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死の壁(新潮新書)
死の壁(新潮新書)
養老孟司/新潮社
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総合評価

169件)
3.7
31
57
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7
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    一人称、二人称、三人称の死という考え方がすごく腑に落ちました わたしはこれまで、存在しない一人称の死をずっと怖がっていたのかと思いました (怖いのは変わらないけれど、しょうがないと理解できた気がする)

    0
    投稿日: 2025.11.03
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    p.70「生死の境界」は死亡診断書にしか存在しておらず、それは社会的な死に過ぎない。 今まで死=細胞分裂をしなくなることだと思っていたが、そうとも言えなさそう。 マンモスの骨は家や武器を作るのに使われる、死体が朽ちて養分になり植物が育つ。生と死はグラデーションでサークルオブライフ。東洋哲学と繋がるところが多かった。

    0
    投稿日: 2025.01.26
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    死とは何か、生きるって何かを考えられた。 分からない死について怖がる必要もないし、 今を大切にしようと思った。

    0
    投稿日: 2025.01.19
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    解剖学者が「死」をどのように捉えているのか興味があり手に取る。自分は、今まで心なしか死から遠いところにいるような意識がどこかにあったが、齢五十が見えてくるタイミングで、ふと残りの時間について思いを馳せることが増えてきた。死は忌むものではないという言葉が印象的。確かに、人は必ず死ぬし、今まで死ななかった人間はいない。実は眠っている時が死んでいる感覚に近いのかもしれないし、死を特別視して人生の意味などを大仰に考えなくてもいいのかもしれない。まずは、残りの日々の生活をを1日1日誠実に過ごしていこう思う。

    0
    投稿日: 2024.11.09
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    96歳の年寄りの介護をしている者として、何時も死について考えているけれども、先生の本を読んで考え方やっぱりこれでいいんだな、と感じた。 なるようにしかならないし、考えたって仕方ない。 常に死について考えている母を看ていると、可哀想になるけれどこればっかりは、優しくはできない。変に優しくしていると寄りかかって来てこちらの精神が巻き込まれてしまうから。何事も客観的に前向きに捉えることだ。 今、生きることも、死んでいくことも、経過にしかない。 客観的に観ながらの介護、死に対する考えを母に教えてもらって毎日である。 それもそんなには続かないんだからな。

    2
    投稿日: 2024.05.28
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    死というものを生活に紐づけて考えることで、人々が死に対する考え方が変わる。どう捉え、そこから何を考えていくのかを考慮して行動するキッカケとなる一冊だった。

    1
    投稿日: 2024.05.03
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    なぜ殺してはいけないか、に対して、殺された生物というシステムを再構築できないから、という回答は解剖学者ならではの考え方だなぁと思った。そんな事は思いつかない。 死というのが、日本では世間というグループからの離脱というのも面白い考えだなと思った。 著者の考えが正しいわけではないし、戦争とか外交に関する箇所など暴論だと思うところもあったが、ようは生死や戦争など世間一般で唱えられている考え方から一歩離れて、自分なりに経験などをもとに考察することが大切だと気付かされた。

    1
    投稿日: 2024.04.18
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    バカの壁の続編であり、死に焦点を当てて書かれている。 生と死の区別、境目が科学的には極めて曖昧であるという点は非常に興味深かった。 またなぜ人を殺してはいけないのか、という問いに対して、「殺したら元には戻らないから」という、単純明快な答えを返している点も印象深い。 また死の人称という考え方も面白く、中でも一人称の死、は存在しないから考えたり悩む必要はない、というところは心に残った。一人称の死を考えるより二人称の死をどう受け止め、死を不幸としない、考え方、生き方をすることが大切。

    0
    投稿日: 2024.04.02
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    社会の在り方や問題点について、「死」を視点に述べられていて、面白かった。「死」はどこから「死」なのか、なぜ死んだら名前(戒名)が変わるのか、死体は「モノではなくヒト」、日本では死んだらメンバーズクラブ(共同体)から脱会させられる、など、死の概念的な思索、死と社会の関係性について、漠然とだけど、理解出来た。 他にも現代社会は「死体」が身近では無くなった、人間が情報化(不変の存在と思われるようになった)してしまった、都市化やエリートの消滅により安楽死の問題において、医者側の負担や責任を考えなくなったり、その他の人々もエリートにそういう仕事を押し付けているという、後ろめたさが無くなった、という考えが印象に残った。 あと「死」という概念的なものを、「一人称の死」、「二人称の死」、「三人称の死」、と文字化して、「死」を細分化していた所が凄いなと思った。 自分は「死」について深く考えたことがなかったし、「死」を視点に物事や社会を見ていなかったから、これを機に考えていけたらなと思った。

    1
    投稿日: 2024.03.04
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    ”死”について多角的な視点から考察されているが、その結論や前提に違和感を感じるものも多い。 書かれてからしばらくするので変わったものが多いかもしれないが、死に捕らわれることが共同体からの離脱を意味する、というのはもはや共同体がほぼ崩壊している現在ではあまり意味がないような気がする。 (もちろん、国家としての共同体はあるが…) 深い洞察力や知性を感じさせる本ではあるので、違和感を覚える自分の方がずれているのかもしれない。

    6
    投稿日: 2024.02.10
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    ズバリって感じで答えを提示するのではなく、こちらに考えることを促してくるというのか… 死についていろんな観点から論じているけど、私みたいなアホでも理解できるように、かなり優しい言葉を用いて書いてある本だと思いました。 自殺はやっぱり駄目。 自分が自殺した後、周囲にどんな影響を与えるのか考えてみなさいってことは、養老先生でも同じことを言うのだなと… 安楽死についても、「殺す側の気持ちが理解できてない」と言っていた? 内容が全部理解できたかと言うと多分できてない。 死とは何か→証明書が出たら。 ボケることを怖がらなくていい、困るのは自分ではないのだから。 死体は仲間外れって言葉もなんだか新鮮に響いた気がします。 大して生きてもないくせに、人生の意味なんか聞くんじゃない。 どのお言葉も胸に刺さるような、それでいてやさしい本。

    0
    投稿日: 2024.01.17
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    死は誰もが与えられるもの。難しいことではない。 今この瞬間は否応なしに前に進んでいく。取り返しがつかないなら前向きに、自分にとって良い活動・行為をしていく。 https://self-methods.com/wall-of-death/

    0
    投稿日: 2023.09.19
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    飛ばして読んだところもあるけど読んだところは良かった。 人生は暇つぶし出できているのかなと感じた。 人の最終結果は死ぬこと。 全員が同じゴールを定められているなかで、その人生で何をするかは自分や周りの人の影響をかなりうけるのだろう。 だからこそ自分のことだけではなく周りのことも考える必要があり、自殺や安楽死がそれに値する。 エリートも他の人が嫌がることを進んで責任を持つからこそエリートなのだなと。 偉ぶるエリートにだけは絶対になりたくない。 気楽に人生を慌てることなく楽しめたらいいなと思えた。

