
総合評価
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powered by ブクログ信頼は一番コストがかからない。確かに、余計な仕事がかなり減りそう。 あとは、ずべこべ言い訳してないで行動してしまった方がいいということ。周りの人とつながることなどハッとさせられることや斬新な目線で書かれたものが多く身の回りを見直したい気持ちになった。
0投稿日: 2015.01.08
powered by ブクログこの本を読んで気づいたことは、無意識を意識するための方法の一つにコーチングがある。 ネットの情報は偏っており、無意識を作るメタメッセージが満載!上手いマーケティングはこのメタメッセージを作り込む仕事のように思える。上手いとは、会社にとって、ということ。
0投稿日: 2015.01.08
powered by ブクログ2014年の最終日、長男坊が熱を出して病院へ連れていくこととなり、混雑する待ち時間の暇つぶしを考えた。honto書店から電子書籍の50%OFFクーポンが届いていたので、いい機会だし、4冊まとめ買いをした。その1冊目が本書だ。 養老氏は、学生時代に毎日新聞のコラムを読んで以来のファンだ。肩の力が抜けているスタンスに好感が持てる。文章も読みやすい。著者の「壁シリーズ」はいくつか出ているようで、「バカの壁」は読んだ気がする。難を言えば、羅列的で全体として何を言いたいのかわからないところか。それはそれでいいと思っている。 本著もいつにも増して何を言いたいのかわからないと思っていたら、編集者が本人の弁を書き起こしたものであるようだ。今回は、気になったところをブックマークしながら読んでいき、引用文として書き残すことができたので、これで満足だ。
0投稿日: 2015.01.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
飾り帯の自分探しなんてムダなことというのに惹かれた本書。2015年初読書。 前のバカの壁から10年近く経つけれど、内容は特にテーマが決まっておらず、養老孟司先生の思うところを書いたエッセイというかんじ。 エッセイの主眼はは生物学、医学をベースに現代社会の悩みについて考察するところ。 面白いなあと思ったところは自分らしさというのをよく言われるが、自分というのは確固とした自分がいるわけではなく、元々ある世間と言う地図のなかにいる現在地を示すもとだくらいに考える事。 楽をしないように選択する 自分がどの程度のものまで飲み込むことができるのか。さまざまな人とつきあうことは、それを知るために役立ちます。
0投稿日: 2015.01.02
powered by ブクログ先生から聞き取った内容を、他の人に頼んで本に起こしてもらったものらしい。だからとっても読みやすいんだけど、全ての会社員の、都会から田舎への参勤交代義務化はちょっと嫌だな(笑)
0投稿日: 2015.01.02
powered by ブクログタイトルからの第一印象とは、少なくとも自分は異なり、日本人論のように感じた。 西欧式に個を尊重しようと言って久しいが、日本の文化はそう簡単には変わらないし、変える必要もない。自分なんてものはなくて、世界の地図の中の矢印にしか過ぎず、みんなどこかで繋がっている。 最後は、他者とは必ず繋がっているのだから、色々な面倒ごとを全て引き受けるのが仕事だ、と締めくくっている。 自分の壁を破れ!みたいなのを想像していたけど、日本型の企業経営に最近興味があるので、それなりに楽しめました。
0投稿日: 2014.12.29
powered by ブクログこれは面白く読めました。前に読んだ2冊に比べてですが。 内容も比較的主題に沿っています。 著者本人の実体験等が綴られていて、なるほど~と思いました。
0投稿日: 2014.12.20
powered by ブクログバカの壁のときも思ったが、やっぱり文体が読みやすい。 比較的相手を選ばずに薦められる本。 (※真ん中の文章は別の人が纏めてるわけだけども)
0投稿日: 2014.12.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
世界一受けたい授業に出演させているのを見て、読みたくなった。 テレビでは、インターネットはすぐに答えが分かり自分で考えなくなる、自分の壁を越えられない人は、毎日掃除をしないと気がすまない人・他人を妬む人、という話をしていた。さてさて、どんな内容だろうか。 ・・・今日のなるほど 好きじゃないことで上手になろうとしたら、大変な努力がいる。しかも最終的にはうまくいかない。 われは我がとがを知る。我が罪は常に我が前にあり。 自分とは、地図の中の現在位置の矢印。矢印を消していけば、自分と地図が一体化する 言葉が動かすことがでかるのは人の考えだけ。その結果、その人が具体的に動いたときに、初めて現実が動く。→「そんなにいうならやってみな」 親孝行は、子供に「お前はお前だけのものじゃないよ」ということを教えていた。 漱石 則天去私 天について私を去る=私なんかない= 仏教そのもの 西洋は我を立てるほうに、東洋は我を消すほうに進んでいった。 しかし、一億玉砕にならないように。 そのためには、「意識を疑うこと」 自分の考え、意識は絶対的なものではない。 人と生で接することと、ネット経由で交流することを同時にはできない。 情報過多では、メタメッセージに注意。 そのメッセージ自体が直接示していないけど、結果的に受け手に伝わってしまうメッセージのこと。 例)新聞の一面には政治関係記事が多いのは、政治が重要なテーマで、知っておくべきと言うメタメッセージ。 人間の脳は勝手にメタメッセージを作ってしまう強い癖を持っている。一般化してしまう。 洗脳されるってことか。 自信を育てるのは自分 何かにぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、を繰り返す。そうやって自分で育ててきた感覚のことを「自信」という。→ 正にそう思う。
