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罪と罰(下)(新潮文庫)
罪と罰(下)(新潮文庫)
ドストエフスキー、工藤精一郎/新潮社
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総合評価

277件)
4.1
101
82
66
4
0
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    すっかり楽しくなって下巻へ 時々名前で混乱するので、前に戻ったりして懐かしんだら… 後半はミステリー本のようにドキドキしてきた (親しみを込めて)ロージャはかなり屈折しているのだが、思考能力の深さは半端ないので、自分の曲がった信念を貫こうと足掻きつ続け、違う方へ違う方へと行ってしまう しかし(本書の中でかなりまともで友情深い)良心的なラズミーヒンに助けられたり、ソーニャに出会うことによって影響を受けたり、さまざまな事件に直面して、最後は……… いけすかないんだけど、やはり何故か憎めない ホント屈折してて疲れるんだけど 不思議 (そして何故か「嫌われる勇気」の青年とかぶってくる…????) ペテルブルグ(旧ロシア)って暑いのか!? 夏の暑さが随所に出てきた 川のこともなんか気になる この時代はずいぶん埃っぽいんだ こういう背景も面白い セピア色で情景が見えそうだ 当時の社会情勢、思想、生活環境が垣間見れる そう、描写力が素晴らしいので、景色や温度や匂いまでも感じられる そして人の息遣いも… 一瞬そこに居る錯覚に陥る 登場人物達の感情が目に見えてくる、触れているような気さえする 自分の妄想の中で、(顔だけはモザイクなんだが(笑))各人の雰囲気や人相、着ている服のイメージまでもが出来上がってしまった 自分の妄想に立ちくらみがするような感覚になる やはり凄いんだドストエフスキー ドストエフスキーの正しい読み方ではないかもしれないが… 「罪と罰」の解釈はお偉い方々にお任せすればいいんだし、楽しく読めて良かった 10年後に再読してこの時どう感じるかも楽しみである 次はカラマーゾフに挑戦 一生ドストエフスキーは無理かもと思っていたのだが大丈夫そうなのがとても嬉しい!

    18
    投稿日: 2019.10.20
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    ずっと読みたいと思っていた罪と罰 が夏のうちに読めてよかった。 読みづらいのかと思いきや、登場人物の名称が色々変わるのが大変なのはあるけど、話的には読みやすかったです。 登場人物ひとりひとりのキャラクターが強くて、色んな人間が出てくるところが面白かったです。 罪を犯し罰を受けその先人はどう変わるのかラスコリーニコフの続きも知りたいです。

    2
    投稿日: 2019.09.05
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    下巻では金持ちのスヴィドリガイロフが登場。これは解説によるとラスコーリニコフの影の分身のような男であるらしいが、机上の選民思想と強烈な自尊心から殺人を犯したラスコーリニコフと比べれば、最後は善行で終わっているわけであるし、彼の立ち振る舞いはおよそ作中でラスコーリニコフとドゥーニャが罵るほどの悪人には思えない。 エピローグでラスコーリニコフは自殺しなかったことを後悔するが、スヴィドリガイロフは自殺した。死を恐れ、話題に出されることも嫌っていたのに。ドゥーニャはソーニャのようにスヴィドリガイロフを救えなかったから、という単純な比較で自殺した・していないを論じることはできない。 なぜスヴィドリガイロフは自殺したのかといえば彼の中には信じるものが何もなく希望がないからだろう。夢想から一時的な心神喪失状態とでも言えるような状態で殺人を犯しただけで根は人を思いやる心をある程度もっているラスコーリニコフと違いスヴィドリガイロフはほとんど享楽の元に生きている。彼を助ける人はいなかった。ドゥーニャに一種の夢を見ていたが彼女に明確に否定された。ドゥーニャに銃を突きつけられてそれでも前進する彼はラスコーリニコフのような強烈な自尊心もなく生への執着心もない(死への恐怖はあるがそれは自殺の恐怖でドゥーニャに殺されるのは全く別の視点の話だと思われる)。一瞬我に返り彼女を部屋から返し、そのままズブ濡れで歩き疲れ悪夢を見て自殺する。ここでドゥーニャはただ彼にとって信じられないほどの聖女として彼の胸の中にいるだけでこれが別にドゥーニャである必要はなく、スヴィドリガイロフにとって信じられるものであれば人物でなくても良かったのだろう。ドゥーニャが自分のもとに来ず何も希望がなくなってしまったのである。 対してソーニャはラスコーリニコフを哀れに思い彼に愛を捧げることそのものに人生の意義を見出していく。限りない隣人愛、他人の中に生きることそのものを目的としてその対象が自分の人生に劇的な影響を及ぼしたラスコーリニコフなのである。 このあたりドゥーニャを求めたスヴィドリガイロフと、むしろソーニャから求められているラスコーリニコフでは全く立場が違う。 あまりにソーニャはラスコーリニコフにとって理想的な人物である。 解説にもあるがエピローグでラスコーリニコフはソーニャの愛の元に屈し更生の道を歩む。けれども今まで尋常ならざる執拗さでラスコーリニコフの狂的な精神状態を描写してきたドストエフスキーがここでは「ソーニャの膝下に突如顔をうずめた」というおよそ2行程度の行動で愛に屈してしまう。それまでの説明が足りなく納得のいくものではない。 罪と罰の物語は第六部で完結していると感じた。エピローグで語られていることがあまりにも駆け足で、そこで更生したと言われても付け足しに思える。 躁鬱の気があるラスコーリニコフの自白シーンがラストにふさわしい。 他ポルフィーリィの尋問、カテリーナ・イヴァーノヴナの発狂などもこれだけで一遍の物語が組めそうなほど長い。色々な読み方があり様々な要素があるというのは逆に煩雑であるということでもある。 その点では地下室の手記の方が面白いし完成度が高い。 けれども人物の真にせまった描写は彼ら彼女らが生き生きとまるで眼前にいるかのような迫力を持って迫ってくる。この点がこの小説の良さだとしたら脇役の出番や台詞がとても長くなるのは仕方ないことなのかもしれない。

    0
    投稿日: 2019.08.24
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    ひとつの罪悪は数百の善行によって覆されるとか、選ばれた自由人にとって法律は機能しないといったようなことはたぶん語り尽くされていると思うので、私はスヴィドリガイロフの存在について感想を書きたいと思う。 彼はラスコーリニコフの妹に片思いをした過去があり、その後妻に死なれている。(ドゥーニャから毒殺を示唆されているけれど、本編中にはっきりした答は出ない)徹底したニヒリストで、情欲を愛している。その彼が、それも多額の金を持っている彼が、気に入った人間に金を配り、最期にピストル自殺を遂げる。これって、芸術家の理想的な死に様では!? と思わずにはいられなかった。それを考えると、第三部の終わりから第四部の始まりにかけて、大物らしく登場した彼には、どうしてもドストエフスキーの影がちらつく。「私がドストエフスキーだ」と現われたように見える。ラスコーリニコフも、ルージンでさえも、ドストエフスキーの作品の登場人物は多少ドストエフスキー的な要素を持っているものだけれど、スヴィドリガイロフほどドストエフスキー的な人物は、この小説内に登場しない。 ラスコーリニコフの悪夢から目覚めるようなこの物語は、とても美しいものだ。完成度でいうと、未完で終わった『カラマーゾフの兄弟』などより余程高い。ドストエフスキーは、カフカのような自分の文章から物語を紡いでいくタイプではなくて、ある程度固まったプロットの中に、ガリガリと多方面の思想を押し込んでいくというかたちの創作をしているから、小説が完成しているかどうかはとても重要になってくる。 情念の塊のようなこの小説を影で支えてくれるのは、ラスコーリニコフの親友ラズミーヒンの存在だ。けして揺るがない、徹底した善人の彼の存在が、この小説にどれだけの安心感を与えてくれているだろう。 この小説は、倒叙式のミステリーのような体裁をもっているので、次のページへ、次のページへ、とどんどんめくっていかざるを得ず、あまり落ち着いた読書というものができなかった。ドストエフスキーの意図した通りの読み方かもしれないけれど、もうちょっとじっくり味わいたかったという感覚もないではない。

    1
    投稿日: 2019.08.02
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    私ならば、私がやるのであれば、 どんなに無謀に思えることでも自分だけは特別で、それをやり遂げることができるのだと思う気持ちは誰しも抱いたことがあると思う。理不尽さを含めて何度も噛み砕いて読み直したいと思う。

    0
    投稿日: 2019.07.18
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    人物同士が争う場面が多い下巻。その描写がリアルでかつ、狂人の如く振る舞うさまがなぜか可笑しみを伴い、引きずり込まれる。物語の語り部が第三者、作者、或いは読者代表目線であることが現代の作品から見ると新しい。人物の考えを断定せず推論している位置づけであり物語により深く入りこませようとする意図を感じる。 貧困が罪を作り不幸が連鎖するなか、それを超える無償の愛がその不幸を凌駕する場面にこそ人生の深みと生きがいを見出すと思わせる。 ポルフィーリィの知的な探偵っぷりと温情、悪人スヴィドリガイロフの不可解な行動など、ラスコーリニコフ目線から見た宿敵にも味わいがあり、後半は特に興味深く読み進められた。 ラスコーリニコフとソーフィヤとの価値観の一致が二人の未来を創出する結末に救いがあり、読了かんが良い。 悪人にも正義と憂いと愛が存在し、その愛情が様々な形で帰結する、それぞれの価値観が交差する深い群像劇でした。 150年以上も前のロシアの生活事情をリアルに感じられることも貴重な読書体験です。 先が気になり難解だが深い文章を読み飛ばしてしまったのでまたいつか再読したいと思う。

