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その朝は、あっさりと
その朝は、あっさりと
谷川 直子/朝日新聞出版
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総合評価

24件)
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    沢田恭輔が老衰で亡くなるまでの過程を、母 志麻、長女 洋子、次女 素子、長男 誠らの行動を中心に、デイサービスのアワハウスの介護士を含めて、何かおもしろ可笑しく綴った物語だが、随所に一茶の俳句が登場するのが楽しめた.中学の社会の教師だった恭輔にまつわるエピソードも満載で、昔の時代のおじさんの典型だと思った.介護に携わる人たちの苦労を前面に押し出すのではなく、ある程度許容して行動してきたこの家族の連帯感は素晴らしいと感じた.

    1
    投稿日: 2026.02.09
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    今年気になっていた一冊、最後に読めてよかった。 いつか再読したい 在宅介護で最期を迎える父への奮闘する娘と母の話 小林一茶を敬愛する父、俳句が描写に通じて出てくる、独特な世界観 かなりリアルな介護を少しだけ描写しつつも明るく読みやすくしている 人が1人死ぬ、ということに丁寧に向き合った一作かと プラズマローゲン 認知症効果ありホタテ由来ではなく、鶏由来がオススメ 「景色を書くのは至難の業やねん。なんでかわかるか?北の海、すごかった~、深そうで果てしなくて。けど、それだけや。ここに書いてあることは行ってみれば分かる、いや、行った方がようわかる。言葉で読んでもほんまの景色はわからん。 そやけどな、それを前にした人の気持ちは共感を呼ぶ。呼びかけてくる。しょせん風景画は変わるんや。自然はどんどん失われるしな。けど人間、思うことはたいして変わらうに見えて、実際はたいして変わらんもんや。生きてて思うことはみんなおんなじなんや。それを言い当てられるとハッとする。ハッとさせるのが詩や。絵でも音でも写真るのは、言い当てるためや。僕が芭蕉やのうて一茶が好きなんは、それが理由や。旅できれいな景色を見たときやのうて、あくせく生きてるときに思てることを言い当てらられてホッとする。同じことを思てた人がおった、わかってもらえると思う。 一茶が消えんと残ってるのは、それが理由や。まだわからん句もあるけどな、一生のつき合いができる俳人や」 日本で最初に戒名を授かったのは、聖武天皇である。戒名は「戒名が庶民にまで広がったのは江戸時代で、寺請制度のもと、檀家である証として戒名をもらうことが義務化されたという。浄土真宗は、阿弥陀仏を信じると死んだ後すぐに極楽浄土に行けるので、戒名がなく「法名」が授けられる。日蓮宗では「法号」 徳川家康の戒名は「東照大権現安国院殿徳蓮社崇誉道和大居士」十九文字、日本一 「あいたた観音」は恭輔の故郷の近く加古川にある鶴林寺という寺の仏像で、西の法隆寺とも言われ。昔、金目当てで、この金銅仏を盗み出した盗賊が、溶かしてみたが溶けず、腹立ちまぎれに腰にノミを当てたところ、観音様が「あいたた」と声を出した。驚いた盗賊は恐れをなして仏様をお寺に返したという、ノミを当てられた腰が少し曲がっているのだ。 たいていの人間は、その人を知っている人の記憶が消えたとき、完全に世界から消えてしまう。 足の形が似ている。耳の形が似は恭輔から受け継いでいた。存在というのは不思議なものだ。誠など見た目は恭輔のコピーと言ってもいい。コピーなのだ。コピーなのだからしかたない。そのコピーの元が消えていく。そして残されたコピーがオリジナルのように生き続ける。存在というのは不思議なものだ。

