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不滅
不滅
ミラン・クンデラ、菅野昭正/集英社
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総合評価

25件)
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3
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    長い。プールサイドで見た老女のひと仕草だけからよくもこんなにつらつらと描けたものだ。不滅とか顔とか、存在論的な単語がモリモリ。

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    投稿日: 2025.05.05
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    5章以降、私のことかと思った 文章の連なりから受け取る感覚も、鋭い洞察も特別あるわけではないが、形式が持つ何かを感じた

    0
    投稿日: 2025.01.13
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    『存在の耐えられない軽さ』もそうだけど、男女の物語と哲学的なメタテキストが混然一体となって踊るような構成で、細部の言葉遣いを味わいつつも引っ掛からずに読める滑らかな文章で綴られている。その読書感覚は独特で、クンデラ以外では読んだことがない。現実世界と小説の境界を溶かそうとして敢え無く現実世界に呑み込まれてしまうような切なさを感じる。

    1
    投稿日: 2025.01.06
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    とりあえず一読。 安易に整理をつけようとすると、作者から嗤われそう。 もう何周か読んできちんと書きたい。

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    投稿日: 2023.11.28
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    まさに自由奔放 時間は真っ直ぐ進まなく、現実/虚構の区別も曖昧。 けれども、それぞれの「エピソード」が、複数の主題と結びついていき、壮大な人生の小説となる。 ■「不滅」「顔」「イメージ」 2020年代現在、当時よりもより一層、(一般市民の)私たちにとって身近に潜むテーマなのではないか。 私たちは片手一つに収まる電脳世界の中で、ほぼ四六時中イメージの生成に勤しんでいるし、さらにそれを不滅の世界にいとも簡単に残せてしまう。 そして、あまりにも多い顔たち……。 ■アニュスが意図もせず、死によって他者の中にあるイメージを強く刺戟したことを考えると、 きっと私たちは不滅にならざるを得ないのだと思う。殊に現在……。 ■私たちは定められた主題に沿って、生きている。喜劇的な存在である。 主題と関係がないエピソードは積み重なっていくが、これは謂わば地雷みたいなもので、何かの折に強く私の気持ちを揺さぶる可能性がある。 ■記憶は映画的ではなく、写真的である。