0投稿日: 2014.12.07
powered by ブクログ【こんな人にオススメ】 養老さんの著書だから読みたいという方。 ちょっと変わった視点からの意見に触れてみたいという方 【オススメのポイント】 あと書きにもあるのですが、かなり自由な意見が出ています。なので、読み手からすると???という部分もあると思いますが、その???に触れることができるのがこの本のポイントです。
0投稿日: 2014.11.28
powered by ブクログチョウは完全変態で、幼虫から成虫になる時、アゴや内蔵など昔のものを一度スクラップにして、分化させずに残しておいた細胞を爆発的に成長させる。まったく別の生き物に変わっている。そのため、昔は別々の生き物だったものが、乗っ取られたか融合したか、という仮説が生まれる。
0投稿日: 2014.11.25
powered by ブクログ「自分」といった言葉を医学・政治・歴史といった観点から筆者なりの解釈を加えて論じている。 ・ゴリッとした人間になること。要領よくやるのではなく、自分で問題を設定する ・ぶつかり、迷い、挑戦し、失敗することで養う感覚を自信と呼ぶ ・常識を疑う。個性的な人間とは?コミュニティの考えに異を唱えること
0投稿日: 2014.11.24
powered by ブクログ幼い頃から周囲との関係の中での「自分」を意識していた著者。 本書は、誰もが知っているようで知らない「自分」について、さまざまな切り口からわかりやすく解説した1冊です。 豊かな感受性に鋭い視点をもつ著者ならではの「自分」論が全編に展開されています。 詳細なレビューはこちらです↓ http://maemuki-blog.com/?p=3243
0投稿日: 2014.11.23
powered by ブクログうーむ。 まず衝撃。日本語を話す人たちは人口の2%ほどであるにもかかわらず、ネットの書き込みの70%は日本語である、と書かれていた事実に。 真ぁ確実に1000本以上レビュー何て書いてる私はそこに貢献してるわけなんでしょうが。 日本人がネットなどのできる環境に恵まれていることを差し引いたりしてもまぁ、すごいよね。吐き散らかしてる感じ。 わたし、人前が苦手なんです。 競争心というものも皆無に近い。 幼稚園の頃の記憶なんですけど、 運動会の障害物競走で、まぁ跳び箱の上を歩いたり、網の中を通ったりしてゴールを目指すんですが、最後にちょっと高いところに上って、そこからマットに向ってジャンプしたらゴールだったんです。 私結構すばしっこかったから、その最後のジャンプまで1番で走って行ったの。 で、最後のジャンプ。そこで一人、とっても勝気なお姫様のような女の子が追い付いて、私の前に腕を出してけん制してきたの。「私がまず跳ぶからお前ちょっと待て」と。 そんなん振り切ってジャンプすりゃよかったんだけど、私その時、「じゃあ、あなたが飛んでから、私飛ぶ」と、順番を譲ったのよね。 で、後で母に「何で一番になれたのに、飛ばなかったの?あぁいうのはね、待っていなくていいのよ。」と言われたことを今でも覚えている。 生まれて数年の状態でこのザマなので、闘争心競争心なんて全くないような人間に育っていきました。 そんな人間が、今教員をしています。 「なんで?」って言われても、色んな答え方ができて、それは多分全部本心なんだけど、どれもどこか十分な説明でない感じ。 ただその答え方の一つに、 「人前が、苦手だったから」というのがあります。 「こんな人間が、一人くらいいてもいいだろう」って、思ったのもあります。。 正直な話、学校自体もずっと苦手だったんです。全然休まなかったけど、好きな場所じゃなかった。 大学出て間もないころは、教員やってること「リハビリ」だと思っていました。 人と関わらずに生きてきたことや、人前が苦手なこと、学校が苦手だったことすべて含めて。 そして、そこに身を投じている限り、「自分は遅れている」のだから、一生懸命頑張らなくてはならない。 そう思って、今までやってきました。 多分これからも、そうだと思います。 わたしは、「挑戦」しているでしょうか?頑張って「人と関わろう」としているでしょうか? 悩み、ためらい、それでも今、頑張らなくてはならないと、自分を奮い立たせて働いている今、 少しくらい「自信」と呼べるものを、手にしているのだろうかと、 自分に問いかけてみました。 こういう「生き方」も、あっていいのではないかと、思えるくらいには、図々しく自分を社会の中に位置づけることが、できるようになったみたいです。 まだまだとても、弱いのですけれど。
1投稿日: 2014.11.10
powered by ブクログ大枠としては日本の伝統的な良さと近代化、西洋化の弊害についての本 解剖医として虫好きオタクとして、今の日本を憂い、悩んでおるようだ
0投稿日: 2014.11.08
powered by ブクログ個性を発揮することよりも、協調性をもち周りとうまくやっていくことが大事だ。この話から、ロバートハリスを思い出した。彼もそのようなことを言っていた気がする。 自分の存在は世界で一つ。唯一無二の存在であり、何もしないでも存在が個性を発揮している。 納得し、共感した。
0投稿日: 2014.11.07
powered by ブクログフラフラしていていい。 大器晩成でいいのです。 なにかにぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、ということを繰り返すことになります。しかし、そうやって自分で育ててきた感覚のことを、「自信」というのです。
0投稿日: 2014.11.06
