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powered by ブクログ502 図書館本 「あいづち」について考えさせられた一冊。多いと「聞いてる?」と気になる、ないと不安になる…。 自分の体験を添えてサロンに投稿できたのが私の進歩!みんなの意見を交えながら、もっと仲良くなれるといいな。皆さんの心地よいあいづちについてもぜひ教えて下さいね
6投稿日: 2026.02.09
powered by ブクログ私も言葉をこんなふうに尊重し、言葉に対してこんなふうに誠実でありたいと思った。それは明日かもしれないし、数年後かもしれないけど、私は何かの折にこの本を思い出して「これがそうなのか」と思うだろう。 【読んだ目的・理由】発売記念トークイベントに参加したから 【入手経路】買った 【詳細評価】☆4.3 【一番好きな表現】忘れたくないと願うことと、忘れても大丈夫だと思えることは、両立する。そこに表現の必然性が立ちあらわれる。(本文から引用)
0投稿日: 2026.02.08
powered by ブクログ相槌、日本人独特なのかあ。 確かにラジオの対談とか聞いていると相槌ばかりが耳に入ってきてしまう時がある。 普段使っている何気ない言葉にも意識を向けてみようと思う。
1投稿日: 2026.02.08
powered by ブクログ「入試に出るかもしれない」作家シリーズ!ということで若手の哲学者らしい。小学生におすすめされていたのは「さみしくてごめん」だったが、とりあえず待ち人数の少ないこちらを読んだ次第。最近、「言葉」にこだわる人の本を立て続けに読んだが、言語学、短歌、ときてこの方のアプローチは「その言葉に隠れた問いは?」「はっと気づきをくれる言葉は何か」と言ったところか。 個人的に刺さったのは、「ラン活」。私よりも親戚が盛り上がっている昨今、とりあえず勝手には買わないでくれとメールした直後に飛び込んできた。 「その言葉を誰かが言うだけで何かが開始されたことがわかった。いやそれによって開始されたのではない。その言葉にによってすでに開始されていたことが告知されたのだ。」 「問わされてしまう。この問いしかないと思ってしまう。なぜなら就活というものの枠組にわたしがいることは確定しているからだ」 何か言葉があるとやらなければならない気になってしまう。断捨離、大掃除、先取り。そういえばこれらも気づけばその渦中にいるものであり、またその焦りに覆い重なるように「そんなものはやらない方がいい」派閥が攻勢をかけてくる。いや待てよ、ランドセルは基本全ての子どもが持つべきもの、就職は全ての学生がすべきもの、終活は全ての死にゆくものがすべきもの、そのゴールに逃げ道がないからこんなにも選択の余地がないのか。その分、掃除はしなくても死なない、先取りしててもいつかみんな同じレベルにたどり着く、そんな逃げ道があるから少し楽なのか。でももしかして、目標さえ固まれば走り切れる受験生体質の私には、もしかしたら「ランドセルを買わなくていい」という余地がある方が苦手なのかもしれない。そこにしなくてもいいかもしれないという選択肢の可能性を垣間見て、私は焦っている。ゴールテープ張ってくれたらそこまで走り切るのに。こっちに走ってきてもいいんだよなんて、言わないでくれればいいのに。 一つの言葉から広がる思考、深まる私の闇。 全く関係ないが、私の大好きな笑い屋の重藤くんが、突然、言葉を持つ一人の人としてページの間に立ち現れた衝撃は、誰と共有できよう笑。
3投稿日: 2026.01.30
powered by ブクログ面白かった。 哲学者である永井玲衣さんが日常で感じた問いを記したエッセイ本。 「なぜあらそうの」の章で、 哲学対話の題材になった絵本で、カエルが持ってる花をネズミが奪うシーンから、嫉妬の話になった。 「嫉妬とはつかみどころが無い」という事が表現されていた。 自分にとって都合の悪い感情はわかりづらい。だからそれが発端で争いが起きる。 その感情は表面上はキレイな顔していたり、強そうな顔をしていたりする。 醜い自分の感情もフォーカスを当てて、認めてあげられる人になれたらいいなと思う。
5投稿日: 2026.01.25
powered by ブクログ先日、子どもとの会話の中で 「自分の考えを人に伝える時に言葉を使うけど、話している言葉は自分がゼロから生み出したものとは言えないから、そもそもそれは自分の考えなのか?と思うことがある。どう思う?」というような問いを投げかけられた。 急に哲学っぽいことを言い出したのでビックリ。かっこよく返答しようとしたけど、なんか難しいな…と。 そんな時に図書館の予約待ちがちょうど回ってきたのが、この本。テーマは「言葉」。私たちの話を聞いていたかと思う位、内容がかぶっていて本当にグッドタイミングだった。子どもが読むには難しいので、抜粋して伝える時間も楽しかった。永井玲衣さんの言葉の扱い方は素敵だなと改めて感じた一冊。
