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雪の練習生(新潮文庫)
雪の練習生(新潮文庫)
多和田葉子/新潮社
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総合評価

62件)
4.0
15
21
14
0
0
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    著者がノーベル文学賞にノミネートされていたことを知り、図書館で借りて読む。 途中、語り手がシロクマから世話係の人間に代わっていたりして、次第に境界線が曖昧になってくる。 種の違いが、国籍や環境の違う人へ置き換わり、自分の無理解にハッとさせられたりする。 シロクマを庇護の対象だと思って読み始めたはずなのに、いつの間にか、それは馬鹿で不器用で滑稽な自分のことではないか、という気持ちになっている。 最後に、孤独なシロクマがひとり残されたとき、私達が動物園で感じるあの感覚ーー人間のエゴで、こんな所まで連れて来られて、いったい何を思っているのかなーーそんな、いつもの自分の立ち位置に戻される。とても切ない、静かな終わり方だった。 いやはや、圧倒される読書体験でした。

    0
    投稿日: 2025.12.17
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    熊は熊でありながら、現実の熊とは違う、でもやっぱり熊、というふわふわとした状態のまま物語が進んでいく。足元がおぼつかない、軽い船酔いのような奇妙な感覚。

    13
    投稿日: 2025.12.16
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    あと100ページほど残っている。最後まで読み切らなくてもいいと思うくらい満足している。良いとか悪いとかの程度で測れないほど素晴らしい。 東欧や北極の澄んだ冷たさが書かれていて、知らないのに知った気になる。あたりまえの心の動きが、初めて見たもののように注意深く鮮やかに表現されている。 生きてきて一番、日本語を読めてよかったと感じている。

    0
    投稿日: 2025.11.28
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    文字の羅列が意味を成し、眺めるともなくそれを見ていると、不意に情景が立ち上がる。すると集中力が増してくる。集中力は、集中力を呼び、やがて文字の羅列は、文章であるのだと理解する。読み耽るといった表現がそのまま当てはまるのは、こういうことだな、と確信を持つ。客観的に僕自身を眺める感覚。それがつまり、僕の読書だ。思う存分愉しめた。 言葉の意味を転がるような視線で追いかける。とても興味深い物語だった。ときに世の「哲理」を示唆するかの描写、物語の中とはいえ、はっとした。 核心に触れたかどうかは、わからない。絶えずザクザクとした手触りを感じていて、どこか不穏な気配をも感じつつ。それは言葉か。状況か。物語の背景か。 読後に訪れた、この感覚は何だろう。この本を薦めてくれた上白石萌音さんは「視界を拡げられた」と書いている。「視界」とは言い得て妙だ。ならば確かに、と腑に落ちた。 僕は自身の殻の中に閉じこもることが好きだ。そのせいで寂しい思いもするけれど、寂しいことは、そんなにいけないことなのだろうか。好きなものは好きで構わない。その上で、自分の「殻」をこじ開けてくれたような、そんな気がする物語でした。 上白石萌音さん曰く、ぜひ予備知識無くして読むように、と。僕もそれに倣い読んでみました。それゆえにこの感想文も、内容にはまったく触れていません。 なにとぞあしからず。 発見も、気づきも、ありあまる物語にて。 視界を拡げ、殻をこじ開ける力を実感していただきたく。

    0
    投稿日: 2025.11.25
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    これもとっくに読んだのだけど。 何の世界設定の説明もなく、自然に白熊が自分語りをしている。オットセイも出る。白熊の親子3代に渡る物語。読み終わってかなり感動していた。そして、この白熊たちのモデルとなった現実世界の白熊を調べてさらに涙が出た。

    0
    投稿日: 2025.11.23
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    GOATでオススメされていたので読んでみた。 リアル熊なのか、カフカのような比喩的なものなのかわからないままふわふわと読み進めていくとカラクリがいくつも仕掛けられていることに気付く。 トスカの章が1番好みだったかな。 あ、そういう視点だったんだ!?みたいな。 クヌートの章は1番読みやすかった。 リアルとフィクションが上手く融合されていた優しい作品。 タイトルはどういう意図なのかな?

    0
    投稿日: 2025.09.27
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    文芸誌で紹介されたため購入。 冬に再読してみたいです。文体は好きですが、全体的にふわふわとしてよくわからない印象でした。

    0
    投稿日: 2025.06.12
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    ひとつ前に読んだ「GOAT」で上白石萌音さんが薦めていらっしゃった一冊。 先入観無しに読んだ方が良いとのことだったが、購入時にカバーは見てしまった…ので、そこまで混乱はせず読了。 1冊の本から次に読みたい本が見つかり、連なっていくのは読書の醍醐味だなぁと改めて。 3作目のクヌートの物語が1番好きだったかな。多和田葉子さんの作品は初めてだったが、綺麗で繊細な文章に魅了された。

