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43歳頂点論(新潮新書)
43歳頂点論(新潮新書)
角幡唯介/新潮社
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総合評価

21件)
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    興味深いタイトル。 なぜ43歳が頂点なのか。 著者の本。読んだことがある。地図なき山。冒険家。面白かった。 そう、43歳頂点、というのは、冒険家にとって、ということなのだ。 体力だけ、の20代30代。体力は衰えるが、経験値が充実する40代。 それらを掛け合わせると、冒険家にとっては43歳が頂点、というのが彼の主張だ。 この新書の中でも、千代の富士が「限界」と言って引退を決めたのは36歳。 相撲界・横綱としては高年齢。コンタクトスポーツ、ラグビーも含め、 30前半がピークになるのはうなづける。 野球は30代後半だろうか、、、 競技によって違うのだ。 なので、タイトルはある意味誤解を誘う。 なんだか皆がそうである、と主張しているような。。 ちなみに私は64歳。記憶力は怪しくなっているが、脳の働きは今がベストと思う。 いや、思いたい、信じている。 そしてマラソン、、、ベストタイムは55歳、47歳で初めてじわじわタイムがあがって 55をピークに2年間は粘ったが、そこから下降した。故障ありコロナあり、、 今も少しでも復活しようとあがいているが、なかなか、、 そういえば、故障を癒してくださった鍼灸院の先生が亡くなってしまった。 脳梗塞、、、長年アスリートのからだをケアしてくださっていた。 無論頂点はだいぶ前だったのだろうけど、あの力強いマッサージ、、まだまだできた はず。残念。 はじめに 第一章 四十三歳までの膨張期 第二章 頂点としての四十三歳 第三章 四十三歳以降の減退期 あとがき

    6
    投稿日: 2026.03.13
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    マッチョな生き様に尊敬の念を捧げつつ。私にはストイック過ぎる価値観に、正直距離を取りながら読んでしまった。生に対して貧弱。と言われればそうなのかもしれない。 そうした客席からの視点でも「荒地」(死を想起する時間や空間)や、「到達系行動」・「漂泊系行動」の価値観は、なるほど鋭い言語化だと感じた。ビジネスの世界でも強者は心に荒地を宿している。 個人的にもサーフィンで波に巻かれて初めて浮上できない体験をした、あの時のことを思い出した。思い返せばたったの7秒間であったが。恐怖と妙な落ち着きが混在したあの感覚は、何かの入り口だったのかもしれない。

    0
    投稿日: 2026.03.08
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    以前の浅い脱システム論がなくなったのはよいが、それに代わる何かがあるわけではない。タイトル以上の内容はない。やはりこの人は冒険しないと面白い文章にならないんだと思った。ユーモアのつもりの文章が退屈。冒険日記のときはよいアクセントに思えるのだが。 平出和也について正面から書いているのは良かった。

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    投稿日: 2026.03.06
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    私自身も登山をすることは好きだが、命の危険を冒してまで登山をする気持ちは理解出来なかった。この本を読んでその気持ちは一生理解することは出来ないし、理解する必要もないと感じた。結局みんな自分の好きを突き詰めた先に理由などないし、どうでもいい。 タイトルで期待していたものとは違った形で登山家の気持ちを知れたいい出会いの本だった。

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    投稿日: 2026.02.22
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    エゴがすごい。そして探検という民間から離れた世界を論拠するので尚更分かりにくい、、と思ったら本質的には生と死の話から派生しているから不易性があるし、更には現代社会へのアプローチもあり普遍性もある。ものすごく共感したし、勇気をもらった感覚もある。現代の全中年が読むべき、くらいに面白かった。 個人的には自分には遅れてきたリビドー、権力意志より強い想いもあると再確認した。 そして何者にもなっていない感覚と、なりかけている可能性も感じた。それも本書に出てくる幾つかのグラフが分かりやすく説得力があったから。 あと、内容を遠ざけない文章の読みやすさも秀逸。

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    投稿日: 2026.02.03
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    冒険家とは縁遠いと思っていたが、抽象的には誰しも共通項がある加齢論を具体的な経験を通じて理解できた。 私はまだ32歳だが、40-50代になるとそういう感じなのかと先取り感とともになんか楽しみな気持ちになれた。とにかくポジティブに年齢を重ねていきたいと思う。