    0
    投稿日: 2023.03.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最初のうちは面白く読んでいて、付箋なんかもつけたりしたのだけれど、半分も読み進まないうちに何を読まされているのかわからなくなる。 今は誰の話を、なんの話を、いつの話を読んでいるのか? 物語の大半は理解できないうちに零れ落ちてしまったけれど、なんとか少しでも掬い取れたらいいのだが。 ふと見かけた見知らぬ女性の、軽やかにひるがえる手の動きを見て心を惹かれた私は、その女性にアニェスと名付けて、彼女の家族とその関係性について思いを馳せる(妄想する)。 アニェスの母は、家族や友人たちに囲まれて生きることに喜びを感じる人だったが、アニェスの父や彼女は、人と離れて生きることに安心を覚えるタイプだった。 ”彼女が求めていたのは、彼らがときどき便りをよこして、身辺に厄介なことはなにも起っていないと請け合ってくれることだけだった。それはまさしく言いあらわしにくく、説明しにくいことだった。彼らに会いたいとも一緒に暮らしたいとも望んでいないのに、彼らが元気でいるかどうか知りたいという彼女の欲求は。” 序盤に出てくるこの文章、「わかるわ~」と思った。 アニェスが夫や娘に対して、一緒に暮らしたいと思わないけれど、元気かどうかは知りたいと思うこと。 でも、私がいつでも同居できる状態での別居を求めているのに対して、アニェスは最後まで同居を望まない。 望まないのに別れることができなかった不幸。不幸? アニェスは別に不幸ではなかったな。幸せでもなかったかもしれないけれど。 そして、姉の生活に容赦なく入り込んできては振り回す妹のローラ。 彼女のエキセントリックなほどのかまってちゃん言動は、読んでいるだけでしんどい。苦手だ。 不滅。 不老不死とはまた違う。 体は死んでも思いは残るとか、作品が残るとか、思想が残るとか、生きてきた証が残れば、その人の存在は不滅なのかもしれない。 偉人だけではなく、今ならSNS上に、永遠に顔や姿が、発言が消えることなく残されてしまう。 この作品が発表されたときはアルバムの写真の中だったけれど。 ”あたしが子どものころ、誰かの写真を撮りたいと思うときには、かならずその人に承諾を求めたものだったわ。(中略)そのうち、いつか、誰もなにも頼まなくなった。カメラの権利はあらゆる権利の上のほうへと高められて、そして、その日からすべてが変わってしまったのよ、完全にすべてが” ”ジャーナリストの力は質問をする権利にもとづくのではなく、答えを強要する権利にもとづくのだ” 30年前の作品とは思えないほど、今の社会にも当てはまる。 というより、30年前よりも、今だ。 アニェスに関する私の妄想部分はまだしも、ゲーテと彼の恋人たちの話や、ゲーテとヘミングウェイの対話、ルーベンスの恋愛事情と、どんどん話は難解に、構造は複雑に、そこにまたアニェスやローラやポール(アニェスの夫)の人生も絡み合って、もう何が何やら。 作者のミラン・クンデラはチェコの作家なのだけど、フランスの作家の小説を読んでいる気がしてしょうがなかった。 多分それは、思想のど真ん中に恋愛や性愛や宗教の愛が動かしようもなく存在しているからなんだろうと思う。 苦手なのだ、そういう作品。 だからそういうものに囚われまいとするアニェスのパートが好きなのかもしれない。 最後のほうに出てくる「リュートひき」は、てっきりローラだと思ったんだけど、アニェスだった。 言われてみれば、アニェス以外の誰でもないとわかるのだけど、サングラスに騙されたよね。 やれやれ。 ”彼は死に対する戦闘と、生にたいする闘いのことを語る……「闘い」という単語が、短い演説のあいだに五度繰りかえされ、我が昔の祖国プラハを私に思いおこさせてくれる、赤旗、ポスター、幸福のための闘い、正義のための闘い、未来のための闘い、平和のための闘い。万人による万人の破滅にまで至る平和のための闘いと、チェコの民衆の智慧はそう付けくわえるのを忘れなかったけれど。” これもまた多分に現在。 チェコではなくウクライナで。 万人による万人の破滅にまで至る平和のための闘い。 経験者の語る、これほどに深く真実をえぐるような言葉があるだろうか。 だがこの作品のテーマは〈不滅〉なんだな。 ああ、とてつもなく理解が遠い。

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    投稿日: 2022.12.13
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    今までの小説とは異なり、著名な芸術家の部分的なストーリーである。ゲーテ、ブリューゲル、モーツァルトなどヨーロッパの芸術家が軒並み登場する。チェコの情勢は殆ど書かれない。  芸術家の人となりを簡単に知るにはいい本であろう。

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    投稿日: 2021.06.21
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    長そうに見えて章立てが細かいのでそうでもない。 現実と妄想の話が交差したり、まったく誰とも関わらないキャラクターがいきなり出てくるのがおもしろかった。 これが最高傑作と言われていることに納得はいかない、わたしは生は彼方にがすきだ

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    投稿日: 2019.09.27
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    キッチュKitsch のことを頭の片隅に置きながら読んだけど、やはりここにもそのテーマが存在してた。 死後、私たちの人生は美的な嘘によって語られる 有る事無い事言われても 死んでるから自分にはもうどうしようもない 本当の真実は永遠に語られない 真実な生はその肉体の死と共に滅びるけど、死後美的に飾られた自らの人生は"不滅"。その事への恐怖。 クンデラはどうしてこうも 真実にこだわるのかなあ きっとあの時代に、たくさんの悲しい嘘、怒りたくなるような嘘、空虚な嘘を見てきたんだろうな