powered by ブクログその部分ごとにはよく理解しながら読んでるつもりなんだけど、読み終わって自分が何を理解したのかわかんなくなった。世の中は白か黒かはっきり言えることなんてあんましないぜ、一つの考えに固執せずにはっきりしない気持ち悪さを抱えながら生きろ、みたいなところ?養老先生のやらかい考え方はやっぱり好きだなー。帯には「自分探しなんて無駄なこと!」って書いてるけど、養老先生冒頭からめっちゃ自分探しとった。帯は先生が書いたんじゃないよね? http://blog.livedoor.jp/h_ohiwane/archives/52096092.html
0投稿日: 2014.11.05
powered by ブクログ父に借りた。ちょっとまだ自分には難しい。 メタメッセージを普段我々が受けているというのは,まるで隠れたカリキュラムの発想と同じである。 自分自身もまた,何かしらの刷り込みがあるのだと思った。ものが詳細に見えるということはその分見えなくなる部分,ぼやける部分,見ようとしなくなる部分が増えるという点もわかる。
0投稿日: 2014.10.28
powered by ブクログ養老孟司さんの「壁」シリーズの最新作。 この本の本質である「自分の探し」というのが、無駄なことだと冒頭から述べられております。 自分というのは単独で存在するものではなく、社会の中の一部分でしかない。 だから探しても本当の自分なんて見つけることは出来ない。 例えて言うなら地図=社会で、現在位置=個人。 様々な観点から個人と日本について述べられている。 「どちらがいいわけではない」「これはあくまで私の考えだが」などという但し書きが多い中で、以下のことは「こうした方が良い」と述べている。 ⚫︎参勤交代 →自然と触れ合う機会を国の政策として強制的に作る ⚫︎意識外のことを意識せよ →他の影響によって作られた自分の意識を疑う ⚫︎自信は自分で育てる 養老孟司さんは大多数向けに出す本は、実際の執筆は別の方にしてもらって、その後に自分が手直しする。 なぜなら、そうすることで客観的な文章を作ることができるからとのこと。 この方の考え方は仕事でもプライベートでも全て一本の筋が通った考え方なので、読みやすいと思う。
1投稿日: 2014.10.28
powered by ブクログ「自分」のとらえ方は地図の中の現在地とおき、世間とのつながりについて説いたもの。 人、エネルギー、日本のシステムなど自分を取り巻く周辺のものについてざっくばらんに書かれている。 地図を踏まえた上で、自分を育てる方法をみつける必要性を語っているのではないかと思う。
0投稿日: 2014.10.25
powered by ブクログもやもやしていたことを言語化してくれてたり、見方を教えてくれてたり 尖っていた自分を少し落ち着けてくれました。
0投稿日: 2014.10.01
powered by ブクログ自分と外を隔てているものは何なのか? 自分は世界に一人しかいないが、みんな同じ人間であることに変わりはない。 体から切り離された瞬間、気持ち悪いものに思える。それってなんでなの?さっきまで自分と同じモノだったのに。本当に不思議。 世の中は不思議がいっぱい。
1投稿日: 2014.09.28
powered by ブクログ自分自身の体も自分だけのものではなく、ウィルスと共存している。そこから自然との共生へとつながる世界観は分からなくもない。 多様性の議論の対極にある経済効率。どんなジビネスシーンにおいても良くある話だと思う。ここで思考停止せずに論破できたら先に進めるはずだ。 また、「自分は新参者」という考え方も使えると感じた。
0投稿日: 2014.09.24
powered by ブクログ口述形式で論じたことを編集者が文字におこしているスタイルだそうです。 そのせいか講演会を聞いているかんじ。内容がわかりやすく、ぐいぐいすすんでいく印象です。 でも自分には、あまり心にのこる話でもなかったな。世間一般で言われていることを、一歩外側にいる庶民感覚でそうじゃないでしょとホンネ分析と提言をしています。 ・自分の一票で政治が変わるわけがない。変わらないシステムができていることが一つの成功。 ・いじめはある。解決策は逃げ場をつくること ・経済を好循環させるためには、田舎への参勤交代を義務化する ・自分と外との境で自然なもの、汚いものに感覚が変わる。 ・個人主義と世間との折り合い。社会のシステムとして家庭環境や教育や政策があり、人間関係を構築できる最低限の能力をつけるべき ・「自然」はキーワードとなっている。 読んでて楽しいのですが、好き勝手いっている印象もあり、それを楽しむ本なんでしょう。テレビタックルでもみているような...なんにせよ自分の身の回りの、そこにある自他のモノ・コトを深く考えること、考えるクセが大切です。
0投稿日: 2014.09.19
powered by ブクログバカの壁から15年とか経っているのかな。久しぶりに読んだ養老先生の本は発見より共感の方が多くなった気がする。自分自身のものの見方が成熟してきたからなのかはわからないけど成長はしているようだ。
0投稿日: 2014.09.15
powered by ブクログタメになる本ということで、書店で購入し、読破しました。 養老さんの本は自分には少し難しく感じるのですが、難しいと諦めずに養老さんのメッセージをどのように自分で受け止めて活かしていくか考えないといけません…
0投稿日: 2014.09.14
powered by ブクログ自分という存在の曖昧さ。 現実と折り合いをつけていけばいいじゃない。 日本辺境論や下山の思想の流れにある本。
0投稿日: 2014.09.12
powered by ブクログ自分探しはムダなこと。ぶつかり、迷い、挑戦し、失敗し、を繰り返すことで身についた感覚こそ、自信であり、本物の自信を身につけることが大事という養老先生のメッセージに励まされました。
0投稿日: 2014.09.04