    2
    投稿日: 2025.12.31
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    タイトルから想像していた内容ではあったけど、不思議な世界観でした。 教育者だった父、良い主婦の母、二人の娘と一人の弟。 父を介護する母と娘たちの日々の描写はリアルで過酷なのに、さらっと淡々と描かれていて。介護される者の本当はわからないけれど、そうだったら良いな、と思えるような父親のこの世とあの世のうつつの境。 自分はもう準備はできている、お前たちは準備ができているか?と、もし、父が問うてくれていたとしたら… 自宅で看取ることができたら… 家族の時間を奪っても?それでも… いろいろと考えることはあるのに、読んでいるうちに逝く者と送る者の双方のこころにすっと入り込むだけになってしまった。 良い本だなあと思ったし、この作者の他の本も読んでみようと思わされた1冊。

    13
    投稿日: 2025.10.27
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    介護、看取りについて知りたいと思って読みました。いろいろ知らないことがわかって良かったです。 人ひとり死ぬということは、こういうことなのだなあと思ったりしました。

    0
    投稿日: 2025.08.17
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    在宅介護を選び、自宅で96歳の父を看取った家族の話 実際はとんでもなく壮絶な日々であろうに、妻と娘2人が協力し合う毎日が時にユーモラスにしたためられている 各章は寝たきりの父の頭の中の妄想から始まる 寝たきりの人の頭の中はこんな風なのかな ほんとにそんな感じがする 過去と今と、あの世とこの世が混ぜ合わさった死を受け入れる準備のような不思議な妄想 好きだった小林一茶の俳句が時折妄想の中で彼の心を保たせてくれる 一方家族は排泄のお世話に振り回される日々 世話焼きの妻、志麻 同居している独身の姉、洋子 義父の介護経験者の妹、素子 文句を言いながらも、時折こちらも父が好きだった一茶の俳句を思い出しては笑い合う 弟の誠はたまに送金してくるが、介護にはやって来ない 「パパ、年賀状つくったから年越すまではだめよ!」 「三が日もみんなの迷惑になるからあかん」 「松の内も避けて」 「七日も鬼払いでお寺さん忙しいしやめといて」 という妻の願いをきちんと受けて、父は自宅で息を引き取る 自宅で看取ること どこまでが延命治療なのか 家族の死 もとい、死について かなりリアルな描写でつづられており考えさせられた 自分にしても両親の看取りはきっとそれほど遠くはなく、家族の死が近づいたらまた再読したいかも…と思った本

    37
    投稿日: 2025.08.17
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    タイトルから察しがつく通り、介護から臨終までを描いた小説である。 父恭輔96歳。師範学校を出て教師となり、教頭、校長、教育委員長まで務め上げ、大学教授の時期もあり、叙勲も受けている。父は介護施設でも先生と呼ばれ、人に慕われる人格者でもある。その父が、10年前から認知症を発症した。自宅で介護するのは、元教え子だった妻志麻85歳。老々介護をサポートするのは、未婚で同居の長女洋子と、義父を介護して見送った経験のある次女の素子。長男で末っ子の誠は、金銭面でのサポートはするものの、介護の役にはたたない。 物語は恭輔が好きな小林一茶の俳句と共に進む。各章は夢うつつの恭輔の独白?からはじまり、現実生活での家族の介護と看取りの準備までの心境を明るく率直な愛ある筆致で書かれていく。 なかなかユニークで、参考にもなるし、介護とお別れを前向きな気持ちで考えられる良本だと思う。

