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ポール・オースター、柴田元幸/新潮社
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総合評価

14件)
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    めっちゃ良かった。ファーガソンの何度も様々な方向に違えて繰り返す人生を、様々に違った方向から読むことができる。同じような人生でも様々に違って見えるのかもなと思った。

    0
    投稿日: 2025.11.15
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    なんということか、ついにこの大作を読み終えてしまった!深夜2時半の読後とにかく感想を新鮮なうちにおさめたい! まず、本屋さんで手に取ったその時の重みと期待は忘れられず、読み進めるほどに考えが深まるこの経験はとても貴重だった。今この時代に20代で、主に60年代波乱の時期を書いたこの作品を読めたこと、著者のポールオースターには感謝しかありません。なんたる贈り物。 10代後半から20代へと差し掛かる時期に、いつどこでだれがどのようなことをしたのか、自分自身の出来事、社会の出来事、全ての要素が織り込まれて人は成長していくのだなと、俯瞰的に人生を眺めるに至りました。今現在の私に深く深く突き刺さってきます。 特に出会いと別れ。どれも生きているその世界の環境が強く作用していて、深く愛した人もまた別の方向を見て去ってしまうことがある。はたまたどんなことが起きていつ誰がどうなるかなんてわからないという事実。当たり前だけど、忘れてしまうよな それから文化。戦争、社会運動が生活を包んでいると同時に、文化は常にそこにあって人を導くのだと改めて痛感。文学をはじめ、音楽に映画など様々なそれが力強くあるんだと感じた。これもまたいつどんなものに触れるか、言葉を得て呼吸するかで、人生は変わっていくんだな。現にこの『4321』を読んだ私は、それ以前とは違う! さらにこの構成。初めは、なんてことしてくれるんだ読みにくい〜と思っていたけれど、最後の終わり方よ、秀逸すぎる。もう一回読もかなとか思ってしまう。 時折、こういった物語に出会うと混乱してしまうのが必然と偶然の差異。違うようで同じなのではないかなんて思ってしまいます。どんな出来事も必然でありながら偶然のような。 ありがとうポールオースター!!!あなたについていきます

    1
    投稿日: 2025.11.02
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    学ぶことがとても多い読書であった。 ページが進むにつれて、悲しい出来事が起きていき、読んでいるとこちらまで鬱っぽくなる時があった。けれども必ず章の最後の方に。人生において糧となり指標となってくれるような言葉が綴られていて。それを見つけるために頑張って読んでいた気がする。 神は果たしてどのような意図で肩をすくめたのか? 自らのちょっとした、あちゃーやってもた、ごめん!というべき策士的失敗にか。それとも、良きことを重ねていれば必ず神は報いてくれる、という人間の思い込みにか。そもそも神はいるのか? でも 神はいないかもだが、生は必ずそこにある。死もまた確実にそこにあり、生と死は一体である。 自ら選んだ道があるのと同時に、選ばなかった道もまた同時期にそこにある。 そして、この本のカラクリが素晴らしい! 最初の方に分かるカラクリ、最後の最後で分かるカラクリ。本当にオースターの言う通り、これやった人いなかったよなぁ

    1
    投稿日: 2025.10.01
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    これぞ、オースターが遺した オースター流の総合小説だ。 恋愛・哲学・音楽・文学・青春・政治が これでもかと言わんばかりの力強さを持って オースターの文学的音楽の波にサーフしている。

    2
    投稿日: 2025.09.03
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    1960年代を中心としたアメリカ、激動の時代のクロニクル。パワフルかつ繊細。変奏曲のように同じ主題が違う展開を生み出す。これまで自分が教科書やニュース、別の作品で見聞きした歴史的事件が現れて登場人物がどのように関わっていくのかを辿るのも一興。最後に一定の種明かしがあるのが優しみ。作品の長さは読書の楽しみの長さ。