45投稿日: 2026.01.11
powered by ブクログ「言葉」に対して問いを"見舞い"ながらその言葉の存在を深掘りしていく第一部。 横文字言葉、あーね、普通に、〇〇テロなど…何気なく自然と、軽々しく、雰囲気で使えてしまう言葉ではあるが、これらをちゃんと意味を理解しようとすると簡単には紐解けない背景があるようにも思えてくる。日本語の不可思議に触れる。 永井さんが提示するそれらの問いと切り口にはハッとさせられた。いままで考えたり言語化したことはないけど、なんとなーく感じている違和感とかモヤモヤを明らかにしてくれるような、めっちゃわかると共感しまくったり。ああ、日本語って奥ゆかしい〜。 日頃感覚で使えてしまっている言葉をちゃんと理解して、「自分の言葉」にして扱いたいと思った。言葉に対する意識変容が起きるような時間だった。 p.s. 先日読んだ『0.2秒を言語学する』とも通ずるものを感じた。日本語を使う私たちの不思議さ・曖昧さを認識させられたのでさらに印象的な読書だった。 第二部は、永井さんが「読書」や「他者との会話」を通じて感じてきた経験を体感する。 自分は狭い世界を生きているなと思わされる。家族、気心の知れた人、いつもの仕事仲間と心地の良い人たちに囲まれて、その範囲に収まっている。例えば、戦争の中にいる人、病気に悩む人たちが見えていないし、自分に都合の良い範囲を世界と思い込んでいる。 これからは自分が手に取ったことないような本をあえて手に取っていきたいし、わからないことをわかるようになること、突き刺さるような言葉に出会い、考えてみることの大切さを学んだ。
13投稿日: 2026.01.01
powered by ブクログ水中の哲学者たちと比較して、永井さんのシャープでまっすぐな言葉の切れ味や世界の切り取り方はそのままに、全体主義へ向かう社会を憂う影があちらこちらに見られた。語るための、誰かを守るための、社会をよりよく描くための言葉を紡ぎ出すのは大変だったんだろうなと思う。 特に印象に残ったのは飯テロのエッセイで、本来は絶対に並ばない言葉同士の摩擦が生み出す新鮮な感触や、組み合わせに失敗した時の不協和音を見事に描いていた。 本日刊行イベントに足を運んで直に話を聞くことができてよかった。 世界は不条理に溢れているけれどこの世に生まれてしまった以上は踊り明かすしかない。理論整然としている、100%純度の高い世界なんてなくて、ニョキっと生えている不条理を楽しむことが人生を少し豊かにすることだと思う。
5投稿日: 2025.12.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ちょっと永井さんに置いて行かれてしまったような気がします。「さみしくてごめん」の時の感動がない。 何を言いたいのかさっぱりわからなかった。
1投稿日: 2025.12.11
powered by ブクログ初見の永井さん。 この人の言葉選びは逸材な気がした。 よほど繊細で、視野が広い方なのだろう。 好きなひとの相槌はあまり打ちたくない はなんだか深くてグッときた。わかる気がした この会話早く終わらないかな?と思ったとき 必然と相槌が多くなってしまう心理と 普通は好きなひとの話ならなんでも聞いてあげたいから相槌をたくさん打とうとするはずなのに その時間と相手が尊くて、終わってほしくなくて、 人とは常に矛盾して、口と私は また別物なのだ なんだか気が晴れるいい本に出会った
10投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログ永井玲の著書は全て読んでいる。新しい感覚に目覚めさせてくれたり、ことばにならなかった物事に気がつかせてくれる、私にとってとても大切な存在だ。(あ、『さみしくてごめん』は積読中でした) 今回もとても良かった。しばらくはその余韻にぼーっとしてしまう。 第一部は『問いはかくれている』。新しいことばや気になることばに潜む問いを考える12篇。 第二部は『これがそうなのか』。著者が幼い頃から読んで強く感じたことばたちを深く掘り下げる、12篇。 第一部ではクスッとしたり、あーそうそう、でもそこまで考えたことなかったな、なんて、比較的軽く読み進めることができる。『若者の喫茶店のマスター化』なんて言い得て妙で、笑ってしまった。 