
総合評価
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powered by ブクログ解説に書いてあるようなことそのままになってしまうが、やはり人間としてのイエスが、どう考え、どう行動したか?について書かれた本。 キリスト教入門、という言葉がいいかどうかわからないが、興味のある人にとってとっかかりになる本でもあると思う。
1投稿日: 2011.06.11
powered by ブクログ『「西欧キリスト教」というだぶだぶの洋服を、長い年月をかけて和服に仕立て上げた作品』だとの解説がありましたが、キリスト教とは全く無縁でも、イエスの人間性やその背景がひしひしと伝わってくる、そして小説だからこそ発見のある、貴重な一冊。遠藤周作氏以外に書ける人は無論いないでしょう。
1投稿日: 2011.03.23
powered by ブクログぼくは、他の多くの日本人がそうであるように信心薄き無宗教者だ。強いて言うなら、いざという時の神頼み教信仰といえるかもしれないが、これもまた多くの日本人がそうであるように、その時ですら神のイメージはもっていない。神を拠り所にするということへの関心とか、そもそもこれだけ多くの人の信仰心を駆り立てるキリスト教へのあまりな無知からこの本を手にとった。 これを読み通したところで、ぼくですら知っている断片的な逸話が整理されるわけでもないし、ほく程度の知識しか持ち合わせなければ、当たり前の様に作中で使われる4つの福音書とは?旧約、新約とは?にはじまり、様々な疑問すらわくが、この本を読む価値はそんなところにあるのではなく、現代を生きる日本人には到底想像し得ない、イエスの時代の人々の思想、永く虐げられたユダヤの地の人々の歴史、世界観、いつか現れるだろう救世主への期待など、ひとことでは表せぬ時代背景をも含めてイエスの生涯を綴っていることにある。 第4章冒頭で著者の述べるとおり、イエスと同時代を生きたわけではないため、誰かの目を通し語られるイエス像しか知ることができずそれらがすべて歴史的事実かどうかというと、そうではないものもあることは聖書も然りではあるが、語り継いだ人々の信仰心の産物もまたひとつの真実だ。 誤解を恐れず言うなら、キリスト教は弱き者の宗教だとおもう。キリスト教におけるイエスとは母なるイエス、永遠の同伴者イエスであり、ぼくたちが苦しい時、イエスはともに苦しみ痛みを分かち合っている、むしろイエスは弟子に見捨てられ民衆に罵倒され極限の肉体的苦痛を受け、惨めな最後を遂げ、この世の苦しみをすべて理解し引き受けてくださるという愛がぼくたちを救うのだとおもった。 同著の「死海のほとり」も読んでみよう。
1投稿日: 2011.02.08
powered by ブクログキリスト教信者でもないかぎり日本人にとってイエスのことはあまり知らないと思います。 遠藤周作は伯母の影響から幼くしてキリスト教徒になりましたが悩んでいた時期もあったそうです。 例えば「最後の晩餐」や「死後の復活」などその真実に迫ろうと、数多ある文献から作者なりの答えを導き出そうとしています。 キリスト教信者以外の日本人にとっても興味深い一冊です。
1投稿日: 2010.12.13
powered by ブクログ上京時に母からもらった本。重い。とにかく重い(ハードカバーだったので物理的にも)。なにを伝えたかったんだろう...?wイエスの生涯を淡々と。
1投稿日: 2010.09.29
powered by ブクログ福音書に記されている事実ではなく、真実から、人間の「永遠の同伴者」としてのイエス像に迫る。とくにユダとペテロに関する省察は非常に興味深いが、俗情に流れ気味になる箇所があるのが少々気になる。
1投稿日: 2010.09.23
powered by ブクログカトリック教徒である遠藤周作氏が人としてのイエスの内面に迫って書いた本。あくまで人としての内面に注目をしている。 また、イエスだけでなく、イエスを取り囲んでいた弟子たちの心理、ユダヤの大衆たちの心理、パリサイ派などの心理などの描写も加えている。 四つの福音書をもとにそれらを総合的に踏まえたうえでイエスの生涯のひとつの解釈を表現している。
1投稿日: 2010.08.03
powered by ブクログ初版時に読了。再読。 今もなお魂が揺さぶられる作品。 遠くガリラヤで何の罪もない無抵抗の一人の男が 十字架にかけられ処刑される。 彼は後のイエス・キリスト。 『英雄的でもなく、美しくもなく、 人々の誤解とあざけりと、唾の中で犬の死よりもみじめで醜悪な形の死』を、なぜ彼は受け入れたのか? なぜ弟子たちは奇跡を起こせなかった無力のイエスを師と尊び迫害に耐えながらも、過酷な布教活動に命を賭けたのか? なぜ?なぜ?なぜ? クリスチャンである遠藤文学の重要なテーマになった“無力のイエス”。 渾身のペンで綴るその文章からは遠藤氏の血がにじんでいると思えるほど。 クリスチャンの方々から抗議を受けたと聞きますが、キリストは神である前に、神になる前に、“懊悩する一人の人間”でもあったことを教えてくれます。
