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大人のいない国
大人のいない国
鷲田清一、内田樹/文藝春秋
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総合評価

43件)
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    日本社会が全体として老成し、あるがままの個人を受け容れる寛容さを持つようになった一方で、そのことが個人の「甘え」を助長している側面もありそうだ。「多様性の受容」というのは本来、異なる価値観や意見を積極的に理解し、折り合いをつける営みであり、日本ではそれが「相手を否定しないこと」として形骸化している部分がある。 結果として、対立を避け、深い議論に至らないまま、それぞれの価値観が並列的に共存するだけの状態になっているのかもしれない。ネット社会の影響も大きいだろう。SNSでは、多様な意見に触れる機会が増えたはずなのに、実際にはアルゴリズムの影響で似た価値観の人々とつながりやすくなり、「連隊意識」のようなものが強まりがち。その結果、自分と異なる意見を真正面から受け止めて思考を深める機会はむしろ減り、反対意見をやり過ごすか排除する傾向が強まっているとも考えられる。 つまり、日本社会は全体として老成し、穏やかな受容の姿勢を持つようになったが、それが逆に「個人単位では他者の意見と真剣に向き合わない」という副作用を生んでいるのではないか。大人のいない国、というより「成熟したふりをする国」になっているのかもしれない。 だが、その視点に立つと「大人のいない国」は、反面では理想的な社会のあり方にも見えてくる。本来、大人はパターナリズムにより、未熟な個人や社会を導く役割を担うが、それが不要であるならば、それは「成熟した社会」、大人がいなくても成立する素晴らしさがあるとも言える。 たとえば、スイスのように直接民主制が機能し、個々の市民が自律的に政治や社会に関与する国では、強い大人がいなくてもやっていける面があり、日本もある意味、そうした方向に進んでいるのかもしれない。企業や国家がすべてを管理するのではなく、個々人が「やりたいようにやる」ことを許され、そこに強制的な統制を加えなくても社会が破綻しないならば、それは一種の完成された社会の姿とも考えられるからだ。 ただ、日本の場合、その秩序は「なんとなくの空気」や「同調圧力」によって、指導者を目立たせずに成り立たせている可能性がある。周囲と摩擦を起こさないために深く考えずに従うという消極的な形で成立している。「大人のいない国」を逆説的にポジティブに捉えることもできるが、それが本当に成熟した社会なのか、それとも単に「お互い干渉しないことで成り立っている社会」なのか。 実は会社単位でも、今こうした相互寛容性が、個々の未熟さを増長させながら、物分かりの良い会社然として振る舞っている。 いざ、子供っぽさを認め合う寛容な社会へ。 この題材をポジティブに捉えるか、ネガティヴに捉えるか。内田樹の言説は好きだが、今をネガティヴに捉える思考の一部には首肯しない。両義的だ、というと何も言ってないに等しいだろうか。最近の私はコレである。

    67
    投稿日: 2025.03.16
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    今の私にとって、救いを感じる本でした。 大人になるということは、どういうことか。 大きな声に、一方的な訴えに、ぶつけられる正論に、ただひたすら受け止めて答えなくてはと、へとへとになっていましたが、言葉を発する時にはその先にいる相手に対して敬意を抱くことも大事だし、受け取り方は受け手が選んで良いのだという趣旨のことが書かれていて、肩の荷が下りる思いでした。

    2
    投稿日: 2024.09.16
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    ⚫︎対談形式が多いからサクッと読めるね ⚫︎内田さんは日本辺境論は面白かったし、わかりやすくて読みやすい。ゆっくり読めば咀嚼できる丁度いい内容。あ、これ以上いくと無理だなってとこで止まる絶妙な文体。 ⚫︎成熟した大人がいないのは、まあしょうがないのかもなあとか、そもそも自分だってなあとか…政治家は国民のレベルを写す鏡だから、結局日本人が成熟していないってこと?でもそれもなんだか安易な自虐論理みたいで嫌だなあ。 ⚫︎内田さん、ネットだとよく炎上しているイメージだけど、本はしっかりしているよね。大学の教授だったこともあり、話が分かりやすい。 ⚫︎なんというか、ちょっと神霊的な話も出てくるけど、それはそれで一つの考え方だし、あまり極端ではないから受け入れやすかった。