    0
    投稿日: 2025.04.24
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    自分初の多和田葉子作品。全米図書賞受賞の帯に惹かれて購入。 あまり先入観なく読みはじめたためか、どういう設定なのか、誰が語っているのか、よくわからなくて戸惑い、すぐには入り込めなかった。読む手が止まらなくなったのは、最後のクヌートの章になってからだった。 ちょっと不思議でありえない話だから、一種のファンタジーなのだけど、人間社会を見つめるクマたちの視点は真理を突いていて、考えさせられる部分も多かった。

    0
    投稿日: 2025.03.15
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    文芸誌GOATで上白石萌音さんが紹介していたのをきっかけに読みました。 萌音さんが教えてくれたように『先入観無く読みたい!』と思い、ネットで買うにも検索したら表紙が見えちゃうので、家族に頼んで買ってもらい、表紙も帯も取ってもらってから読みました。 この工程が無ければ、すんなり読めてしまったかもしれません。でも、表紙や背表紙のあらすじを見ずに入り込めたお陰でとても楽しく(頭の中が???になりながら)読むことが出来ました! これは初めての読書方法でした。 上白石萌音さんに感謝の気持ちでいっぱいです^_^ イヤな顔をせずネットでポチってくれたり表紙と帯を隠してから渡してくれたりと協力的な家族にも感謝です♡

    0
    投稿日: 2025.03.09
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    シロクマ3代に渡る物語。熊なのに思索し、話し、自伝を書くのだが、違和感なくストーリーにのめり込む感じ。人に振り回され、ベルリンの壁崩壊などの世情に翻弄され、人によって囲われた世界から、外の世界を夢見る刹那さが漂う。2025.2.4

    0
    投稿日: 2025.02.04
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    酉島伝法さんの作品を読んでいて「山尾悠子っぽいなあ」と思い、[酉島伝法 山尾悠子]で検索したら酉島氏のインタビュー記事がヒットし、みるとやっぱり影響を受けているようで、そこで山尾氏と同時に挙げていた作家さんが多和田葉子さんでした。多和田氏の作品の中から本作を選んだ理由は、表紙にホッキョクグマが描かれていたから。読んでみたらマジでずっとホッキョクグマの話だったから、とてもよかった。高校2年生の秋に北大銀杏並木のライトアップを見に行ったとき、路上ライブしていた北大生水産学生がホッキョクグマについて熱く語っていて、その時のことを思い出しながら読んだ。本作に出てくるクマたちは皆どこか、あの水産学生の女の子に似た雰囲気がある気がする、なんか、切実さとか。 月刊誌に3ヶ月連続で掲載されたという中編3編ですが、どれも多分あんまりプロットとか考えずに書かれてるんだろうな、と勝手に考えました。思考垂れ流し、みたいな文章群で、難しい表現はあんまりないけど、平易な語彙の組み合わせで見たことない景色を見せてくれる(最終頁なんかはその真骨頂で、ふるふる感動した)。勢いよくエイヤと一筆で書くような物語は好きです、というか割とそういう小説家って多いらしい。小川哲も京極夏彦もプロットを考えずに書くって言ってた、それでアレが出力されるのえぐい。 読み終わった今、タイトルの意味を考えています。ホッキョクグマという依代を得て作者が描いたエチュード、ということですかね。多分、その逆なんでしょう。

    1
    投稿日: 2024.01.30
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    人間のように考えたり、会議に出たりするものだからとても不思議な感じがする。人の感情を読み取る熊と、動物の感情を汲む人と、でもその溝は深いようで浅いようで。

    0
    投稿日: 2023.12.24
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    ホッキョクグマという存在自体がなんとなく危うく、儚い動物の「アイデンティティ」をテーマにした3代にわたるストーリー(と読みました)。クヌートという実在したホッキョクグマは残念ながら勉強不足で知らなかったけど、なんとも全体的に危うい…でも生きていくってことを改めて考えさせられました。初めて多和田さんの本を読んだけど、どこか海外小説風の雰囲気は、後になって調べたら海外に在住とのことでこれも納得。

    0
    投稿日: 2023.11.12
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    人なのか動物なのか主語がわからなくなったり、急にいろんな情報が自己開示されるのでドキドキする。体の感覚が試されているようで、グロテスクのようなそうでないような不思議な感覚。三代にわたるホッキョクグマの話だったのか。再度味わうように解説で確かめる。ドイツやロシアの近代史もちゃんと勉強しないといけない気になる。「クヌート」画像検索、なんと可愛らしいこと!母グマとの関係性が切ない。読み進めるのに根気がいる小説だった。解説にもあるように一筋縄ではいかない作家さんでした。

    21
    投稿日: 2023.10.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    これは誰の物語なのだろうか。主人公はヒトなのかホッキョクグマなのか。「わたし」の正体に惑わされ、そういう世界観なのかと飲み込むまで戸惑いと気持ち悪さがあった。サーカスでは花形でそこには輝かしい人生が待ち受けているかと言えば、そうそう簡単には行かないのが世の常で、時代や情勢に翻弄されるのは男も女もホッキョクグマも同じかもしれないと思える説得力があった。

