たまご915さんのレビュー
参考にされた数
127
このユーザーのレビュー
-
経済学は人びとを幸福にできるか
宇沢弘文 / 東洋経済新報社
経済学と政治的イデオロギーは切り離して考えたいです
9
先日(2014年9月)亡くなった経済学者の宇沢弘文氏の講演や論文集です。
死去を伝える新聞記事では、1983年の文化功労者の顕彰式後、昭和天皇に経済学について説明し、「経済経済と言うけれども、要するに…人間の心が大事だと言いたいのだね」というお言葉を受けたというエピソードが紹介されていました(本書にも出てきます)。
近年こそ行動経済学や経済心理学といった学際的な議論も進んできていますが、30年以上前の経済学は完全に合理的な人間を想定し、「効用」という損得の指標で人間の活動を規定する学問でした。
人間が完全に合理的であるという前提でモデルを構築し、実際の経済と乖離すればモデルを修正する繰り返しでしたが、そのまま突き詰めていれば経済学はどこかで行き詰まるか、極端な結論が出てしまうことになっただろうと思います。
じっさい、極端な結論である市場原理主義を推し進めた結果、投資家だけが企業や市民から富を奪って大量の利益を得て、しかし利益を得ること自体が目的ゆえに利益の使い道がなく、さらに多額の投資を行うしかなく結局誰も幸福にならない、という社会が生まれています。
私も、現実の経営や生活にあって、ただ利益を追い求めるだけでは幸福になれないと考えています。
そのために企業は経営理念を掲げていますし、個人もそれぞれに生きがいや価値観を持っているでしょう。自分が嫌いな投資家は、彼らはただ利益しか追い求めず、投資先の企業の成長すら考えていないのが透けて見えるのです。
ということで宇沢氏の経済学的スタンスには非常に共感を示すのですが、一方で政治的イデオロギーが前面に出すぎていることに違和感を持ちました。
太平洋戦争とベトナム戦争を体験し、多くの研究同志を失ったことが影響しているのだろうとは思いますが、一方的な考え方を押しつけられ、かえって自由を失ってしまうような気がしました。
もちろん政治と経済を完全に切り離すことはできませんが、経済学は学問的見地から、政治抗争やイデオロギーとは一線を画したところで政治に助言するスタンスが適しているのかもしれません。
後半の、教育や環境、都市計画についての論文は評価が分かれると思います。
本書全体を通して、効率的すぎることで人間らしさを失っている、という主張があります。
ただ、どこまで非効率を賞賛すべきなのか、古くさい考え方にしがみつき、社会の変化を拒んでいるだけではないのか、という反論もあるでしょう。
様々な考え方があって良いと思いますので、本書の主張を鵜呑みにせず、また老害だと切り捨てることもなく、ひとつの意見、行き過ぎた合理化に対するアンチテーゼとして受け止めていきたいと思います。 続きを読む投稿日:2014.11.20
-
イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」
安宅和人 / 英治出版
「イシュー」の概念を示す言葉が、日本語にはない
8
本書は翻訳本のにおいがしますが、日本人著者が日本語で書いた書籍です。
著者がイェール大学やマッキンゼーでの経歴があり、世界視点から物事を見ていることも理由のひとつではありますが、「イシュー」という言葉…が拠り所なく浮いている感覚、言い換えれば据わりの悪さが、翻訳本のような雰囲気を出しているもっと大きな理由だと感じました。
英語の "issue" の概念を適切に示せる言葉が、日本語にはありません。
ちょうど良い言葉がなければ作るしかありません(と、本書でも書かれています)が、それが「イシュー」という音訳だったと言うことになります。
漢語や四字熟語を造語しても良かったと思うのですが、やはり別の意味に取られるのが不安だったのでしょうか。
さて、この「イシュー」という概念、意識して見つけ出そうとしないと表面に出てきません。
そもそも日本語にない概念ですし、物事にある隠れた本質を見つけるのに質より量でやっていても、(たまたまうまくいくことはあっても)総じてダメなのだ、という考え方の転換を求められていると感じました。
分析の時点で、闇雲に手を動かす前に「何に答えが出れば全体が解決するのか」「何に答えが出なければ全体の作業が終わらないのか」を問い詰め、その1点から分析を仕掛けます。
これが本能的・直感的にできるセンスのある人はいますし、そういう人が経営者やコンサルタントとして成功していくのでしょうが、センスではなく方法論として示してくれたのは本書がはじめてかもしれません。
「イシュー」の考え方や意識が備わることで、センスに恵まれない凡庸な私たちにも、問題解決の苦労が少しでも軽くすることができればうれしいし、軽くなりそうな気がしました。 続きを読む投稿日:2015.03.22