    0
    投稿日: 2019.06.16
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    当時のロシアについて、時代背景やその時代を生きた人々の生活が見れて非常に面白いのと、やたらに長いセリフと、警察の取り調べのくだりなど、ドストエフスキー作品の面白さが十分に込められている

    0
    投稿日: 2019.01.12
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    上巻読み終えたときにコロンボのような面白さと書いたが、解説にもまさに同じことが書いてあったので何かうれしい。 罪と罰がなぜ人を殺してはいけないか?という問いと紐づけられること多いようだが、これは殺してはいけないことを前提にしものなので問い自体がおかしい。凡人も非凡人も関係なく、ラスコーリニコフのように殺したら社会的制裁を受ける、ただそれだけだと思う。

    0
    投稿日: 2018.11.16
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    下巻。 上巻はこちら。 https://booklog.jp/users/junsuido/archives/1/4102010211 上巻にもメモした登場人物一覧。 まずはロシア名を覚える三原則、ただし自己流(笑)。  ①個人名+父称+苗字  ②愛称や名前の縮小がある。ロジオン→ロージャ  ③名前も苗字も、男性名と女性名がある。 主人公一家。  兄「ロジオン・ロマーヌイチ(ロマーンの息子)・ラスコーリニコフ(男性姓)」愛称ロージャ  妹「アヴドーチヤ・ロマーノヴナ(ロマーンの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」、愛称ドゥーニャ  母「プリーヘヤ・アレクサンドロブナ(アレクサンダーの娘)・ラスコーリニコワ(女性姓)」 お互いの立場や年齢、関係性や親しさにより呼びかけが変わります。  ロジオン・ロマーヌイチ→きちんとした呼びかけ  ロージャ→愛称。親しい呼びかけ。  ラスコーリニコフ→客観的な呼び方?作者は本文でこの名で書くことが多い。 他の登場人物。 マラメードフ一家  セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ⇒飲んだくれ  カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ⇒マルメラードフの妻。  ソフィヤ・セミョーノヴナ・マルメラードワ (ソーニャ、ソーネチカ)⇒マルメラードフの娘。 被害者姉妹  アリョーナ・イワーノヴナ⇒高利貸しの老婆。  リザヴェータ・イワーノヴナ⇒アリョーナの異母妹。 警察関係  ポルフィーリー・ペトローヴィチ⇒予審判事。この名前表記は、名前と父称だけで、苗字は不明ですね。 友人知人など  ドミートリィ・プロコーフィチ・ウラズミーヒン(通称ラズミーヒン)⇒ラスコーリニコフの大学時代の友人。  アルカージイ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ⇒ドゥーニャが家庭教師として務めていた家の主人。私は彼の名前が憶えづらく、「ビーフストロガノフさん」と密かに呼んでいる(笑)  ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン⇒ドゥーニャの婚約者。 では後半も張り切って行ってみよ~~。 上巻終盤で”謎の町人”としてラスコーリニコフの前に現れたのは、ドゥーニャが以前雇われていた屋敷の主人のスヴィドリガイロフ。 彼はソーニャへ言い寄っていたが、自分の妻が死んだことによりラスコーリニコフ兄妹に近づいてくる。 ソーニャの隣の部屋を借り、ラスコーリニコフ一家や、ソーニャの家族の状況を探り、ラスコーリニコフが高利貸し姉妹を殺したことを察し、自分が助けになるように思わせぶりなことを仄めかし… このビーフストロガノフさん…じゃなくてスヴィドリガイロフの目的がよく分からん行動は読んでいてなかなか楽しかった。 格好つけてるが構ってほしいというか、鷹揚な振りしているがそのためには案外細々と動く人物ですね。 スヴィドリガイロフ も自身の理論でぐいぐい進み、それを証明したがっていますが、ラスコーリニコフの周りにいたような家族や友達や支えの存在はいなく、誰もスヴィドリガイロフに「是」という人はいませんでした。 こう思うとラスコーリニコフは本当に周りの人物に恵まれている。 さて、ラスコーリニコフは、自分自身の理論を証明しようと殺人を実行したものの、彷徨っては倒れて自分の犯罪を仄めかす真似までしている。 「自分がナポレオンだということを証明しようとしたが、これほど悩むということで自分はナポレオンでないということを証明してしまった」ということで。 そのままの心理状況でポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理合戦第2回戦へ突入。 ポルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフの発表された論文から考え方やら性質を読み取り、「たとえば何の証拠もないが、ある事件の犯人だと確信している人物がいるとします。彼の周りには網を張って、彼から警察に来させるように仕向けるのですよ」とかなんとか言って、ラスコーリニコフを牽制します。 この後、ドゥーニャの婚約者ルージンがドゥーニャを手中に取り戻すためにソーニャとラスコーリニコフを陥れようとしたり、 ソーニャの義母であるマルメラードワ夫人が苦労と貧困と病とで錯乱して子供たちを巻き込み往来で大騒ぎを起こして亡くなったり、 ドゥーニャとラズミーヒンとが近づいたり…人間関係が動いています。 心乱れたラスコーリニコフは、母のプリーヘヤ・アレクサンドロブナと妹のドゥーニャに別れを告げ、友人ラズミーヒンに殺人を仄めかし、ソーニャには殺人を告白し、そしてそれをスヴィドリガイロフに立ち聞きされ…。 ソーニャは、家族のために娼婦になっていますが元々の性格は奥ゆかしく神様と家族に対して従順、ただただ人間の良心と神様への信仰を支えに生きています。 ラスコーリニコフの殺人告白を聞いたソーニャは答えます。 「あなたが汚した大地に接吻を。そして私は人殺しですと人々に告白してください、そうすれば神様がまたあなたに生命授けてくださいます」 そしてラスコーリニコフとポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理戦第3回戦。 ボルフィーリー・ペトローヴィチは、ラスコーリニコフに自首を勧め、それとももし自殺するならその場合は…ということを示唆します。 …大したもんだなあ、ボルフィーリー・ペトローヴィチ。普段もこんな捜査しているんだろうか。「ポルフィーリー・ペトローヴィチ予審判事の事件簿」とかいう短編集でもあったら読んでみたいわ。 そうしてついに、ラスコーリニコフは警察へ行きます。 「あれはぼくがあのとき官吏未亡人の老婆(※高利貸しのアリョーナ・イワーノヴナ)と妹のリザヴェータを斧で殺して、盗んだのです」 ラスコーリニコフを疑っていたのはポルフィーリー・ペトローヴィチだけだったため、ラスコーリニコフのシベリア流罪は8年で済むことに(本来は20年くらいっぽい)。 エピローグでは流刑先のシベリアに舞台が移ります。 ソーニャはラスコーリニコフに着いてシベリアへ行き、ラスコーリニコフの母は亡くなり、妹のドゥーニャはラズミーヒンと結婚しラスコーリニコフを支えようとします。 しかしラスコーリニコフはまだ心の平安を見出せません。 なぜ自殺せず自首したのだろう、8年の刑期を終えた後新しい人生など送れるのか… しかしあることがきっかけで、ラスコーリニコフの心に神への愛、贖罪、そしてソーニャへの愛が見出され…ついに心の平安を見出したところで物語は終わります。 総括 難しいかと思っていたり、粗筋が有名すぎて読んでいなかったのですが、読んでみたら一気に進みました。 殺人を犯した後の混沌たる心の動き、ポルフィーリー・ペトローヴィチとの心理戦、そして神への愛。 キリスト教社会の小説を読むと、「神様が見ている、赦しを与えてくださるのは神様」「自分の良心に問う」、そしてロマンスとは別の神の愛があり、「受けなければならない苦しみ」があります。 その分被害者個人への赦しや謝罪はほとんどないですね…。ラスコーリニコフや周りの人物も、斧で叩き殺された高利貸し姉妹個人の事はほぼ誰も触れず… キリスト教は「人間同士が横の糸で繋がっているとしたら、神様とは縦の糸で繋がっている。横の糸は引っ張られたりして自分が動いてしまうが、縦の糸は自分を引っ張ってくれて揺るがない」としたら、 殺人であっても赦しを与えてくれるのは縦糸の神様ということになるのでしょうけれど。 個人的に胸に迫ったのは、マルメラードワ夫人の死に至る狂乱の様相。 もとは明るい人だったのが、貧困と苦労によりヒステリックで妄想が膨らみあたり構わず喧嘩を吹っ掛ける人物に。夫が死に子供たちを巻き込んだ錯乱を起こしてそのまま死去。自分自身が母親である私には、この狂乱を自分が起こさないと言い切る自信が全くないorz

    24
    投稿日: 2018.10.27
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    重厚で示唆に富む内容。考察のしがいがありそう。 巻末の解説は、恐らくオーソドックスで精確なものなのだと思う。物語の再整理ができるし参考になる。

