する人間」ではタイトルどおり傷から回復するのだろうか? どうやって? 目が離せなくなる。 だが、彼らは必ずしも回復するわけではない、と私は思う。 ただ、登場人物たちは自らの傷との向き合い方、折り合い方を通して私たちがそれぞれ持つ傷に寄り添う。 傷を抱えたわたしに寄り添う。 それは同じような痛みを感じる者として心強いこと。 読み終えて、傷はあって、ときに傷んでも、きっと前を向いて歩いていける、そう思える。 回復する人間 火とかげ が好き。 青い石 も好み。

    2
    投稿日: 2025.07.26
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    もっと韓国という国、韓国人という独自性を全面に打ち出した内容かと思っていたが、日本人作家が書いたと言われても全く違和感がない現代性、普遍性。生きづらさに直面して足掻く人たちの物語で、どれも心をざわつかせて落ち着かない心持ちにさせた。

    0
    投稿日: 2025.07.04
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    どれもこれもリアルな傷を抱える女性たちが(ひとりだけ、普通の男性が出てくる)でてきて、それぞれの回復の過程が描かれている。 回復仕切らない人もいるし、回復を拒む人もいる。 だけど、人は自然状態で回復していく生き物なのだと感じる。 生きることは痛いことなのだろう。 短編「回復する人間」の文章が好きでした。 文字で遊んでるというような、軽いのに重く静かで、圧巻でした。 「火とかげ」の痛みと鮮やかな色を感じさせる物語も良かった。 復活に色がないという着地も見事。

    8
    投稿日: 2025.06.24
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    ハン・ガン氏の小説は少し曇天の澄んだ空気を持つ初冬の朝をイメージさせる。不安定で漠然とした「何らかのものたち」を柔和で静謐な文章で書き表していく。人と人とが織り成す関係を丁寧に解きほぐして再構築する文体が印象的。失ったものもしくは失いつつあるものからの回復。記述的ではないけど抽象的でもない。「回復する人間」と「火とかげ」が個人的好み。

    1
    投稿日: 2025.06.24
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    静かで落ち着いた美しい文章なのに鋭利な刃物を突きつけられているよう。読みながら心のどこかがヒリヒリした。「左手」はとても怖かった。印象に残る短編が詰まっている。

    0
    投稿日: 2025.06.01
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    登場人物たちはみな生きることに大層疲れている。生きていくことはなんて困難なことだろうと思った。それでも人間は回復する力がある。静かだが確かな力が。きっと自分にもあるんだと信じたい。自信はないけど。 最後まで燃える心臓、フンザ、「黄色い模様のヨンウォン」など、主人公たちに力を与えるものがみな印象的で美しくとても素敵だった。ハン・ガンの文章はいつも映像が頭に浮かぶ。静寂で美しい時間だった。

    1
    投稿日: 2025.05.30
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    短編集。 明るくなる前に 回復する人間 エウロパ フンザ 青い石 左手 人とかげ 危うさと脆さ、ギリギリのラインに立つ人、どの作品にも痛みがあり苦しい。でも、なんだろうか。生への思いが強く静かに届いてくる。

    2
    投稿日: 2025.04.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    初めての韓国文学で、初めてのハン・ガン。 静謐な文体。読むうちに心が沈黙して、無我の境地になる。喪失からの静かな、みずからはそれと気づかないほどの細い細い糸のような回復。希望がほんのりと差し込んでくる。 「時間とは流れるものではないのかもしれない」(p.141「青い石」) 「私たちももともとはああだったけど、そのあとにいろいろプログラムされて、本来の状態を忘れて暮らしてるんじゃないかと思うわ」(p.261「火とかげ」) 失ったものは取り戻せないけれど、それを置いてきた時間にいつでも戻れる。そこから回復の一歩を踏み出す。

    1
    投稿日: 2025.04.09
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    ここ3ヶ月ほどの間に『すべての白いものたち』『菜食主義者』『そっと静かに』の3冊を読みハン・ガンさんに強く惹かれる自分と向き合う充足した時間を過ごしてきました。 『回復する人間』は詩的で静謐な文章が美しい『すべての白いものたちの』と同じ斎藤真理子さんが翻訳された短編集です。 初出年月日の1番古い「火とかげ」が7つの短編のうち最後に掲載されていて2003年初出。韓国でのタイトルにも使われたこの作品が、韓国の文芸評論家シン・ヒョンチョルに「この本の関心事は(中略)〈傷と回復〉だ」と言わしめた7つの物語のいずれの基底ともなっているテーマが2003年の時点で作者にとって重要でその後ほぼ10年に亘り深く掘り下げられてきたことがわかります。 「火とかげ」の主人公の女性は画家。事故で使えなくなった左手のリハビリを懸命になってやり過ぎたため右手も使えなくなる。絵を描くことも、家事をすることもできなくなって2年、洗濯や皿洗いも夫に託すことを余儀なくされた時、2人の穏やかで、情熱的ではないけれど慈しみあった関係性は、健康であることを前提としたものにすぎなかったと知ることとなる主人公。前提条件が変われば関係性も変わり、完全な他人であった2人だという明瞭な事実だけが残ることに。 この経過、この3年ほどの間の私自身の経験と重なります。転倒して打った左肩故に左手が使えなくなり、2日置きに整体に通ってもさほどの好転もしない中、それでも緩やかに回復の兆しが見えてきた頃のこと。何をするにも右手で。ある日鍋底の汚れが苦になって右手で磨きあげていたら右肩が左肩と同じように痛むようになりました。幸いまったく使えないところまではいかなかったのですが不自由なことこの上ない。高いところのものが手を伸ばして取れない、重いものが持てない、という身体になってみて初めて常日頃当たり前に動けていたその当たり前が筋肉や骨が緻密に機能することによって成り立っていたことに気がつきました。そしてほぼ1年前、今度は右足に痺れが出て、脚の付け根のあたりに激痛が走って突然歩けなくなりました。脊椎管狭窄症。痺れとは一生の付き合いになりそうです。 閑話休題。  アトリエの賃貸契約を夫に一方的な打ち切られる、という状況下、友人が見かけたという写真館に飾られた主人公の写真が23歳だった頃の山登りの記憶を呼び覚まします。条件の悪い山登りの最中に出会った物静かで理知的な男性との邂逅の記憶。足をくじき背負われ下山。彼に好意を持たれ自分も彼に惹かれたと自覚したものの、名前も年齢も、職業も知らないまま過ぎた10年の歳月。この山行の描写が抜きん出て美しい。 そしてこの短編集のどの作品にも抜き書きしたくなるような心に染み入る一節があるのです。 再読、再再読必至の短編集です。