3投稿日: 2010.03.19
powered by ブクログこの書籍はイエスの本当の人物像、または歴史をできるだけありのままに書いた物です。一見して宗教色的なものが匂うかもしれませんがあくまでも正しい知識を読み解く為に読みました。 この中ではイエスはごく普通の青年であり特別な能力などは持っていなかったが哲学面で人間の為の神の正しい存在を解いていた。
1投稿日: 2009.12.09
powered by ブクログ『沈黙』で描かれたイエス・キリストの生きた姿。かくも優しく無垢な人間が、過去に本当に存在したという事実に胸を打たれます。『沈黙』同様、遠藤文学を知る上でぜひとも読んでおくべき作品です。
0投稿日: 2009.07.03
powered by ブクログ09/6/23 ★★★☆ 遠藤周作の視点からイエスを姿に迫る。 王のものは王のもとへ、神のものは神のもとへ 幸いなるかな 心貧しき人 天国は彼等のものなればなり 何もできなかったイエスという真実、絶対的な裏切り者とされているユダの葛藤、 などの遠藤周作の解釈がおもしろい。
0投稿日: 2009.06.23
powered by ブクログ遠藤周作が、日本人の小説家としての観点からイエスの生涯を綴った本。しかしそこから導きだされるイエス像は決して偏狭なものではなく、国家を超えた普遍的なものを持って我々に迫ってくる。最終的に現れてくるイエスは非常に単純明快な意味での『愛の伝道者』なのだ。 これだけを書くとありふれた事しかこの小説には書かれていないと思えるが、そこに至るまでの話の運び方が秀逸である。様々な紆余曲折、イエスの孤独な悩みの描写を経たのちに辿り着くこの結論は、ただ結論だけを述べられるよりも遥かに分かりやすさと深みを持って理解される。 著者は聖書で語られているイエスの奇跡描写の言及を極力排し、あくまで一人の人間を見る目でイエスを見つめる。そこには奇跡を行うことで、苦しんでいる者を具体的な苦しみから直接救うイエスは描かれていない。 苦しんでいる者は、病気などの具体的な苦しみよりも、むしろ誰からも愛されないという苦しみが根本にあると言う事をイエスは熟知していた。そして深く同情し、自らが彼とともに苦しむ事によって彼の根本の苦しみから解放しようと言うのがイエスの愛だ。奇跡的な側面を描かない事で、このような『愛』の構造がより深く理解できる。そしてこのように描写されたイエスは、いっそう人間的な魅力を持つ人物として我々の目に映る。 この他にも、このような考え方のイエスがなぜ当時の人々に全く理解されなかったか、ユダはどんな感情の変遷を経た後にイエスを裏切ったのか、などの興味深い事柄が、遠藤周作の独自の、しかし非常に真実味を帯びた語調で語られる。 とかく奇跡を崇拝する宗教だと誤解されがちなキリスト教だが、この作品ではキリストが崇拝される理由を、極めて人間的な部分においている。ゆえに宗教は信じないと力んでいる日本人にも違和感なく受けいられる。キリスト教をただ崇拝するだけでなく客観的に見る事が可能な日本の小説家だからこそできた事だろう。
0投稿日: 2009.06.01
powered by ブクログ田川建三によるこっぴどい、この「イエスの生涯」における遠藤批判を読むと、なるほど、と合点もいき納得もするのだが、30年以上も以前にこれを読んだ頃は、少し影響も受けた。 そしてその時のイエスのイメージは、今も残っている。 その時、ボクが受け取ったイメージ自体はそれほど間違っていないのではないかと、じつは今も思っている。 ただし、この作品で周作氏が強く打ち出すイメージ・・・<無力なるイエス>ではなく、<寄り添う神、同伴者イエス>の方だ。 新約理解として正しいか間違っているかではなく、ある概念としては受け入れやすかった。 その後、ずっとキリスト教からは距離を置いた暮らし方をしていたので、うっちゃっておいたのだが、またアレコレ考え、いろいろと読み出すと、周作氏から受け取っていた諸々のものが、どうも事実とは違っていることに気が付いた。 だが、それらがどう違っているのかを考えはしなかった。 もう一度、読み返してみようとすらしなかった。 ボクの中ではもう、周作氏のイエス像は終わっていたからかも知れない。 (この項、書きかけ)
0投稿日: 2008.12.23
powered by ブクログ涙が出てきそうになりました。 悲しいとか、かわいそうとか、嬉しいとか。 そういう涙じゃなくて、心の中がぐちゃぐちゃにわけがわからなくなって溢れちゃいそうになりました。 イエス・キリストが起こした奇跡。 それに反して、恐ろしく呆気ない終幕。 ずっと疑問だったその二つが、少しつながったように感じます。