    1
    投稿日: 2025.05.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2段組みかつ余白はほぼなし、そして約800ページという超ボリュームのこちら。2024年に永眠したオースターの最期から2つめの作品である。ファガーソンの4つの物語。激動の50~70年代のアメリカが舞台。メインヒロインはエイミー。(.1.2.3.4でエイミーとの関係はいろいろかわる)愛と性と野球と学生生活、政治がメイン。 790ページくらいでからくりが判明。それまでパラレルワールド的な感じで読んでいたので、やられたと感じる。つまり.4の作家になったファガーソンが.1.2.3のファガーソンの人生を創作したということなんですよね。途中から白紙になって脱落していくファガーソンもあり。 2.2 落雷により.2ファガーソン絶命 6.3 交通事故により.3ファガーソン絶命 7.1 (7.4のファガーソンの記述により)隣人の失火により絶命 考察というか研究のしがいのある小説だと思う。 .1.2.3.4ごとに読んだ方がそれぞれのファガーソンの生きざまもわかると思うけど、再読の余裕はない!(返却期限ぎりぎり約10日ほどかけて読んだので)

    1
    投稿日: 2025.05.20
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    買ってから5ヶ月寝かせていたけれどもGWに意を決して読み始め、2週間かけて読み終わりました。 とにかくすごい作品としか言いようがない(語彙力)。 今になってポール・オースターで好きな作品ベスト3に入るものを読むことになるとは思わなかった。 解説や帯にも書かれているけれども文字どおりオースター文学の集大成でした。 オースターが生まれた1947年から1970年代にかけてのNYにおける野球チーム、バスケットボール、ベトナム戦争と反戦運動、公民権運動、文学や音楽、大学生と学生運動、アメリカ政治などオースターが何度も題材にしてきたテーマや、人にはコントロールできない偶然性(と死)についてオースター本人も言う「私の知る限り、この形式で小説を書いた人は誰もいない As far as I know, no one has ever written a novel with this form.」とおり大袈裟に言うと驚愕の作品でした。 ちょうどトランプがアイビーリーグの補助金を打ち切るというニュースがあったころに本作を読んだので、より作中のコロンビア大学やプリンストン大学でのエピソードによりリアリティを感じたりもしたし、戦後アメリカの光と陰を追体験したような気がしました。 790ページで7150円という大学の教科書か辞書かくらいのボリュームなので気軽には勧められないけれどもとても面白かったです。最後の章の終わりを読んで不覚にも涙が出ました。読み終えた方と語り合いたい。

    15
    投稿日: 2025.05.15
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    一ヶ月半をかけてようやく読み切りました! ネタバレになってしまうため内容はあまり詳しく言えませんが、一章の途中から違和感を覚え、二章を読み始めると「これってまさか...」と慄き、さらに読み進めて、この本の構造そのものに気づいたとき「とんでもない本に手を出してしまった...」とかなり驚愕しました。 しかしこの構造自体が今まで人生の可能性について、あり得たかもしれない出来事や人にはコントロールしようのない偶然を何度も題材にしてきたポール・オースターならではであると思いました。まさしく集大成の作品です。 一滴の水滴が水面に落ちて波紋がゆっくり広がっていくように、少年の頃のある人との出会いが考えの礎となり、その想いが成長するにつれて大きくなっていつの日かの決断に至る。逆に大切な人との別れが足枷となりその後の人生の幅を狭めてしまうことになる。あのときあの選択をしていなければどうなっていただろう。考えても仕方ないことなのだが、考えてしまうのはやはり人生が一度しかないから。今いる地点と僅かにズレただけで人生は大きく変わってしまう。無限の分岐点とかけがえのない一つの道。人生は不確かであるから日々は奇跡である。そんなことを思いました。