    2
    投稿日: 2025.03.29
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    面白かった。こんなに馴染みの良い文体で静かに沁み渡る文章、日本ではどなたに近いのだろう。 短編7つだったが、ひとつひとつが短編とは思えない濃さ。全ての物語で、主人公の持つ悲哀と閉塞感がとても繊細に書かれているが、さらっとしていて重たくない。読んでいて心地良い。 特に『エウロパ』『青い石』が好きだった。

    1
    投稿日: 2025.03.17
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    日常的に溜まっていく澱が思いがけないときに表面に出てきてしまう。取り除ければ良いけれど、それも難しく、また澱が沈むのを待つしかないような気持ちになりました。その中で左手は抑圧してきた意識の飛び出し方がびっくりの激しい展開でした。

    1
    投稿日: 2025.03.01
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    読んだときに自分が、どんな状況か、どんな気持ちでいるのか、にもよるかもしれないけど、素晴らしかった。ハン・ガンは初めて読む。衝撃的。すぐに再読。今度はなるべく音読している。

    9
    投稿日: 2025.02.07
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    「火とかげ」に圧倒された。途中出てくるTears In Heavenのエピソード知らなかったので、改めて聴いて心に沁みた。「左手」だけ他の作品と違った作風だったが、先が気になりグングン読んだ。どの作品も人が傷つき回復する様が丁寧に描かれていた。自分が辛い時に読んだらきっと、もっとハマると思う。そんな時、この本を思い出して、また読みたいと思う

    0
    投稿日: 2025.01.25
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    繊細だけれどとても鋭い、傷ついたり傷つけたりしてしまいそうな文章。そんな文章でしか書けない傷や悲しみ苦しさ、人生がある。それらの殆どの人生、物語には最後に光がさす、希望が垣間見える。前に進めるように開いた小説たち。それらは回復を促すように書かれたのかもしれない。 だけれど、ある短編の登場人物が「私を回復させないで欲しい」と願うように、残しておきたい傷や忘れるべきではない悲しみ苦しさもある。回復とは忘却にも近い。傷や悲しみ苦しさを忘れないために書き残された、そんな風にも思えた。 回復も忘却も、時間を使って人生が行使する必要な力だ。だけど、それに抗うように傷を悲しみや苦しさを持ち続けることも必要なことがあるのが人生だ。相反するようにも思えるけれど、どちらも必要なことがこの短編集には同時に書かれていた、そう読んでいた。 最後の一編を読み終わって、知らずに強張っていた身体が解れてため息が出た。消えることのなかった傷や忘れていなかった悲しみ苦しさを思う。もう一度ため息が出た。その意味を考えている。 そうだということを意識させない、元々あった繊細さや鋭さも失っていないように思える翻訳もやはり凄かった。 この短編集のなかでは異質な一編、勝手に動き出す左手に翻弄され、生活を狂わされ、自らも狂っていく、不可解で悲しくて希望もない話。三人称で書かれているから書き方はまた違うものなのだけど、その短編で感じる、不可解だけれどない話ではない、自分にも降りかかることがあるかもしれないという怖さは、実話怪談に感じる怖さとも同じようなものだった、ということも書いておきたい。

    5
    投稿日: 2025.01.11
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    短編集。初出は2003~2012年だが、作品の印象はほぼ変わらない。紹介文の「強靭さと繊細さを併せ持つ清冽な文体で描かれた7つの物語」というのがぴったりくる。内面に深く沈み込んで思考が流れていくような作品。男女の日常を描写しながらちっとも俗っぽさを感じさせない洒落た作品。いずれも人間に向き合って見据えている。 軽い内容の作品はひとつもないわけだけれど、なぜか読みやすいと思った。退屈さもなく、次はどうなっていくのだろうと読み進むことができた。短編だからだろうか。難解でもなく、読み応えのある読書の愉しみがあった。

    0
    投稿日: 2025.01.08
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    全体的に、何かを喪失したりここにない何かを求めている物語だった。 「左手」のみ物語が個人的に奇妙で怖い作品だった。15禁と書かれていても納得する。フランツ・カフカの「虫」を読んだ後と似た、苦虫を噛み潰した読了感だった。 作品ひとつひとつは濃く、読んだ後に体験したかのように物語が残るので、読書の満足感は高い。疲れている時に読むとメンタル持っていかれる作品でもあるから、著者の他作品を読む時は心して読もうと決意した。

    0
    投稿日: 2024.12.29
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    ハンガン自身が日本人読者に読んで欲しいと言っていた「少年が来る」、または「菜食主義者」が読みたいと思っていた。けれども、祖母が亡くなった次の日に、書店で「回復する人間」を見かけてそのまま購入した。人間は回復するのだろうか?(未読)