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    投稿日: 2026.02.02
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    すでにかなり前に43歳を通り過ぎた普通の人がどれぐらい共感できるのか、と、思いつつ読んだ。過去の著作でも断片的に書かれていたことを一つの主題で整理した本。

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    投稿日: 2026.01.29
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    43歳と言う運命の歳。 “その年になったら、いったん休んで次の年から再開する。と考えても、結局その時を迎えると焦りがあり、逃げては駄目だという気持ちになって挑んでしまう。” ・・植村直己も、そして平出和也氏も。 登山家の限界論から、三島由紀夫・開高健にも話が展開して行き、それらの書籍も読破しなくてはと思わされる。 登山関連本として手にしたが、これはキャリア論として内省しながら読み終えたのでした。

    9
    投稿日: 2026.01.29
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    オトラジシリーズ。そして初の角幡さん。 タイトルから激刺さる。 経験がもたらす一番の負の側面は刺激を感じなくなることというワードが胸に響いた。 膨張期(20~30代)は、自分が何者か証明したいという気持ち。自分も抱いていたなと頷くことばかりだった。 自分もどこかのタイミングで「ガクッ」とくる日が訪れる。 その時の支えにしたいと思った一冊。

    0
    投稿日: 2026.01.28
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    極地探検家の著者が「人間としての頂点は43歳」という理論を考察する1冊。 以前から著者の本を読みたいと思っていたが未読で、動画で三宅香帆さんがおススメしているのを見て手に取った1冊。 20代から40代後半まで年代別に冒険家の思考・身体・経験面から考察しており、 命を懸けて冒険に挑む人たちがどう考え行動に至っているのかよくわかった。 具体的な行為は無意味で非合理的、でも個人にとっては絶対的な価値観、という逃れられないもの。 さらに、「”生”を感じること」を濃くしようとするほど、「死」に近づいていくという一見矛盾のような必然に、生きるとは何か?を考えさせられる。 自分自身には、死というリスクが高くてもやらずにはいられないことはないので、うらやましい部分もある。 選択する言葉が鋭く真髄をついていると感じるのは、極地探検や狩猟など「死」を身近にしているからなのだろうか。 著者の他の作品も読んでみたい。

    0
    投稿日: 2026.01.26
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    ちょうど今年43歳を迎えること、これまで通りの延長線で働くわけにもいかないと感じていたところだったので気になって読みました。 偶然の積み重ねでその人の固有度を高めるというのは、なるほどと感じた。不惑の境地に自分は達せておらず日々ヤキモキすることも多いが、ピークからの山下りを楽しめれば力も抜けて50代を楽しみにできるのだろうかと勇気をもらえる気がした。

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    投稿日: 2026.01.10
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    おもしろかった。冒険家はぶっ飛んでる! ズレの集積の話はしっくり。 50以降も楽しみになるというところに、ポジティブな影響を受けた。 畢竟

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    投稿日: 2026.01.08
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    50代を迎えるのが至極楽しみになりました。(35歳男性) 本書では偶然を「世界でその人のみに固有の出来事」と定義してますが、偶然の積み重ねによる「ズレ」の集積が人生の固有度を形成するということに深く共感しました。

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    投稿日: 2026.01.08
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    なぜか43歳がピークに感じてしまう探検家でもあった著者が考える年齢論はどこか面白い。知識、経験が積もり積もって達する年齢が43歳で、ここからは下っていくような感覚でもある。 悲しいなぁ、でも43歳ってなかなかに大人なんだろうな。無鉄砲に突き進める年齢を超えた時、自分には何ができるだろうか。そして何が残っているのだろうかと考えさせられた。

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    投稿日: 2026.01.06
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    肉体的な能力は加齢に伴い右肩下がり、経験的能力は逆に加齢とともに右肩上がりで、その均衡点が43歳で、その時に最もパフォーマンスが出るのではないかという論旨。 全く異論はない。でもちょっとくどい。漂流する思考過程を見せられているようだ。確かに仕事でも年を重ねて役割は変わるし、家族など自分の周辺環境や制約条件は変わる。それはそれで面白いなと自分は思う。たぶん肉体的能力を冒険ほど必要としないので角幡さんのような切迫感がないのかもしれない。絶頂かどうかより、イマココを生きたいなと思う。

