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悲しみの歌(新潮文庫)
悲しみの歌(新潮文庫)
遠藤周作/新潮社
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総合評価

91件)
4.4
48
23
10
1
0
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    ガストンが『深い河』にも登場していて驚いた。 調べてみると、ガストンのモデルは、遠藤周作がフランス留学中にお世話になった神父だという。 また作中では、ガストンがキリストを象徴する存在として描かれていることもうかがえる。 人生は辛く、悲しいものというのがテーマ。 正義と悪だけで単純に割り切れるものではなく、それぞれに深い背景や過去がある。 ガストンはキリストのように、人と共に悲しむ存在であり、その姿勢は『沈黙』と通じる思想だと感じた。 作中の神父は信じた者だけが救われると語るが、ガストンと勝呂の関わりを見ていると、必ずしもそうではないように思える。 神を信じていない勝呂に対しても、ガストンは変わらず慈悲と愛を注いでいる。 ガストンはよく泣き、苦しみを抱えているにもかかわらず、人生は悲しいものではないと言う。 人が笑う、それだけでいいのだと。 暗く悲しい物語ではあるがその中には、神が人と共に悲しみ、寄り添う姿が確かに描かれていた。

    32
    投稿日: 2026.01.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    悲しみの歌 著者:遠藤周作 発行:1981年6月25日 新潮文庫 初出:週刊新潮1976年1月1日号~9月2日号『死なない方法』 書籍化:1977年1月、新潮社 遠藤周作の初期の代表作といえば、戦争中、九州大学でアメリカ兵捕虜を殺した生体実験という犯罪を描いた小説『海と毒薬』。その続編と考えられる作品。『海と毒薬』では、若い助手時代に生体実験を手伝った医師・勝呂が、企業村のような殺伐とした郊外都市で開業している変わり者の開業医という設定だったが、この小説では舞台を新宿にしている。勝呂は、戦犯のその後を追う新聞記者の折戸から取材を受ける。自分はもう裁判も受けたし、あの時は断れなかったんだ、書きたければ書けと開き直る。 甘やかされて育った学生山崎らは、遊んでばかりで単位が取れない。教授の矢野のところに頼みに行くが、けんもほろろに拒否される。山崎は矢野に娘がいることを知り、口説き始める。そして、矢野が夜に変装して若い格好をし、若い女の子と遊んでいる秘密を知り、それを娘にもバラす。娘は山崎と付き合い、妊娠してしまう。 日本に住み着いてそんなに長くないフランス人のガストンは、新宿の飲食店で残り物を集める。心優し彼は、病気で寝ている芋売りのナベさんを心配し、それを食べさせている。そして、ナベさんを勝呂医院に連れて行く。どうやら末期癌のようだった。ガストンは不慣れなアルバイトを掛け持ちし、医療費やナベさんの孫へのプレゼントを買おうとする。 折戸は九州へ行ったついでにH大学病院へ行き、勝呂の過去について調べる。その時に乗った飛行機のCAと東京で再会し、結婚を前提に付き合いはじめる。戦犯のいまを扱った記事は頗る評判がよく、局長賞を受賞して記者としての自分の将来に期待をしはじめる。 矢野は娘の妊娠を知り、勝呂医院に行かせて堕胎させようとする。偽名を使い、くれぐれも大学教授矢野の娘がふしだらなことをしたということがバレないように、と注意しつつ。堕胎すれば誰にも分からない、なにもなかったように嫁に行ける、と。勝呂は、助手時代に生体実験を手伝ったのは自分の選択だったが、とても断れる状況になかったから、したのだと言う。堕胎しにくる女性に対しても、一度は断るが事情を説明され、強引にいわれるとしてしまう。多くの命を奪ったことが心に積み重なってはいくが・・・ 折戸の記事により、勝呂医院は患者が遠のく。看護婦も辞めていく。もう成り立たない。それでも構わない、と勝呂はいう。 折戸は局長賞を受賞し、自信満々になったが、プロポーズを断られる。怒りを表す。こんなに将来有望な新聞記者のなにが不満なんだ、仕返しに今度会っても無視してやる! 祭りの日、勝呂は入院していた芋売り老人に、苦痛から解放してくれと頼まれ、安楽死をさせる。その秘密を知った不良大学生、そして、折戸。 勝呂は祭りの終わったH神社(花園?)で縊死する。 70年代の新宿は、あらゆる〝人種〟が集まるまちであり、何が正解か分からない、結論なき混沌と自由がある。 ******* 山崎:文学部学生、遊び人の不良学生、身勝手 林:同上 和田:同上 古沢:同上 矢野:文学部教授、62歳 矢野ハナ子:その娘、森進一ファン、山崎の子を妊娠し堕胎、野口の甥と見合い 君島:主任教授 浅田ミミ:ゴーゴー酒場に中年男と来る若い女子、中年男にメシをたかる、自分の稼ぎは全て貯金、店を持ちたいモデル ガストン・ボナパルト:心優しい外国人、フランス人、食べ物を集めている、ナベさんの友達、おかま帽(御釜帽子) ナベさん:芋売り老人、末期がん キミ子:ナベさんの孫 内田:ガス工事の監督 折戸徹夫:新聞記者(日日タイムズ)、 野口:九州H市の支局、東京で折戸と同期だった 浦川:現在、折戸の東京での同僚記者 勝呂:大学病院で生体解剖、新宿で開業医 戸田:かつて勝呂と同じ研究所にいた医師 伊藤テル:生体実験時の看護婦、H大学病院に残り外来事務 森田敏江:生体実験時の看護婦、既に辞めている 浅井助手:生体実験時の助手 大場看護婦長:生体実験時の看護婦長 上田看護婦:生体実験時の看護婦 本藤貴和子:スチュワーデス、矢野ハナ子とは高校の同級生だと後で分かる、 江田:ハナ子の洋裁学校の友達 今井:刑事 菊池貞夫:野口の甥、貿易会社勤務、ハナ子と見合い 近藤:牧師、貞夫の父親の友人、貞夫の大学時代の保証人

    1
    投稿日: 2026.01.20
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    海と毒草の続編という形。捕虜の生体実験に加わった勝呂のその後とそれを正義の名の下に取材する折戸、イエスキリストの生まれ変わりのようなガストンらが主な登場人物。結局人が人を裁くなんて無理があるんかな。胃癌末期のお爺さんを苦しみから解放するために安楽死させることにした勝呂だがその行為が本当にダメなことなのか、当人が望むなら正当性があるのか難しい問題。全体的に文章も暗く読んでて陰鬱になりそうになるがテーマとしてはとても大事な気がする。 文化人かつ教授の矢野の描かれた方が面白い。結局こういう人たちは何も生まず偉ぶってるだけなのか。

    2
    投稿日: 2025.11.17
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    海と毒薬の続編と知り(30年後の勝呂が主要人物として出てくる)、興味を持ち読了。 人が人を裁く。 それにはどんな正義感がいるのか。当時の時代背景は。 裁かれる者の心境への理解はあるか。 裁く者の主観が入っていないか。 遠藤周作がこの作品に込めた思いについて深く考えさせられた。 戦時中に事件に関わった人について、戦後の世代は当時の心境をどこまで理解できるのか。 そこのギャップは永遠に埋まらないだろう。 現代における有名人への誹謗中傷にも似たものを感じる。視聴者が見る「きらびやかな世界」とその偏見で、スキャンダル一つでいくらでもSNSで誹謗中傷されてしまう。そのスキャンダルが事実かどうか、また文章にした際にニュアンスが変わってるかどうか、だれも確かめていないのに。 せめてこの作品を手に取った人たちが、周囲が自分と全く同じ価値観ではないことを理解して一人ひとりに思いを巡らせる人になりますように。 そう願いたくなる作品だった。

    2
    投稿日: 2025.10.23
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    『海と毒薬』の続編です。 NSFMさんのレビューがきっかけでこの本を知り、ヒボさんに応援されながらこの本を読みました。お二人ともありがとうございました。 ··········································································· 戦後の日本の暗い部分にすっぽりと収まってひっそりと暮らす勝呂。戦犯として罪を償った後も医師を続けている彼は、フランス人のガストンから、ある老人の診察を頼まれます。癌の苦しみから老人を救うために勝呂が選択したことを、新聞記者の折戸は彼の過去と同様に追い詰めます。折戸の正義感は一種の暴力のようなものに感じることがありました。 「断ろうと思えば、断れたんだが······」という勝呂の言葉から、昔のこととして開き直って、今も医師を続けていると受け止めた折戸。「人生を単純に割りきっている青年」に「人が誰かを救う」ことが本当にできるかどうかを伝えることは無理だと思う勝呂。 正義を振りかざすことが、本当の正義なのか。罪を償って、更に罪を背負って生きていくことは赦されないことなのか。考えるうちに、時代と環境が起こしたあの事件が重くのしかかってきました。罪と罰について、熟考させられる読書になりました。 この二人の他にも、ろくでもない学生達の考え方や、裏表の激しい大学教授の外面の良さ、その大学教授の娘のなげやりな行動などが多くのページで書かれていました。罰せられない正義ではない行動と、罰せられた正義ではない行動についての違いは、人の死を操ったことだと思いますが、何か釈然としないものを感じました。それと共に、正義を振りかざすだけの人は、他人からいつのまにか壁が作られていることにも気づかないということに、哀れみを感じました。 この本のなかで唯一の救いのような人物は、フランス人のガストンでした。不自由な日本語で懸命に純粋な気持ちで人を助けようとします。誰かの笑顔が見られればそれでいいという生き方。最後まで勝呂にも寄り添った彼の「ふぁーい」という返事が、頭のなかに響きました。 勝呂があの事件の後にやってきた医師としての行動は、正しいことではないこともありますが、患者にとっては救いになった部分もあったはずだと思いました。そんな彼の最後の行動は、彼自身の救いになったのかもしれませんが、悲しんでくれる人がいたことに気づいて踏みとどまってほしかったと思いました。(この考え方は読者の私の独りよがりな考え方ですが···。) 読後、人を救うことと人を裁くことについては、どんな時代になっても考えていくべき問題だと思いました。遠藤周作が伝えたかったことは、考えて欲しいということだったのかもしれません。

