
総合評価
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
竹内洋の『教養主義の没落』は、明治から戦後にかけての人文的読書による人格完成を目指した教養主義の変遷を描く名著だ。 本書を通じ、日本の教養主義が伝統的身分文化ではなく、「学校的教養」たる西欧文化の習得だったと知った。これは刻苦勉励を重んじる地方出身の青年のエートス(性格)と親和性があった。同様にブルジョワを嫌うマルクス主義が農村出身者の教養主義と強い親和性を持っていたことを説いている。マルクス主義というもう一つの西欧文化が、ブルジョア文化を貶めることでブルジョワの上位に立つことができたからだ。現代の高齢層の一部がなぜマルクス主義に熱狂し続けているのか少し理解できた気がする。 また、大学進学率が15%を超えてマス化すると、大卒者は大衆サラリーマン化し、思想インテリより実務インテリが好まれるようになった。2003年刊行の本書だが、現在の「文系不要論」の背景が鮮明に理解できる。 著者は教養主義の没落を、日本社会における都市と農村の格差の消滅に起因すると分析する。海外の教養主義のあり方にも関心が広がった。 社会の構造変化と知の変容を見事にあぶり出した、実に見事な傑作である。
0投稿日: 2026.08.18
powered by ブクログ読みながら、自分にも教養主義に固まっていた時代があったなと、胸に刺さる内容だった。教養とは共通知識のようなもの、と私は捉えている。教養としての読書を再定義するためにも、まず私がその背中を見せられるといいな、と思った。
0投稿日: 2026.08.13
powered by ブクログ新書で読みにくそうなのに、面白いと感じた。 「わからない本を読んで読書が嫌になったりはしなかった。むしろまったく反対である。」 難しいと感じる本でも触れてみたいと思うことがあるので共感できた。
0投稿日: 2026.07.10
powered by ブクログああそうだった(のか)とおもいかえすところたくさん。あとがきの、「いま50歳代半ば以上の世代が、教養をめぐるそれぞれの思い出とルーツを再吟味するきっかけになればうれしい」という意図は果たされた。出版年が2003年なので今となっては80歳近い想定なのだが機能している。
6投稿日: 2026.05.22
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人文界隈で何度も目に耳にした本なのでやはり読みたくなり借りる。難しい…けど理解できる部分もある。あぁ、あの本のことか、あの概念のことか、と。5年前だったらそっと閉じたであろう本をなんとか読めたのが嬉しかった。 ハビトゥスについて知らなくてGeminiに教えてもらいながらスキーマと似てる?というセレンディピティも感じられたのでよい読書体験だった。 教養主義の土台がマルクス主義が繋がった流れなど、やはり歴史の連続性に膝を打った。 小説が低俗だったこと、夏目漱石がそれを変革したこと、岩波文化の流れなども興味深かった。 ビートたけしによって教養主義の没落が決定付けられるという見方も面白い。そしてサラリーマン時代がダメ押し。 本書は2002年に発行されたのだが、20年以上経った今、著者がいう教養主義とは無縁だった自分が、その類の本に興味を持っているという点、これは時代のせいなのか、年齢のせいなのか、環境のせいなのか答えはでないが、赴くままに気になる本を読んできたい。
1投稿日: 2026.04.11
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本書のブレイクのきっかけは米津玄師さんの発信からとのことですが、私自身が興味を持ったのは三宅香帆さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」で触れられていた近代日本の読書と労働の歴史がとても面白かったので、それに通じる部分がありそうだと思って手に取りました。 教養そのものではなく教養主義者の軌跡をたどることでエリート学生文化の衰退までを示した内容だと思うけど・・・私には難しくてわかりにくかったです。 1970年代以降、農村と都市部の性格格差がなくなり、また、大学進学率が上昇しはじめ、ほとんどの人が卒業後も大衆的サラリーマンになることがわかってくるに伴い、学歴エリートとしての教養は魅力がなくなり、教養主義文化は衰退したそうです。 そして、現代の教養(キョウヨウ)は、適応に重きが置かれているってとても納得。 今の知識人はSNSもとても気にするものね。時代の流れを感じました。
3投稿日: 2026.02.28
powered by ブクログずっと読みたいと思っていたが、読んでよかった。 新書という形式で、初めて胸が熱くなった経験だった。 大正教養主義から全共闘、現在の大学制度に至るまでの変遷がわかりやすく、特に旧制高校で成熟した教養主義の解像度はリアルで読んでいて面白かった。 自分がどういった教養主義の系譜の先にいるのか、その現在の立ち位置を確認する上で、読んでよかったと思う。
0投稿日: 2026.02.24
powered by ブクログhttps://x.com/nobushiromasaki/status/2025408713813790750?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
0投稿日: 2026.02.22
powered by ブクログ教養は、都市文化から断絶された農村を出自に持つ人間であっても獲得できるものであり、人格形成の手段として本から多くの知識・思想を修養することこそが権威の獲得に繋がり、それが都市型ブルジョワジー(西欧諸国から文化影響を受けている者など)への対抗となる社会構造となっていたのが戦前(旧教育体制)であると理解した。 特権階級と労働階級の身分格差の明確な線引きがなくなりサラリーマン層が大衆化した現代においては、啓蒙思想などの教養主義的思想運動よりも専門的知識の獲得による実利性が優先される時代となり、もはや本による人格形成を目的とする学生は支配層ではなくなっている。 正直、内容が難しかったため誤って理解している可能性があります。
0投稿日: 2026.02.22
powered by ブクログ教養主義とは?学ぶということの本来の意味はなんだろう?こんなにも時代の流れというものは容赦ないものなんだなと。読書離れという簡単な言葉で括りがちだけれど、それはやはり歴史が世界が変わっていくからなのかもしれない。
1投稿日: 2026.02.16
powered by ブクログ面白いが、日本思想史を理解すればもっと面白いと思う。 己の出自と思想の連続性を考えさせられた。自身の努力(受験、スポーツ)で成り上がったと感じるからこそ、都市型ブルジョワに近い考えを持っているのだろう。 ・「その人らしさ」とは『ハピトゥス』であり、出自や社会的地位、青年期の経験にて形成される。『ハピトゥス』が社会的思想に影響を与える(当たり前と言えば当たり前ですが、エリート集団の中にも多様なハピトゥスを持つ人々がいる)。 ・ヒエラルキー制度の崩壊により、上中下の階級に実線が引かれなくなる。凡俗な人間ー大衆平均人(サラリーマン)の文化が強く一般化することにより、教養を持つ「変人」「おたく」であることが望ましくない現状になっている。 ・『教養』の真の意義はそれを培う場としての対面的人格形成の過程にあるのではないだろうか。教養が実用性を持ち、エリートが傲慢さに溺れず、人間の矜持と高貴さを養うために、新しい時代の教養はどうあるべきなのかを考えていきたい。 5章「文化戦略と覇権」と終章「アンティ・クライマックス」は正直流し読みになっているので、近代日本思想史を浚ってからまた改めてインプットしなおしたい。
6投稿日: 2026.02.15
powered by ブクログ米津玄師が「べらぼうに面白い」と語っていたので、彼が面白いと思うものは読んでみたいと思い、読み始めました。膨大な資料とデータ、時代背景をもとに教養主義の変遷を描いている。これを「べらぼう」と表現できるほど面白味を租借しきれなかったのが非常に悔しいが、考えもしなかった「教養主義」という立場の話はとても興味深かった。 岩波文庫が教養主義に与えたインパクトや石原慎太郎の初期の作品「灰色の教室」「太陽の季節」に対する教養主義者からの批判がその後の石原氏の左翼批判を造成するなど、やはり人は時代と切り離すことができないのだなと思った。 「膨大な本を読むことが教養である」という教養主義の隆盛から今の時代に語られる「教養」というものは地続きであれ、大きく様変わりした。それでも、遮二無二に本をむさぼり読み、自分の根幹を作るというのはいつの時代も必要なのではないかと思う。現代教養主義を著者は「キョウヨウ」と表現しているが、当時の骨太の教養主義を思えばそりゃそうなるよなぁと思った。そういう時代を生きた著者だからこそ、あの終わり方になるというか、すごく人間味を感じる終わり方だった。
17投稿日: 2026.02.11
powered by ブクログ途中、著者の実体験と重なる箇所の入れ込み度合いがすごく、文章が冗長に思えたが、全体を通して教養主義の没落の流れが良く理解出来るストーリー。 社会の階級が変わり、貧富だけの格差社会によって、上層階級がなくなって、教養は必要なく金が全ての大衆社会の頂点を目指す人々とその為の最適な教育システムとしての高等教育となった現代。教養を求める精神性は人間の根源にあるモラルに依存するだけということ。 皆さんのコメントで、米津玄師が薦めていた事を知る。でも、本書も20年以上前であり、今はデジタル化が所与の世界で、違った意味での教養主義の消滅が進んでいること、その推進役ともいえる米津玄師がどう捉えているのか、聞いてみたい。 - また旧制高校生が愛読した倉田百三の『愛と認識との出発』や西田幾多郎の「善の研究」、阿部次郎の「三太郎の日記」なども必読書だった。弾合栄治郎の「学生と数養」や「説書と人生』なども文庫本で存在しており、ひろく読まれていた。また、昭和戦前期の教養主義のマニュアル本となった『学生叢書」(河合栄治郎編)を範にしたとおもわれる「現代学生講座』(河出房)もあった。「学生叢書」と同じように「学生と教養』「学生と読書」などのシリーズ本だった。同時にマルクス主義の影響もつよかった。「資本論」や「ドイツ・イデオロギー」などの読書会はキャンパスのあちこちでおこなわれていた。寮や下宿では夜を徹しての人生論や哲学論議もさかんだった。 - 教養書の読書時間は、一日一・八時間。そして九三パーセントの学生が教養者を読む時間がもっとほしいと回答していた。 - [ ] 最近読んだ教養書の中で感動が深かったもののリストの第一位は、「ジャン・クリストフ』である。またつぎの書物の中で読んだものは、という問いには、「若きウェルテルの悩み』七一・六パーセント、「善の研究」二五・四パーセント(文学部では四七・一パーセント) - [ ] かれらは全共闘世代のように大学知や教養主義に対する露骨な反逆はしなかった。しかし、四年間大学にいなければならないとしたら、軋轢をおこさず、最小限の努力で最大の満足感を得ようとするしたたかな適応だった。組織のたてまえの裏をかく、あるいはシステムを自分流に活用する「第二次」適応!本来の組織目標のもとで適応するのが「第一次」適応。それ以外のところで充足し、生き延びるのが「第二次」適応(アーヴィング・ゴッフマン『アサイラム」)ーである。
0投稿日: 2026.02.01
powered by ブクログいわゆる「教養主義」に点が辛すぎる。古典を読み学知を身につけようと励んだ青年らはいろいろな分野で指導層になっていったと思われる。そういう人たちにとって教養とは何だったのか、私はそこを知りたかった。
0投稿日: 2026.01.15
powered by ブクログ大正時代の旧制高校を発祥として1970年ごろまで大学で見られた教養と教養主義。 教養主義の輝きは、農村と都会の、そして西洋と日本の文化的格差をもとにしていた。 その格差がなくなり、教養知から専門知が求められるようになるに従い、教養主義は消えていった。 教養主義はファッションだった。教養があるほうが女にもてる。そんな時代だったらしい。 今に通じるところもあれば、そんな時代があったんだ、というところもあり面白かった。 今って、なに主義が流行っているんだろう。 何十年も先に、今の時代について「○○主義の没落」って書かれた本がでたら読みたいなと思ったり。 教養主義には関係ないけど、出版業は今も昔も人脈産業と書かれていたところが面白かった。岩波書店の歴史とか。
8投稿日: 2026.01.04
powered by ブクログわずか100年前には、今とは全く異なる世界が学問文化の間で広がっていたのかという驚きがあった。上流階級への対抗や社会主義との関係など、教養主義は想像以上に階層と密接に結びついていたというのが意外に感じた。 現代との差分を考えたとき、自分が「知識」だと考えていたものがいかにちっぽけで、資本主義に密接に結びついていたのかを思い知った。情報過多な現代社会では、教養の持つ意味は失われつつあるのかもしれない。 尊敬する人が「べらぼうに面白い」と言っていたのを見て軽い気持ちで読み始めたものの、あまりの難しさにページをめくる手が重かった。内容を理解しようとメモを取りながら、なんとか読破した。自分がいかに無知なのかを思い知ったという意味では、本書で言及された「教養の暴力性」に晒され、先人の人文知に圧倒される経験というのを垣間見た気がして、もっと本を読んで色んなことを知りたいと思える一冊だった。
