【感想】たとへば君 四十年の恋歌

河野裕子, 永田和宏 / 文春文庫
(27件のレビュー)

総合評価:

平均 4.5
14
5
3
0
0
  • 「われは忘れず」歌により二人の時間は永遠に

    河野裕子(以下、河野氏)・永田和弘(和弘氏)夫妻の出会いから、河野氏の死による別れまでを、二人の歌とエッセイで描き出す、企画歌集です。
    永田家は、子どもたちも含め著名な歌人・エッセイスト揃いで、作品を通じてその生活ぶりが常に一般に公開されているという、稀有な一家です。特に夫妻は、直接お互いのことを詠んだ歌だけで、河野氏500首余、和弘氏470首ほどあるそうです。
    本書では、二人の歌の中から380首が採録されています。

    (1)出会い:激しい恋の物語
    若き二人の相聞歌は、激しく燃える恋のやり取りから始まります。
    この時期を代表する歌は、やはり「たとえば君 ガサッと落ち葉すくふやうに…」ですね。恋する文学少女たちのハートをわしづかみにした、河野氏の初期の傑作です。
    和弘氏に強く惹かれながらも、もう一人の恋人との板挟みに苦しむ河野氏。うわ、三角関係ではないですか。永田氏によれば、「たとえば君…」の君も、実はもう一人のほうかもしれないが、河野氏に確認したことはないとか。本音は歌の中に封ずる、歌人家族の機微を感じます。

    休学するなど体の弱い河野氏を、寂しげな影のある和弘氏が救うという、まるで物語のような関係は、やがて河野氏の晩年にリフレインすることになります。

    (2)働き盛り:キャリアの確立と家族の葛藤
    和弘氏は、歌人と研究者の二足のわらじ。しかも、科学の世界を一般人にわかりやすく伝える活動までしています(先日も、IPS細胞の山中伸也氏や霊長類研究の山際壽一氏らとの対談集が出版されました)。
    疲れきって帰宅後、さらに原稿を書く夫に対し、子育てをしながら家を守りつつ、自らも「負けちゃいられない」と歌作に励む河野氏。全く余裕のない生活に、壮絶な夫婦ゲンカが勃発します。

    和弘氏の作「逆上の刹那美しき表情に…」は、いかにも誇らしげな歌。広く世間に「いいだろう、オレのだぞ」と見せびらかさずにおれない気持ち、よくわかりますよ。
    渡米して異国での子育てなど、大変な中にも充実感が感じられる時期です。

    (3)別れの時:力尽きるまで歌を詠み、書き取り続けた歌人一家
    長く続くかと思われた暮らしは、河野氏の病により絶ちきられます。
    若い人の闘病は、文字で読むだけでもつらい。本人・家族はその比ではありません。最初の手術の後、不満を溜め込んだ河野氏が爆発し、和弘氏は努めて平静を保った自分の対応を悔いています。
    しかし、これは正解のない選択です。慢性的な疾患で服薬をされている方にはおわかりいただけると思いますが、制御不能の怒りは、病と治療の副作用を受け止めかねた心身のあげる悲鳴です。家族のせいではありません。どの方法で対処しても、やはり爆発は起こったでしょう。最初の闘病では家族も経験がない。距離を置かなければ、患者を支えられません。
    それに、患者本人は苦痛と不安に気をとられていますが、病や苦しみは、その人の一部にすぎません。家族の目には、他のきらきらとした部分も映っているのです。その人の好きなこと、得意なこと、一番輝けることをしてほしいと願い、病を小さく扱うのは、間違いではないと思います。
    とはいえ、夫が虚勢を張らず、素直にもっといてくれと妻に泣きつける関係にたどり着いたのは、夫婦の最高の形といえるかもしれません。

    死の前日に詠んだ最後の歌、「手をのべてあなたとあなたに触れたきに…」。現代短歌を代表する大才が、まだまだ力を残しながら去ってゆく。流れ出る言葉を必死で受け止める家族。その光景に胸が詰まります。

    正直なところ、日頃短歌になじみのない者にとり、挿絵もない通常の歌集を通読するのは、かなりの難業です。
    しかし本書は、エッセイの助けでとても読みやすくなっています(終盤は、内容的な意味で、ページを繰る手が重くなりますが)。
    短歌に詳しくない方にこそ、ぜひ読んでいただきたい一冊です。そして、色々とためらうことのある男女にも、悔いを残すな、思いっきり生きろというエールをおくる本ではないでしょうか。頑張りましょう。
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    投稿日:2017.11.15

