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老年について
老年について
キケロー、中務哲郎/岩波書店
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総合評価

21件)
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    老いると言うことについて、ローマの政治家大カトーの口から語らせる形式をとった哲学書。死を恐れず、勉学に励み、快楽に身を委ねられない身を悦びとせよと言う内容。 理想的な生き方ではあるが、若い頃の生き方からこの心構えを頭の中に入れておく必要があり実践はなかなか難しい。故に「老年について」というタイトルとは裏腹に若いうちに読んでおくべき本だろう。

    0
    投稿日: 2024.05.31
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    ⑦ 開始:2023/2/10 終了:2023/2/11 感想 穏やかな老いを迎えるために。若いうちから徳を養うことが必要。欲情の炎に身を焦がすことなく、凪の心を持つ。自分にはもう少しかかりそう。

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    投稿日: 2023.02.11
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                                1.この本を一言で表すと? 老いは惨めではないと言うことを主張した本。 2.よかった点を3~5つ ・老年には体力が欠けているか?いや、老年に体力は要求もされない。だからわしらの年輩は法律と制度によって、体力なしでは支えきれない義務からは免れているし、できない事はもとより、できるほどのことでも強制はされないのだ。(p38) →必要とされる役割を意識して、その役割を果たして活躍すべきということだと思う。 ・わしがこの談話全体をとおして褒めているのは、青年期の基礎の上に打ち建てられた老年だということだ。そこからまた、これは以前にも述べて大いに皆人の賛同を得たことだが、言葉で自己弁護をしなければならぬような老年は惨めだ、ということになる。白髪も皺もにわかに権威に摑みかかることはできぬ。まっとうに生きた前半生は、最期に至って権威という果実を摘むのだ。(p60) →幸せな老後は、青年期を真面目にしっかり生きることによって成り立っていると言うことだと思う。 ・農業の楽しみについての記載(p51〜) →若い頃からのコツコツとした積み重ねが老後を豊かにしてくれると言うことだと思う。 ・青年が死ぬのは盛んな炎が多量の水で沈められるようなもの、一方老人が死ぬのは燃え尽きた火が何の力も加えずともひとりでに消えていくようなもの(p66) →的確な表現だと思う。人間誰もがいつかは死ぬと言うことだと思う。 2.参考にならなかった所(つっこみ所) ・自分は立派な生き方をしてきたんだと言う著者の自慢のようにも聞こえる。 3.実践してみようとおもうこと ・ 5.全体の感想・その他 ・著書は一応論理的な説明をしているが、なんとなく自己弁護しているような印象を得た。

