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アウシュヴィッツの小さな厩番
アウシュヴィッツの小さな厩番
ヘンリー・オースター、デクスター・フォード、大沢章子/新潮社
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総合評価

24件)
4.6
15
6
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    ただただ、苦…。 生き残れて、すごい、という一言だけではダメだよな〜。言葉は思いつかない。 惨状を知れた。客観的に見ていたものが身近にきた。ダメージだよね。ただただごめん。

    12
    投稿日: 2025.11.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    どうしてホロコーストが起きてしまったのか ヒトラーは優生学を信じていた 彼がとくに恐れていた共産主義 「ユダヤ人と共産党が共謀してヨーロッパ、世界を支配しようとする陰謀などそもそも存在しなかった。 第二次世界大戦におけるヒトラーの主要な目的であり、彼の千年帝国を破滅させることになる見当違いのこの作戦は、自殺行為に等しいソ連進行へとつながっていく。」 最後、ドイツへスピーチをしに初めて帰ってきたヘンリーの言葉。「寛容こそが、すべての人種の人々が目指すべき未来の目標です。」

    0
    投稿日: 2025.11.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ケルンに生まれたユダヤ人の少年が3つの強制収容所を奇跡的に生き延びてアメリカ人になるまでの話。小説ではなく個人の伝記で、比較的裕福だった家庭で生まれたハインツが小学校の入学式に始まるユダヤ人迫害の段階を語る内容。初期は強制収容所から帰ってきた人がいたり労働せず軟禁するだけだったが、戦争の状況も相まって徐々に悲惨な環境になっていく。 ユダヤ人ではあるがドイツ語が母語のため、報告係になったり特別任務を任されたりしていた。タイトルの「厩番」だったのは2か所目の強制収容所で、当時まだ移動や荷物の移動に主力だった馬の生産にティーンエイジャーを選抜し妊娠した牝馬を中心に世話を命じられたことに由来する。 強制収容所から解放されてフランスへ行きさらに親戚のつてでアメリカに渡り、国籍を取ってアメリカ人として生きることにしたハインツ(=ヘンリー)。70年ぶりにケルンへ追悼式典に出席するために戻り、その後逝去する。 歴史で学んでいると年号と単語の符号にしか見えなかった出来事も、ひとりの人生の流れで考えると捉え方が全然変わってくる。当事者の(しかも若い世代の)貴重な記録として、ホロコーストを忘れさせないための1冊となるだろう。

    0
    投稿日: 2025.08.17
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    ホロコーストでは600万もの犠牲者が出たとされる。他に“社会不適合者”の安楽死断種もあった。「二度と起こさないために全てを記録しておかないとならない」  第一次大戦に彼の父も愛国心で勇敢に戦ったが、「ユダヤ人が裏切られて負けたのだ」キャンペーンには無価値だった。公職追放、商店ボイコット、自転車禁止、ダビデの星表示強制、小さな抵抗に「クリスタルの夜」全土で打ち壊し暴行→ヒトラーは「全責任は私にある」と声明してかえって名を揚げた。  まず目につかない場所に移住させ(彼等の家族はポーランド)後日絶滅収容所に集団連行。家畜のように識別入れ墨して。ポーランドのユダヤ人のなかで彼はドイツ語ができたから選別で生き残れた。軍用馬育成係に徴用されたが任務は過酷だった。彼等の前の飼育員は?(おそらく最終処分)  彼等は知らなかったがノルマンディ上陸作戦成功以降、連合軍が迫っていて証拠隠滅が企てられ数千人のうち、生き残れたのは数十人。初期の収容所解放では、飢餓者にいきなり好きなだけ食べさせて急死が多かった…