    0
    投稿日: 2023.06.18
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    ホッキョクグマの3代にわたる物語。3つの中編からなる。 サーカスの花形クマが自伝を書き、オットセイの出版社の雑誌に連載。 その娘のトスカはバレエ学校を出るが舞台に出してもらえない。そこへサーカスから声がかかり、女性調教師のウルズラと出会う。トスカとウルズラは伝説の舞台を作り上げる。 さらにその息子のクヌートは育児放棄により、人間に育てられる。育ててくれたのはマティアスという男性。クヌートは地球温暖化による北極の環境破壊を止めるための広告塔としての役割を求められていた。クヌートがミルクを飲んで満腹になると眠くて寝てしまうシーンは本当に可愛い♡ ソビエト連邦がまだある時代から現代までをカバーする背景、ちょいちょい出てくるソ連や東ドイツネタが笑える。 いろいろな要素で構成されている物語。普通に喋って新聞を読めるクマについ笑みがこぼれてしまう。全然違和感がないのも不思議なんだけど。 北極海の氷、なくならないで!と思います。

    6
    投稿日: 2023.01.24
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    人間は想像できたことしか実現できないと何かで見聞きしたけれど、では想像できたことなら実現できるということなのだろうか。この本を読んでいるあいだじゅう、ずっとそんなことを考えていた。じぶんのなかには絶対にあり得なかった、あり得る可能性にもまったく気付かないままの物語はまさに未知で楽しかった。うつくしい冬の描写にときめき、おもいでの鮮やかさにこうべを垂れ、深く深く流れる憧れに空をあおいだ。冬場れが広がっているきょうに読み終えることができてよかった。夏の褒美が冬ならば、冬の褒美が夏なのか。一年が終わりを迎える。

    2
    投稿日: 2022.12.30
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    初めて読む多和田さんの作品。 そして私がこれまで読んだことのないタイプの小説でした。 ホッキョクグマの「わたし」はケガが原因でサーカスの花形から事務職に転身。 ひょんなことから自伝を出版することとなり、世界的ベストセラーになるがー。 「わたし」の娘の「トスカ」、「トスカ」の息子の「クヌート」、3代にわたるホッキョクグマの物語。 こう書くと、ふわふわとした優しいファンタジーかと思われそうですが、そういう作風とはほぼ対極にあると言ってよいでしょう。 ホッキョクグマの視点から見た人間社会の問題点、滑稽さ、無駄などが浮き彫りにされていて、読み手のこちら(人間)がむむむ、と考えさせられてしまいます。 かと思えば、動物ならではの愛らしく無邪気な一面を覗かせたりもします。 なんとも不思議な物語であり、巧みな構成となっています。 私がこういった文体と作風に不慣れなため、面白いと思えたのは3代目のクヌートの章に入ってからでしたが、この何とも不思議な世界観に魅せられたのは間違いありませんでした。 レビューを書くのが難しい。 ちなみに、解説がよいです。 2020年18冊目。

    2
    投稿日: 2022.09.09
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    祖母、母トスカ、そして息子クヌートの三代にわたるホッキョクグマの物語。 実はクヌートについては、名前を聞いたことがあるくらい。 映画か何かのキャラクターだと思っていたくらい。 それが、多和田さんの手にかかると、こんなめくるめくような言葉の構造物になる。 ただ、読み終わったあと、どうにも悲しい。 自伝を書くホッキョクグマの「わたし」の物語から始まる。 サーカスの花形ウルズラとトスカの、濃密な関係。 しかし、それもサーカスが動物虐待にあたるという世論により、二人は引き裂かれる。 トスカの「死の接吻」の芸により、ウルズラの魂がトスカの中に入っていく。 ウルズラの死後、トスカがウルズラの自伝を書き継ぐ。 この作品にあっては、動物と人間の間の絆は、よくある感動もののそれとは趣が違う。 魂が交錯してしまうのだ。 「書く」という行為は、その証となる。 クヌートの物語は、さらにやるせない。 母に育児放棄され、飼育員に育てられて動物園のアイドル、自然保護活動のシンボルに祭り上げられる。 動物園の予算獲得のためでもある。 彼が物心つくのは、そんな騒動が起きてしまってから。 クヌートは読むクマに育っていく。 さらに過熱する世論の中で、訴訟騒動が起きたり、人工保育されたクマは自然に反するから安楽死させよという議論まででてくる(これは実話らしい)。 それを彼は知ることになる。 動物園でのショーで、育ててくれたマティアスをうっかり傷つけ、マティアスとも引き裂かれる。 そのマティアスの死を、彼は新聞を読んで知る。 ホッキョクグマが書いたり読んだりする。 小説的な設定ではある。 でも、そのことで、人間と動物の関係の難しさ、人間の身勝手さが浮かび上がる。 すさまじい構想力だと思う。