    3
    投稿日: 2024.05.11
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    当たりの本でした。 大人とは、幅のある人。本音と建前とか。矛盾を理解。 今は一様、幅がない。 ・学びの意味、価値は事後的に知る。消費者マインドは受入れ不可。 ・個性とは他者から与えられるもの。探すものではない。 ・対話:両義的。善し悪しを理解して変わらないと成果ではない。 ・周りの大人の価値観はずれてた方がいい。両親の価値観一致は有害な条件。心のひだ(人としての幅)ができる。 ・SNS 投稿は呪い。だから匿名が有効。ネットのでのいじめ自殺は呪殺。言論の自由は呪詛を許容するわけではない。誤解。 言論の自由とは、何でも言って良いのではなく、その価値、扱いを世間に決めてもらうことに同意すること。 ・話を「ずらす」ことも大切。煮詰まる前に。 ・子供のまま、は厄災。矛盾を受入れ納得して幅が出てくる ・オノマトペ。オメオメ。日本語は特集号。舌が内臓の先端。ケアしていきましょう。外しましょう

    0
    投稿日: 2023.05.12
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    ゲームマスターが居るような気になってしまう つまり責任者出てこい!の思考 そうなったら全てが他人任せになっちゃうね

    0
    投稿日: 2021.06.23
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    対談をまとめたものだから 話は色々と飛ぶが 言論の自由とSNSで好き勝手言うことを混同するなという話には深く頷きました...

    0
    投稿日: 2020.10.01
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    違和感を感じる箇所もあったが、それぞれの切り口が興味深い。ほぼ対談の形なのでお気楽に読めるのも○。言葉遊びに興じる子どものような場面もあり、人の多様性を感じられる作品。単純に面白かった。

    10
    投稿日: 2020.09.06
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    2020/8/24 薄い冊子に厚い内容。 内田樹の「呪いの時代」でも言及されていたことなどがまとまっており、内田樹の本を読みたい人に入門編でこの一冊がお勧めしたい。

    0
    投稿日: 2020.08.25
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    小気味良い対談の終章はとくに面白かった。「オメオメ」とか「ノコノコ」といったオノマトペがなぜ伝わるのかだとか、定型に万感をこめて余白をのこすことだとか、「利」でなく「理」で動く政治家がいないことだとか。 知性あるお二人のやりとりは、行間たっぷりであるのにまとまっている。

    2
    投稿日: 2020.01.31
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     2008年出版の単行本の文庫化。たぶんポイントは、この間に「東北大震災」があったにもかかわらず、お二人が指摘し、危惧する社会の幼稚化は、むしろ進行している印象を受けることです。  どうなっているのですかね、そう感じられる方はお読みになれば、考えるヒントには、確実になると思います。 https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202001140000/

    0
    投稿日: 2020.01.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    教養について、正しさを規定するもの、身体感覚の一致、言論の自由、二項対立を超えた合(アウフヘーベン)、定型句に込める万感の思い。 結論は、大人になれる気はしないが、めざしてみたい。

    0
    投稿日: 2019.07.20
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    鷲田清一と内田樹の大人のいない国を読みました。 日本は、人が成熟せず、大人にならなくても生きていける国になってしまった。 クレーマーやモンスターペアレントが横行する国になってしまった、ということが議論されています。 面白いと思ったのは、内田樹の以下のような主張でした。 SNSなどでの匿名のメッセージは本人が正しいと思っていてもそれは呪いのメッセージである。 なぜなら、呪いはその発信源が特定されるとその効果を失うからである。 表現の自由というのは、他の人が認めようと認めまいと自分は正しい、というメッセージを発信することではない。 メッセージはその受信者に対して発せられるものであり、受信者に対する「敬意」が必要である。 そのような呪いのメッセージが充満する世界で、少しでも呪いを中和することができるのは「祝福」のメッセージである。 少しでも、祝福のメッセージを発信できるようになりたいものだと思ったのでした。

    1
    投稿日: 2019.04.14
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    身につけるべき教養 愛国心の形 言論の自由とは誰でも言いたいことを言う権利があるということではない。発言の正否真偽を判定するのは発言者本人ではなく、自由な言論の行き交う場そのものであり、場の威信に対する信用供与のことである。場の審判力に対する信認のことである。そのような場は、あるかないかではなく、あらしめること、私たちがそこで創り出さなくてはならないもの。