    0
    投稿日: 2023.08.11
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    人生の問題に正解はない、そもそも本に書いてあることを全部絶対正しいなんて思わないでくれ 実際に、何でも、「調べればわかる」「見ればわかる」というようなことはありません ただし、人生でただ一つ確実なことがあります。人生の最終解答は、「死ぬこと」だということです。 気になったことは、以下です。 なぜ人を殺してはいけないのか  ⇒ 二度と作れないもの だから  ⇒ 殺すのは簡単、でも後戻りできない 人間が死ぬということが知識としてはわかっていても、実際にはわかっていない そもそも、人間とは移り変わるもの。平家物語でも、方丈記でも、中世文学に流れているものは、人とは変わっていくものであると語っています。 中世に描かれた「九相詩絵巻」。そこに描かれているのは、生きた美女が死んで、腐っていき、最後は、骸骨になるまで。人間型の骸骨だったのがバラバラになるところまでが描かれている 中世は、死がとても身近なものだったのです 逆に、現代人にとって「死」は実在ではなくなってきている。 生とは何かがわからないと、死とは何かもわからない 脳死が、部分的な脳死が、ほんとうの死なのかどうかは実はわからない 生死の境目、死の瞬間が厳格に存在しているというのは勝手な思い込みにすぎない 臓器移植が始まる前までは、死とは、 ①自発呼吸が止まる ②心拍がとまる ③瞳孔が開く であったのに、現代は、「ハテ?」となっている。 死体って、もの、それとも人。塩をきよめに使うというのは、穢れとみているから、死体とは穢れ 戒名とは、死んだから別のものになったから、死んだ奴は我々の仲間ではない 日本人は、火葬を拒否する人はあまりいません。でも、イラン人は火葬して問題になる。それは宗教で火葬を禁じているから。 靖国のルール、死者は別もの、だから、神さまとしておまつりしても問題はないという考え 7章からは、別の論点となります。 一元論に陥ったときに、人は絶対の真実があると思い込んでいます 「みんなのため」は、本当にいろんなことをしなければならない。決して、「みんなと一緒のことをする」ではない 乃木希典の覚悟、兵を死にやった重さを背負わなければならなかった。人の上に立つ人というのは、本来こういう覚悟がなくてはいけない。 みんなが嫌がることは、エリートがやっていた。エリートとはいうのは本来はある種の汚れ仕事を引き受ける立場の人だった。現在は、エリートが存在しにくくなったということになります。 エリート教育がなくなってしまっているのが根本です。多くのトップ、指導者に自分が生死を握っているという意識がなくなっているのもそのせいです。 死の恐怖は存在しない。 死んだらどうなるかというようなことで悩んでも仕方がないのです。自分の死について延々と悩んでも仕方がないことです 老醜うんぬんというのはありまでも、他人が見ての話であって、当人の問題ではありません。 周囲の死を乗り越えてきた者が生き延びる。「神に愛される者は早死にする」 目次 序章 「バカの壁」の向う側 第1章 なぜ人を殺してはいけないのか 第2章 不死の病 第3章 生死の境目 第4章 死体の人称 第5章 死体は仲間はずれ 第6章 脳死と村八分 第7章 テロ・戦争・大学紛争 第8章 安楽死とエリート 終章 死と人事異動 あとがき ISBN:9784106100611 出版社:新潮社 判型:新書 ページ数:192ページ 定価:760円(本体) 発売日:2004年04月15日

    15
    投稿日: 2023.07.10
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    神に愛された人ほど早く死ぬと言う言葉 自殺してしまった友達もきっと愛されたから死んでしまったのだろう 都市化が進んで人の心は離れて行ってしまっている。 しかし、3人称の死が増えてもなお、心が痛むのならきっと人は性善説である証明なのだと思う。 全ての人間を愛せなくてもせめて目の前にいる大切な人を愛したいと思った。

    0
    投稿日: 2023.06.29
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    著者は、現代の多くの人は生者と死者を別物、同じ共同体の仲間かそれ以外であるように考えている、と主張するが、自分は特にそう考えていなかったことに気付かされた。 というか、死というものがいかんせん身近な者でないため、意識の上ることすら少ない。 これまでの半生で恩師や祖父や同級生が亡くなったこともあったし、自分は介護職をしていたことから第一発見者になったり、長年介護していた利用者様が亡くなったりしたケースも経験はしている。 が、やはり事故や災害、戦争における死は身近であるはずなのに隠蔽されていて、接することがない。 精神に対する負荷を下げるためということは分かるが、生物としての実感がどこか薄れてしまうのは、その代償だ。 ガンツや進撃の巨人のようなグロテスク描写のある過激なマンガ、 ウォーキング・デッドやゲーム・オブ・スローンズのような容赦のなく登場人物が死んでいくドラマが人気になったりするのは、そういった希薄化した生への実感を無意識に求めているからからなのかもしれない。

    0
    投稿日: 2023.06.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

     「バカの壁」に続く第2弾。養老孟司「死の壁」、2004.4発行。この本は、難しかったです。経験していないことは教えられない ということを改めて認識しました。次の2つは、よくわかりました。人間の死亡率は100%。そして、死んだら二度と生き返らない。

    0
    投稿日: 2023.01.30
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    ハエを殺すことはいともたやすい。ただし、ハエを作り出すことはロケットを作る時代になっても難しい。そして、また死はメンバーシップからの脱会ともいう。解剖学者としてみた、そして自分の親より上の世代の先輩としての死生観が伺えた。 遠ざけたいけど、誰しも迎えるもの。悩み立ち止まっても仕方ないけど、ときに思い出して見るべきときというのは同意!あまり考えたくないのが本音ではあるけれど。

    0
    投稿日: 2023.01.26
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     『死の壁』から読んでしまった。バカだな。『バカの壁』から先に読むべきだ。  語りおろしなので読みやすい。ただ、当時のビビッドな話題に触れている部分は今から読むと懐かしい。  第1章「なぜ人を殺してはいけないのか」。巷間よく語られる問題に明解な答えを出したと思う。  「一人称の死体」「二人称の死体」「三人称の死体」という類別は、長年解剖に携わった著者ならではの視点だろう。

    0
    投稿日: 2022.12.17
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    一人称の死体・二人称の死体・三人称の死体。一人称の死体は自身では観測できないのだから、考えても仕方ない。死は人生の終着駅でありながら、意識しにくいのはそういう事なのかなと思った。死を考慮していない構造の話はとても興味深かった。分かっているつもりでも理解ができていないから起こり得るのだろうなと。また人を殺してはいけない理由に「同じ生命を作ることができないから」と語られていることや、「どうせ死ぬんだから慌てるんじゃねえ」という言葉に、どこか響いた感覚をかんじた。

    0
    投稿日: 2022.10.06
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    先日読んだ「「死」とは何か」と言ってる内容が被ってた。生死の境界、肉体と精神、死の先にあるものとは。死を学ぶことによって生を知る。 265冊目読了。

    2
    投稿日: 2022.09.18
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    読みやすい。割と普段から感じてたり考えたりしてることが上手く言語化されているのをなぞって読んだという感覚だったけど、死体の人称のはなしとかおもしろいなとおもった。

    0
    投稿日: 2022.08.30
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    養老孟司(1937年~)氏は、東大医学部卒、東大大学院基礎医学博士課程修了、メルボルン大学留学、東大教授、東大総合研究資料館館長、東大出版会理事長、北里大学教授等を経て、東大名誉教授。専門の解剖学に加えて脳科学などの見地から多数の一般向け書籍を執筆しており、『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞(1989年)、2003年に出版した『バカの壁』はベストセラーとなり、累計出版部数は400万部を超える戦後日本の歴代4位となっている。尚、現在までに「壁」シリーズとして、『死の壁』、『超バカの壁』、『「自分」の壁』、『遺言。』、『ヒトの壁』の計6巻を刊行し、シリーズ累計の出版部数は660万部超。(『バカの壁』出版時はシリーズ化など考えていなかったはずだが、出版社の商売とはこんなものである) 私は新書を含むノンフィクションを好んで読み、興味のある新刊はその時点で入手するようにしているが、今般、過去に評判になった新書で未読のものを、新・古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。(『バカの壁』だけは以前読んだ) 本書では、前著で「人生の問題には正解はない」と書きつつも、人生でたった一つだけ確かなことは「死ぬこと」だという養老先生が、「死」に関して日頃考えていることを徒然に語っているのだが、前著と同じく聞き書きであるために、前著やエッセイ集『神は詳細に宿る』と重複する部分があるし、必ずしも整然と論理が展開されているわけではない。(こういう作りの本は、人によっては読み易いのかもしれないが、私は正直あまり好きではない) それでも、大きく以下の2点については、印象に残った。 ◆人間とは日々変化するもので、「死」も当然その延長にあって、昔は死の基準も曖昧なものであった。近現代では、(脳死のような)死の基準や安楽死といったテーマが表で議論されるようになりつつも、なかなかコンセンサスが取れないが、それは、そうしたテーマがこれまではそれぞれの共同体における(グレーゾーンの)暗黙のルールで処理されてきたためである。どこかで意識化・明文化できない領域というのがあると考えることも大事だろう。 ◆「一人称の死」はイメージでしか存在しないものであり、我々の考えるべきは「二人称の死」「三人称の死」(特に前者)である。「死というのは勝手に訪れてくるのであって、自分がどうこうするようなものではない、・・・だから自分の死に方については私は考えないのです。無駄だからです。」 「二匹目のどじょう」感は拭えず、今敢えて読む意味については少々疑問ありか。。。 (2022年8月了)