1投稿日: 2025.12.27
powered by ブクログ何だか話題の書だったので図書館で借りて読んだ。 へぇ、ムカシはそんなだったんだ。と遺跡の発掘現場を覗いた気分になりました。 夏目漱石の小説の時代背景が理解できた点で有益でした。 かつて教養は社会で身を立てるための武器であり、故に為政者に近づかんとする者たちは皆目に見えない身分証の様にそれを身に纏っていたのですね。 そんな世界に郷愁を覚える世代も少なくなって、時代の貌を飾った仮面は書棚の奥に忘れ去られる。
0投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
本書は、戦後日本社会の知識人や大学生を支えた「教養主義」という独特の文化と精神構造が、いかに形成され、そして崩壊していったのかを、社会学・教育史の視点から丹念に描き出した著作である。 竹内は、日本の教養主義を単なる「偉い本の読書」ではなく、「立身出世を志向するエリートが、人格陶冶を通じて、特権的な知的・精神的地位を獲得しようとする規範システム」として捉える。この教養主義は、旧制高校や帝国大学といったエリート教育の場で、「リベラルアーツ」の読破と、それに伴う「精神的な高潔さ」の涵養を求め、若者に強烈な価値観を提供した。 しかし、このシステムは、戦後の民主化と高等教育の大衆化、そして何よりも「経済的な成功」を至上とする価値観の台頭によって、その力を失っていく。教養が「実利」に結びつかないと見なされ、専門知識や資格が優先されるようになると、教養主義は権威主義的で非実用的なものとして批判され、「没落」へと至る。 竹内は、この没落を単に嘆くのではなく、教養主義の持つ功罪を冷静に分析する。それは、近代日本における知識人の理想主義的な倫理観を形成した一方で、権威主義やエリート意識を生み出す温床でもあったという両面性を示している。 現代社会における知のあり方、教育の目的、そして我々が何を「教養」と見なすべきかという根源的な問いを突きつけ、戦後日本の精神史を理解する上で大変勉強になった。
2投稿日: 2025.12.07
powered by ブクログ20年以上前に出版された本。「あのほんよみました?」で話題になっていると言っていたので読んでみました。本の中から思想を学び、そこから自我の目覚めと教養を身につけていくエリートたちの読書の変遷を統計の表やグラフを用いながら、詳しく論じている本。 面白いのは大衆文学が生まれて、ビートたけしが吉本隆明の論説を誰に向かって発信しているかわからないと一刀両断にした頃から教養主義が没落したのではと結論づけている所だった。 読んだけれど、昔の話なのでちょっと面白くなかった。戦後のエリートたちの読書遍歴と思想に関わる本を知りたい人には楽しいと思う。
3投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログ難しいのかな?と思ったけど全然読みやすかったー。 自分が考えていた「教養主義」とはちょっと毛色が違っていたようで、知りたかった内容ではなかったのだけれども、戦前~戦中~戦後の学生を取り巻く思想環境を知れて興味深かった。 内容がなんとなく知っているな?と思ったら、三宅さんの「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」の参考文献になっていて納得した。
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログ石原慎太郎についての論、全共闘論面白かった。 都市-農村、西欧-日本の落差こそが教養主義の動力となる。大衆化による教養主義のクライマックス。
0投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログなんなんだ。すっごい難しかった。米津玄師が「べらぼうに面白かった」なんていうから買ったんだが!しかし。あまりに難しい本は途中でやめてしまうこともあるのだけど、私は頑張った。頑張ったら頑張った分、わかった。たぶん。思想雑誌を読んでないとイケてない、と昔の大学生たちが思っていた理由。人格は、読書によって形成されると信じられていた時代。 教養とは。自分だけでなく、相手も、社会も、支えてくれるもの。助けてくれるもの。昔はそう信じる人が多かった。でも、今はそれだけじゃなくなった。私も読書だけじゃないな、とは思うけど、読書がないと絶対だめなんだよな。ほんとに。そんなことを考えました。
1投稿日: 2025.11.01
powered by ブクログ旧制高校の学生達は難しい本を読んで自らの人格を高めようとした。旧制高校生はエリートだから末は国の中枢を担う存在でもあった。この時代は本を読んで教養をつけることがエリート学生に必須だった。 しかし戦争で日本は大敗して、旧制高校が廃止になったあたりから少しずつ変わっていく。別に本を読むだけが人格を高めることではないよねと考えるようになる。それが新制高校卒業した人達。 私個人の意見としては本は読みたい人だけ読めばいいと思う。私は好きだから本を読んでいるだけ。教養つけたいとかビジネスに役立てようとか全く考えていない。
2投稿日: 2025.10.27
powered by ブクログ本書には、戦後から現代にかけて学生に対する評価基準が「肩書き重視」へと移行し、雇用の仕組みが安定するにつれて学生の学びの意識が変化してきたという趣旨の内容が記されていました。 学生運動が盛んだった時代のメディアや学習意識、学生生活の様子などが描かれており、現代とはかけ離れた情景が新鮮に映りました。 ただ、自分の学生時代を思い返すと、学びが「効率よく生きるための手段」へと傾倒しているように感じますが、本書からは「教養の正しさ」の定義や、それが何を指すのかが読み取れなかったため、何がどのように「衰退した」のかという具体的なイメージが掴めませんでした。 この点については是非を問いたい。
1投稿日: 2025.10.19
powered by ブクログ2003年刊行。職場(大学)で日常的にAIとつながっている時代の教育について語り合い、再読しようと。 教養主義とは、「歴史、哲学、文学などの人文系の書籍の読書を中心とした人格主義」であり、「西欧文化志向を精髄」とし、「本堂を旧制高校とすれば、帝大文学部は、その奥の院ともいうべき場」だった。 「読書を中心に人間形成を考えた昔の学生は、いってみれば漢字の「教養」に生きたが、一般常識や一般経験を人間形成の道筋としているいまの学生は、ライトな教養であるがゆえに、片仮名の「キョウヨウ」に生きていることになる(p239)」 いまの学生はライトな教養さえも必要としない「kyouyou」の時代に生きているのではないか? 「あらためていまの学生の「教養」コンセプトを考えなければならない(p238)」 まさにこのことが再読しようと思った動機だった。 #ひぐの本棚
1投稿日: 2025.10.12
powered by ブクログ2000年より前の教養主義とは何か、学校制度の変革や読書の流行、高度経済成長期によって教養主義の輪郭がどう変わっていったか、をまとめている新書。 その変遷を目の当たりにしていないので、記載されている事実を淡々と読み進めるにとどまり、のめり込むことはなかった。もう少し自分に学があれば面白がることができたかもしれない。
0投稿日: 2025.10.08
powered by ブクログ借りたもの。 米津玄師がインタビューで「べらぼうに面白かった」と語って(※)話題になった本。それで興味を持つ。 ‘大正時代あたりに興隆した教養主義が、この本が書かれた2000年代初頭の頃に至るまでにいかに没落していったかということを、いろんなデータをもとに紐解いていく。’ 丁度、読了した三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか 』( https://booklog.jp/item/1/4087213129 )でも言及していた本なので、深堀りした感じになった。 こちらは社会人ではなく、大学生にスポットを当てているけれど。 彼らが数年後、社会人になるのだから、当然地続き。 前述書でも言及されていたが、教養というものが、エリート層から大衆化するにあたり、求められる“教養”の在り方も変わってゆく。 それは、教養が権威主義的なもの階級的なものの上から目線……鼻持ちならない存在であり、それに対する反骨精神から来るのようにも思えた。 当初は人格形成のためのものであり、教養主義の中核は読書で、本=教養だった。 しかし、それはすぐに終わり、マルクス主義など(当時の)時代の先端を行く思想、これからの時代をよくしようとするもの触れる……しかしそれもインテリ思考が強くなり、それも嫌悪され……といった対立構造、テーゼ→アンチテーゼ→ジンテーゼの繰り返しに感じた。 教養知と異なった専門知や技術知の台頭……「思想インテリ」から「実務インテリ」、「抵抗型」知識人から「設計型」知識人への転換が言われるようになっていった。 一連の流れに、事態の変化を垣間見るわけだが、同時に普遍的なものがある。 すなわち、今を生きるために必要なものの会得。 そのために、読書をする。 ただしその内容は、時代によって、大衆化したことで変化している。 そして現在。 山口周氏の著作などに代表される、『リベラルアーツ』の見直しがされている。 エリートになりたい!的な情景と見栄の部分は否定できないと思いつつも、変化の激しい現代を生き抜くための基礎としての教養に立ち返ったのだろうか? ※【米津玄師「Plazma」「BOW AND ARROW」インタビュー|あの頃の気持ちで、軽やかな自分で 今解き放つ2つのアニメ主題歌 - 音楽ナタリー 特集・インタビュー】 https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi30 ( 2025/10/3 ) 「難しい本を読んでないのは恥」の教養主義はなぜ没落したのか......『なぜ働』の三宅香帆さんと竹内洋さんが語り合った https://chuokoron.jp/culture/126688.html
7投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ著者である竹内洋と同じ1942年生まれというと角川春樹、小泉純一郎、ジョー・バイデン、加納典明、ハリソン・フォード、ポール・マッカートニー、上岡龍太郎がいる。 これらと同い年の著者自身の教養をめぐる風景とその変遷、変化を描く。 ちなみに 司馬遼太郎は1923年生まれ19年上 三島由紀夫は1925年生まれ17年上 石原慎太郎は1932年生まれ10年上 田原総一朗は1934年生まれ8年上 大江健三郎は1835年生まれ7年上 後半の戦後のマルクス主義と教養のあり方の変遷が知らない事が多く面白かった。
0投稿日: 2025.10.01
powered by ブクログ最初は米津玄師さんがオススメしてたからくらいの軽い気持ちで読み始めましたが、最初こそ難しいと思ったけど、しっかりとした証跡、時代背景などを丁寧に記載されていて、途中から読むスピードがあがりました。 母が勧めてきた本(戦後教養主義真っ只中)、よく教師が共産主義と言われる所以( 田舎だからかもだけど)など、いろいろ合点がいきました。
0投稿日: 2025.09.06
powered by ブクログ米津玄師がこの本について、べらぼうに面白いと言っていたというのを知り読んでみた。 読むのに時間がかかったが、大正時代から続いた教養主義がどのように変わってきて、没落したかが大体分かった。学生運動をしていた時代とその思想などがよく分かっていなかったが、少しその流れが理解できたかなと思う。 現代は昔と違ってインターネット・youtube・漫画その他、人格形成のために情報を得るための種類が多くなったが、それでも書籍を読むことが知識や教養を得るためには一番大切なんだろうなと私は思う。
11投稿日: 2025.09.05
powered by ブクログ米津玄師が言っていたように「べらぼうに面白かった」というほどではないけれど(教養の差…?笑)、教養主義がどう隆盛を誇ってどう没落していったかの歴史、なかなか興味深かった。世代か家か、岩波文庫の権威とかはまだ少し残っていて、大学生の頃は意識して読むようにはしていたけど、その雰囲気がどのように形作られてきたか、とか知らなかったし。 で、これからはどうなるのか。教養が骨太で必須なものである、というのは幻想な気がしたけど(特に一般市民にとっては)、社会を特によくしたかもわからないし。ただ、自分を豊かにするものではあると思うんだよなー
0投稿日: 2025.08.24
powered by ブクログ教養主義は没落すべくして没落している。古典的な教養主義の場として、一番そぐわないのは今の大学だろう。これは悲観すべきことではなく、大学も文化装置としての役割を変えているということではないだろうか。社会課題の解決、学生の自己成長と自己実現の場という新しい役割を獲得しつつあるように思う。