    8
    投稿日: 2019.02.27
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    大人のいない国 内田樹22冊目(鷲田清一との共著) ・教養についての考察が面白かった。なぜ自分はこのことを知らずにきたのか、知ることを拒んできたのかという、自分の無知の構造に目を向けられた瞬間に教養が起動するということや、教養とは自分のわかっていないことについてわかるということということがうなずけた。自分の経験から照らしてみても、さらに、この人ならこのことについて知っているかもしれないという風なセンサーが働いて、お願いできれば、たいていのことは何とかなるとも思う。 ・人がそのかけがえのなさに気づかず、ないがしろにしているものに対して注意を促して、その隠された価値を再認識させる言葉の働きを「祝」と言い、そのことが主役となる「祝」の文体では、誰が言ったかは副次的要素となる。一方、不当な利益を占有している他者が、その不当な利益を失うことを強く念じることを「呪」と言い、これもまた、誰が言ったかは副次的な要素となる。「呪い」は誰から到達したものかいうことが出来ないという、発信者の欠如によって、機能する。そして、その呪いを行っている当の本人も気づかないことが多い。 ・親族の構造分析にて、叔父と父から出される対立的・矛盾したメッセージが、もたらす葛藤が、子供を成熟へといざなう。このような矛盾したメッセージを子供がいっぺんに受けることによって、子供は「世の中には矛盾したことがある」というメタメッセージを受け取る。子供に理解できないメッセージを与えることで、絶えず子供の「理解できる容積」の改訂と拡大を要請する。これは、両親でも同じである。叔父と父は同性の親族であり、同性による成熟へのいざないであるが、これは両親でもおなじであって、同一の意見に充溢した家庭は「北朝鮮化された家庭」と同じで、子供を子供に留めてしまう。

    0
    投稿日: 2017.09.05
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    P6を引用します。  「サービス社会はたしかに心地よい」けれども、先にあげた生きるうえで欠かせない能力の一つ一つをもういちど 内に回復してゆかなければ、脆弱なシステムとともに自身が崩れてしまう。 なるほどと思う。日本は本当に便利な社会だと思う。私は今、中国で働いているが、改めて思うのは、 日本の生活って、便利だなと思う。(お金がある事が前提ですが)、欲しいものは何でもそろう。住環境は、 中国と比較にならないぐらい良い、家の近くには、コンビニが必ずあるし(実家は東京)、公共サービスと呼ばれるものは、 中国よりも圧倒的に安いし、利便性、質もいい。 しかし、そういう「心地いい環境」にいると、人間って弱くなるとも思う。また、他者と付き合う上でも、さまざまな齟齬が 生じるように思う。便利な社会にいると、心地いいけど、人間が生きていく上で、大切なことを忘れやすいと思う。 それは、成熟する必要性がなくなっているからかもしれない、とこの著作を拝読して感じました。 7章からなる本書は、どの章も読んでも、「失ったものを回復させる振る舞い方」が書かれています。 非常に面白い対談集であり、鷲田氏と内田氏の日本と日本人に対する危機感が、少し緩い感じで述べられています。 ただ両氏の問題意識は、非常に深く、私たちの根幹に関わっています。読了しても、「あ、そうか!」「で、どうしよう」 と思うだけで、これから「どう振舞うか」は、読者に委ねています。

    0
    投稿日: 2017.06.06
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    「言論の自由」の解釈について説明している項目は目からウロコが出る思いで読んだ。確かにこの権利はなんでも好きなことを言いっぱなして誰からも反論されない権利と誤認されがちだが、周りが自由に審議できる事こそ不可欠な機能なはずだ。発話者の自由ではなく受信者が審議する権利、という方が正しい。 また、家族の最小単位が叔父を含めているという話も大きな収穫だった。 ただ、全体を通して、毎度思うが内田樹の文章が自分はあまり合わないようだ。文学畑出身だからか抽象的な例えや突飛した考え方が多いのと、武道に親しんでいないので身体感覚の話などはまったくわからないせいだ。頷ける部分もあるから全く読まないのもどうかと思うが、しんどい。

    0
    投稿日: 2017.03.06
  • 子どもたちだけでも回せるシステムができた。

    そこまで、日本が進歩したため、日本から大人がいなくなったと。そうかも知れない。。。私も、55歳になったけど、子どもっぽいよね。。。 愛国心についての論証は、興味深いものでした。以下、若干の抜粋 「同胞たちを糾合することには熱心だが、自分と意見を異にする人々をも包括しうる水準を探り当てることには不熱心な人間を「愛国者」と呼ぶことは私にはできない。」 「集団が維持されるための必須の、唯一の条件は「同胞については、おのれ一個の好悪や正否や利害得失と行った主観的判断を停止させること」」 「「不快な隣人たち」を国民国家のフルメンバーとして受け入れること。それが現代に残された唯一の愛国心の形」 ものを考えることはしんどい。でも、考えることが、大人の責任。大人の責任を果たしていない人たちに、公的な組織を率いる資格は無い。でも、一見できちゃっているのが、進化した日本、ということでしょうか。 読んでいて楽しくはないけど、でも、大人になるため、読んどいた方がよさそうね。

    0
    投稿日: 2016.09.16
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    違う価値観の親や親族と一緒に過ごすことで、子供は「どっちが正しいのか」自分で考えざるをえなくなる。それで成熟するのだ。同じ価値観の親に育てられると、従うか、反発するかしか選択がない。

