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AI時代になぜ英語を学ぶのか
AI時代になぜ英語を学ぶのか
町田章/文藝春秋
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総合評価

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    AI時代になぜ言語を学ぶのか、自分自身も疑問に思っていたことだったから面白かった。日本語と英語の比較が多く出てくるので理解しやすい。今英語を学び直している中で、日本語と英語の違いに触れることができてそういう視点で学ぶのも面白いなと思った。

    0
    投稿日: 2026.02.08
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    AI翻訳が発達した今、英語教員として、果たして英語教育は必要なのであろうかということを考えることが多くなった。この本には、そのヒントを与えてくれるのではないかと期待していた。 生徒にも伝えられる、現実的な答えを求めてしまった私が悪いのだが、結局は言語学的な話に終始し、求めているような内容ではなかった。しかし、言語を生業にしている者にとっては、内容的にはおもしろいと感じた。

    9
    投稿日: 2026.01.31
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    本書はタイトルの通り、「なぜ英語を学ぶのか」を正面から問い直す一冊であり、学習法(ハウツー)を並べる本ではない。そのぶん、英語学習の目的が見失われがちな今、読者の足元をしっかり固めてくれる骨太さがある。認知言語学者である著者は、言語を「世界を切り分けるための道具」と捉え、英語学習を単なる技能訓練ではなく、思考の枠組みを広げる営みとして位置づけている。この視点が本書の強みであり、読後には「英語学習とは何か」という問いが以前よりもクリアになる。 とりわけ説得力があるのは、実践的コミュニケーションの多くがAIに代替されうる現状を、悲観ではなく建設的に評価し、これからの学びを再設計しようとしている点だ。さらに、文化によって「ものの見方」がどのように異なるのかを、日英の具体例で示す部分は読み物としても面白く、腑に落ちる。ここは「AI時代の新しい英語教育」というより、むしろ昔から大切であるはずなのに、実用一辺倒の学習観の陰で薄れていた価値を、鮮やかに掘り起こしている印象を受ける。英語教育に携わる人なら、この部分だけでも丁寧に読み込む価値があるだろう。 一方で、即効性のある学習手順や教材選びの指針を求める読者には、やや抽象的に感じられるかもしれない。しかし、それは本書の弱点というより、「目的」を再点検するための本としての役割を徹底した結果でもある。英語学習者、指導者、教育に関心のある読者が、「これまでの学び」「いまの学び」「これからの学び」を言語観から捉え直すための、示唆に富む一冊である。

    4
    投稿日: 2026.01.25
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    コミュニケーションではAI翻訳を使えば楽になるけれど、英語を勉強することは異文化を理解する上で欠かせない。 自分のものの見方や世界の捉え方を知る上でも大切だ。 英語と日本語を対訳して解説しているところが、わかりやすくておもしろかった。 これからもラジオ英会話や本で英語の勉強を続けていきたいと思った。

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    投稿日: 2026.01.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    文庫はどうしてこうも表題から話が逸れていくのか。ところどころ面白い部分もあったが、当然のことが書かれていることが多かった。 言語を何でもかんでも文化と結びつけるのも違う気がする。みんなが使うから使っているだけで、日本人はこういう特徴だから〜という理由で使っているのではない。 本書の結論としては、AIは確実に進化しコミュニケーションを取る上でのツールに取って代わるがそれは悪いことではない。批判が多い日本の英語教育は日本(語)を理解する上で決して無駄ではないと言っている。

    1
    投稿日: 2026.01.19
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    同じ状況を説明していても、用いる言語によって表現の仕方は異なり、その違いには一定の傾向が見られるという。たとえば、日本語は事態を内側から、当事者の視点で捉える傾向があるのに対し、英語は外側から捉える傾向がある。こうした指摘は、自分自身の思考方法を見つめ直すよいきっかけになった。 また、言語と思考の関係が双方向であるとすれば、同じ日本語を使っていても、表現形式を意識的に変えることで、物事を異なる視点から捉えられるようになるかもしれないと感じた。

    0
    投稿日: 2026.01.16
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    タイトルから受ける印象より言語学寄りな本だった。 やや主張や例示が冗長に感じる部分もあったが、改めて日本語と英語を交互に翻訳して、話者の視点のや受ける印象を比較する箇所などは英語学習中の身として新たな発見がありおもしろかった。