0投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログ本書は三宅香帆が、推している本なので、読んでみた。とにかく、米津玄師が、「べらぼうに面白い」と2020年に雑誌『SWITCH』に掲載された小特集で言ったことで、話題になった本なのだ。 竹内洋は京都大学の先生だった。私より上の世代である。教養がなぜ必要なのか?ということと、教養主義は、教養と密接に関連しながら、異なる概念だ。そして、教養主義が没落しているという指摘は、時代によって教養主義も変遷する。 本書は、「教養」という言葉に対する一般的な説教じみたイメージを超えた、社会史としての興味深い分析を展開している。従って、単なる主観的な意見や感情に訴えるものではなく、歴史的および社会学的な視点から、「教養」という概念がどのように成立し、誰によって担われてきたのか、またなぜその価値や存在意義が衰退していったのかを詳細に解明している。具体的には、旧制高校時代のエリート学生文化、マルクス主義の台頭、さらには大学の大衆化に伴う教養主義の消退に至るまでを、時系列に沿って描くのではなく、多角的な視点から体系的に解説しいる。 本書は、石原慎太郎、岩波茂雄、ビートたけしを教養主義の視点から分析していることで、彼らの時代における役割が明らかになる。また、教養主義が、「役にたつこと」の重視する風潮から没落し、結局、公務員試験などに残存する遺物にもなりかけているという、絶滅する寸前なのだ。 教養とは、個人が社会と関わる過程で経験を積み、体系的な知識や知恵を獲得することによって身につける、ものの見方や考え方、価値観の総体を指す。単に知識を蓄積するだけでなく、それらを統合し、批判的に思考する力や倫理観、感性、主体的に行動する力など、人格的側面も含むものである。 教養主義とは、近代日本において、特定の読書や経験を通じて教養を身につけることを規範とし、それを人格形成や社会的エリートとしての地位確立のための通過儀礼とみなす文化や思想を指す。ドイツの「ビルドゥング(教養)」の理念に強く影響を受けており、内面的な修養を重視した。多くの場合、旧制高校や帝国大学といった限定されたエリート層の学生文化の中から生まれ、特定の読書リストや外国語の学習などを通じて、知性や人格を序列化する側面を持っていた。 本書によれば、日本における教養主義は、時代とともに変化を続けてきた。 明治・大正期には、西洋の近代思想や文学を取り入れ、自律した個人としての「人格」形成が重視された。夏目漱石や阿部次郎などがその代表である。 昭和初期には、マルクス主義の台頭に伴い、教養主義とマルクス主義が対立しつつも、相互影響を及ぼす「マルクス主義的教養主義」が形成された。そして、1936(昭和11)年に、『思想犯保護観察法』が制定され、『治安維持法』によってマルクス主義が思想的に排除された時代があった。 戦後においては、旧制高校の廃止とともに一時衰退したが、新制大学においてマルクス主義を引き継ぎながら再び復活した。しかし、大学進学率の上昇と大学の大衆化が進むにつれ、エリートとしての特権的な地位は失われ、教養主義は次第にその規範としての力を弱めていった。そして、1970年代頃まで続いた大学の規範文化としての教養主義も、社会の複雑化や価値観の多様化にさらされた。 専門分化と実利主義の台頭が始まる。大学が専門知識を身につけて職業に役立てる場へと変化した。これにより、人格形成という漠然とした目的よりも、専門分野での成果や社会的成功が重視されるようになった。大衆が豊かになり、多様なエンターテインメントが普及する中で、「俗」を軽蔑する教養主義の価値観は時代の流れに合わなった。 本書で、教養主義に登場する人物の評価がおもしろい。石原慎太郎は戦後の教養主義に対する強烈なアンチテーゼ(対立概念)を体現した人物として高く評価されている。 まず、石原慎太郎の若者文化における寵児として登場する。戦後、旧制高等学校出身者が象徴していた「古めかしい」教養主義が次第に権威を失う中で、石原は『太陽の季節』(1955年)を通じて、従来の価値観を打ち砕き、新しい若者像を提示した。これは、既存の教養主義が軽蔑した「俗な欲望」や「肉体の欲望」「生々しい現実」肯定し、古い価値観を相対化して、その支配力から解放する力を持ったと評価される。そのエネルギーを文学のテーマとした。これにより、没落しつつあった教養主義の権威を決定的に揺るがした人物として位置づけられる。 竹内洋は、石原慎太郎が古い教養主義を超えることができなかったという。「俗」からの脱却に関して、彼は既存の教養主義を破壊したように見えたものの、作品には依然として教養主義的な価値観、特に「エリート意識」や「権力への志向」が色濃く残っていた。彼は、真に俗人になりきることができず、むしろ教養主義的なエリート意識の裏返しとして行動していたと考えられる。そして反知性主義との親和性である。石原の活動は、古い教養主義への批判から、次第に知的権威全般を否定する「反知性主義」的側面を強めていったが、これはあくまで教養主義の超克ではなく、その反作用として生まれたものであり、新たな知的創造や文化の創出には至らなかった。 石原慎太郎の父親の潔は、旧制中学校中退で、山下汽船には、店童という丁稚身分で入社。母親は神戸市第2高等女学校を卒業。ただ、石原慎太郎が物心がついた時点で、父親は小樽出張所主任管理職であり、戦後は山下汽船の子会社の常務まで登り詰めていた。成り上がりホワイトカラーとなっていた。上昇ブルジョア層だった。著者の表現も、昭和的価値観で述べられているのが面白い。 教養主義の旗振り役になった岩波茂雄は、1881(明治14)年、長野県諏訪郡中洲村の農家の長男に生まれた。岩波茂雄は、東京府立第1中学校を中退し、国粋主義を掲げた独特の校風を持つ日本中学校に編入する。そして一高に入る。そこで付き合った人が豊富で、阿部次郎や夏目漱石となる。 古本屋岩波書店を1909年に開業し、そして夏目漱石の『こころ』を1914年、自費出版することで、出版業をスタートさせ、『硝子戸の中』『道草』『明暗』を出版して地位を固めた。1915年に『認識論』を皮切りに全12冊の哲学業書を刊行し、「哲学書の岩波書店」というブランドを確立。『善の研究』『出家とその弟子』『古都巡礼』が発刊された。そして1938年に岩波新書が刊行された。そのことで、岩波書店は教養主義の文化エージェントとして確立した。それが文化史観を確立し、文化財としての価値を生み出した。 竹内洋は、永井荷風の教養は、西洋の文学や哲学に深く傾倒しつつも、日本の伝統的な遊里文化や江戸の風俗に対しても愛着を持っていた。荷風の教養は、「俗世間から距離を置き、自らの美意識や趣味を徹底的に磨き上げる、個人的で耽美主義的な態度」である。荷風は明治以降の近代化や欧米化を批判し、江戸の伝統や風俗、遊里文化に美を見出した。荷風は、世間一般の価値観や社会規範に縛られることを嫌い、自らの「好き」を追求する「好事家」としての生き方を貫いた。社会の規範やエリートとしての地位を確立するためのものではなく、むしろ社会から距離を置き、自らの美意識を追求するためのものであった。これは、当時の教養主義が目指した「人格の完成」とは異なり、個人的かつ耽美的な教養観といえる。 竹内洋は、ビートたけしを、従来の教養主義的な知識人とは異なる、新たなタイプの知的存在として評価している。たけしは、エリートとは対極に位置する「不良」や「庶民」の視点から、既存の権威や教養主義的な価値観を徹底的に笑いものとした。たけしの笑いは、教養主義が前提としていた「高尚な文化」や「人格形成」といった価値を相対化し、大衆に対して「本を読んで社会のことを考えても意味がない」といったムードをもたらした。著者は、たけしこそが、戦後日本のキャンパスから教養主義を駆逐した動きを最終的に完成させた人物であると論じている。 竹内洋の面白い分析は、団塊の世代が大学生になることで、本を読まなくなったということだ。竹内は戦後の大学進学率の急激な上昇が、旧制高校時代に存在した教養主義的な学生文化を崩壊させたと指摘している。大学生が、漫画を読むことが日常となり、『世界』『中央公論』を読まなくなり、『少年マガジン』『少年ジャンプ』が愛読書になり、教養主義らしきかけらとしての『朝日ジャーナル』があった。大学生の増加に伴い、従来「読書」が担っていたエリート文化の役割が失われつつあり、多様な価値観の中で読書はもはや「必須の行為」ではなくなったことが、学生の読書離れの主要な要因の一つであると指摘している。 この本の世代と近い存在である私は、この本の難解さに驚きつつ、話題の取り上げ方のうまさと先進性に驚くのだ。そして、『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』という時代となるのだ。
6投稿日: 2025.08.13
powered by ブクログここ何年かはもっぱら教養ブームだが、この本でいうところの教養主義とは、意味合いが様変わりしたと言ってよい。かつての教養主義を担っていた雑誌や書籍の隆盛、旧帝大のなかでも学部のカラーの違いなど、興味深く読んだ。 限られた一部のエリートのものではなく、大衆化した教養は、担う役割はまったく異なるけれど、いつの時代も無視はできない存在である。
27投稿日: 2025.07.03
powered by ブクログ教養主義の没落と変様、展望と期待が込められた良書である。 従来の日本の大学で支配的だった教養主義は戦前前後1960年代半ばまで、社会の規範となるべく次世代のリーダーになるべく教育を受けてきた。そして、教養主義とは、哲学・歴史・文学などの人文学の読書を通じて人格の完成を目指す態度であり、単なる知識の詰め込みではなく、人格形成や社会改良をも志向するものであった。 だが、時代は高度経済成長期に突入し、日本という国の社会構造が大きく変化を迎えた。教養は広く大衆化し、多くの人が大学へ通えるようになり、従来の詰め込みの知識やエリート意識を高める教養から、コミュニケーションの能力や実践的な教養への応用が期待され推進している。 現代において、従来の教養主義とはズレた意味(文化的規範ではなく、特権意識へ変貌)で、選良主義(エリート主義)が名立たる大学の学生らで横行している。能力主義(メリトクラシー)に現代の日本では完全に移行し、「チャンスが平等であれば、勝者はその対価を得られる」という平等性を謳っているが、実際には「親の所得や家庭環境」による影響や環境に大きく起因していることを私たちは知らねばならない。 私の好きな意識と言葉がある。「ノブレス・オブリージュ」の精神だ。これは「身分の高い者はそれに相応して果たさなければならない社会的責任と義務がある」という概念である。学歴だろうが、肩書きだろうが、生まれだろうが、金持ちだろうが、なんらかで成功を得た人間は国内外問わず歴史から見ても選民的な思想に陥るものだ。本著では、教養主義をテーマにした良書であると同時に、現代の私たちに本当の教養とは何かを問い続けるために必要な良書であると言えるだろう。
3投稿日: 2025.06.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ミーハーな理由からはじめた読書であった。 思いがけず川口浩の名にめぐりあい、探検隊の人になるまえは二枚目俳優で売っていたことを知る。 岩波文庫が、創業期は泥臭かったことも。 フラットな心持ちで読んでいたつもりだったが、3章でまず、統計データの恣意的な運用が気になった。 古いアンケート結果によって、学部別の図書館利用について語っている。文学部は法学部の二倍、本を借りているという。その内実は語られていないが、法学部の読み物は文学部の読み物より圧倒的に難読であると思うので、冊数はあまり当てにはできない。ページ数ですら。統計のだいじょぶ?ってとこはこういうところ。恣意が入りすぎる。 ある箇所では統計のデータを読み取って語り、ある箇所では統計から読み取れないことを推測して語る。都合よくデータを使用する態度、これは科学的なやり方ではない。人文が統計を利用する時の手口は疑わねばならない。残念なことに。著者は教育学部卒の教育社会学者。 人文の人はイデア論を信じている。おおむね、自身の立場はイデアにあり、その立場から有象無象を見下している。そして権威主義的でもある。なにが高尚であるかを決めるのは一部の権威である。それに反する意見は挑戦とみなす。現代のリベラルにも見受けられる姿勢だ。 深呼吸して読み進める。終章で呼吸が乱れる。 終章では、学生運動に対する一面的な解釈が述べられている。人文が行う問題提起はモデルを単純化しすぎじゃね?と感じがちなのだが、まさにそれ。本件について言えば、例えば共産党との関わり合いについては触れられていない。 サラリーマンとして社会の部品となるだけの運命に「学問とはなにか」と激しく問うたのが学生運動であると総括する論説は青臭すぎる。モデルを単純化し、求める答えに合わせて整形するので、論理に無理が出る。 また、差別口調がナチュラルに飛び出す。直前まで普通の語り口調だったのに、特定のなにかに対していきなり差別口調になる。これには覚えがある。左翼的だしリベラル的だしマウント型インテリだと思う。教養主義がすべて備えてる特徴じゃあないか? そして、定番の「今どきの若者」論に着地するわけだが、そこで対照されるのは、教養主義的読書人たるかつての学生の姿だ。おそらく著者はそのつもりはないだろうが、引き合いに出された学生像は実に厨二病っぽく、ファッションだったんじゃないかと思うことを禁じ得ない。 悪い印象ばかりを述べたが、過去の学生の就職状況などが伺える一面もある。データの恣意的な運用を見てしまえば、眉に唾を付けながら読まざるを得ないのが残念ではあるが。 たとえば、1913年の時点で現在でいうところのいわゆる文系の就職率はいわゆる理系に比べて悪く、主たる就職先は教職だったという。卒業する前に就職先が決まる現在とは異なり、卒業から一年程度はどの学生もモラトリアムで、就職活動をしていた。その間、大学院に残るなどしていたが、大半は就職までの腰掛けでしかなかった。人文に活動家的立場の人物が多い理由が垣間見えた気がする。暇なルサンチマンが多かったのだろう。本気で学問する気がないから、戦後には学術会議の政治などにかまける時間もできた。まともな学者なら会議の主導権争いなどしたかろうはずもない。 学生運動をしていても就職を期に転向することが普通であったというから、学生運動をファッションでやる者も普通にいたのだろうし、そこでこじらせた者がより深く自家中毒的な恨みを抱えて先へ進んだのだろう。 文系大学が教養主義の奥の院だったというが、就職に不利なんだから不人気になるのは当然じゃね?と思う。教養主義の没落とやらは、社会に真っ当に向き合う人が増えたことが理由になるのではないか。よほどの金持ちか、暇人か強い情熱がなければ信念を貫き通すことなどできない。