    0
    投稿日: 2022.02.13
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    キケロは、イタリア中部の町アルピーノで生まれました。「懐疑主義」を学び、弁論術が巧みだった。執政官(共和制ローマにおける首相のような役職)まで上り詰めた立身出世の人である。 今から1900年前の老人と青年2人との対話。老人カトーは、84歳で、農民出身の政治家、文人、ローマの伝統的な価値の擁護者である。実に記憶力のいいひとだ。青年は、文学を愛好する青年政治家、そしてその友人で「賢人」と呼ばれている。 1900年前と現在の私が思っていることとあまりにも変わらないことが、わかって人間の本質って変わらないなぁと痛感した。この84歳のカトーの言葉は、よく納得できるところがある。 老年を守るに最もふさわしい武器は、諸々の徳を身につけ実践することだ。幸せな善き人生を送るための手だてを持つこと。残念ながら、私は武器を持っていないようだ。 老年がみじめなものと思われる理由は四つ。第一に老年は活動性の低下。第二に肉体が弱くなる。第三に、老年はほとんど快楽が欠如する。第四に迫りくる死がある。 カトーはいう。「肉体は弱っていても精神で果たされるような、老人むきの仕事はないというのか?」といって、老人だからできる仕事はあるという。「肉体の力とか速さ、機敏さではなく、思慮・権威・見識で大事業は成し遂げられるという。「老人の権威」をちらつかせるのは、ちょっと胡散臭い。政治の世界ではそんなものにすがりついている輩も多い。執政官経験者だからかもしれないが、「思慮・見識」は必要だ。キケロはカエサルの後継者アントニウスの戦いに負けた人物。歴史の流れの中では、権威がわずかな期間あったということだ。 さらにカトーはいう、「気になることはなんでも覚えているものだ」ふーむ。私は、ほとんど忘れちゃっているけどね。カトーも意地っ張りだ。「肉体の力でなく心の力で守る」という。耄碌や、愚かさとは老人の特徴ではない。軽薄で怠惰な老人もいるが、「あたかも弓のごとく張り詰めた心を持ち続ける」 第三は、老人には肉体の快楽がなくなるが、それは余分な肉欲に振り回されることがなくなるからいいことだ。欲しいとも思わぬこと、これこそが快い。快楽を欲しがらない老人は、最高の褒め言葉だとカトーはいう。ふーむ。快楽がなくちゃ、生きている意味がないけどねぇ。 第四は、死は老人だけでなく、誰でもあることだから気にしなくていいという。 なるほど、弁舌さわやか。それで、二人の青年が納得したのかが、よくわからない。よく喋るオジイだでおわったのかも。 それにしても、農民に対しての評価が面白い。「農夫の快楽は、大地と取引していて、大地は決して出費を拒まないし、受け取ったものを利息なしで返すことも絶えてない」と言って、農業ベタ誉めなのだ。老人が嫌がれるタイプとは、何かを教えてくれる。カトーのような、二階のような老人になりたくない。まぁ。アグレッシブな老人ではある。

    2
    投稿日: 2021.12.15
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    この本は、ユーチューブでアバタローさんが紹介している本だったので読んでみましたー。 まず、2000年前に書かれた本が読めるということに「すごいー❕」と思いました。 この本は、表題のとおり「老年について」書かれていますが「老年」について、とても前向きで「良いもの」として捉えており、「歳を取るってすばらしいことだよー❕」と教えてくれています。 2000年前の人も同じように「老年」について、不安に思っていたんでしょーねー。 「人の悩みって、いつの時代でも大差ないのかも!」っと思ってしまいました。 大昔の人も現代人も悩みは同じなのであれば、その答えは、誰かが本にしてくれてるはずだー!! やっぱり読書はいいですねー! ぜひぜひ読んでみて下さい

    8
    投稿日: 2021.11.16
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    老年になっても依然として敬意を払われる人は、青年の時に成すべきことを成していると聞いて身が引き締まる思いだ。 ランプに油を継ぎ足す要領で、精神・肉体ともにメンテナンスをしなければならないとも書いてある。長く幸せに過ごす基礎・基盤は紀元前でも現代でも同じなのだ。 また死ぬということは人も自然の一部であるということで美しいことなのだと思った。 『友情について』よりも、個人的には納得しやすかった。

    1
    投稿日: 2021.10.06
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     私の場合49歳辺りから突如老眼が始まり、頭髪が凄い勢いで減少し、歯肉炎も桁違いにひどくなった。そのとき、唐突にああ、自分は老い始めたのだ、と気づいたのだが、現在の日本社会では50歳前後ならまだ「初老」でもないのではないだろうか? しかし「老い」という問題が急に私に迫ってきたのは確かだ。  本書は紀元前44年、古代ローマのキケローの手になるもので、計算してみると当時キケローは62歳か61歳。当時のローマの平均寿命なんか知らないが、すでに「老人」の扱いだったのだろうか。  一応対話編の形を取る本書では、キケローの思想は84歳の大カトーによって語られる。自分より20歳以上上の人物の口を借りて62歳の著作家が「老年」について語る、ということ自体が、何となく奇妙な感じがする。  本書は哀れなもの・悲しむべきものといった「老年」のイメージを払拭し、それがいかに有意義な年代であるかを力説している。とても前向きな「老い」である。  当時も「ぼけ老人」はいたらしいのだが、それはそういう「病」であって「老年」そのものではない。聞き分けのない頑固爺がいたとしても、それもまた、若者にもいるであろう個人の性格の問題である。  そういう、まあ、今日から見ればある種常識的な論説ではある。麻生太郎とか二階俊博みたいな無礼で頑迷なクズのような自民党の老人議員を見ているとどうしても「老害」と言ってしまいがちだが、もちろん、とても高齢であってもシャキッとしていたり、素晴らしく善良であったり、明敏であったり、柔軟であったり、人さまざまなのだから、ひとくくりに「老人」というレッテルに収めてしまうのはやはり間違っているのである。  書かれているのは当たり前のことながら、なんとなくすっきりとした読書体験だった。