    2
    投稿日: 2022.08.04
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    シロクマが人間の世界で生活したり、そこには性格の悪いオットセイとのやりとりがあったり、サーカスで人間とコミュニケーションがとれたり、動物園で感じることがあったりと、異世界が描かれている。それが、共産主義のロシアや東ドイツが舞台であることによって、人間の生きづらさではなく、人間に愛着を持ちつつも、人間によって生きづらくなったシロクマの生命が冷静にシニカルに描かれて、目が覚めるような感覚だった。

    1
    投稿日: 2022.05.14
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    「人権については考えたことがない」 そりゃそうだ、ホッキョクグマだもの。 ふわふわしているのは見た目だけではない。この物語の空気感。 透明の風船をつかむような、形のあるようなないような不思議な感覚。 三部それぞれ少しずつテイストが違う感じ。 世の中のややこしさやせつなさもにじませながら、シュールでクールでユニーク。 読み終えた、あとになって何かがじわ~っと広がって来る気がした。 味わい深い作品だった。

    2
    投稿日: 2022.04.11
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    しろくまの話。ちょうどロシアのどこかの街にエサを求めたしろくまがたくさん来たというニュースを見た。他の人にはこんな話書けないよね。

    1
    投稿日: 2022.03.12
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    本の世界に入りたくて。 シュールで皮肉的で、 世界のおかしさを言葉にしていて、本当おもしろい。やっぱり変だよ、愚かさ、と同時の、かわいらしさ。救われる

    1
    投稿日: 2022.02.03
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    ファンタジーというか、寓話的な作品。 しんみりと静かで、全体に物哀しい感じ。 最初は、クマは擬人化されてるのか、あるいは普通に動物と人間が会話できる設定のファンタジーなのか、と考えながら読んでいったけど、どちらでもない感じ。そういうのがすっきりしなくてイヤ、という方にはお勧めしない。 途中、空虚ということについて、空っぽで重さのないものと思っていたら、空虚の重さで起きられなくなった、みたいな表現があり、経験しないとできない表現かも、と思った。

    2
    投稿日: 2021.12.27
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    北極熊のクヌート、その母トスカ、そして祖母の三世代の物語。作家である祖母の再三の亡命に伴い変化する言語への困難な適応、母トスカと女性調教師ウルズラの夢の中での異種間コミュニケーション、娘クヌートとマティアスの親子同然の信頼関係とクヌートの言語認識過程や自他の理解等々が人間と熊の目を通して語られる。更に、異種の動物間では単一の共通言語での会話が可能な反面、亡命の度に異なる言語の習得が必要な人間界の煩雑さや、自由移動の障害となる、紛争や覇権争いにより構築された国境や体制などの数多の問題が重層化され、自己レベルでの解釈で読み進まずを得られなかった。作者の意図とは関係なく、動物との会話が可能な状況で、人はそれでも助命を乞う動物を殺し、その肉を食べるのだろうかと、ふと思った。

    6
    投稿日: 2021.10.20
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    サーカスでメス白熊と曲芸師の女性が砂糖を口に含ませてキスをしているように見せる芸が…本当にあったんかな…すげえな… それを白熊側が回想する、みたいなの。発想が凄すぎてびびる…。 多和田葉子先生といえばこの幻想感…人と獣…

    0
    投稿日: 2021.08.28
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    理屈という網の目で濾すことができない物語。なにせホッキョクグマが亡命するのだから。まさに雲をつかむような話なのに、童話ではない。視点もくるくる変わり、だれが語っているのかわからなくなる。夢想するような、例えようのない読書体験だった。 読む都度、全然違う感想をもちそう。 約300頁という多くない頁数の中に、何巻にも渡るような壮大な世界が凝縮されている印象を受けた。 今回、クマの目を通して私が受けとめたのは、言葉の囚人である人間の姿。 体温や皮膚感覚に飢え、言葉によって思考も想像力も限定される、そんな人間への憐れみを感じた。

    9
    投稿日: 2021.05.23
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    とても不思議な物語だった。ホッキョクグマがサーカスで舞台を降りて亡命作家になっていたり、なぜか人間と会話しているのにそれが自然であるかのように描かれている「祖母の退化論」をはじめ、ソ連時代、冷戦を生きるホッキョクグマ3代の物語が綴られる。初めての多和田葉子さんの作品だったけど、気に入りました。

    0
    投稿日: 2021.05.14
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    自分はだまされて働かされているだけかもしれない。それでもかまわない。わたしにはわたしなりの経済理論があって、馬に触れられるだけで、全ての赤字が純粋利益に変貌していった。

    0
    投稿日: 2021.04.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    親子3代のホッキョクグマがそれぞれ語り手となる3部構成。(人間が語り手となる部分もあり。) 最初はホッキョクグマが語り手であるとわからず、違和感があったが、それをわかって読むと面白い。 ホッキョクグマと人間の視点を行き来しながら、読む本ははじめてだったので楽しかった。 パーティーに出席したり、会議に出席するクマの描写に思わずクスッと笑ってしまうところもあった。 人間のように語るホッキョクグマの視点に、人間が思う「クマらしさ」を感じて心が和んだ。