3投稿日: 2025.06.11
powered by ブクログ米津玄師に触発されて読んだクチだが、予想を超えてエキサイティングな読書体験だった。 感想からは少し遠回りになるが、自分も「教養主義」をある程度内面化した人間だと思うので少しそのあたりの話から始めたい。 自分の尊敬する人に高校時代の国語教師がいる。慶應文学部の出身で、飄々としたヘビースモーカーで、フーコーやゲーテを誦じ、雨が降った日には「気が乗らないから」と授業の内容を源氏物語の概説を始めたりしつつも、授業の分かりやすさ(身につきやすさ)は卓越していた。生きていれば70はゆうに超えるだろうか(肺をやって死んでそうな気もするが)。そんな「昭和型教養主義」の生き残りのような人を高校時代に目撃してカッコイイと思ったし、自分は「ああいう爽やかな博覧強記になりたいものだ」と考えたものである。自分の教養主義の始まりはそれだったなと明確に覚えがある。 さて、本書の話だが、 本書は戦前と戦後の教養主義がマルクス主義を通してゆるく繋がっていることを指摘し、それは専ら近代化進化を伴う西欧志向のものだったことを指摘する。 さらにその教養主義は(文化資本を持たない)農村など地方出身者が主な担い手となり、貴族文化に近似した新たなエリート意識の醸成が促された(=階級上昇の手段とされた)ことを説明している。印象的なのは、「教養主義の輝きを、農村を後背地としながら、そこからの広闊な世界への飛翔感にある」としたフレーズだ。 そして、その没落の背景にはそうした「教養主義を産出した階層構造」の喪失を挙げる。本書の大部分でその構造をつぶさに説明してきたので、その終焉に関する記述は簡潔だ。つまり社会階級(経済的次元、政治的次元、文化的次元)の成層的な社会的カテゴリが失われたことにより、階層的に構造化されない膨大な大衆によるサラリーマン文化型教養主義が普及し、それは教養の「適応」機能が強まったことにより「平均」に向けてやすりをかけるような教養文化であることを指摘している。 かくして、教養主義は内省を促し「邪魔をするもの」として煙たがれる一方になった...という説明は、簡潔で説得的だと感じた。三宅香帆「なぜ働いていると本が読めないのか」においても、結局はこの話になっていたので頷くところだ。無論この新書で論じられていない話も多いのだろうが、それはそれとして自分の中の「教養主義」ないし一般に「教養と呼ばれるもの」に対する理解が進んだのは確かだ。 なお、この本が書かれたのは2003年とのことで、今からすでに20年以上もまえのことである。その間、肌感覚としては「オタク文化」が興隆するなど、「新たな教養主義」の芽生えもあると思う。まあオタク文化もまた範囲が広いので一概に言えないが、少なくとも「逸脱を嫌う」サラリーマン文化にもある種の多様性が生まれている気がする。それはオタクである自分にとっては有難いことだ。 自分は世界史選択で、日本のとりわけ思想史は踏んでこなかった人間だぅたので、夏目漱石や岩波が教養主義の観点から果たした役割についても知らないことが多くずっと「へぇ」ボタンを押していた。とりわけ岩波による権威化の相互依存関係は、面白い。それを踏まえて岩波を読むと見え方も変わりそうであるし、そういう意味でも読んで良かった。 高校の国語教師が体現していたある種の「かっこよさ」は、現実にそういう価値観が大学を席巻した時間があるということに紐づいていたということを認識し、そのカッコよさの正体を見たと思った(あるいは解像度が上がった)し、またその空気感が存分に伝わる文章だった。 簡潔で要所を踏まえた語り口を含めてとても面白かった!
2投稿日: 2025.06.09
powered by ブクログ大学や教養主義がエリィトのものだった頃についての本 今そういうの学びたかったら岩波と中央新書でよくねえかと突っ込みながら読んでたらそれもちゃんと書かれていた 明治大正の頃から昭和まではエリィトのものだったのだなぁとなんか新鮮な気持ち
0投稿日: 2025.05.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主に東京大学教養部の前身である一高を中心としたエリートがどのような本から考えていたかということだとまとめられる。いわゆる日本のエリート論であるし、日本のエリートの読書史である。岩波はマルクスを率先して扱うことはなく、翻訳を多く出版しているということは新しい知見であると思われる。高度経済成長からの記載はあまりないのは、教養主義の没落というタイトルなので、没落してからのことは扱わないというスタンスになっている。 売れている本ということであるが、2003年に出版されてから20年以上も経過して売れているというのはその理由があるのであろう。
0投稿日: 2025.05.09
powered by ブクログ教養主義が差異化、階級移動的な発想と関わっている、というのは、まさに明治期の立身出世的な価値観といった感じだが、それに対してアッパークラスがどう距離をとったか、というのがおもしろかった。
0投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ米津玄師が爆売れさせた本。 内容は私には難しすぎた。特に大正・昭和初期のあたり。 それよりも米津がいったことで重版がかかるって、どれだけ影響力あるの米津玄師!!
0投稿日: 2025.05.04
powered by ブクログ教養主義の没落 序章 夏休みに、学生が避暑地で読書するという文化がクーラーの登場によって、消える。 総合雑誌 政治、経済、社会、文化全般についての評論などを掲載する雑誌。 →世界、中央公論、改造、日本評論 1938 学生の三割 1960年代前半まで 中央公論 十五万部 世界 十万部 一章 エリート学生文化のうねり 1947〜 新学校制度への改革、移行 大正教養主義 人文学の読書を中心とした人格の完成を目指す 阿部次郎 和辻哲郎 補足 一九一七 ロシア革命 大正は1912年から1926年まで、昭和は1926年から1989年 一九一九 森戸事件 東京帝大経済学部助教授森戸辰雄「クロポトキンの社会思想の研究」 最初の赤化帝大教授処分 ↓ 大正教養主義からマルクス主義への変化 1925〜1933 左傾学生が4000人程検挙 マルクス主義は、合理主義と実証主義を止揚した最新科学とみなされた。 一九三六 思想反保護観察法 転向認定の基準の厳正化 マルクス主義関連の書籍の発禁 大正教養主義のバイブル 三太郎の日記 著 阿部次郎 昭和教養主義のバイブル 学生叢書がくせいそうしょ 編 河合栄治郎 大正教養主義 ↓ マルクス主義 ↓ 昭和教養主義 二章 五〇年代キャンパス文化と石原慎太郎 戦後、「近代主義者」とは正統マルクス主義者に対するマイナスのレッテル貼り 近代主義者は大正・昭和教養主義における人格主義や理想主義を引き継いでいる →戦後思想に旧制高校的教養主義を生きている 1955 大学生 10日一冊教養書を読む 石原慎太郎 太陽の季節 1955 プロレタリア文学から、教養、知識人批判 →新制高校的 三島 →石原氏はすべて知的なものに対する侮蔑の時代を開いた、それは知性の内乱というべきもので〜 (1960 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約) 三章 帝大文学士とノルマリアン 戦前(戦後も続いたが)文学部の卒業生の殆どが学校教師 戦前の帝国大学の文学部の傾向 ・農村的 ・貧困 ・不健康 ・スポーツ嫌い エコール・ノルマル・ジュペリウール 一八四五 文系ノルマリアンの方が、理系ノルマリアンと比較して出身階級が上流で、都市出身者が多い (一八六八〜一九四一) エコール・ノルマル 一七九五 ピエール・ブルデュー、モニック・ド・サンマルタンの人々の文化の関係図 →習得ではなく天賦の才が崇拝される 改めて、近代日本はフランスとは異なり、理学部の方が、文学部よりも出身階級が高く、都市出身者が多い。 石原慎太郎は、新制高校と非帝国大学と都市ブルジョア文化によって、教養知識人的な価値観を相対化した。 四章 岩波書店という文化装置 岩波茂雄(一八八一) 一九一三 古本屋岩波書店経営 岩波文化を成す契機となったのが、夏目漱石の「こゝろ」の自費出版(一九一四) 岩波茂雄 第一高等学校中退→東京帝大文科大学選科修了 学歴貴族の仲間でありながら、周辺(中退、選科)でもある。 →執筆者との間に了解圏と距離かの二重性をもたらした。距離化によって、執筆者への尊敬と配慮を豊かにする。了解圏によって、その尊敬と配慮を保証する。(ポジション効果) メモ 世代間、別領域の友情もこれ? 野間清治(1878) 講談社創業者 →左傾化することを好まなかった 世界 岩波発の総合雑誌 岩波文化は、マルクス主義と絶妙に距離を取ることで、マス文化と純粋文化の中間の民間アカデミズムの位置を得た。 五章 文化戦略と覇権 修養主義 江戸時代から形成された勤勉や倹約等の生活規律などをパン種にし、明治から庶民を中心にひろがった。 教養主義は西洋文化を核にしたからバタ臭くはあったが、修養主義と同じく勤勉を底礎にしており、必ずしも成熟した都市中流階級のハイカラ文化とはいえず、むしろ田舎式ハイカラ文化とでもいうべきもの。 文化人類学者祖父江孝男は小学校低学年であったが、よく憶えているのは、田舎道の両側に並んでいる貧しい農家の姿である、このころの村の子供たちからみれば、「都会人は遠く離れた別世界からやって来た、顔かたちも服装も異なった、外国人のごとき存在だったのであろう」 江戸時代は下町が町人(商人と職人)の居住地だったのに対し、山の手は武家屋敷が多かった。明治になると山の手には官員やサラリーマンが住むようになった。 西洋の匂いのするモダンな山手の文化は地方出身が、江戸の下町文化に対抗するためのハイカラな文化戦略だった。下町は粋、山の手は上品。 学歴エリート文化は伝統的な上流階級文化と融和か対立かで作られる。 イギリス 融和型 中流階級のジェントルマン化 ドイツ 対立型 貴族と中流階級の文化的障壁が強固 貴族がフランス作法でフランス語を話した 中流階級は貴族に対抗して学問や芸術という精神的業績を求めた。 日本 上流階級文化とエリート学校文化が西欧文化を媒介にして日本的融和型に帰結した 戦後日本における教養主義はマルクス主義と接近した。旧制高校的エリート文化が軍国主義に抗えなかったという罪責感をマルクス主義によって埋め合わせた。 →マルクス主義的教養主義によって教養主義は生き延びた サルトル マルクス主義的実存主義者(マルクス主義的マルクス主義ではない) 終章 アンティ・クライマックス 学歴エリートたちの未来とその文化の教養主義に軋みが出てきたのが、一九六〇年代後半 高等教育進学率 一九六三 15.5% 六五 17% 七十 23.6% 七十五 37.8% メモ 二〇二五 84% マーチントロウ「高学歴社会の大学」 高等教育の進学率が15%以上超えると、エリート段階からマス段階になる。 六十年代後半は、日本の高等教育がエリート段階からマス段階になった時期である。 学問を突き詰めた大学紛争の担い手の大学生は、ただのサラリーマン予備軍になりはじめていた。 →それに対する怒りや不安 ↓ その未来がエリート的地位であるときは、憧れが同一化へのエネルギーとなるが、、 サラリーマンという人生航路を見ると、教養など無用 →特権的な言説を語る大学教授への学生の抵抗 ↓ 在野の吉本隆明に傾倒していく 大学紛争世代 ・大学第一世代(親が大卒でない割合が高い) ・団塊の世代(一九四六〜五〇) 書籍購入シェア 一九六四→一九九四 八分の一に。 ビートたけし 石原慎太郎の知性の内乱、教養主義への反乱を最終的に完成したのがビートたけしではないか? →吉本隆明批判 全共闘学生は、丸山眞男に代表される教養エリートを壊滅させるために吉本隆明わ必要としたが、レジャーランド大学生は、プチ教養主義を解体するためにビートたけしの知識人殺しを歓迎した。
2投稿日: 2025.04.21
powered by ブクログあるインタビューの中で米津玄師さんが「べらぼうに面白かったですね」と紹介していたことで手に取った一冊。 正直なところ、新書をなかなか読まない私には難しかったし、米津さんはどこに面白みを感じ、膝を打ったのだろう…? ただ、教養主義の変遷を農村と都市、大学進学率の変化を多面的に、武士や町人、石原慎太郎やビートたけしなど、多角的に分析している点は職業柄興味をそそられる部分ではあった。そして、時代の流れとともに没落していく必然性も感じた。 現代の教養とは一体…