    0
    投稿日: 2016.08.07
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     「今の日本には成熟した大人はいない。メディアに出てくる官僚、政治家、経営者の言動は呆れる程幼稚だが、それでも何とか社会が回っているのは、幼稚な大人でも統治できる社会を長年かけて作ってきたからだ」。こう指摘する著者たちが、幼稚な大人とは何か、なぜ今の日本には幼稚な大人しかいないのか、その幼児性を脱却し成熟した大人となるためにはどうするべきかを語る。 「幼稚な大人」とは、自分の属する社会の現状に自らは全く責任がないと信じ、不満があれば「自分は純然たる被害者である」という立場で責任者探しに走ったり、あらゆるものを費用対効果でしか吟味できない消費者マインドに支配されていたり、ディベートは得意だが対話ができず、他人と連帯することが不得意だったりという、言われてみればよく見るタイプの人々だ。 著者たちは、そんな日本が「成熟した大人のいる国」になるための道として、個人の中に多様性を持つこと、人々が本物と偽物を見分ける力を身につけること、自分と意見を異にする「不愉快な隣人たち」を受け入れることなどを論じているが、それぞれ納得のいく見解で大変面白い。 哲学者の鷲田清一と思想家の内田樹という知識人二人による「大人とはどうあるべきか」の議論は、正に大人になりつつある皆さんにとって大いに参考にしてほしい内容だ。

    0
    投稿日: 2016.07.12
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    最近本当に「大人」が減ってしまったように思う。 そんなことを考えていたら、本書に出会った。 大人について考えるところから始まって、どんどん派生していく。 本当に大人のいない国になってしまっては、困る。 今の日本は、システムが優れているため大人でなくても上手く回ってしまうというような記述があったが、確かにハードがしっかりしている分、ソフトはいまいちでもやっていけるところがあるのかもしれない。 社会環境に左右されないように、家庭や地域など小さなコミュニティで大人を育む必要があるのだろう。 成熟するためには、どうしたらいいのだろうか。 まず、自分が未成熟であることに気付くこと、そして成熟を目指して努力すること。 その努力には読書も含まれる。 様々な本を読むことで、知性が磨かれていくと思う。 少し雑に読んでしまったので、再読したいと思う。

    0
    投稿日: 2016.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    終章『身体感覚と言葉』臨床哲学ってはじめてきいた〜。面白かった! 鷲田さんはせんだいメディアテークの館長なのね。読み終わってプロフィールを見て知った!

    0
    投稿日: 2016.01.18
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    ともに柔軟な哲学的思考の実践者として有名な、内田樹と鷲田清一の対談と、二人の論考を収録している本です。 内田も鷲田も、身体感覚と他者感覚を重視する点では同じような立場に立っていると言えるでしょうが、内田に比べると鷲田の議論には制度論的な視角が目立たないような気がします。その意味では、「大人のいない国」という表題は、どちらかと言えば内田がこれまであつかってきたテーマに寄っている印象を受けます。 ただそのことは、内田の立場の優れているところであると同時に、他者感覚の重視が共同体論へとスムーズにつながってしまう彼の議論の危うさを含んでいるのではないかという気がしないでもありません。

    0
    投稿日: 2015.04.22
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    私が好感をもっている二人の論客の共著だ。ちょっと考えてみれば、二人とも思想や哲学に造詣が深いし、拠点も関西だし、年もほぼ同じなんだから交流がないはずない。そんな二人が「大人のいない国」なんて、これまた(自分のことは棚に上げといて)私が常々、日本に対して思っていることに触れた本が出ているなんて。 いろいろ話題が出ているけど、最も共感したというか身につまされたのは、終章の対談「身体感覚と言葉」で触れていた内田さんいうところの「大人の芸」ってやつ。 内田さんは、これまで結婚式とかでスピーチするとき、気の利いた面白いことを言ってやろうとか思っていたけど、それが嫌になってきたと。葬式でそんなことをする人はいない。型にはまって、そのなかで万感を出せるようになりたいと言う。鷲田さんも、葬式のときに何といいのか迷う、困るみたいなことを言っている。 つい最近、伊藤理佐さんが新聞に書いていたエッセイで、知り合い程度の人との会話で面白いことを言おうとしていたが、あたりさわりのない天気の話くらいがいいのだと気づいたみたいなことを書いていたのを読んで以来、ハタと思い、いろんな場で気の利いたことを言おうとしては、結局玉砕……どころか不発に終わることがままあるわが行動パターンの換えどきを思っていたんだけど、この本でさらにその思いが深まった。 ちなみに、鷲田さんは葬式で「なんと申し上げてよいのやら」としか言えないと釈徹宗さんに話したら、そう言いながら首を縦か横に振ればいいと教えてくれたとか。こんど会葬の機会があったらやってみよう……って想像してみたら、ぜんぜん板についていない気がする。長い時間と経験をかけて磨いていかないとダメそう。