    0
    投稿日: 2018.02.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

     主人公のラスコーリニコフは、自身の生活や経験から、頭脳と精神の強固な者だけが、人々の上に立つ支配者となり、多くのことを実行する勇気のある者が誰よりも正しいと悟った。そして、歴史が示しているように、人類の進歩のために新しい秩序を作るために現行秩序を踏みにじる権利は、物事を勇敢に実行する(善の大きな目的のためには、ちっぽけな悪には見向きもしないで踏み込む)者のみに与えられるという信念の下で、自分にその資格があるか試すために敢然と金貸しの老婆を殺害する計画を実行した。 最後まで逃げ続けよう、自分のことを疑っている奴らには決して屈服しないと考えていたラスコーリニコフであったが、その計画を実行する前後には、ラスコーリニコフは、犯行に対する不安や危惧、また、家族をはじめとする周辺で起こる出来事やそれに対する懸念などが相まって、何日も頭を痛めることになった。これは、ラスコーリニコフは、ナポレオンにはなれなかった、すなわち、権力を有するに相応の天才ではなく、ただの愚かな卑怯者に過ぎなかったことを示すものであり、彼もそのことを悟るに至る。また、知り合った退職官吏の娘であるソーニャの決して嘘をつかない真っすぐな生き方、自他を問わず不幸を受け入れようとする生き方に心を打たれ、最終的には自らが犯した犯罪のすべてを自白する。  本編は全7部からなっており、1000ページを超える長編となっていること、登場人物が多く、時には名前が略されて述べられることなどから、読み切るには相当の根気が必要である。ただ、読み継がれている世界的巨匠の作品というだけあって、秀逸かつ独特な点がいくつもあった。例えば(これは、『罪と罰』に限らず、ドストエフスキーの作品に共通するのかもしれないが)、登場人物たちがかなり雄弁であり、現場の緊張感や当時の風俗のリアルがひしひしと伝わってくる。また、多くの小説では排除されている主人公以外の者たちの事件には直接関係のない会話や心境等が細かく記述されていることで、特異な状況(殺人犯、偏執狂)にある主人公とそれ以外の人物のそれぞれの時の流れや緊張感をリアルに感じられたと同時に、犯人の犯行前後の行動には様々な出来事や出会いが複雑に絡み合っているということを実感させられた(この作品を読んだ後では、通常の小説は、事件以外の時間をあまりにはしょりすぎて、現実からやや乖離しているといえるのかもしれない)。  まとめると、本編は、罪を犯してしまったラスコーリニコフの罰ともいえる苦悩と戦いの物語である。ドストエフスキーは、理性による改革は失敗するということ、愛は人間の意思決定に介入し、行動を変えさせる力を有するということを示したものと考えられる。

    1
    投稿日: 2018.01.03
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    おもしろかった。ポルフィーリィの説得の言葉、ラスコーリニコフに対する評価の言葉になぜか胸を打たれた。小説で人間を描き出そうとする作者のスタンスや美学が確立されているからこそのクオリティだと思った。

    0
    投稿日: 2017.11.15
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    上巻に引き続いて、相変わらず登場人物の名前がフルネームだったり愛称だったり名前+父称だったりで分かりにくい。そもそも字面も覚えにくい。 ラスコーリニコフの堂々巡りの煩悶を読むだけでも苦労するのに、他の登場人物たちも好き勝手に長話をし始めるため、読み下すのに時間がかかる。 それにも関わらず、強烈に面白い。翌日のことを考えずに夜まで読み耽ったのは久しぶりだった。 スヴィドリガイロフの謎めいた行動、ポルフィーリイとの論戦、マルメラードフ一家の行く末、ピョートルの小物ぶり、母と妹やウラズミーヒンたちの愛情、ソーニャの献身、そしてもちろんラスコーリニコフの葛藤に、読みながら喜怒哀楽し放しだった。 全てが重層的に絡み合い、長大で重厚にも関わらずスピード感があって、最後はさらりとしながらも美しいエピローグで引き締まる。 とてもじゃないが自分の拙い文章力では語りきれない素晴らしい読書体験だった。 小説って良いものだなあ。しみじみ思わされる。

    0
    投稿日: 2017.10.21
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    一気に読んだ。事件からはのめり込む一方だった。 どうこれが終わるのだろう、という気持ちでドキドキしながら読み進めた。 ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフ、二人の生き方、そして顛末を是非しっかり見て欲しい。顛末ではそのシンプルさから何かを考えさせられるだろう。

    2
    投稿日: 2017.09.20
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    海外文学初心者が読むものではなかったかもしれません。 が、半ばやけになって読了しました。笑 国も違えば時代も違う、そして各登場人物の呼び方がたくさんある、ということで、流れを理解するのに一苦労しました。 楽しくてどんどん読み進めてしまうという感じではなく、「せっかくここまで読んだんだから、ここで辞めてしまったらもったいないぞ…」と思いながら無理矢理最後まで読んだ感じです。笑 でも、こうなってしまったのもわたしの読書レベルがこの作品を読むレベルにまで達してなかったからかもしれません。 他にもドストエフスキー作品で気になっているものはありますが、もっとわたしが成長したら読もうと思います。

    0
    投稿日: 2017.08.01
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    本書の最後はこう締めくくられます。「これは新しい作品のテーマになり得るであろうが、... このものがたりはこれで終わった。」ここまで読み切って満足を得られる本はあまりないように感じます。あらすじはシンプルですが、主人公ラスコーリニコフの心の揺れ、事実を知る者たちとの対決、そしてエピローグ。カラマーゾフの兄弟 に続いてドスト エフスキー が好きになりました。

    0
    投稿日: 2017.04.27
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    難解ながらも先を気にさせる展開はさすがは不朽の名作。 主人公は利口であるがゆえに独特の思想を持ち、殺人者となる。しかし、合理的な思想だけでは割り切れず、心が主人公を悩ませる。 常に暗く、絶望的な展開が重なるが、物語の最後に救われる展開、また含みを持たせた終わり方は希望も残している。 難解なだけに、読了後は色々と考えさせられる。

    0
    投稿日: 2017.01.03
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    当初、この物語は(もちろん犯人が「私」であるところの)一人称限定視点で書かれていたらしい。推理小説としての側面を持たせるために、形式を変えたのだろう。 ペテルブルクの描写が細部までこだわり抜かれていて、100歩ほど行ったところで横へ抜ける、などと行った表現に、ラスコーリニコフを応援したくなる気を唆られる。 ラスコーリニコフという名前には「分離派教徒の」という意味がある。作者が愛情をもってこのキャラクターを作ったのだろう。ソーネチカ(ソーフィヤの親称)にも「知」という意味が込められていて、ドストエフスキーの主張がソーネチカに込められているとして読むのも一興。

    0
    投稿日: 2016.11.19
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    単なる思想小説、風俗小説かと思っていたら、最後まで読み通すとこれはまぎれもない文学だった。ソーニャの人徳、母の偏愛、男の頭でっかちさ。

    1
    投稿日: 2016.09.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    エピローグで、「三週間後に彼女(母)は死んだ。」というのが突然にあまりに淡々と書いてあるように感じて、苦しくて思わず本を置いて机に伏してしばらく動けなかった。ずっしり心にのっかってた。最後までこの感覚残るのかと思ったらまさかあんなにさっぱりな終わり方になるとは。無理やりでも晴れやかな気持ちにさせてくれて良かった。救われなさすぎたから。 残りページが少なくなるにつれどう終わるんだろうと気になって仕方なかった。

    0
    投稿日: 2016.08.25
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     多数の利益のための、犠牲は仕方ないという論理の下、罪を犯したラスコーリニコフ。しかしその後、彼は罪の意識で苦しみ自身が罪を犯しつつも、妹の結婚相手の正体を見抜き、妹の結婚を阻止しようとしたり、母のことを気遣ったり、酒屋で少し話しただけの男の家族に親切にしたりと、家族やそれ以外の人間にも正義心を発揮します。  なんで、そんなことになったかというと、自分はラスコーリニコフは、人としてのバランスを取ろうとしていたのかな、と思います。  善と悪の狭間を歩き続けるラスコーリニコフの描写は、読んでいて息が詰まるようです。「何が正しいんだ!」という彼の叫びをずっと聞き続けているかのような、そんな気すらしてきます。  しかし、だからこそ、ラスト数ページの物語の明るさには驚きました。正直、こんな気分で読み終えられるとは思ってもいなかったのでうれしい誤算。  ラスコーリニコフの、多数の利益のための流血は仕方ない、という論理は普通の人間には当てはまらないものなのだと思います。頭でどんなにそう思っていても、身体がそれを拒否する、それが人間としての本能であると思います。  ラスコーリニコフがそうした考えを持った背景には、ナポレオンなど、そうした行動を厭わなかった偉人の存在がありました。特別な才能と力を持った彼等なら、それをしてもかまわない。そしてその真理にたどり着いた自分も英雄なのだ、と。    でも、この本を読み終えてから、そうした英雄たちの思考に思いを巡らすと、自分は普通の人間でよかった、と思えてくるのが不思議です。そして、それはラスコーリニコフも同じだったのではないでしょうか。  読むのは、やっぱり大変でしたが、先に書いたように読後感は悪くなかったので、何というか、高い山を踏破した、という充実感も覚えた読書でした。

    4
    投稿日: 2016.05.03
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    さらっと読み返し。 上巻はなかなか読み進まなかったのだけど、下巻から楽しくなってきた。vsルージンのシーンが好き。 ラスコーリニコフの頭でっかちな若者っぷりはやっぱり好きだ。

    0
    投稿日: 2016.04.29
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    「このものがたりはこれで終わった。」 この文で読了したとき、ホッとした。“やっとおわった”と。 文豪ドストエフスキーの代表作は、読まねばならないものとして長年積読してた。意を決して上巻をなんとか読み終え、下巻を読み始めるまでにまた時間を要した。 頭がいいんだろうけど、勝手な理論で殺人し、大いに悩み、最終的には自首するラスコーリニコフ。こちらも悩みつづけながら読み続けた。正直、何を得られたのかはわからない。 ただ、がんばって読んだ。