    5
    投稿日: 2025.06.30
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    ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺の中、必死に生き抜いた(主に10代の頃)著者、ヘンリー・オースターさんの実話です。 壮絶な収容所での生活が克明に描かれていました。人間としての尊厳が全くない現実に、言葉を失いました。写真もたくさん載せられており、真実を知ることができました。 ナチス支配下でのユダヤの人たちの生活を初めて知ったのは、小学生のころ読んだ「アンネの日記」。その後、完全版の本を読み、自分がアンネの立場だったらと思うと、いたたまれない気持ちになりました。 アンネは強制収容所で亡くなり、短い生涯でした。一方ヘンリー・オースターさんは生き延びることができたものの、本当に過酷な10代でした。戦争が終わり、収容所から解放された後も、困難な道のりを強い意志で乗り越えてこられました。 辛い体験を告白するのに、どれだけ心の葛藤があったことか。このように本となり、翻訳されて読むことができたこと、本当に本当に有難く思います。強く生きる勇気と歴史の真実を伝えてくださった筆者、翻訳者そしてこの本出版するにあたり尽力された全ての方々に、深く感謝申し上げます。“世界のあらゆる人種の人々が、「寛容」を目指すべきだ”という筆者のメッセージを強く心に刻みました。この本が、世界中の多くの人々に読み継がれることを切に願います。 今現在、平穏に暮らすことできていますが、国際情勢を鑑みると、「歴史は繰り返す」という言葉があるように、ひとたび歯車がくるえば、人間は過ちを犯しかねないと思います。 武力ではない、言葉でもって解決していける平和な国際社会になるよう、世の中の出来事に関心を持ち続けていきたいです。

    22
    投稿日: 2025.06.28
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    アウシュビッツでの話も当然書いてあるけど、それ以前に著者が5歳でナチスが政権を掌握してからの話から解放されて以降のことも書いていて、「なんで外国に逃げなかったのか」とかそんな今まで漠然と抱いていた疑問が解決した。そもそも逃げることなんかできなかったんだな。 劣悪な環境で生き延びるのは、精神力だとか賢さなんかは前提で、それ以上に運が全てだとも思った。やはり今の自分ではすぐめげて死ぬんだろうと思う。こんなことが事実としてあったことは忘れず、これからも起き得ることも忘れずにいたい。

    6
    投稿日: 2025.06.01
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    この本を読むことができてよかった。ヘンリー•オースターさんがこの本を残してくれて本当に良かった。実際、ヘンリーさんが経験されたことは書かれたこと以上に心身苦痛以外の何物でもなかったと思うがそれでも戦争を知らない自分が読むことは大切だと感じた。幼少期から少年時代の中で、両親や親族から切り離され、人間らしい生活を断たれたために、生きるために感情を殺してきたことが何より戦争の大きな代償の一つだと思う。まだ戦争は世界から消えてはいないけれど命を奪うことも人から感情を奪うことも同じく犯罪だと思う

    0
    投稿日: 2025.04.26
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    「あれは決して許すことのできない、 忘れてはならない行為ということだけです」 アウシュビッツをはじめとしたユダヤ人大量虐殺を生き抜いた方の手記。 心が苦しくなるような事実、しかも80-90年前のことと思うと、今ある平和な日常の有り難さを実感じた。 歴史を繰り返さないためにも、過去を知るためにも一読すべき本。 夜の霧を読んだ時にも感じたけれど、どんな時でも希望を捨てないことが大事。 今世界が少しおかしな方向に向かっている感覚があるが、著者の言うように「寛容で思いやりのある世界」ここが目指すべきところ。 悍ましい場面もあるけれども、とても読みやすく訳者の方の表現力も素晴らしかった。

    1
    投稿日: 2025.04.13
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    この時代を生き抜いた声を、1人でも多くの方に読んでもらいたい。キレイ事でなく、本当にそう感じた力強いエネルギー、メッセージのこもった作品。 自国主義って、アリ寄りのナシかもね。

    1
    投稿日: 2025.04.04
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    平和な時代、平和な国に生まれた自分へ他者への寛容さを失ってはいけないと思わせてくれた。この本を日本語で出版してくださったことに心よりの感謝を。

