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沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか
沖縄戦 なぜ20万人が犠牲になったのか
林博史/集英社
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総合評価

7件)
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    読み終わったというか読めなかった。 日本全土を戦場にする施策を進めているみたいな書き方を冒頭からしていたと思うのだが、日本全土を戦場にしないための施策を進めているのだ。 専守防衛に固執するなら、それは、本土決戦以外はやらないということとほぼ同義だと思う。 国土が戦場になることがいかに凄惨か、それを防ぐためにどうするのかという感じかと思ったらどうも様子が変で、沖縄は昔から現代にいたるまでずっと「日本」の踏み台にされて蹂躙されたという立場なのか。 もしかして、戦争になったら自衛隊が日本人を殺しまくると言いたいのか。 言いたいのかというのは、もう、全く読み続ける気にならなかったので。 ひょっとすると、ものすごくいいことを書いてあるのかもしれないが、読みたくない本にかける時間はない。

    0
    投稿日: 2025.12.30
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    「戦没者の犠牲の上に、平和な繁栄した日本があります」 「皆さんの死があったからこそ、今の平和があります」 ・・・ これって本当かな?といつも思っている。 戦争なんかせずに平和な国になる道だって確実にあったはず。 たくさん死んで、殺して、そして敗けて、だから平和を希求するようになった、って不必要な失敗からの学びじゃない? むしろ、何故戦争に進んでしまったか?何故こんなに多くの日本人と中国、韓国、北朝鮮、南アジア、アメリカ人を殺したのか? これらの問を考えるためには、唯一の大規模地上戦である「沖縄戦」を社会、政治情勢に加え、個々人がどのような行為をし、どんな考えを持っていたか明らかにすべき。というのが本書。 唯一の原爆被爆国、そして大国になった敗戦国という被害者視点で毎年8月は報道されることが多い。 しかし、加害者としての事実や行為を起点とする反省がないとまた同じ加害者としての戦争に繋がるのではないかと、本書の悲惨な沖縄戦の記述から感じた。 冒頭の、「戦没者が今の平和をもたらしました。ありがとう」的な振り返りではなく、 「これほどの戦没者が何故発生してしまったのか?、何故こんなに残酷な加害を世界中にばら撒いたか?を事実を基に認識し、戦争を生き抜いた人々、残された人々、そして後世の人々が反省することで今の平和があります。」と言えるようになりたい。と思った。 以下本書で感じたこと。 ・バッタバッタ死んでいく構造と人命軽視。 ・軍人だけでなく民間人すらも、皇軍であり天皇の子として見る。そのため、民間人を守るという考えは一切ない。 ・皇民化洗脳、絶望の地獄の中でも、生き抜こうとした人々。投降を促した人。 ・恐怖と暴力、そして全体主義的な国への一体化の強制。 ・今も基地問題を通じて続く植民地主義

    8
    投稿日: 2025.09.28
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    沖縄戦と表題されているが、軍事的な展開や趨勢ではなく、主に沖縄戦における戦没者(民間人)にフォーカスを当てて描いている。捕虜や生還者の話、慰安婦や朝鮮人、アメリカ兵の虐殺や戦争犯罪、沖縄出身者の当時の思考なども語られるが、文量として多いのは日本兵(日本軍)たちを原因とする死者たちの記録である。 新書としては分厚い。300ページ以上ある。沖縄戦の記録としては暗澹たる気分になる。上記に書いたように、似たような構造での虐殺が延々と書かれているので、ミニマルな記録映画を見ているような印象。 ところどころで興味をそそる文章も出てくる。沖縄県出身の捕虜3000人ほどがなぜかハワイに移されたが、その理由は未だ不明であるとか。たぶん、ずっと不明なのだろうが、気になるところではある。

    0
    投稿日: 2025.08.08
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    慰霊の日に読了。 現在、新刊書店で流通している沖縄戦関連の本はいくつかあるが、その多くが、個人の手記であったり、特定の集団(部隊等)に関する研究であったり、軍事史的側面に偏った研究であったり、あるいは個別のテーマ(集団自決など)に関して編まれたものであったりで、沖縄戦の全体像を網羅的に記述しようとした書籍は案外少ないことに気付かされる。そうした試みで、ここ最近出版されたものとしては、新沖縄県史の『各論編6・沖縄戦』や『沖縄戦を知る事典』くらいではないだろうか。最近筑摩書房から文庫化された古典的名著『鉄の暴風』もあるが、多くの証言・研究が蓄積する以前に編まれた本という感は否めない(初版は1950年)。 本書は、沖縄戦の全体像を網羅的に記述しようとする試みであり、かつ、最新の知見が盛り込まれた、全国の書店で容易に入手することができる書籍としてはおそらく唯一の、画期的書籍であると言える。 沖縄戦について改めて学びたい、という人がまず手に取るべき本としておすすめできる。版を重ねて出版され続けることを望む。