powered by ブクログ久しぶりに図書館ではなく書店で購入しました。 養老先生の本ははじめてです。 バカの壁で有名な先生ですが、 私の認識では 池田清彦先生の虫取り友達 というイメージです。 さて、 池田先生の本を読んでいると、養老先生の本はわかりやすいです。 池田先生の本は本当に難解で、完全に理系!な感じがしますが、 養老先生は理系なんでしょうが、わりと文系の考え方に近いので入り込みやすいです。 池田先生が理系虫取りオタクなのに対して、養老先生は文系虫取りオタクだと思います。 理系のオタクは自分がオタクであることを知っていても特に興味がなく、 文系のオタクは自分がオタクであることに若干〜最大級の劣等感みたいなものを抱いてます。 たぶん。(仮説) そう思って読み進めると、オタクの苦悩が伝わってきます。(あ、そういう本でないです。) 特に面白かったのは、 ネオダーウィン のことです。 ダーウィンの進化論なんて、常識中の常識で、まさかダーウィンに異論を唱える人がいるなんて、池田先生の本を読むまで知らなかったんですが、確かにおかしいんです。納得いかない部分が所々あるんです。 そこが欧米人と日本人の違いです。 日本人は、へー、ほんとだ〜。ダーウィン、おっかしい〜 (そんな軽いもんじゃないんですけど) で済むんですが、欧米人はそうはいかない。 なんてことを言うんだ!!! ダーウィンをうっかり否定すると、もう欧米諸国では生きていけないことでしょう。 それがどういう感性の違いなのか。西洋人、東洋人、日本人。 良い、悪いではないんです。結局。2択ではないんですよ。(かといって3択でもないんですよ) 西洋は町並みが統一されていて美しいけど、日本ってバラバラで好き勝手な家を建ててるでしょ? その意味もこれ読んでわかりました。 ね、興味が湧いてきましたでしょ? 聞けば納得。 あと、医師の近藤誠さんの「がんと戦うな」のことに関した記述も 池田先生の考えと照らし合わせて読むとおもしろいです。 そうそう、自分探しの旅をしている「おじゃる丸」の「ふらふらのケンさん」。 この本を読ませてあげたい。
0投稿日: 2014.09.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
出だしの文章が良くて買った本やけど、 最終的にはそこまでだなーと思ってしまった。 もしかしたらまだまだ組み取れていないところがあるのかもしれないけど。 ただ、「自分は現在地を示す矢印である」ってのは、 なかなかにおもしろいなーと思った。 なるほどね。そういう考えね。 と。
0投稿日: 2014.08.24
powered by ブクログ養老さんて何となく思想が定着してる。自然主義。こういう考えもあるんだと知るのは大事、染まるかは読者次第。けど、養老さんの言葉遣いは好き
0投稿日: 2014.08.17
powered by ブクログ壁などない、ということなのか。 例えば、吐いた唾は汚いが、口の中にあるとにはそう感じない。米を食って生きているので、田んぼは自分自身など。言われてみればという、気持ちに。 全体を通して感じたのは、自分に拘ると、解決すべき本質を逃すという点。 西洋の個人主義が入って来たことで、起きている現象がそうで、俺が!という主張は日本ではあまり馴染まないし、さほど意味がないと。 それは賛成か反対かのような二項対立の議論につながり、建設的な解決は生まれなくなる。 メタメッセージを知らずに受け取って自分の意見だと思い込まないように注意も必要。 最後は困難から逃げずにイレギュラーな状況も込みで仕事だから、できることを増やして頑張れというメッセージでしめくくり。 最近読んだ「ファスト&スロー」に近い記述もあって、読みやすかった。 ※面白かったのは、日本人は集団主義だが、家の造りには統一感はない。逆に個人主義の西洋は統一感がある、という指摘。 外では集団主義なので、家くらい好きにさせろ、という心理だそう。 個人主義の海外で教会の果たす役割というのも頷けた。 他には、死には一人称(自分自身)、二人称(家族、身内)、三人称(第三者)があり、二人称で考えることで、自殺を思いとどまることができるとか。
0投稿日: 2014.08.16
powered by ブクログ20140814 壁というよりは結局、自分で考える事ができるかどうか。常に疑問を持って現実に向かうこと。若い人も老人も。
0投稿日: 2014.08.14
powered by ブクログ「自分」というものを、どう捉えるかについて書かれています。「自分」とは何なのか、周囲に決められている「自分」というもの、「自分」が捉えているつもりで実は違う情報、それに対するためになにをしたら良いのか。 昨今、ここに書かれているような内容の本はたくさん出ています。ただ取り上げているものの実は難しいことから、そういう本では本当に納得いくところまで書かれていません(書けないと思います)。それをこの本では、難しいことを分かりやすく、そして全体の流れも考えて組まれています。
0投稿日: 2014.08.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
話題がかなり広い範囲で展開して行くように思う。自分と言う意識が出てくることを扱ったものかと思ったが、そうではなかった。医学を学んだものとして、自分はこう考えてしまうと言うような論調のように思えた。意識というのはかなり神秘的なもの、曖昧なもの、また西洋から入ってきた自我と自分を消していく仏教とは相入れない性質のものとあった。
0投稿日: 2014.08.10
powered by ブクログ初めて養老さんの本を読みました。 自分を冷静に客観的に分析できる人で だから自分が何をするべきなのか。損得ややりたいやりたくないでなくてもっと鳥瞰して見ていて結論を出しているのでホントに頭が良いなと感心します。 苦労するような環境に身を置くことで自分に自身を持たせる、できることが仕事の範囲。その生き方見習いたいです。 せめて心にゆとりをもって仕事できるようにしたいです。
0投稿日: 2014.08.08
powered by ブクログ・自分が地図の中の矢印というのは新鮮 ・過剰な絆や連帯は問題とするのは賛成 ・信用や世間の話は、大家の専門家がいるので....