    0
    投稿日: 2016.03.22
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    中盤までは文章が冗長で、かつ難解な部分が多く、読み進めるのに疲れた。しかし下巻からはストーリーが展開し始めて読みごたえがあった。主人公の内面を描くことがストーリーの軸だが、主人公に関わってくる登場人物がそれぞれ個性的で、それぞれの生き方が違うところが深い物語を作っている。翻訳の仕方によって受ける感じが違うかもしれず、正直もっと読みやすい翻訳のものを読めばもっとよかったかもしれない。

    0
    投稿日: 2016.03.14
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    ストーリーがどうというより、読むのが大変だった。人の名前が覚えられないのと、自分の語彙と訳がうまく合ってくれないので、言いたいことは結局何だ?となってしまうところもあった。 ただ、ストーリーはなんとなく知っていたが、いざ読み終えるとこういう話なのかと感慨深い。ラスコーリニコフがソーニャに罪を告白するシーンと、警察から出てきてまた戻るシーンが好きだ。 2016/2/18

    0
    投稿日: 2016.02.18
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     罪いを償い殺人者と娼婦はその後、幸せに暮らしたっていわれても撲殺された二人は報われるのか、わからん。結果よりも話の経緯を楽しめたかどうか、それもわからん。

    0
    投稿日: 2016.02.10
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    どう読むべきか?何かヒントは無いか? インターネットで調べながら非常に遅いペースで読み進めていった。 私にしてはこの作品を読み終わるまで、非常に長い時間を要した。 1ページを読み終わっても、もう一度読み返してみたり。 ポルフィーリィとラスコリーニコフの3度の論駁の場面は再読必至かなぁと思う。 下巻を読んでいる傍から、上巻の最後の二人のやり取りをもう一度読まなくてはという気持ちになる。 下巻は上巻に比べて、話が進んでいく為読み易い。 カテゴリー的には純文学に属すると思うのだが、 読み物として十分に楽しめる作品だった。

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    投稿日: 2016.01.31
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    感想ひとことでまとめられないけどとりあえずラスコーリニコフ最高だった………………。 彼の一部がスタヴローギンになったりアルカーシャになったりしたのかなと読みながら思ったりした………。

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    投稿日: 2015.11.20
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    非常に重たかった。解説にも書いてあったが様々な要素を持ち合わせた小説だと思った。その理由の一つとして、登場人物それぞれについて非常に深く掘り下げる、挿話的に様々な話を詳細に書き込むことによって物語を重層的に演出するという性質があったと思う。とてつもなく厚みのある小説だと思った。まさに名作。

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    投稿日: 2015.10.16
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    長かった笑 登場人物の名前を最後まで覚えられなかったけど、 物語は決してつまらないわけではなく むしろこんなに長いのに全く飽きることなく読めました。

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    投稿日: 2015.08.06
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    とにかく上下巻読み終わったことで達成感を感じました。難しい上に長編ということで読んでいる期間中は早く最後のページに到達したいという気持ちもありました。 その中で主人公のラスコーリニコフの「人類は凡人と非凡人に大別され、大多数は凡人で現行秩序に服従する義務がある。選ばれた小数の非凡人は人類の進歩のために新しい秩序を作る人々でそのために現行秩序を踏み込える権利をもつ」という言葉。まさに今の社会もそうですけど前からこういう方程式で成り立っているような気がしました。これを読んだときに凡人の部類に入るだろうと思いながらも、非凡な能力を引き寄せたいという思いが出てきた気がしました。

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    投稿日: 2015.02.08
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    巨匠ドストエフスキー代表作の工藤精一郎訳バージョン。上下巻で約千ページの大長編。5年前に購入したものの読書ボルテージが上がらなくて寝かせておいた本にようやくトライ。古典だしロシア文学だし、紙面いっぱいにぎっしり埋まった文字にくじけそうになりながらも約2ケ月かけて読了。とにかく”場面によって人物の呼び名が変化する”、”セリフが長い”ことには消化するのに苦労した。だが、豊富なエピソードに盛り込まれる思想や心情には作者の熱意をとても感じた。登場人物も多彩で、お気に入りはかわいく可憐なソーニャとドゥーニャ、そして悪漢好色じじぃのスヴィドゥリガイロフ。 もう、ありがたく読ませていただきました。まずは人物リストを作ってから読み始めるのがおすすめ。 次は「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー最長編)でも読んでみるか。。

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    投稿日: 2015.02.07
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    家にある下巻の再読。こちらは工藤訳、上巻と違う訳者で揃えているとは何の御作法も知らない若気の至りということでご容赦をば。 まぁ何ですな、上巻から最新訳(今の言葉ということね)で読み返したい。上巻の訳が余りに受け入れられずに、かつちょっと忙しい時期での通勤時間中の読書では本作の醍醐味を全く味わえていない。 というか社会人になるということは難渋とも思える訳文に耐える能力が衰えるってことだな、改めて痛感。初読の時は何とも言えない興奮を感じたんだけど、これでも。 ともかくエピローグが凄く印象的、結局愛に飢えた孤独な人間の救済というある意味陳腐とも言える普遍的オチで締めている。このありきたりの結論のための何て豪勢な前振り哉。

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    投稿日: 2015.01.15
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    ドストエフスキー「罪と罰」新潮文庫 あまりにも有名なロシア文学。 昨年の読書〆として読み始めましたが、上巻の読了で年を越し、下巻が今年の読書初めとなりました。 光文社古典新訳と迷いましたが、なんとなく、より重たい雰囲気を醸し出しているように感じた新潮文庫にしました笑 恐らくドストエフスキーは、小説の中でラスコーリニコフに罪を犯させることによって、ラスコーリニコフと同様に自らの思想に従った第一歩を踏み出しのでしょう。 そして、ラスコーリニコフが何度も「臆病者」と自身を罵るのは、ドストエフスキー自身が本当は犯す恐れのあった罪をラスコーリニコフに犯させてしまったという「罪」に対する自身への軽蔑や恥辱の表れだったのかもしれません。 成年ラスコーリニコフの思想は非常に極端かもしれませんが、大小の違いはあれど、それに近い感情は誰もが抱く可能性があるのではないでしょうか。 その一歩を、法律上の「罪」として踏み出してしまったラスコーリニコフですが、私たち自身も何かしらのかたちでその足を踏み出す(もしくは既に踏み出している)可能性を絶対的には否定できません。 それが法律上の「罪」でなくしても、人間らしさに背く一歩は自身のなかで「罪」として認識され、苦しみ、そして「罰を受ける」か「生を放棄する」かの二者択一を自らに突きつける恐れを誰しもが持ち得るということを本作から感じました。 「解説」の最後の一文より 『罪と罰』で人間の本性を忘れた理性だけによる改革が人間を破滅させることを説いたのである。

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    投稿日: 2015.01.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公ラスコーリニコフは、自分の理論と精神的病気のせいで老女を殺す。完全犯罪だったが、主人公の行動から予審判事にはわかってしまい、自白を勧める。殺した事に対して、後悔のない主人公は、娼婦ソーニャによって最後、人間らしい気持ちになる。

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    投稿日: 2014.10.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「より多くのものを蔑視することのできる者が、彼らの立法者であり、誰よりも実行力のある者が、誰よりも正しいのだ!」 第五部の3、ピョートル・ペトローヴィチがドゥーニャとの結婚話を復活させるために演じた一幕は圧巻であった。そして、その後に表れるスヴィドリガイロフ。誰もが狂気に突き動かされる。 ラスコーリニコフは、逮捕されるまで自分の理論は完全に正しいと信じていた。しかし、それでも彼が自主を選んだのは、自分が”それ”を越える一歩を踏みだしたことに苦悩したからだ。自分が臆病者で、天才ではないと気づいてしまったからだ。そして、死ぬ事すらできなければ、平然と暮らす事すらできない。ゆえに、自主しか道が残っていなかった。 これは、ソーニャの純愛の話かもしれない。

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    投稿日: 2014.10.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    嵐の後さびしい岸部に打ち上げられたように、二人は肩をならべて、しょんぼりとさびしき坐っていた。彼はソーニャをじっと見つめていた、そしてカノン所がどんなに強く自分を愛してくれるかを、しみじみと感じていた。すると不思議なことに、自分がこんなに愛されていることが、急に苦しい重荷になってきた。たしかに、それは不思議なおそろしい感覚だった!ソーニャのところへ来るとき、彼は彼女に自分のすべての希望と救いがあるような気がしていた。彼は自分の苦しみのほんの一部でもとりのぞいてもらおうと考えていた。ところがいま、彼女の心のすべてを向けられてみると、彼は不意にまえよりも比べものにならないほど不幸になったことを感じたし、はっきりと意識したのである。(p.311)

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    投稿日: 2014.10.16
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    これを読んでいたのは、ちょうど祖母が亡くなるときだった。 ラスコーリニコフがソーニャに罪を打ち明けるときの様子には鳥肌が立ってしまった。 人が死ぬときと、罪を打ち明けるときは、似ていると思った。

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    投稿日: 2014.10.06
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    長いし登場人物が多いし!無駄が多い、無駄な描写が多い! そこがいいしそういうものっていわれたらぐぬぬ。 読んだ方がいい古典かといえば別にって感じではある。 まぁ訳した人にもよるんだろうから。 上中下のヤツのほうがよかっただろうか?