    0
    投稿日: 2024.12.19
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    訳者解説によると、傷と回復をテーマにした短編集。ハン・ガンの邦訳のなかでも、著者の考えていることが理解しやすいほうだと思う。希望の見える明るいものもあり、希望の見えない暗いものもある。しかし、これだけは言えるのは、ハン・ガンのかんがえる回復は、元どおりの健康な状態に戻ることではなく、元には戻れないけれど、以前とは異なる感受性を受け入れながら、自殺せずになんとか生きていくことだ。うわべだけの幸福を生きるよりも痛い真実を受け入れることのほうが貴いのだ。いちばん長い最後の「火とがけ」がすばらしかった。

    1
    投稿日: 2024.12.13
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    4冊目のハン・ガン。繊細な心の持ち主だなあ。「生きる」ことを、その内面をとても大事にしているのに感化される。写真で見る通りのやさしい人なのだと思う。

    5
    投稿日: 2024.12.04
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    特に「火とかげ」が印象に残った。私も去年は茶碗を持つのもきついくらい両手が痛くて使えなかったから投影して読んでしまった(ハンガンさんもこれを執筆していたころ手が痛くてタイピングが出来なかったらしい)。画家の主人公は、事故で手に痛みが残り絵も描けなくなるし夫との関係もうまくいかなくなる。そんな彼女を支えてくれるものは、昔登山をした時偶然あった男性との記憶とQという画家の絵。記憶だけで残る男性と友人ソジンが繋がって、ソジンの子供が飼ってる前足を切断したトカゲからまた足が再生されていく描写で主人公に細い光が差し込みだすのがわかる。 トカゲの手が再生するように、最後、主人公は以前と違う手法で絵を描いてみる。闇の中でもがき続けている時間も無駄ではない。それが新しい生を支えている。回復するということは新しい生を生きなおすことであると改めて感じた。

    2
    投稿日: 2024.11.30
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    回復する人間とフンザがよかった。次点で明るくなる前に。 想像をしすぎてどこにもないどこかになってしまった理想郷。理解し合えないことがだからといって愛していないことにはならない。 いまのところ彼女の作品の中でどれかひとつだけ読み返すならこの短編集。

    1
    投稿日: 2024.11.17
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    私にとって、なんとも言えないくらい、とても衝撃を受けた本でした。落ち着いた場所で、静かに読むべき本のように思いました。じっくりと読んでも1度では足りないようにも思いました。 自分の目の前でその情景を見ているような感じがしました。登場人物の心の中の細かい描写に吸い込まれそうな感じを受けたときもありました。人の繊細な部分の表現の仕方が秀逸に思えました。身体の傷、心の傷、両方とも回復を願うだけではないときがあることを知りました。ハン・ガンさんがどういう思いでこの本を書いたのか、知りたいと思いました。(あとがきに訳者の説明がありました。) 今は、私よりもきちんとこの本を理解した方のレビューが読みたいと思っています。

    20
    投稿日: 2024.11.11
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    韓国語は会話文に括弧を使わないのかなと思っていたら、ごく稀に出てくる。どういう基準なんだろう。 「左手」がこの並びだとちょっと浮いてるし、なんか怖かった。それ以外は静謐で、ひたすら生きるとは、死ぬとはに向き合おうとしているような作品群。