0投稿日: 2008.12.11
powered by ブクログ神としてではなく、人間イエスとして愛を表したその姿を表現。 それこそ神と一体でなければありえない。 08/5/14
0投稿日: 2008.05.14
powered by ブクログ遠藤周作が書く、イエスの生涯。 あまりに無力なイエス。 まわりの人々の大いなる期待と反抗。 なんだか切ない。 処刑の時のイエスの台詞の解釈が一番好きですね。 最後まで神に身を預けていた…。
0投稿日: 2007.12.01
powered by ブクログ遠藤周作の目線が優しすぎて涙が止まらなかった。神や信仰を持たない私が最も納得し、共感するイエス像がここにある。
0投稿日: 2007.08.15
powered by ブクログアンドリュー・ロイド・ウェバーの「JCS」にはまって読んでみました。 キリストの今までのイメージが変わりました。
0投稿日: 2007.08.10
powered by ブクログカトリック教徒であった遠藤周作が、自分の筆で書き上げた「イエスの生涯」。この本は、学問的な視点から見ると疑問符つきで読まねばならないところがたくさんあります。(今日では遠藤氏がこの本を執筆した当時よりも、もっとイエス研究が進んでいるためでもあるでしょう。)しかし実際にイスラエルを訪れたことのある遠藤氏の視点、そして信仰者としての遠藤氏の視点は、「イエスの姿」を新たな角度で描き出しています。この作品は、遠藤氏の信仰告白であるといっていいのかもしれません。興味深い作品です。
0投稿日: 2007.05.19
powered by ブクログ最近買ったばかりの本です。 世界史で、キリスト教のところ をやり終えたら読みます。 はやくイエスに会いたいな!
0投稿日: 2007.02.16
powered by ブクログ07/2/14 聖書などに基づき著者がキリストの一生に迫った文庫。 人間としてのキリスト・決して聖人ではない周囲の人間などから推察される当時の模様を描いていて、今まで見聞きしたどのキリスト像よりも説得力がある。
0投稿日: 2007.02.14
powered by ブクログダビンチコード前から発売になっている、イエスの生涯を記した本!遠藤周作が本当にイエスを心から尊敬して愛している事がわかる一作!
0投稿日: 2006.10.13
powered by ブクログ魔法使いをすごいと言うの簡単だ。人間が人間をすごいと思えることが、なによりも心に衝撃を残す。イェスはそれでも、神であって同伴者であり、人間なのだ。
0投稿日: 2006.08.01
powered by ブクログ無力なキリスト、愛の人イエス。 クリスチャンじゃないけど、これなら理解できる。描いてある事が、嘘だとか、本当だとかじゃなくて、その背景を読み解いていく。聖書って言ったって、何かしらの真実を描いた一冊の書物なんだ、と。 眼開かれる一冊。0607
0投稿日: 2006.07.24
powered by ブクログ恐らくは著者が、非キリスト教徒にこそ読まれたいと願って書いた、若干理神論的解釈に傾いたキリスト評伝。死海文書などの歴史史料と著者自身の現地訪問に基づいた、綿密な描写から信頼を寄せうる歴史考察として読むことも可能と考える。周知の通り遠藤氏はカトリック信者であったが、この論理的考察に傾き過ぎた故に、自らが所属する教会側からのバッシングを受けたこともあるという曰く言われもある。同時に、この理性的解釈が欧米で高い評価を受けたことも本書の重要な点と思う。教会側のバッシングは著者も覚悟の上に違いない。自らの教会の方針がどこにあるのかを一番よく知っている日本人信徒だったからだ。それにも関わらず敢えてこの形のイエス伝を書き上げたからには、その目的が果たされ、それぞれの読者の肯定的・否定的両面からの反応が出ることこそが著者の本望だろうと思う。キリストの弟子にして、裏切り者ユダの救いに関する解釈は圧巻。
0投稿日: 2005.06.18
powered by ブクログタイトルからイエスの伝記かと思ったら遠藤周作のイエス論だった。 ある程度聖書の知識がないとちんぷんかんぷんだと思う。 かじった程度の知識ではかなり読むのがしんどかった… 『死海のほとり』と裏表になってるらしいのでそちらも今度読んでみよう
0投稿日: 2005.05.16
powered by ブクログ『死海のほとり』と表裏をなすと作者自身が言っていたので読んだ本。ユダはイエスを愛していたんだと考えるお仲間の方々には、太宰の『駆け込み訴え』と並んで読んで欲しい。やっぱり誰だってそう思うんだよね、ってことで。
0投稿日: 2004.11.06
powered by ブクログ泣きました。そして間違った楽しみ方と百も承知で、萌えました。宗教に嫌悪感のない方は是非。謎解きとして読んでも面白いのではないかと。
0投稿日: 2004.10.11