15投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ興味深い考察も多々あるものの、いかんせん、これまでの学生文化の遍歴をよくわかっていないので、言わんとするところがドンピシャとハマってこないのが切ないところ。戦前戦後の教育の枠組みですらよく理解していないから、そこんところでまず引っかかって「?」という箇所も多々ある。 残念、自分。 まあ大学というところは、現代ではすでに、高等教育を享受するためにみんなが行ってる場所であるかどうかもあやしい。いやもちろん、専門知の結集であるのは間違いないんだけれども、衆愚と呼ばれてもやむを得ない面もあるかもね。 こうやって文化は生まれ変遷していくのだなー。
7投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ旧制高校時代の学生文化から始まる教養主義の君臨と、80年代頃の没落まで。 教養主義とは読書で人格を磨くという考え方だが、昨今の消費社会では、タイパコスパのように実用性の高いものの方が重視されている。
0投稿日: 2025.04.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本は教養というものを、歴史や小説などを媒体としながら捉えようとしたものだった。たとえば、石原慎太郎や小説「三四郎」では、教養がどのような文化的な立ち位置だったのか。また、教養を身につけている、身につけようとしている人たちの場面背景などを、データをもとに解説している。加えて、岩波書店という出版社がどのように文化装置として、教養主義に対して機能し、アプローチしてきたかを述べていた。そして、後半には教養主義がいかに没落したか、大衆的な文化や教養(キョウヨウ)が今どのように存在し、これからの教養をどのように捉えるかを考察している。 以下は個人的考察である。出版されたのが、2003年であり、高度情報化した社会において教養に対する価値観はさらに変化したと考えられる。気軽に情報が手に入るようになった一方で、情報発信も手軽にできるようになり、顔の見せない誰かの軽薄な考えや憶測が飛び交っている。教養の価値も下がっているのではないだろうか?今一度この本をもとに、現在の「教養」とは何か。大学という機関で学生が得る教養は何か。問い直しを行いたい。
0投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
普段新書読まないので読み終わるまでにすごく苦労したけど、たぶんこういうタイプの本の中では読みやすい方な気がする。 米津玄師につられて読んだのだが、やはり皆さん同じような理由で読まれてて、ブームを巻き起こす米津玄師さすがですね。 「教養主義というのは、哲学・歴史・文学など人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す態度」とのこと。(p40) 教養主義が盛り上がった背景には、上流階級vs下流階級とか、都市vs農村みたいな対立もあった。 教養を習得するには頑張らないといけないが、逆にいうと頑張ればそこに到達できるということ。 マルクス主義はそうした地方の人たちと結びつきやすかった。ブルジョア文化を批判することで、文化の優劣をひっくり返せるかもと考えられた。 ただ、高度経済成長で都市と農村の差分がなくなったり、みんなサラリーマンになっていくと教養の重要性が下がっていき、廃れていった。 というお話と勝手に理解。 ↓個人的にめっちゃわかりやすくまとめられているブログを発見したので勝手にご紹介(もしダメだったら消しますごめんなさい) https://ameblo.jp/traininglong/entry-12820158219.html たしかに、いまや教養=「常識」みたいな意味合いで理解していた。 最近ライトに教養を身につけられる本が増えている印象で、一般常識的な知識のことと思っていた。 マルクス主義とかも含めて、歴史上の話っていうイメージだったので、現代と連続線上で語られていて興味深かった。 教養を身につけることで人格形成するって考え方はたしかに新鮮。 今って、どちらかというと経験をベースにした人格形成の方が価値が高いとされているような気がする。 あと全然話は変わるが、岩波書店関連のお話。 長野に蓼科新湯温泉という宿があり、岩波文庫回廊というブックラウンジがある。 宿のホームページには「あなたも若かりし頃にきっと何冊かは読んだであろう、岩波文庫。」という文言があり、こんな堅い本読んだことないけど、読むのが普通なの?と思っていたが、宿のターゲットがもうちょい歳上だったのねと納得〜。 著者の竹内さんも御年83歳とのことなので、だいぶ人生の先輩でいらっしゃる。 正直本の前半部分はピンとこない部分が多かったが、最後の方は現代の話でもあり自分でもよくイメージすることができて面白かった。 最後に、面白い本に出会わせてくれた米津玄師に感謝!
1投稿日: 2025.03.26
powered by ブクログ面白かった。 説教臭い本だと思ってたけど全く違う 前半部分は昔の人物が多かったり、自分が生まれる前の話で中々入り込めない部分もあったが、そこで前提をインプットしてると中盤以降、一気に伏線回収的に面白くなる。 教養主義没落の必然性は説得力があって腑に落ちたし、適宜引用される文献も自説を補強するだけでなく、毎度新たな視点が提示されるようで非常に興味深く読むことができた。
5投稿日: 2025.03.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
米津玄師さんお勧め本。2003年発行。2025年現在、もう没落して20年経過している…と思いつつ手に取りました。 1回読んだだけでは数々の出来事は把握しきれなかったけど面白かったです。「教養主義とは、読書を通じて得た知識で、人格を磨いたり社会を改善していこうとする人生観のこと。」だそうです。私は読書で人格を磨こうとは考えたことがなかったので…現代に置き換えると自己啓発本を読むこと?? 教養を得ても大学を卒業すると結局は就職してサラリーマン、という図式は60年代の学生運動が盛んだったころから同じだったんですね。 P202、203の文藝春秋から引用された図が多少大げさに描かれているところもあるんでしょうけど面白かったです。階級別による衣食住の違いが描かれてました。 ロウ・ブロウ→下級ミドル・ブロウ→上級ミドル・ブロウ→ハイ・ブロウという階級に分けられていて、例えば家具は 放出家具→デパート家具→民芸品→コットウ品 の順番でデパート家具より民芸品が上だったり、本は 大衆小説→世界文学全集→推理小説・実存文学→原書 の順で推理小説からの原書というジャンプアップ、今だとなかなかハードルが高そう…。 なぜこの本を読んだのか、というと著者の竹内氏が私の父母と同年代なのでその年代のエリートの方々ってどういう感じなのかなーと興味が沸いたという軽い理由です。なので読み方も軽い(汗 父→父以外の家族は戦争(?)で全員死亡、父は親戚に引き取られる 母→美容院(母の母(私の祖母)が経営)の長女。母の父(私の祖父)は今で言うほぼヒモでした(病弱かつ我儘かつ浮気した)。祖父、何一ついいところがない…手先が器用だったことぐらいか。
1投稿日: 2025.02.28
powered by ブクログ米津玄師が、最近読んで面白かった本として本書を取り上げていたので、読んでみた。 文芸書や人文書が好きなので、「教養主義」という言葉には、くすぐられる感覚がある。 「P40 ここで教養主義というのは哲学・歴史・文学など人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す態度である。東京帝大講師ラファエル・ケーベル(Raphael Koeber 一八四八一一九二三)の影響を受けた漱石門下の阿部次郎(一八八三―一九五九) や和辻哲郎 (一八八九一一九六○)などが教養主義文化の伝達者となった。『三太郎の日記』や『善の研究』が刊行されることによって、旧制高等学校を主な舞台に、教養主義は大正教養主義として定着する」。 旧制高校のエリート主義が前提で、階級格差が明確で格差があるのが当たり前であった時代の人格形成の唯一の手段であった読書。もちろん、師弟関係はとても重要で、文字だけの教養ではなかった。 このエリート主義の時代的背景を細かく記載していて、「没落」の様子はあまり語られず、章は進んでいくが、「終章 アンティ・クライマックス」で、教養主義の没落が急展開していく。作者の懐古感情ややや強引さも感じられるが、時代相としては納得させられる。 教師としての学生を見る目が登場するが、これは1990年代の話であって、それをそのまま受け取れる訳ではない。2020年代、「サラリーマン」と呼ばれていた人々が相対的に少なくなり、非正規雇用が増えていく中にあっては、起業を目指すため真面目に実践的教養を身につけるよう格闘している姿も思い浮かぶ。 旧制高校の学生が上流階級上昇のため、「教養主義」を身につけたのだとしたら、現代の人は哲学・歴史・文学とは違う項目で自己実現を目指しているのではないか。成功するために人と違った教養を身につけて差異化していくのは、大正時代の教養主義と変わらないのではないか。「サラリーマン化」して、教養主義が没落していったのなら、脱サラリーマン化している現代社会は再び「教養主義」の洗練を受けているのではないだろうか。 読む価値は、大いにある本だと思う。 米津玄師がどう面白いと感じたのか興味をひかれる。
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ昔は読まなければならない本というものがあった。難しそうな本がぎっしりつまった本棚。雑誌『世界』を定期購入して、本棚に並べていることがインテリの証だった。p.6 寮や下宿で夜を徹して人生論や哲学論議。p.8 岩波書店という文化装置。p.131 教養主義とは、たくさんの書物を読んで、教養を詰め込む預金的な志向・態度。p.54 大半の人は散漫な知識を寄せ集めた教養俗物だった。実存哲学のフレーズを振り回して、哲学青年・文学青年を気取った。教養は友人に差をつけるファッションだった。学歴エリートという成り上がりが教養というメッキによって「知識人」という身分文化を獲得しようとした。p.24 頭でっかちの、裸にすれば痩せっぽっちのインテリ野郎。p.82 ********* エコール・ノルマル・シュペリウール。都市部の金持ち階層出身が多い。この学校に入学したブルデューは地方の下層中流の出だったので、負い目を感じていた。p.117 1934年東大生の1日の勉強時間。4時間弱(授業除く?)。p.100 大学進学率15% (1963年)。ここから大学の大衆化が進んでいく。p.206
3投稿日: 2024.05.08
powered by ブクログかつて大学における基盤文化であった教養主義が、没落する過程に光を当てた作品。 教養主義とは、人文科学(歴史・哲学・文学)の読書体験を通じて人格形成を目指すことを重んじる風潮。 かつては中央公論などの総合雑誌やあかでみっくな文庫・新書・専門書の出版社のシンボル的存在であった岩波書店が、教養主義を支える文化装置として機能した。 しかし、高度経済成長とともに内省的な教養知よりも機能的で功利的な専門知が重視されるようになった。 また大学進学率が上昇し、大卒者がサラリーマン化して地位が相対的に低下する中で、教養主義的な知的文化はは大衆文化に取って代わられるようになった。
2投稿日: 2023.02.08
powered by ブクログ頷けるところもあり、あまり新書を読まない自分としては、中々面白く読んだ。ただし、自分の研究テーマの結びつけることのできるような、アクチュアルな問題関心を掘り起こすという当初の目的に適ったかというと、少し微妙なところ。そもそも初版が2003年なので、約20年も前の本をして、現代の問題関心と接続できるかというと…まあ、これはこちらの問題で、本書の絶対的な価値を揺るがすものではないだろう。 18世紀末の大正教養主義から、現代の「キョウヨウ」、そして教養主義の没落に至るまでを、時系列ではなく様々な角度に沿って概観していく。主題となっている教養主義の没落に関しては、終章でのみ語られるため、全体的な印象としては、没落というより興亡について記述されているように思えた。 以下はメモとなる。西洋文化の導入として始まる大正教養主義、そしてその上位互換として位置づけられながら、知識の貯蓄なく振るえる棍棒、教養主義の鬼子としてマルクス主義が隆盛するが、戦時体制でその勢いが衰えると、再び教養主義が復活する。旧制高校において育まれたそれらは、戦後も新制大学において、岩波文庫などを文化装置に支えられながら隆盛し、60年代に最盛期を迎えたのだと筆者は主張する。しかし、60年代後半以後は大学卒業者の数が増え、「学卒」であっても(ただのサラリーマン予備軍として)明るい未来が保障されなくなると、全共闘運動などに象徴的なように、全世代の教養主義に対する反発的な傾向がたち現れるようになった。そして70年代以降の「中間大衆社会」という構造は、最早社会階級と内実の不一致(金があるのに学歴がない、学歴があるのに金がない)など、階級が希薄化することによって「階層的に構造が意識されない膨大な大衆」を生み出し、今や正統文化となった「サラリーマン文化」へ迎合するため、凡俗へ居直り、そこから逸脱しないようにすることが重視されるようになった。かくて、現代のキョウヨウは、一般的な枠組みから逸脱せず、そこへ適応するためだけの道具へと成り下がった。 時代を追って内容を咀嚼するために、上記のように自分の理解をまとめたが、他にも日本における文学部の、都市部富裕層というよりは相対的に農村部貧困層との親和性の高さ(そしてフランスとの対比)や、経済成長によりそうした差異が解消していったことが、農民的な勤勉さ、克己心の減退と結び付けられ、教養主義の衰退の一因を担っているという指摘など、面白く読んだ部分は少なくなかった。