    54
    投稿日: 2025.10.20
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    遠藤周作さん著「悲しみの歌」 「海と毒薬」の続編に当たる作品。主軸であった勝呂医師の30年後が描かれている物語になる。 研修医として生体解剖に携わってしまった過去のある勝呂は、罪という意識とは少し違う罰を自身に課せているように感じた。 彼はどちらかというと自分自身に失望しているように感じる。 彼自身が凄く人間らしすぎて、医師として人として、局面局面で選択せざるをえないその数多は、どの道を通っても誰もが納得できるものではないものばかり。 その中の一つは生体解剖という間違えでもあった、過ちの中でも最悪のもの。 そんな彼が辿る道は… 勝呂のその後の歩みは常に孤独感で溢れていて、まるで社会から隔絶されているような感じで切なすぎた。 今現在の感覚では、彼が「海と毒薬」での生体解剖を断らなかった行為は「PTSD」による自棄に近いものだと思える。だけど当時その精神状態には誰もが低認識だったろうから、彼の精神を更にもっと追い詰めたに違いない。 度々作中に出てくるが勝呂が町医者になりたかったという描写。人々に声をかけては勇気づけて、声をかけられては笑って談笑し、自転車に乗って各々の家へと診察に周るという小さな町医者としての理想が描かれる度に胸が苦しくなる。 そういう医者になりたかったろうに… 違った医者としての人生があったろうに… 眼で文字を追っているのにも関わらず、悲しみの歌が自分の耳にも聞こえてくるようだった。 勝呂の最期は自死という結末だったが、ある意味ではこれは贖罪のようでもありながら開放のような結末にも感じられた。 人として、医者として、 「何が正解で何が不正解なのだろうか?  誰がそれを裁けるのだろうか?」 作中あったこの言葉には深い意味合いを感じてしまう。 冷罵、誹謗、嘲笑、みな真相を知らずに… みなが勝呂を責め立てた。 その責め立てた人達はみな自分に甘く、他人に厳しい人ばかり。 偽善の上に成り立っているだけの正義を振りかざすエゴイズム全開の暴力に感じる。 自分自身を客観視できないだけならまだしも、人を攻撃する事に何の抵抗も持たずによく言えたものだ。 人として未熟すぎる、外見だけで作られている中身の薄い人々に感じられた。 逆に勝呂はそういう意味では自分という人間を客観視できていたのだろう。彼に同情を強く覚えてしまった。 悲しい物語だった。

    130
    投稿日: 2025.08.29
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    勝呂先生のターンはずっと泣きながら読んだ。 人は自分の目を通してしかこの世界を見れないのに、正義をかざして人を裁こうとするのは何故なのだろう。生きることはなんて辛くて悲しいんだろう

    5
    投稿日: 2025.08.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ぐうたら学生、正義感にあふれた記者、仮装趣味の大学教授、毎日違う男に食事をたかる女などなど新宿の人々の群像劇。その中で「海と毒薬」の勝呂医師、「おバカさん」のガストンが出会うことになる。題名の通り全体的に悲しいやるせなさが漂っており、「おバカさん」よりは「海と毒薬」の続編ということなのだろう。 「海と毒薬」は誰でも状況さえ用意されれば人を殺すだろう、ということを書いていたが、「悲しみの歌」は人を殺すのにメスさえいらない、とさらに踏み込んでいるように思える。結局あの勝呂は人を殺してばかりの病院稼業と新聞記者折戸の厳しい追及に疲れ果てて自殺してしまうのだが、まるで現代のSNS私刑みたいでちょっと驚いた。勝呂にもガストンの愛は確かにそそがれていたのだが、それでもなお一人のお爺ちゃんと無数の胎児たち、戦争捕虜の殺人を背負って自殺する。これを仕方がないと取るか、やりきれないと取るかは意見の分かれるところだろうか。あのお爺ちゃんとのやり取りを読んでいるとどうしてもやりきれないと思ってしまうが…。

    3
    投稿日: 2025.05.08
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    「海と毒薬」の30年後を描いた後日談 以下、公式のあらすじ --------------------- 生きることの悲しみ。我々の生に内在する本質的な悲しみに向けられる眼差し。 『海と毒薬』から二十年後に書かれた「後日譚」。 米兵捕虜の生体解剖事件で戦犯となった過去を持つ中年の開業医と、正義の旗印をかかげて彼を追いつめる若い新聞記者。表と裏のまったく違うエセ文化人や、無気力なぐうたら学生。そして、愛することしか知らない無類のお人好しガストン……華やかな大都会、東京新宿で人々は輪舞のようにからみ合う。 ――人間の弱さと悲しみを見つめ、荒涼とした現代に優しく生きるとは何かを問う。 --------------------- 勝呂の他に様々な登場人物の群像劇になっている 戦犯のその後を追っている「正義」を掲げる新聞記者 他人を助けるのに躊躇いのないガストン 権威的な大学教授と、その娘 単位を貰おうとする幼稚な学生 新宿で狡猾に生きる少女 結局、この人達は物語に登場してから最後まで本質は変わらない どうして人体実験を行ったのかという新聞記者 折戸の追求に対して、勝呂の返答は「疲れてたからとしか、言いようがない」 他の戦犯達の「上司の命令」や「軍部に逆らえなかった」という言い訳とは違っているが むしろ、だからこそそんな答えに納得できない 折戸は戦犯達が政治家になったり社長になってたりと、過去の行いに世間も目をつぶっているのが許せない そんな正義感の持ち主 自らの正当性を疑わず、四角四面な正義は時として危うい 過去に実験に参加して人を殺めた勝呂 過去の行為を悔いているようにも思えるが、人の命に対してどんな思いがあるのか 困り果てて訪れる妊婦の堕胎手術を行っているときには何を思うのか 医師の役目は人を救う事なのだとしたら 自分の行いは一体何なのかという問い 読者からしてみれば、勝呂こそが高潔な人間に思えるが 世間としては、過去に人体実験に参加した医師としか思われない 他の登場人物達は如何にも俗物で、自己の事しか考えていないように見える そんな中で際立つガストンの善良さ そして、そんなガストンとイエス・キリストを重ね合わせて ガストンから善性を認められる勝呂という構図 キリスト教の人達、怒るんじゃないかなぁ…… 前にも書いたけど、善と悪の基準や倫理なんて社会の変化に伴って変わってくるもの 今は一部の国と地域でしか認められていない安楽死にしても いずれ世界中で認められる時代が来る予感がする 勝呂が過去に行った事、患者の望みのまま堕胎し続けた事、末期の患者を楽にしてあげたこと これらのいずれの行為も、時代の価値観により批難されるだけで、絶対的な悪ではないんだよなぁ 勝呂の最後の選択に関しては納得感もあるけど 今までそれを選ばなかったのは、そのギリギリに立っていたからなのだろうか? むしろ、そんな選択をした状況が「疲れてたからとしか、言いようがない」ようにも思える その前の、患者を楽にした行為にしてもそう 本当に、色々な意味で「疲れていた」んだろうな……

    6
    投稿日: 2025.02.12
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    やっと読了できました。もっと集中して読みたい。 それでも★五つです。 ガスさんの気持ちを一人でも多く持つ事が出来れば、もっと優しい世界になるのにと思う。 教授、学生、記者と自分の考えが正しく正義と思う人間の多い事、、、でも令和になった今でも変わらない世の中だし、小説の舞台になった昭和とは違い、今はネットで情報の伝播があっという間に伝わり、軽い気持ちで人が人を裁く事が行われる。寂しい世の中だと思う。 自分自身、日々の中で人事評価をしなければならない立場なので、ルールに縛られる状況でも、向き合ってる相手の状況を把握したうえで、向き合いたいものです。

    1
    投稿日: 2024.11.17
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    この小説に描かれているレベルの悲しみを、噛み締めることができるほどの経験が、まだできていない。 矢野教授のように、自分が偽善的だと反省することもなく、周りに偉そうにして生きている人間もいるし、折戸新聞記者のように、正義を振り回して人を不幸にする人もいて、世の中は正しいとか正しくないとかで決めつけられないのに、自分は同じような振る舞いをしていないか、考える。 今の時代は、新聞記事だけではなく、SNSで、正義感たっぷりに誹謗中傷している人がたくさんいる。 人が人を裁くということが、無くなればいいのだけれど、やっぱりそれが完全に無くなると社会が成り立たないのかな。 人生は悲しみに満ちているけど、最後まで生き抜かないといけないし、それには隣にいてくれる伴走者の存在が大きな助けになる。遠藤作品自体が、救いの役目も果たしているように感じる。

    3
    投稿日: 2024.10.29
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     1958年の『海と毒薬』の続編=後日譚。新宿で小さな医院を経営するようになった勝呂が、さまざまな事情を抱えた患者たちと応対しているうちに、戦犯たちの「その後」を取材しようとする「正義派」の新聞記者によって追い詰められていく。『海と毒薬』の冒頭で記された事件以後の勝呂の生が、謎めいた外国人・ガストンとのかかわりを通じて読者の前に明らかにされていく部分が読みどころ。  週刊誌連載作ということもあって、とてもリーダブルで読みやすい。しかし、その分小説としては薄味になってしまっている。勝呂とガストンとキミ子以外の人物はあからさまに薄っぺらい人物として描かれていて——遊び呆ける大学生たち、メディアで言っていることとやっていることとが違うインテリ、「社会正義」というイメージに酔う新聞記者など——、それぞれの人物について、いかにも週刊誌的なスキャンダル・ジャーナリズムに通じる通俗的な挿話が展開されていく。また、勝呂の苦悩を浮上させるのが、ガストンとキミ子という穢れを知らない天使?的な存在というのも類型的。「俗情と結託した物語」と言うと酷だろうか。

    3
    投稿日: 2024.10.14
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    海と毒薬の続編。 生きることの悲しみや苦しみ、正論は人を追い詰め苦しめる。 登場人物は多いけど、とてもわかりやすく描かれており、文章から情景が見える作品。