それと比べて第二部は、こころに突き刺さってくることばたちがたくさんあった。新たな視点をもたらし、私に新しい風を送り込んでくれる。 まさに読む前の自分とは違う。ベタだけれどそんな気分だ。 『おれたちがこわいか?』何年経っても著者を追い回したその問いは、著者に新たな気付きをもたらす。『顔たちはそう問いかける。ここでは、わたしがふるいうる暴力の可能性と、そしてそれにどう応えるかが問われている。そしてわたしはおそらく「あなたは脅威ではない」とこたえるところからはじめたいのだと思う。』p310 世にはおぞましいことが溢れていて、気になりだすとそればかりが耳に目に入ってくる。最近文芸でもノンフィクションとあまり違わないフィクションが多く、そんな不条理も知る必要があるしむしろ知ることは大切だと思っているわたしだが、それでも少し疲れていた。 著者が教えてくれたように、わたしも"あなたはこわくない"という前提にたち、わからなくとも一緒に座って考えることからはじめたい。
11投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログ永井玲衣さんの本を読んでいると、靴の中にある小石のような、前後ろ逆になった肌着を着ている時のような、日常では見過ごされるちょっとした違和感を掘り下げて観察している気持ちになる。私にはそれがとても新鮮に見えて、もっと言葉を、世界を知りたいと思わせてくれる。永井さんの本を読んで、私の中で生まれた言葉にならない違和感を言葉で表せるようになった。これからも楽しみにしています。
1投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログ本に育てられてきた、本が先で世界が後だったという永井玲衣さんの「ことば」に問いを投げかけるエッセイ。永井さんが過去に触れてきた本やことば、そしてそれをもとにした視点や問いにたっぷりと触れられる一冊で、やさしくて贅沢で噛み締めるように読みました。どんなことにもことばにも問いはかくれていることにまず気付けたことがよかった。良い本だったよ〜〜
0投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログ言葉は、必ずわたし以外のものとつながっている。言葉は、わたしたちを外部へと連れていく。わたしたちはそうして、言葉によって出会い、言葉によって隔たり、言葉によってかたちづくる。言葉は、あなたを見て、わたしを見ている。(p.6) ことばや身近な事象を深く掘り下げることにとことん長けている人だなと思う。 ・「原作レイプ」「〇〇ハラ(スメント)」によって、本来の「レイプ」「ハラスメント」のもともとの過激さが失われる。 ・様々な「〇〇活」という言葉を見た後に、ふと目に入る「生活」を見たときに、「言葉にした途端、すでにある言葉が見慣れぬものとして立ち上がってきた」と気づく。 ・「超」「めっちゃ」、そして「鬼」。強調の飾り言葉はついに「神」。これ以上の表現がないかと思ったら、後にくる言葉が「かっこよすぎて普通に死んだ」と、「普通」であった。 いつも使う言葉を一歩引いてみたりするだけで、ふと疑問に思ったりするだけで違う世界が見えてくる面白さはある。言葉は軽くなったり、新しい意味が付与されたり、そもそも新しい言葉が誕生したり、というのが常に発生している面白いものだ。なので、以下の表現は自分の中では大切にしておきたいと思う。 ======= 世界の奥行きの中に、問いはかくれている。見つけたならば、そっと取り出して、わたしたちに見せてほしい。きっとうつくしいはずだ。(p.172) ======= 「そして生活は、続く」で思い出すのは星野源さんのエッセイだが、まさかこの言葉で打ちのめされるとはこれまであまり思えていなかったので以下の箇所が新鮮だった。そうか、続くということが希望でもあり絶望でもあるのか。 ======= 「そして生活は、続く」という言葉に、わたしは打ちのめされた。どんなことがあっても、ここが行き止まりだと思っても、感識するようなことがあっても、誰かがいなくなっても、生活は続くのだ。これが絶望的なラストだと言うひともいるかもしれない。でも、そうなのか。「そして生活は、続く」とわたしは口の中で何度も繰り返した。胃液でにごった口の中に、ハッカのドロップが入ってくるようだった。 言葉は、少しの痛みと清々しい冷たさを運んできた。このわたしの、とりかえのきかない、ひとりの感情をもった人間としての生は続く。それはやはり、誰かにわたしの生を簡単には奪えないということでもあった。