    5
    投稿日: 2024.11.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ハン・ガン4冊目、菜食主義者に続いて読んだ中では好きかもしれない。ギリシャ語の時間も面白かったのだけど。 7つの短編集ということもあり、すらすら読んでしまった。エウロパ、左手も好きだったけれど、青い石、火とかげ、の二篇はさらに好きだった…。 「エウロパ」 僕とイナの"友情"について。僕はイナのことを愛しているし、女性の格好をして出歩くことをイナといる時にはできるといういくつもの設定で、エウロパというタイトルは僕でありイナなのだろうか?とまだ理解しきれていないところはあるのだけれど。 …僕は黙ってベッドに近づき、イナに短くキスをする。イナの唇から苦いタバコの匂いがする。彼女はまだ僕を卑怯者と呼んだことはない。狭くて高い平均台のような、僕が生きている境界から飛び降りろと言ったこともない。ただ、時々一緒に夜の町を歩いてくれるだけだ。僕らの間に何ごともなかったように、優しく、そしてつれなく。砕けそうなほど強くお互いの体を何度も抱きしめ、鎖骨をまさぐり、苦痛に近いほどの愛着を感じながら、温かい肌をこすりつけあったことなどなかったように。 ライブ、頑張ってね。金曜日の。 イナは返事する代わりに笑いながら言う。送らないからね。 僕もまた人を信じないと、時に僕に苦痛を与えるイナの笑顔を見ながらそう思う。いつか彼女が僕に、僕が彼女に、深い傷を負わせるだろうと僕は知っている。僕らの散歩が永遠に続かないことも知っている。(p.92)… この終わりを明確に自覚しながら、それでも今この瞬間に愛着を持って生きていくしかない自分というものが、痛いほどわかるので、ジーンときました。 「青い石」 私からあなた(同級生の叔父さんで初恋の相手であり、おそらく血友病であって、もうすでに鬼籍に入っている)へ語りかける話。 出だしの、 久しぶりにあなたに呼びかけてみます。そこであなたは、元気でいますか。私は今も、ここで元気にしています。…そうやって元気に暮らしているのです。寂しいときに木を数える癖、照れくさいときに手で額を隠す癖も変わりません。 あなたもそんなふうに、元気でいるでしょうか。(p.119) という部分を、話を読み終えてから最初に戻ってどういうことかわかって読むと、切なさが胸に去来した。 …私が勇気を出して再びあなたの唇を自分の唇でおおったとき、あなたは私の背をかき抱き、しばらく震えていました。そして黙って私の体を押しやりました。 …ここまで。 あなたは上気した顔で言いました。私の頬を撫でおろすあなたの墨のついた手に、私はもう一度口付けしました。 早く、早く、大きくおなり。 あなたが笑いながら言った言葉に、私たちは一緒に、長いあいだ笑いましたね。そしてあなたは快活に言いました。 知りたいよ、君がどんなふうに年をっとていくか。老いていく時の様子がどんなふうか。(p.139) こんな素敵なラブストーリーはなかなかないじゃないですか…年の差があっても、二人が個人として交わす時間が愛おしくて、でもそれが叶っていないことも知っているからより切なくて…。こういうの私好きなんですよーー。私も好きな人がどういう風に歳をとっていくのか見ることはできないから、より一層そう思うのかもしれない。それから私とあなたの間にあった年の差も、親近感をうむ一つの要素。私もあの人と同い年になったときに、何か述懐することがあるのだろうか? 墨色の空がだんだん明るくなっていきます。こうやって青い光が毛細血管のように、暗闇の隙間から染み出してくるときには、私の体内の血もまた違ったように流れている感じがします。私の意志、私の記憶、いえ、私というものが何でもないもののように消えていきます。波がひとしきり寄せては返すまでの短い時間に現れるやわらかい砂浜のように、私たちがここに止まっている時間はわずか一瞬だという気もします。そんなときにはふいに、あなたの絵が見たくなります。 もしかしたら時間とは流れるものではないのかもしれない。そんな思いも同時に訪れます。つまり、あの時間へと戻っていけば、あのときのあなたと私が雨音を聞いてるの。あなたはどこへ行ったのでもないの。消えてもいないし、立ち去ったわけでもないの。いつからか身についた、あなたと同い年の男性に出会うたび、歳月が変化させたあなたの顔を漠然と思い描く癖を捨てたのは、そのためです。 だから、あなたに尋ねてもいいでしょう。 そこであなたは、元気でいますか。雨音はまだ、耳に心地よいですか。永遠に持ってこられなくなったじゃがいものことは忘れてしまったでしょうか。ずっと昔の夢の中のあなたは、むくんだ腕で青い石を拾い上げているでしょうか。水の感触がわかりますか。陽射しを感じますか。生きていることを感じていますか。 私も、ここで、それを感じているのです。(p.141) この終わり方、大好きでした。 「左手」突然意思を持ったかのように動き出す左手と、それによるバッドエンド。。 「火とかげ」原題は「黄色い模様の蠑蚖(ヨンウォン)」で、ヨンウォンというのが永遠という言葉と同音異義語なのだそうだ。それをかけ合わせた素敵なタイトル。絵が全てと生きてきた女性が事故で手をうまく動かせなくなり、描けなくなったときに、という話。まさに「痛みがあってこそ回復がある」というような話だった。この話も、青い石も、運命の人とはすれ違ったまま相手が亡くなっているという設定が多い。 …深夜、眠りから覚めて洗面台の鏡を見ると、多々の動物的な感情が波打つ私の内面がかろうじて一枚の皮膚で縫い合わされているように思えた。信じられなかったのは、子どもっぽくて繊細なその顔が以前に比べて別に変わったように見えなかったことだ。ドリアン・グレイの肖像のように、暗闇の中の倉庫で、私の顔は醜く歪んでいったのか。退行と人知れぬ発狂の痕跡がそのまま刻印されていったのか。(p.216) ニヤリ笑。 結局のところ、私とは何の関係もなかった人だ。永遠に行き違う運命だったのだ。彼の長い眠りの中に、私の思い出ーほんの形だけだったとしてもーも永遠に埋もれてしまった。あの人のうなじも。手を触れることすらできなかった産毛も、温かい肌も。 額から汗のしずくが垂れ、こめかみを伝って流れ落ちる。ずっと忘れていた憐憫の気持ちが、静かに私の体に染み渡る。 どこから湧いてくるのだろう、この静かな気持ちは。 どこからこんな気持ちがー生きたいという、生きねばという思いが、響いてくるのか。(p.274)

    0
    投稿日: 2024.10.18
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    受賞後に読み始め、3冊目。 左手、が特に印象的だった。 自分が無意識に抑圧してきたことや 傷ついてきたこと それらを無かったことにしないで、自分の一部として大切にして良いのだと感じつつある。 影が深まることで、光がより明瞭に感じられて。

    0
    投稿日: 2024.10.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ハン・ガンの短編集。気になっていた白水社のエクス・リブリスシリーズを初購入。 訳者のあとがきにあるように、傷口が回復する前には痛むもの。人の心も同じで、様々な挫折、諦め、苦悩の果てに、回復の兆しが見えてくる。そんな作品が多い短編集だった。 相変わらず文体や情景が綺麗で、読んでいるだけで心が洗われた。以下、作品毎の感想。 ◎明るくなる前に ★おすすめ 弟を亡くした姉。自分がもっと気にかければと後悔し、以後、自身を罰するように生きる。“そんなふうに生きないで”。この祈りが刺さる。 ◎回復する人間 誰かの視点で語られる、決して分かりあうことのできなかった姉に先立たれた“あなた”の話。回復するためには痛みが伴う。心の声が、もう本当に切実で良い。 ◎エウロパ 女性になりたかった、でも心から愛する人は女性だった男の話。路地裏に響く歌の情景が良い。決して手の届かない女性をエウロパに例えることも綺麗。永遠には続かない関係だと予感させる終わり方も切ない。 ◎フンザ 自分の思い描く桃源郷に逃げながら、子育てと大黒柱を担う生きることに疲れた女性の話。少し暗い話。いつか破滅するか、破滅することを選ぶであろう終わり方か。 ◎青い石 ★おすすめ 友達の叔父に恋した女性の話。綺麗な恋愛小説。凄く映像化してほしい作品。 ◎左手 まさかの凄く暗い話。この短編集の中ではかなり異色作。勝手に動くようになった左手のせいで、守りたかったものも守れず自滅する男の話。夜、店でライトに照らされて影が壁に伸びる情景が本当に良い。 ◎火とかげ 事故の影響で両手が使えなくなってしまった画家の話。絵を描く事にしか生き甲斐がなく、両手がほとんど動かなくなったため生きているだけの屍となってしまい、夫とも不仲になってしまう。生き甲斐を失っても、そこからどうやって希望を見出すのか。この本のテーマである、喪失と回復が描かれた作品。