    1
    投稿日: 2024.06.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

     生体解剖という医学の暴力と無反省を糾弾する折戸が、記事の暴力により人を殺し、その現実を受け入れようとしていないという構造が、冒頭の「泥棒が泥棒をつかまえ」たことに似て滑稽に思えた。  遠藤が、彼を含めた若い世代の人間に「距離を置いて対している」[427頁]ことも相まって、私は彼らに対して愛着を持って接することができず、正直に言えば「救いようのない」と思えてならなかった。  ただ、幸運なことに、折戸には野口という気づきの種となる人物がいる。勝呂に後日談があったように折戸にも後日談があるならば、野口は「救い主」になれたのだろうかと想像した。

    3
    投稿日: 2024.04.02
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    2024.2.17 読了。 「海と毒薬」の続編であろう作品。 新宿でひっそりと開業している医者・勝呂は戦時中、外国人捕虜の人体実験に関わったことがある元戦犯であり、現在も色々な事情を持つ女性たちの堕胎手術も行っていた。 ある時、新聞記事の折戸から「戦犯について」の取材を受ける。 そして謎の外国人ガストンは末期の癌患者の老人を助けようと勝呂の元を訪れた。 落第しそうな学生がなんとか教授から単位をもらおうと悪巧みをしたり、いつの日かの夢のため夜の街で男たちを騙して食費を浮かせる女……様々な人間が行き交う新宿で生きる人々たちの物語。 読んでいて重く辛く、そして考えさせられる作品だった。「海と毒薬」も相当に重いテーマを扱っているが大河に飲み込まれるように逆らえぬ戦時中のことが尾を引いて人々の人生を狂わせていくツライ物語だった。 「神を信じていない」という勝呂の前に見返りを求めず目の前にいる悲しみを抱えた人をなんとか笑顔にしようとしているガストンの姿は最初は健気に見えたが、読んでいくと悲しみも苦しみも包んでくれそうな光を放つ人物で、神というものが存在するのであれば苦悩や苦痛、様々な困難を与える者よりも慈悲深いガストンが神であれば良かったのに…などと思えてしまった。 ガストンが傍にいて助けを求める人々もいるのに自分で自分の首をどんどん締め付け追い詰めてしまう勝呂の姿が苦しかった。 40年程前に書かれた作品なのに、生と死の問題や正義と悪の関係、誹謗中傷がどれほどの刃になるのかなど様々な問題が描かれ、しかしそれらの問題が現在も何も変わらず解決していると言えない世の中だと感じて気持ちが沈む。人が人を救うことはかなり困難であり、また人が人を裁くということも困難であると突き付けてくる作品だった。読んでいて辛く苦しい作品だったが読んで良かったと思う。 みんながガストンのように生きることが可能であったら「神がいる」といえるのかもしれないとも考えてしまうがガストンのような人が利用され傷付き、哀しみを背負う世界が現実なんだと思うとやりきれない気持ちになる。

    3
    投稿日: 2024.02.17
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    人が人を裁く資格なんてない。40年経った今も、当然それは変わらない。 追い求める正義は、果たして誰にとっても正義なのか。自分がその立場に立った時、絶対に起こらないと断言できるのか。 生きることに付随する悲しみが、あまりに多すぎる。もう苦しまなくていい、もう辛いことはない。誰もが死に向かう中で、死を求めることが「良くない」ことだと断言ができなくなる。 人間の悲しみを知らないように振る舞う人間は、眩しい。し、暴力的だ。

    1
    投稿日: 2024.02.04
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    大晦日に読破。良かった。もう一度読みたい。 人間はやがて死ぬ。早いか遅いか。今していることは、だからなんなん、と自問するとに戸惑うことばかり。どう生きようか。

    3
    投稿日: 2023.12.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一貫して哀しみの歌がこの小説には流れている。 奉仕の心が大切なのは間違いないが、それが実際に他人への救いとなることがいかに困難かを知らされる。 救われることへの諦念に僕は息を止めたくなった。

    1
    投稿日: 2023.11.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    中学生の時に読んだときの衝撃が忘れられない。 悲しさとは違う哀しさを知った本。 やるせなくて、悔しくて、でもその感情をぶつける矛先が無くて、哀しい。 海と毒薬でも沈黙でもなくこの本を教室に置いたあの国語の先生はたくさん本を読む人だったんだなあと思う。 今年の夏に読み返したい。

    2
    投稿日: 2023.07.29
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    名作『海と毒薬』と『お馬鹿さん』を絡めた続編と言ってもいい作品。 私はそのどちらの作品も感銘を受けたけど、絡めているからこそ更に響くものがあり。 正義は時に人を苦しめるし、素直さが自分を苦しめる。 悲しい歌だ。

    2
    投稿日: 2023.04.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    新宿を舞台にした群像劇。 「海と毒薬」に登場した医師の勝呂が、あの後どんな人生を過ごしてきたのかが分かる作品となっていた。 それとガストンも。ガストンはここではイエス的な役割を担っていて、かなりの重要人物。彼の言動は突拍子もないように見え、自分も暮らしが立ち行かないのに人助けばかりして、破滅的すぎて時には滑稽ですらある。他人のためになぜここまで出来るのかと不思議でならないのだが、ラストでガストンの他人への気持ちや、心の声が聞こえた瞬間に号泣してしまった。 その前の、勝呂の自殺でもすごく苦しんだ。そんな道を選ばず、最後の最後まで生きてほしかったのだ。 癌の末期患者のケアを無償でやっていたのだって、人間性が表れているなと思う。病人に優しい言葉しかかけなかったところも切なかった。 他人の苦しみは受け止めても、自分の真の苦しみは誰にも共有できなかったのかもしれないなと思うと、涙が止まらない。

    1
    投稿日: 2023.02.25
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    ガストンの愛に、勝呂医師の苦悩に、泣いた。 この小説を高く評価する人が多いということは、この世の中にはまだたくさん、簡単に割り切れないものへの理解や、生きることの大変さへの理解、悲しみを抱えながら生きる人たちに寄り添う気持ち、また同じく苦悩している人がいることだとも思った。 おそらく私は再びこの小説を読むと思う。「海と毒薬」とともに。

    5
    投稿日: 2023.02.19
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    やるせない哀しみに満ちた作品。 後期の遠藤周作はとにかく読み易い。が、だからこそ簡易な表現や作中の一節に引力がある。 本作のイエス的人物であるガストン・ボナパルトの優しさ、暖かさから来る発言は特に印象的。 読まなくても通読に支障は無いと感じたが、やはり『海と毒薬』は通った方が、主題の理解に深みを与えると思う。

    3
    投稿日: 2023.01.19
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    ガストン良い奴過ぎる。勝呂医師は天国で涙を流しているんだろうか。 自分の中にも折戸がいるのかもしれない。

    2
    投稿日: 2023.01.18
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    「海と毒薬」から20年の時間を経た1977年の 「悲しみの歌」新人医師だった勝呂医師はそれと同様に年齢を重ねている。 戦時中 米兵捕虜の生体解剖事件に関与し、戦犯となり罪を償った後、新宿でひっそりと開業していた。彼は過去の罪に縛られて虚無の中生きていた。 一人の若き新聞記者が彼の過去を掘り下げ、正義の記事として発表する。 そのような時、貧困の末期癌患者を受け入れ手当を続け、患者の安楽死の希望を受け入れる。 勝呂医師の背負い続ける罪の意識に対して、当時の自堕落な若者、社会的地位に固執する男、それに反発する娘、平然と生きている様子がおりこまれる。 そして、作者のイエスのイメージと思われるフランス人の青年が献身的で無条件な優しさで、登場する。彼は、悲しみに寄り添う。 ストーリーはわかりやすいですが、罪とは、悪意とは、贖罪とは、答えを得られるものではない。 勝呂医師の罪意識の持ち方や葛藤、あるいは無意識の行動は、日本人の典型に近いかもしれない。

    30
    投稿日: 2022.05.08
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    どうしようもなく暗いテーマで、憂鬱のきわみになった。 『海と毒薬』の後日談。『おバカさん』のガストン・ボナパルト再登場。ストーリーはさほど変化に富んではいない、だけど読まずにおれず、最後まで引っぱっていかれるすごさ。 人間、生きていくのにどうしょうもない矛盾をかかえているというのは、夏目漱石の作品を読み継いで来ても強く思うことだけど、そこに文学の楽しみもあるからなんだかおかしい。 しみじみしたり、癒されたり、「わっははは」と愉快になったり、スリルとサスペンスもいいけど、深く深く考える動作も必要なのだ。 時には暗く憂鬱になって、考えに考え、闇の中の燭光のようなもが仄見えはしないかと、いつも期待しているのも読書である。

    3
    投稿日: 2021.08.29
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    『海と毒薬』の続編的な位置付け。これを読むことで「海と毒薬』への理解も深まったような気がする。誰しも不安、迷い、弱さ、後悔、孤独を抱えている。一見、交わることのなさそうな登場人物たちが何かしら勝呂医院と繋がりながら交錯し、すれ違っていく。虚栄や欲望に飲み込まれていく中で、頼りなくもピュアで無償の優しさを持ったガストンの存在が微笑ましく救いになっているような気がする。勝呂も彼にだけは心を開こうとしていた。人を救うために医者になったのに、結局人の命を奪ってばかりいると自らを省みる勝呂。罪の意識がありながらも救いや許しを求めている訳ではない。理解されない寂しさ、悲しさ、諦めによる辛い結末。牧師や聖書の言葉に耳を傾けていたら少しは救われていたのだろうか。神を信じることで救われる部分もあれば、やっぱりそれだけで全てが解決する訳ではなくて、心のしこりのような負の感情は簡単には消せないということを表したかったのかな。80年代初頭の作品だけど描かれる人間の内面は今でも変わらない。何でもバッサリと善悪や明暗で切り分けられがちな今こそ、改めて考えされられる作品。