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    投稿日: 2014.07.14
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    【自分が弱くつまらない人間であるために】 まだ、僕には受け入れがたい。また五年後読み直したら少しは真理にたどり着けるだろうか。 心を失えば、楽になるだろうか。ただ心のない人に罰を与えてもなにも意味がない。 罪も罰も心が生み出す幻のようなもの。

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    投稿日: 2014.07.06
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    結構、長々と続いてだるく感じた。だけど、難しい言葉もほとんどなく読みやすかった。すごく人の気持ちを捉えていると思うし、道徳的な教えの教科書的でもある。罪と罰というタイトルは、安易な様でとても深いタイトルだなあと思いました。

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    投稿日: 2014.06.26
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    あらすじを読んで、てっきり殺人の是非を問うのが主題だと思っていたのだが、違った。恐らく一番描きたかったのは、自分の信念が周りの人達の道徳とそぐわなくなった時、どうなるか、ということ。結論としては、寂しくて、怖くなる、と…寂しがったり怖がったりしてる自分を大嫌いにもなると…私はそう読んだ。 『カラマーゾフの兄弟』と比べて、とても読みやすいので、ドストエフスキー入門としておすすめ。説明臭い部分はほとんど無く、娯楽として楽しめる作品。(特に、VSポルフィーリイの場面は、震えるくらい楽しかった。ラスコーリニコフと一緒になってポルフィーリイの心情を探った)

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    投稿日: 2014.06.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

     読み終わったー。ラスコーリニコフをはじめ登場人物がとにかく濃い。これを読むと普通の小説は内面描写が浅いと感じかねない。下巻は大きな事件などもなく映画的な盛り上がりはない。しかしラスコーリニコフとポルフィーリイの対決など知的な対決に圧倒された。ソーニャに告白するシーンも印象深い。ソーニャの言葉に動かされた。  時代も国も違うし、登場人物の行動、感情には必ずしも共感できないところもある。しかしこれが人間だ、と感じる素晴らしい小説。  

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    投稿日: 2014.05.13
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    いや〜名作だったな〜。 しかし辟易したのが数多く登場する人物の名前。全部ロシア名で、しかもよくわからないけど一人の人物が違う名称で呼ばれたりする。例えば主人公の「ラスコーリニコフ」は「ロージャ」とも呼ばれるし「ロジオン・ロマーノヴィチ」と呼ばれたりする(本名と愛称なんだろうか)。読み進めるうちに大体わかってきたけど前の方は誰が誰だかよくわからなかった。 そこで提案なんだけど、こういう外国文学の翻訳の際には思い切って日本名をつけてはどうだろうか。アニメなんかではよく使う手である。「罪と罰」も例えば主人公は「川口健介」にすれば「健ちゃん」「カワケン」とかと呼び方が変わっても推測するのに難しくないし、物語の理解も深まるだろう(と思われる)。 どうせ著者が名前に込めたニュアンス的なものは翻訳で読む場合には伝わらないだろうし、問題ないんじゃないだろうか。

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    投稿日: 2014.05.10
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    苦しみの諸相を通してこの世の美を認識し得た者だけが、真に神を肯定できる。 ドストエフスキーはそのような者のひとりだ。 この作品で描かれているのは、人間が自らの理性のみに拠って善悪を判断し行動することによって生じる苦しみであり、そしてあらゆる苦しみの向こうに——殊に人間の涙に隠された美と共に——「神」が見出される過程である。 ドストエフスキーの別の作品(『地下室の手記』)の語り手は、「永遠に崩れ去ることのない水晶宮」について語る。水晶宮とは、苦しみのない世界である。 人は苦しみを避けたいがために、水晶宮を求める。そして、なぜ水晶宮のような世界を創造しなかったのかと神を責める。近代の思想(の少なくとも主流)は、苦しみの絶えない世界にあって、人間の理性の力で、水晶宮を建設するための方途を模索するものだった。苦しみの多い、神の創造した世界を否定して、苦しみのない世界をつくりだすための方法を探るものだった。 そうして近現代の文明は、水晶宮の建設をめざして発展してきた。その過程で、神は「殺された」。現代の文明国は、不完全な水晶宮だ。ここには、中途半端な苦しみがあり、中途半端な美がある。 だが、ここでも十分に苦しみ、そのうえで至上の美を見た者は、ラスコーリニコフのように、ふたたび神を見出すことになるだろう。

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    投稿日: 2014.05.07
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    セリフも長いし、人の呼称も統一されていないので読みにくかったが、古典の宿命であろう。 テーマは面白い。善行を行うための悪行は許されるか、である。私はラスコーリニコフは傲慢であり、許されるべきではないと思う。

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    投稿日: 2014.04.16
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    【読書その93】ドストエフスキーの名著「罪と罰」の下巻。一気に読み終える。なぜ人を殺してはいけないかという根源的な問い。

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    投稿日: 2014.04.09
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    ドストエフスキーの名著、下巻。 下巻では体調が戻ってきてから、出頭までの苦悩を中心にラスコーリニコフ青年の葛藤を描く。 予想では良心の呵責から苦しむのかと思いきや、そうではなくて、むしろなぜ苦しいのかわからない。 重い秘密を持ち続けるのがとても辛いような描写だった。自分を犯人だと考えてる人たちをめちゃくちゃ憎んでたし。 だから全体の4/5を読んでもあまりよい作品とは思えなかったけど、最後の最後に流刑の地で愛を見つけ、よい方向に急速に変化していくところは良かった。 最後はとても良いのだが、そこへ行くまでの布石はめちゃくちゃ長い・・

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    投稿日: 2014.03.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    予審判事ポルフィーリイとの駆け引き、秘密を知っているスヴィドリガイロフ、ラスコーリニコフの運命はどうなるんだ!ハラハラしながら読みました。 結果として自首したけど、自分の罪を認めず、最後までぶれないラスコーリニコフさんに恐れ入った。 エピローグでソーニャの献身的な姿に胸打たれ、愛が芽生え、新しい生活に向けて前向きに頑張ろうと思うラスコーリニコフ。彼がこれからどのような人生を歩むのか気になります。もう理論に捉われずに幸福な人生を送ってほしいと思います。 あとピョートル・ペトローヴィチがソーニャを盗人として祭り上げ陥れようとして逆にやり返される場面は読んでて気持ちよかったです。ざまあみろ!

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    投稿日: 2013.12.29
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    むずかしい。ラスコーリニコフの、レジャベードニコフの、ソーニャの、ドーニャの、行動、考え、信念…それらに追いつけない。 でもなんでなの。文章を食い入るように見つめて、本の中に沈んでいくような気持ちになった。いつの間にかラスコーリニコフと同じように、思想と狂気の狭間で揺れながら、見たことのないペテルブルグの雑踏を歩いているような感覚になった。 そして最後に、ひとつの「罪と罰」の物語が終わったとき、水面から顔を出して新しい空気を吸い込んだたような気持ちになって、あぁ、「再生」の物語が始まるのだなと思って本を閉じた。 こんなのは、はじめて。

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    投稿日: 2013.12.29
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    とりあえず、めちゃくちゃ面白かった。この小説はあらゆる側面があり、濃密な人間の心理や思想や哲学を描いています。人の欲望や善悪、生きていく意味、殺人とはなにか。読み進めていくうちにどんどん自分自身の心理に潜り込んでいき深く物事を考えることができた。 犯罪小説としてもかなりお面白く、特に主人公ラスコーリニコフとポルフィーリィとの対決場面などはハラハラドキドキして夢中で読み進めた。さらに、罪を犯した人間の再生の物語でもある。 ヒロインのソーニャとの愛の物語でもあり、ラストは本当に感動的だった。また改めて読み返したい作品。 まさに名作でした。

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    投稿日: 2013.12.04
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    罪と罰は、思想的なところがあったり、恋愛もあり、推理小説のようなところもあり、また登場人物のそれぞれの人柄がよく表れていて、すごく話にのめり込んでしまい、非常に読みやすくおもしろかった。 ラスコーリニコフの、この世は凡人と非凡人に別れ、非凡人は法律を超えることができるという考え方は、読んでいて非常に興味をそそられた。その考え方によって結果自分が苦しむことになるのだが・・・ ソーニャやドゥーニャのラスコーリニコフへのような愛は現代ではなかなか見られないのではないかと思ったし、見ていて心打たれるものがあった。 読み終えてから「罪と罰」というタイトルが非常によいと思った。 カラマーゾフの兄弟がすごく楽しみです。

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    投稿日: 2013.10.08
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    話があちこちに飛ぶので、整理するのが大変だ。奥さんに叱られブン殴られて悦ぶマルメラードフだの、さてはロリコンだな?というスヴィドリガイロフだの、ろくな奴がいない。ほかの奴らが強烈すぎて、ロージャの罪が軽く……は思えないが、なんだか、多少はマシに思われてきた。てゆーかロシア人って簡単に発狂するなぁ。

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    投稿日: 2013.09.23
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    読むの時間かかったぁ!!段々と主人公が心理的に追い詰められていく描写が素晴らしい。でも自分のレベルじゃ理解できないこともいっぱい。何年か後にまた読みたい。名作だった。2011/038

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    投稿日: 2013.09.13
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    (2000.08.26読了)(1999.04.17購入) (「BOOK」データベースより)amazon 不安と恐怖に駆られ、良心の呵責に耐えきれぬラスコーリニコフは、偶然知り合った娼婦ソーニャの自己犠牲に徹した生き方に打たれ、ついに自らを法の手にゆだねる。―ロシヤ思想史にインテリゲンチャの出現が特筆された1860年代、急激な価値転換が行われる中での青年層の思想の昏迷を予言し、強烈な人間回復への願望を訴えたヒューマニズムの書として不滅の価値に輝く作品である。 ☆関連図書(既読) 「罪と罰(上)」ドストエフスキー著・工藤精一郎訳、新潮文庫、1987.06.05