    10
    投稿日: 2024.01.03
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    痛みがあってこそ回復がある。大切な人の死や自らの病、家族との不和など、痛みを抱え絶望の淵でうずくまる人間が一筋の光を見出し、ふたたび静かに歩みだす姿を描く。  生きる上での痛みや傷は、抱えたまま共に生きることでしか前に進めないのかもしれない。絶望の中でもいつか小さな光に辿り着ける人間は悲しく強いなと思う。

    2
    投稿日: 2023.09.30
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    人の死や、告げられた余命によって、周囲の人間は変化する。自分の生をありがたく思ったり、悩みがちっぽけに見えたり、本当に大切なものに気づいたり。また、生きることの生々しさを痛感して辛くなったり。 安全圏から『死』を見ることにより、自分の『生』が明確化される感覚があった。

    0
    投稿日: 2023.02.19
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    「あなたはしょっちゅう忘れてしまう。さっきまであなたがどこにいたか、何の治療を受けていたのか、今はどこに向かって歩いているのかを忘れる。」

    0
    投稿日: 2022.12.21
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    最初はとっつきにくい印象を受けたが、とても詩的で美しい物語。孤独と刹那さに打ちのめされそうでありながら、微かな光が必ずあって、作者の方は凄く繊細で表現力が豊かな方なのだと感動した。

    2
    投稿日: 2022.10.10
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    表題作は1週間前に姉が亡くなる。その葬儀で捻挫し、そこにお灸をしてもらって火傷をする。それを忙しさにかまけて化膿しより酷くなり、医者に診てもらうところで話は始まる。姉との関係がどこからギクシャクしたのかなど考えながら…ラストに好きだった自転車で坂を下る。ペダルから足を離して…ここから世界が少し色づくような感じがする。 この話、未来の話が挿入される。『あなたは知らない。…していくことを知らない。』と何回か入ってくる。変わった文だけれど、なんとなくイメージはわかる。 映像だと自転車で坂道をわぁーっと下っていくシーン、そしてラストシーン。その間に未来が挟まれるのだろうか。 表題作含めすべての短編が回復する人の話。 1番好きだったのは、原作のタイトルだった『火とかげ』 原題は『黄色い模様のヨンウォン』というタイトルで、ヨンウォンという言葉にはトカゲという意味と、同じ音で『永遠』という意味もあるらしい。 それが話のラストあたりで出てくる。 2年前に交通事故を起こし、左手が使えなくなり、右手を無理矢理リハビリしたせいで右手も思うように使えない画家。夫は感情を失い、日々苛立っている様子。友達が久しぶりに電話をくれる。写真館にあなたの写真が飾ってあると。そこから思い出す過去の記憶。そして絵を描いてみようとアトリエに行き始める。 この過去の話がいいです。まだまだ健康だった独身時代。研究者っぽい男性と登山で出会い撮ってもらった写真。その写真を見に、そして友人に会いに出かける。 今まで手のことで、病院以外ほとんど外にも出なかった日々をおくっていたが、少しずつ外向きになる。 新しく描こうと思っている絵はもっと外向きの絵。 何回も読みたい話。

    1
    投稿日: 2022.08.28
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    文学ラジオ空飛び猫たち第28回紹介本。 2021年最初の作品紹介は韓国を代表する作家ハン・ガンの短編集「回復する人間」です。ラジオで最初に作品紹介したのも同作者の「ギリシャ語の時間」で、案内人2人が好きな作家です。番組では表題「回復する人間」と「火とかげ」について話しています。収録されている短編はどれも素晴らしく、順風満帆な人生にはほど遠い人たちの〈傷と回復〉を描いています。 ラジオはこちらから→https://anchor.fm/lajv6cf1ikg/episodes/28-epc5l4

    1
    投稿日: 2021.12.31
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    いろんな悲しいことから回復する人々の話。慣れない韓国人の名前と訳し方が気になってなかなか読み進められず、中断、、

    0
    投稿日: 2021.11.24
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    作家の西加奈子さんのポッドキャストをきっかけに読んだ(「西加奈子が選ぶ12冊の処方箋」 )。亡くなってしまった初めての彼氏が忘れられないという相談者さんに、西さんが勧めた本のうちの一冊。 清洌なイメージが時おり脳裏に閃く短編集。 『火とかげ』 回復は簡単ではない。無理やり乗り越えることはできない。それでも、木の葉を通した光がひとひらひとひら積もるように、兆していくことがある。 『左手』 社会に適応的でない感情や欲求を、無視し、封じ込め、圧殺することでしか対処できない男の物語。男性ジェンダーの負う哀しさ、痛々しさ、責任の取れなさが、「自分の意思を無視して動く左手」というトリッキーな小道具によって見事に描かれている。 他の物語の主人公である女達が、自らの感情(望ましいもの・そうでないもの全てひっくるめて)をひたすら淡々と感じきり、伴走しているのと対照的だ。面白かった。