    0
    投稿日: 2019.04.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    作中で、作者はエピソード(エピゾード)のとるにたらなさを語っている。だけれど、本作で伝えられているのはそのエピソードの威力にほかならない。私たちの存在を支え、他者に印象を与え、思い出させるのはエピソードであって、私たち個人そのものではない。 キャラクターの魅力でいうと、ファザコン極めたアニェスの高潔さが好きだし、ヒステリックで自己愛が過ぎる(でも、自分に自信がない)ローラの身勝手さには苛々する。ポールの空しい若さ崇拝や半分意識的な無神経さにも。 でも、最後にアニェスの仕草でポールをつなぎ止めるローラや、その仕草を嬉しがるポールには、スカッとするような可哀相になるような、不思議な気持ちがした。「シャボン玉の中へは庭は入れません まわりをくるくる廻っています。」という詩があって、アニェスに対するローラとポールの関係には、そんなイメージが似合う。 でもさぁべつに、アニェスは自分の仕草を覚えていられようが、どうでもよかったし、むしろ、記憶に残るのが嫌だったんだよね。お父ちゃんのように生きて死にたいっていう気持ちにとりつかれた変な女だったわけで・・・だけど、なんでかそんなこと忘れて、夫子供捨てて好きなことしてるアニェスかっけーって思っちゃう。 だから「不滅」は、そこに収められたたくさんのエピソードを以て、不滅の恐ろしさと輝き、翻って、忘れられることの価値も伝えている・・・、気がする。 あと、作者が女の子の身につける、今でいうワイドパンツ?やカジュアルな服装を憎みに憎み抜いていて笑った。

    0
    投稿日: 2018.05.27
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    人々がまるで戦場で死ぬように車で死んでいるけれど、しかし現代人の誇りである自動車を禁止するわけにもゆくまい。惨事のかなりのパーセンテージは、無謀な運転手の酩酊に責任を帰するべきだけど、しかしフランスの遠い昔からの栄光である葡萄酒を禁止するわけにはゆくまい。公共の場所での酩酊の一部はビールによるものだけれど、しかしビールも禁止するわけにはゆくまい、というのは市場の自由に関する国際条約の違反になるだろうから。 ↑この皮肉めいた冷静な言い回しがとてもいい。 自我の単一性を開発するには二つの方法がある、足し算的方法と引き算的方法である。 嘘をつくな、真実を言え、はある人間が他の人間を対等とみなす限り他の人に向けてはならない質問である。 悲劇の永遠の条件-人間の生より高いとされる価値ある理想が存在すること。戦争の条件も同じ。 悪を行う欲求とか出世主義の欲求からではなく、知性の過剰からナチスや共産主義に参加した若者を生む? 闘いの章だけ読んだ。いい文章だ。 しかしこの愛や性的なものに関する文章はというか話題自体がどうしても苦手だ。シンプルな現実を闇雲に複雑化するだけのようにさえ感じられてしまう退廃差を伴うからだろう。愛や欲が以外でも楽しいことっていっぱいあるじゃん?と思ってしまう私は少々色気が足りないのだろう。何か狭い世界のぐちゃぐちゃな人間関係に絡みつかれていくという意味で腐敗した政治と近いものがある。その内密生というのがいいのだろうけど、どうも私はオープンにしても大丈夫な人間でいたいし、そういう環境に憧れる。愛やぐちゃぐちゃに絡みあう欲の世界に憧れたり、飛び込む勇気を持てる人なんてよっぽど日常生活が安定していて、生命の危機もなく、退屈さえ感じている人ぐらいじゃないかとさえ思ってしまう。ベーシックヒューマンニーズに焦点を戻してみたらいいのではないか?自分から闇雲に複雑性に飛び込んでいくようなものだ。なんとなくできればその複雑性はもう少し視野と射程が広いものにしたいわけである。これはきっといわゆる急に現れてしまった余剰、余裕の使い方を知らない人たちの物語である。