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    投稿日: 2013.08.12
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    下巻読み終わりました。 相変わらずくどいので、この夏季休暇中に読み終わらせようと決心してちまちまと読み進めていましたが、スヴィドリガイロフとドゥーニャの拳銃で対立しているあたりから一気に読みふけってしまいました。 この物語はあまり難しいことは私にもよくわからないのですが(笑)、女性陣が強いなあと思います。 ソーニャのような女性になりたい・・・。

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    投稿日: 2013.08.10
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    全般的に鬱屈した話で暗いお話だが最後はハッピーエンドで終わって救われた。 ロシア人の名前の難しさに途中で誰が誰だかわからなくなってくるが、wikiで調べて思い出しながら進んで行くの繰り返しでなんとか最後まで挫けずに読み終わった。 次はロシア文学の傑作の一冊ドストエフスキーの大作カラマーゾフの兄弟なは挑戦

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    投稿日: 2013.07.19
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    なんか、心が痛かったなー。人は健気が1番。ナルシストになるのは、たまにでいんだよ。 うん。たまにがいい

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    投稿日: 2013.07.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ロシア文学屈指の名作だと思います、自分のことが全て書かれているような気がした この物語の主人公は自分が歴史上の偉人のような天才であるのかないのかを試したが、やがて自分は取るに足らない凡人の一人であることを悟り自殺を試みるもそれも出来なかった・・・ 自分も凡人のくせに一歩引いたところで世の中を見た気になっていた。でも実情は受験戦争に敗北し、性格もどんどんひねくれていき人間的には退廃しているだけなのに他人を下に見るような考えを持っていたときがありました。だんだん自分が凡人であることを悟り苦悩している時にこの本に出会いました。200年くらい前の遠くロシアの作家が200年後の現在の凡人である自分の精神的な苦悩をズバリ言い当ててるところに衝撃を受けた。 もちろんこの作品のテーマはこれだけじゃないと思います、本当に深い作品です。 現代の予言書と言われる理由もわかります

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    投稿日: 2013.05.21
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    はじめて読んだのは中学生だったから、分かりにくくて苦労しながら読みきった記憶がある。いま読んだらまた違うだろうから、読み直したい。

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    投稿日: 2013.05.04
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    読み始めたのは少なくとも1年半は前…上中下の下の途中まで一気に読んでたのに、何故かぐーすか寝かせて、やっと読み終わりました

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    投稿日: 2013.05.03
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    素晴らしい。読んでよかった。猫町課題本。 キリストの教えは信じる…というテーマ。私が探していた本と出会えた。

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    投稿日: 2013.04.06
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    罪と罰という題、あまりにも有名過ぎて題そのものについて深く考えてこなかったが、この下巻、主人公ロジオン・ロマーヌイチの移りゆく怒涛たる気持ちの起伏、主観の猛攻に、考えざるを得なかった。 スヴィドリガイロフの拳銃自殺は、ねずみの出る宿舎で熱病に浮かされながら見た夢(辛く苦しい状況下で自殺した少女の遺体だけが心安らぐ場であったというもの)から、今まで恐れてきた死に対して同時に平穏を感じ得ての行動であった。 ラスコーリニコフはどうだろう。8年の刑期の1年目、自らの罪(老婆やリザヴェータ殺害、強盗という法的悪事)に対しては悔恨の念を抱かず、自尊心、彼の夢を引用すればアジアからヨーロッパに広まった微生物による疫病に感染していた。したままであった。 しかしソーニャに対する無限の愛を感じ得た瞬間、<生まれ変わる>ことができる。 個人的に、愛の力が疫病から治癒する、というのには納得し兼ねるが、それはともかくとして、主人公のみならず、彼に関わる人々の主観をこれほど如実に且つ繊細に描き出しているのには、感服であった。

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    投稿日: 2013.03.27
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    何度も挫折した「罪と罰」を読了した。 そりゃ「罪と罰」挫折するよ。まず、主人公や周辺が暗い、貧乏。長文な神経症的独白。饒舌な登場人物。読むの苦痛。読ませるのを拒否しようとしてるんじゃないかと思うくらい。 でも、その中にある詩情、仕掛け。個性的な登場人物がクセになるんだろうなあ(無駄にあるミハエル・バフチンとかの知識)。好きなシトは。と、屈折した読み方でなんとか凌いだ。 あと、その語り、つきあってらんないス、ドストエフスキーパイセン。くらいな感じで読み飛ばした。 10歳違う会社の後輩君は、ドストエフスキーファンでもあり「罪と罰」の冒頭のマルメラードフとの独白。お母さんからの手紙は読み飛ばしていい?と言ったら、そこが面白いのに!と叱られました。あたくし39歳。 あと、ドストエフスキーに影響を受けた作家を頭に浮かべながら読んだ。例えば福本伸行。例えば村上春樹。 ドストエフスキーが「罪と罰」の連載を開始した1866年は、薩長同盟成立、坂本龍馬が遭難した方の寺田屋事件が起きた。農奴解放から5年後。ロシア革命(1905〜または1917)はまだ遠いのなあ。 読み進めるうちに、もしかしてドストエフスキー作品、少なくとも「罪と罰」に一番現代の日本で近いのは、昼ドラ? 東海テレビ? って仮説で読んでたンですが、確信に変わってきた。 「思想による殺人は破滅する」と、140年前に予言されていた。この重み。 最後の一章は唸った。痺れた。てか、素晴らしい締めくくり。そーくるか。という。

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    投稿日: 2013.03.16
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    さすが世界的名作!! 初めてのロシア文学で、登場人物の名前やその時代のロシアの文化に馴染めず何度読むのを止めようと思っただろうか? しかし、我慢しながら読み進めていく内に作品に呑まれていたことに気づく。 今回は物語を追っただけのようなものなので詳しくは書けない。違う人の日本語訳も見てみようと思った。

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    投稿日: 2013.03.11
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    様々なエピソードが絡みあう、下巻。 凄まじいほどの存在感を放つスヴィドリガイロフ。 「わたしたちには何か共通したところがあるって、ねぇ?」 主人公ラスコーリニコフの先々で待ち構え、悪魔のような台詞を吐く。 「オルガニズムの中でノーマルな地上の秩序がちょっとでも破壊されると、ただちに他の世界の可能性があらわれはじめる」 「田舎の風呂場みたいなすすだらけの小さな部屋で、どこを見ても蜘蛛ばかり、これが永遠だとしたら。わたしはね、ときどきそんなようなものが目先にちらつくんですよ」 下巻では、ラスコーリニコフは、次第に追いつめらていくのが読みどころのひとつ。 「ろうそくの火によってくる蛾を見たことがありますか?まあ、あれですよ、蛾がろうそくの火をまわるみたいに、たえずわたしのまわりをぐるぐるまわっているんですよ」 そして下巻の中盤では、自らの世界の王に君臨しようとした、ラスコーリニコフの理想と挫折を描く 「あんなに何日も頭を痛めたということは、つまり、ぼくがナポレオンじゃないということをはっきりと感じていたからなんだよ」 「何のために生きるのだ?何を目標におくのだ?何に突き進むのだ?存在するために生きるのか?」 キリストの死と復活をモチーフに、世界とは?生きることとは?を問い続けた至極の物語。 この冬、最も心に残った一冊でした どうでもいいことなのだが、この小説が「愛の流刑地」とは知らなかった。 さらに、これもどうでもいいことなのだが、下戸がシャンパン一本空けるって、ロシア人どんだけ飲むんだってことも気になった。

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    投稿日: 2013.01.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    エピローグが綺麗すぎてなにか物足りない感じがあったが、全体を通して個人的にロージャ君の行動が不可解だけど、題材としては面白いと思う。単なる殺人事件を取り扱うだけでなく町で起こる様々な現象、殺人、事故死、病死、自殺といった一通りの死をさりげなく織り交ぜており、最初の殺人と対照的な意味合いもあるだろうと思われる。

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    投稿日: 2012.12.21
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    この本を読んでますます本を好きになった ある種の現実と乖離する理想を持った青年 ラスコーリニコフは 彼が持つ全能感ゆえに 金銭的な理由や、 自己の全能感の肯定のために 足を踏み出していく しかし、良心の呵責に苦しみ キリスト教的な無償の愛と出会い その葛藤のなかで 人間へと戻っていく その機微がたまらないくらいリアルで グッとのみ込まれた そして、検事との心理戦や 出てくる登場人物の人間味など ドストエフスキーの底知れない 器の大きさを感じた

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    投稿日: 2012.12.17
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    終わり方はあまり好きではなかったが、それでもドストの独特な感性が溢れんばかりに出た名作。社会と個人のダブルスタンダードから形成される"罪と罰"。それに対するロジオンの葛藤がとてもリアルで、想像力に圧倒された。

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    投稿日: 2012.11.30
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    「ナポレオン」 長い長い季節の終わりには雪が溶けるように、日差しが和らぐように、優しく愛が生まれた。本当に長い苦悩、そして長い物語の最後に生まれた愛には本当の重みがある気がした。そして、この長編の中で、トンネルの先の出口でさんさんと輝いていたことが読み終わってわかる。 罪を犯したものに罰を逃れるための出口なんてものはなかった。出口は決して終わりではなく始まりにつながっていた。 ナポレオンの理論にとりつかれたこの主人公がわたしは好きだ。自尊心が高く、狂っていて、それでも人間らしく。自分でこのような状況に身を置きたいと願うことはない。しかし、この境遇の出口は明らかに他のトンネルとは比べ物にならない光を放つ。そう思う。 “二人の心の中には互いに相手をよみがえらせる生命の限りない泉が秘められていたのだ。”

