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さよなら! 僕らのソニー
さよなら! 僕らのソニー
立石泰則/文藝春秋
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総合評価

116件)
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    このレビューはネタバレを含みます。

    Twitterで流れてきて気になったので図書館で借りて読む。 前半は、なぜ、昔(トランジスタラジオ、カラーテレビ、ウォークマン)のソニー製品には、「SONY」というブランドが成立していたかが書かれている。ほぼ納得。 p.50のウォークマンの猿のCM、記憶にはある。当時はまだ買える年齢ではなかったけれどもCMは覚えている。言われてみれば深い内容だ。猿が使っているからと憧れてウォークマンを買う人はいない。ものすごいCMだったのだと思いだした。 後半は逆に、最近から現在の経営陣のダメっぷりと言うか、間違いを淡々と書いており、正直、あまり面白く無い。というのも、この時期にSONYからゲームとCLIE以外の記憶に残る商品がないので、だったら?というイメージだし、今さら感。 本文中に現れるソニー神話は過去のものであって、指名買いの対象ではない。機能と価格が一致したら買うその他のメーカーと対等な中での一つのメーカーの一つでしかない。 で、結局のところ、今の経営陣と会社の体制からは昔のような、技術に裏打ちされた心ときめく製品はでてこないだろうということなので、タイトルの「さよなら!」につながるのであるが、寂しいような、わかっていたことを裏打ちされただけのような。 そんな私がSONY製品を指名買いしたのは20年ほど前の単品デッキのカセットデッキとカーマウントのついたCar Discmanが最後か?充分昔だな。

    0
    投稿日: 2012.01.20
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    ソニー復活の目はないのか。 日本を代表する世界企業のソニー復活なくして日本に復活はない、と信じていたが、今やアメリカの会社、というのが筆者の考え。 素晴らしい技術者集団なのに、一握りの経営者がソニーをもてあそんで経営をだめにしてしまった、というのが悲しい。

    0
    投稿日: 2012.01.17
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    企業として利益を上げることとブランドを守ること、さらには、働く人々や先人の思いを考えると、複雑な気持ちになる一冊。 本業や創業者精神、カルチャーなど企業が大切にしてきたものを重要視することはナンセンスなのだろうか?

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    投稿日: 2012.01.16
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    続いてこちらを読了。 昨日読んだ池田信夫さんの著書も最後の事例はSONYだったし、その前に読んだのは辻野晃一郎さんの著書だったし、SONY関連の本を三連荘した感じ。(^^; 著者の立石さんは徹底的に出井前CEO体制とストリンガー現CEOを批判していますので、読後感としてはひたすら寂しくなります。 それだけ私以上の世代にとってはSONYというブランドは輝いていたし、日本を代表するブランドであったということなのでしょう。(SONY以外の会社で同じような批判を聞かされてもこのようには寂しくならないでしょうから。) 先日、「日経ビジネス」を読んで感じたことを「日本企業のグローバル化のために」という表題で書いてみましたが、最後の部分で「企業はもっと若い世代にチャンスを与えよ」そのために経営者はいつまでもマイクロマネジメントをして下の世代の仕事を取らずにもっと組織を細分化してでも責任と権限をセットで試練の場を与え、自らは「投資家」的に組織と人をコントロールすべき、と書いたが、 この本での出井前CEO体制批判を読むと、それも中途半端な形で行き過ぎると、つまり、 ・抽象的なスローガンを掲げて(デジタルドリームキッズ、リジェネレーション)、 ・ネットワークの重要性を語るあまりものづくりを軽視し、(これからのテレビは画質の競争ではなくなる、といった趣旨の発言) ・かといってネットワークでものづくり以上の付加価値を出すだけの踏み込んだ取り組みは出来ずに、 ・EVAのような指標偏重でカンパニーの評価を進める 形で経営をした結果、どのような弊害が出るかが余すところなく語られており、考えさせられる。 SONYがやってきたことの弊害の研究は、「ものづくり」を生業かつ強みとしてやってきたある程度以上の規模と歴史を持つ日本企業にとって大変に示唆が多いものと思う。ここに書かれている批判は多くの日本メーカーにとっておそらく他人事ではない。 あ、ひとつはっきりしたのは、平井氏というのはストリンガー氏のお気に入りだそうだから、ストリンガー氏がCEOの肩書きは保持したまま平井氏を社長に据えても、何も変わらないということ。(CEOという肩書きの意味・重要性についても立石氏はこの中で解説されています) SONYが変化を踏み出せる体制になるのは残念ながらまだ先のようです。