    0
    投稿日: 2022.08.09
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    感想 死は平等に訪れる。それは必然であり恐怖に慄く必要もない。だが安らかな死も人間が創った概念。死を厳然なものとして受け入れる心の準備ができた。

    0
    投稿日: 2022.07.25
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    死は観念ではなく、日々トイレでひねり出さねばならないウンコと同じく、有機的でどうにもならないものなのだという養老節に、毎度のごとく唸らされました。 都市化と共に生活の場から死も消えたというのは納得です。都市というのはクリーンで支配できるものに満ちています。汚らしいもの、秩序を乱すものは許されず、周辺に追いやられます。当然、臨終は病室においやられ、すぐに匂いを発する死体などもさっさと焼却処分される。野生動物の死骸すら、その日のうちに処理されて目につきません。 こうして本物の死はかくされ、無味乾燥かつ抽象的な数字におきかえられる一方で、フィクションの世界では残酷で派手な死が跳梁跋扈する。それで想像力ばかりが刺激されるから、無駄に恐怖心が高まってしまう訳です。新型コロナに対する世間の過剰反応にも、案外そんな理由があるのではないかと、本書を読みながら思いました。 養老先生は、フィクションに出てくる死体は嘘っぽいと言います。長年、解剖学に心血を注いだ専門家の言葉には重みがあります。きっと、私たちが思うよりも違うのでしょう。しかし、普段死体をまぢかに眺める機会のない私たちには、本質的な違いなど分かりようもありません。 昔、ミイラ展や人体の不思議展に行ったことがあります。どちらも本物の死体が展示されていました。興味深くエキサイティングではあったものの、ある意味では少し拍子抜けもしました。 なんだかミイラは大きな干物に見えたし、プラスティネーションはおどろくべき精巧な標本であり、私が思っていた死体ではなかったのです。今思えば、何かもっとおどろおどろしさがあるだろうと期待していたんだと思います。見世物小屋に求めるべき物を求めていたのです。 ただ一点、スライスされた人体標本の頭部にうっすら毛が生えていたのだけは、なんだか今でも覚えています。理由は分かりませんが、それを見た時にはじめてこの人は生きていたんだと思えました。 不思議な感覚でした。これが養老先生言うところの「死体である死体」の存在感なのでしょうか。それはフィクションの世界にあるように、怖くもなく、グロテスクでもなく、ドラマチックでもありませんでした。目の前のこの人は、自分と同じように生きていたのに、たしかに今は死んでいる。自分も、いずれこの人のように死ぬのに、どうやら今は生きている。 この不思議さには果てがありませんでした。見つめれば見つめるほどに、分けがわからないけれど、何か心の深い部分に、慄然と鮮やかに響いてくるものがあったのです。哀しみでもなく恐怖でもありません。言葉にはならないものです。それが都市化によって私たちが失ったものなのかも知れません。 死とはなにか、生とはなにか。それは情報や論理だけで答えが出るものではなく、なんだか分からないけれども目の前に歴然と存在する有機的なシステムと向い合う中にしか、見えてこないものである、という、養老先生の言葉には、不思議と心安らぐものを感じました。 他にも色々と面白い話がありました。ただ最終的に心に残るのは、父親の死について、しんみり語る先生の後ろ姿です。何度も読んだ話ですが、とりわけ本書では響いてきます。

    1
    投稿日: 2022.06.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    大変読みやすい本でした。 *人間中心主義 人間が特別だと勘違いしている。人間の力で思い通り出来ると思っている。自分自身でさえ思い通りにならないのに… *絶対の正義を信じる者は絶対の正義を振りかざす *安楽死の責任 死を望む人の希望を叶えてあげればいいと安易に考えていないか? 医師の気持ちを忘れてはいないか? *寿命が迫ったときの生きる意味 自身の生きる意味を問うのではなく、運命を受け入れそれに対してどう立ち向かうのか…ということが周囲に大きな影響を与える。そこに大きな意味がある。

    1
    投稿日: 2022.02.21
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    序章『バカの壁』の向こう側 どうすればいいんでしょうか  わからないから面白い 人生の最終解答 人が死なない団地 第一章 なぜ人を殺してはいけないのか 中国の有人宇宙船は快挙か 殺すのは簡単 あともどり出来ない ブータンのお爺さん 二度と作れないもの 人間中心主義の危うさ 第二章 不死の病 不死身の人 魂の消滅 「俺は俺」の矛盾 「本当の自分」は無敵の論理 死ねない 死とウンコ 身体が消えた 裸の都市ギリシャ 死が身近だった中世 死の文化 葬式の人間模様 実惑がない 宅間守の怖さ 派出所の不遜 ゲームの中の死体 第三章 生死の境目 生とは何か 診断書は無関係 境界はあいまい 「生」の定義 クエン酸回路 システムの連鎖 去年の「私」は別人 絶対死んでいる 生きている骨 判定基準 誰が患者を殺したか 規定は不可能 第四章 死体の人称 死体とは何か 一人称の死体 二人称の死体 三人称の死体 モノではない 解剖が出来なくなった頃 第五章 死体は仲間はずれ 清めの塩の意味 なぜ戒名は必要か 人非人とは何者か この世はメンバーズクラブ 脱会の方法 「間引き」は入会密査 ベトチャン、ドクちゃんが日本にいない理由 第六章 脳死と村八分 脳死という脱会 村八分は全員一致で イラン人の火葬 靖国問題の根本 死刑という村八分 臓器移植法の不思議 「人は人」である 大学も村 ケネディは裏口入学か 第七章 テロ・戦争・大学紛争 戦争と原理主義 正義の押し付けがましさ 戦争で人滅らし 大学紛争は就職活動 反権力と反体制 敗軍の将の弁 軍国主義者は戦争を知らない イラクの知人 国益とは何か ものつくりという戦争 第八章 安楽死とエリート 安楽死は苦しい エリートは加害者 産婆の背負う重荷 つきまとう重荷 エリートの消滅 銀の心臓ケース 解剖は誰がやったのか 天の道、人の道 ルールの明文化 人命尊重の範囲 役所の内類が多い理由 自分への恐怖 解剖教室の花 終章 死と人事異動 死の恐怖は存在しない 考えても無駄 老醜とは何か 悩むのは当たり前 慌てるな 父の死 挨拶が苦手な理由 死の効用 ただのオリンピック 生き残った者の課題 日々回復不能

    1
    投稿日: 2022.01.18
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    この本は東大名誉教授の養老孟司さんの「壁シリーズ」です。 解剖学の専門医師をされていた著者の「死生観」は、とても深く参考になりました。 ぜひぜひ読んでみて下さい。

    9
    投稿日: 2021.12.15
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    読書開始日:2021年11月14日 読書終了日:2021年11月19日 要約 ①殺生はなぜいけないか、命は二度と元に戻せないから ②一人称の死は想像上のものなので、重要なのは二人称の死。周りにとって自分も二人称の死 ③死とは自然の摂理。淘汰。死をどう活かすかに尽きる。

    2
    投稿日: 2021.11.22
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    日本人の死に対する感覚が村八分からきているものである考察は世界の基準からずれているような気ぐした。一人称の死は存在しない。二人称、三人称の死を意識することで命の大切さを感じることができるだろう。