    1
    投稿日: 2025.07.16
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    父が在宅看護になり、もうよくなることはないと言われ、参考になるかなと図書館で。 お母さん(奥さん)の言動が母と重なり、でもわたしは次女ほど手助けできなかった。 よくできた娘さんで、比べてしまって落ち込んだ。 淡々と語る次女の言葉は覚えておきたいと思うことがいくつかあったけれど、メモする時間と余裕がなかった。いつかその箇所を確認してみたい(読み物として読み返したい、というほどでは残念ながらない)けれど、いつになるかな。 4/9に読み終えて、その2週間後に父が亡くなり、「父の日」という言葉も今はさみしいので。 お医者さんに、心臓はもうよくならないのでと言われたのに、「がんばって」「がんばらないと動けなくなる」「がんばればまた歩けるようになる」と言う母がこのお母さんと同じだ、と思ったことが一番つよく残ってしまった。 読みはじめて読み終えた頃は、まだ在宅看護がつづくと思っていたし、訪問のお医者さんやケアマネさんとその対応をしていたので、たしかに父のその朝(昼)はあっさりと、、いや、急だったな。 どんなに心がまえをしていても、心がまえっていったいなんなの?と思うくらいそのときは急にやってきて、こちらにとっては「まさか」だった。 やっぱり読み返すのはうんと先になりそうだ。

    7
    投稿日: 2025.06.17
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    たしか、テレビで見てチェック✅していた一冊。 なんか、こう、最近、仕事柄。介護とか死とか気になっていたが、この本読んで、スッキリした、というか、死ぬって当たり前だよなぁと気持ちが楽になった。 幸せな死に方ってなんだろう??

    1
    投稿日: 2025.06.10
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    理想的な看取りだった。 自分事のように心に響く。 この時が来たら、心持だけでもこの本を手本にしたい。 娘2人はやっぱり頼りになると羨ましく、自分を重ねる。 一茶の俳句が章ごとに重みを増す。 こんなに俳句の意味が伝わってきたのは初めて。 一茶、侮れない。句集を読んでみたい。

    13
    投稿日: 2025.03.11
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    老衰で、家で介護され亡くなることは幸せなのだろうか?女たちの時間を犠牲にして。この親の介護は妻や娘がする問題はモヤるなあ…私だったら、家族を犠牲にしてまで家で死にたいだろうか…??死んでいく本人の思いは分からない。介護は何が正解か分からない。それでもあっさりとその日が来て、世界は変わらない。小林一茶の俳句集、ちょっと読んでみたくなりました。

    1
    投稿日: 2025.03.02
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    介護する人達のそれぞれの想いがうまく書かれていて小説の良さが際立っていた。 ノンフィクションだとこうはいかない。

    0
    投稿日: 2024.12.29
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    認知症が進む96歳の父親を85歳の母親がみている。 2人の娘も介護を手伝う。 介護の大変さを書く著書はたくさん読んできた。 でも、本作はカラッとしていて苦しさがない。 介護の大変さは変わりはないのだが 一茶の句と合わせて読むとほっとする。 章の始まりは父親の言葉。 頭の中が曖昧になり、不安が過ぎる場面は ちょっと悲しくて寂しくなる。 全体的に明るくて、嫌味のない文体。 おすすめしたくなる。

    0
    投稿日: 2024.12.26
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    一茶の俳句。いい具合に効いてる。先生のような老人にはなりたくないが、こればかりは本人の意思では…。それでも家族に看取られ、羨ましい限りの“あっさり”とした最期。「早くくたばれと思っているのに、志麻の行為はすべて一日でも長く生き延びるためにいいことばかり」という奥さんに「ありがとうございました」くらい言って逝けばスッキリしたが…。「姥捨てた奴も一つの月夜哉」「いざさらば死にげいこせん花の陰」

    0
    投稿日: 2024.12.21
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    お父さん中心に回る現場感、疾走感ある日常。物事の始まりがあれば終わりもあり。怒りながら笑う、笑いながら泣くみたいな、感情の切り替え、切り戻しも読みどころでした。

    0
    投稿日: 2024.12.14
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    最後は死ぬのに、途中経過の話は可笑しい。 妻の志摩も娘の洋子も素子も誠も、なんか可笑しい。 結局人間は可笑しい生き物、でもそれをどうとらえるかで全然違う。 同じ状況を、別の視点で書いたら悲惨な介護地獄にしかならないはず。 小林一茶の句と重なりながら、天寿をマ全うした恭輔は幸せである。 でも残った妻や娘や息子たちは、こんなふうに見送られることはなさそうな気がする。