    1
    投稿日: 2015.04.05
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    これだけ成熟した大人のいない国が、なんとか成り立っているというのは、国自体が成熟しているからである。なるほど。今の政治家を見ていると、誰とは言いませんが、本当に「あんた大人か?」と言いたくなるような人がたくさんいる。もと総理大臣で在職中は何かと問題発言ですぐ辞めているような人が、今でもなんだか裏で力を握っているような話を聞くと、とっても情けない。と言いつつ、自分自身のことを振り返ってみると、決して立派な大人とは言えない。まわりからはオッサンと見なされているのだろうけど、精神的にはとっても幼い。もっと大人の常識とか立ち居振る舞いを身につけたい。と言いながら、それでもときには子どもっぽい部分も必要、むきになったり、夢中になったり、そういうこともあってもいいと思う。本書を読みながらいろいろ考えた。後半、内田先生が書いている「ネット上の匿名性と呪い」の話にはなるほどとひざをたたいた。(文庫になってたんだ)

    0
    投稿日: 2015.02.01
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     内田氏との対談本。内田氏の著書を数冊読み、哲学、身体論、武道との関連が次第にイメージできてきていた。そして本書での国家論?(違うか)全てがつながる、という視点はまだ持てていないが、本書はかなりすんなりと入ってきた。少しは氏の主張が理解できつつあるのか、と思いながら読む。  

    0
    投稿日: 2014.12.12
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    【かつてなく幼稚化したニッポン!】子どもと大人の違いは個人の中に多様性があるかどうかである――。練れた大人の「知」による成熟への道しるべがここに!

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    投稿日: 2014.09.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

     鷲田清一・内田樹両先生による対談とエッセイ。内田先生は相変わらずぐいぐいとドライブしている。鷲田先生がどちらかというと聞き役か。  エッセイも相変わらず興味深い。呪いがもつ特性について説明した上で「ネットの匿名投稿による自殺者は呪殺されたという『呪いと言論』、今回一番のパンチラインは「私の言葉を吟味し査定するのは『他者』である」という、実に当たり前の言葉だった。これは『大人の『愛国論』』にも通底する。

    0
    投稿日: 2014.08.20
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    内田樹さんと鷲田清一さんの対談が最初と最後にあり、そのあいだに、両者それぞれ2,3編の短い文章が収められている。 正直に言うと鷲田さんの論説はさほど面白くなかった。やはり内田さんの方が冴えているように見える。 同胞愛と同義であるような愛国心は不可能である、という前提をまず受け入れなければならないとする「愛国心論」ともいうべき『大人の「愛国論」』、ネットに飛び交う他者攻撃の言葉の鋒を「呪い」と定義する『呪いと幻論』が非常に良かった。かなり共感できた。特に後者は、ネットを覆う憎しみの嵐を適切に分析して、『呪いの時代』なんかよりも短い文章できっちりと論じている。すべてのネット民にこの文章を読んでもらいたい。

    0
    投稿日: 2014.08.01
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    内田樹と鷲田清一の共著。日本は無宗教などではなくいわば資本主義宗教国家。その中でうまくやっていこうとした結果、大人はいなくなり、大人になりたがらない子どもと外見だけ歳を重ねた未熟な子どもしかいなくなった、みたいな。凝り固まってはいけないですね。