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    投稿日: 2012.11.02
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    読み辛い上に長すぎる名前にはほとほとうんざりしましたが← 面白かったです。 こういうお話だったのですね。 とはいえきっと本質の半分も理解出来ていないのでしょうが。。 カラマーゾフも読みたいですがこれより長いとなると…検討中です。

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    投稿日: 2012.10.12
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    罪を犯して部屋を出ようとした時、二人の男が外からドアを開けようして掛け金がガタガタ震える所とか、夢で見たかわいそうな馬の話とか、ポルフィーリーとの心理対決とか、スヴィドリガイロフの異常な下劣さとか、ラスコーリニコフの洞察力や思想、狂気と正気の間を紙一重の所で行き来する脆さなど、数え上げればキリがないほど、あちこちに衝撃を落としていく作品。 緊張に張り裂けそうにもなるけれど、たまに笑える所もある。(ラズミーヒンを「無邪気な阿呆」呼ばわりする所とか、自分の臓腑を取り出して売れば玉ねぎ何個分の価値があるかの言い合いをする所とか。)父称だとか、愛称だとか、ロシア独特の名前の呼び方に戸惑いもしたけれど、想像していたよりも重くなく、夢中で一気読みしてしまった。 ラスコーリニコフは無意識に、ソーニャが自分を正してくれる人物だと見抜いていたのだろうな、と思う。彼にとっての唯一の救いとは、彼自身の中にあったのだろうな。

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    投稿日: 2012.09.15
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    「罪と罰」は色々な要素を持った小説だと思う。まず、推理小説のような犯人ラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリーの対決。さらに、19世紀ロシアの様子を鮮明に描く社会的俗画的な要素。それから恋の要素も…色んな角度から読むことができ、それゆえ読み終えたときの燃焼感、疲労感がすごかった。それだけ読み進めていくうちに異常な熱気に感染し、引き込まれいく小説だった。 個人的に印象に残ったのは、ラスコーリニコフが出頭する直前、それからエピローグでの彼の情熱的であり半ば狂信的な心の叫びだ。文字が浮き出んばかりの迫力で書かれており、心に響くというよりは胸に突き刺さるように彼の未熟さそして孤独が伝わってきた。 この「孤独と未熟」を主人公を通して直視できたことは、二十歳になった自分にとってとてもよかったと思う。決して人生における名言、格言がでてくる訳ではないが、「孤独と未熟」から目を逸らさず直視することが人生において重要であるように感じた。

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    投稿日: 2012.08.26
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    全体的には、太宰治の作品を読んでいる感じがした。 心理描写については、「DEATH NOTE」のキラとエルのやり取りかと思わせれた。 まあ、当然のことながら、太宰やDEATH NOTEの方が「罪と罰」の表現を取り入れたのだろうかもしれないけどね。 また、メインのストーリーよりも、サブストーリーに力を入れているようにも感じた。 でも、これらサブがあってこそメインが生きてくるんだけどね。 これは、20歳前後の世代が好みそうな文学なのだろう。 結末は意外とBAD ENDではなかったのね。 最期は、「罪」でも「罰」ではなく「愛」で締めくくられていた気がする。

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    投稿日: 2012.08.25
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    面白かった。 主人公ラスコーリニコフの苦悩の描写がすごい。 感じたことは作品に関する背景知識をもっと深めたいと思った。 読んでいてその情景を思い描くのが困難な場面がしばしばあり、この時代の人々の生活や文化をもっと知りたいと思った。 同著者の集大成といわれるカラマーゾフの兄弟もぜひ読みたいと思う。

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    投稿日: 2012.08.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自分の犯した罪を告白するか否かで苦悶するラスコーリニコフ。しかし、自分のなした「第一歩」に自分が耐えられなかったことに苦悶。難しいなぁ。

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    投稿日: 2012.07.29
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    これがドストエフスキーか! これが『罪と罰』か! 読みごたえありました。ロシア人名に(も)不慣れなもので、人脈図を自作しつつ読み進めました。ある物語でしか表現し得ぬものがあると気づかされます。 また「古畑」「コロンボ」のような倒叙ものの側面がありましたね。人間心理の機微がね。心理戦がね。 愛、生死、社会、信仰、苦悩…この手の大きな作品って複雑系で、それゆえに味わいが増すというか、コクが出るんですね。手軽さとは別の方向性ですね。 *ルーブリ、コペイカ…お金で語る局面が目立っていませんか。意識的?無意識的?著者が賭博で“大変なこと”になった後の作品だからかなあ。 *1866年連載開始とのこと。日本は幕末、薩長同盟の年ですね。ってことはアメリカ南北戦争が終結した年か。

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    投稿日: 2012.07.16
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    読み返したらまた違う感想になるかもしれないけれども、 最後は愛で完結してしまうのが何か納得いかない。エピローグのユルい感じも、ない方が良いのでは?と思った。 上巻は難しくて難航したけども、下巻は意外にサラリと読めた。 スヴィドリガイロフの存在感が大きく、物語を面白く感じさせた。

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    投稿日: 2012.06.25
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    読んでいる間、上巻はずっとハラハラドキドキしていたが、下巻はラスコーリニコフの後悔の念に同調してズーンとなることが多かった。 原文ではシャレの利いた言い回しをしているんだろうな、と思うところが多々あるし、あえてフランス語を使っているところがどういったニュアンスなのか知りたい。ロシア語は読めないけど、英語訳も読んでみたらまた違った雰囲気が伝わってくるんだろうか、と思った。チャレンジする価値はあるだろう。

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    投稿日: 2012.06.11
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    ラスコーリニコフはながく不幸でした。 でもなぜ?? 人を殺したことを、彼は後悔していないのに。 上巻ではただの精神疾患としか思えなかったラスコーリニコフの苦しみが徐々に明らかにされ、下巻で一気に物語は花開く。 社会的なメッセージを込めつつ、一人の男の心の更正が描かれています。 ラスコーリニコフが犯した罪の重さと、贖うに必要な行動とは。 人は平等ではなく。 あるものは理不尽に殺されて、あるもの不幸に打ちひしがれて、死ぬ。 虚無を脱しきれず死ぬものもいる。 人に必要なものは何だろう。 とかく名前が紛らわしく覚えにくいので、相関図を片手に読みました。

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    投稿日: 2012.05.24
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    んー。悩む場面が多くて展開があまりなく、回りくどかったなー。上巻は厳しかった。。。 ラスコリーニコフは良心があるから、こんなに悩んじゃうんだろーなー。ちょっと分かる気がした。

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    投稿日: 2012.05.04
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    最後まで読んで、作品的にも読書してる身としても、”やっと、、、”って思いました。 なんど途中で投げ出そうと思ったか。。。 狂言や嘘が多くて途中で何が何だかわからなくなるんだけど、 それを引っ括めてそれぞれのパーソナリティが表現されている。 目に見える一つの感情や言動でその人を捉える愚かさを痛感した作品でした。 結局”本当の自分”なんて存在しないし、気持ちなんて常に複数あるわけで、 問題は自分でどれを選んで、それを自分とするか。 最後、ラスコーリニコフは、その一つを選んだのだと思います。 シェークスピアや芥川などを読んでみて、”狂う”ということが逃避の手段として一般化しているのに気づく。 変えられない区別が当然と存在していた時代の空気感を考えれば それは当然かもしれないけど、つくづく今の自分が恵まれている事を感じたのでした。

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    投稿日: 2012.05.04
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    「読書力」の35ページにある本… 法政大学第一中・高等学校で岩井歩教諭が実践した、定期テストに読書問題を取り入れた実践。 20冊目…高3の定期テストに こんな重い本を、よく「下」まで読んだ…と、自分をほめてあげたい本。

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    投稿日: 2012.03.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    上巻だけで挫折した人には、ぜひ頑張って最後まで 読んで欲しい 読みの苦しさが、最後にはきっと報われる作品だから (以下 上巻と同じ) 読書の先輩から「これは読んどきな」と手渡されたのが 2011年の10月ごろ 日本語の文庫本なら一晩で読めていたはずなのに、 とうとうこの本の上下巻の読破は5カ月も要してしまいました 下巻の後半は展開が早く、平日の深夜に一気に読んでしまい、 思いもかけず泣きました 前半の遅い展開、ニートの愚痴、不満はホントに不愉快で 一週間もページを開けないことも多かったけど、 ところどころに普段生きて行くには見てみないふりをしてきた 「不実な真理」を目の前に突きつけられたような動揺をさせられも したので、ただものではない感は読み始めですぐには感じる作品 でした 100年以上前の異国の作品は、人類の歴史を通して普遍的な事実 について、問いかけている 矛盾の一言でも片付けられる真理に、無駄に頭がいいばかりに 気付いてしまい、頑固なまでにまじめな為にそれを追求してしまった 故に起こしてしまった罪 理屈や歴史の事実などを捨て去り、その罪自体の 重さを一身に受けることで、主人公は生まれ変わり、自身の生に 幸福まで見いだすことになる 地位や権力については、私自身が身を置いている会社でも よく考えさせられる 経済という権力を一人占めしている組織にしか見えないから そしてこの物語のように、真の幸福はそういうものと離れたところに 存在する その労力と見合わなすぎる報酬を受けながらも、幸福は別ものだと 気付いている物ならば、幸福も手に入れられる、とは真実に反した キレイごとだと思いたい 物や金を楽に手に入れている者たちには、真の幸福はあり得ない と願いたい そんな報酬のギャップは世間のだれかが肩代わりすることで、 この世はバランスがとられているのだから 金など最低限で十分だという信念の上で、世の中の幸福に繋がると 信じられることに従事し、時間が忘れるくらいその労働を愛し、 続けることで、結果それなりの金や物を得ることが出来るのが理想 おしゃれも美味しいものもリッチな旅行も大好きなのは変えられない。。