    2
    投稿日: 2021.09.04
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    自分の語彙力の無さを露呈するようだが、まじでサイコー。 出逢えてよかった作家、作品。 ハン・ガンは3冊目。彼女の作品を読むことができる時代に生まれてよかった。 今作は、「痛みがあってこそ回復がある」がテーマの短編集。全7編とも、全部いい。 死のにおいを感じながらの生を感じる。集中して、静かな部屋で読むのがおすすめです。わたしは冬の夜、テントの中でランプの灯りで楽しみました。 明るくなる前に…かつての職場の同僚であったウニ姉さんは、弟の死をきっかけにバックパッカーになる。ウニ姉さんとの関係、自分の闘病、作家としての社会復帰をする矢先の出来事。 回復する人間…姉の葬儀で足をくじき、お灸でのやけどから感染症をおこしてしまった足。関係をうまく築くことができなかった姉との関係。回復を望んでいない私、痛みとともに回復する(であろう)足。独特な語り口で、未来から今を語っている。日本語版での表題作。 エウロパ…自分のジェンダーと、好きだった彼女の歌声。彼女と過ごした、二度とは戻れない夜を思いす。 フンザ…うまく人間関係を築けない夫、子育て、仕事を抱える私は、フンザというとある地に憧れを感じている。紛争地帯で、容易にはいくことができない土地に思いをはせながら、生活は続く…。 青い石…友人のおじさんは、一日中家で作品を作っているアーティスト。彼は、幼少期から病気を患っていて(たぶん血友病)、常に生活に制限がある。アトリエに通うようになった私は、彼に惹かれていく。 この作品超よかった…。発展した長編『風が吹く、行け』もあるようなので、翻訳お願いします。(でもこの短編だけで完結してもいい…悩む。) 左手…ある日、左手が思うように動かなくなった男性。気に食わない上司に手を挙げ、憧れの先輩の腰に手を回す 火とかげ…黄色い模様の永遠という現代で、韓国版の表題作。事故で左手が使えなくなった画家である主人公。早期回復を望むあまり、右手も使えなくなってしまった。夫のサポートなしでは生きられなくなり、夫もいらだちを隠そうともしない。画家としての再起を考えたとき、友人と再会し、思い出す10年前の登山の思い出。太陽の黄色を感じながら読みました。

    20
    投稿日: 2021.04.27
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    ハン・ガン5冊め。ほぼ一年前に『すべての、白いものたちの』を読んだのが最初なので、よいペースだと思う。 彼女の作品に共通して感じるのが「何かを失った人の孤独」。『回復する人間』はまさに「喪失と回復」がテーマの短編集。しかし、再生の物語にありがちな生やさしさはなく、永遠に失ってしまったものへの諦念、必死になって立ち上がろうとする壮絶さ、ギリギリのところで生きていくことを選択する人の強さを感じます。 木に対するシンパシー、夜明けに綱をもって家を出る話は『菜食主義者』にもでてきます。 『青い石』のガラスのように壊れそうな2人の物語がよかったので、これをもとにした長編『風が吹く、行け』も読んでみたい。 コロナを言い訳にいろいろ停滞してしまっている私ですが、そろそろゆっくりでも前に進まなくてはという気分になりました。 以下、引用。 空は青く、冷たい陽射しが梢の輪郭を包んでいる。しばらく頭をそらして見上げているうちに、自分がそれらを美しいと感じていることに気づく。冷酷なほど完全に、ウニ姉さんのことを忘れていたと気づく。 地下道の出口で彼女が出社する後ろ姿を見たことがあったが、忙しく行き交う人々のあいだで、彼女はまるで散歩に出てきた人みたいにゆっくりと、壊れやすい沈黙を保護しているかのような慎重な足取りで階段を上っていた。 人を燃やすときいちばん最後まで燃えるのが何かわかる? 心臓だよ。夜に火をつけた体は一晩じゅう燃えてるんだ。明け方に行ってみたら、心臓だけが残ってて、じりじり、煮えてたの。 その瞬間気づいた。何気なく打ち明けたその夢が、どんなに赤裸々な告白だったかということに。今私がいる地点が、午後三時だということに。もう時間が残されていないということに。一度しかない一日をぎゅっと握りしめたまま、どうしたらいいのかわからず、握りつぶしてきてしまったのだということに。 イナは二十三歳の冬から約六年間結婚生活をしていたが、二千日を越えるその期間中ほとんど毎日料理をしたので、残りの人生は最小限の料理だけで生きていくと決めていた。 あたしさ、最近、フラクタルに関する本、読んでるんだけどね。もうびっくりしちゃった。あたしたちの体の中で血管が広がっていくときの線も、川に支流ができて広がっていくときの線も、木が空に向かって枝を伸ばしていくときの線もみんな似てるっていうんだもん。地下鉄の出口から人波が広がっていくときも、同じような線を描くんだってよ。だったら、もしかして人の人生もそうなのかな? 空間じゃなくてさ、時間の中でよ、あたしたちの人生が、何らかの数学的な線……幾何学的に推測可能な線に沿って、進んでるのかな? って、地下鉄の出口から出るたびにそんなことを考えるようになったんだ。 十六歳の冬、私が初めて墨で描いた木のことを覚えていますか。その木は君に似ているね、とあなたが言ったのを私は覚えています。そしてあなたは、君が描く何もかもが実は君の自画像なんだとつけ加えましたね。あの日の午後ずっと、あなたの本棚を探して木の絵を見ていました。エゴン・シーレが描いたひ弱そうな若木の絵を見つけたとき、あなたの言葉をおぼろげに理解しました。すべての絵が自画像なら、木の絵は人間が描きうるいちばん静かな自画像だという思いも、そのときちらりとよぎりました。 戦って、勝たなくちゃ。それでこそ絵が描ける。 女の人に月経があるということ、血を流して子どもを産むということって、考えてみると驚異的だ。つまり、生命はいつも血の中から始まるってことなんだろうね。 私、たぶん、逆方向に年を取ってるんだと思う。二十代のころは、職場とか貯金とか、家とか家族とか、年齢に応じて何を持ってなきゃいけないかって、そんなことで頭の中がいっぱいだったの。だけど今はむしろ、自分のものなんてないんだと思うわ。時間もお金も人生も……みんな誰かからしばらく借りて使っているんじゃないのかな。 あの人はこんな人ではなかった。基本的に繊細で優しい人だった。だが、すり減った。タイヤがすり減るように、あれやこれやを体で受け止めつづけるうちに。彼と私だけがそうなのではないだろう。誰もがそのようにして少しずつ、すり減っているとは意識しないままに少しずつすり減り、車輪が滑りやすくなっていく。滑って、滑って、ある朝突然ブレーキがきかなくなる。 「私という人間がときにはよちよち歩きで、ときにはひるまず強く、ときには闇の中をようやく手探りで歩いて生きてきた記録」 痛みがあってこそ回復がある。これこそが、本書を貫く大きなテーマである。 文芸評論家シン・ヒョンチョルの言葉を借りれば「この本の関心事は、ほかの読み方をすることが困難なほどはっきりしている。それは〈傷と回復〉だ」ということになる。

