たんとさんのレビュー
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中途半端な密室
東川篤哉 / 光文社文庫
ユーモア・ミステリのスタイルはデビューの前から
4
全作品、いわゆる安楽椅子探偵モノの体裁をとっており、読みやすくまた後味も悪くありません。
時間つぶしに肩肘張らないお手軽な謎解きミステリを、という人に向いていると思います。
≪収録作品≫
●中途半端な…密室
連続婦女暴行事件が起きている町で、金網で囲まれたテニスコート内で腹部をナイフで刺され死んでいる男が発見される。コートに入る唯一の出入り口は内側から鍵がかけられており、現場は密室だった。テニスコートに屋根がないことを除けば・・・。
中途半端な密室状況下での事件。金網を乗り越えれば出入りできるのになぜ内側から鍵がかかっていたのか?
不可能犯罪ならぬ不可解犯罪な謎に、名探偵十川一人が新聞記事を手がかりに挑む。
読み終えてみれば全ての手がかりがひとつにスーッと繋がっていたことに納得します。
奸智に長けた犯人の企みを看破するというトリック作品ではありませんが、都筑道夫氏の短編に似た味わいがあります。
●南の島の殺人
南の島「S島」にバカンスに出かけた友人の柏原則夫が体験した全裸殺人事件談を手紙で受け取った岡山の某大学の学生である「敏ちゃん」と「ミキオ」が、なぜ「全裸で死んでいたのか」の謎解きに挑戦する。
叙述トリックと殺人事件の真相に至るロジックを組み合わせた所に新鮮味がありますが、現地の人でしかわからないことが事件解決の鍵になっているので、誰もが解けるというわけでなく、少々ズルイ謎かなとも思います。
●竹と死体
古本屋でバイトをする「敏ちゃん」と退屈な敏ちゃんに呼ばれて来た「ミキオ」が、一面が無くなっていて売り物にならなくなった昭和11年の新聞記事に掲載されている東京で起きた老婆首つり事件。一見なんの変哲もない自殺と思いきや、その老婆は高さ20メートルの竹で首をつっていたのだ。地上17メートルの首つり死体。はたして自殺なのか他殺なのか。なぜ老婆は高さ20メートルの竹で首つり死体になったのか。「敏ちゃん」の推理が導き出す意外な真相とは。
新聞の一面を隠すことで、読者が容易に解決に至らないようにしている所に東川篤哉さんの苦心が見受けられます。
ミステリクイズ的なネタで、本編の中で一番(良い意味で)アマチュアらしい謎の作りとなっている作品といえるかも知れません。
●十年の密室・十分の消失
十年前の夏に密室状態の丸太小屋のアトリエで首つり自殺をした画家の中江陵山。十年後、母の死をきっかけに父の自殺の真相を知るため、中江美也子は途中で出会った大学生、柏原則夫と共に再び事件のあった緑雨荘に帰ってくる。
出迎えるのは、十年前の事件当時、緑雨荘いた叔父の中江孝太郎と使用人の老夫婦の3人。美也子を迎える老夫婦の顔はなぜか暗かった。
翌日の早朝、部屋の窓から見える丸太小屋のアトリエが雪が降り始めて十分で消失してしまうのを柏原則夫は目撃する。
密室と消失のふたつの謎、10年前の真実に、柏原則夫からの手紙を受け取った「敏ちゃん」と、手紙を声に出して読まされるために呼ばれたトホホな「ミキオ」が挑む。
密室と消失という、本格ミステリの中でも最も魅力的な謎ですが、謎の解決自体は、やや非現実的だと思います(消失)。
しかしこの作品は、「どのようにしてやったのか」ではなく、「なぜしなければならなかったのか」に重点を置いており、トリックに比重を置くとかえって作品のバランスを崩してしまうことになるので、これで正解なのかも知れません。
読み応えもあり、本編で随一、読後に事件関係者への思いをはせる作品です。
●有馬記念の冒険
有馬記念のテレビ中継を見ている最中に強盗に押し入られた被害者は、強盗に襲われたのはは有馬記念のスタート時間だったと言う。