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    投稿日: 2015.01.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    [ 内容 ] パリ。 プールサイドに寝そべっていた「私=作者」は、見知らぬ女性の、軽やかにひるがえる手の仕草を見て、異様なほど感動し、彼女をアニェスと名づけた…。 こうして生まれた「女」の、悲哀とノスタルジアに充ちた人生が、時空を超えて、文豪ゲーテと恋人の「不滅」を巡る愛の闘いの物語と響きあう。 詩・小説論、文明批判、哲学的省察、伝記的記述など異質のテクストが混交する中を、時空をゆきかい、軽やかに駆け抜けていくポリフォニック(多声的)な、壮大な愛の変奏曲。 [ 目次 ] [ 問題提起 ] [ 結論 ] [ コメント ] [ 読了した日 ]

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    投稿日: 2014.11.22
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    20年以上前だったと思うが、池澤夏樹さんが書評で激賞していた記憶がある。いつか読んでみようと忘れずにいたんだから、我ながら呆れる。 プールサイドで友人を待つうちに見かけた初老の女性の仕草。そこからアニュスと名付けた女性、そしてその夫、妹、娘たちの物語が始まる。つけられた名前は記号にしか過ぎず、神の目線を感じるばかりなのが、やがて血肉を伴ってくるような印象。著者や友人アヴェナリウスが邂逅する場面などドキリとする。 小説の前半はゲーテと、彼に付き纏い死後の名声を望む女性ベッティーナとの話にかなりのページが割かれる。批評のようであり、ゴッシップのようであるのは著者らしいと云えるのか。 後半に唐突な死が物語れるのもこの人らしい。消えゆくような死こそ、その人の望みだったかとは思うが、何が主題なのか判らなくなった。 永遠にして女性なるもの、と終盤に語られるものが主題だったかというと違うような気もする。 面白い処がそこここにあったんだけど、長すぎたというのが、本音。 池澤さんが褒めていた本と云えば、ロレンス・ダレルの「アレキサンドリア四重奏」。これもいつかは読もねば。

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    投稿日: 2014.02.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「存在の耐えられない軽さ」に感動したので読みました。 不思議な世界観や独特な文体は十分楽しむことが出来たのですが、テーマや一人ひとりの人物の魅力という点では「存在の~」のほうが好きでした。

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    投稿日: 2014.02.06
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    「生きること、生きることには何の幸福もない。しかし、存在すること、存在することは幸福である/人生において耐えられないのは、存在することではなく、自分の自我であることなのだ」ポールとアニェスの関係をゲーテとベッティーナとの対位法的に描きながら次第に既存の物語の手法から逸脱させていく本作だが、それは歴史の非合理さと合わせ鏡となることで不条理な生を浮かび上がらせている。絶望はしても決してその感情には醉わない―そんな場所から書かれた言葉は自分が自分であることの困難さを抱えた者たちにとても深く、重く突き刺さるのだ。

    0
    投稿日: 2013.11.25
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     500ページ以上に書き記されているのは、一本の軸を基本としながらも、複雑に入り組んだ構成をしている物語である。主人公はアニェスという女性なのだが、作品中にクンデラ自身が登場したり、唐突にゲーテやヘミングウェイのエピソードを挟んだりと一筋縄ではいかない。しかし、それらのエピソードが物語の最終局面に向かい収束していく様子は見事で、思わず唸ってしまう。訳者あとがきにもあったように、これは変奏曲なのだ。オーケストラの演奏のように、それぞれのエピソードが重なり合い、大きな響きを創りだしている。  そういった手法もすごいが、文章中で随所に散りばめられた引用や言葉にも胸を突かれる。 「つまり、仕草のほうが個人そのものよりも個性的なのだ」(p5) 「十九世紀の作家たちが結婚で小説をしめくくるのを好んだのは、愛の物語を結婚の倦怠から守るためではなかった。そうではなく、それを性交から守るためでだった」(p333) 複雑な物語を退屈させずに読ませる、という点でこれらの言葉たちはその役を充分に果たしているのだろう。それもまたクンデラの意図するところかもしれない。