    4
    投稿日: 2020.09.28
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    人の死、桃源郷を夢見ていた場所の崩壊、二度と戻らない才能、行ってしまった人。 絶えず喪失に直面している。絶えず過去を思い、記憶を辿り、けれどその行為が埋められない喪失の傷を塞いでいく。 絶えず回復している。体に備わった回復という機能。生きる限り時を刻む私たちの回復。 ハン・ガンの文章にはすべてが「これだ」という思いがする。 慎重に慎重に削がれ磨かれ、浸透圧の差がそうさせるような染み込んでくる文章。悲しみにも虚しさにも、透明でしんとした文章。小説でありながら詩であり、手紙。 中でも「火とかげ」を忘れないと思う。「黄色い模様の永遠」なんて美しい言葉。

    7
    投稿日: 2020.07.31
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    “私だって前が見えない。いつだって見えなかった。がんばってきただけ。いっときでもがんばらなかったら不安だから、それで必死にやってきただけなのよ。”(p.56) “ときどき、自分はひそかに狂っていくのか、ほかならぬ自分自身がむしろ子どもに致命的な悪影響を与えているのではないかと、こんこんと自問した。”(p.109) “大変だって言ってみたところで、やったことない人にはわからないし、やったことある人はわかりすぎてるから、そういう話は誰にもしなくなるんだよね。”(p.254)

    1
    投稿日: 2020.02.07
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    韓国文学というのは恐れ多くも初めて手にとりました。 文章の詩情の豊かさや構成の巧みさに圧倒されあっという間に読んでしまいました。 小説ってとっても面白い。 何かを鎮められるような文体に読書中ずっと救われていたように思います。 特に印象に残ったのは最初と最後の作品「明るくなる前に」と「火とかげ」でした。 なにかを失うという経験、とくに大きなものを自分は経験しているところがあるので、繰り返し描かれる傷を負った人間というものには心当たりが、覚えがあることを前提で読んでしまうので、それでも立ち上がったときの、もう元には戻れなさや絶望のなかから光を見出す切実さには胸を揺さぶられ、そのひとつひとつに愛おしさを感じます。 大なり小なり、さまざまな社会環境、条件下で人生を生きて、失ったり傷を負う経験は誰にでもあり、それをまるごと引き受けて生きる人生を愛おしく思いますが、渦中にいる人間にとっては、逃げ、もがき、回復する真っ最中、そんな生易しいものではなくひりひりし切実です。それをほんとうに豊かな詩情を湛え描き出しているところに素晴らしさが尽きるように感じていました。 それぞれの多様な人生があり、そして本書に出てくるような傷ついた人間たちが否応なく回復していく、この世にあるものの運命、生への希求、その絶望と希望に胸を揺さぶられました。

    1
    投稿日: 2020.02.03
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    短編集。「痛みがあってこそ回復がある」というテーマの通り、絶望的な状況にあった主人公が、さらに絶望的な出来事を通してやがて浮上に向かっていくという、人間のリアルな矛盾や不可思議さに焦点をあてた作品が多い。異色なのは「左手」という小説で、ストレスを抱え込んだ主人公の左手だけが本能のままに行動しようとするという不条理劇みたいな感じで、日本の小説にもこういうのあったような。「フンザ」も良かった。行ったこともない場所に思いを馳せて自分の拠り所にしていくような心理にどこか共感できてしまう自分がいる。

    0
    投稿日: 2019.10.06
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    ハン・ガンの短編集。 彼女の小説は凄く痛い。 痛いけれど美しい。 もしくは、痛いから美しい。

    2
    投稿日: 2019.09.30
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    人間として存在する限り持たざるを得ない生の条件としての身体。「傷」はただ物質的な痛みを与えるだけではなく、登場人物たちの心の在り様にも大きく影響を与えるが、その苦しみや傷の中に彼らの実存が逆説的に浮かびあがってくる。特に最後に収録されている「火とかげ」は、様々な人生におけるモチーフたちの偶然の符合やその解釈、レミニッサンスを思わせる記憶と想起、身体に依拠しなければならない悲しい精神という現代的な問題系が多く見出せる濃縮された一編である。芸術という意志、意欲が人間を救いうるという祈りのような短編だった。