-
嫌われる勇気
岸見一郎, 古賀史健 / ダイヤモンド社
アドラー心理学は日本の人口に膾炙している、と感じました
7
タイトルからは『○○する力』のような自己啓発書のようにも思えますし、自分も勘違いしているところはありましたが、アドラー心理学の解説書であり自己啓発の側面はそれほど強くありません。
アルフレッド・アドラ…ーについては日本ではほとんど知られていない、とされています。自分もアドラーという名前からは、女性、それも「あの女性」を連想してしまうのですが、ほぼ間違いなくシャーロック・ホームズの影響を受けすぎています(わかる人にはわかると思います)。
閑話休題、アドラーはフロイトやユングと同時代の心理学者なのですが、あまり名前は知られていません。
真面目な話、自分も心理学をかじっていたことがあり、アドラー心理学や個人心理学の名前は聞いたことがあったものの、それがどのような内容なのかは詳しくありませんでした。
今回本書を読んで最初に感じたのが、アドラー心理学で言われていることの多くは、キャリアアップや経営の考え方として伝えられてきていることと重なり、自分自身実践してきたことでもある、ということです。アドラーの名前は知られていなくても、その思想はすでに日本にも広く伝えられているといえます。
経営や起業、あるいはキャリアアップの考え方で、「他人と過去は変えられないが、自分と未来は変えられる」という言葉はよく耳にすると思います。アドラー心理学でも同様のスタンスを取っており、他者の課題を自分にもちこまない、過去ではなく現在を見よ、といった言葉は、時代を超えても私たちの生き方の指針となるでしょう。
あるいは、「他人の顔色をうかがうだけの人生ではなく、自分のやりたいことをやっていこう」という話もよく聞きます。これもやはり、アドラー心理学では「他者の課題の分離」になります。まあ、こういう主張が情報商材やネットビジネスに向かってしまうのは、発想が貧困な人のやることだしどこかで間違えているのだとは思いますが。
そして最終的に必要なのは、他者への貢献、それも他者から「貢献してくれている」という評価を受けることではなく、自分で「他者に貢献できている」という実感を持つことです。
ひとつ例を挙げると、仕事の場面では職位による指揮系統がありますが、それを人間関係の上下に持ち込むと他者の評価を意識することになってしまいますし、他人の指示は受けたくないと反発すると貢献感が失われます。
そのどちらでもなく、受けた指示の意図や目的を理解し、目的達成のために指示を修正してもらう必要があればそれを伝えればよい、ということになるかと思います。それが、社会の中で他者から自由になることであり、他者や社会に貢献するということになるのでしょう。
こういう話は、社会の多くの場で私たちが感じ、また実践していることでもあるので、その意味でアドラー心理学が人口に膾炙していると言えるのではないでしょうか。 続きを読む投稿日:2014.11.03
-
実践版孫子の兵法 勝者を支える最高峰の戦略書
鈴木博毅 / プレジデント社
本番よりも、準備の大切さ
7
孫子の兵法。名前は知っていても、その内容は断片的にしか聞いたことがなく、今回初めて解説書を手に取る機会がありました。
孫子(孫武)は中国の呉越の時代(春秋時代・紀元前5世紀頃)の軍師で、その考え方は2…500年経った現代でも十分に通用します。本書はビジネスを中心に、孫子の考え方をどのように自分の成長に落とし込むか、を考えるのに良い一冊となります。
孫子の有名なフレーズに「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」があります。孫子は他勢力との戦闘を意識して記していますが、私たちに置き換えれば顧客との商談、競合他社との競争、あるいは資格試験など自己啓発や自己実現のアクションに当たるかと思います。
顧客が何を望んでいるのか、競合他社がどんな戦略を練っているのか、試験ではどのような内容が出題されるのか。これを知らずに遮二無二努力しても、努力の方向が間違っていれば何にもなりません。
商談や試験の本番で緊張して力が発揮できない、ということもあると思いますが、そこまでの準備が十分にできており、もうこれ以上やることはないという心境になれば(これが難しいのですが)、不安も緊張もなくなるでしょう。
また、孫子は「勝つ」ことよりも「負けない」ことに重きを置いており、「百戦百勝は善の善なるものに非ず、戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と記しています。
自分の価値観としても、負けたくないですが、それ以上に誰かを負かしたくない、というものがあります。戦いになれば、とくに人間と人間との競争であれば、勝負が決したときに負けるのも人間です。