    2
    投稿日: 2012.08.13
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    <偶然見かけた女性からイメージされた“アニェス”。彼女とそれに関わる者たちの哀しい人生。> 著:ミラン・クンデラ すっかりハマッテしまい、次のクンデラ本として手を出したのが今作。 でも全然理解できませんでした 汗 一つ一つの話はわかるのですが、 イマイチそれがストーリーの軸において、どう意味を持つものなのかよくわからず・・・ まあ、まだ未熟だったということでしょう。 でもイマゴローグとか、センチメンタリスについての考察は興味深かったし、 ゲーテとヘミングウェイがあの世で自分達の“不滅”を嘆きあっているのには笑ってしまった。 いずれ、もう一度挑戦してみます。

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    投稿日: 2012.03.05
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    学生の頃に一回読んでるはずの本。そのときは、これが小説なんだ、と新鮮な驚きを感じたのを読み返しながら思い出した。学生時代はクンデラやマルケスや色々読んでいて、小説って色々あるんだなあ、と驚いていたと思う。 最近になり、仕事や勉強の本ばかり読んでいてもよくないような、もっというと精神的な休憩が必要な気がし始め、小説を読み返したりしている。いいもんだね。自分の土壌に肥やしと水が注がれるようで。

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    投稿日: 2012.02.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【概要・粗筋】 「私」がプールサイドで友人を待っているときに見かけた初老夫人の魅力的な仕草から生まれた主人公アニュス。彼女の愛と悲しみと戦いの人生を描く物語(粗筋を書けるほど理解できていない・・・)。 【感想】 非常に難解な小説。断片的に理解はできるものの、一読しただけでは大まかにも把握はできなかった。それでも、語りの巧妙さから600ページものの長さを感じないほどどんどん読み進めてしまうほど不思議な魅力を持っている。 この小説の主要人物はアニュスを中心とするその家族たちなのだが、そこにゲーテやヘミングウェイ、実在の人物なのか架空の人物なのかわからないアヴェナリウス教授、ルーベンスというあだ名の男などが脈絡が不明なまま登場してくる。ところが、それらの登場人物の関わりが要所要所で明らかにされていくのだが、そこがまた面白くて感心してしまう。 この作品は理知的小説なので、読む上で想像力よりも知性や理性を駆使しなければならない。一方で、第三部最後のシーン(P307~P308)のように鮮烈な印象を残すような場面もある。さすがだな、と思ってしまう。

    0
    投稿日: 2011.06.19
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    うまくいえないですが、この人の小説に、シンクロする瞬間があります。それがなんとも心地よくて読んでしまう。文化も歴史も違う国の人なのに、それを感じつつも同化する瞬間。いろんなシーンが交差しながら、最後はしゅっとさりげなくまとまるあたり、心地よく読みました。

    0
    投稿日: 2010.03.12
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    クンデラが、これこそ「存在の耐えられない軽さ」だと 作中で述べる作品、不滅。 吾が親愛なるゲーテ先生が語る。 時系列があいまい。出来事がいろんなところで交差する。 その絶妙さ。そして不滅の存在について。自我について。 存在は幸なり。自我こそ苦なり。

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    投稿日: 2008.07.11
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    小説の醍醐味を教えてくれる作品。クンデラは一貫して人間とは何かを問い続けています。彼は自らの知性によって、一人ですくっと立っている人なのでしょう。

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    投稿日: 2005.07.20
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    クンデラは、女性のキャラクター描写が上手いなぁ。女をよく見てると思う。今回は、勿論アニエスに共感すること多数。なんかもぅ、本当にアイロニック。

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    投稿日: 2005.04.30
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    あるひとつの仕草を発端に作者の中に生まれでた、虚構の人物のはずの「アニェス」が、読み進めているうちにどんどん「存在」してくる様はまるで魔法のようで、いつのまにか「不滅」の世界に呑まれている自分に気付きます。 「存在の耐えられない軽さ」よりも好きな本です。

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    投稿日: 2004.11.15
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    クンデラの小説で一番好きなのがコレ。話を一言では言えないけど、エピソードに頼らない小説の力を見たような気がしました。

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    投稿日: 2004.10.05