    5
    投稿日: 2025.03.28
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    訳者が後書きの最後で書いたように、この途方もない物語に耽溺、はした… まぁ、大分的が外れてるかもなのだが、途中、まるでアメリカの大河ドラマのようだなと思った。 日本の大学紛争はニュースや小説等で触りだけの関わり方しかしていないものだから、あちらのそれの描写のシーンでは、ファーガソンに感情移入しているものだから、かなりの迫力と無惨さをもって伝わってきたように思う。 それにしても、そういうことをする年になってから以降は、女も男も相手にするセックスの話も多く、これはこれで興味はあるのだが、寧ろそういう時代を、もう、振り返るだけしかできないような年代になったファーガソンが、回想ではなく、そこからまた何をどうしていこうと考えるものなのかを読んでみたかったように思う。 に、しても買えば6,600円か。手元に置いてまた何年後かに読んだみたいとは思うのだけど…

    1
    投稿日: 2025.03.23
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    『要するに何が言いたいんだ、アーチー? 自分が間違った選択をしたかどうかは絶対にわからないってことさ。わかるためにはすべての事実を知る必要があり、すべての事実を知るためには二つの場所に同時にいる必要があり、それは不可能だ。 で? で、だからこそ人間は神を信じる。 それって冗談ですよね、ムッシュー・ヴォルテール。(中略)神にわかるとどうして君にわかる? わからないさ。でも人間はそういう前提に立つ。あいにく神は、どう思っているのか絶対人間に言ってくれない。 こっちからいつだって手紙は書けるぜ。 そのとおり。でも書くことに意味はない。 何が問題なんだ?エアメールの切手代がないのか? 宛先がわからないのさ。』―『2.4』 『4321』ってどういう意味なんだろう、と頭の上に大きな疑問符を掲げたままに読み進める。突然、疑問符は感嘆符に変わる。マザーグースから作り変えられた歌の歌詞が頭の中を通り過ぎてゆく。アガサ・クリスティの謎解きの記憶が立ち上がる。そういうことか。その直観は二つ目の大きな出来事で確信となるが、最後の章に至ったところで再び疑問符が浮かび上がる。だがウロボロスの蛇の如き最終章で、全てが明かされる。やはり死んだのか。 この大部の小説は柴田さんがあとがきで語ったようにどういう小説かを語りにくい。それはオチを明かしてしまわないように語るのが難しいという意味と、果たして単純に小説と呼んでしまっていいものなのか判断がつかないという二つの意味で難しいのだ。主人公たる少年から青年へ移行する人物の目を通して、1960年代に東海岸で起きていたことをつぶさに語るルポルタージュのようでもあり、如何にもポール・オースターらしい内省と欲望の遁走曲でもある。個人的にはいわゆるニューヨーク三部作のような少し現実離れした設定(それをマジックリアリズムというのだとは思うけれどその言葉は何故か妙に嘘くさい)が好きなのだけれど、その雰囲気を思わせるような、ジャーナリスティックな筆致の中に薄暗いニューヨークの街並みが見え隠れするところがオースターらしいとも思う。 何も知らずに読み始めるのが良いとは思うけれど、この版番のような数字を付された個々の章は、一度最後まで読み通したら次は添字相当の数字が共通する章毎に読んでみたくなることは間違いない。それが何故かは読んでみて確かめて欲しいのだか、相当な記憶力の持ち主でなければ読みながら混乱することは間違いない。けれどそういう風に並べ直して読んだのではタイトルに付された意味は分からない。 これは遺作ではないし、集大成との位置付けの作品でもないと本人は言っていたようだが、多分に自叙伝的な雰囲気の漂う作品ではある。主人公(たち)はみな文学にのめり込む、リベラルな考えにシンパシーを感じながらも行動する側に参加することには躊躇を覚えるニューヨーク郊外で生まれ育った青年。それぞれに待ち受ける運命は異なるとはいえ、この喪失に満ちた物語は、恐らく作家自らが時代ごとに経験してきた別離の思いが反映されているのだろう。そして最後に本書と思しき一冊を書き記した思いを語る主人公。謎解きが主題ではないし、自伝を読むような意味を求めている訳でもない。けれど嘘みたいな本当にあった事を書くのがこの作家の最大の特徴だとも自分は認識していて、四つの物語を重ねて透かして見た時に、重なり合って色濃くなった部分に注目してみれば、作家が自分の人生を振り返りつつ書き残しておきたいと思ったことが浮かび上がって来るようにも思う。嘘だと思ったらWiKiでオースターの略歴を確認して見るといい。ただしその確認作業は読了後にした方がよいけれど。 晩年のオースターの作品群では、何か永遠に失われてしまったものに対する思いが濃い、如何にも冬の時代を象徴するような作品が多いように思っていたけれど、それは恐らく本書にこれでもかと詳細に綴られた史実に起因するものなのだろう、と思い至る。良きアメリカの精神の死。それも自死と言ってよい死に様。そのことをオースターはいつまで忘れられなかったということなのだな、と作家の意図と外れたかも知れないところに思いは漂ってしまった。