    2
    投稿日: 2024.11.09
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    「老衰外語看取り小説」である。 昨今、亡くなるのは病院か施設のどちらかが多いのではないだろうかと思うのだが、この小説は自宅で96歳の父を看取るまでの家族の思いや苦労が書いてある。 長年教育関係の職につき、75歳で大学を定年になった後も、勉学が困難な家庭の子どもを集めた私塾に通い、自治会の相談役でもあった父。 ちょっと認知症の気配を感じたときは、86歳でありそれから母が娘たちが、苛立ちながら、じたばたしながら、ため息をつきながら、時には、はよくたばれと思いながら亡くなるその日まで看るのである。 父の回想や小林一茶の詩が、上手い具合に馴染んでいるというか…なんとも言えない気にさせる。 最後には、おつかれさまと言いたくなった。

    57
    投稿日: 2024.10.29
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    いや~これ、うちの実家の話かと思った笑 まさに私の母が言いそうなこと というか言ってることオンパレード!! 看取りが題材でこんなに笑いながら読んだの初めて。

    0
    投稿日: 2024.10.17
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    再読したい⭐️⭐️ おすすめ⭐️⭐️⭐️ 父が好きだった小林一茶。なぜ好きだったのか。生、老い、介護、死を素子視点や俳句を通じて追いかけることが出来る。延命治療とは何か何をいつまでするか、人間の尊厳とは?人生、家族と老若男女置かれている立場や状況によって感じることが異なる。 あなたは読書出来ているが、その後ろから老いと死が足音を立て忍び寄ってくる。

    0
    投稿日: 2024.10.15
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    この手の話は時々出るが、感覚が新鮮でありながら大袈裟な演出のないところが素直に読める。 まぁ誰でも死んでしまうんだなぁ。 それに一茶の俳句が効果的に使われ一茶をまた読みたくなった。

    0
    投稿日: 2024.09.27
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    4年間寝たきりとなった96才の元教育長の父親、恭輔の今際の際迄を描いた介護家庭の物語。 介護にまつわる紆余曲折、認知症から身体不自由となり排便処理など、小説からは匂いが届きそうなくらい厳しい現実が描かれる。 しかし見送った家族の「私もいつか灰になるのだ。その未来が、なんの切なさもなく胸にすとんと落ちてくる。」の言葉が、抗う事のできない人間の死を受け止めるしかない切なさを強く伝えていた。 誰にも訪れる”その朝”に、自分は…と強く感情移入してしまった小説だった。