    1
    投稿日: 2021.10.29
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    死生観について平易な言葉で解り易く書かれた良書。一人称の死、二人称の死、三人称の死、人の死をこのような角度で考えたことがなかった。 死ほど人生のあらゆる行為は取り返しがつかないことを示しているものはない。に納得感が高い。

    1
    投稿日: 2021.10.23
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    日本の共同体のルール、暗黙の了解。現代にも受け継がれており、私達の意識しないところで働いていることに気付いた。 死刑制度や安楽死、仕事として請け負う死なせる側の立場について考えされられる。 バカの壁、こちらの方が私的に面白かった。

    3
    投稿日: 2021.09.10
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    2021.8.20-24税理士試験翌日から読み始めた本1冊目 嬉しい一歩。今日も取り返しのつかない日。意味あるものに。 あらゆることは回復不能 今日という一日も。死が一番それを現している だから、今を意味あるものにして生きるしかない 仕方がない。その死を、起こった回復不能なことを、不幸にしないことが大事なのである =現当二世だ 慌てるな、 どうせ死ぬんだから だから今死んでも同じとはならない 「お腹が減るんだから喰うのをやめよう」 「汚れるんだから掃除をやめよう」とはならないでしょう 死=二人称の死、死体である死体 都市化、三人称の死が増えると死に対する抵抗も薄れてしまう? 一人称の死は存在しないから、自分の死についてあれこれ考えても仕方がない

    1
    投稿日: 2021.09.06
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    理解出来るとこはあるけど、同じ様な事が何度も書かれていて屁理屈に見えてしまう。 頭のいい人なんだと思うけど。

    1
    投稿日: 2021.08.23
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    皆安楽死する側の気持ちは考えるが、安楽死させる側の視点は欠如していることがある。 死体を見る視点では、俺の死体は存在しない。 普段考えが及ばない視点からの記述があり新鮮でした。

    2
    投稿日: 2021.07.21
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    ・日々変化する自分とは反対に、変わらないのが「情報」です。 ・エリート、人の上に立つ立場の人というのは、本来こういう覚悟がなくてはいけない。常に民衆を犠牲にしうる立場にいるのだ、という覚悟です。 ・死は不幸だけれども、その死を不幸にしないことが大事なのです。 ・ふだん、日常生活をおくっているとあまり感じないだけで、実は毎日が取り返しがつかない日なのです。 2021.4.21

    1
    投稿日: 2021.04.30
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    死について色々な視点で書かれている。「死んだら共同体から追い出される」という考えは面白いと思った。冷淡で単純だけど的を得ているような、合理的とも言えるような言い回しがかえって納得させられる感じがした。死について考える事はとても大事だけど、自分の死を怖がって不安になっても仕方ねえよな!って話

    1
    投稿日: 2021.02.17
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    淡々と死について書かれていて勉強になった。 死を穢らわしいものと思い込んでいたが、生は死と隣り合わせなので、死について考えることは必要である。 一人称の死は考えない。二人称、三人称の死は大事にせねばならない。 死は回復不可能。だから簡単に死んではいけない。 脳死、安楽死は殺すことと同じ。明文化することは難しい。曖昧さも必要? 毎日が取り返しのつかない日。今日というのは明日にはなくなるから。 覚悟を持つエリートがいなくなった。乃木大将はエリート意識があった。 昔、産婆さんは間引きしていたことに恐ろしくなった。

    1
    投稿日: 2020.11.20
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    解剖学者だった筆者が思う"死"について書かれた本。 自死は自分は死んでしまって関係ないが、周りに与える影響は大きい。 だから、"死"というものを軽く考えて自殺をしてはいけない。 医者である筆者が考える安楽死。医者も人間で人を殺めるということはしたくない。十字架を背負いたくない。 よく考えれば、わかりそうなことだけれど、気づかせてくれたような気がする。 コロナ禍で自死が増えている今、すごくおすすめの一冊です。

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    投稿日: 2020.11.02
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    東京大学名誉教授であり、解剖学者である、養老孟司が死について語った一冊。同氏の大ベストセラーである“「バカの壁」の続きみたいなもの”と位置づけられているが未読でも支障はない。 日本人の死生観の変遷と、その根底にある歴史的・文化的な土壌をわかりやすい比喩を混じえて考察している。時に諸外国と対比するにより、日本人的な死生観が絶対的なものでは無いことに気付かされる。 現代社会は構造的に“死”を生活から遠ざけている。“死”について話題にする事をタブー視する風潮もある。それでも“死”は避けることができないライブイベントであり、じっくりと考えを深めてみる価値のあるテーマのように思う。考えを深める最初の一歩として最適の一冊。

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    投稿日: 2020.06.28
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    なぜ人を殺してはいけないのか? ハエを叩き潰すのにはハエたたきが1本あればいい、じゃあそうやって会えた時で潰したハエを元に戻せますか? 同じように人を殺したら二度とつくれない。 他人というとりかえしのつかないシステムを壊すということは、自分も所属してきるシステムの周辺を壊しているということ。 共同体のルールに関わる議論というのを厄介。 人間、人生の3分の一は寝ているわけです、絶対正しいと思っているのは起きている間の意識にすぎません。 特定の人間にある種のことをやらせる予定合わせるまたは押し付けることについての意識が希薄になっている。 死は不幸だけれども、その子を不幸にしないことが大事なのです。

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    投稿日: 2020.01.14
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    「バカの壁」の続きで養老孟司さんの著作。 本書は「死」を中心にした著者の考えが纏められています。 と書くととてもスッキリシンプルな感じがしますが、そうでもなく、様々な角度から「死」を見つめています。 「人を殺してはいけない理由」に対しての著者の意見の示し方が最近になって死の概念が希薄になってきた(私を含め)現代人にとっての最適解のように感じました。 さらに日本人の深層心理と言うのでしょうか、”メンバークラブ”からの脱退についてや入会審査など、とても想像しやすい比喩を使って説明されていて、日本人の根深い「死」に対する思想を、感覚と想像を以て理解できたような気がします。 余談ですが、医療の前提として「人を助ける」「人命を尊重」としていながらも、そこには「人は死なない」という潜在意識が働いており、そのことが「安楽死」とぶつかるのでジレンマであるというくだりは、昔読んだ手塚治虫氏の「ブラックジャック」に登場する主人公「間黒男」と「ドクター・キリコ」のやりとりを彷彿とさせるものがありました。 「自由連想」の結果、著者が過去のトラウマを発見し克服に至ったというのを知り、私も自由連想をやったら何か面白いことが分かるのかなぁ……と思ってしまいました。 内容は「死」についてのものでしたが、私の中から出てきた感想は思い切り「今の自分の生き方」に関するものでした。 著者の言うように、一人称の死体など存在しないということでしょうか。

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    投稿日: 2019.12.06
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    死についての著者の考察が脈絡もなく?!(エッセイ?)みたいな感じでとうとうと述べられている。なにこれって感じ。

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    投稿日: 2019.09.22
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    解剖学者の養老先生は、死体漬けだったろう。 ゆえに、体が実体であると考える。 個性的な発想をしている人は少ない。本当に個性的な人とは話が通じないはずである。話が通じている時点で、さほど個性的ではない。では、個性はどこにあるかというと、体である。マツコデラックスの発言は個性的ではない。体が個性的なのだ。 しかし、現代人は体が実体だとは考えない。意識が実体であると考える。では、「寝ているときは無意識だから実体はないのか」と聞けば「実体はある」と答えるはずである。「どこにあるか」と聞けば「体だ」と答えるはずである。 しかし、脳=意識が実体であるという勘違いを矯正するのは難しい。意識は「同じ」ことを基本にするから、「自分は変わらない」という勘違いも起きる。 すなわち、老いない、死なないという勘違いが蔓延する。現代は、死を忘れた文明である。 死なないという思い込みが本書のタイトルである「死の壁」である。つまり、「死なないという思い込みの壁」である。 死体を解剖しながら、死体すなわち死についてたくさんのことを考えてきた養老先生である。「死」というテーマでこれだけのことを関連づけられる氏の洞察はさすがだ。