しかし、事件現場から2.5キロ離れたアパートに住む有力容疑者は、その真向かいのアパートにいた若者二人の証言でスタート時間の2分半前には部屋にいたとことが判明する。2分半で2.5キロを往復することは可能なのか。
「敏ちゃん」が強盗事件の真相を暴くとともに後輩のピンチも救う。
本短編集で唯一、長編デビュー後の作品です。他の作品と比べユーモアはかなり抑えられております。これは編集者の意向なのかもしれません。その分、東川篤哉さんの魅力が減少しており、良くも悪くも、普通のアリバイ・本格ミステリになっているように思います。 続きを読む投稿日:2013.10.05
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さよならの次にくる〈新学期編〉
似鳥鶏 / 創元推理文庫
人は名探偵として生まれない、名探偵になるのだ
2
前作の〈卒業式編〉の謎が解き明かされる「さよならの次にくる〈新学期編〉」は同時に前作で探偵の片鱗を見せた(恥をかいたけど)葉山君の探偵としての成長の物語でもありました。
演劇部の面々の登場も増え、コミ…カルさと学園ミステリが全面に出た短編集となっており、ラストの清々しい幕切れまで一気に読ませてくれます。
≪収録作品≫
●「第五話 ハムスターの騎士」
新学期が始まってまもなくの雨の日の下校時。葉山君は1年の佐藤と名乗る少女と「曲がり角でこつん」的なベタな出会いをする。入学してからずっと何者かに付けられている、しかも今日だけじゃ無く-。佐藤さんから相談を受けた葉山君と柳瀬さんはじめノリのいい演劇部の面々は、ストーカー捕獲作戦を開始する。
しかし厳重な監視をあざ笑うかのように、ストーカーは佐藤さんの携帯に脅迫メールを送りつける。姿なきストーカーの正体とは。
ついには卒業した伊神さんの出馬を仰ぐことになりますが、〈卒業式編〉に続いて伊神先輩の態度がなぜか不審でなにかのトラブルに巻き込まれていることを匂わせます。しかし推理の冴えは相変わらずで、犯人のトリックを簡単に見破ります。マジックの古典的なネタですが、作者はそれを上手に演出しているので、ネタがわかっても「なぁんだ」ではなく、「なるほど」と思わせます。
●「第六話 ミッションS」
葉山君がたったひとり(他4名は幽霊部員)で活動している美術部に新入部員が入る。
ストーカーに困っていた佐藤さんが。
部活動に気合いの入る葉山君だが、なぜか横やりが。職員室からシステム管理室のカードキーをこっそりすり替えるミッションを親友のミノから依頼される葉山君。
柳瀬さんの支援をうけて何とかカードキーをすり替えることができたものの、なぜかすり替えたニセのカードキーで教師がシステム管理室に入室できてしまったらしい。なぜ?
例によって伊神さんの推理で謎は解けますが、シンプルな手口ほど人は騙されやすいというネタと、会うったことのない名探偵伊神さんに興味を持つ佐藤さんに、前作の葉山君の悲劇的結末再びか?と読者の想像を誘います。
●「第七話 春の日の不審な彼女」
青春ミステリ色が一番濃い作品です。町おこしの文化祭に招かれた演劇部の出張公演の応援にかり出された葉山君と佐藤さん。
しかし葉山君は誰にも言えないトラブルに巻き込まれていた。
携帯に届く暗号のような意味不明のメール。そして演劇部の宿泊先の宿で事件が起きる。オートロックで鍵のかかったいる葉山君の部屋。朝、葉山君が目覚めるとそこにはマネキンと、『九日後 鍵をかけても無駄』の紙が。犯人は如何にして鍵のかかった部屋を出入りできたのか?
こちらも密室モノのトリックとしては森村誠一氏の長編にも使われている古典的なものですが、それを読者に気づかせないように作者は演出しています。
作者の似鳥氏は。独創的なトリックで読者をあっと言わせるディクスン・カータイプというよりもむしろ、ありふれたトリックを、そうと分からさないように演出で隠して効果を出すアガサ・クリスティタイプの作家ではないでしょうか。
謎は解けるが犯人の動機が分からないという伊神さんに、葉山君が犯人の動機を推理する。そして、そこから驚愕の展開が!