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    投稿日: 2021.08.17
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    "正義"とはなんだろう・・・? 言論の自由が保障されていて、何を考えていても、誰かに処罰されることなどない世界。一方で、世間の考えに反する意見を持つ者は、暴力をふるわれ、白い目を向けられる世界。 両者は同じ世界でも、そこで発言することの重みは違うと思う。殴られたり、家族に危害を加えられたり、職を失う可能性があったりすることがある場所で、その一線を踏み越えてはいけないと抵抗できる人はどれだけいるのだろう・・・。 「そんなこと、普通だったらしない。」口で言うのは簡単。ましてや、その状況にいなかった人ならなおさら。 同じ命を奪うことに対して、葛藤し、背負った重さを胸に秘め続けて生きていく人もいれば、自分の地位が脅かされることを恐れ、命の芽を潰し、その事を忘れて、同じ過ちを繰り返して生きている人もいる。 他者の心の中なんて、誰にも分からない。自分の中の"正義"を振りかざして、苦しみ、もがいている誰かを追いつめることだけはしたくないし、してはいけない。そんなことを感じた。

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    投稿日: 2021.06.06
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    『海と毒薬』の続編のような小説。 生きることに付き纏う悲しみ。 弱さと強さの境界でもがいてもがいている人々。 正義感をふりかざす自己満足。 無償の愛。 薄闇と霧にまみれた世界で、生きるとは何か?を激しく問われる。 多くの登場人物が少しずつリンクしながら繋がってゆく様は、新宿の雑踏を思わせつつも惑うことなく描き分けられ、その描写や緩やかに流れる時間軸が凄まじい悲壮感を極だたせている。 素晴らしい筆力。 愚直なゆえ力強く生きる若者たちが光なのか? ガストンだけが光だったのか? そしてやはりそこに正解を見出せないまま、物語は終わる。 くるしい。 悲しい。 悲しみの歌。

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    投稿日: 2021.06.02
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    【こんなとこ、なければいいと思いながらー】 湿気と、先の見えない藻と泥の濁りと、ヘドロの匂いで、嫌な雰囲気がはじめにあった。 ガストンに救われるところもないではない。でもむしろ、より残酷さが際立つと感じた。 残酷でも、映像にすると、美しいだろうとさえ、思った。 堕胎手術ときよしこの夜。ガストンの行動と勝呂の行動。この2シーンのコントラストは、哀しく、残酷で、美しい。こんなことなければいいと思いながら。 海と毒薬は未読。それでも読める。

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    投稿日: 2019.10.04
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    「正義とは何か?」 この問いにぶち当たる度に、私はこの本を読んでいる。 先日、居眠り運転をして交通事故を起こしてしまった。 その時に正義感に満ちた警察官は「事故を起こした悪人」である私に対して威圧的で、とても苦しかった。そして、この本が無性に読み返したくなった。最近読んだ中で最高に面白い、改めて大好きな本。 同じ遠藤周作の著書『海と毒薬』の続編で、戦時中外国人捕虜の人体実験に関わった勝呂医師のその後の話だ。この小説の中で「正義」という単語が8回でてくる(数えた)。正義という名のもとで悪を糾弾する若手の新聞記者が、勝呂医師を追いつめていく。白か黒か。正義を信じて疑わない人は、自分がそちら側の立場に立つ姿を想像できないのだろう。 世の中には、グレーがたくさん存在する。一見、悪に見えたとしても、その人の事情があることもある。 そのことに気づけただけでも、かつて血気盛んにこの本を読んでいた頃より私は随分と大人になったと思う。 助産師になったからか、昔読んだときとはまた違った味わいがあった。人工妊娠中絶の描写が多く出てくるからだ。 夕暮れ、新宿の裏通りにある医院にそっとやってくる女性たちに、勝呂医師は「それが彼女たちの生活をさし当り救うただ一つの方法だとして、その女たちの体から生れてくる命を、数えきれぬほど殺して」きた。そのことに対する自責の念にも苛まれながら。 私の職場でも、毎日のように行われる子宮内搔爬術。流産の場合もあるが、希望も多い。理由があるにしろ、私たちがしていることは、いのちを殺めることには違いない。 今当たり前に行っていることも、時代が変われば人殺しと呼ばれることもあるのかもしれない。でも、その行為で確かに救われる人もいるのも事実だ。あくまでも、白でも黒でもなく、グレーの行為。そういうもの、で割り切ってはいけないのだなあと思う。 先日、うちで家で飼っているメス猫の避妊の話をしていた時に、「手術自体は1万円で、もしお腹を開けてみて妊娠していたら、さらに1万円かかる」という話をしていたら、職場の先輩助産師さんに「お金の問題じゃないでしょ!妊娠していたら、育てなきゃ!」と怖い顔で言われた。そこで初めて、自分が猫のいのちを軽く扱っていたことに気づいた。ヒトならばだめで、猫ならばいいのか。それは人間のエゴだ。 時代の悪戯だとしても、過去に罪を犯したものは、一生糾弾されなければいけないのか。そもそも、誰が誰を裁いてよいものか。相模原の事件を思い出す。文中で記者が言う「腐った果実は捨てた方がいい」ということばは、背筋がぞくりとした。 前は感じなかったが、最近自分が短歌を始めたことで、遠藤周作氏の描写の豊かさにも改めて感心した。 「手の切れるような一万円札」 「待合室から奇妙な笛のような音が聞えたからだった。奇妙な笛。いや、そうではなかった。それは二人の会話を聞いたガストンが泣いている声だった…」 何気ない言葉だが、その情景がスッと想像できる描写。最近、若い人の口語体の文章を読むことが多かったが、文豪の迫力と表現力を改めて感じた。遠藤周作作品をもっと読みたい。 −−−−−−−−−−−−−− 「絶対的な正義なんてこの社会にないということさ。戦争と戦後とのおかげで、ぼくたちは、どんな正しい考えも、限界を越えると悪になることを、たっぷり知らされたじゃないか。君があの記事を書く。それは君にとって正しいかもしれない。しかし、君はそのためにあの医者がこの新宿の人々からどんな眼で今後、見られるか考えたかい」(358)

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    投稿日: 2019.04.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『海と毒薬』の勝呂医師が登場する、ということで読んだ。彼が主人公の続編というよりは、群像劇の中のもっとも重要な一人というような立ち位置である。 事前に読んだ人たちからの感想を聞いていたので、かなり身構えつつ読んだのだが、本当に悲しい結末だった。しかし、その救いのなさのために、私は遠藤周作に感謝した。 なんて人は悲しくどうしようもないのだろう。なぜ善人が傷つけられ、痛めつけられ、苦しみ悲しむのに、しょうもない人間がのうのうと生きてえらい顔をしているのだろう。 この作品に出てくる勝呂医師やガストンに比べて、若手記者や大学教授、そして学生たちは本当に愚かでしょうもない。彼らは深く考えず自分のために人を踏みつけにする。そして、踏みつけにしても知らん顔ができる。それどころか、彼らは自分が人を踏みつけたことを正当化さえできるだろう。 それに比べて、勝呂医師は苦しむ人を助けてあげながら過去の罪に問われる。ガストンは人を助けるために懸命に働いて、人に馬鹿にされる。 どうしてこの世界では、こんなにひどいことが許されるのだろう。どうして神様は、こんなに優しい善人たちを助けてくださらないのだろう? 勝呂医師は誰にも許されずに死んでしまう。彼の名誉は、おそらく死後も回復することはない。彼は社会的に悪人のままなのだ、彼の名誉を取り戻してくれる人はいないのだ……。 しかし、一方で彼は絶対的な許しを与えられる。それがガストン≒キリストの存在である。 ガストンは彼の人間としての尊厳を守ってくれる。先生はいい人、優しい人だと言って、それを理解してくれているのだ。それは全く社会的な許しではない。また、彼の生命をも救ってくれない。 しかし、勝呂医師の人としての尊厳を守ってくれる。ガストンは無力であるが、その許しは神の赦しにも等しい。それが読者にはわかる。私にはわかる。それが悲しくてたまらない。 その赦しがあまりに優しく、そして無力であるゆえに、私はそれを信じることができた。とても悲しいけれど。社会に受け入れられない人間でも、神様には赦してもらえる。泣くしかない。

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    投稿日: 2019.03.17
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    昭和32年に発表された海と毒薬からほぼ20年後に書かれた後日談。読んだのは、昭和56年発行の7刷。 読後、涙が。悲しすぎる。おバカさんで読んだガストンがキリストの再来かのような立ち位置で描かれている。勝呂医師の悲しみが若い新聞記者の折戸にはわからない。わかるはずもない。大学教授の矢野の表裏の顔。人間はひとつの偶然に、のればあるいは置かれた状況しだいでどんな悪をもやれる存在だ。それは水が低きにつくようなものでいかんともしがたい。そんなやんわりとした意図が悲哀とともに書かれてる。つらい。

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    投稿日: 2019.02.18
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    時代背景、作者の思想など色々あるとは思うけれど。個人的な意見を書くならば、キリスト教色をもっと抑えた方が良い作品になったと思う。 特に「ささやき」(?)のシーンはホント余計。 それ以外は、最近の世の中を見ながらなんとなく感じていたことに重なる点もあり、基本暗く沈んだ物語だけど沁みる作品でした。

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    投稿日: 2018.01.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    もう一回読み直したら、また違う感覚を覚えそう。すごく深い作品でした。 最後までガストンか助けてくれることを祈っていましたが、良くも悪くもキリストの思想。助けるというよりは寄り添う姿勢でした。 読後悲しい気持ちが残りました。 正しいだけでは生きていけない。それぞれの事情もわからないまま自分の正しさを相手に押し付けてはいけない。 どこかで勝呂とガストンとキミちゃん、そしておじいちゃんが救われることを祈っています。

    1
    投稿日: 2017.11.19
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    30年ぶりぐらいに読みたくなって一気に読了。 私が「正しいこと」を言う人が苦手なわけがこの本の中にみんな入っている気がします