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    投稿日: 2019.03.15
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    『バカの壁』から続いて。 生れたからには致死率は100%。どういふわけかさういふことになつてゐる。ところが、生きてゐる人間しか暮らしてゐない。死んだ人間など誰もゐない。死に直面できるのは、他でもない死体を目の前にした時だけなのだ。 しかし、この死体といふものも一概に死体とは言い切れない。九相図が示すやうに、死体といふものは長い時間をかけて別々に死んでゆく。 かうして、死といふものは、よくわからないものとして常に生きてゐるものの傍にあるはずなのだ。そもそも、死に対するあれこれ、「死」といふことばさへ、生きてゐる者の営みである以外の何ものでもない。ここに死の壁が存在する。 生きてゐるものたちがどうにかして、「これは死だ」と’みなす’ことがある意味人間社会の発展であるとも言へる。死の基準なんてものは、生きてゐる人間たちで’みなす’ものなのだから、時代や環境、文化が異なれば当然その基準も変はつていくものである。 総じて、死といふものは遠ざけられるやうにできてゐる。死といふものに神聖さや特別性を見いだしてゐたところから、恐怖や汚れの対象として隔離され、つひには死体はその形がわからないくらい隠されるやうになつてきた。まるで死体など存在しないかのやうだ。 だが、どんなに隠さうと、どんなに死体を残さないやうにしても、死そのものがなくなるわけではない。わからぬものなのだから、恐れやうのないものだ。しかし、確かにそこに在る。

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    投稿日: 2019.03.03
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    人を殺すのがなぜいけないかというと、 復活させることだできないからだという。 人間というシステムを壊すことは非常にいけないことなのである。 壊すことは簡単にできるのだが、治すことはとても難しい。 今はまだピンとこないが来るときもあるのであろう。 また、自分の死体を見ることはできないのであるから、実質死というものは経験できないとのこと。 なかなか考えさせられる本書であった。

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    投稿日: 2019.02.03
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    『バカの壁』の続編。 「人間の死亡率は100%」確かにその通り。 その前提で、死や死体に対して広く考察されている。 死の壁よりも手前に生きている我々はもっとやれるコトや考えるコトがあるなと思った。

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    投稿日: 2019.01.14
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    バカの壁に次ぐ壁シリーズの第2作。 世の中にはいろいろなバカがいるように、死というものも実はいろいろな側面を持つ。しかしながらバカと違い死は避けられない(人間の致死率は100%)ものであるから、我々はどう受け止めていくべきなのか?を考えるきっかけになる良著。

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    投稿日: 2018.12.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    死や生きがいについて、確かにまあそうだと思わせられることがいろいろありました。 -- ・死体が気持ち悪いというのは当然の常識だと思うかもしれません。でもそれは都会の常識に過ぎないかもしれないでしょう。 ・法律上の定義が、死の全貌を示しているとどこかで思い込んだから生じた誤解に過ぎません。人が本当にどの時点で死んだのかというのは実は決定できない。~本当に骨がバラバラになっても、DNAを解析すれば本人だという特定はできます。 ・生きがいとは何かというような問いは、極端に言えば暇の産物なのだ、と。本当に大変なとき、喰うに困っているときには考えないことです。食うに困っていなくても、トイレに行きたくて切羽詰まっているときには考えない。とにかく早く行って、出すものを出したいと思うだけです。

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    投稿日: 2018.06.24
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    養老孟司先生の本は大変読みやすく、独自の考えを持っておられるので、毎回勉強させていただいています。 もともと法医学のスペシャリストということで、死に関して専門家ならではの知見や向き合い方を持っておられると感じました。 あくまで私見ですが、他の書籍以上に本書は養老孟司先生にしか書くことができないものであると考えます。

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    投稿日: 2018.05.03
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    「バカの壁」の続編。 養老孟司さんの文章は、とっても読みやすい。その内容は実に深い上、説得力が凄い、という印象を受けます。 今回の本では、バカの壁で触れた内容も交えつつ、誰もが避けることの出来ない「死」をテーマにしています。 「変わるのは人間、変わらないのが情報」 ふむふむ.... 養老孟司さんは仙人である....という妄想が膨らみました笑

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    投稿日: 2017.12.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読んでいて印象に残ったのは 分からないのが面白い。正解がないという事に気づくことが重要であるとしている。 近代化すると 人間は戸籍を持ちずっと一緒であると考えるようになる。 そこは中世の意識とは違う。 中世は人間は移り変わるものと考えられていた。 死体の人称についての考察は面白いと感じた。 日々ニュースでよく聞く死は 三人称の死でどこか他人事のようである。 しかし身内の死は二人称の死である。 この死は私の中でひいおばあさんの死でしか経験はない。 しかし小さい時のことだったのでそこまで実感はないかもしれない。 安楽死は被害者、遺族の感情中心になりがちで加害者の事を意識した内容になっていてハッとする場面もあった。 明文化すること、意識化することそれ自体が人間のためである進歩であると考える。 しかし、そこには一体どの程度まで意識化することが人間のためになるのかという観点が抜けている。 そこが分からないこともあっていい。 正解がない事に気づくべきという 著者の考えに繋がるのかなと感じた。

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    投稿日: 2017.05.19
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    哲学に興味を持った時、図書館で見つけた。 「バカの壁」より先に読んだ。 死を失う事だけだと思っていたが、 観点が3つぐらい増えた。

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    投稿日: 2017.05.11
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    「バカの壁」から。前作よりも内容がとっ散らかった印象を受けました。全体に筋があるというよりは、著者が「死」と言われて思いついたことをそのまま書いたエッセー集のような感じ。主観全開で書かれた雑学・考察集と言ってもいいと思います。 著者自身が述べるように「そもそも本に書いてあることを全部正しいなんて思わないでくれ」と、そういう心持ちで軽く聞き流すように読むくらいがちょうどいい(決してくさしているわけではなくて、そもそもそういうスタンスの本だと思う)。

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    投稿日: 2017.03.14
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    普段は考えない、生死の境目。 変わらないと思っていたものが常に変化しているなど、固定観念にとらわれてはいけないと、つくづく考えさせられた。

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    投稿日: 2017.02.20
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    殺人、葬式、自殺、死体、戦争、死刑、脳死。。世の中の死に関する昨今の問題を読み解き、そこから生きる知恵を見いだす本。 バカの壁の続編にあたるような位置づけで、確かにここでも脳化された社会が死の様々な問題を引き起こしていることが分かる。 とりあえずごちゃごちゃ考えるより、身体を動かそうという筆者の意見は、強引のようだけど今の閉塞感のある日本では本質を突いていると思う。

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    投稿日: 2016.04.07
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    寝る前のフォトリーディング&起床後の高速リーディング。 「バカの壁」同様、著者の話を編集者がまとめたとのこと。同日読んだ「モチベーション3.0」と比べると速読には向かない本だと感じた。論文的な書き方は楽であるが、本書のようにエッセイ的なものは速読には向かないようだ。 死を追いやる日本の状況を色々例を出して述べている。水洗便所がウンコを見ないようにしてしまったのと同じように、火葬が死を考えないようにしてしまっているというのは興味深い話。このような話がちりばめられていて面白かった。 星は三つ。

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    投稿日: 2016.03.31
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    「バカの壁」のおまけみたいな内容です。生死の境目とは、脳死や安楽死をテーマに養老先生の考え方が述べられています。 最近、トイレで生んだ赤ちゃんを窓から投げ捨てる事件があり、母親が逮捕されていましたが、これが中絶手術であったならば逮捕されることもなかった。 (法律を調べてみると母体保護法14条で規定されていますが、境目は割りとぼんやりしたもののように感じました) 本の中でも、共同体のルール、暗黙の了解という言葉が幾度となく出てきましたが、そういったものが現代社会でも普通に存在し、議論の対象になっていることを改めて認識でき、自分の考えをまとめてみようと思える良いきっかけになりました。