1投稿日: 2021.10.22
powered by ブクログ時代の流れの中における教養主義についてはわかったが、少し分析については、甘いような気がした。 私自身の知識不足もあり、少し消化不良である。
0投稿日: 2021.03.16
powered by ブクログ明治期から、1周まわって、語学や知識を備える大学4年間を過ごさないといけないのかなと思いました。予測できない未来に対応するために…文部科学省のキーワードに従えば。
1投稿日: 2020.02.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
教養そのものではなく、大正末期から昭和末期頃までの教養主義・教養主義者の変遷について論じる。 過去の教養に関する状況への分析が多く,現在や将来への分析や提言は少ない。 資料的価値に重きを置いた本といえる。データの分析に関する部分は読み飛ばしてもよさそう。 とはいえ,「教養の培われる場としての対面的人格関係は、これからの教養を考えるうえで大事にしたい視点である。」(246頁)として,教師や友人などの人的媒体を介した教養の発展を示唆している。
0投稿日: 2019.02.02
powered by ブクログ読書を中心とした教養の習得が魅力を失っていった経緯を説明。多くの文献や調査に当たっていて説得力がある。時間をおいて読み直したい。
0投稿日: 2019.01.04
powered by ブクログ石原慎太郎の左翼嫌いを教養主義的観点から説明したのは画期的。その他、教養主義の共鳴・増幅装置である岩波書店の考察や、『青い山脈』の分析等々が興味深い。
0投稿日: 2018.06.02
powered by ブクログ旧制高校を中心とした、“教養主義”に関する歴史と考察。筆者の懐古趣味も多分に感じられる。基本的に文系の世界のことなので、理系な自分には半分くらいしか共感できないが、あれは古き良き時代、なのか。 自分が学生だったのは本書の中で最も新しい時代分類に属するが、その時代の学生の読書状況には恥じ入るばかりだ。あの頃、もっと本を読んでおくべきだった。それは確かだ。
1投稿日: 2017.06.18
powered by ブクログあまり好きじゃないがヨーロッパでも日本でも各国の上流階級が持っている文化はフランスのものに近いという言説には納得。
0投稿日: 2016.07.25
powered by ブクログ私はつい最近まで「教養」というものを大変軽く考えていた。大学では教養課程と専門課程があるが教養課程というものは専門課程にいたるための準備くらいにしか考えていなかった。学生の頃は幅広い教養なんてものにかかわずらっているより特定の分野の深い知識を身につけた方がいいと能天気に考えていた。昔の学生はむしろ教養の方を上位に位置づけていたようだ。当時の学生はまぎれもなくエリートであり明日の日本を背負って立たなければいけないという自覚を持っていた。目指すところは洗練された西洋文化であり後ろを振り返るとそこには自分たちが後にしてきた貧しい農村の姿があった。切実な上昇志向と使命感が教養主義を形作っていったのではないかと思う。だから教養主義は同じ西洋志向でも使命感の有る無しで「ハイカラ」と対立するし、同じエリート志向でも西洋に源泉をもとめるのかこれまでの伝統的なものに根ざしているのかによって「修養主義」と対立する。従って伝統的で町人文化に根ざした「江戸趣味」は教養主義の対極に位置する。
1投稿日: 2016.04.24
powered by ブクログ図書館勤務時代、最近の若い者(学生)は本を読まん…とかいう老教員の嘆きを耳タコで聞いてきたが、それってどういうことだったんだろう…ということを何となく理解(ぉ
1投稿日: 2016.03.07
powered by ブクログ1942年(昭和17年)生まれの社会学者で、自ら“プチ教養主義者”であったと語る竹内洋氏が、大正時代の旧制高校を発祥地として、約半世紀に亘り日本の大学において主流であった“教養主義”について、その変遷と没落の過程を綴ったものである。 本書の内容を時系列に整理すると概ね以下の通りである。 ◆大正時代に、阿部次郎や和辻哲郎らが教養主義文化の伝道者となり、阿部の『三太郎の日記』や和辻の『善の研究』などが刊行され、旧制高等学校を主な舞台に“大正教養主義”が定着する。 ◆しかし、ほどなく知的青年の文化はマルクス主義へと変化し始め、大正時代の終りには、マルクス主義本を読んで理解しない学生は馬鹿であり、読んで実勢しない学生は意気地なしとされるようになる。しかし、マルクス主義が読書人的教養主義的であるかぎり、両者は反目=共依存関係にあり、だからこそ従来の教養は「古い教養」で、マルクス主義こそ「新しい教養」ともみなされた。 ◆昭和10年代に入ると、マルクス主義への弾圧が強まり、それを埋める形で河合栄治郎らが主導する“昭和教養主義”が復活する。マルクス主義をかいくぐった昭和教養主義は、大正教養主義が内面の陶冶を目的としていたのと異なり、社会に開かれた教養主義であった。 ◆第二次世界大戦後は、1950年(昭和25年)に旧制高校は廃止されたものの、教養主義やマルクス主義の抑圧が戦争につながったとの考えを背景に、教養主義は甦り、かつマルクス主義と著しく接近した。こうして教養主義が復興・存続し得たのは、庶民やインテリが明確な階層文化を伴って実体的に存在していたことが大きい。 ◆その後、1960年代後半に大学進学率が上昇しはじめたことに伴い、学歴エリートとしての教養知は必要なくなり、教養主義文化は駆逐されていった。 私は1960年代生まれで、本書に描かれた時代は全く経験しておらず、“教養主義”という言葉に実感としてはポジティブな感情もネガティブな感情も持ってはいないが、著者の「わたしのほうは、旧制高校的教養主義をもういちどそのまま甦らせるべきだなどという気持ちはないにしても、読書による人間形成というそんな時代があったこと、いまでも学生生活の一部分がそうであっても当たり前だ、と思っている」という言葉には世代を越えて共感するし、平均学歴が上がったからといって、教養知が不要になったなどとは全く思わない。 “教養(主義)”が輝いていた時代を知ることができる一冊である。 (2014年5月了)
0投稿日: 2016.01.11
powered by ブクログ最近、反知性主義というものがキーワードになっている。欧米の反知性主義は神を信ずるが故に知性を軽んじるようなものらしい。一方、日本の場合は宗教的な原因はあまりないだろう、果たしてなぜだろうかと思っていた。そんなとき読んでみたのが本書だった。 各年代で日本での教養とは何を象徴するものだったのかを知り、自分が教養をどう見ているかということを考えながら読んだ。社会史のなかでの自分を客観視することができて面白かった。
0投稿日: 2015.03.26
powered by ブクログ烏兎の庭 第一部 書評 8.18.03 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto01/yoko/boturakuy.html
0投稿日: 2015.02.03
powered by ブクログこの本を読んで思ったのは自分は戦前戦後における大学においての教養主義に憧れを持っているのだなということである。モラトリアムを十二分に満喫した読書至上主義は今のアルバイトや就活に明け暮れる大学生活とは大きく異なるものである。もちろん本書で語られているのは東大という最高学府における大学生活とはであるが。
0投稿日: 2014.12.07
powered by ブクログ「教養」とは何か? これを読んでおけば、「教養人」という共通理解は、僕たちの世代にはほとんどないのではないか… 本著は、大学院の講義を担当し、教育社会学(歴史社会学)の魅力を教えてくださった竹内洋先生の代表作。 大正から戦後に至るまでの「教養」のあり方を読み解く。
0投稿日: 2014.08.02
powered by ブクログ私はこの文中でもときどき言及されている某大学の生徒なのですが大学生活を送っていても今までより教養というワードが話者の意図した様々な意味合いで使われているので、そもそもどういう意味・由来なのかと疑問に思ってこのほんを取ってみました。 実際にそのような内容は必要以上にもりだくさんで、どちらかというと中高年の大学紛争などの時代を生きた方向けに書かれた書籍だなと感じました。とはいえ若い人でもおおよその雰囲気を知ることは十分できる上にこのような分野で新書のように概要を知ることのできる本もあまり見当たらなかったので、そういう意味合いではありなのかなとは思います。
0投稿日: 2014.04.21
powered by ブクログ教養そのものの在り方を見つめ直す契機となる一冊。 「教養」とはかつて、一種のステータスであり、また同時に世を善くしようための、人格形成の一要素と認識されていた。 しかし、1960年代の新中間層の発生に伴い、かつての教養主義は大衆的なもの、いわば大衆教養主義へと陥った。 1970年代になると、好景気の煽りを受け、企業の大量採用が開始された。これは専門知・教養知の不必要を意味した。 こうしてかつて教養を担った大学生は「サラリーマン予備軍」と化した。 「サラリーマン」文化の蔓延と覇権こそ、教養主義の終わりをもたらした最大の社会構造と文化であったのだ。 では、我々は何故教養を求めようとするのか? 解説にて、井上俊は教養に関しての三つの要素を挙げる。 1.適応 2.超越 3.自省 つまるところ、生きることにおいて「善き生き方」を模索し続ける、その態度こそ教養ではないだろうか。
0投稿日: 2014.03.01
powered by ブクログhttp://www.chuko.co.jp/shinsho/2003/07/101704.html
0投稿日: 2013.12.23
powered by ブクログ戦前は古本屋店主・岩波巌男が夏目漱石の心を出版したことから、教養主義の代表としての岩波文化が登場。講談社とのその後の歴史を分けた経緯。「小川三四郎」の1906年頃の学生文化。そして戦前の教養マルクス主義の全盛。戦後には左翼文化人として世論をリードした丸山眞男たち。石原慎太郎、大江健三郎、そして高橋和巳の僅かの生まれた時期の差が、旧制高校文化の有無への影響。そして60年安保頃の関西大学生の読書・雑誌のレベルの高さ。それが、今では東大・京大生も漫画本に変わっていった歴史の変化。80年代の京大・経済がパラ経(パラダイス経済学部)と言われたことに見られるような学部別の父親の職業・社会階層の関連性分析。教養主義が衰退し、現在の大衆主義に以降していくその歴史の分析が非常に鋭く、ちょうど狭間の世代であった自分自身の過去とも結びつけながら楽しく読みました。全共闘学生がなぜ丸山眞男を攻撃し、吉本隆明を崇拝したのか、かれらの出自の分析から、その屈折した心情を抉り、確かに「サラリーマンとして平凡な人生を歩む予感からくる恨み」のようなものが、デモに参加する学生たちの心にあったことは事実だと思います。
0投稿日: 2013.08.24
powered by ブクログ半分くらいで萎える。なぜだ。 『高校生のための哲学入門』を本屋で見かけたときに思い出した。最近の大学生がいかに教養を軽視しているか、そして昔の大学生がいかにして教養主義に飲まれていったかなんて構造が浮き彫りに。なんとなく底に文系の就職率低き学生だってがんばってお勉強してるんだ!みたいな、意思のようなものがチラと見えた気がした。自分が就活生だから僻んで読んでしまうのかも。いかん
0投稿日: 2013.07.03