    0
    投稿日: 2019.09.08
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    周囲四キロに満たない小さな島で暮らしていたことがある。そこの子どもたちは年上の子の名前の下に兄(にい)や姉(ねえ)をつけて呼んでいた。初めは島中が親戚なのかと思っていたが、血縁とは関係なく、年長者への敬意を表すためのもので、大人の間でも親しい間柄ではそう呼び合うのだ。お隣の韓国にもそういうことがあるらしい。 表題作を含む七篇からなる短篇集である。その冒頭に置かれた「明るくなる前に」の「私」は、同じ雑誌社の先輩をウニ姉さんと呼んでいる。過失ともいえない不幸な巡り合わせで弟を亡くしたその人は、雑誌社を辞めてから、一年の大半をネパールやチベットの山地やタクラマカン砂漠やゴビ砂漠で過ごすようになった。 そのウニ姉さんの唐突な死を受けて、作家である「私」が彼女とのそれまでの会話を思い出す。二人が抱えていたそれぞれの悪夢について。ウニ姉さんが弟の死について自分を責め続けているように「私」には娘を連れて家を出るに至った経緯がある。怪我や病気、別離の経験を通して、大きな何かを失った者の、もがくような苦悩を潜り抜けての回復が全篇を貫く主題になっている。 表題作は未来から過去と現在を語る二人称回想視点で語られる。「あなたは」と語る話者は未来の「私」。ある喪失を起因として疎遠になった姉妹の妹が主人公。その姉の死が「あなた」を追い詰める。両親にも言えない秘密を共有した結果、姉は妹に心を開かなくなる。過去は変えることができない。ましてや相手が死者である場合には。過去と現在と未来、三つの時系列を往還して、二人にとって桎梏となった取り返しのつかない確執が語られる。生きる喜びに溢れた過去の「あなた」に語りかける未来の「私」の言葉が辛い。 「エウロパ」は、恋人関係にない男女の捻れた関係を描く。会社勤めの「僕」には、イナという女友だちがいる。なぜ、恋人になれないか。それは「僕」が女の子になりたい男の娘(こ)だからだ。「僕」にとってイナは自分がなりたい女の子だった。男として女に欲情はするものの、女のなりをしたい男。たぶん「僕」を愛しているが、過去の何かがそれに蓋をして、一歩を踏み出せない女。イナの歌う「エウロパ」の歌詞が二人の緊張感を孕んだ関係を象徴する。 「フンザ」は、非常勤の大学教師の夫と一人息子との暮らしを支えるため、睡眠を削って働く女の物語。「私」は通勤に使っている高速道路上でパキスタンにある桃源郷のような村、フンザについて考えている。逃げられない現実からの束の間の現実逃避。しかし、時が経つにつれ当のフンザが変貌してゆく。最早「私」が夢見るフンザは存在しない。二進も三進もいかない暮らしの中で夢見ることすら許されない「私」を圧し拉ぐ絶望的な状況。 年の離れた画家への思慕を、同い年になった「私」が、先に逝ってしまった「あなた」に優しく語りかける「青い石」。しみじみとした語りであるのに、ここにも日常の中に待ち受けている暴力の陰が潜んでいる。血が止まらない病気を持つ「あなた」が怪我をしないように気をつける所作をそっと見つめる「私」の中にもある残忍な心。死とは何か、生とは何かを静かに問う一篇。 「左手」は、この短篇集の中では異色作。平凡な会社員である「彼」は、ある日執拗に自分を罵る上司の口を押えていた。左手が勝手に動いたのだ。左手の暴走はそれだけにとどまらなかった。かつて憧れていた女性との出会いも、左手がお膳立てした。どうやら「彼」の左手は心の裡に押し隠されていた内的欲求の発露らしい。人は衝動に従って生きれば身の破滅を招く。だから誰もが内心を秘し隠し、社会通念に従って生きている。しかし、果たしてそれが本当に生きるということなのか、と逆説的に問いかけている。 掉尾を飾るのは回復の主題に正面から迫る「火とかげ」。「私」は、交通事故で左手が動かなくなる。それをかばって無理をした右手も傷めてしまう。家事のできなくなった妻に夫は冷たい。そればかりではない。腕の動かない画家など幽霊と同じ。そんな時、昔の友人から、写真館で「私」の写真を見た、との電話。身に覚えのない写真が気になって、写真館を訪れた「私」は、その写真を撮ってくれた男のことを思い出す。過去との思いがけない遭遇が「私」を蘇らせる。蜥蜴の尻尾が切られても元通りに生えてくるのを思い出した。 主人公は女性。誰もが現実の生活の中で傷つき、苦しんでいる。個人的な原因の背後に子どもを生み、家事をするのは女性だという考えがある。家庭内暴力の影も見え隠れする。年上の相手を呼ぶときに「姉さん」をつけるという習慣は年長者を敬う「美風」なのかもしれない。しかし、社会的な慣習は当事者が望む望まないにかかわらず一方的に服従を強いるものにもなる。それは韓国に限らない。教育勅語をありがたがる日本にも根強く残っている。 恢復期というのは、病や傷が癒えてくるころのことで、さすがに痛みも薄れ、熱も退いてくる。しかし、まだ本復には遠い、けだるいような日々の、あの原状復帰を待つ日の楽しさを期待すると裏切られる。『回復する人間』という表題には、むしろ、人間は回復するはずであり、回復されなければならない、という祈りにも似た強い思いが込められている。絶望的な状況の中、必死に生きる者たちの語られない闇にどこまで近づけたのか、と厳しく問われている気がする。

    15
    投稿日: 2019.07.03