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    投稿日: 2026.01.04
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    2026年初めの読書として最適だった。 自分は冒険家ではなく、体力などの点からいって、43歳が頂点かどうかは分からないが、20代、30代、40代、そしてそれ以降と、積み重ねた経験とフィジカルが合致しなくなることは、今年45歳になる自分にはすごく共感。 そして、自分自身がここ数年、なんかつまんないなぁと思ってた理由も見えてきた気がする。 今年、大きな挑戦をする自分にとって、とても勇気を与えてくれる一冊だった。

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    投稿日: 2026.01.03
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    2026年1冊目、43歳の現在読むことができた事は幸か不幸か分からないが、共感できる事は非常に多かった、もやもや考えていた事が明文化された事も良かった。 40代に突入し、人生に対する考え方は変わるし、それを肯定か諦めか、よく分からないが後ろ向きに捉える事は無くなってきた。 加齢に対する、恐怖・嫌悪感みたいなものは昔ほど無くなってきた。

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    投稿日: 2026.01.03
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    自分は新型コロナワクチンで後遺症になったのが42歳の頃だから、本書でいうところの43歳が頂点というのとは少し趣旨が違うのだが、結果的にそれに近い状況であることに間違いはない。 またそのような後遺症があるかないかに関わらず、何かに思い悩んだり迷ったり後悔したりすることがほぼなくなった。もともと自分の思うがままに生きてきたのでそれは以前からそうだったといえばそうだったのだが、やはり10代、20代前半くらいまでは何かにならなくてはいけない、という思いに駆られていたのは間違いない。あのヒリヒリした生に真正面から向き合う姿勢はなぜあの頃にはあって今はなくなってしまったというか平たいものになってしまったのだろうか。それはある程度何かを成し遂げたという気持ち、安心感からくるものなのかもしれない。

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    投稿日: 2025.12.28
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    同級生のカクハタくんだから、なんとなく同じ感覚で読める。 そして、同じように自分のこれからについて考えるきっかけとなる本。

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    投稿日: 2025.12.13
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     著者の言う43歳頂点論に初めて接したのは『狩りと漂泊』だった。40代前半で体力と経験のバランスが微妙に齟齬をきたし、冒険家が命を落としてしまうという考察。その時も激しく同意したが、本書はさらにその周辺を深堀りしている。  43歳までの膨張期、43歳の頂点、43歳を過ぎて迎える減退期と、大きく3期に分けて論じているが、どれも面白い。取組んでいるアクティビティや、活動レベル、本業の有無等により、程度の差は大きくなるだろうが、みんな感じてきたことと思う。著者はまた、43歳を過ぎると、今まで考えもしなかった引退後の生活を考えるようになったことも43歳を頂点と考える要因雄一つに挙げている。家庭を持ったことも大きく関わっていることだろう。  最終的に50代を可能性に満ちたものと締めくくっておられるが、実はここにもう一つ視点が持込まれることになる。それは親の老いだ。著者の家族構成を知らないが、一般的に50代に入ると親は80代に入り、認知症があらわれはじめる。介護への関わりの濃淡にもよるが、親の認知能力が落ちていく様子を見ると、自身の将来設計に影響を与えるのは必至だ。  これからも著者の冒険行、作品を継続して読んでいくことになると思うが、一回り年下の著者がどのように50代を生きるのか、また、人生を切り開くのか興味は尽きない。

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    投稿日: 2025.12.02
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    全力で生きているか、死んでないのは余白があるからだ、そして余白を埋めようとして冒険家は死へ向かう。 私は冒険家ではないが、日々の仕事、生活で、どこか本気を出していないように思え、自分に後ろめたさを感じているのは読んでいて共感した。 そのような思考も40をこえて薄まっているとも思う。 到達ではなく漂泊へ、という思考の変化もよくわかる。何かを成し遂げることよりも、世界を理解し繋がり、自分を更新したい。狭まりつつある可能性に抗って自己を拡大していきたい。 どうせ死ぬのだから。

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    投稿日: 2025.11.27