powered by ブクログ「教養主義」とは?大正時代から1970年代までにキャンパスの規範文化であった教養主義。 ここでいう教養主義とは、歴史、哲学、文学などの人文系の書籍の読書を中心として人格を形成するために読書をすることをいう。 『善の研究』『三太郎の日記』『ウィルヘルム・マイスター』『ファウスト』『ツァラトゥストラはかく語りき』『純粋理性批判』『実践理性批判』 自慢ではないが上記の本は1冊も読んだことがない。(『純粋理性批判』は積読状態)この本から教養主義時代の読書なるものを垣間見た気がする。高度な文学に触れると人間は無力化するという。 その文学や哲学によって人格を形成する世代。 高度経済成長期を支えたおじいちゃん世代。 かなり尊敬の念を抱く。 しかし、教養主義は1970年代からNOを突き付けられる。 特権的身分の喪失、技術学の到来、農村の消滅などで。 教養主義時代の学生は、毎日図書館に通いつめ、上記の本を読みあさったらしい。といっても、大学生で上記の本を読み漁るような強者は、全体の20%にも満たなかったらしいが、今の学生で教養主義時代のように本を読む割合は、2~3%だと言われている。 現在、プチ古典ブームだったり、教養主義復活の潮流がおこっているのか。 さて、教養主義が学生達を魅了した背景と衰退した理由が興味深い。 まず教養主義が盛んになった背景は、西欧文化の取得。明治天皇が華族(日本の皇族・財閥家系をはじめとする貴族)を集め、積極的に西欧化するように求めたことから、徹底的に西欧文化の吸収を目指した。 西欧文化の取得に学歴エリートが加わるが、日本人にとって西欧文化は伝統的身分文化ではないから、どのような階級からも遠い分かだった。どのような階級からも遠いところということは、障壁は階級間で平等だということであった。そのため、教養という名の西欧文化が加速度的に取り入れられていったのか。 西欧文化に触れた知識人。学校の教壇で、ドイツ語でかかれたドイツ文学の本を持ち、哲学の難解な解釈を述べる先生がいれば、田舎の学生は西欧文化に強烈な憧れをもつ。著者がいうように、教養主義が盛んになった理由として、親が農業従事者である地方出身学生が教養主義にはしった。 対象時代には、学生の教養主義をさらに加速させたのが、岩波書店という文化装置。 当時、帝大教授の中心的な仕事は、欧米学者の学説研究と欧米事情の紹介研究であった。翻訳中心の岩波書店が共振していた。夏目漱石や森鴎外などの本もあったが、中心は西欧文化の本が中心であった。 1960年代の大学紛争時代あたりから教養主義の衰退がみられる。 教養主義の大きな原因は大学進学率上昇による特権的身分の消滅である。 高等教育は該当年齢人口の15%までの進学率の段階がエリート段階で、15%を超えるとマス段階になるという説がある。 実際に、卒業後の進路はそれまでの幹部社員や知的専門職でなく、ただのサラリーマン予備軍になりはじめていた。 「大学紛争後の大学生はこう悟った。学歴エリート文化である特権的教養主義は知識人と大学教授の自己推薦や自己拡張にのせられるだけのこと、大衆的サラリーマンが未来であるわれわれが収益を見込んで投資する文化資本ではない、と」 「大学紛争は大衆的サラリーマン像を鑑に、教養知の特権的欺瞞性を喧噪のなかで白日の下に晒したが、実は、その前にサラリーマン社会は、テクノクラート型ビジネスマン像を鏡に、専門知(機能的な知識人)への転換による教養知(教養人)の無用化を静かに宣言したいた。」 教養主義は、大学紛争や技術学の到来によって解体されていった。 現代の大学生の人間形成の手段は? 従来の人文的教養ではなく、友人との交際を選ぶ傾向が強く、同時にかつての文学書と思想書をつうじての人文的教養概念が解体しているとする。確かにそう思う。10年前の学生時代に(理系学部であったが)、読書を通じての人格形成をする学生は見たことなく、大学に来る目的は同世代の人脈形成など、交際を通じての人格形成が大きかったように思う。 本書の最後に 「戦後の大衆教養主義は、こうした教養の人的媒体をいちじるしく希薄化させたのではなかろうか。教養の培われる場としての対面的人格関係は、これからの教養を考える上で大事にした視点である」 教育で大事な要素の一つを再認識した。
0投稿日: 2013.04.26
powered by ブクログすっかり大学からはじき出されてしまった感のある教養教育なんだけど、最近その充実が再び叫ばれつつあるし議論されている(ようである)。でも、既に現場の構成員にはそもそも(大学の)教養(教育)ってなに?という根本的なコンセンサスが欠けている気がするし、自分でも良く分からない。ということで、本書を読んでみた。そして歴史的に日本で語られてきた「教養教育」とか「教養(主義)」っていうのがどういうこか一応分かった(気がする)。本書では教養教育がどうあるべきかが提案されている分けではなく、日本における教養教育の起源と没落にいたる変遷が歴史的に紐解かれていて、教養教育のことを考える上で土台となる知識を得ることができる。旧制高校を舞台として誕生した日本の教養主義が、明治末期・大正・昭和前期・戦後、マルクス主義とかアカデミズム、全共闘運動という時代背景とともにどのように変遷し衰退していったか。読書による人間形成より、生きるテクニックの修得に忙しい現代人に昔ながらの教養教育の再現は難しいだろうけど、現実への適応だけでなく、現実を超えていく思考・態度を身に付けることも大学教育としてはやはり必要かもしれない。
0投稿日: 2013.04.01
powered by ブクログ「教養」というものが興味があって、大学に入ってから哲学書などの小難しい本を買った経験のある人は自己の相対化のために読むべきでしょう。
0投稿日: 2012.11.20
powered by ブクログ著者が「戦後の大衆的教養主義」と呼ぶ1970年くらいまでの雑誌や文庫・新書などによる教養文化についての内容.教養高い書物を持つことはステータスであり,憧れでもあったのだ.
0投稿日: 2012.10.22
powered by ブクログ期待していたよりも内容が俯瞰的でなく、残念な部分もあるが、教養主義のたどった変遷については本書は新鮮で貴重な資料である。
0投稿日: 2012.09.17
powered by ブクログ書名からは、教養主義という考えの価値が下がったと受け取れる。また、副題からは学生(の文化?の行動?)が変わったと考えられる。両面から捉えられると思う。 この変化の基には、大学で学ぶ学生が増え、大学卒が当たり前となり、大学という教育機関の価値が低下したことを意味する。(この本が出来たのは、2003年で、私が読んでいるのはその10年後2012年。)大学・教育・教養という視点から、さらに別な形で変化してきている。 教養を知識と見るならば、明治においては知ること=記憶していることのみを意味したが、現在での世界規模の膨大なる情報を覚えることは、不可能である。そのような面からも単純に静的な教養は役立たなくなってしまったのではないか? 大学紛争を境にして、変化したこと、以前はみな同じことが求められた。理想であった。正しいことであった。が、以後は階層、クラス分け、さらには個性が重視され、それが今後は異分野を取り込み、進んでいくだろう。 本書の内容から、ノルマリアン(エコール、ノルマンシュペリウール)=サルトル、や、岩波書店、こころ、夏目漱石の本の読書、華族文化やブルジョアジーなどは、教養主義を牽引したと言えそうだ。
0投稿日: 2012.08.22
powered by ブクログ旧制高校・大学にあった教養主義が、どのようにして形成されて、岩波書店などの書店の果たした役割などを通して、70年代にどのようにして崩壊していったかを丹念に追った本。 教養主義というとマルクス経済学やら岩波文庫などのイメージでとらえていたが、その没落も含めて全体像が理解できてよかった。 筆者は放送大学でかつて「学校システム論」の講義を行っており、学校システム論を理解するうえでも役に立った。
0投稿日: 2012.03.28
powered by ブクログ本書は,大正時代の旧制高校以来,日本の大学にみられた教養主義とその没落を追究する。教養主義とは,哲学,歴史,文学など,人文学の読書を中心にした人格形成をめざす主義を意味する。この学生文化は,古典の読書に限らず,高い知性を誇った総合雑誌や単行本の購読を通じて培われてきた。教養主義は,1950年の旧制高校廃止でも滅びることなく,アンチ軍国主義の象徴として,マルクス主義とともに60年代半ばまで生き延びる。対照的に,新制高校出身で都市ブルジョア文化に育った石原慎太郎は,教養主義の刻苦勉励的心性に対する生理的嫌悪を,当時の作品の中で示していた。 教養主義に軋みが出てきたのは,1960年代後半からである。筆者はその理由として,貧しく寂しい農村の消滅,日本の高等教育におけるエリート段階の終了とマス段階の開始,そして大卒のグレーカラー化の3点を挙げる。企業に経営幹部として期待されるわけでもなく,大量に採用されるサラリーマン予備軍にとって,教養は無用なものとなる。大学紛争世代による教養知識人への執拗な糾弾も,ただのサラリーマン予備軍への不安と憤怒に由来したのではないかと,懐古する。 筆者は,教養の機能として,人間の環境や日常生活への充足をはかる「適応」,効率や打算,妥協などの実用性を超える「超越」,自らの妥当性や正当性を疑う「自省」の3作用の必要性を説く。1970年代以降の教養機能では,「適応」の肥大,「超越」と「自省」の急速な衰退によって,3作用のバランスが失われてしまった。筆者は,旧制高校的教養主義の復活を時代錯誤として一蹴しながらも,いまこそ旧制高校的な教養主義を通じてその意味や機能を考えるチャンスだと述べる。大正時代の教養主義は,印刷媒体とともに,教師や友人などの人的媒体を介して培われてきた。戦後の大衆教養主義がそれを著しく希薄化させただけに,今後教養を培う場としての対面的人格関係の重要性を主張している。 これまで,齋藤孝『なぜ日本人は学ばなくなったのか』講談社,2008年と,小林哲夫『高校紛争 1969-1970』中央公論新社,2012年を読んできた経験が,本書における教養主義やそれに関する価値観に対する理解を可能にしてくれた。おそらく筆者が最も言いたかったのは,終章の部分だろう。それだけに,序章~5章の200頁を割いて綴られてきた教養主義の栄光と,たった1章の間に崩壊してしまった教養主義の成れの果てが,対照的に描かれている。おりしも,全共闘世代から絶大な共感を得た吉本隆明が昨日死去した。これも,教養主義を再評価するひとつのタイミングだと言えるのかもしれない。
3投稿日: 2012.03.17
powered by ブクログ自分の中に多分に教養主義というよりも修養主義への信奉が残っているのは、年代は違うが大学第一世代に属しているからなのかもしれない。親は高等教育を受けられなかった農村出身者でなんとか新中間層の最下辺に属し、子供には自分が受けられなかった高等教育を受けさせることで自分自身を満足させようとしている世代に属している。勉強をすれば(高学歴があれば)、より良い人生が送れると考えた世代であることは間違いない。
0投稿日: 2011.09.04
powered by ブクログ関西大学文学部教授、京都大学名誉教授の竹内洋による学生文化論 【構成】 序章 教養主義が輝いたとき 1章 エリート学生文化のうねり 2章 50年代キャンパス文化と石原慎太郎 3章 帝大文学士とノルマリアン 4章 岩波書店という文化装置 5章 文化戦略と覇権 終章 アンティ・クライマックス かつて「教養主義」と呼ばれる思想が大学生たちを魅了した時代があった。大正時代、官公立の旧制中学・旧制高校を出た人々は、競って書を読み、高等教育機関たる大学で培われてきた「知」に対して畏敬の念をもち、それに近づかんとすることが「学生」の本分とされてきた。それはまさに大学生が「知識人」であった時代である。 しかし、戦後新制中学・新制高校を出た人々が大学に入ってくると、その「教養主義」に対し反感を覚えるようになってくる。それは、丸山眞男に代表されるような進歩派知識人たちが、こぞって社会科学としてのマルキシズムにシンパシーを感じ、それが反体制的・反保守的な思潮として社会化していったことが背景になろう。 そのような戦後世代が教養主義に抱く違和感の背景を探るべく、著者はさらに「教養主義」のもつ社会的背景にスポットをあてる。それは、「教養主義」の本山である帝大の文学部の特色を明らかにすることで浮かび上がる。 文学部は戦前以来、法学部や経済学部と比べ、地方の農村出身者が多く実家の収入も少なかった。そして、就職先といえば大学の研究者か中学校の教師となるぐらいしか道はなく、卒業後の収入も多くなかった。つまり、帝大文学部においては社会的にはエリートたりえない階層の人々が刻苦勉励・苦学を通じて「教養」を獲得し、「知的エリート」たらんとする。その動機として形成されるのが「教養主義」なのである。戦後世代が抱く違和感とは、都市市民が地方農村出身者に抱く「泥臭さ」の感覚と似ているのかもしれない。 そして、大学のアカデミックな「教養」とマルクス主義に染まる社会大衆をつなぎ、大学の「知」を世間に広めながらその高踏なイメージを世間に植え付けたのが「岩波文化」だと著者は論じる。1950年代はそのような出版文化が隆盛を見せ、大衆に「教養主義」が広まった時代であった。 だが、1960年代末の全共闘運動をピークにして、「教養的マルクス主義」「マルクス的教養主義」は一気に下火になり、ポスト全共闘世代(しらけ世代)は、「中間大衆」として修養を通じた知的エリートとなることに魅力を感じなくなっていった。 本書は、帝大の文学部という特殊な空間を総本山としたで形成されてきた「教養主義」=読書を通じた修養という空気を大学生の読書傾向からひもとき、社会的・文化的背景に踏み込むことで、その実態を明らかにしている。国立大学の文学部出身者には一読をおす
0投稿日: 2011.06.20
powered by ブクログ自分は著者と同じくプチ教養主義者を自称している。 だがマルクス主義には全く関心がないし、また残念なことに旧帝大の卒業生でもない(教養学部がある三流大学出身)。 それでも現代の三流教養主義者としてはこういった本に関心を示さずにはいられないのだ。 この本では旧制高校の気質としてあった教養主義(歴史・文学・哲学)が衰退した歴史をデータなどを元に分かり易く考察している。 中でも興味深かったのは旧帝大文学部には農村部出身の学生が多かったという点。 自分は学歴コンプレックスから教養主義に走った口だが、昔は家柄コンプレックスめいたものが確実あったのだろう。 教養はコンプレックスから身につける・・・ような気がする。 これは今も昔も変わらず。 どうしても生活が豊かになると教養が軽んじられるのは必定だとは思う。 この本は2003年に出版されたのだが、そこから更に社会は実務型の人間を求める風潮になった。 でも社会に何の役に立たなくてもコンプレックスというファッションは止められないので、これからも僕は無駄な読書を続けると思う。 せいぜいmixiで飾る程度で、酒飲みながら誰かと文学や哲学語らうわけでもないし、そもそも自分自身没落しているからますますシンパシーを感じるってものだ。