    1
    投稿日: 2021.01.19
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    面白かったです。 ホッキョクグマの3代に渡る物語。 社会に溶け込んでる祖母、サーカスにいるけど人と会話したりする母「トスカ」、産まれたときから動物園にいて人工哺育で育つ息子「クヌート」。 くまなんだけれど、ほっこりはしなくてなんだか哲学的。社会風刺もありました。祖母が亡命疲れしたり。 クヌートが愛らしいけど、しみじみと考えていることはこちらも考えさせられるような事だったり、やっぱりくまだからちょっとズレていたり。 くまの代が代わるにつれて実際に移動できる範囲は狭まったけれど、その分、思考は拡がった気がします。 言葉選びなども面白くて不思議な世界でした。

    0
    投稿日: 2020.12.28
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    冒頭、なんだか官能的な話が始まったと思った。しかし、しばらく読み進めて、なにかが違う……これは人間じゃない!?と気が付いた。裏表紙にも「ホッキョクグマ3代の… 」と書かれている。そうか、ホッキョクグマが主人公のお話か。 と、とりあえず把握したのも束の間、そのホッキョクグマが会議に参加(!)したり、文章を書いたり(!)するのである。人間の世界に「普通に」参加している。この言い方には語弊がある気もする。現実のようで、幻想のようで、空想のようで……でも、この物語のなかではまるごと現実として納得させられる。 話としては3話収録されており、あらすじのとおり「ホッキョクグマ3代記」ということでとりあえず問題ない。空想の現実が突き刺さる。少なくとも可愛いホッキョクグマが主人公のホンワカ物語ではない。作者の世界の切り取り方がとても素敵で、他の作品も読みたくなった。

    0
    投稿日: 2020.09.05
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    積読期間が少しあったので表紙のシロクマにも後ろのあらすじにもあまり意識が向いていなくて、最初は猫かなにかの視点かな?と思いながら読み始めた。いやしかしなんだか人間のようなことをしている、会議に出たりとか・・・と、あいまいで雲に包まれたような感じを抱く。ふわふわとよくわからないままに読んでいくのが、なぜかそれほど苦しくない。そのうちにシロクマの話だと分かっても物語の輪郭はおぼろげなままで、でもエピソードひとつひとつはリアルな手触りがあって・・・。初読み作家さんだったがこういう物語も初めてかも。人間世界の歴史の中に、意見を述べるものとしてスッとシロクマが入ってくる、その不思議さがさして不思議でもないように表されているのが、おもしろい。 真ん中の「死の接吻」の章がうっすらと怖く、でも目を離せない引力があって、よかった。 「まず自分の話を文字にしてしまえばいいの。そうすれば魂がからっぽになって、熊の入ってくる場所ができるでしょう。」 「あなた、わたしの中に入ってくるつもりなの?」

    2
    投稿日: 2020.07.11
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    とても面白かった。 まず、タイトルが素敵だ。そして、主人公が北極熊という視点が興味津々だ。さらに、その3世代の物語という構成が見事だ。全編を通して俗世間の物語とは違う、純粋で透明感のある思考と想いとユーモアが感じられて、とても心地好い読書体験だった。 作家であるわたしの「祖母の進化論」、その娘トスカの「死の接吻」、さらにその子クヌートの「北極を想う日」。3章に渡って描かれる北極熊の物語は、単なる熊の擬人化ではなく、忘れてしまっていた私たちの心象風景なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2019.11.19
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    8/7 読了 優しい文体に誘われふわふわ〜っと読める。 けれど、内容は結構考えさせられることが多かった。

    0
    投稿日: 2019.08.08
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    自伝を書く祖母、サーカスで活躍する母、動物園の人気者となる息子、ソ連やドイツを舞台に描いたホッキョクグマの三代にわたる物語。 さまざまな動物が人間に混じって生活する世界で、語り手はクマという設定ではあるけれど、お手軽なファンタジーではない。 クマの視点だからこそ見えてくる本質、たとえば政治や社会に対する批判やホモサピエンスとしての人間の愚かさなどが、素朴でユーモラスな口調で語られる。それらは哲学的で深みのあるまっすぐな言葉で、ときには愉快にときには哀しく響いてくる。 『献灯使』で知った作者の魅力をもっと知りたくて手に取ったのだが、ドイツ在住ということもあるのか独特の感性がおもしろく、さらにほかの作品も読んでみたくなった。

    3
    投稿日: 2019.06.22
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    不思議な物語でした。 解説を読むと実は登場するシロクマたちは実在するとありました。 シロクマが小説を書くんです。シュールだけどなぜかやめられない不思議な魔力というようなもののある小説でした。