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    投稿日: 2016.02.13
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    バカの壁で主張として述べられていたことの延長戦。 エリート教育の下り、エリートが背負うことになる責任、それを教えなければならないという点はなるほど確かに、と感じた。

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    投稿日: 2016.02.03
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    養老孟司。ダイナミックだがむらがある。 解剖学者の著者は、死という抽象的なものではなく、死体という具体的なものをずっと対象にしていたわけで、死や死体が覆い隠されている時代の中で、限りなく死や死体に近い場所に位置していた。なかなか面白い視座だと思う。 人間には、厳密な意味で「死」がないわけです。 生きている間に経験できる死はすべて他人の死です。自分の死を経験できるとき、自分は既に死んでいる訳だから、経験そのものができない。 人間は、永久に「自分の死」を経験できないわけですね。 これはレトリックなんかではなく、きわめて本質的な問題だと思います。 だからこそ、他人の死に触れることで、死を、そして生きることを考えることができる。ウンコや死体のように、臭いものに蓋ばかりの世の中では、死の経験はいつまで経ってもできやしない。 共同体におけるメンバーズクラブのルールがその社会の死生観にも影響を及ぼす。 深沢七郎の引用。 エリートの定義など、なかなか刺激的に読むことが出来た。 読み物として、なんか片手間感が満載で、そういうスリリングのなさに、★3つです。 でも、死の免疫のない現代人には有為な一冊かもしれない。

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    投稿日: 2016.01.28
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    内容はどうでもいい豆知識や雑学レベルの内容で一つ一つの主張が浅薄。例えば「何故人を殺してはいけないのか」の答えが、殺すのは簡単だけと再生するのが不可能だからだと著者は述べる。だがそれを直接「殺してはいけない理由」に結びつけるのは短絡的すぎるし無理やりのこじつけでしかないだろう。まぁそんな浅薄な主張を真面目に述べているくだらない本。この本を面白いと思うのは、普段から死について考えない人間か余程のバカだろう

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    投稿日: 2015.09.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    http://teppamon.seesaa.net/article/419012261.html 人生において正解はないが、ただ一つ確実なことは「死ぬこと」 人を殺してはいけない理由 殺すことは簡単。作ることは不可能。 →取り返しがつかないから 人間は変化するもの。情報は変わらないもの。(e.g.テープレコーダー) →現代は逆にとらえている 生きながら自らを死者と規定する人間(e.g. 宅間守) →法律や世間の常識が通用しない 生とは? →同じ状態を保っているが、構成要素はたえず入れ替わっている 死体には3種類。 一人称の死体「ない死体」 自分の死体は観察の主体が無いためありえない 二人称の死体「死体でない死体」 親しい人の死体は死体に見えない。悲しみなどの感情を伴って見つめる死。 三人称の死体「死体である死体」 アカの他人の死体。 死体は人間じゃない。仲間じゃない。(e.g.清めの塩、戒名) この世はメンバーズクラブ。死=退会。入会時に間引き 死について共同体のルール。 中国は死んでも別人にならない→靖国問題 原理主義=一元論 →絶対の真実があると思いこみ、絶対の正義を振りかざす。 自分が絶対だと思っていても、それとは別の考え方もあるだろうくらいの留保を持ったほうがよい。 反権力を声高に言っている者 →自分に権力をよこせと言っているにすぎない。 安楽死について 死にたいって言うんなら死なせてやれば良いという意見は、死なせる側の医師の立場を考えていない。 自分が死んだらどうなるかなんて口はどこにあるのかみたいなこと。→一人称の死の答えは見つかりっこない それよりも周囲の死について考えた方が良い。 何かに本気になって集中しているときは、生きがいなんて何かなんて考えない。 悩むのも才能のうち。悩めない人間もいる。 自殺がいけない理由 ①殺人の一種→取り返しがきかない。 ②二人称の死→周囲の人に影響を与えてしまう 人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。 毎日が取り返しのつかない日である。 →死ほど歴然と示しているものはない。

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    投稿日: 2015.05.15
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    普段は避けている死という問題に対して、新たな視点を持つことができると共に、自分の死よがりにならない Memento Mori の精神を養うことが出来る。 人は100%死ぬのだから、恐れでいても仕方がない。それよりも、一回性を楽しむことと同時に、周囲の死と向き合い、生きていく課題を見つけることが優先されるべきである。

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    投稿日: 2015.05.10
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    【こんな人にオススメ】 養老さんに興味がある方。 また、世間一般の常識に対して違った角度からものごとを見てみたいと思っている方。 【オススメのポイント】 普段は避けている死という問題に対して、新たな視点を持つことができます。 明日から使えるという知識ではないですが、人としての幅は出るはず。

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    投稿日: 2014.10.26
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    今、死についていろいろ考えてて、 この本はそのひとつの資料として読んだ。 今まで考えてなかった視点で死について語っていたので とても参考になった気がする。 より詳細に書いた養老さんの著作があるらしいので、 そちらも読んでみようと思う。

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    投稿日: 2014.08.07
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    死に対する考え方が変わった。人間は必ず、死ぬ。それがわかっているようで、わかっていない。死を側に置くことで、生を感じる。

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    投稿日: 2014.07.20
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    昔、付き合いのあった、脳外科医の先生とこんな話をした。 「魂が抜けて肉の塊になる瞬間って、不思議ですよね…」 場所は、なぜだかモンゴル。現地の民族的な大きな丸いテント「ゲル」の中だった。 …遅ればせながら「バカの壁」に続き「壁」シリーズ二冊目。 読みながら、ふとそんなことを思い出した。 このたびも養老先生は、温かみのある語り口でザクザク言ってくれる。 人は100%の確率で死ぬのだ。 ウイルスの致死率が60%とか70%とかのレベルではなくて、100%死んでいくものだ。 それだけは避けられない事実だ。 昔の土葬していた頃の人と、火葬の現代人の死の感覚を、真正面に分析する。 近年は確実に「他人の死」というものが、遠ざかり、自分の死を忘れていると。 若い人が入るマンションは、そもそも「人は死ぬ」ことを想定して 設計していないため、エレベーターが狭く、棺桶を立てて運ばないといけなかった。 ・・・そもそも、永久に生きると思っているのだろうか? また、「死」という概念が、脳死をいうのか、細胞の死をいうのか、 どこを指すのかも、不明瞭だ。そもそも死の基準とは、を、正しく見る。 人を殺すことがどうしていけないことなのか、生物学的観点が面白かった。 進化の過程で人の過程で貴重にも、そう形作られているものを、無下にと、 ・・・確かにもったいないし、 私も、自分の体の細胞に、先々どう生きるのか問うた時期もあるので、納得いった。 死と向き合うことで、生きることは、と考えさせられる。 人は、まず確実に100%死ぬのである。 私自身の「死」の体験とは、小さい頃にまず、母方のおばあちゃんが亡くなった事だ。 交通事故だったが、ぶつかったというより、 驚きすぎて、元々心臓が弱く負担がかかりすぎて、亡くなったのだった。 だから、おばあちゃんの死に顔は綺麗で、生きているかのようだった。 不思議だった。でも、もう話なんかできない。 「魂が抜けると肉の塊になる」・・・中に魂がいるときとそうでないときと、何が一体違うというのだろう。 それで、このときの率直な感想が、冒頭の脳外科医への言葉になる。 こうした記憶がない小さな子は、死をどうして向かい合うんだろうか、と純粋に疑問に思う。 親戚づきあいの希薄な、核家族というのは、人間的には大事なものを失っているのではないか、と。 最近では、父が亡くなった事。 父は癌で、幸運にも私は最期の一息まで看取ることができた。 最期の一息は小さいけど長く見えた。すぐ、風が吹いたようだった。「帰って来ない」のが分かった。 医者が臨終を確かめに来るまで、何も動かない静寂の時間だった。 世の中というクラウドから端末が一つ消えた。単純に言うとそんな具合。 今思うと、厳密には、その時にはまだ、細胞は電気信号をもって運動をしてたかもしれないのだけど。 でも、帰ってこないのだけは、確かだった。 人は生まれてくる。そして、100%の確率で死ぬ。 分かると、実は、恐れがいらないのかもしれない。