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    投稿日: 2017.03.05
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    本書『悲しみの歌』は、『海と毒薬』の続編となる…、と、あるのは、みなさんのレビューの通り。 『海と毒薬』は、太平洋戦争末期、九州大学医学部で行われたアメリカ兵捕虜の生体解剖実験を元にした物語で、戦時中の話。 そして、本書『悲しみの歌』は、戦後の話で、復興を果たした20年後の話になるだろうか。 主人公の勝呂医師は、新宿で開業医をしているが、その新宿を中心にさまざまな人物が登場し、描かれる。 似非文化人の大学教授やその娘、反権力を訴える(やがて、スーツを着て企業に勤めていく)大学生。 勝呂医師の“過去’”を曝く正義感に溢れた折戸記者と同僚の記者野口。 そして、末期癌患者のおじいさんとその面倒をみていたガストン。 他にも、多くの、かつ、魅力的で重要な人物が出てくる。 刊行されたのは、かなり前になるので、出てくる言葉も時代を感じさせる 戦時中の倫理観の狂いから起きた事件が、戦後の人々を苦しめ続ける。 深い事情や彼の心理を知らない者たちは、その事件の表面だけを見て彼を糾弾する。若い新聞記者である折戸を始め、さらにその表面だけを「知る」顔のない世間の一般人も。 折戸(や世間といった)勝呂を糾弾しようとする正義感は、きっとその時代の倫理観からすると正しいのだろうけれど、善と悪は、それほどすっぱり簡単に二つに割り切れるものではない、と。 ただ、自分も(たぶんこの本を読んだ人も)、簡単に、“勝呂医師”や“折戸記者”のような人物に絶対にならないと断言できないという、恐ろしさもある。 本当に「正義」って何だろう?と考えさせられた。 本書の最後に触れられていたが、安楽死の問題も、重要な描写。 少しネタバレになるが、最後の場面で、別の記者でなく、折戸記者が、目撃者になっていたら、どうなっていただろうか。 ガストンは、やはり、イエスのメタファーなのかな。 どこまでも、優しく包み込む。

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    投稿日: 2017.02.19
  • 現代にも同じような虚無感が・・・

    「海と毒薬」に引き続き読んでみた。日々の暗さ、希望のない生活、疲労、もうどうにでもなれという虚無感。単なる利己主義での追従と違うからこそ悔いも大きかったのだろうか。そもそも生体解剖事件の関係者すべてが無反省な人間だったならこの事件は闇に葬られたはずだ。過去の出来事から学んで来たはずなのに、豊かで平和である現代にも同じような虚無感があるように思う。後半で先輩記者の野口が語っている内容が深い・・・どんな正しい考えも限界を超えると悪になる。一人の人間が半生苦しんだことを半時間そこそこで話せるはずはない・・・

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    投稿日: 2017.01.25
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    凄まじい本でした。学生時代に「海と毒薬」を読み、衝撃を受け、勢いでこの本を買いましたが、何となく本棚の奥で眠らせたままでした。今回、何気なく手にとり読んでみましたが、生きることの染み込んでいくような悲しみの存在を感じさせられました。勝呂の罪を背負い、傷ついてきたからこそ発揮できる優しさは世間には認められず、折戸の正論が持ちうる暴力が正当化される世界。よく考えるとこの社会は自分が持ちうる優しさや繊細さを誤魔化せない人が迷い苦しみ、何でも自分に都合がよい正論で白黒をつけて、周囲に構わず突き進むタイプの人間がどんどん地位を築いていく。今も昔も何も変わってない。 勝呂が死を選ぶのは彼の生涯を考えると、至極当然のことなんだけど、その権利はなくても幸せになって欲しかった。ガストンが勝呂が天国に行くと言ってくれたのがせめてもの救い。そして折戸が貴和子に結婚を断られたのも、まだこの世界を信じさせてくれる。ただ、それらのこともこの社会の仕組みの不条理の前では何の意味もなさない気がして、本当に無力感を感じさせられました。最後、ガストンが無償の優しさを与える描写があったり、噴水に当たる光の描写があったり、この世界の希望を匂わせるのですが、自分には何が希望になるのか結局この小説からは掴めなかった。その分、この小説が描く社会にリアリティーを感じました。 作者の遠藤さんはキリスト教信者みたいですが、同じく信者のsunny day real estateの音楽が奏でる世界観にやはり近いです。人間の汚れや穢れを表現し、その裏にある人間の真の美しさや希望に迫ろうとしている気がします。しかし、結局何が美しさ、希望になるのか、自分にはまだ分かりません。

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    投稿日: 2016.10.15
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    重くて深みが凄く、後々まで考えてしまいそうな小説だった。 春に読んだ「海と毒薬」の続編で、事件の30年後が描かれている。 正義って何だろう?と改めて考えた。 善と悪ってすっぱり二つに割り切れるものではなく、両方つながっていて、当然グレーゾーンというものもあって、人は立たされた立場やその時の世情によって、簡単にその善と悪を行き来するような生き物なのだと思う。 「海と毒薬」は戦時中の物語で、この小説は戦後の物語。米兵捕虜の生体解剖事件の戦犯となった勝呂医師は刑期を終えて新宿で開業医をしているが、彼にはその過去から来る陰鬱な影が常につきまとっている。 戦時中の倫理観の狂いから起きた事件が、戦後の彼を苦しめ続ける。 深い事情や彼の心理を知らない者たちは、その事件の表面だけを見て彼を糾弾する。若い新聞記者である折戸も。 折戸の正義感は、きっとその時代の倫理観からすると正しい見方なのだろうけど、善と悪はすっぱり二つに割り切れると信じている青さが、人生経験の少なさと若さを象徴しているのだと思う。 人の奥深い心理を無視しすぎている直球な言葉は、色んな人を傷つけてしまう刃になりかねない。 私もどちらかというと直球なタイプで、もう少し若い時は今よりも善と悪の感覚が違っていたように思う。それこそ折戸のように、グレーゾーンなんて認めない、悪いものは悪い、というような感じで。 でも人間ってそんな簡単には分けられないし、何かに流されて悪い方に行ってしまうこともある。 そのこと自体は悪だとしても、過ぎ去ったあとその事柄をどんな風に受け止めて生きていくか。 人の悪さを糾弾するのは簡単だけど、そもそも人が人を裁くなんて出来ないのではないか?って。 遠藤周作さんはキリスト教を主題にした作品を多数残されているそうで、この小説にもその要素は垣間見える。 人を裁くことは神にしか出来ない(神が存在するとして)。 この小説のある意味主役とも言えるフランス人のガストンは、無償の愛を他人に注げる嘘みたいにお人好しな人間で、彼の存在はイエス・キリストのメタファーになっていることが分かる。 人のために喜んだり泣いたりすることがガストンにとっての幸せで、針のむしろ状態の勝呂医師の側に常に彼がいたことは、勝呂医師にとって大きな救いになったように思う。 そして、人の死をコントロールするという罪悪についても描かれている。 法律上安楽死は許されないのに、妊娠中絶は許されているという事実を、改めて考えさせられる。 両方とも、その本人が望むのだとしたら?どうして妊娠中絶は良くて安楽死は駄目なのか? そしてそれに手をかけた医師は、再び深く苦悩することになる。 とても悲しい物語だった。 まさに悲しみの歌が、物語中にずっと流れているような。 倫理的には悪者である勝呂医師と、その対比として登場するたくさんの人物たち。読者にとってどちらがより悪いか、憎々しく映るか。 人の噂や単純すぎる倫理観で人を見てしまうことは現実にも山ほどある。だからこそそういうものだけに惑わされないで、自分の目で見て感じる力を身につけたい。そんなことを思った。

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    投稿日: 2015.11.27
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    暗い小説です。 太平洋戦争末期に九州医大で行われた捕虜の生体解剖実験を元にした『海と毒薬』の実質的な続編である本作。 その前作も暗い小説でしたが、その「暗さ」のイメージが異なるように感じます。 例えるならば、『海と毒薬』は夕闇のような限りなく闇に近い暗さ、『悲しみの歌』はどんよりとした曇り空でその上霧雨の降るような薄暗さ、という感じでしょうか。 その「暗さ」の違いは、それぞれの作品で遠藤周作が書きたかったもののオマージュとなっています。 『海と毒薬』では戦争末期の絶望的な状況の中で起きた非人道的な実験への倫理的な問いかけ、そして『悲しみの歌』では勝呂の抱える罪の意識と悲しみ。 この違いが、私が両者の「暗さ」の違いとして感じた正体であるように思います。 …とかなんとか書いてるうちにだんだん何言ってるか自分でもよく分からなくなってきました。 とにかく暗いですが面白い小説だったことは間違いありません。乱文終わり。

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    投稿日: 2015.09.29
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    この世は「悲しみ」でできている。本書を読み終えてまず思った感想は、こうだ。本書は複数の文学賞を受賞し、映画化もされた著名な『海と毒薬』の続篇にあたり、同作に登場した勝呂医師がふたたび登場する。『海と毒薬』の内容をもう1度おさらいしておくと、第2次世界大戦の末期、九州帝國大學において、捕虜になった米兵が、生きたまま解剖された史実をもとにした小説で、戦時中とはいえもちろんそんな行為は立派な犯罪である。ひるがえって本作の勝呂も、刑期を終えたことが物語中に描かれており、生体解剖がちゃんと断罪されたことがわかる。しかし、ほんとうに勝呂医師だけが悪かったのだろうか。あるいは、ほんとうに断罪されるべきであったのだろうか。むろん、行為じたいが褒められるべきではなく、むしろ責められるべき性質をもつことはわかる。しかし、いちいちネタバレをするほどのことでもないので詳述は避けるが、勝呂医師の「最期」をみるに、この断罪によってはたして救われた人はいるだろうか。言いようのない「悲しみ」を増幅させただけではないか。勝呂医師は現在は新宿で開業医をしていて、やがて新聞記者に過去のことを嗅ぎつけられ、断罪される。しかしその新聞記者もまた、真実を追求するいっぽうで、互いに惹かれあってたはずの恋人からは別れを切り出されてしまう。正義とはなにか。これもまた、悲しみの一種なのではないか。べつの記者である野口のセリフの端端には、こういった無力感のようなものも垣間見える。そして、勝呂医師のまわりに集まる患者や、その見舞客たち。それぞれがさまざまな事情を抱えていて、とても幸福そうには見えない。生きることの本質は、悲しみではないであろうか。末期癌の患者は、やがて勝呂医師に「安楽死」させられる。しかし、それこそがほんとうの救いなのではないか。生きるとは。死ぬとは。幸福とは。悲しみとは。この行為ひとつとってみても、世の中がそう単純には割り切れないことだらけであると知る。著者はキリスト教の熱心な信者であることで有名で、本作の作中にも聖書の一節が引用されている。しかし、著者はそのキリスト教の救済に対してさえも、なにか本質的な疑問を感じているように思える。救済とはいったいなんなのか。あまりにも重すぎるテーマばかりで考え込んでしまうが、それだけに読む価値はじゅうぶんすぎるほどある。