    7
    投稿日: 2025.03.20
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    図書館の新刊コーナーにあったので手に取りました。 ナチスのホロコーストについては「アウシュビッツのガス室で多くのユダヤ人が殺された」ぐらいの知識で、それ以上を知ろうとしてきませんでしたが、そんなものだけじゃなかったことがわかりました。 著者はドイツで生まれ育ったユダヤ系ドイツ人でしたが、著者の周りにドイツ語を話せるユダヤ人は少なかったことは意外であると同時に、祖国であるはずのドイツから追い出され、二度と戻らないとまで誓った気持ちを思うと言葉がありません。 2011年に著者の生まれた土地、ドイツのケルンで行われた、ケルンからポーランドのウーチへの強制移送70周年を記念する式典でのスピーチより引用。 「フィングス博士と彼女の同僚の研究はすべて、ある一つの純然たる信念に基づいていた。それは、ホロコーストのような恐ろしい出来事が二度と起きないようにするために人類にできる唯一のことは、あのとき何が起きたかを目をそらすことなく見つめ、考えられないようなことが、想像を絶する出来事がいかにして現実になったのかを理解しようとすることだ、という信念である。もしそこから目を背ければ、わたしたち人類が易きに流れ、過去を忘れ、過去から学ぶ機会を手放してしまえば、人類は同じことを繰り返すことになる。」 「七〇年間の誓いを破ってわたしがケルンに戻ることを選んだのは、現代のドイツの人々に、ひと時代前の人々がしたことについて、罪の意識や恥の意識を感じる必要はないとはっきり伝えるためです。たしかに許しがたい、今のわたしたちには理解しがたい罪ではありますが、祖先の罪を、その息子や娘たちが背負うべきではないのです。 憎しみは憎しみを生むだけです。寛容こそが、すべての人種の人々が目指すべき未来の目標です。過去の加害者たちは寛容を目指すべきでした。そしてその犠牲者たちもまた寛容を目指すべきなのです。」 日本でも、戦争経験者が語り部として、本当は思い出したくもないだろう、忘れてしまいたいだろう経験を後世に伝えようと努力してくださっている。 彼らの気持ちを、行動を無駄にしないためにも、戦争を知らない世代の私たちも、後世に伝えていかなければ、と思います。 著者の奥様、訳者の方の願い通り、この本が、できるだけ多くの方に届きますように。

    11
    投稿日: 2025.03.18
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    そこには現実があった。 映画のようにグロテスクすぎるのでもなく、かといって歴史の教科書のように淡々と書かれているのでもなく、本物の温度を持った物語に引き込まれた。家族が亡くなる描写はドラマチックではなく、ふとボタンをかけ違えたようにある日突然訪れ、本当に現実を感じた。 そしてこれだけの体験をした著者から出る「寛容」という言葉が心に響いた。 これまでの人類の歴史を振り返り、何かを憎むのではなく「寛容」を目指して生きたい。

    12
    投稿日: 2025.03.07
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    初めからあまりの迫力に、読むのをやめたいと何度思ったことか。それでも読み進めて行くうちにこれが事実だったのかと打ちひしがれた。アウシュビッツについてはメディアでも取り上げられアンネの日記も読んで、なんとなく知っていた気分になっていたが、今回の読書でいかに何も知らなかったかを思い知らされた。まさに紙一重で命の選択がされる日常。父や母との別れ。人間の尊厳を軽く扱う非情さ。 後半ヘンリーが解放されてからは少しずつ人間らしさを取り戻していき、読む側も心が軽くなっていった。 これを映像化することは賛成しない。この迫力は映像では伝わらない。 もう『シンドラーのリスト』『ライフイズビューティフル』などで映像は観ている。  ヘンリーが最後のスピーチで言った『寛容』。これは皆に自分に大きく響く言葉だ。

    1
    投稿日: 2025.03.06
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    歴史として知らなければと言う思いで読んだが。 作者のリアル体験を書いたものだから、当時の他のユダヤ人の事はいっさいない。それが収容されたイチ少年の11年に渡る現実かと思うと言葉も無い。戦後、少年たちが孤児として収容されるか、国際赤十字の奔走で各国に散らばった親類を探しあて、引き取られるかの事も大変な事だとわかった。生き残ったのは紙一重の偶然なのだ。紙一枚分の命だと知った時に、読み終えた私はどうしたら良いんだろうか。