可能であれば戦いを避け、お互いに有利な形で状況を収められること、すなわちWin-Winの関係を求めることが重要であると解釈しました。
そして、孫子の内容は、意外と現実的で「ずるい」とも感じました。戦いを避けることもそうですが、弱い相手に圧倒的に勝てるときにしか戦わない、相手の戦力を分散させて弱いところを叩くなどを推奨しており、強敵に対して真正面からぶつかっていくことはむしろ愚策であるとしています。
少年マンガなどのフィクションでは、敵役が策を弄し、主人公は真っ向勝負というパターンが多いですし、それが感動や人気を生むわけですが、孫子では敵役のほうが良い戦略をとっているとなりますね。
時間に関する考え方も、準備を「機会を捉える時間」と見なし、そこに全力を注いで勝利を目指すべきだとしています。空いた時間を副業にあてて小金を稼ぐよりも、ずっと有効だとしていました。
正直なところ、著者とは価値観が合わないところもあります。社内の出世争いなどの競争は、社内の人的資源を削るだけでそもそも無駄だし、戦いに勝つこと自体が目的となっているようにも見られるし、取り上げた事例が結果論ではないかと思うところもありました。
そういった部分は読んだ自分の側でうまく読み替えて自分の価値観にあわせてゆきたいです。
さらに、何をもって自分が勝ったと考えるか、いわゆる勝利条件も、目先の勝負ではなく最終的に得られるものを条件とすれば、目先の勝負に勝つ必要があるのか、そもそも勝負の必要があるのか、を考えていくことができるかと思います。 続きを読む投稿日:2014.11.15
-
車谷長吉の人生相談 人生の救い
車谷長吉 / 朝日新聞出版
人生は最大の挫折をもって初めて始まる
7
朝日新聞で連載されていた読者投稿の身上相談とその回答をまとめたものです。
正直なところ、すべてに共感できるということはありませんでしたし、参考にできない回答もいくつかあったのですが、著者の考え方を知る…ことはできました。
全体を通して感じるのが、著者特有の人生観です。
「最大の挫折を通じて初めて、真の人生が始まる」「真の人生が始まらないまま、一生を終える人が9割」という言葉は、自分の心にも痛切に響きました。
そして、著者の考え方に従えば、私の人生も始まらないのだろうと。
常識や世間体で自らの首を絞めている人であれば、そういったものを投げ捨てても生きていけることを教えられるし、背中を押してもらえる一冊になるだろうと思います。
ただ、何もかもを捨てて世間から後ろ指を指される(著者の言い方をすると「阿呆になる」)生き方ができるかというと別問題ですし、できなくても――楽にはなれないかもしれませんが――やはり生きていけるわけです。
そのあたりは、著者の生き方もひとつの考え方と受け入れて、自分の生き方、考え方を選んでいきたいと思いました。 続きを読む投稿日:2014.01.02
-
ワーク・シフト 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図<2025>
リンダ・グラットン / プレジデント社
【漫然と迎える未来】を生き抜くために
7
2025年の未来像として、著者は2つの方向性を示しています。どちらがよりありうるかと考えると、悲観的な方向、【漫然と迎える未来】だと言わざるを得ません。
グローバル化とネットワーク化が進んだことで、先…進国に住む私たちの収入は発展著しい国々との競争で頭打ちになり、「常につながっている」社会は容易に「常に監視されている」社会になります。
その中で私たちはどのように生き抜くことができるのでしょうか。社会は変わらなくても、自分の意識や行動は変化させることができますし、そのヒントが本書の「3つのシフト」にあると言えます。
いまの自分の生き方、働き方も、「3つのシフト」にある程度即しているように思いました。
ひとつめ、連続スペシャリスト。自分はITベンチャーでシステム開発者として働いてきましたが、中小企業診断士の資格を取ってコンサルタントになろうとしているわけですし、両者の特性を生かした働き方も想定しています。
ふたつめ、みんなでイノベーション。勉強会や読書会に頻繁に参加することで、仕事でもプライベートでもない人脈を広げ、何かのときに役に立てられるかもしれない、と感じています。
さいごに、金銭的収入から価値ある経験へ。もともと「お金のために働く」という意識は薄いほうでしたが、仕事を通しての新たな発見、成長、挑戦を楽しむことを経営理念としている会社に勤めたことで、働くことの意識がもう一段あがったように感じます。
このような働き方は、相当の成果を出さない限りは、外部からは評価されにくい働き方かもしれません。ですが外部からの評価以上に、自分が成長している、貢献できているという感覚を持てることによって、より充実した働き方ができるのではないかと思いました。 続きを読む投稿日:2013.11.11