    0
    投稿日: 2019.02.13
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    難しい小説だなあ大丈夫かなあと自分の理解力にひやひやしながらも読み終わる頃には、お見事だ……の一言に尽きた。 言語と思考が血に溶け込んで身体中に広がっていく過程、他者とわたし、世界とわたし、小さな文庫本が裏返しになりわたしが飲み込まれてしまったような気がした。 ものを書くこと、浮遊感、次元の飛び越え、言語が指先まで染み渡っていく過程、すべてが鮮やかな描写によって目の前に迫ってきた。 クヌートのその後、死ぬまでは幸せであれと願う。

    3
    投稿日: 2019.02.07
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    異国情緒と憂愁と孤独を感じる、シロクマ三代の自伝。 シロクマがロシアや東ドイツの社会に溶け込んでいるかと思えば他種として違和感を覚え、そのファンタジーとリアルの淡く混じり合った感覚が独特だった。寒く物資不足で労働者万歳、サーカスにバレエに動物園に黒字続きの社会主義の中の人間たちを全体としてファンタジックなシロクマ視点で描くことによって寓話のようなそうでないような。 「クヌート」という名を聞きおぼえがありシロクマとして一般的なのだろうかと思っていたら、解説で、実際のドイツの動物園のシロクマがいて、現実とこの本とリンクするように書かれているとのこと。

    0
    投稿日: 2019.01.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    サーカスで活躍したホッキョクグマをめぐる連作中編集。するするとほどけるような読み味の文章だけど、読み進めていくとあれなんかおかしいぞと気づく。一人称のなかで、人と獣の曖昧な世界観が語られ、混乱するけど気持ちがよかった。三代目、クヌートの、ベルリンからやってきたのに北極というルーツを押し付けられる閉塞感が、一話から語られている壁の話と同期していくのがうつくしかった。

    0
    投稿日: 2019.01.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    多和田さん流のウイットに富んだ文章に夢中になった。 ソ連、西ドイツ、カナダ、東ドイツ、統一後のドイツを転々とする3世代のホッキョクグマの物語。 ホッキョクグマ目線による、人間の言動や社会に対する皮肉が面白い。 人間に対する批判めいた文章もニヤリとするだけで、ちっとも嫌味がなくさらっと読めるのがまた多和田さんらしい。 同じ種族(ホモサピエンス)同士で権力を争ったり、国と国の間にあった頑丈な壁が壊されたり、一つの国が解体されたり、と目まぐるしく変動する人間達の世界。 ホッキョクグマからすると変な奴ら、と滑稽に思えたに違いない。 そしてそんな人間達がもたらした地球温暖化により、北極は存亡の機に立たされる。 これは笑い事では済まされない。 人間達の勝手な振る舞いに翻弄されるホッキョクグマ達のその先を思うと切ない。 この作品を読んでいる途中で入ったニュース。 アメリカで最も権威のある文学賞「全米図書賞」の翻訳文学部門に、多和田さんの『献灯使』が選ばれたことを知り鳥肌が立った。 ほんと喜ばしい!おめでとうございます!

    5
    投稿日: 2018.11.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ホッキョクグマ3代の物語、なのだがなんとも不思議な小説である。 何しろ初代はサーカスの表舞台を引退して、そのサーカスの裏方兼マネジメントを引き受けているわ小説を書くわと、いきなりの不思議な世界。しかもナチとの戦争中の話も出てくるスターリン配下のソ連が舞台。 2代目トスカは東西分裂当時の東ベルリンでのサーカスの話だし、3代目クヌートはようやく現代のしかも実在したクマの話。 3代のクマそれぞれの目線に立って、現実と空想の世界が混在した世界を読み進めていくと、随分不思議な気持ちになる。この世界観にどっぷり浸れるなら、きっとこの本はお気に入りの1冊になるのであろう。 残念ながら、俺は最後まであと数歩世界に踏み込めず、薄い布幕越しに物語を読んでいるような違和感を感じてしまった。シュールとか幻想とかいうジャンルに今一歩踏み込めない自分の苦手意識が残念である。

    0
    投稿日: 2018.09.26
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    自伝を書きつづける「わたし」。 その娘で、女曲芸師と歴史に残る「死の接吻」を演じた 「トスカ」。 そして、ベルリン動物園のスターとなった 孫の「クヌート」。 ホッキョクグマ三代の物語。 読み始めて、(この作品の終着点はどこだろう)と 考えたが、それは違った。 終着点など、いい意味でどこにもなかった。 ホッキョクグマと人間の信頼関係に フワフワと漂いながら読み進めた。 難しいことを考えず読むのがいちばんいい。

    0
    投稿日: 2017.03.27
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    しろくまの三代にわたる短編で、あっという間に読み終わった。人間なのにクマの目線らしくかけるのはすごい!本当にクマが書いているものを読んでいるような気分になった。この気持ちを忘れる前に動物園に行ってしろくまにあいたい。