    19
    投稿日: 2025.03.04
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    軽い気持ちで読み始めたけど想像以上にずっしりときた。残酷な行為が淡々と描かれる中、時々人間味あるれる出来事が起こる。 読み終わった今、あの状況下で人間味溢れる行動ができる著者の芯の強さと自分を誇る思いの強さに対して本当に言葉が出ない。 最後、彼がスピーチをするためにドイツに帰る(訪れる)決断をしたページで涙が出た。 みんなに読んでほしいな。

    1
    投稿日: 2025.01.19
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    現代の日本に生きる我々は戦争は知らないですし、このような悲劇も本や映画の中でしか知りえないのですが、ホロコーストだけでなく、現代のウクライナやパレスチナでの戦争など、目を逸らさずに学ばなければいけない事だと思います。 『この世から消え失せてしまった家庭を、もはやどこにも存在していない家庭を取り返すことなどできないのだ。殺害された家族を取り戻すことはできない。破壊され、焼かれ、葬り去られた暮らしを再生することなどできない。』と言う言葉は、疑うべきもない当然の事のはずなのですが、今も憎しみ合い、争い合っている多くの人々は忘れないで欲しいと思います。 自分は自分自身がこのような体験をして、憎しみは憎しみを生むだけ、寛容こそが全ての人々が目指すべき未来だ。と言える自信はなく、起きない事を祈るばかりです。 アメリカ軍が終戦後すぐに強制収容所での虐殺行為をドイツの一般市民に見せていたと言う事実には驚きました。

    1
    投稿日: 2025.01.16
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    悲惨で想像を絶することが書かれているので、元気な時に読んだ方がいいと思います。映画「関心領域」を思い出して、イメージが膨らみ更にダメージが大きかったです。すごく読みやすく書かれているので、ホロコーストについて知りたい時はオススメしたい1冊です。

    17
    投稿日: 2025.01.14
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    1928年、ドイツのケルンで裕福な家庭に生まれたユダヤ人のヘンリー・オースターがナチスドイツの迫害による地獄の日々を振り返り、自ら著したノンフィクション。 彼の父は軍の英雄であり、実業家でもあったが、1935年、ニュルンベルクで開かれたナチ党大会で反ユダヤ主義的方針が固まるや、軍人恩給は停止、住居は剥奪され、強制収用所での労働に従事、一月に一度週末の帰宅を許されることになる。 第二次世界大戦が始まり、1941年にはオースター一家はポーランドのウーチ・ゲットーに収用され、父は作業中に銃撃されて負傷、やがて、失意によるうつ状態の中で餓死する。 残されたヘンリーと母はアウシュヴィッツに送られ、母は選別で命を落とす。 本のタイトルはヘンリーがアウシュヴィッツで従事した仕事を表している。馬にエサをやり、種馬の交配がうまくいくような危険な作業もした。 その後、ソ連やアメリカの進攻でドイツの戦況が厳しくなった1945年1月、「死の行進」や貨車輸送の末、ブーヘンヴァルト強制収容所に移送され、腐りゆく死者の隣りで眠る生活となる。 そんな地獄の中で、九死に一生を得た著者は解放され、米国ロサンゼルスに住むおじ夫婦に引き取られる。彼らの援助でUCLAに入学、その後、歯科医を目指して、USCの歯学部を受験するが、ここでも、残っていた優性学的思想の壁にぶつかる。歯科医の道を断念した彼は、強制収容所でメガネを奪われ、無力化され、尊厳を奪われた多くの囚人たちを思い「検眼士」となった。 ナチのユダヤ人迫害を描いた本は多々あり、既に何冊かは読んできた。しかし、長期にわたる収容所での生活はもとより、迫害以前のユダヤ人に関する歴史的立場の解説や解放されてからの彼らの状況や心情に至るまでの数十年を、ここまで克明に臨場感溢れる語りぶりで書かれた本はなかった。勉強になったのは、ユダヤ人に関する歴史。「ポグロム(ユダヤ人迫害)」は何百年間にもわたって断続的に起きてきた。14世紀、ヨーロッパにおけるペスト流行時には、キリスト教徒が使う井戸にユダヤ人が毒を投げ入れたとして、迫害を受けた。また、ドイツでは、勤勉で教育を重視する民族性から成功することが多く、ビジネスや知的職業で頭角を現したユダヤ人に嫉妬心や偏狭な思い込みが生じた。また、クリスタルナハトについて学べたのも良かったと思う。 著者の知性、心情や感受性の豊かさが表れている描写もあった。解放され、ようやく口にすることができた食事に萎縮した胃がついていけず、大量に食べた者が苦しみながら死んだり、親切な黒人米兵が米陸軍においてユダヤ人同様の差別を受けていることに深い共感を覚えたという点などの記述が印象に残った。 人間としての暮らしや尊厳を破壊され、人間的な感情が失われるという究極の状況での実体験が凝縮された本であり、1ページたりとも、読み流すことはできない、そんな思いで読ませてもらった。