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    投稿日: 2014.05.10
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    『バカの壁』(新潮新書)の続編です。 現代の社会が身体を忘却しつつあるということから、忘れられた「死」を読者に思い出させるような内容になっています。 本書のようなことを考えたからといって、すぐに何か問題が解決するというわけではないのですが、多くの読者が、少し気持ちが楽になったと感じるのではないでしょうか。

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    投稿日: 2014.05.06
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    そろそろこんな事をいろいろ自分のデーターベースに放り込んで置かないと… と思って読んだが、納得出来る内容だった。

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    投稿日: 2013.12.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    養老さんの物怖じしない語りが読んでいて共感出来ました。  「自身の死」についての考え方が特に共感出来ました。 人間いつかは死ぬし、死んだら恐怖も何も感じないのだから、死について考えて、恐怖感を抱いたりしても無意味である。  また「人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。そのことを死くらい歴然と示しているものはないのです。」という言葉は今を前向きに後悔なく生きていこうと思える一文でした。

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    投稿日: 2013.11.08
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    脳死をどのように考えるか=共同体のルールという意見になるほどと思った。 「みちのくの人形たち」、コケシがそんなに重い意味を秘めていたとは。 壊したもの、殺したものは元通りにはできない。日々も元には戻らない。安易に壊すこと、殺すこと、日々を一所懸命に生きないこと、どれも取り返しがつかないこと。死が一番それをよく示す事象であるというご意見に共感します。

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    投稿日: 2013.10.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    人間は死と向かい合うのを拒む。 それは、一種の現実逃避だ。 しかし、止む得ない事情も存在する。 それはこの世界での栄光や財産を向こう側に持っていけないからである。

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    投稿日: 2013.09.12
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    なぜ人を殺してはいけないのか,というのが一章のタイトル。 いきなり困った。 自分なりに答えようと考えてみたけど簡単には答えが見つからない。当たり前と思っているので深く考えたことがなかったから。 続きはこちら。 http://blog.livedoor.jp/h_ohiwane/search?q=%BB%E0%A4%CE%CA%C9

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    投稿日: 2013.06.22
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    http://tacbook.hatenablog.com/entry/2013/06/12/214729

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    投稿日: 2013.06.15
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    図書館借覧。 ざっと読んでしまったが、第一章「なぜ人を殺してはいけないのか」第四章「死体の人称」第五章「死体は仲間はずれ」は食い入るように読んでしまった。 今度は購入してゆっくり読み下したい。

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    投稿日: 2013.05.15
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    一世を風靡した「壁」本の続編。◆死を基準に語る養老節。◆突飛過ぎと思うこともあるが、目をつぶろう。◆◆殺人が行けないのは、「元に戻すことが出来ないから」という。◆いくら宇宙にロケットを飛ばすことが出来ても、叩き潰した蚊を生まれ変わらせることはできない。◆人間の限界をそこに注視。◆◆日本人が明治になって幼名を廃止したが、子供の時の自分と今の自分が同じはずはないでしょうという提起。

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    投稿日: 2013.04.05
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    まず序章は、「バカの壁」の反響から始まる。 壁があるのは仕方ないが、壁の向こうにはロマンがある。 僕も、そう思う。 そして本題は、「死の壁」。 なんとなく無意識的に避けてきそうな、テーマではある。 他人の死、自殺、ゲームの中の死など。 作者のいろいろな観点から、死や差別や仲間はずれについて展開。 そして、共同体としての暗黙の了解について。 養老先生は、本に書いてあることを全部正しいなんて思わないでくれと断ったうえで、総ての文句を吐き出すつもりで執筆。 だが、「超バカの壁」へと続くこととなる。 「人生の問題に正解はない」とする考えに賛同し、この三作は読了する。 僕も答えを探す行動は、決して止めない。

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    投稿日: 2013.03.13
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    解剖学の教授が語る死については考えさせられる。 難しい問いである なぜ人を殺してはいけないか? を著者なりに答える箇所は素晴らしい。 もっと大きな視点から、人間を見つめられる一冊。

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    投稿日: 2013.03.11
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    初めて読んだ新書。なんだか興味があったんですが、当時の心境はあまり覚えていません。純粋に、よし死のこと考えてみるか、といった同期だったと思います。バカの壁のヒット後でしたり、当時高校受験を控えていたことも、養老孟司の本を読みたいという一因になっていたと思います。 内容ですが、余り覚えていませんが、その時考えた色んなことなら覚えております。脳死について、死体の扱いについて… 結果、死について、また、人生について考えるための大変良いきっかけをもらった本だと思います。断定的な表現の少ないものだった印象もあります。 今度、また読んでみよーっと

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    投稿日: 2012.12.16
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     「死」に対する考え方を大きく変えられた本でした。  日本人独特の「死」に対する考え方、「死体」をモノとして考えるところはとても納得がいきました。  私が始めて遺体を見たとき、とても静かな感じがしました。魂が抜けた「モノ」として感じました。不思議な感覚をしたのを覚えています。それから、「検死官」になりたいと思いましたが、実際はそうならず。  日本人のものの考え方を感じられました。  江戸時代からの「村」の考え方などを考察されていて、とても納得のいく一冊でした。

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    投稿日: 2012.10.03
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    バカの壁の続編?にあたる著作ということだが、 いまいちそのつながりがよくわからなかった。 まあバカの壁の内容をほぼ忘れてしまっているわけだが。 この人教養あるなぁ~とか、 一つのことのプロになるとそれを主軸にこんな考えに至れるのか~とか、 感心しきりの一冊。 ところどころなぜそういう論理に?というところもあるけど、 論理よりも自由な発想で多面的に、ラフに述べるあたりが この人の魅力なんだろうな~。 こういう本をときどきは読まないと頭が固くなるな。

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    投稿日: 2012.08.19
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    死生観、をもって生きようと思いました☆ そこに答えはないのだけど、自分の答えを持って。 それにしても、わからないことにどう向き合うかは、その人の姿勢が現れるよね。 わからないから、わかったふりをする。 わからないから、開き直る。 わからないから、わかろうと努力する。 どれもいいけど、どれが生産的かは、自分で選択していこうと思います(^o^)丿

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    投稿日: 2012.06.20
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    解剖学者の立場から死を考えた著作。 死という壮大なテーマを掲げたわりには内容が浅薄で消化不良を起こします。きっと著者自身、死に対して真剣に向き合えていないのではないかと邪推しました。実際に死と向き合った方の本に比べ、浅さは否定できません。透徹した死への考えはなく、物体(三人称の死体)と見ているのがよく分かりました。 しかし仕方がないですね。 哲学者でも思想家でもなんでもない解剖学者さんですからね。 死体を解剖する学者さんが死をどう見ているか興味がある方は読んでみてもよいかも。

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    投稿日: 2012.06.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    自殺がいけないという理由は大きく分けて二つある。一つは自殺は殺人の一種であるということ。もう一つは自殺がやはり周囲の人に大きな影響を与えてしまうということ。 二人称の死というものは、さまざまな形で後遺症を残す。でもその後遺症がいい、悪いということは簡単には言えない。そういうものをそもそも含んでいる、それが人生。それについては別の道は無い。他の選択肢は無い。 長い目で見て、その死の経験を生かす生き方をすればよいのではないか。それが生き残った者の課題。そして生き残った者の考え方一つで、そういう暮らしはできるはず。 そもそも人間悩むのが当たり前。「悩むのも才能のうち」。 人生のあらゆる行為に回復不能な面はある。 人間の力の及ばぬところで出てきた結果は、仕方がないと思うしかない。毎日が取り返しがつかない日。人生のあらゆる行為は取り返しがつかない。