    2
    投稿日: 2021.08.12
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    好きな人には申し訳ないですが、人名が多いなど読む目的から本質的にズレた部分で楽しめず、断念しました…

    1
    投稿日: 2020.11.26
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    年代それぞれに自然に与えられる恵みを活用し謳歌すれば、それは生きることを活かすことになる。 ないものを求めればそれが手に入ったとしてもまたないものを求めるが、今あるものの中で最大限活用して日々を生きれば、老年は重荷ではない。

    1
    投稿日: 2018.01.07
  • 老年と魂の不死性

    キケロ(キケロー)は、古代ローマの共和制期の政治家ですが、ラテン語の名文筆家としても知られています。カエサル(シーザー)が、帝政へと体制移行を進めつつあった時期でもあり、 共和制を支持してきたキケロは政治的には失脚し、失意の中この作品をまとめたかもしれないそうです。 キケロが敬愛していた共和制政治家の大カトーが主人公として置かれ、彼が小スキピオ(スキーピオー)とラエリウスという有能な若い武人・政治家に老年を主題にして語ります。小スキピオとラエリウスは、老年という重荷は人に共通の悩みであるというのに大カトーは老年を少しも苦としていないように見えるが、その理由は何か教えてほしいと問うのです。 それに対して、大カトーは、人が老年に至ろうとも、徳を実践していれば人生は充実し活力あるものにすることが可能であると、力強く語ります。そして、老年が苦痛に感じられる理由(困難)を4つ挙げて、それらの4つの困難を乗り越えることができると語るのです。 大カトーによって語られた老年は誰にでも訪れるものではないです。青年期に志を持って行動し、しっかりとした基礎を築けて始めて栄誉ある老年が来るといいます。この作品において提示された徳あるいは人生観は、実践されたものというより、キケロや同時代のローマ共和制期の知識人によって共有されていた理想ではないだろうかと感じました。そして、理想を目指して現実世界を積極的に生きようとする姿勢は好ましいと思います。 彼らの死生観の背景には、魂の不死性があるようです。肉体が失われた後にも、魂は存在し続ける、だから理想を目指し魂の品性をより高い位置に至らしめることには意味があるということでしょう。

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    投稿日: 2015.08.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「人生の折り返し地点」という言葉も在るが、キケローはカトーにこう語らせる。「自然の道は一本で、しかも折り返しがない。そして人生の各部分にはそれぞれその時にふさわしい性質が与えられている」、と。 この作品では「老い」は十分に耐えうる価値あるものとして扱われる。私はカトーの語る考え方を気に入った。古代ローマには在ったかどうか知らないが、老いを退化に見立てる考え方を耳にしたことがある。人は、赤ん坊で生まれ、成長し、二十年ほどで人に成り、人生を全うするにせよしないにせよ、末期には心身共に衰えて目も耳も感じる力を失い、最低の状態に戻ってゆき死ぬ、その様が赤子に戻ってゆくようである、と言うのだ。寂しい発想ではあるが、これには言い当てているところが在るように感じる。人生の最高のときと聞いて、私には幼年も老年も早一番即座には想起されない。キケローの生きた当時も、老年を扱った作品にはその発想同様、老年を暗く捉えたものが多かったそうだ。人間の最大の関心ごとのひとつは死であり、老いには常に死の影が付きまとうのだから、老いを人が気がかりにするのは当然だ。青年の死と老年の死の対比でカトーは老年の死をある種の善いものと捉えた。その〈71〉の下りも大変気に入った。 論理展開も整っていて、読みやすかった。 訳者による解説も読み応え在った。アッティクスの死に様をおもう。