    0
    投稿日: 2014.07.13
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    この本を読んでの感想…じゃないかも。 この本は読んでよかったけど。 私は、大人かなぁってよく思う。 自分でもびっくりするような小さなことにイライラしてしまったり、八つ当たりではないけれど、人に冷たくするような態度をとってしまったり 心に余裕がないときに、 自分の行動、今のは正しかったのかなぁなんて、 よく考える。わたしは、プライドが高いのかなぁ。 それで、とても悲しい気持ちになる。 「あんたはさ、そこにいるだけで目立つわけ。だからやっかみの対象にもなるし、あんたがいくら目立たないようにしようとしたって、そうすればそうするほど目立つのよ。人に気を使うとかそんなことしても無駄って言うかさ、ちょっとでも尻尾見せたら叩かれて大変なことになるのよ。ほら、学校時代にクラスでもいたじゃない?ちょっと浮いた感じの子でさ、『わたしなんかが○○さんに話しかけちゃ悪いかなって思って』みたいに勝手に線引きされちゃうような子。あんたはそのタイプなのよ。自分を持ってるって言うのかもしれない。そういう人とさ、面と向き合うと、自分がいかに何もないかってことを思い知らされるのが怖くて近寄りがたくなっちゃうのよ。」 っていうようなことを言われたことがある。 「怖い」とかさ、「オーラあってキャラ立ってるよね。」とかさ、 なんとなく違う感じを、あたかも私が何かしたかのように被害者のような口ぶりで言われたりさ、 もう、そういうの、うんざりなんだよって思うんだけど 自分が何にもないことを思い知らされるような存在って、 身近にいたら、きっと傷つく。 わたしは、自分がまるでモンスターのようだと思うことがあるんだけれど(それは自意識過剰という意味で、自意識にとらわれたモンスターという意味だ。) わたしはきっと、存在するだけで人を傷つけるような、モンスターなんだろう。 シザーハンズみたいに、泣いた赤鬼の、赤鬼みたいに、 人間と仲良くしたいのに、その存在ゆえに、人の心は離れていく。 どうしたら、人を傷つけずに生きることができるのだろう。 知らぬ間に人を傷つけていることに傷ついているなんて、人は嗤うだろうか。 「そんなにいい人で、いたいわけ?」 わたしは、最近そんなことを言われた。 「いい人で、いたいわけではないです。ただ、率先して人から嫌われる必要も、ないんじゃないですか?」なんてことを答えたのだけど、 心の中で、「あぁ、今私の言葉は、吐き出した途端に、上滑りしていった。」と思った。 「いい人で、いたいのだ。わたしは。」と思った。 わたしは、嫌われることが、怖いのだと思った。 それは、「人並み以上にそう思っているのかどうか」は、私には分からない。 おかしいなぁ。 「愛されファッション、愛されメイク。」 いったい誰に愛されたいんだよ 心の中で突っ込みを入れる私が、 一番、不特定の誰かに、愛されたいのだ。 とかなんとかつぶやくほど、私は今、心に澱が溜まっている。 自分の時間が保てないと、決まってそうなる。 自分の時間なんてものがなくても、その澱を、見ない振りするか、どこかに捨て去ることのできる人が、 社会に求められる人なのだろうと、最近よく思う。 だったら私は、社会にいらない存在なのだと、最近よく思う。 悲しくて。 何の話かは忘れちゃったのだけど、家の中にいて、誰かの帰りを待っている、でも外にはモンスターがいるらしくて、誰も家に帰ってこない。次第に、家で待っている人は、誰も帰ってこないので、実は自分がそのモンスターなのではないかと思い始めるというような話が、どっかであった気がする。 わたしは、人の顔をかぶった、人が近寄りたくもないと思ってしまう、モンスターなんだろう。でも、自分は、人間だと思い込んでいる。人間の振りをすることができていると思い込んでいる。 わたしは、いったいどこで、道を踏み誤ったのだろう。 人を傷つけることは、仕方のないことなんだろうか。 できるだけ、うまくやりたいと思うことは、罪なことなんだろうか。 それを悲しいことだと思うのは、私の自由だ。 傷つくことは、自由なのだ。 でも、他人が、自分のせいで傷つくことは、 「傷つくことなんてあんたの勝手でしょ。」なんて、思えない。 できるだけ、謙虚に。 できるだけ、人を傷つけないように。 できるだけ、そのことで、自分も傷つかないように。 そう思いながら、私は今日も、 人の皮をかぶって、 人間社会を生きる。 「終わりなき安穏を受け入れることは、死に等しい」 そう思い生きるだけで、重たい罪を私は抱えているという自覚を、忘れてはいけないのだ。 罪を自覚しているにもかかわらず、その軌道修正をする選択を選ばない。 おそらく私の最大の罪は、そこにある。

    1
    投稿日: 2014.05.28
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    内田先生と鷲田先生の対談が、とても読みやすくて納得することばかり! 私自身 精神的に大人になりきれていないなぁと反省しつつ、日本独特の社会構造について考えさせられました。何度も読み直したい1冊。

    1
    投稿日: 2014.03.10
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     私のとって気になる論客お二人が揃い踏みした著作です。  鷲田氏の言では、「幼稚な人でも政治や経済を担うことができて、それでも社会が成り立っている」日本は、ある意味、成熟した社会とのこと。しかし、その社会は、安定を損なうような想定外の事象が発生した際、それを制御できる「大人」不在の社会でもあります。  「大人」というキーワードを発想のトリガーにして、魅力的な個性を持つ論客が「現代日本社会の幼児性」を縦横に評した、とても刺激的な著作だと思いますね。

    0
    投稿日: 2013.12.31
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    たしかに世の中”子ども”だらけですね。 僕も含めてですけど。 それでも機能する社会システムというのは確かに素晴らしい、 しかし、単一の価値観で階層化された社会というのはつまらんですよね。 と、どうせなら上の階層から言った方が説得力ありますかね。 著者のお二人は上の階層の住人ですからね。