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    投稿日: 2015.07.06
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    登場人物が、あちこちで関係を持つのがフィクションならではだが、勝呂医師には共感できる。勝呂を糾弾する記者折戸に対する同僚野口の言葉。「絶対的な正義なんてこの社会にないということさ。戦争と戦後のおかげで、ぼくたちは、どんな正しい考えも、限界を超えると悪になることを、たっぷり知らされたじゃないか。君があの記事を書く。それは君にとって正しいかもしれない。しかし、君はそのためにあの医者がこの新宿の人々からどんな眼で今後、見られるか考えたかい」折戸や常に世間体を気にする矢野教授のような人は、悲しいかな、この社会には多い。2015.5.6

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    投稿日: 2015.05.06
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    なんとも沈鬱な物語。予備知識なく読み始めて「海と毒薬」の続編であることが分かりとても興味深く読め進めるが、物語は悪い方向にどんどん進み、とてもやるせない。「沈黙」のテイストに近いですね。 大学教授は結局のところどうなっていくのかが気になるが、一番救われない気がする。 作者が持つテーマである、神の無慈悲、沈黙が綴られるが、救いは基督の使徒のようなガストンの存在か。 ともあれ人生は深く、辛く、また罪深い。

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    投稿日: 2015.03.08
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    群像劇。その一人に「海と毒薬」の勝呂がでてくる。解説では、これは海と毒薬の続編とのこと。 「深い河」にでてくるガストンが登場。同じようにイエスと重なるような役割を果たす。 沈鬱な調子にひきづられた。文章がうますぎる。 解説のインテリぶりが、本編との温度差とも相まって鼻につく感じ。解説はオススメできかねる。 地元図書館Bエ

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    投稿日: 2015.03.06
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    遠藤周作の著書はけっこう読んでいるが、マイ本棚に入るのは初めての著書になる。 新潮文庫だが、最初の発行年が昭和56年、そして手元にあるのは平成24年の41刷である。 けっこう読み継がれているものだ。 1977年(昭和52年)に新潮社より刊行されたので、著者が53歳位の時に書かれたと思われる。

    5
    投稿日: 2014.12.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一つの時間に起こった出来事について、登場人物それぞれのシーンに時折切り替えながら物語が展開していくのですが、切り替えリズムが斬新で、独特の世界観が感じられました。登場人物一人一人の心情の動きの描写について、綺麗事だけでない苦しみや醜さの塊の部分も描かれている点が、尚心惹かれました。また、絶対の“正義”を人に安易に振りかざすことで生まれる一つの悲劇をも、この作品の中で目にしたように思います。

    0
    投稿日: 2014.09.26
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    海と毒薬の後日端らしい。売ろうかと思ったが思いとどまり、読み出して止まらなくなった良作。落ち着いたときに、もういちど読み返してみたいものだと思う。

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    投稿日: 2014.03.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いつか評価をもう一つ上げたくなるかも知れない。人が人を傲慢に裁くことは、現代の炎上なども同様で、全く古びていない。 海と毒薬の勝呂が、尊厳死にも手を貸し、最終的に自殺する。ガストンという主の代弁者が出てくるも、彼を救うことはできない。誰かを救える神などいないのでは?一方で、神は弱き者が自らの命を消そうとする時にすら、共におられる。どのような時にも、ただ共にあられる優しき主の姿。

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    投稿日: 2014.01.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『海と毒薬』の続編とも言える作品、 ということで『海と毒薬』も読みたくなりました。 テーマはとても共感できるし いい作品だと思うんだけれど★3なのは、 ちょっと人物描写と設定が安易な気がしたのと、 勧善懲悪感がしたから。 人物描写はもしかしたら意図的に戯画化したのかもしれないけれど、 それにしてはストーリーがシリアスかな。 それから新宿という都会でそんなに人はタイミング良く出会わないだろう、 と思わずにはいられないくらいの人の重なりあい。 遠藤周作は『深い河』『沈黙』と過去二作品を読んでいるけど、 この作品は二つに比べ単純過ぎるように思う。 テーマとストーリーは素晴らしく、 私が遠藤周作に求めるそのままでした。 ま、陰気なんだけど。 人間ってそんなにできていないんだぞ、とか、 この世の中って不平等なんだぞ、とか。 でもその中でも救いがあって、 それは遠藤周作にとってはキリスト教で、 この作品ではそれを象徴しているのがガストンで (ところでガストンは『深い河』にも出てきた?) そして普通のまっとうな人も存在する。 本藤喜和子とか、野口とか、他何人かね。 とか考えると、うーん、考え始めてしまう。 やっぱりこの作品は素晴らしいのかもなー。 私はガストンにはなれないけれど、 せめて野口くらいの見識は持つ人でいたい。

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    投稿日: 2013.04.12
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    すごーくおもしろかった!海と毒薬の後日譚だけど読んでなくても楽しめると思う、暗いけど。感動したなー。

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    投稿日: 2013.02.06
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    悲しかった。 苦しい時代を生きてきた人、病気で苦しんでいる人、そういった人たちの悲しみを、私達みたいな若造には理解しきれないことが悲しかった。 若造は色んなことに対して勝手な思い込みを持つことが多くて、さらに妙な自信があることが多い。自分も、まさにその若造なんだろうなぁと思った。 勝呂さんのおもいとか、癌のお爺ちゃんの気持ちとか、わかったつもりでいるけど、22歳の自分には伝わりきってないのかな、やっぱり。 50何歳かのときに遠藤周作が書いたらしいから、同じくらいの歳になったらまた読みたい。 ---------------------------- p.330 ガストンは哀しそうな微笑を浮かべてうなずいた。彼はさっきから前に歩いている勝呂の背中がひどく孤独なのに気づいていた。顔はどんなに笑っていても、人間の無防備な背中はその人の心をそのまま現すものなのだ。

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    投稿日: 2013.02.05
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    遠藤周作『海と毒薬』の続編。20年ほど後のストーリー。前作と引き続き勝呂が中心てきな人物として役割を果たす。戦犯として刑期を終えて、町医者として静かに暮らしているシーンである。タイトルどおり、作品に一貫しているものは「悲しみ」である。人が人を救うことはできない。人を活かそうと、医者になった勝呂が、戦時中に人体実験として捕虜を殺し、戦後も中絶の子を殺し、癌末期患者の安楽死を施す。勝呂は良心的なだけに、その架に耐えられず、木立に縊れてぶらさがることになる。これは宗教人に対しての命題である。この現代社会において、我々の選び取る幸福とは何か、深刻な命題である。  ガストンの純真に長髪でヒゲを蓄えた痩せた男の視線を感じる。 12/5/30

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    投稿日: 2012.05.30
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    「海と毒薬」での主人公だった医大生勝呂。その余生をヒッピーふうの外人、民主主義の正義感に燃える新聞記者、余命幾ばくもない末期癌の老人、利己的な保守にはしる大学教授など、それぞれが信じる倫理観を題材に、罪や生きることなどをキリスト教をテーマに書いた作品。 自分が信じる正義感のためなら他人の心をないがしろにしてもいいのか。 他人のために尽くすことに意味はあるのか。 人を救うための医者が堕胎という命を葬る行為の是非を問うなど、「罪」を根本的に問うような作品になっています。

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    投稿日: 2012.05.03
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    海と毒薬の続きというよりは、第二部といった風です。 人間の宿命「愚劣で悲しく辛い人生」を描き、正義と罰とを問う小説。 全体的に70年代を風刺しているように感じられました。 戦犯を激しく追及した、戦後社会の正義とジャーナリズムへの猜疑も窺えます。 「三十分や一時間のインタヴューで人間の心がわかるのかなあ」 「絶対的な正義なんてこの社会にないということさ。戦争と戦後のおかげて、ぼくたちは、どんな正しい考えも、限度を越えると悪になることを、たっぷり知らされたじゃないか」 折戸が憤慨する「戦後三十年の民主主義の結果」の中に、折戸も含まれているようです。戦中を否定することから始まった戦後の民主主義を象徴したような人間に見えます。 海と毒薬に通じるのは、人々が周囲や時代の風潮に流され、それに諦観しているところでしょうか。 海と毒薬では、世界や日本の情勢、教授たちの権勢争いが捕虜実験に繋がったように、 悲しみの歌でも、戦中批判と民主主義の高揚する社会の中、折戸や教授や大学生等の保身を図る人間に周囲の人は振り回され、同じ穴の狢になったり犠牲になったりする。矢野や大学生の保身のために愚劣になった娘、親の生活を救うために中絶された胎児、折戸の出世の踏み台となる勝呂。 二作とも、保身を図る人間を哀れっぽく、愚物として描いているところにまた悲哀があります。 命を救う医師でありながら親の為に堕胎をさせ、末期癌患者の死なせてくれという望みを叶える勝呂に、罪と罰があるだろうか。 戦中は捕虜実験に加担し、裁判と懲役を受け社会的に罪を償っても、戦後の社会正義は罰を与え続ける。戦後に作られた正義で戦中を断罪することは本当に正しいのか。 とはいえ、折戸のような正義を、形はどうあれ、多くの人が持っていると思います。 「宮沢賢治の詩のような男に私はなりたかった」の詩とは雨ニモマケズを指しているのでしょうが、勝呂の優しさを見るに付け、そんなささやかで優しい願いも叶わない、欠片も救済のない運命が悲しい。 イエスに擬するガストンが、人びとを憐れむだけで何の役にも立たず誰も救えない人間として描かれているのに皮肉を感じます。