    0
    投稿日: 2026.01.14
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    本格的なAI時代が到来した現代では英語学習は不要か?AIを使って、「翻訳コンニャク」のように動作する「同時通訳」をシミュレーションしたデバイスが登場すれば、意思疎通を目的とした実用レベルの英語学習は不要でしょうし、それは著者も認めるところです。しかし、本書ではそれ以外の部分、英語表現そのものに触れることで異なる考え方や発想を学ぶという部分はAIで代替できない、という主張がなされています。いわゆる「教養としての英語」の部分であり、英語学習そのものは不要にはならないという主張です。そして英語教育そのものも、作曲ができるようになることを目指さない音楽教育と同じような、教養的な立ち位置になればいいのでは、と述べています。 英語教育をどう捉えるかによって読む人の評価は変わってきそうです。英語を使えるようにすることこそ英語教育の目的だとするなら、AIで代替できるのだから廃止していいのでしょう。言語学者でもあり英語教師でもある著者の言っていることは、自分の立場を守るための言い訳にも聞こえるかもしれません。著者が本書の解説をしているYouTube動画がありましたが、この動画を見ているくらいなら英単語を覚えた方がまし、という趣旨のコメントがありました。英語教育の目的は英語が実際に使えるようになることだという前提に立つから、そのようなコメントになるのだと思います。一つの立場としてありだと思います。 一方で英語の学習にとって文化的な側面の学習が大事であると思っている人にとっては、本書の内容はうなずけるものではないのかと思います。そもそも著者は言語学者ですし、本書で紹介されている日英語の発想・言語化の違いは著者本人が研究しているトピックでもあります。本人が面白いと思ってやっている学問なわけですから、それに対しては肯定的な態度になるのは当たり前でしょう。こういうことを知ったところで英語は使えるようにはならないけれど、知っておけばAIを使って英語母語話者と実際にコミュニケーションをしたときには有利になることがあるのではないかとも思います。 https://booklog.jp/users/takashinya?reviewed=1# 私自身は、英語は日本国民全員が学習しなくてもよいのではないかと前から思っています。AIの登場により、より現実味を増してきたというところでしょうか。 ところで、こういう議論って1970年代の「平泉・渡部論争」を思い起こさせます。渡部側に立つと英語学習は必要、となるし平泉側に立つと必要ないということですかね。

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    投稿日: 2026.01.13
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    英語の学習をコミュニケーション面と物事の捉え方で分けて解説し、コミュニケーションはAIで対応できるようになるが、言語を使う上での考え方や物事の捉え方は翻訳では特色が失われてしまうため視野を広げるために学習すべき、と結論付けた本 個人的に学校での英語学習は海外の事例も踏まえるとコミュニケーションを取れるようにするものであると考えており、その点でいうと圧倒的に失敗だと感じていたが、著者としてはそうではないというのが言い訳がましく感じた。

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    投稿日: 2026.01.03
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    なぜ英語を学ぶのか? もう一回自分が毎日英語に触れている意味を再定義しようと思いました。 この本の中で述べられているのは、「コミュニケーション」の手段としての英語はAIに代替されてしまうかもしれません。 ただ「思考」や「文化」としての英語はこれからむしろ発展していくのではないかと述べられています。 私はコミュニケーションとしての英語としてしか勉強をしてなかったので、思考や文化といってもピンときませんでした。 しかし具体例を見ると分かります。 例えばJohn takes a shower everyday.という文には、アメリカ人の文化的背景で朝にシャワーを浴びるという「朝」という要素が隠れています。 これは文化的背景があるからこのような表現になっています。 こういった文化や思考を知ることが、自国の言語の中で無意識のうちに当たり前になっていることを認知することで、これこそが英語を学ぶ意義なのではないかと著者は説いています。 私もコミュニケーションとしての道具としての英語は代替されると思っていますが、もっと自由な枠組みで英語という言語を学習する世界がすぐそこまで来てるんだろうなとこの本を読んで感じました。 この本を読んで、もっと文化や背景を意識しながらPodcastを聞いたり、英文を読んでみようと思いました。

    0
    投稿日: 2025.12.17
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    英語学習、英語コミュニケーショをAIと分業する。英語教育が他の教科と同様に、教義的意義に重点を置く科目となってよいという許可がAIによって与えられたという点に大いに賛同。

    0
    投稿日: 2025.12.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    非常に気になるテーマであり、興味深い内容だった。英語文化と日本文化の違いも言語から読み取れるのは面白い。 第六章では「とにかく明るい安村」がイギリスでブレイクしたネタにも触れ、イギリス人の観客が「パンツ!」という理由もよくわかった。 以下、印象に残った内容 ・言語学習を通して理解が可能な「不可視的文化」 ・日本語は事態内視点、英語は事態外視点の傾向 ・ことばはコミュニケーションの道具と同時に思考の道具 ・言語を英語に統一してしまえばコミュニケーションは取りやすくなるが、思考の「多様性」は失われてしまう という訳で、これからも英語は勉強しなくてはいけないようです!

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    投稿日: 2025.11.29
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    日本語と英語の違いは、ただの言葉の違いだけでなく、歴史や文化も大きく影響している。 例えば、島国である日本では個人よりも集団で動くことが美徳とされたため、他者を慮ることに長けている。したがって、主語を省略しても通じることが多い。「安心してください、履いてますよ」がその例だ。 しかし、英語を第一言語とする国では多様性が当たり前である。だから自分が、私は、と自分を主張しないといけない。例にあったWe don’t call 911.も、直訳すると「私たちは警察を呼びません」一見、「だから何?」で終わってしまう文章だ。 だが、アメリカの広大な領土から警察を呼んでもすぐに来ない、だから自分の身は守るべきだという文化的背景があってのWe don’t call 911だとわかると、言語を学習する上で、文化や、その言語の話者が何に注目して文章を作るかが大事だとわかる。 AIの時代によって英語学習の必要性がなくなることはない。また、Chat GPTなどでスピーキングの練習もできるからこれまで以上に英語話者は増える。だからこそ、話す以外の英語の側面も楽しめる時代が来るということだ。

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    投稿日: 2025.11.26
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    【複眼的思考が身につく「言語学」講義】AI翻訳がこれほど発達した時代に、外国語を熱心に学ぶ必要はあるのか? 日本語と英語の比較を通して「ものの見方」を考える。

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    投稿日: 2025.10.17