    0
    投稿日: 2017.02.08
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    サーカス北極グマからの3代記。 人と北極グマ、私と三人称が入れ替わり、サーカス、会議、文学、動物園と社会主義と様々に織り込まれた摩訶不思議な物語世界。 こんな作家さんがいたのかあ。

    0
    投稿日: 2016.10.10
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    読書会の課題本。緻密に計算された叙述法も面白いが、ところどころにユーモアがあるし、メルヘンチックな雰囲気のシーンもあって、楽しく読めた。

    0
    投稿日: 2016.04.25
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    現実と虚構の間を飛び越えて私とあなたが反転し三人称が一人称に鮮やかに入れ替わる。 多和田さんの作品は読み手の立つ場所をグラグラと揺さぶって翻弄させるのだけど、それが気持ちよくて癖になる感じ。 ホッキョクグマ、三代みんなとても可愛い。 実際のクヌートのことを調べてから読見返したら、楽しさと悲しさが増してしまった。

    0
    投稿日: 2016.04.19
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    ホッキョクグマの三代記。 社会で働き、ヒトと触れ合い擦れ合い、戸惑い思考し愛着するクマたちの姿はユーモラスだけど無垢な情趣に満ちていて、こちらの心を無防備にさせた。 彼らの存在の寄る辺なさは、亡命疲れをおこすほどの祖母の越境劇に始まり、動物園の檻の中から出られぬ孫クヌートの北極への思慕に収束していく。この対比。 祖母の叙述は機知に富み逐一笑いをさそったのに、クヌートの最後の一文に至る頃には目頭が熱くなっている。この対比。 理知的なばかりでなく温みをも感じさせる筆致。なんと鮮やか。 時間、空間、事実と幻想、主体と客体の展開も自由自在。すべてが鮮やか。良い読後となった。

    3
    投稿日: 2015.11.22
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    ☆5 水無瀬 無類の面白さ。多和田葉子がこれまでに試し続けてきた実験が満開に花ひらき実を結んだ作品と思う。小説fictionが虚構fictionであるがために成立した完璧な小説。

    0
    投稿日: 2015.04.17
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    まるっと作り話,分かっているけど 白熊を見る目が変わってしまったと思う。 冬に再読したいフィクション1位。タイトルもすてき。

    0
    投稿日: 2015.02.13
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    最初はちょっと読みづらかったけど、二話目からどんどん面白くなっていった。集中してきたというか。実在したシロクマの年代記、という感じかぁ、と思いつつ読んでたけど、それだけでは括れない不思議な感じ。後半特にリズミカルな文章になっていって、読むこと自体が楽しくなる。かなり私に合うということだと思う。他の作品も読んでみたい。

    0
    投稿日: 2014.11.20
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    冷戦時代、冷戦末期、そして冷戦終結(ベルリンの壁崩壊)後にかけての、ホッキョクグマ三代記。ファンタジーと思われるかもしれませんが、ファンタジーではありません。政治と芸術、ひいては人生についての物語です。 ホッキョクグマは芸術家の象徴であり、政治に翻弄される存在です。動物園で暮らす三代目のクヌートは、本当の意味での芸術家ではありませんが、人間の都合で愛され、そしてそっぽを向かれる点で、翻弄されていることに変わりはありません。儘ならない暮らしを強いられながらも、ホッキョクグマたちは誇りを失わず、生をまっとうしようとします。その姿には神聖ささえ感じられました。同時にどんな環境にあっても、誇りを失わずに生きることはできる、そんなメッセージが込められているように思いました。

    0
    投稿日: 2014.07.08
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    「白くまのクヌート」 と言えば、日本でも耳目を集めた愛らしい姿を覚えている方も多いはず。 ベルリン動物園で育児放棄した母熊の代わりに、飼育員の手によって育てられたあのホッキョクグマ…。 おそらくその「クヌート」にインスピレーションを得た、ホッキョクグマの三代記。 時代も第二次世界大戦後の東西対立の時代からソ連の崩壊、現代に至るまでと大きく変化する。 この時代の「大きなうねり」が物語の屋台骨となり、環境保護や動物愛護、性的マイノリティなどの現代の社会問題も随所に顔を出す。 ただこの物語を「動物の目を借りた人間社会批判」と結論づけてしまうのはなんだかもったいない気がした。 作中でほとんど生身の接触を持たないこのホッキョクグマの親子たちはただ「書くこと」「語ること」によってのみつながっている。 曲芸を身につけるように人間の言葉に触れ、身につけていったこのホッキョクグマたちの言葉に対する新鮮な感覚や合理的な態度こそが、この物語をユニークなものにしていると感じた。 最後に。 佐々木敦さんによる「解説」を読んで、クヌートが2011年に死んでいたことを知った。 物語のもうひとつの結末を見てしまったような思いで、悲しい。