0投稿日: 2014.08.08
powered by ブクログ哲学的な所もあるが、基本的に昆虫や解剖学者として生きてきた中で学んだ事を中心に自分中心で考える現代の問題について書いている。 「お前は、お前だけのものではない」と言う考えが希薄になり、自分が良かったら他人がどう思っても関係ない、迷惑かけても構わない。そして、自分なんて価値が無いから死んでも構わないと考えて起こした事件を ニュースで見ると、なんて馬鹿なんだろう。と思ってしまうが、この本を読んでいると、自分もその考えが全くない分けではないと感じた。 印象に残ったのは自分とは、地図の現在位置を示す矢印位の役割でしかないと言う話。 脳卒中になった脳神経解剖医の体験で、自分が固体から液体になる感覚についてはなしている。境界線があいまいになっていくと言う事の様だが、非常にインパクトのある話だが、実際に自分の感覚として分からなかった。 また死には3種類あると言う話の中で、一人称の死、二人称の死、三人称の死についての説明で私達にとって「死」とは二人称の死だけだと言う話はなるほどと思った。
1投稿日: 2014.08.05
powered by ブクログつらつらいろんなテーマについて述べられてる。参勤交代制度だとかぶっ飛んだ提案があったり、全体に統一した主張みたいのが見当たらないのが物足りない気がしたんだけど、まぁそれすらも本書が訴えたかったことなのかも。 メタメッセージってのが面白かった。例えば新聞で取り上げられる順番に重要性をリンクさせて考えてしまったりだとか。 世間だとか自然だとかの一部としての自分をもっと意識してみて、個を主張する必要があるんかってのが大きなテーマだと思うけど、どうなでしょうね。
0投稿日: 2014.07.31
powered by ブクログ恥ずかしながら、初めての養老さんの本です。が、自分がこれまでうっすら思っていた違和感を紐解いて言語化くれるところがあり、勝手に親近感をいだきました。ありがとう養老さんw 特に個人を主張することについて、私個人としてはしんどかったんですけど、改めて「世間」という存在との共生が重要だなと感じました。
0投稿日: 2014.07.31
powered by ブクログ養老先生の新書新刊『「自分」の壁』。 自分や社会における様々なテーマにそって、好き放題に語った内容。 一理あるなと思うことから、一見全く参考にならないと思うことまで、鋭く指摘されている。 深いと思えるかどうかは読むひとの精神状態によるかもしれないけども、本としては読みやすく楽しめるようになっている。 それって冗談でしょ・・・と思っていると、案外本気の提案のようだったり、 取上げられている項目も多く(目次参照)、視点を広げる上で、良い内容だった。 ただ、同じ内容を養老先生が書いたのではなかったとしたら・・・興味を持たなかったかもしれない。 養老先生の指摘だからこそ笑って読める箇所多数。 ---------------- 【内容(amazon内容紹介より】 「自分探し」なんてムダなこと。「本当の自分」を探すよりも、「本物の自信」を育てたほうがいい。脳、人生、医療、死、情報、仕事など、あらゆるテーマについて、頭の中にある「壁」を超えたときに、新たな思考の次元が見えてくる。「自分とは地図の中の矢印である」「自分以外の存在を意識せよ」「仕事とは厄介な状況ごと背負うこと」―『バカの壁』から十一年、最初から最後まで目からウロコの指摘が詰まった一冊。 ———————— 【著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)】 養老/孟司 1937(昭和12)年神奈川県鎌倉市生まれ。62年東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年東京大学医学部教授を退官し、現在東京大学名誉教授 ---------------- 【目次】 まえがき 第1章 「自分」は矢印に過ぎない 第2章 ほんとうの自分は最後に残る 第3章 私の体は私だけのものではない 第4章 エネルギー問題は自分自身の問題 第5章 日本のシステムは生きている 第6章 絆には良し悪しがある 第7章 政治は現実を動かさない 第8章 「自分」以外の存在を意識する 第9章 あふれる情報に左右されないために 第10章 自信は「自分」で育てるもの あとがき ---------------
0投稿日: 2014.07.24
powered by ブクログ人にお世話になって生きるのは当たり前のことであり、自分の体は自分のためにだけあるのではない。 自分探しをしても、今の自分は地図の「現在地」を示す矢印に過ぎない。 など、今著も養老節が炸裂(^^) 養老氏が語ったことを書き起こしているので、読みやすいです(コアな養老ファンには物足りないかな)。 養老氏の本を読むと、自分の考え方のレパートリーが増えるような気がします。 多くの人に読んでほしいと思っています。