    1
    投稿日: 2013.12.06
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    大人のいない国。日本にたいしての警鐘 大人になるということはどういうことか 大人がいなくても社会的に成り立つように成熟した社会 哲学者としての2人の造詣の深さ 難解さを感じながら、少々読むのに苦労しましたが 面白かった。

    0
    投稿日: 2013.11.15
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    内田:格差論や、ロストジェネレーション論の類を読むと、僕はちょっと悲しくなってくるんですよ。書いているのは三十代や四十代の人なんだけど、それだけ生きているということは、立派にこのシステムのインサイダーですよね。この世の中のシステムがうまく機能していないことについては、彼らにもすでに当事者責任があると思うんです。だから、そんなに簡単に「こんな日本に誰がした」みたいな言い方はできないと思うんですよ。でも、彼らの議論はいつも「自分は純然たる被害者である」という不可疑の前提から出発している。自分たちの社会システムが不調であることに対しては、自分にはまったく責任がないと思っている。「責任者は誰だ?」という犯人捜しの語法で社会問題を論じる人間はみんなそうですね。彼ら自信が久しくこの社会のフルメンバーであり、その不調に加担しているという意識が欠落している。でも、自分の属する社会の現状にまったく責任がないというのは「私は子どもです」と宣言していることと同じでしょう。(P.17) 内田:彼らは自分たちは生産に関与しない、もっぱら消費する人間だと思っている。今の日本における「未成年者」は、現実の年齢や社会的立場とは無関係に「労働し生産することではなく、消費を本務とする人」というふうに定義できると思うんです。労働を通じて何を作り出すかではなく、どんな服を着て、どんな家に住み、どんな車に乗って、どんなレストランで食事するか…といった消費活動を通じてしか自己表現できないと思っている。(P.19)

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    投稿日: 2013.10.30
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    内田樹さんの〝追っかけ〟になってから5年くらいは経つでしょうか。書棚にずらりと並んだ内田作品の背表紙を眺めて、「はて、初めて読んだのはどれだっけ?」と考え込みました。でも、他の書き手が書かないようなことを選択的に書きながら、読み手を説得してしまう手腕に舌を巻いたのを今でも覚えています。恐らく、これが内田さんの魅力でしょう。 でも、それだけではありません。作品全体に流れる自由さというか、風通しの良さも内田さんならでは。読み手との距離が近いと言ってもいいかもしれません。 学者さんの書いたものって、偉そうなのが多いじゃないですか。特に文系の学者さん。甚だしいのに至っては、読み手に学術的成果を伝えるというより、もっぱら自分の知的威信を高めるために書いているのが見え見えという方もいて辟易することもしばしばです。これは学者さんの性分なのかもしれません。 なぜ、内田さんはその陥穽を免れているのか。本書でも一部触れていますが、内田さんって、仲間と雀卓を囲むし、漫画もよく読みますし、お酒もよく飲むようですし、睡眠もかなり取っているようです。「偉い」学者さんはこういう、自身の価値を損ないかねないことは隠すか積極的に書かないものだと思います。 でも、内田さんは違うんですね。「お前らはバカだから俺が教導してやる」みたいな態度は決して取らないですし、むしろ「みんなでワイワイやろうよ」という開放的な態度で読者を迎えてくれます。 本書の共著者、鷲田清一さんが「文庫版あとがき」に書いてます。 「内田さんを結び目とする人の輪、もちろんそこからいっぱい内田さんぬきの輪も生まれてきました。その輪を結ぶ人がみなとにかく気持ちのいい人ばかり。逢うのが初めてなんて信じられない。この人のつながりにぼくは無限に近い信頼を置いています」 内田さんの人となりを雄弁に物語っているように感じました。 ああ、何というレビューでしょう。本書の内容にはひとつも触れずに1,000字くらい書いてしまいました。 本書は内田さんの年来のテーマのひとつ(たぶん)である「成熟」について、内田さんと鷲田さんの論考を交互に並べ、それを両者の対談で挟むという、なかなか凝った体裁。 文庫で189ページとかなり薄いですが、内田さんの魅力がギュッと詰まっていますし、鷲田さんの話も実に面白いです。 FBにも書きましたが、非常に印象に残った個所を本書からひとつだけ引用して終わりにします。子を持つ親として、胸に響きました。肝に銘じます。 「教育の目的は信じられているように、子どもを邪悪なものから守るために成熟させることにあるのではない。子どもが世界にとって邪悪なものとならないように成熟を強いることに存するのである」(内田樹「第6章 もっと矛盾と無秩序を」)

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    投稿日: 2013.10.29
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    本書は単行本でも読んだのだけど、やっぱりむずかしい。 このお二人なら、すごくおもしろい対談ができると思うのですが…。 他の著作を読んでいるので、あ、あのことを言っているんだなという風に思うことはあるのですが、なかなか、ピンとくる内容ではない。 文庫版あとがきはおもしろかった。お二人のお互いに対する愛を感じた。