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    投稿日: 2012.01.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    そう、昔のソニー製品と今のソニー製品は違う。コアが衰退し、エンターテイメント事業体となったソニー。前半はソニーの歴史を振り返り、後半はしっかりとしたストリンガー批判。ストリンガー体制の刷新もニュースで騒がれていますが、どうなるのでしょうか。

    0
    投稿日: 2011.12.27
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    日本企業としてのモノ=エレキから乖離していく出井、ストリンガー体制を批判的に描いたソニー論。一面の真理はあるものの、モノは創れても真にグローバルに通用するマネジメントは日本発では無理なのかという問いをさらに深めたくなった。

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    投稿日: 2011.12.26
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    後半、トップをめぐる話になると、ああ、この人はこのあたりを書きたかったんだなとはっきり分かるほど饒舌になる。 また、ネットワークに繋がればソニー製品でなくてもよい、というソニートップの姿勢には恐れ入る ソニーのトップをめぐる話。昔はよかったという話 最初の数ページは何か尺稼ぎをしてる?といきなり疑問を抱く

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    投稿日: 2011.12.23
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    壮絶なる企業内権力闘争により、如何に名門ソニーが、衰退していったか。一級の反面教師本。もう、ソニーはダメやね。

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    投稿日: 2011.12.18
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    ソニーに入社するより、ソニーのような新しい会社をつくるほうが、カッコいいと書いている人を何処かでみたが、ここまでボロくそ書かれている状況から昔のように復活させて、次の世代に伝えることができるなら、それもまあ悪くない仕事だと思った。

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    投稿日: 2011.12.13
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    ソニーの創業から現在に至るまでについて書かれた本。過去技術のソニーとしてエレクトロニクス業に特化した事業を展開し、ウォークマンなど画期的で人々の琴線に触れる商品を供給してきた。しかしながら、昨今ではストリンガー会長のエンターテイメント重視の経営より、技術力は衰退し、革新的な商品が生み出されなくなっている。またこれに伴い技術力の高い人材がサムソンやLGへ流出するという事態まで起きている。アメリカは元来製造業はうまくいかず、エンタメ重視の経営で評価されてきた。そのアメリカのストリンガー氏を会長に据えるのは技術のソニーの終焉を意味する。また、ストリンガー氏は日本のソニーの会長でありながら、日本には月に1週間程度しか滞在しない。さらに、重大な問題が起きたときにも自ら謝罪の場に立つのでなく、現場のトップに謝罪させる。このように現在のソニーは創業者である盛田氏による技術のソニーとしての面影はない。さよなら僕らのソニー。

    1
    投稿日: 2011.12.10
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    ルポとしてはとても面白い。でもそれ以上にはなりようがない。出井→ストリンガーの流れに対する批判が根底にあるのがよくわかる。 テレビの未来が高画質化というのも、言い方は悪いかもしれないが、60代の今日よりも明日を夢見る発想というか、近代的な史観にすぎないと感じる。4kの画質が果たして必要なの?という疑問を持ってしまう。 ハードからネットワーク中心へ、という方針は、今のところ間違っていないように思う。その中でまだ儲けられているプレーヤーがいないだけで、ソニーもまたその一人で。 多くの日本人はこの本を読んで非常に複雑な心境になるだろう。日本を代表する企業としてのソニーでさえ見出せていない、メーカーがこれからどうやって生きていくのか、ということに対する解。あなたはさよなら、でいいかもしれないけれど、うーん、と頭を抱えざるを得なくなる良書。

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    投稿日: 2011.12.07
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    4期連続赤字のくせに数億の報酬を受け取っているストリンガーをなぜ誰もクビにできないのか、「物言う取締役会」は何をしているのか、そもそも彼は何を目指しているのか、さっぱり理解できていなかった。 口では「エレクトロニクスの復活」を掲げながら、「誰が最初に創るかではなくて誰が良いものを創るかだ」などという生命線のソニースピリットを否定する寝惚けたことを言っているストリンガーは、そもそもハードの差別化には興味がなく、コンテンツやネットワーク事業を含む広い意味でのエンタテイメント事業の会社にSONYを変えてしまおう、ハードはその端末にすぎない、と考えているのではないか、というのが筆者の考察である。 それは、家電メーカーが全滅した米国から、ジャーナリスト出身でCBS(米国の放送局)を経てSONYのCEOとなった彼が考える思考回路としては仕方のないことなのかもしれないが、ではなぜ彼をCEOにしたのか、結果を出せていず、情報流出させても謝罪会見は他人に任すような彼をなぜ留まらせるのか、CEOだけが問題なわけではないだろうけれど、日本の大事な財産がむざむざ失われていくのを傍観するようでとても哀しい。