    0
    投稿日: 2024.09.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ついに寝たきりになった認知症の沢田恭輔(96歳)の頭の中で、死への旅がゆっくりと進んでいる。 その人の中で何が起こっているのか、周りで介護に汲々とする女たちには知る由もない。 かつての教え子たちを引率したり、他人の葬式に出ていたと思ったら、周りはみな骸骨に変わっていたり。死んだはずの妹を自転車の後ろに乗せて走るのは子供の頃の記憶。村で死んだじいさんの墓穴を掘っていたらいつの間にか自分が穴の底に横たわっていた。 時間の流れが行ったり来たりして、人生の中で出会った人々も別れた人も、自由自在に泡沫のように浮かんでは消える。 記憶の引き出しが全部ひっくり返ったようである。 俳句好きの恭輔は小林一茶を愛している。 『死支度致せ致せと桜哉』一茶。死に支度とは何をすれば良いのだろう? 沢田家では、リビングの真ん中に介護ベッドがでんと置かれた日から、全てが恭輔を中心に回るようになった。 妻の志麻は老々介護。独身で実家住まい、大学で教鞭を取る長女の洋子は何かあるたびに車を出してのアッシー要員。 二人の手に負えなくなると、千葉に住んでいる次女の素子が神戸の沢田家に呼ばれる。 今回も、三度目の危篤で呼ばれたが、恭輔は点滴だけで細々と生きている。 素子は父の枕元にある『一茶句集』に気づいた。奥付を見ると、恭輔が認知症を発症してから発行されている。 ところどころ恭輔がマルをつけている句があって、そこには小林一茶の死生観が現れており、恭輔がどういう心境で印をつけたのか気になった。 恭輔は、大正15年あるいは昭和元年生まれ。お決まりの関白亭主で、自分中心の父親だった。 外では、校長先生を務め、教育委員長を経て、町内会の相談役。人々から頼られる存在だった。 大勢の人の葬式をうまく仕切ったのが自慢だったが、恭輔の葬式を仕切るはずの知人たちは皆死んでしまってもういない。 さぞかし、昔ながらの立派な葬式を出して貰いたいのだろう。 「家族葬」なんて言ったら化けて出るかも。 最後に、長男だが末っ子の誠が登場。 男は何もしない、と作品の中で繰り返し書かれているが、東京在住の誠も送金のみ。 「厄介な介護対象としての恭輔」が目の前に突きつけられている女たちの視点とは違った観点で父親を見る。 戦前の師範学校のみで大学も出ていない、それでここまでひとかどの人物と認められるようになったのは、相当の才と努力と気概があったのだろう。社会に出てみて父親の偉大さが分かった。 初めて弁護人登場の感あり。 しかし、10年間、介護に人生を奪われてきた志麻と洋子、対しては、離れて暮らしていた素子と誠、そこに恭輔に対して抱く思いの差が生じてしまうのは仕方のないことかもしれない。 介護する人たちだけでなく、される側の、認知症の人の頭の中ではどんなことが起きていて、現実の世界とはどんなふうにリンクしているのか、視点が切り替わるのが面白かった。 どう死ぬか、どこで死ぬか。 小林一茶の句に見る死生観と合わせて。

    2
    投稿日: 2024.09.20
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    96才、元教師の認知症男性の老衰死迄の数日間を現在と過去に行きつ戻りつ描いた、家族による介護の小説。10章から成るが、各冒頭の数行が俯瞰的で彼岸との境目の様で面白い。介護に翻弄される娘達と母親の会話もリアルで身につまされた。ディケアの佐山君が最後に挨拶に来た場面では泣いた。全編に一茶の俳句が恭輔の生き方、理想の死に方を表していて格調を上げていた。

    17
    投稿日: 2024.09.10
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    96歳の父を看取るまでの20日間を描いた物語。 誤解を恐れずに言うと、読後真っ先に感じたのは羨ましさ。 認知症患者を支える大変さも、気が休まらない在宅介護も、それはそれは大変そう。 けれど85歳の母をサポートする姉妹、金銭面で協力する長男。 家族のみならず優秀な看護師と介護士までが手厚くサポートしてくれる。 老老介護が社会問題となっている今、これだけの助け手がある事がまず幸運だと思う。 深刻な状況下だが女性陣の能天気な会話が笑いを誘う。 家族全員に見守られながら逝った父親も看取った家族も幸せな時間だっただろうと思えた。

    4
    投稿日: 2024.08.31
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     九十六歳・老衰でこの世とのお別れを迎えた元学校教師・恭輔。認知症によるドタバタ介護に日々振り回される家族。ある日、娘の素子が恭輔の部屋にあった「一茶句集」と句集に記入された父の書き込みを発見。これらをヒントに句を読み解くにつれ、彼の考えたであろう生死観への理解を深めていく。  各章冒頭プロローグの夢のような不思議世界に引き寄せられた。現世との繋がりが残り少ない事を予感させる表現がリアル過ぎて少し怖かった。  *個人的には「雨の音のようにそっと世のために働いていよう。雨があがるように静かに死んでゆこう。:八木重吉」が理想だがうまくいきますかどうか。もう一回「死に稽古」シミュレーション必要か? いやいや。

    0
    投稿日: 2024.08.14