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    投稿日: 2011.07.23
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    海と毒薬の続編。正義と悪を簡単に割り切れない、その裏にある「悲しみ」がテーマの作品。しかし報われません

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    投稿日: 2011.07.07
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    『海と毒薬』の続編。勝呂医師の悲しみがぐっと胸に迫ってきた。救いようのない話であるのに、読後、なにがしかの希望が残る気がしました。

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    投稿日: 2011.06.03
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    こちらは一週間ほど前に読み終えました。一つの時間に起こった出来事について、登場人物それぞれのシーンに時折切り替えながら物語が展開していくのですが、切り替えリズムが斬新で、独特の世界観が感じられました。登場人物一人一人の心情の動きの描写について、綺麗事だけでない苦しみや醜さの塊の部分も描かれている点が、尚心惹かれました。また、絶対の“正義”を人に安易に振りかざすことで生まれる一つの悲劇をも、この作品の中で目にしたように思います。

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    投稿日: 2011.06.01
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    暗い。 わくわく感や非日常性を求めて小説を手に取る身としては、ややつらい作品だった。 一言で言うと、ちぐはぐな人間たちが交わることで生まれる悲劇を描いた作品か。 正義を疑わない新聞記者と、自らの過去を消化できずに重いものを抱えて生きる医師。 読んでいるときはあまりピンと来なかったが、不思議と印象に残る。

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    投稿日: 2011.05.26
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    自然に涙がこぼれた。 戦時中に人体実験を行なった戦犯として民主主義の名の下に迫害され続け、医者として堕胎や安楽死、生きる苦しみと罪を背負った医者の半生と、純粋で慈悲深い外国人を中心とした心に残るけど悲しい物語。 人が人の罪を裁く事の危うさや、時代の違い、主要人物たちの苦しみ悲しみ、純粋さ。深く重く考えさせられる内容や舞台が、戦後や昭和を知らない自分でもつかめた。 とはいえ後書きで述べられているようにこれは若者よりは年輩の方のほうが深く理解できるのだと思う。 そして『海と毒薬』なるものが前編(?)として存在していたとはorz さっそく買って来ます!

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    投稿日: 2011.05.24
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    題名のとおり、悲しい内容 多くの登場人物で色々と考えさせられる内容だった 心の中にすっと入ってくる さすが遠藤周作作品

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    投稿日: 2011.04.24
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    「人が人を救うこと」「人が人を裁くこと」・・・ 生きるって本当に難しい。 あとがきにもあったが、人生の表と裏を多少なりとも知った中年以降のための文学。

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    投稿日: 2011.01.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あー…orzとため息が読了後にもれた。 「告白」の後に読むんじゃなかった(笑) 生きているだけで、どうしてこんなに人は苦しいんだろう。神様は人に何を背負わせたいのか、どうしたいのか。 それでも人はどうして神に祈りをささげるのだろうか。 もうひとつ、「正義」という魔物の恐ろしさ。 その中にいると見えなくなるものがあり、見えなかったものを見せられても認識すらできない恐怖。 物事を多方面から見られるように心がけておきたいと思った。

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    投稿日: 2010.12.25
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    戦後30年くらいの新宿に生きる人々の群像劇。 何が正義なのか、正しい行為なのか。個人の正義を振りかざすことは、誰かを傷つける行為にもなり得ること。 それは現代社会でも同じことが言える。 善のかたまりのようなガストンの存在に、何だか無性に泣きたくなった。

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    投稿日: 2010.10.12
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    「海と毒薬」の続編で、祖母から贈られて初めて読んだ遠藤周作。中学生には重すぎだったよ、、、トラウマになるくらい重すぎだったよ、おばあちゃん…。でも自分の人生観の背骨になった本です。優しさとは何だろうと本気で考えさせられます。優しさには正しいも、悪いも関係ないのかも知れません、思い出すだけで涙があふれそうになります。しかし所謂感動の涙ではありません。「お前はこの人の悲しみがわかるか。」そう問われた中学生の頃の僕は、おそらく悔し涙を流していたのでしょう。

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    投稿日: 2010.08.07
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    『海と毒薬』の主人公である勝呂医師が再び登場する。彼の苦しみ、深い諦めに涙が止まらなかった。正義とは一体何なのだろう。人を追い詰め、不幸にするのは、決して正義とは言えない。それは最早悪である。正義は普遍的な概念ではなく、その都度形を変える雲のようなものであるべきだと思う。正義のために人間が存在するのではなく、人間のために正義が存在するのである。

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    投稿日: 2010.07.15
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    心の奥深くに、涙がポトンと落ちて、決して消えない。そんな作品。 マスコミの振りかざす残酷で自分勝手な正義に嫌気がさすようになる。 テレビで好き勝手に無責任な非難を並べるマスコミに、「お前はこの人の悲しみがわかるか。」と問いたくなる。 あなたはこの人のこと、何も知らないくせに。 そう、呟きながら読んでしまう一冊。 涙が止まりません。出会えてよかった一冊。

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    投稿日: 2010.05.27
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    「海と毒薬」のアフターストーリーを交え、多くの登場人物達のストーリーが織り成されている。最も印象的なのは、やはり、海と毒薬に登場した勝呂医師のエピソードだった。「本来ならば人が人を裁くことなどできないのだ。同じ状況に置かれた時、自分が同じ罪を犯さないと完全な自信をもって言える人などいないのだから」という節に特に深く考えさせられた。

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    投稿日: 2010.02.05
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    太平洋戦争中に人体実験の助手をしていた町医者、正義感あふれる記者、夜の街を彷徨う少女、お人好しのガストン…哀愁ただよう世界観をみせながら、過去・現在・未来を想う作品。 お人好しガストンと登場人物の雰囲気の違いも味があって素敵だし、戦後から経済復興を成し遂げていく過程の東京の描き方もどこかもの悲しく好き。

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    投稿日: 2010.01.06
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    遠藤周作を読み直している。 『海と毒薬』を最初に読んだのは中学3年生のときだったと思う。 その頃、遠藤氏の書くエッセイが大好きでしょっちゅう読んでいたのだが、小説には手を伸ばさなかった。 何か難しそうだな……というイメージがあったからだ。 それがなぜ『海と毒薬』を手に取ったかというと、その頃ちょうど森村誠一の『悪魔の飽食』という本が出版され、大センセーションを巻き起こしていたからだ。 それは日本陸軍の特殊部隊「満州731部隊(石井部隊)」が細菌・科学戦研究のために人体実験を行ったという衝撃的な内容だった。 発売と同時に大反響を呼んだ本書は、その後内容の真偽めぐって論争がはじまり、版元の光文社は絶版にしてしまった。(現在は改版されて角川書店が発行している。) 『海と毒薬』はそれよりずっと以前に発表された小説で、ぼくは新潮文庫で読んだ。 太平洋戦争時、実際に九州帝大医学部で起きた「米軍捕虜生体解剖事件」(相川事件)をモデルにした小説である。 じつは、当時は読んで何の感慨も受けなかった。もっと猟奇的な内容を期待していたからで、著者・遠藤の責任ではまったくないのだが。 その後、『沈黙』『深い河』などを読み、だんだん遠藤作品に手を伸ばさなくなった。亡くなったというニュースも比較的冷静に聞いた。高校生以後、日本文学をほとんど読まなくなっていた。 最近たまたま遠藤の本を古本屋の100円コーナーで手に入れた。それが『悲しみの歌』だった。 遠藤節に引き込まれてしまった。主人公が『海と毒薬』に登場した医師だということにも、全然気がつかなかった。 解説を読んで、(そうだったのか……)と得心し、本棚をあさったが『海と毒薬』は見つからなかった。とっくの昔に処分したか紛失したか、改めて買うしかなかった。 新版の新潮文庫は、活字が大きく、読みやすくなっていた。

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    投稿日: 2009.09.20
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    米兵捕虜の生体解剖事件で戦犯となった過去を持つ中年の開業医と、正義の旗印をかかげて彼を追い詰める若い新聞記者。表と裏のまったく違うエセ文化人や、無気力なぐうたら学生。そして、愛することしか知らない無類のお人好しガストン・・・・・・(中略)人間の弱さと悲しみを見つめ、荒涼とした現代に優しく生きるとは何かを問う。(裏表紙から引用) これはよかったーーーー!! 「海と毒薬」の続編のよう。 「海と毒薬」は良かったんですが、遠藤周作のキリスト教系の作品はどうも苦手で・・それ以来あまり読んでませんでしたがこの紹介文を読んだときに、これは!と思い手に取りました。 ただし「海と毒薬」が書かれてから20年程経っているようです。 案の定、同作品に登場した勝呂先生が出てきました。しょっぱなから彼に感情移入。 若い新聞記者は「戦犯が罪の意識を全く持たずのうのうと生きていて、それを自分が裁くのだ」というような、己の正義を信じて止みません。 「海と毒薬」を読んでいたので、勝呂先生の苦しみ、悲しみを思うと胸が痛くなりました。 勝呂先生の悲しみ、苦しみはいつか報われるんだろうか・・・いや、報われて欲しい・・・と思っていたのですが結局報われないまま迎える最後。勝呂先生の人生が悲しすぎます。 自分の思う正義で人を裁くなんて、正義の押し付けにしかならないんですね。 矢野という大学教授が登場しますが、彼に生じた問題も最終的には丸く治まります。が、これでいいのかな。なんだかな、という感じです。根本的には何も変わっていないというか。 勝呂先生の言葉 「人間なんて不倖せになるために、この世に生れてきたもんだ」 が印象に残りました。 「海と毒薬」を読んでから是非読んで欲しい一冊。とにかくおすすめ。