0投稿日: 2011.04.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
[ 内容 ] 一九七〇年前後まで、教養主義はキャンパスの規範文化であった。 それは、そのまま社会人になったあとまで、常識としてゆきわたっていた。 人格形成や社会改良のための読書による教養主義は、なぜ学生たちを魅了したのだろうか。 本書は、大正時代の旧制高校を発祥地として、その後の半世紀間、日本の大学に君臨した教養主義と教養主義者の輝ける実態と、その後の没落過程に光を当てる試みである。 [ 目次 ] 序章 教養主義が輝いたとき 1章 エリート学生文化のうねり 2章 五〇年代キャンパス文化と石原慎太郎 3章 帝大文学士とノルマリアン 4章 岩波書店という文化装置 5章 文化戦略と覇権 終章 アンティ・クライマックス [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]
0投稿日: 2011.03.29
powered by ブクログ学生文化、マルキシズムがそこに落とす影響ということが、手に取るように見えた時代から、大衆サラリーマンを目指す凡俗への居直りへの流れを指摘する。中野孝次「苦い夏」で「美とか何とか言ったって、要するにあんたはブルジョアの洗練に憧れてるだけ」は、ドキリとする。
0投稿日: 2011.02.26
powered by ブクログ教養の再定義を問われていると感じているのでこの本を読んでみた。 高等教育行政では、一度一般教育というかたちでの教養教育を解体したものの、先般の学士課程答申で再度教養を考える機会を与えている。答申では多分にリベラルアーツを踏まえよ、という意図が読み取れる。 かといって復古的・古典的な教育プログラムは当てはまらないだろうから、現代の多様な学生にアレンジしなければならない。そういった課題意識がある。 大正期や昭和の戦前期は、中央公論等の総合雑誌が規範文化となった。当然マルキシズムが最先端の時代だ。左にかぶいているのが先進的とされていた。「マルクス主義本を読んで理解しない学生は「馬鹿」であり、読んで実践しない学生は「意気地なし」となる」pp44 それはドイツの学問・哲学、フランスの政治思想、イギリスの経済学を統合した社会科学といわれた。pp50 旧制高校がその呼び水となったことも書かれている。 その旧制高校に教養に傾倒すると文学部に行くことが多かった。 ハビトゥス:人々の日常経験において蓄積されていくが、個人にそれと自覚されない知覚・思考・行為を生み出す性向。行為の原則のようなもの「品」。 125頁の図では、「教養のある」カテゴリーには、 正統、思慮分別、学識、趣味のよさ、絢爛、繊細、 丹念、秀逸、知識、独創性、優雅、流暢 といった言葉がまとめられている。 岩波アカデミズム:官学アカデミズム⇔岩波文化 (相互依存/客観的共謀) 本書を読んだ後にすかさず持った感想は、学校教育、それも高等普通教育の4年間だけで教養教育を担うは不可能と確信したことである。
0投稿日: 2010.12.31
powered by ブクログ中身はけっこうおもしろかったけれど、最後の方でビートたけしが出てきたり、徒弟制みたいな話がでてきたりで、一貫した論としてのまとまりにはかける気がした。学生達が中央公論や岩波文庫を読まなくなったあたりから、教養主義は崩壊する。で、それは1970年あたり。本を読んだり、大学へ行ったりすることが当たり前のことになったあたりと重なる。読書で自己鍛錬とか、教養を得るといった考え方自体が崩壊している。後は人間から人間へ受け継がれる教養とはこういうものだといったイメージが薄れていったということもある。儲からなくて、おもしろいと思うまでに時間がかかることに耐えられない人間が多くなってきたのではと思った。後は、薫陶を受けるとかいうことも死んできた気が。。。
0投稿日: 2010.09.20
powered by ブクログ第4章「岩波書店という文化装置」読了。岩波書店創業者である岩波茂雄さんの言葉「金儲けを目的としなかったが,金は儲かった。しかし生活は実に質素であった」が印象に残った。
0投稿日: 2010.04.23
powered by ブクログ戦前戦後において、哲学の読書などを中心とし、自分の人格を高めるという教養主義が流行した。しかし、現時点において,そのような教養主義は没落してしまったと言えるだろう。 そのことについて書かれたのが本書である。 現代の大学において、「教養」とは、以前の教養とは別の物を指しているように感じられる。 これは大学のユニバーサル化の影響である。 そう言ってしまえばおしまいだが、事はそう単純ではない。 その背景について教えてくれると言う点で,この本には価値がある。
0投稿日: 2009.11.12
powered by ブクログ「哲学・歴史・文学などの人文学の読書を中心にした人格の完成を目指す態度」これが教養主義とされてきた。 大正・昭和戦前の学生達が「知」を通じて人格陶冶を目指そうとする態度、大衆マス雑誌よりも純粋に文化的な高級思想誌に手が伸び、誰もが競って岩波文庫・新書を読みあさった時代は終わった。いや、大衆化した。ビートたけしが知識人を茶かし、教養の習得、いや読書週刊までもが現代をかっこよく生きるためには「邪魔に」なってきた。もはや「教養」という言葉すら聞かれなくなる時代に入っているのではないか。本書は戦前と戦後を行き来しながら、学生の読書傾向(雑誌購読)や図書館利用率、専攻学問の調査や家庭環境の調査、はてはスポーツの好き嫌いの調査まで弾きながら、戦前の学生に見られた必死の教養獲得競争を描きつつ、戦後に急速にストップした教養重視の流れを描いている。教養が邪魔くさくて、かび臭くて、自由な生き方には不必要なものになりつつある時代にこそ読んでおいて良かった気がする。かくいう私も教養主義にあこがれつつも力の及ばない自分に嫌気がさして、どこか教養をさげすむような態度をとったこともあったなあ。
0投稿日: 2009.09.15
powered by ブクログ1年の時、英作文で「私は教養主義者です」という文を直訳で作ろうとしたら、「教養主義者」というのが調べても分からなかった。そもそも、教養主義という言葉が日本にしかないのではなかろうかという疑念が湧いた。やっぱりそうらしい。教養主義といって、それがどんなものかは知らずに使っていたけれど、イメージはそうはずれたものではなかったかな。といっても、教養主義は時代によって雰囲気が変わっていることがわかり、僕のイメージしていたのはマルクス主義学生の時代より前の、本当に大正教養主義だけだった。教養主義のクライマックスは、実は旧制高校時代ではなく、戦後の大衆的教養主義の時代であったと著者は主張しています。・岩波文庫巻末の「読書子に寄す」は三木清によるものらしいです。岩波茂雄って書いてあるけど。・教養人といったときに、著者が思い浮かべるのは前尾繁三郎、木川田一隆だそうです。名前すら聞いたことがなかった人たちでした。
0投稿日: 2009.08.18
powered by ブクログ岩波は教養的で講談社は庶民的だったそうだ。 大正エリート主義の復権を期待する。さまざまな花からさまざまな蜜を集めるのが教養というもの。学問、読書を通じて教養を身に付けよう。読書を通じた人格形成主義や社会改良主義という意味での教養主義は、なぜかくも学生を魅了したのだろうか。教養知はファッションだった。そういう時代を創りたい。
0投稿日: 2009.06.24
powered by ブクログ(未完) 古書購入。 中公新書 C1237 (本書解説) 一九七〇年前後まで、教養主義はキャンパスの規範文化であった。それは、そのまま社会人になったあとまで、常識としてゆきわたっていた。人格形成や社会改良のための読書による教養主義は、なぜ学生たちを魅了したのだろうか。本書は、大正時代の旧制高校を発祥地として、その後の半世紀間、日本の大学に君臨した教養主義と教養主義者の輝ける実態と、その後の没落過程に光を当てる試みである。 (内容目次) 序章 教養主義が輝いたとき プチ教養主義者 『世界』 旧制高校文化の香り 夏休みと読書 『中央公論』 総合雑誌の時代 総合雑誌読書率 教養共同体 経営者も 関西大学の調査 本書の目的 1章 エリート学生文化のうねり 「半」新制高校世代と「純」新制高校世代 新制高校的と旧制高校的 高橋和巳 大江健三郎 白線地帯の自己完成 大正教養主義 新人会と森戸事件 教養の不評判 マボとエガ 左傾学生 旧制高等学校が培養基 呼び水文化 動機付け 象徴的暴力空間 転覆戦略 弾圧・発禁・絶版 昭和教養主義の復活 2章 五〇年代キャンパス文化と石原慎太郎 (書誌情報) タイトル 教養主義の没落 : 変わりゆくエリート学生文化 責任表示 竹内洋著 出版地 東京 出版者 中央公論新社 出版年 2003.7 形態 278p ; 18cm シリーズ名 中公新書 注記 文献あり ISBN 4-12-101704-8 入手条件・定価 780円 全国書誌番号 20464857 個人著者標目 竹内, 洋 (1942-)‖タケウチ,ヨウ 普通件名 学生 -- 歴史‖ガクセイ -- レキシ NDLC FD37 NDC(9) 377.9 本文の言語コード jpn: 日本語
0投稿日: 2009.06.03
powered by ブクログぜんぜんおもんない。 教養主義ってなんなのか書いてあるのかと思えば、よくわかんないデータを並べてわけわかんない持論をてんかいしてた。 岩波文庫についてちょっと知れるくらい。
0投稿日: 2009.05.05
powered by ブクログ戦後の思想史、大学史をもとに、教養主義と教養を分離したうえで、 教養主義が敗北した今こそ「新の教養」について考えよう、という提言書。 マス文化界(ジャーナリズム)と純粋文化界(アカデミズム)の中間領域として、 民間アカデミズム(=岩波文化)を規定するくだり(p.159)は特に説得力がある。
0投稿日: 2009.03.11
powered by ブクログ何十年も前に流行ったらしい教養主義がいかにして没落していったのかということを時系列に述べている本。 かつての教養主義と呼ばれる人がいかなる本をいかに読んでいたのか、それを知ると自分の読書は実利的な本がいかに多いことか、と思ったりもする。普通に教養主義の勉強として読むのもいいが、個人的には大衆文化として教養がないがしろにされた後に来た、現在そして未来は振り子のように働くだろうと思う。読書本が流行るような今がその過渡期にかかるのでは?と思いながら読むのもまた面白いのではないかと思う。 http://blog.livedoor.jp/namunamu_6_3/archives/51557051.html
0投稿日: 2008.11.13
powered by ブクログ時代と共に教養とは何であるのか、と定義が変わってきた。大学進学率が非常に高いこの平成の世、大学出ているのにこんなことをしらなくて恥ずかしい、という場面に出くわすことは皆無である。確かに、読書以外に、情報収集・人格形成の手段も今存在していると思うが、マンガしか読まない大人が増えている日本人のものを考える力は低下していっているのではないだろうか。
0投稿日: 2008.09.13
powered by ブクログ非常に話題になった本ですが、やや難しいかも。事実を丹念におっていくのは良いのですが、そのせいで読み難い箇所があります。全体としての流れをつかむのに苦労します。ただ議論としては面白い議論をしているので、読む価値はあるかも!
0投稿日: 2008.08.13
powered by ブクログ僕がまだ大学生だったときに、ある右翼の友人に、「君はコミュニストだね」、といわれたことがある。これを読んで、なぜ彼が僕のことをそう思うにいたったのかがわかったような気がする。 というのが僕は、善悪・道徳に対するある種の強迫観念を持っているのだが、その所為で自分に厳しいモラルを課してしまうのだ。一般にそれは人格主義と定義されるものだろう。 教養主義の核をなしているのは人格主義である。そして教養主義は左傾化と連続している。つまり人格主義も左傾化と連続しいる。マルクス主義は倫理的ストイシズムであり、教養主義の内面化の強いものほど左傾化しやすいとこの本は書いている。 とすれば、友人は僕の中のその人格主義的なストイシズムに左傾的な臭いを感じ取っての発言だったのだろう。ちなみに、僕はヒューマニズムへの憧れは持っているが、コミュニストではないので、念の為。 それにしてもこの本は面白かったです。
0投稿日: 2008.07.26
powered by ブクログ教育学の分野では結構、参考文献にあがるのだが、実際に読んでみると、あれれという感じがしないでもない。 西洋における上流階級を日本では築き得なかった。農村に対する都市階級の非常に中途半端な「主義」がつく教養。 そして、大学の大衆化が進み、それが消えていく。 これは大学に少し長く居れば分かるような気がする。 大切なことはそれを大量の文献を元に整理したことなのかな。 最近思うのだが、こういう本を面白いと感じない自分が、院に進学してよいのかな・・・。
0投稿日: 2008.07.18