    0
    投稿日: 2014.04.29
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    「わたし」「トスカ」「クヌート」の親子3代が主人公の物語。普段はうかがい知ることの出来ない、ホッキョクグマの目線から描かれているところが非常に新鮮。 ソ連でサーカスの裏方をしながら自伝を描く「わたし」。人間女性のパートナーと組んで、東ドイツのサーカスで活躍する「トスカ」。そしてベルリン動物園の人気者「クヌート」。物語の舞台である共産圏での生活の様子も、とても興味深い作品だった。

    0
    投稿日: 2014.02.09
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    とても不思議な雰囲気に包まれた作品だった。 ホッキョクグマ三世代の物語が自伝という形で順番に語られているが、どれも少し悲しくて、どこか夢の中のようだった。 その中でも最後のクヌートの話が一番好きだった。クヌートの「時間」の捉え方はとても新鮮で、でも的を射た表現だな〜と感じた。

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    投稿日: 2014.01.31
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    動物であり人である「わたし」は、ふたつの世界を行き来しながら、自伝を書いていく。この日の私は体がだるくて豊かな文章の半分も理解できなかったけど、読んだ時の気分は多分忘れない。動物と人の感覚のあいだでグラグラ揺れているような。「書くという行為は冬眠と似ていて、端からみるとウトウトしているように見えるかもしれないけれど、実際は穴の中で記憶を生み育てているのだ」

    0
    投稿日: 2014.01.21
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    自伝を書くホッキョクグマ、その娘のトスカ、孫のクヌート、3代にわたるお話。各々が言語を操り、生まれたばかりの感覚、北極を知らない3匹が自らのルーツから自伝をつくりあげていく。全体を通して寂しい話で、人間と動物の区別や夢と現実の区別がつかなくてぐるぐるとしてくる。乗り物酔いになって気分が悪いなと思いながら、また読んでみようかなと思ってしまう不思議な作品。

    0
    投稿日: 2014.01.19
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    ドイツに住みながら、日本語とドイツ語を操る著者が、「わたし・トスカ・クヌート」という3代のホッキョクグマの自伝という形を取った小説。しかも、トスカとクヌートは実在している。 著者の本を読むのは、2002年の『容疑者の夜行列車』以来だけど、やっぱり面白い。彼女の作品はその出自からか、言語や「書くこと・語ること」が関係してくることが多い。本作品では、人称の巧みな使い方により、語る主体が幾重にもずらされて物語に深みを与えることに成功している。 加えて、無垢なホッキョクグマを通じて戯画的に描かれた人間の世界の面白さなど、色んな楽しみ方ができる。そして最後は本書刊行の2ヶ月後の2011年3月に亡くなってしまったクヌートに思いを馳せて、切なくなる。

    0
    投稿日: 2014.01.13
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    3つあるうち、最初の「祖母の退化論」は面白く読んだのだが、そのあとの2つは、残念ながら肌に合わなかった。翻訳もので、のめりこめなかったような感覚。文化背景などの知識不足のせいなのかも。 ただ、過去と現在、夢の現実が入り乱れ、しかも、シロクマやアザラシなどが人間と同じように日常を生きている設定には、心惹かれる。

    0
    投稿日: 2013.12.23
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    難解な小説でした。 でもそれだけではなく、とても魅力的な小説でした。 動物と人間が物語上の同じ地平線に立って、そして空想的な動物の世界と現実的な人間の世界(しかも東西冷戦だの亡命だのと妙に殺伐としてリアルな)がシームレスにつながっているという、およそ今までに読んだことのない、考えたことすらない物語世界でした。 しかしこれは、一体何のメタファーなのでしょう? 動物と人間、東と西、「今ここ」と「遠く」、きっと物語中に出てくるあらゆるものが何かの比喩になっていて、何かと対立していて、何かを補完していて、何かを批判していて、何かを肯定している。 それらをどう組み合わせ、どう繋ぎあわせるかによって幾つにも読み解けるのではないでしょうか。 何年後かに、自分の環境が変わった時に(たとえば親になったり、親みたいな誰かを失ったりしたときに)読み返してみたいと思いました。 「動物と人間が同じ地平線上で、同じ言語を使ってコミュニケーションをする」と言ってしまえば、まるでそれは童話かおとぎ話のようにも聞こえます。 牧歌的な雰囲気はまるで無いけれど始まった白熊のおとぎ話は、その孫の世代に至って、あらゆる動物が棲み、鮮やかな鳥が飛び交う楽園のような場所にたどり着く。そこで白熊は、言葉を手に入れ、目が開き、そそのかされて己の姿を見てしまう。 ここまで読んだところで、ああこれはもしかして、楽園追放のメタファーなのか、と思い至りました。 ただの幻想小説の域を超えて、おとぎ話でもありながら、神話にすら至ってしまうとは。 感服しました。

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    投稿日: 2013.12.17
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    野間文芸賞受賞作。 主人公のホッキョクグマが可愛らしく、多和田葉子作品の中では割ととっつきやすい内容になっている。

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    投稿日: 2013.11.29