    1
    投稿日: 2015.02.18
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    お前たちの言うよきものを、 ある間は使えばよいが、無い時には求めないことだ。 人生の各部分にはそれぞれその時にふさわしい性質が与えられている。 p36

    1
    投稿日: 2015.01.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    スキーピオとラエリウスよ、老年を守るに最もふさわしい武器は、諸々の徳を身につけ実践することだ。生涯にわたって徳が滋養されたなら、長く深く生きた暁に、驚くべき果実をもたらしてくれる。徳は、その人の末期においてさえ、その人を捨てて去ることはないばかりか―それが徳の最も重要な意義ではある―人生を善く生きたという意識と、多くのことをもって行ったという思いでほど喜ばしいことはないのだから。(p.16) 一見取るに足らぬ当たり前のようなこと、挨拶されること、探し求められること、道を譲られること、起立してもらうこと、公の場に送り迎えされること、相談をうけること、こういったことこそ尊敬の証となるのだ。これはわれわれのところでも他の国でも、風儀が良ければ良いほど篤実に守られている。(p.61) 果物でも、未熟だと力づくできから捥ぎ離されるが、よく熟れていれば自ら落ちるように、命もまた、青年からは力づくで奪われ、老人からは成熟の結果として取り去られるのだ。この成熟ということこそはこよなく喜ばしいので、死に近づけば近づくほど、いわば陸地を認めて、長い航海の果てについに港に入ろうとするかのように思われるのだ。(p.66)

    2
    投稿日: 2014.07.17
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    古代ローマの時代に書かれたエッセイであるが、たいへんに読みやすい。 キケローも、老いては農事を事とするよう勧めていた。自然に近いところで生きていくことは、人間にとって大切なことなのだと思う。

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    投稿日: 2014.02.02
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    2013 11/7読了。神田の古書店街で購入。 岩波文庫を読もうシリーズ。 そういえば、キケロをちゃんと読んだのは初。 大カトーと小スピキオらの対話篇の形式をとった、老年期に関する訓示・・・というか、老いってのはそんなに悪いもんじゃない、というかむしろ老いてこそなんだ、という話。 まず巻末のキケロの生涯や執筆時期の解説から読んで、その後本編を読むと味わい深い。 キケロの書簡集を研究していた友達のことを思い出す。 もっと読んでみよう。

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    投稿日: 2013.11.20
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    2000年前からあんまり人って変わっていないんだな・・・とつくづく思った。セネカの方が読みやすかったな。内容的な感動というか、納得感もセネカの方があったような・・・訳の問題なのか??それとも、キケローとセネカの違い?

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    投稿日: 2013.03.29
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    現代でも高齢化社会のなかで「老後の幸福」論の類の本はよく見かけるが、古代ローマのキケローの『老年について』はそのような本の原点にあるものと言えるかもしれない。 キケローの考えのの土台にあるものは、ギリシアから続く「魂の不死」の思想である。 そのような人生というものを広く観た観点から「老年」にスポットが当てられているのではないか。 若干二十歳の私にとっては、老年を考えることは同時に「今」を照射することのように思えた。

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    投稿日: 2012.10.24
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    今も昔も老いに対する感覚は変わらないってことか。現実の大カトーがこの本と違うことやらかしてるのも一興。

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    投稿日: 2012.04.11
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    [関連リンク] 『老年について』 キケロー epi の十年千冊。/ウェブリブログ: http://epi-w.at.webry.info/201203/article_10.html

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    投稿日: 2012.04.11
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    久しぶりにローマ人の文章を読んでみる。主題の提示、老いが嫌われる理由の提示とそれに対する反駁、そして結論という明快な構成は非常に読みやすい。ギリシア・ローマの人生論の鍵となる「徳」という概念を知る上での一つの手がかりとなろう。

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    投稿日: 2012.03.18
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    ブログの方でレビューさせて頂きました。 http://www.mypress.jp/v2_writers/rihito/story/?story_id=1373072 (06/4/7)

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    投稿日: 2006.04.07