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    投稿日: 2009.08.17
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    世の中の一番暗い一面が切り取られています。 その一面を見て嘆くガストン(キリスト)の姿に言い知れぬ 感動とどうしようもない悲しみが襲ってきて読みながら泣いて しまいました。 この作品は「海と毒薬」という本の続編なのですが、作品の 前提には歴史的事実「F市の大学病院での米兵への人体実験」 があります。この大学が私の出身校でもあるため余計に感情移入 してしまったのかもしれません。 人が人を裁くという行為の限界を痛切に感じることができる一冊 です。何が正義で何が悪なのか本当にわからなくなりますが、ただ 一つの純粋な善として描かれるガストンの存在が救い(まさに救い) となります。 現代に現れたキリストを描いているガストンを見ていると あの有名な詩の一部を思い出しました。 ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ ソウイウモノニ ワタシハナリタイ 私もソウイウモノニなりたいです。

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    投稿日: 2009.07.29
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    『海と毒薬』読んでからの方がもっと面白い。決して続編とは言えないけど。「正義とはなんなのか」という問いは遠藤周作のテーマの1つだと思う。

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    投稿日: 2009.07.14
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    09/5/31 「海と毒薬」の続編。戦時中に起こった人体実験に関わった医師を 現代(80or90年代)になってから1人の新聞記者が取り上げる。 ジャーナリズムの正義と常識をもって医師に問う記者に対し、 「記者が言って欲しい」答えとは異なる答えをする医師。 「海と毒薬」読前 「海と毒薬」読後 死と生を前作では結核、中絶と絡めて書いていたが 今作では安楽死と絡めて書いた。。

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    投稿日: 2009.05.31
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    明るいとはいえない状況の中で生きる人々の姿が、悲哀をもって迫ってくる。特に勝呂先生。 暗い色調で、救いは感じがたいかもしれないが、虚しさはない。 最後の若い記者の顛末は、ざまあみろ、という感じ。 勝呂先生は善良な人間だったのだと思う。老人を死に導くシーンに、彼の人間性が溢れて感動した。 2009.6.3 2回目読了

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    投稿日: 2009.05.17
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    遠藤周作の傑作「海と毒薬」の続編で昭和後期の匂いがぷんぷんする作品。演劇的要素や映画的要素が盛り込まれてるためレトロ趣味の人にはたまらないと思う。 内容であるが、過去に人体実験を行った医師が堕胎したり、癌患者を安楽死させてやるかどうか悩む作品なのだが、昔ほど堕胎が問題視されなく、癌患者に対してもクウォリティーライフが叫ばれる昨今正直「そこまで思いつめる必要があるのかな?」と言うのが本音の所。うーん正直遠藤周作にしてははずれの部類に入ると思うけどどうなんでしょうね。

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    投稿日: 2009.04.28
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    ”海と毒薬”の続編とも言える作品。戦犯となった開業医”勝呂”のどうしようもない悲しみ、苦しさ。数々の作品にも登場するガストンのとどまる事にないお人好しそして愛。 遠藤周作の作品は、いつ読んでもわたしの心を大きく揺さぶる。

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    投稿日: 2009.01.09
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    高校時代『海と毒薬』を読みましたが、その続編ということで迷わず購入。最後は悲しくてたまりませんでした。

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    投稿日: 2009.01.08
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    遠藤周作、初期の代表作のひとつ。 この小説は読んでいて楽しい小説ではない。陰湿な色彩で埋められ、沈鬱な気分を強いられる。 若い頃には全く理解できなかったことが、結婚し、父親になり、年齢を重ねることで、「あぁ、これはね、うん。これは如何ともし難いね」と妙な説得力をもって悟るというか・・・、ガンジーじゃないけど、無抵抗に受け入れられるようになるものだ。 主人公・勝呂を見ていると、何かしら声を掛けたくなる自分がいる。本作を読んで、人生の悲哀を疑似体験してみるのも宜しいかと・・・。 なお、本作を読む際は同著作「海と毒薬」「沈黙」と合わせて読まれることをお勧めする。

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    投稿日: 2008.11.09
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    本作は「海と毒薬」 の続編に位置づけられているらしい。確かに、共通する勝呂という人物、勝呂の抱える罪の意識など共通する部分は多い。 本作には、人体実験にかかわった若き医者のその後の人生が書かれている。そこには、前作では書かれることがなかった罰について触れられている。 しかし、本作は「海と毒薬」の続編であって、続編ではない。この作品を通じて遠藤氏は生きる悲しみを丹念に描いている。 作中では、新聞記者である折戸が勝呂の過去を知り、それを悪として追求していく。その記事によって彼は社内外から評価され、有頂天になる。そこには迷いや、葛藤は一ミリもないのである。 例の飲み屋で彼は氷の音のカラカラと鳴るオンザロックをもらい、その音をたのしみながら自分のために一人、祝杯をあげた。 自分はこれからも部長やデスクをアッといわせる記事を書いていこう。そして社会の不正と闘うのだ。 あのスチュワーデスと交際して、もし二人が理解しあえたら結婚したい。折戸の人生には何の迷いもなかった。 それはハイウエイのように一直線に真直ぐにのびていた。彼には人間の悲しみなどは一向にわからなかった。うすよごれた人間の悲しみ。 ごみ箱で野良猫が食べものをあさり、病室ではまた老人が痛みにたえかねて声をあげ、勝呂がそれを慰めながら、モルヒネしか打てぬ苦しさを噛みしめているような、 人間の悲しみを彼は知らなかった。 彼の悲しみを理解するのは、無類のお人よしであるおかしな外国人ガストンだけなのである。遠藤氏は彼の中に、神のような人間を創り出したかったのかもしれない。 ただ、小説の中に出てくる神の様な人間は常に純真無垢で弱々しい。この薄汚れた人間社会で、神なるものとはそこまで弱々しく頼りなきものということなのかもしれない。 勝呂は二本目のアンプルを切って注射針をその中に入れた。貧しい、あわれな病人たちを救うために彼は、医者になった筈だった。しかし、その彼が今日までしたことのなかには、 生まれたばかりの生命を消すことも含まれていた。それだけではなく、彼は生きた捕虜を手術室で殺す手伝いさえしたのだった・・・・ なぜか知らぬが、嗤いが咽喉からこみあげてきた。自分の殺した死体と二人っきりで、祭りの日曜日、この医院のなかでじっと腰かけている。 五十数年の人生のあと、自分がたどりついたものは、結局、これだったのだと勝呂は可笑しかったのだ。

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    投稿日: 2008.10.26
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    海と毒薬の後日譚 裁判で有罪判決を受け服役し刑期を満了した人は・・・ 表街道を歩いちゃいけないの? 裏街道しか歩いちゃだめなの?

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    投稿日: 2008.09.04
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    人を裁くとは。人を裁かなければならない人たちにはせめて、「自分は裁くことができる人間なのか」「人が人を裁けるのか」日々、葛藤してほしい。 悲しく、理不尽な世の中だけど、それでも私たちは生きている。生きていけるのは、みんな悲しい思いを抱えているからこその優しさも持ち合わせているからだと思う。

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    投稿日: 2007.10.31
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    正義をいくら語ってもそこに人の気持ちを汲み取ることができなければそれは単なる言葉遊びにすぎないんだ。今まで日常で感じてた腑に落ちない点ってこれだったんだ。

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    投稿日: 2007.10.04
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    初めて読んだ遠藤周作の本が「海と毒薬」。遠藤周作の作品の中で一番好きな人物が「ガストンさん」。そんな私が読まないはずのない本。最初から最後まで悲しかった。人はどうしてこんなに悲しいのか。

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    投稿日: 2007.05.26
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    『海と毒薬』から20〜30年後が舞台の続編。易しい文体でも内容は結構重い。戦争は終わったけれども、実は一人ひとりの内面には個人ではどうしようもない悲しいものが潜んでいる、というような。

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    投稿日: 2007.01.08
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    『海と毒薬』の続編であり、全く異なる物語でもあります。 時代で人は変わるのでしょうか? そんなに簡単にあなたは変われますか?

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    投稿日: 2006.11.23
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    海と毒薬の続編的位置づけ。勝呂も折戸もガストンも矢野教授も野口もハナ子も、みんな、私。非難する前に、どれもみんな私の姿だ・・・って思った。

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    投稿日: 2006.11.20
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    初めて読んだのが17歳頃。泣きながら一晩で読んだ本。 哀れに死んでいく老人。悩み続ける勝呂医師。人々の悲しみの渦巻く中、ただオロオロするだけのガストンの姿に、遠藤氏のイエス像が見える。 物語の終わりに数行だけ出てくる犬も、何かを語っている。

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    投稿日: 2006.09.29
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    人は人を裁けますか? 周作が20年近く経ってから書いた「海と毒薬」の続編。 「おバカさん」のガストンも登場する。 (この作品を読むまで私はガストンの深さに気付けなかった) ずっとずっと探していたので見つけたときには堰切ったように読み始めた。 一番印象に残ったのは「僕は記者の書く記事なんて信じない。20〜30分のインタビューでその人の何が分かると言うんだ?」 という記者の台詞。 自分の複雑な心の構造や葛藤すら明白に分からないというのに、 他者のそれまでどうして分かると言えるのであろうか。 人間は決して一心同体になど成り得ないのだから、 100%の理解は不可能だ。 人の一面だけを見て 他のフィルターを通して見て その人の何が分かると言うんだろうか。 この話のテーマには基督教も関わってくる。 自分の在り方について胸を抉るように問いかけてくる。 消化するには長い歳月を要するかもしれない。

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    投稿日: 2006.08.10
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    あたしの人生に大きな衝撃を与えた1冊。この本を読んでなければ今のあたしはない。大切な考え方を教えてくれました。

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    投稿日: 2006.01.15
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    海と毒薬からかなりの歳月を経て出された続編。 捕虜殺害の苦しみから未だ逃れられぬ勝呂医師のそれから。

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    投稿日: 2005.05.26