葉山君の不憫さここに極まるといった感がありますが、この展開は想定外でした。
いや、怖い。そして前作の謎がついに解明され始めます。
●「第八話 And I'd give the world」
●「第九話 よろしく」
本作品の主要人物の告白から、名探偵伊神さんにまつわる物語の幕は開き、伊神さんを電話の質問で引っかけてた上に、前作に登場した英語の落書きの謎まで葉山君が見事に解き明かす。色々あったけど、成長したね。
僕のしたことは本当に正しかったのか?謎を解きながらも自問自答をして苦悩する葉山君に訪れるエピローグと言っても良い第九話のラストは優しく美しい。
第七話の謎解きから第九話までで過去の短編が繋がりひとつの物語を奏で、救済の物語として幕を閉じます。「さよならの次にくる」もの、それは前作と本作品を読み終えた読者だけが知る結末です。
コミカルでかつ爽快感のある第一級の青春学園ミステリ作品でした。 続きを読む投稿日:2013.10.13
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100円のコーラを1000円で売る方法3
永井孝尚 / 中経出版
ビジネスは破壊と創造
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シリーズ最終巻です。フリー(無料)ビジネスモデル・イノベーション・M&A等がテーマになっています。
物語としては往年のスポーツ根性モノ「巨人の星」に似たシリーズ構成になっています。1巻はいわゆる魔球的…な切り札商品を開発して巨大なライバル社に一矢報いる話。
2巻はそのライバル社が巻き返し逆襲してくることに対し、新たな魔球(ビジネス戦略)で対抗し、3巻はそれまで仲間であった者がより大きなグローバル企業に移って敵対することに対し、それまでライバル通しだったのが協力し合い(M&A)、対抗するという感じです。
シリーズ1巻や2巻に比べてご都合主義的展開が目につき、キャラクター小説的色合いが強くなり、ビジネス教科書的色合いが弱くなってきていますが、失敗を恐れているとイノベーションは起こせないというメッセージで貫かれており、1+1が3や4になるのであれば、日本企業はM&Aで団結するべきという作者のメッセージが読み取れます。
10年後、いや5年後、日本の各種業種の企業の数は今よりもずっと減っているのかもしれません。
このシリーズは、万人受けしないだろうアクが強く性格が良いとは決して言えない女性が主人公になっていますが、どうして作者がそんな主人公を設定したのか疑問でしたが最後にそれがわかりました。
主人公とライバルの女性二人、スティーブ・ジョブズとビル・ゲイツから創造されたキャラクターだったんですね。
作者の見方が必ずしも正しいとは言えませんが、ひとつの見方としての日本企業が突きつけられている問題点を考えさせられる本でした。 続きを読む投稿日:2013.10.19
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さよならの次にくる〈卒業式編〉
似鳥鶏 / 創元推理文庫
さよなら葉山君の初恋、それは見事なミステリー伏線編
1
「理由あって冬にでる」に続く、シリーズ第2弾となる短編集「さよならの次にくる〈卒業式編〉」は第3弾「さよならの次にくる〈新学期編〉」とセットになっており、〈卒業式編〉は伏線編、〈新学期編〉が収斂編とい…った位置づけになっています。
東京創元社で連作短編集といえば、最後に独立していた短編が結びつきひとつの長編として姿を現すという二重構造でミステリファンを唸らせるスタイルで有名ですが、この「さよならの次にくる」もその系譜につらなる作品集です。そしてその試みは、本作でも見事に成功しているといえます。
〈卒業式編〉は読んでソンをしない作品集ではなく、確かに本作だけでも楽しめますが、続けて〈新学期編〉を読まないと東京創元社連作ミステリの本当の面白さを体感することができず一生の不覚となる青春ミステリー短編集であるともいえます。
●「第一話 あの日の蜘蛛男」
名探偵役伊神先輩に対し、シリーズの主役であり記述者でありワトスン役である葉山君。この短編はその葉山君の小学生最後の日、卒業式の日に起きた事件。
初恋の女の子にラブレターを渡そうと決心した葉山君だが、ビルの屋上に閉じ込められてしまう。しかし、なぜか葉山君は鍵がかかっていて入れない隣のビルの屋上に移動していた。どうやって?真相を知っている当事者葉山君を前に、謎解きをする伊神先輩。ええっ?