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    投稿日: 2013.10.04
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    言葉の定義付けを明確化しないうちに持論を展開していく違和感があった。 様々な比喩・例示をするが、それは持論を強化するための道具に過ぎず、こうと決めてあった型にぎゅうぎゅう押し込めていったもののように感じた。 「非科学的な」という批判を軽蔑しながら例示に科学を持ち出し論拠の一つとする手法はズルい。 抽象化の美学を信じて疑わない人たち。

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    投稿日: 2013.09.29
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    私は内田樹が大好き。文章の感じが好き。 タイトルは大人のいない国(もちろん日本のコトですね)ですが、今の日本がよくないとか、今の若者は…(これはちょっとあるか)というより、もっと本質的に「大人ってこういうことなんじゃないの?」って言いあってる感じです。 私が感じたのは一面的でなくたっていいんじゃない?多面的である方が大人っぽいよってことですかね。 生まれてからずーーーっっと変身しないでいなくちゃ、と、窮屈な状態でいなくてもいいらしいし、時系列で同じ事言わなくても本質が合ってればいいってことらしい。 あと、もっと、自分のコト信じてあげていいってことかなぁと。 内臓が喋るっていいなぁと。脳の細胞だけじゃなく、体の細胞も言いたいことがあるって感じでしょうか。

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    投稿日: 2013.08.30
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    あちこちで書いたエッセイや対談をまとめた本。だから、まとまりは無い感じ。 矛盾を知り、成長過程でのさまざまな年代の自分を多重人格のように内包し、不快な隣人達を受け入れるのが大人、ということなのかな?

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    投稿日: 2013.08.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    内田センセイと鷲田清一さんの対談など。 幼稚化した日本ではあるが、逆に言うと幼稚化した人間でも運営できるシステムを構築した、とも言える。平和な時代には英雄は生まれないように、平和で繁栄しているが故に人は幼稚化してしまうのかも知れない。残念な事に。さてそんな環境ではあるけれども人間はどのようにして成熟していくべきなのだろうか。このふたりのような、数少ない「信頼できる大人」に学び、自らもそうなっていくことを目指す人間が少しずつ増えていくこと。江戸〜明治期の私塾に集った中から、日本を動かす人物が続々と出たように、そんな人物が生まれてくるような気がする。

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    投稿日: 2013.08.28
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    むむむ。内田樹と鷲田清一という私のツボを刺激するはずの二人なのに、本書はほとんど響かない。しかも文春文庫というアタリ打率の高い版元なのに。 私の体調がすぐれないという生理的な理由もあるだろう。二人が話しているのは現状への異議申し立てで、それに賛同するためにはこちらにもある程度の(うっぷんでよいので)不満というエネルギーが必要なのだ。それがない。 もう一つは、またいつもの話ですね、はい、と思えてしまったこと。 さらに、あれっと思ったのがオノマトペに関する考察。オノマトペを耳にして、初めてなのしっくりくるのは、言語に先立ってコトの本質を理解しているからだとのこと。それはないでしょう。 以下は、わずか数ページの範囲に書かれている内田樹の発言。 1)「オノマトペの語彙の多い人は、センサーがよくて、いろんな方向にアンテナを張っているということではないでしょうか。」 2)「(引用注:日本語と違って)英語とかフランス語でオノマトペってあまり聞いたことないですものね。」 3)「オノマトペというのは、人間的センサーの一つの先駆的な様態なんじゃないでしょうかね。」「たぶん『オメオメ』感というのは、先駆的には存在するんですよ。でも、まだ言語記号としては分節化されていない。 ええ〜。1)では個人だといい、2)では言語だといい、3)では人類だという。 この三つが同時に成り立つことは可能だが、その場合はもうオノマトペである必要はない。以下に例文を。 「感情を表す表現」は人類に先駆的に備わっているが、言語により語彙の多さに違いがあり、さらに個人のセンサーの感度によっても豊かさに幅がある。 ↑そりゃそのとおりだがこれでは何も言ってないのと同じだ。 しかも、人間の思考は言語に深く既定されており、本質が先に存在し言葉が後からラベルとしてくっつくようなことはない、というのは内田さんも重々ご承知の現代思想のいろは。 本書にはかなり幻滅しました。

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    投稿日: 2013.08.28
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    極めてニヒリズムに富んだ内容.これだけ切れる頭脳の持ち主だと,現状に対してストレスフルな思いを抱えて,その思いと折り合いを付けながら日々生活なさっているのだろうと慮ると,一体これからの若い優秀な世代は何を拠り所に人生を切り開けばよいのだろうと,暗澹たる気持ちになる.

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    投稿日: 2013.08.24