    2
    投稿日: 2025.01.13
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    感想:ホロコーストについて何度か読んだことはあったが、これほど実体験を感じるようなものはなかった。共感力の高い人にはとても辛く辛辣な状況に心痛め、悲しんでしまう本であると思う。しかし、傷つくからこそ寛容にかつ人の気持ちを汲んで行動できるようにもなる、そんな一冊であった。 学び:怨念、憤怒による復讐は悪のスパイラルがあり、状況は決して良くならない。しかし、受けた痛みを受け止め、復讐でなく“寛容”に対処できたらどれだけ世界は平和になるのだろうか。これは「言うは易く、行うは難し」であるが、実際にでないことではない。こんな考えや思考を持って行動していきたいと感じた。

    1
    投稿日: 2025.01.04
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    人類史上稀に見るジェノサイド。 とかく数字で語られるが、やはりそこには一人一人の人間がいて、懸命に生を繋ごうとしていた。

    2
    投稿日: 2025.01.02
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    裕福なドイツ人として育っていたドイツ系ユダヤ人の少年は、ある日突然全てを没収された。逃げ隠れを続け、父を失い母とも強制的に離れ離れにされた。多感な年ごろの少年が、(6歳から10年間)収容所の過酷な状況を奇跡的に生き抜いた戦争体験記録。 2024年日本で発刊。思い出すことも辛かったであろう壮絶な体験を文字にするには長い期間が必要だったと推測した。

    4
    投稿日: 2024.12.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    これまで映画等でアウシュヴィッツについて知っているつもりでいたが、実態を本著で読み、改めて壮絶さを実感した 印象的なのはこの経験をしたオースター本人が、過去を見つめるには寛容が大事 と言っていること 争いが無くなることを願ってやまない

    0
    投稿日: 2024.12.17
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    本のタイトルから軽い気持ちで読み始めたが、読み進むにつれて人間の残酷さを思い知らされた。こんなことが現実にあったことがとても信じられなかった。ナチ党とヒットラー、そしてドイツ人に強い憤りを感じた。作者が最後にすべての人が寛容であることの大切さを説いた。今の時代を生きるすべての人にそれがあれば戦争はおきないのにと思う

    0
    投稿日: 2024.12.14
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    ケルンで両親と平穏な日々を過ごしていた著者は、1941年12歳の時にゲットーへと移送される。父親は過酷な労働で命を落とす。その後、母親と移送されたアウシュビッツで、母親はガス室へ送られ一人取り残される。いくつかの収容所を移送されながらも、少年なりの知恵を働かせ連合軍による解放の日まで生き延びる。その後、米国にいたおじ夫婦の養子となり米国で検眼士となり、2019年に90歳で亡くなった。 二度と戻らないと誓ったドイツ・ケルンに、ケルンからゲットーへ移送された数少ない生存者として70周年の式典に参加する。その式典で、現代を生きるドイツ人が祖先の行なった蛮行を知り許してはならないことは大事だが「祖先の罪を、その息子や娘たちが背負うべきではない」とスピーチしたことに感動した。

    5
    投稿日: 2024.10.24