    11
    投稿日: 2025.02.06
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    何が"4 3 2 1"なのか、言いたい。本当に言いたい。でも我慢する。 少年、アーチー・ファーガソンの成長物語。 セクション1.1から1.4まで読む。そして2.1に読み進んだ瞬間に、あれ、と思うだろう。 きっと勘のいい人はこの時点で気がつくのだろうが、私は2.3くらいまで気がつかなかった。 この物語は、アーチー・ファーガソンの重奏的な物語なのである。 平行宇宙のように、それぞれの世界のファーガソンが成長していく。 全ての宇宙で、起こる出来事は異なる。その中でファーガソンは、思春期らしく知を欲し、性を欲し、そして友情を欲し、成長を欲する。 思春期の少年のセックスに対する渇望の表現は実に見事で、とてもじゃないけど老齢の域に達したオースターが書いたとは思えない。 思春期の少年が、自分の脳から下りてくる衝動をそのままノートに書き付けたような、そんなリアルな、津波のような性の衝動を描いている。 その他、生き方に悩む姿、友人との関係に悩む姿、人生で始めて出会う出来事に向き合う姿の瑞々しさは実に見事である。 そしてどの世界のファーガソンも、間違いなくファーガソンであるということがこの小説の素晴らしさを際立たせている。 先にも述べた通り、起こる出来事は変わる。でも、その出来事に対するファーガソンの反応は、一貫してファーガソンなのである。 どのファーガソンも、「ああ、ファーガソンらしいな」と思わせる。まるで実在するかのように、キャラクターを確立させる筆力。 また、本書はオースターの、アーチーの立場を通した、本に対する、文章に対する、文に対する、言葉に対する愛が溢れている。 成長する過程で様々な書物に出会い、それを消化し、自分の血肉としていく。 それぞれの書籍の何が素晴らしいのか、どこが自身の糧となっているのかを表現しているので、さながら読書ガイドでもある。 そして言葉が、生きていく上でいかに大切で素晴らしいものかを私たちに教えてくれる。 このオースターの言葉に対する愛を、余すところなく、そしておそらく歪めることなく、柴田先生が翻訳をしている。 オースターの言葉に対する愛、そして柴田先生の言葉に対する愛、そしてオースターに対する愛。ここでも愛の多重奏を体験できる。 本書、2段組構成で800ページ。88万字におよぶボリュームである。 私は読了まで2週間ほど要した。 でも、2週間かけてこの本を読めて、本当によかった。これは傑作、大傑作。 改めて、読書は何冊読んだか、ではなく、何を読んだか、だなと。 (もちろん、たくさん読むことを目標にするのも楽しいんだけど) よかった。