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    投稿日: 2012.04.04
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    池上彰さんの「宗教がわかれば世界が見える」の最後のインタビュー相手。「死んだらおしめえよ」のあまりのすがすがしい明快さに思わず吹き出してしまいました。 それがバカの壁の著者養老孟司氏だったのです。 書店にてバカの壁よりこちらが気になって先走って購入。 養老氏の本は初めてだったので、結果バカの壁を読んでいた方が、より理解が深まったかもしれません・・・苦笑 が、題材としてはこちらの方が断然興味をそそる内容でしょう。 死について。(自分以外の)人の死について。これが主な主題です。 底が見えないくらい深く暗い(というか実際に目をつぶられているような)題材ですが、噛んで含めるようにやさしく書いてくれてあり、暗い話題だけど暗くならない。大変読みやすい。 ですが、読み応えがあります。 さらっと書いてあるだけに、本当の意味で理解はしきれていないかもしれません。でも目を背けていた事自体に気がつきました。それだけで少し視野が広がる気がします。 もちろん著者の主観ではあると思いますが、戦前から生きて、解剖 医として人の死と常に向き合い常に思考を巡らせていた、そんな人の話を聞けたのは大変有意義に感じました。 さて、バカの壁も読もうっとw

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    投稿日: 2012.03.28
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    一人称の死をイメージして読み始めたら、二人称と三人称のお話でした。著者の経歴からすればそうなりますよね。確かに間引きしたり安楽死をさせる側の人たちは寝つきが悪いですよね。戦国武将も同じ理由で晩年は決まって御仏に仕えていましたものね。でもやっぱり一人称の死について読みたかったです。

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    投稿日: 2012.03.25
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    死について様々な側面から解説している。 最近の人々は死というものに現実感がない。 それは、死体をみる機会がないから。実は怖いものではない。 前半しか読んでいないけど、内容が断片的であまりのめりこめなかった。 少し主観が押し出されすぎている印象。 最後までよんだらきっと得るものはおおきかっただろう。

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    投稿日: 2012.01.11
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    キャッチ:逃げず、怖れず、考えた 最終解答 概要:養老さんが死について語りだす。 メッセージ:人間の死亡率は100%だ!(←たしかに)なのに「死」は現実から遠ざかっている。日本人にはなんか共同体のルール的なもんがある。エリートは民衆を犠牲にする責任と覚悟を請け負っていたが、そんなエリートはいなくなってきた。 p12 「ところが、どうも『正解がない』ということに非常に不安や不満を感じる方が多いようです。要するに『調べればわかる』『見ればわかる』と勝手に思い込んでいるのです。しかし、実際には何でも『調べればわかる』『見ればわかる』というようなことはありません。」 感想:あまりに強引な養老節で論理破たんしてるなーってとこもあるけど、こういうひとがいてもいいと思ってます。自殺とか日本の共同体(宗教?)とかのテーマには注目してるのでなかなかよいです。とりあえず死ぬのはまだ怖いです。でも死とか現実から社会が離れているのは問題だと思うお。

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    投稿日: 2011.11.19
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    人間の致死率は100パーセント 生きている限り、死に向かっている。 日常は取り返しのつかないことばかり 3つの死体 なぜ人を殺してはいけないのでしょうか? なぜ自殺をしてはいけないのでしょうか? 答えなんてものは抽象的なものに過ぎないのかもしれません。 言葉なんてものは抽象的なものに過ぎないのかもしれません。 知らないよりは知った方がいい。 もっと僕たちは知るべきなんだと思う。 自分を、他人を、世界を。 そんな風に考えさせられた本でした。

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    投稿日: 2011.09.08
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    死って今まで考えたことがあったようで、なかったんだ。今までは想像だったわけで。生と死の境界線の話は面白かったー。

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    投稿日: 2011.09.02
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    読んでいて興味深い。 どこからが死なのか、でも所詮は人間がルールを決めただけのことで、自然界からすると死ではないのではないか、などと、動物を例にしてみると考えてしまいます。 読直後、混乱しています。

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    投稿日: 2011.08.18
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    ・生きがいとは何かというような問いは、極端にいえば暇の産物なのだ。 本当に大変なとき、喰うに困っているときには考えないことです。 ・もう回復の見込みがなく、寝たきりになっている患者が、自分の生きる意味に疑問を持った。そのとき、フランクルは、その人がそういう運命を自分で受け入れて、それに対してどういう態度をとるかということが、周囲に大きな影響を与える、それが意味だと語った。

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    投稿日: 2011.08.03
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    (110716)最近生きている意味とか考える。そうすると必然的に死について考える。本書ではその「死」とは何?という話から、現代人の死に対する認識などを言及している。(少し理論的ではないとこもあるけど。

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    投稿日: 2011.07.16
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    今年子供が産まれるので、生の対局にある死について考えてみようと思い、改めて読み返してみた。 自分の死ではなく、周囲の死をどう受け止めるか、ということの方が重要であるというスタンスで一貫して書かれおり、中でも特に第四章「死体の人称」と第八章「安楽死とエリート」が面白かった。色々な文献からの引用や解剖医としての実体験による説明が一定のリアリティを持たせている。 「死(一人称以外の死)は不幸だけども、その死を不幸にしないことが大事。それを知恵と呼んでもよい。」

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    投稿日: 2011.07.01
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    ちょうど父が亡くなった頃に読んだ期間記憶がある でも、そういったタイミングでの読書にはオススメしません もうちょっと冷静じゃないと厳しいです

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    投稿日: 2011.06.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    現代の都市構造は、脳化したこの世界は、死という存在を 遠ざけている。「死」ということにたいして、多面的に 取り組んだ作品。 養老氏の話を聞く形で文章にしただけあり、非常にスムーズに 言葉が頭に入ってきてスラスラと読めた。 死というテーマに対し、日本人の考え方やその他の国との比較 文化的側面、時代的側面などから考察をしており 普段今私のいる社会では意識しがたい、本物の「死」 というものを考えさせられた。 1人称の死はなく、2人称の死に悲しみ、3人称の死を ただの数字としてみる。おもしろかった。

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    投稿日: 2011.06.06
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    死というテーマの興味で読み、内容も悪くはないのだけど、妙に丁寧な語調がどうにも言葉の重みをなくしている気がして、全体的な印象が薄かった。著名な人なんだろうけどなんかイマイチ。 「安楽死」を医者視点で殺人側に回る言及があったが、人を助けるための安楽死という視点はないんだろうか。全体的に「死は悪」という前提にたったもののようであまり共感できず。「死」をテーマにした本だったことで評価1点加点。

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    投稿日: 2011.06.03
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    [ 内容 ] バカより高い壁があった・・・・・。 逃げず、怖れず、考えた最終解答。 私たちは死を遠ざけ過ぎてはいないだろうか。 見えないふりをしてはいないだろうか。 死を考えれば、世の中が見えてくる。 自分が見えてくる。 [ 目次 ] [ POP ] [ おすすめ度 ] ☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度 ☆☆☆☆☆☆☆ 文章 ☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー ☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性 ☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性 ☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度 共感度(空振り三振・一部・参った!) 読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ) [ 関連図書 ] [ 参考となる書評 ]

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    投稿日: 2011.05.22
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    死には3つの種類がある。 自分の死。 身近な誰かの死。 まったくの他人の死。 どこまでが生でどこからが死か明確な境目は無い。 普段、あまり考えていなかった死の概念について書かれています。 2011 0311以降、自分のような若造にとっては死というものがこれまでよりは少し身近になったという事は間違い無いです。 東北の方はさらに、もう目の前の事で。 死を数字に置き換えるようになったらおしまい。 遠いようで実は身近にあるという事をもっと考えないといけないですね。

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    投稿日: 2011.04.30
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    バカの壁の続編とでもいうべき作品。今回は「死」から様々な話に発展してゆく。 人生の問題に正解は無い。その答えを求める行為自体に意味があるというのは、ジュール・ルナールの言葉を思い出す。 また、「しかし、ただ一つ確実なことがあります。人生の最終回答は『死ぬこと』だということです」と医学者として実証的に言い切るところは小気味よい。

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    投稿日: 2011.02.13