0投稿日: 2014.07.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「自分探しなんか意味がない」という著者の持論を展開。 自分の手柄を強調してより多くの報酬を求めたり、新聞のメタメッセージを見て中国や韓国はけしからんと言う意見に固執する人に対する違和感は分かります。電車に乗っていてもスマホや音楽に没頭する人も、他者と関わらないという表れと合致する気もします。そういう人の中には、他人と関わることで拒絶されるかもしれないと言う不安を持つ人もいるのかもしれません。 わたしの場合、一定のプライベートな時間も欲しいですが、やっぱり積極的に人と関わる時間も欲しいと思います。ひとりで行ける場所って限られますし、いつも独りなのは寂しいですから。
0投稿日: 2014.07.20
powered by ブクログ昔の著書ほど読んでいてパンチが効いてくる感覚がないと思った。 これを先生に言えば『それが自分が変わったということ』ってきっと言うのかな^^
0投稿日: 2014.07.20
powered by ブクログ吐いた唾、飲み込むなよ!じゃないですけ ど、脳は、さっきまで自分の一部だったも のとそうでなくなったものを極めて抽象的 にとらえているという話から始まり、思想 vs.自分とか、政治vs.自分とか、情報社会 vs.自分など、「個」と「外部」というよ り、「正直いって本当はそんな事より昆虫 採集していたい自分」と「外部」という正 直ベースの話が非常に読みやすいし、白々 しくなくて良いと感じられる一冊でした。 そういった流れから、そもそも対立概念そ のものに「メタメッセージ(良い○○、悪 い○○)」が含まれ、この「メタメッセー ジ」が情報の指向性を加速度的に強めてい くため、本質的な「自分」あるいは自分の 考えから掛け離れた虚構に嵌ってしまいや すいというのは、大変勉強になりました。
1投稿日: 2014.07.18
powered by ブクログ本当の自分探しなどにこだわることなく、肩の力を抜いてこの世に生かされている自由を感じよう。「自分の意識では処理しきれないものが、この世には山ほどある」「意識はどの程度信用できるものなのか」と疑ってみたほうが見えることが多い。だって人の本質と思われていた遺伝子の98.5%はたんぱく質設計に関わらず何をしているかわかっていないのですから。30%の遺伝子はヒトでない外部のウイルス遺伝子だった。幼虫の中にチョウという別の生き物がこっそり住み着いていることは珍しくないのだとか。さて今日までの自分を棄てて明日からヘンシーン!
0投稿日: 2014.07.14
powered by ブクログモノを見る視点って多様的であればあるほど面白いものです。ところが多くの人は(私だって)自分の物差しと自分の視点が「常識」のように思っちゃいます。物差しは2次元的にものを計るけど、世の中はもっともっと多様的で3次元はもちろん、価値だって全然直線的じゃないって思わないといけないのでしょうね。 この本では、自己と言う領域の拡大を示唆してくれています。自己って自己なんだけど、実は大きな地図の中での矢印なんだと(お釈迦様の手の上のような話だなあ)。 でも、全体的にはもう少し内容的にこなれていたらもっと面白かったような気も。読む側も整理しながらよまないと、胆の部分を確実に手に出来ないような印象もありました。
0投稿日: 2014.07.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
語り下ろしで読みやすい。 メインになる話にはなるほどと思うことが多かった。 本筋とはちょっと違うが、日本の閉塞状態を変えるために「参勤交代」、一時的に国民が移動して田舎に住むシステムを提案していたが、私は似たようなことを国会議員に義務付けしたらどうかと思ったことがある。地方に地盤を持っていながら東京生まれ、東京育ちの議員ばかり。日本全体のことは体感しにくいと思う。 話題豊富で面白い。
1投稿日: 2014.07.10
powered by ブクログ葉月は、蛹の家に勝手に上がり込むと、居間のテーブルの上に無造作に置いてあった本を手に取った。 「……『自分の壁』っていうか、『自分が壁』って感じですよね」 「……それじゃあ、安部公房だよ」 蛹は、庭先で煙草を吸っていた。どこからか拾ってきた一斗缶を、灰皿の代わりにしている。縁側のガラス戸が開いていて、メンソール煙草の匂いが部屋の中まで微かに入ってきていた。 葉月はとりあえずキッチンに入り、旧式のコーヒーメーカーをセットした。お湯が沸くまでに時間がかかるタイプだ。コーヒーが出来るまで、居間のソファで待つことにして、先ほどの本をぱらぱらとめくり始める。 「あまりに強固な『自分』を作り上げてしまうと、そこからうまく外に繋がれなくなる、という話でしょうか」 「多分ね。もちろん、自分は自分だ。他者との境界がないわけじゃない。けれども、他と明確に切り離され、独立して存在するものでもない。それは生物学的に見れば当たり前だけど、それはそれとして、自分を唯一無二で、不可侵で、尊いものだと思いたがる傾向はあるのかもね」 「個性とみせかけてみんな同じ、っていうアレかもしれないですね。