    21
    投稿日: 2025.01.06
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    遂に、読み終わった… 1947年生まれのポール・オースターによる自伝的小説 戦後史において恐らく最も激動だった60年代を若者として生きることは、自らの可能性が何通りにも分かれパラレルワールドの如く並行して存在するように感じるのかもしれない 面白かった! 自伝的小説というより、彼の世代の大河ドラマと言うべきか 青春の戸惑いと喜びを書かせたら彼の右に出る者はいない 身体と精神の変化、神との関わり、性愛、クィア、闘争、死… 辟易しないのは、この小説のスタイルと、彼の「小説と思弁的な散文のあいだの微妙な線を歩く術」のおかげだ そして、 今の制度がダメだからと革命を起こそうとして失敗したのが60-70年代なのであり 現代は問題も多いが、革命的に根本から変えようとするのではなく、目の前のことにひとつひとつ取り組むしかないというエピソードが最後の方にあったのもよかった

    4
    投稿日: 2025.01.04
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    面白い!790ページの物語に一週間どっぷり浸かって、まずはそう言い切れる。が、いやー疲れたってのも本音。 ひとたびファーガンソン君を好きになってしまえば、横溢する詩、書物、音楽、そして映画の固有名詞も、ファーガンソン君を形成していく重要なピースとして愉しく読める。 しかし、教養といってしまえばそれまでだが、誰の本に感銘を受け、どの映画が最高かを論じるのが友情を築く土台だとすると、僕などは全く資格に値しないのは残念なところ。ファーガンソン君は1960年代アメリカの空気を胸いっぱいに吸いこんで青春を駆け抜けていく。  “これまでファーガンソンはいつも、人生は一冊の本に似ているとあらゆる人から言われてきた。(中略)しかし、時間は前と後ろの両方に動くのだ。本の中の物語は前にしか動かないから、人生は本という比喩は当たらない。(中略) 時間が双方向に動くのは、人は未来へ一歩踏み出すごとに過去の記憶も運んでいくからだ。まだ十五にもなっていないファーガンソンだが、自分の周りの世界は自分の中の世界によって絶えず形作られていると分かるくらいの記憶は既に蓄積していた。(中略) 人間はみな同じ空間を共有することで互いにつながっているけれど、時を経てゆく一人ひとりの旅はみな違う。それぞれがみんな少しずつ違った世界に生きているのだ。 そこで問うべきはーファーガンソンは、いまいかなる世界に棲んでいるのか、その世界は彼にとってどのように変わったのか?” ちょっと長いが、この引用箇所に本書の面白さが詰まっている。 大きなストーリーやプロットというより、むしろファーガンソン君の経験した膨大なエピソードの集積によって本書は物語られてゆく。時代背景には忠実で、奇想天外や幻想的というよりも描写はリアリスティックに進んでいく(もちろんオースター的な仕掛けは施されている)。 しかし、リアリズム小説らしく書かれていても、ご都合主義的な展開は山盛りで、それと同じくらい悲劇が不意打ちに現れるのも、実にオースター的。 でもきっとオースターなら、リアルな人生ってのは、はそんな“偶然”に満ちているよなって言いそうだ。 大事なのは人生の岐路を選択することにあるのではなく、あらゆる可能性と矛盾に満ちた人生を生きてゆくこと。本書でもオースターは、そんなことを思わせてくれる。

    14
    投稿日: 2025.01.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    やー、面白かったなー!!分厚くしかも二段組で、嬉しくこの世界に浸った。 注:何をどう書こうが読み進む面白さを削いでしまってはいけないので、未読の方はここから先を読まないでください。 最初の1.1、1.2で、むむむ?と思いながら読んでいたのが、1.3あたりから、もしかしてこれってそういうこと?!と急に霧が晴れてきて、すごい構成だなーとぐいぐい来た。どういうことかは読んで知るのが吉。ラストも素晴らしい。余談ですが、そういえばポール・オースターはコロンビア大学なんだね。まさに『いちご白書』の渦中の人だったんだ?

    6
    投稿日: 2024.12.15