    2
    投稿日: 2025.06.24
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     2025年5月3日に那覇市内で開かれたシンポジウムで、自由民主党に西田昌司議員が「ひめゆりの塔」を巡って暴言を吐き、沖縄県民を中心に批判は続いている。本書は、西田昌司議員が暴言を吐くことを予言していたのかと思われるほど、絶妙のタイミングである2025年4月22日に第1冊が発行され書店に並んだ。本書が多くの国民の手に渡り、西田昌司氏の暴言を暴き、沖縄戦の実相を深く、広く学びが深まっているものと思う。  著者の林博史氏は、師である藤原彰氏の「飢え死にした英霊たち」も引用し、沖縄戦もまた餓えやマラリアによる戦病死が多かったことを検証する。ハワイなどに移民の経験をもつ日本人が沖縄戦の犠牲者を減らし、日本軍による沖縄県民への自決の強要が多かったことを検証する。著者が本書で一番伝えたかったことは、沖縄戦の中で生きようとした人たちのことである。国家の言うことに従っていれば死ぬしかない中で、自らの頭で考え行動し生きようとした沖縄の人からもっと学ぶ必要があると指摘するが、今の日本人にとって最も重要な指摘である。新書で350ページに加え、膨大な資料、エゴドキュメントを活用し、沖縄戦の準備から凄惨な沖縄戦、戦後の米軍支配と被害の歴史を縦横無尽に検証する。歴史を作るなどと言った歴史修正主義から事実の積み重ねによる歴史の史実を曇りなき眼で見定めたい。

    1
    投稿日: 2025.06.03
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    天皇の一撃講和論にも大きな責任がある、実際には40年5月には沖縄を見捨てていた 日本軍が住民の犠牲者を増やした事実は絶対に変えられない。 自衛隊は沖縄戦を美化してはいけない、間違った行為は厳として反省し続けなければいけない。 元幕僚が靖国神社の宮司になるなんてもっての外だ。 戦争指導者と一般招集軍人・軍属をひとからげにしてはいけない。

    2
    投稿日: 2025.05.21
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    80年前の4月、沖縄に上陸した米軍と日本軍の戦いにより、両軍合わせて20万人以上の人命が失われた。その中には戦場となった沖縄に暮らす一般の人々も多数含まれており、凄惨な戦場で発生した狂気の出来事の多くが、多数の書籍に記録として残されている。私自身、これまでにも多くの書籍を読んできたが、本書はその中でも数値的なデータを様々な文献から集めて来て、正に「数字で見る沖縄戦」という副題が思い浮かびそうな内容となっている。沖縄戦といえば、日本軍によるガマからの住民の追い出しや、一般市民への自決の強要、従わない住民への暴力(本土出身兵は明らかに沖縄県民を劣等扱いするような態度の者も多い)、食料強奪など数え上げたらキリがない程の悪事を題材にした書籍が多数ある。当然だが、戦場にされ、かつ日米両軍から島を蹂躙された住民は被害者であり、その死について悲しみを感じ、2度とこの様な戦争を起こしてはならないという強く念じる事は当たり前のことである。本書に記載される多くの被害状況の数字からは、沖縄県民がどれ程苦しい想いをしたか、リアルに伝わってくるものとなっている。 本書ではそうした日本軍が住民に対して行って来た様々な「悪事」について定量化しながら、その酷さを伝えるだけでなく、その責任の所在について明らかにしようとする。そして筆者はそれらを日本軍の一般兵士に始まり、県の行政機関、沖縄第32軍指導部、大本営などの戦争指導層、政府、そして天皇の責任として糾弾していく。 本書を構成するのは主に二つの怒りであると感じる。一つは戦争そのものに対する怒り。そしてもう一つは、前述した様な責任をとるべき人間に対する怒りに満ちている。読み始めは定量的なデータの数々に、沖縄戦のリアルを感じ取れる材料として眺められるものの、途中からは後者に対する怒りに満ち満ちている文章が書き連ねられるため、若干読んでいて気分的に憂鬱になってくる。勿論責任の所在を明らかにする事は重要だが、事実として起こってしまった事実から、如何に同じ過ちを繰り返さない様にすべきか、そこを重点的に考えていくべきではあろうが、記述している筆者の怒り顔ばかりが思い浮かび、建設的に考えたいという読者の気持ちを萎えさせてしまっている様に感じた。 勿論筆者は研究者として素晴らしい方であり、徹底した調査と努力の上に本書を書いたのは間違いないであろう。だからこそ、文面から滲み出てくる徹底した責任追求の姿が邪魔するのは勿体無いと感じた。読み終わった後には、なんとも言えない後味の悪さだけが残り、中々ページをめくれない自分がいた。

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    投稿日: 2025.05.04