(p.284) ======= その星野源さんの『そして生活は続く』を少し読み返してみたら「なにげない日常」から面白さを見出すためには努力と根性が必要と書かれていて、これはこれでひとつの苦しみなのかもしれないと思った。永井さんも意識的か無意識的かはわからないけれども、その日常の中を散歩や問いを立てることを通して、たくさんの面白さを見出しているのだろうか。それはとてもすごいことなんだな。 ======= 「なにげない日常の中に素晴らしいものがある」どや顔でそんなことを言う人は苦手です。「なにげない日常」の中には「なにげない日常」しかない。素晴らしいものなんてない。その中から素晴らしさ、おもしろさを見いだすためには、努力と根性がいります。黙っていても日常はおもしろくなってはくれない。見つめ直し、向き合って、物事を拡大し新しい解釈を加えて日常を改めて制作していかなきゃならない。毎日をおもしろくするのは自分自身だし、それをやるには必死にならなきゃ何の意味もない。 つまり、一生懸命生きなきゃまいにちはおもしろくならないってことだ。(p.203) =======
0投稿日: 2025.11.23
powered by ブクログ永井さんのこれまでの単著は全て読んでいますが、「この人にはどれだけの言葉の埋蔵量があるのだろうか?」と毎回圧倒されます。全く底が知れません。 本作で心に残ったのは、あとがきにあった以下の部分です。作家・建築家の坂口恭平さんが最近読んだインタビューで近い趣旨の発言をされていたので、自分の中で思わぬ共振を起こしました。 たった一言でも「これは!」という言葉に出会えれば人は生きていける、と。 『本を読むことも、対話の場をつくることも、言葉に出会うことだ。そこで起こること、起きていること、すべてを「わかる」必要はなかった。たった一言、たった一行、身体をつらぬく言葉に出会えれば、それだけで十分だった。』
2投稿日: 2025.11.18
powered by ブクログ第一章のみ読了。今のところおもしろい! ただ頭を使って丁寧に読みたいので、もっと元気なときに第二章から読み返したい。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログ言葉に対して言及する前編と、言葉を扱う後編。とあるところの「現実を知るということは現実を肯定すると言うことにはならない。」という旨の言葉、非常に刺さった。自分に「言葉ってなんだろう?」と問いかけてみるけれど、私の中では「伝えたい、伝わって欲しい」という祈りに感じる。もしくは、呪い。優しく、そして真剣に、真摯に現実とも向き合い続ける永井さんは本当にすごいよなぁと思う。私も30代になったら、こういう風に生きられるだろうか。たくさん対話したい。
0投稿日: 2025.11.17
powered by ブクログ「ことば」についてのエッセイ、と簡略化してしまうことが激しく憚られるほど、厚みのある、幾重にも「ことば」が積み上げられた、そんな一冊。 自分はインプット型だから、と半ば折り合いをつけていた私自身に、「自分のことば」を発見し、出会ってしまったそれにおそるおそる触れてみる勇気を授けてくれた。そう、誰かのことばを知るだけでは、不十分だったのだ。私が「私のことば」に出会うこと、出会うために必要不可欠である他者という存在、そこからまた生じる世界の奥行き。 ことばに支えられ、裏切られ、翻弄される私たちが、私たちのことばを手にして、他者にそれを手渡すとき、私とあなたの隙間にそれをおずおずと注ぐとき。希望も絶望もすべてをひっくるめた可能性が、私たちの眼前に立ち現れるのでしょう。
1投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログ学生時代は数式で生きてきた理系なので言葉が分からなすぎて読書をしてこなかったけど、世界がグレーだと思い始めてから、本を読んでモヤモヤを漂う時間に心を揺さぶられつつ落ち着かせる日々。土を耕してならすような感覚。 言葉が、他人が、 理解できないことがあるが、きっとそれは開かれた可能性ということなのだろう。何気ない他者の言葉の中に含まれる絶望や祈りや希望、もしくは虚無。当たり前のように普通に発せられる言葉の中にいかなる問いを見つけるか、そこに物語を続けるケアというのもあるのではないかな 永井さんの本は前半で問うことをウォーミングアップして、後半でどっぷり深海の中に引き摺り込まれて彷徨って漂う感じがあって、とにかく後半が人間らしさを取り戻すもがきで揺さぶられる。今回もそんな本で好き
11投稿日: 2025.11.09