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    投稿日: 2011.12.04
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    ソニーファン。 2005年にバイオノートを買ったが、何かこれまでのソニー製品とは違うという感じ、持つていることが誇らしいという感じを持てずにいたが、この本を読んでその意味がわかった気がする。 企業はトップで決まる。出井、ストリンガーがソニースピリットを消し去った。 グッバイSONY。

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    投稿日: 2011.11.25
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    私はソニー信者でもないし、ソニー神話もしらない。 どちらかというと、ソニー製品は持ったこともほとんどないアンチ・ソニーだ。 それでも、ソニーのトランジスタラジオから始まり、ウォークマン、高音質の音響機器、トリニトロンテレビに代表される映像機器を愛用し、信奉する人々の存在をおかしな人だとは思わない。 一見、奇抜に見えるデザインもエレクトロニクスの粋を集めて製作された芸術品であったからこそそういう「信者」達が生まれたのである。 ソニーをここまで17年間追い続けた著者が、本書で語りたかったのは、皮肉ではなく、本心である。整然と書いているようでありながら、心からの恨み節が聞こえてくる。「ストリンガーよ。アメリカに帰りたまえ」と。 円高や価格競争力で敗れ、その上に、震災、ソニーはその上に、バッテリーの発火問題や一億人ものユーザーデータの流出など、すでに「ブランド」と呼ぶにふさわしくない企業に成り下がった。時価総額もすでに、一兆円程度の規模にしかならず、ややもすれば、アップルは現金で買収することも可能である。それでも、冷静に判断すると、ソニーにはそれほどの価値がもうないとも言える。 その原因はたった一つしかない。 小さな町工場から始めて、「技術」を売りにしていたはずのエレクトロニクスの企業が、金融やエンターテインメントで、味を占め、ネットワークやコンテンツ産業を重視するようになったからである。 ソニーがソニーであったのは、妥協を許さない「技術」と「品質」に「ソニースピリット」を感じていたからであろう。かつての製品のほとんどが松下の「販売力」に負けてしまったとしても、その先行者としてのプライドに消費者はあこがれたのである。そういう松下もかなりおかしなことになっているが。 ソニーがソニーらしさを出すことによって、日本らしさを超越していったように(アメリカ人にソニーはアメリカの会社だと思われ、中国人でさえ、ソニーが中国の会社だと思ってしまうような)何人にも追随を許さない独自性をもっていたソニーが開発をお座なりにした結果が、消費者だけではなく、信者やさらには、内部の技術者の流出までも引き起こしてしまった。 「ダイソン」と「アップル」の製品の中にソニースピリットを感じるのは、私だけではないだろう。これは、買い被りかもしれないが、ソニーとはそれぐらいの企業であったし、もう一度それを取り戻さなければならない。 これでもかというくらいの新製品を随時出し続けなければならない。 今のソニーを見ていると、スティーブ・ジョブスが憧れたソニーはもう日本にはないと悲しくなる。

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    投稿日: 2011.11.24
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    ソニーがいかにブランドの光を失っていったかを考えさせられる1冊。出井体制以後、経済誌等のもろもろの媒体でやたら横文字を連ねた地に足ついていない発言とそれをヨイショするメディアの追従の数々を思い起こさせました。 本書を読んでうなずいたのは最近の新商品が「Sony Tablet」「Sony Reader」のような社名を前面に出す商品群への疑問。個人的にはソニーに頑張って欲しいので、これらの商品群が確固たるブランドになってくれるのを祈ります。 一方疑問はモノづくりの大事さを説くあまり、大賀体制までへの無批判的な姿勢。その点が☆一つマイナスの要因です。

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    投稿日: 2011.11.23
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    ソニー本を読むのはつまりいかにダメになったか(AppleやGoogleに関する本の逆ですね)を敷衍する作業でもありますが、結構趣味だったりしますw。これもその類ですが、著者がソニーに対して思い入れの強いせいか、やや個人的な分析に基づく内容となってます。その良し悪しはともかく、こういう時に欠かせない配役が出井さんとストリンガーw。やっぱりですが、どの本を読んでも、ダメ中興の祖として書かれています。で、気づかされるのが彼ら、オペレーションオリエンテッドというか、自社製品に全く関心無いんですよね。安直なモノづくり信仰とかそういう表層的なレベルではなく、色々とわかっていない。その意味で、デバイスの重要性を誰よりも理解して、それにとことんこだわって、つまりソニーの意思を一番継いだのが、実はジョブズだったのがなんとも皮肉です。

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    投稿日: 2011.11.23