でも、前から思っていましたけど、だからといってシロアリも人間も対等だという考え方の人って、意外と少数派かもしれませんよ」 「そうかなあ。じゃあみんな、ソーセージは下等生物の死体だと思って食べてるの?」 「いや、ソーセージはソーセージだと思って食べてますけど」 「それ、意味が分からないよ」 首をかしげながら、蛹はゆっくりと煙を吸い、吐き出した。 「ところで話を戻すんだけど」 と、蛹は言う。 「俺は原発がどうなろうと正直どうでもいいんだけどさ、でも、この本の中の原発に言及した部分は、とてもまともだと思う」 「政治の話なんて、珍しいですね。他人をまともだと表現することも珍しいですし」 「政治の話じゃなくて、科学の話だよ。これにも書いてあるだろ。政治の話にすると、すぐ脱原発か、再稼働か、みたいな話になる。どうするのが安全か、という議論ができなくなるし、実際、今から原子力技術者を目指したいと思う若い人がどれだけいるのかって話。要はめんどくさい」 「まあ、止めても動かしても、この先、原子力とは途方もなく長い付き合いになるわけですからね……って、最後に本音出ましたね?」 「うん。政治的に言えば、全部今さらなんだよ。だから科学の話をしないといけない」 「自分はどう思うか、どうしたいか、じゃなくて、どうするか、ってことでしょうか。結局、手の届く範囲の外にあることは、口ではどう言おうと、頭でどう考えようと、自分と関係の無い他人事ですし」 「そういうことかもしれない。俺みたいな人間からすると、絆とか相互理解とか、正直鬱陶しいんだけどね。でも、言っていることはもっともだと思う。まあ、鬱陶しいんだけどさ、ものすごく」 そのとき、コーヒーメーカーが小さく電子音を発して、コーヒーが出来たことを知らせた。 「……何度も言わなくても、分かってますって」 葉月は立ち上がり、コーヒーを淹れるためにキッチンに入っていった。
2投稿日: 2014.07.05
powered by ブクログ自己とは他者との相互関係の中で創発される概念,と考えてきたが,それを幼稚園時代から考えてきたというのだから恐れ入る.話があっちゃこっちゃ飛ぶけれど,相変わらず視点が興味深い.
0投稿日: 2014.07.05
powered by ブクログなるほど、これはおもしろい。 養老さんの本はこれまで何冊か読んできたけど、近いような、遠いような、そんな印象を抱いていました。 でも本書で、養老さんのバランスのよさが少しわかった。ここらへんのひとたちが「自分らしさなんてない」っていう意味が、いまさらながらわかったように思う。 自分は世界のなかのほんの一部である。このことを自覚することが、人間を謙虚にもするし、やさしくするんちゃうかなぁと思う。
0投稿日: 2014.07.03
powered by ブクログ激しく同意する部分も、同じくらい反発する部分も、すべて内包しているけれど絶対に面白い。「老後は子供の世話にならない、とは、子供を育てない(育児放棄)と同じ理論」「情報収集=メタメッセージも同時に収集している」「世間を良くしたい、と本気で考えるなら、まず世間に入らねばならない」変わりゆく世間のなかで、平衡感覚と、確固たる矢印であるところの「自分」を持ち続けた人だけが提言できる諸説を、若輩者も垣間見られる至福の本。
0投稿日: 2014.07.01
powered by ブクログ『口の中にあるツバは汚くないのに、どうして外に出すと汚いの?』 子どもが発したというこの疑問に明快に答えられる大人がどれだけいるだろうか。 バカの壁から続く、養老孟司氏の話を後藤裕二氏が原稿に起こすやり方で書かれた本著。そのいわゆる壁シリーズは一貫した「養老思想」にトークテーマを与え、時事を絡ませ、ふんだんに紹介していくものだと私は解釈している。 今回のテーマはタイトルの示す通り「自分」。特にその輪郭の在り方について論じているように思う。 どこまでが自分の内側だと自然に許容できて、どこからが自分とは関係のない外側だと拒絶、切ってしまうのか。その切ってしまう境界線の引き方に、著者は警鐘を鳴らす。「あの田んぼはお前だろう」と言っても、通じなくなった、と。 ここまでの話を聞くと哲学的、抽象的な問題かと思われるかもしれないが、決してそうではない。なぜなら、どこまでを自分の内側の物事かと捉えられるかは、どこまでの問題を自身の問題として取り組めるかという、具体的な行動を起こすかどうかの判断基準になるからだ。 例えば、以前ウーロン茶のCMで「食べたものが、肉になる」というコピーがあった。このコピーを考えた人の本意とは異なるだろうが、これはまさに田んぼの稲が米となり、それを食べたあなた自身の身体になるという、つまるところ「あの田んぼはお前だろう」ということである。これを自分の内側だと実感を持てる人は、環境問題に真摯に取り組むことができる。 ことは環境問題だけに限らない。家族、友人、世間、社会との関わりにおけるスタンスをも、どこまでが自分の内側かという問題が決定するのだと私は思う。 そんなこと考えなくても生きていける。それはそうかもしれない。しかし、少し立ち止まってこの問題を考えてみるのもいいんじゃないか。 外に出たツバはなぜ汚いか。 本書を読んで、「自分」なりの回答を得る手がかりを掴んでみてはいかがだろうか。