トリックに現実性があるかは別にして、メインヒロインである演劇部の部長「柳瀬」先輩の笑いを誘う言動、「伊神」先輩の名推理、弟的キャラ「葉山君」といった主要キャラのかみ合わせが機能しており、コミカルな正統派ミステリとして楽しめます。
●「第二話 中村コンプレックス」
女子校「愛心学園」。そこは葉山君の初恋の少女が通う学園だった。そこに起きたのは密室の吹奏楽部部室内に、部員の交際相手、東雅彦を告発する怪文書が貼り付けられる事件だった。
自ら犯人だと名乗り出た初恋の少女、渡会千尋を救うため奮闘する葉山君の推理と初恋の行方はどのように決着を迎えるのか。前作ではやや中性的な感じだった葉山君だが、彼もオトコノコだったと認識させる好短編。コミカルな青春ミステリ短編として心地よく読めますが、これが次作の〈新学期編〉で意外な結末を迎えます。
●「第三話 猫に与えるべからず」
第一話同様、これも過去の事件。
違和感を覚えさせながらも読者を騙す叙述トリックも見事ですが、短編の配置も考えられています。「第二話」で葉山君が伊神先輩に対抗心的なものを持っていたことを知らされているので、この作品での伊神先輩に嫉妬する記述がすんなりと入ってしまい、作者のワナにかかってしまいます。
●「第四話 卒業したらもういない」
卒業式に、なぜか開かずの部屋から姿を消す卒業生の伊神先輩。先輩の携帯に電話するも、番号が使われていないことを知る葉山君。伊神先輩の友人から聞いた住所のマンションを尋ねてみたが、そこには伊神という住人はおらず、空き室になっていた。
名探偵の消失、そしてマンションのドアチャイムの下に書かれていた英語の落書きは何を意味するのか。
伊神先輩捜索の過程で断片的に明らかになる伊神先輩の過去。
消失トリック以外の謎や伏線、伊神先輩の不自然な行動等に対して回答が示されず、消化不良・不完全燃焼感を覚えずにいられない作品ですが、次作〈新学期編〉で全てが明らかになります。〈卒業式編〉が伏線編であることを示す作品です。
繰り返しますが、この作品は次作〈新学期編〉を読むことでより味わえる作品となっています。2年になり先輩と呼ばれることになった葉山君の成長とすべての真相を知りたい方は、〈新学期編〉も続けて読まれることをお勧めします。 続きを読む投稿日:2013.10.12
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理由あって冬に出る
似鳥鶏 / 創元推理文庫
青春はコミカルだけでなく、空回りで自分も人も傷つける
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「理由あって冬に出る」。何が?むろん幽霊が、です。では、その理由は?
ラストに名探偵の種明かしで犯人の動機が解かれ、冬に幽霊が出る理由が明かになります。その理由が全ての始まり。実にうまいタイトルを付け…たモノだな、と感心しました。
物語の舞台は、某市立高校。
芸術棟に出るというフルートを吹く幽霊の噂の真偽を確かめるために吹奏楽部部長と部員が夜の芸術棟に赴く。当事者だけでは公平性に欠けるということで、立ち会うことになった美術部たった一人の部員、葉山君。そして本当に現れ、密室状況下で姿を消す幽霊。
いかにも名探偵といった端迷惑な性格と言動の伊神先輩の推理によって幽霊の謎は氷解するが、今度は首無し壁男が現れ、密室状況下で姿を消す事件が起きる。首無し壁男はどうやって姿を消したのか。そもそも、なぜ冬に幽霊がでるのか?
コミカルでライト感覚の青春本格ミステリ、と思って読むと戸惑うことになると思います。
その理由は、ライトノベルのように文章にテンポやリズムがあまり無く、また一部を除いてキャラが立っていない、というかそれ以前に性別さえもわかりにくい場合があることに起因するのではないでしょうか。
主人公、葉山君の一人称で物語は進みますが、地の文にも○○先輩と書く必要もなかったのでは、と思います。
またコミカルとはいうものの90ページあたりまでコミカルさはほとんど無く、探偵役の伊神先輩と喫茶店のウェイトレスのやりとりあたりからコミカルな場面が出て来て、最初に比べれば読みやすくなってきます。
壁男消失の謎は長編ミステリとしては少しやや弱く感じられ、むしろ本作品は150ページくらいの中編にしたほうがより面白くなったのではないでしょうか。
(青春学園ミステリでトリック云々を語るのはヤボかも知れませんが)
とはいえ、意外な犯人の設定にミステリとしては十分楽しめることができます。
そして最後に純粋な思いを裏切る真相は、学校という揺りかごの中の住人である登場人物たちに大人の社会という外の世界の現実をつきつけるスパイスにもなっており、青春とは滑稽なまでに空回りをして自分も人も傷つけてしまい、それでも許し許され、繰り返す日々のことなのではないかと感じました。
ラストのラストで名探偵伊神先輩さえも見抜くことのできなかった壁男の真相は、純粋なミステリとしてみるならば不要な部分かもしれません。しかし、この小説は当初、事件から十年ほど年を経て校舎が取り壊されると聞いた主人公が立ち寄って回想を始めるという構成になっていたことから、取り壊される際に明らかになった真相だったと思われ、主人公が涙するシーンも納得がいきます。
構成が変わったために浮いたように感じるかたもいるかもしれませんが、綾辻行人氏や二階堂黎人氏のミステリ作品に見られる、ラストにホラーの味付けをする手法は、余韻を残すことはあっても、決して不要ではないと思います。
ともあれ、やや最初が取っつきにくいものの、学園ミステリとして水準以上の作品だと思います。 続きを読む投稿日:2013.10.06
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天使が開けた密室
谷原秋桜子 / 創元推理文庫
離れ業な密室!