ブクログレビュー

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  • 門哉彗遥

    門哉彗遥

    じっくりと時間をかけて読ませて頂いた。永田さんと河野さんが出会ったころから、河野さんが亡くなるまでの時間を短歌とエッセイで追体験をさせて頂いた。その間に刺激を受けて僕もいくつか歌を詠んだ。だから読み終えるまで時間がかかったのだ。最後は涙が止まらなかった。

    「手をのべてあなたとあなたに触れたときに息が足りないこの世の息が」
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    投稿日:2024.03.16

  • kmsusami

    kmsusami

    この間借りた「あの胸が…」を図書館に返却したときに借りてきた。後半の癌末期の闘病記録は読むのが辛かった。だけど素晴らしい夫婦、素晴らしい家族でした。歌のある暮らしは人生を倍以上に豊かにするな。うらやましい。続きを読む

    投稿日:2024.02.26

  • 佐保

    佐保

    このレビューはネタバレを含みます

     言葉の力はすごいなと思う。
    「あなたらの気持ちがこんなにわかるのに言ひ残すことの何ぞ少なき
     手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」

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    投稿日:2022.09.26

  • sagami246

    sagami246

    「たとえば君」という書名は、河野裕子の歌からとられている。歌の全体は下記の通りだ。

    たとえば君 ガサッと落ち葉すくふように私をさらって行つてはくれないか

    河野裕子と永田和宏は夫婦であり、2人ともが歌人である。2人は、学生時代に知り合い、付き合い始めたのであうが、河野にはその時に既に恋人がおり、その恋人と、新たに付き合うようになった永田の間で気持ちが揺らいでいた。そういった背景が、上記の歌にはある。

    2人の出会いは1967年である。結婚は、1972年。以降、河野が乳がんの再発で亡くなる2010年まで添い遂げる。出会いから43年目のことである。
    河野に乳がんが見つかり手術をしたのが2000年のことである。以降、8年間何もなく、河野も永田も緩解かと安心し始めた2008年に再発し、2010年に亡くなる。
    再発が分かった後の歌が悲しい。

    【河野の歌】

    まぎれなく転移箇所は三つありいよいよ来ましたかと主治医に言へり

    大泣きをしてゐるところへ帰りきてあなたは黙って背を撫でくるる

    【永田の歌】

    あなたにもわれにも時間は等分に残ってゐると疑はざりき

    あつという間に過ぎた時間と人は言ふそれより短いこれからの時間

    私自身も妻を乳がんで亡くしている。手術後の安定期を過ぎた後の再発という経緯もこのご夫婦と同じである。
    そういう経験から、主に夫である永田の歌に感情移入しながら本書を読んでいたが、私の妻が河野のような気持ちで再発をこわがり、再発後の恐怖と闘っていたのかと思うと、あらためてたまらない気持ちになった。
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    投稿日:2022.05.10

  • katoetu

    katoetu

    20歳から64歳で亡くなるまで、ずっと愛し愛されてきた2人の生活と愛情が短歌と共に添えられたエッセイで伝わってくる。全く違う生活をしてきたのにピタッと合う2人。羨ましい。

    亡き妻などとどうして言へようてのひらが覚えてゐるよきみのてのひら

    泣けるわ…

    そして結構短歌って生々しい表現もあるのがビックリだった。
    「口づけ」「唇欲し」「人を抱く」「嗅ぎし体臭」「抱き寄せて」「いだきあうわれら」「ブラウスの中まで…わが乳房あり」とかかなりエロティック。
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    投稿日:2021.05.03

  • ぴんが

    ぴんが

    齋藤孝先生の「読書の全技術」でおすすめされていたので読みました。
    短歌とは、五七五七七の、百人一首の...といった程度の学校で習っただけの知識しかありませんでした。
    まず、字数は五七五七七に縛られなくてよいこと、花や景色を歌ったものばかりではないことが新鮮でした。現代の日常生活のことが、時に生々しく歌われています。旦那さんの名前をまるごと詠んだ歌もあったり。
    夫婦となり、子供がいて仕事があり、そんな中でもお互いへの思いや不満や悩みを歌を通して開示しあう。もしも夫婦で小説家であったなら、ここまで直ではない。短歌だから、率直な気持ちを表現できるのだろう。

    手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が
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    投稿日:2021.02.13

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