1投稿日: 2014.06.29
powered by ブクログ書いてある内容が自分にとって新しすぎて、自分のアタマの隅っこ、一部分が明るくなったような気がする。社会は情報化社会と言われて、いろいろな情報が錯綜していると思われているけど、世間は結局メタメッセージ的なもの(原発論争など)には群がる。ぼくもそう。そんな中で「実はこうなんじゃないの?」と言われると、非常に知的な刺激を受ける。
1投稿日: 2014.06.29
powered by ブクログ読み始めました。 (2014年6月27日) そういう人たちに、うっかり「そういう問題に興味ないんだよね」などと言ったら、きっと怒られるでしょう。 「こんなに重要なことに興味を持たないのか! 我々はこの問題に向き合うべきた」(養老孟司『「自分」の壁』新潮新書、189ページ) http://www.shinchosha.co.jp/book/610576/
1投稿日: 2014.06.28
powered by ブクログ2014.6.24了読 周囲がお膳立てをして発揮させたり、伸ばしたりするたぐいのものではない、むしろ周囲が押さえつけにかかっても、それでもその人に残っているものこそが個性なのです。 個性は放っておいても誰にでもあります。だからこの世の中で生きていくうえで大切なのは、「人といかに違うか」ではなくて、人と同じところを探すことです。 田んぼは私 変な社会を我々はつくってきてしまった。そう感じることが増えました。本来、自然と共生できる文化、「個人」なんてなくてもいい社会を私たちは持っていたはずでした。それが、どんどんおかしな方向に進んでしまいました。 かつては言わなくてもわかっていたことが、今では言っても伝わらないようになった。 学生を田んぼに連れて行った際に、「あの田んぼはお前だろう」と私は言います。すると、相手はぽかんとします。何を言っているんだ、このじいさんは。でも、田んぼは私たち自身だ、という考えはおかしなものではありません。田んぼから米ができる。その米を体内に入れて、体をつくっていく。米は体の一部になる。その米を作っている田んぼの土や水、そこに降り注いでいる日光も全部、私になっていくわけです。 親孝行 「お前はお前だけのものじゃないよ」 「意識はどの程度信用できるものなのか」という疑いを常にもっておいたほうがいい 私はなにか選択をするときに、常に「楽をしないようにしよう」と考えていた気がします。楽をするのはまずい。
0投稿日: 2014.06.25
powered by ブクログ・近江商人「店よし、客よし、世間よし」 ・「メタメッセージとは、そのメッセージ自体が直接示していないけれども、結果的に受け手に伝わってしまうメッセージのことを指します。」「問題は、メッセージというものは、受け取る側が自分の頭でつくってしまうという点です。」 ・「人間が意識的につくらなかったものと向き合うのがいい。」「結局は、なるべく自然に接するようにするところから始めればいい。」
0投稿日: 2014.06.23
powered by ブクログ自分とは何かは考えるな、と言いながら、日本人とは何かを考えろ、と言っているようで、納得しにくかった。 その二つって結局そんなに違わないんじゃないのだろうか。 なんだか腑に落ちなかった。 結論ありきの議論を、言い訳しながら進めているようにしか思えなかった。
0投稿日: 2014.06.22
powered by ブクログ「壁」シリーズ第4弾。 <「自分」の壁>とは、人間が意識的に作り上げた壁のこと。 「自分が勝手に作った妄想という名の壁」を乗り越えるためにはどのような方法があるのかを、生物学的な知見に基づいて、様々な角度から指南している。 その1 自分へのこだわりを捨てて他者を知ろうとせよ。 (ヒトやサルだけが網膜に赤・青・緑の3種類の錐状体細胞を持っているのは、人の顔色の微妙な変化を感知するためであるらしい) その2 自分は環境の一部に過ぎないことを知れ。 (30%の遺伝子は、もともとは外部のウィルスだったらしい) その3 自分の気に入ったピュアな情報ばかりを収集するな (人間の脳は、勝手にメタメッセージを作ってしまう強い癖を持っているらしい) その4 自分(人間)が意識的に作らなかったものと向き合え。一番いいのは、自然に触れること。 (自分の意識では処理しきれないものが、この世には山ほどあり、自然と接する中で、その事を否応なく思い知らされることになる) 「自分」とは近代的自我が生み出してしまった妄想にすぎず、それを超える最も有効な方法は、謎に満ちた<自然>に向き合い<自然>と接することだという著者の指摘は傾聴に値する。 読後、私という存在が、地球の一部である大気に包まれた一本のチューブにすぎないように思えてきた。口から食物を取り込み、肛門から余り物を排出しているチューブ。ただ、それは、思考するチューブではあるが。
0投稿日: 2014.06.22