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病院を舞台にした本格ミステリーといえば、クイーンの「オランダ靴の謎」があまりに有名ですが、この「天使が開けた密室」も病院が舞台の本格ミステリーです。
もともと、ミステリー専門のライトノベルのブランド「…富士見ミステリー文庫」より出版されたこの作品、文章が読みやすい上に登場人物も少なく、ストーリーも込み入っておらず、その気になれば、4時間程度で読めてしまうでしょう。
「富士見ミステリー文庫」は読者層を15歳~18歳に想定していたのか、主人公の倉西美波は高校一年生です。JKです。
行方不明になった父親を探す費用を貯めるためバイトにいそしむという設定で、でもカモにされやすく(作中でカモにされています)、面倒なバイトを押しつけられやすい(作中で女子高生に向かないバイトを押しつけられています)、でもけなげな性格の少女です。
そんな美波が押しつけられたバイトは葬儀会社のお手伝い。病院で亡くなった方が出たと携帯に連絡を受けたら、真夜中であっても病院に駆けつけ、病室から地下の霊安室まで運ぶ手伝いをするというものでした。普通なら断固として固持するところでしょうが、とある理由で大金が必要な事態に陥ってしまった美波には選択の余地がありません。
さて、その病院でのアルバイトを通して美波は、葬儀会社の社員、医師、看護婦さんや極悪非道な患者などと知り合ったり怒られたり、頭から水をかけられたりします。不憫な娘やなぁ。
ライトノベルでもSFやファンタジーと違ってミステリーは難解な犯罪の専門用語や人間関係などは読者が読むのを飽きると思われているからでしょうか。
容疑者となるであろう登場人物たちの描かれ方が類型的で、まるで2時間ドラマを見てるような感じです。
おや、これは外したかなと思ったのですが、3分の2あたりでようやく殺されても当然な葬儀社の社員の絞殺死体が霊安室から発見され、関係者の証言から衆人環視下での密室になっていた霊安室には、殺された葬儀社の社員と一緒に、亡くなった極悪非道な患者を霊安室に運んだ美波しか犯行を行える人物がいなかったという当たりから、ようやく本格ミステリーらしくなってきます。ほぉ、本当に密室殺人できましたか。
ははん、これは古典的密室トリックである早業殺人だなと誰もが思うでしょう。しかし、それは美波とは犬猿の仲である探偵役の青年、藤代修矢にアッサリと否定されます。
そして修矢が指摘した意外な犯人とは。
ブラウン神父モノを思わせる逆説的な推理で密室は開かれます。
このトリックは見事で、もしライトノベルではなく始めから大人の読者を想定した、複雑な人間関係とプロットのミステリーとして東京創元社から出版されていたら、傑作になり得た作品だと思います。もっとも、再刊されたわけですので、この作品自体がダメというわけでなく、十分佳作だと思いますが。
美波の親友の女子高生2名がキャラ的に立っているものの十分な活躍の場を与えられていないなどの小さな不満は残りますが、この離れ業的トリックは、もっとミステリファンから評価されても良いのではないかと思います。またと二つの意味をもつ作品名のネーミングセンスも鮮やかです。
このシリーズはまだ続きますので、次作も期待したいと思います。
ただひとつ、残念なこと。プロローグ部分は、物語の最後に移動すべきだと思います。そうすることで、より天使の意味が明確になったと思います。
ボーナストラックとも言える収録短編、「たった、二十九分の誘拐」は携帯を通して誘拐犯の指示に従いあちこちに短時間で移動させされる美波の親友直海が、クリント・イーストウッド主演の「ダーティ・ハリー」第1作を彷彿とさせますが、誘拐犯の目的が実は・・・という日常の謎ミステリーに相応しく、短くても良くまとまった作品となっていて、こちらもお勧めです。 続きを読む投稿日:2013.10.13