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    投稿日: 2012.03.17
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    やっと読み終わった。この本は色々と思い入れがある。とある夏の夜に私は失踪した。ものすごい鬱で。携帯とか身分証とか全部家に置いて、かばんに詰め込んだのが何故か「博士の愛した数式」とあとこの「罪と罰」。 結局何事もなく私は帰ってきたんだけど、その後これを読み切るのには格闘した。分厚いし。 結局読みとおすのに3カ月以上もかけてしまったのが勿体ない。 良心の呵責という、まさに罪のテーマに集約してしまえば簡単な話だけど。 おおすじは知っていたので、ラスコーリニコフが罪の意識を持ってから、自首するまでこんなにも長いことにちょっと驚いた。 「長いなあ」 と思いながら読むんだけど、その長さのなかに色々なものが詰まっている。当時の貧しい人々の様子がありありと描かれているし、自首するまでの心理戦のやりとりも、なんとも切迫している。 とりあえず、「これがドストエフスキーか」 と思って、読みおわってみてすごすぎて胃もたれがしている。

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    投稿日: 2012.01.11
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    主人公ラスコーリニコフの「天才は何をしても許される。正当化される殺人がある」という思想のいきつく先は? 「圧倒的な自己犠牲を引き受けても前向きに生きることができる」ソーニャの存在。 貧困問題、神の存在、現実と理想の乖離、、、 人間社会に生きる根源的な「問い」目白押しです 読まないでもいいかもしれないけど、読んだほうが生きやすくなる、なあ・・・いや、ほんと

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    投稿日: 2011.12.05
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    登場人物の行動や言動を現実に見たまま文章に書き連ねたかのような生々しさ。 ちょっと自分には難しいところもあったが壮絶な物語だった。

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    投稿日: 2011.10.21
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    ラスコーリニコフの闘いと苦悩が続く。罪を犯して罰を受ける、8年の刑期を終えた後、果たして献身的行為で、罪の意識は消えるのであろうか。11.9.10

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    投稿日: 2011.09.10
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    この作品は面白く一気に読破してしまった。 細かい心理的描写によって語られる登場人物達の「理性」と「欲」の葛藤、そしてそれぞれの選択と結果。 たぶん、自分のことであってもここまでは考えられないというほど、著者の人間の内面を観察する力に驚嘆する。 「何故、人を殺してはいけないのか?」 という問いが話題になったことがあったが、この作品もそれの回答のひとつと思う。

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    投稿日: 2011.09.09
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    「罪。罪のアントニムは、何だろう。これはむずかしいぞ。」そう言うと、 「法律さ」と堀木は平然と答える。 「罪ってのは、君、そんなものじゃないだろう」 「それじゃあ、なんだい、神か?」 「まさか。・・・・・罪のアントは、善さ。善良なる市民。つまり、おれみたいなものさ」 「冗談は、よそうよ。しかし、善は悪のアントだ。罪のアントではない。」 「悪と罪とは違うのかい?」 「違う、と思う。善悪の概念は人間が作ったものだ。人間が勝手に作った道徳の言葉だ。」

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    投稿日: 2011.09.09
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    上巻に引き続き主人公の苦悩が爆発する。 もし自分がこの状況に置かれたらどんな行動を起こすだろう きっと日に日に心が苛まれていくんじゃないかなー 新たな旅に向かう2人 そこで物語は終わった

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    投稿日: 2011.09.03
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    しがない金貸しの老婆から金を奪い殺し、奪った金で社会貢献出来るのであればこの老婆を殺す事はなんでもない事であり、この罪は許されるのでわないか!?主人公のラスコーリニコフはこの事件を引き起こしてから様々な葛藤を起こし、自身の思想哲学の中で迷い込む。 この本は哲学的思想が大半を占めてて色々と考えさせられた。理解に苦しむ点も多々あり時間をかけてまた読み直したいと思った。

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    投稿日: 2011.08.30
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    2011/7/24読了。 初めてのドストエフスキーでしたが、一読して名作として語り継がれる理由が分かった気がする。手に汗握るやりとりの緊迫感・切迫感は凄まじいし、そしてそれ以上に、登場人物たちの心の揺らぎ、特に悲しみや苦しみ、憐れみ、怒り、侮蔑、絶望といった負の感情の描写の精緻さに驚いた。この本には、負の感情のカタログと呼べるのではないかと思えるほどの多様な心情が描き出されている。だからこそ、そこに垣間見える一縷の希望や喜びが輝きを放っているのだろう。 本のテーマとしては、理性の不完全さ、救いはどこにあるか、というようなことであろうか。それに関しては出版された当時の時代背景を知ることがその理解に繋がりそうである。

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    投稿日: 2011.07.24
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    登場人物の精神状況があまりにおおげさじゃないかなんて感じたりもしたんです。一つ一つの行動に根ざす感情が誇張されているような気がする。それは、冷静な日本人だからそう思うのかもしれません。この時代、決闘なんかもあったロシア人にとっては、そういう心の揺れとか激情というものはありきたりのものだからこそ、こういう小説が生まれたんだともとれます。 ロシア文学初挑戦。 ドストエフスキーなんて名前とイメージから、 けっこう堅めの文学なのかなぁと予想して読んでみたのですが、 これがそんなこともなく、読ませられる小説で、面白く一気に読んでしまいました。 名作なんていわれると、真面目くさっていて、倫理観とかをおしつけられるような 内容なんじゃないかと邪推してしまってましたね。 登場人物のロシア人の名前が、似通っているのが多かったり、会話などで変化したり (ソーネチカをソーニャと呼んだり)するのに慣れるのには最初ちょっとだけ 苦労しましたが、なんのことはない、夢中になって読ませられました。 そのうち、『白痴』や『カラマーゾフの兄弟』も読むかもしれません。 19世紀の文豪、あなどれず、ですわ。

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    投稿日: 2011.07.12
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    不安と恐怖に駆られ、良心の呵責に耐えきれぬラスコーリニコフは、偶然知り合った娼婦ソーニャの自己犠牲に徹した生き方に打たれ、ついに自らを法の手にゆだねる… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 やっと読み終わった…… ラズミーヒン、まじいいやつ…ドゥーネチカと結婚してくれて良かった。 さて、内容は、何となく面白かった!と思ったけど、難しかった! 良さをわかるほどしっかり読めてないんだね… うーーん…もっかいちゃんと読みたい

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    投稿日: 2011.06.24
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    千ページ近くある大作だが全てはエピローグ最後の数ページのために書かれているようなもので、決断をして全てを失ったラスコーリニコフが最後にようやく辿り着いた先ソーニャの献身的な愛に包まれて、そして爽やかな風を感じる感動は格別です。ポルフィーリィとの心理戦も鬼気迫るものがあり手に汗握るものだった。ドーニャを巡る二人との戦い、ルージンは虚栄心に溢れ卑屈な男だとわかったが、スビィドリガイロフも卑屈な男なんけどまだまだわからないな。でもラスコーリニコフが最もわからないが。何年後かに読む時はそこに重点を置いて読もう。

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    投稿日: 2011.05.07
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    印象的なシーンが絵になって浮かんでくる。やはり名作。 人の名前がたまにわからなくなる… ロージャが好きです。

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    投稿日: 2011.05.02
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    自分が学生であるうちに読んでおこうと決意した文学作品。 正直、わけわかめでした。 八割がた主人公(ラスコーリニコフという大学生)の苦悩する心理状態が描写されているように思えました。 しかし、物語の内容はしっかりわかりやすい流れです。 では、何が理解できないのだろうか? おそらく、百の善行のために一の悪行を犯すことは世界の歴史から見て「悪い」ことだと言えるのか? という永遠のテーマ。 正義とは何か悪とは何かのようなものでしょうか。 人間である本性を忘れた理性のみで行動を起こすことがもっとも危ういようです。 いつかもう一度読んでみたいと思います。 陰鬱な内容ですが、最後は雲間から一筋の光がさすように未来の幸福を予兆しているので、後味は悪くありません。 嫌だったのは一人の登場人物に二つもしくは四つほど呼び方があって誰が誰だか覚えにくいところです。 よかったら読んでみてください。

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    投稿日: 2011.05.01
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    深い。深いの一言。 角度は違えど、罪を犯した男2人がそれぞれに迎える結末。 この対比の描き方は素晴らしかった。息を飲むとはこのこと。 一つの罪悪は百の善行によって償われる。 この思想には最後まで苦しめられた。 結局ナポレオンにはなれなかったラスコーリニコフ。 しかし彼は何処までも幸せな人間だったと思う。 色々な社会背景、思想など複雑に絡み合った時代でさえ 最後は愛なんだという意思表示に、正直ホッとしたのも事実。 現代に通ずるものは確かにあった。 誰でもラスコーリニコフの要素は持っているに違いない。 しかし、絶対に踏み外してはいけない領域は守らなければならない。

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    投稿日: 2011.04.28
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    ながかった・・・ やっと読み終わりました(><) ラスコーリニコフの苦悩と葛藤、人としての罪の意識。 文学作品は俺は苦手か・・・

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    投稿日: 2011.04.10