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彼岸過迄(新潮文庫)
彼岸過迄(新潮文庫)
夏目漱石/新潮社
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総合評価

92件)
3.8
19
35
22
3
2
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    人間が何故ここまで「物語」に魅了されるのかは、悉皆謎なので有りますが、しかしながら、不勉強ながら、漱石先生の才覚に驚嘆するばかりです⁉️ 普段、思考に耽りがちな方は、この『彼岸過迄』という作品を読む前に、漱石先生の前期3部作を通読されると、尚世界観が深まるのではないでしょうか⁉️ 私事ですが、残り2作がめちゃくちゃ楽しみです‼️

    0
    投稿日: 2025.11.11
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    僕に云わせると、恐れないのが詩人の特色で、恐れるのが哲人の運命である。僕の思い切った事の出来ずに愚図愚図しているのは、何より先に結果を考えて取越苦労をするからである。千代子が風の如く自由に振舞うのは、先の見えない程強い感情が一度に胸に湧き出るからである。彼女は僕の知っている人間のうちで、景も恐れない一心である。だから恐れる僕を軽蔑するのである 信念の欠乏 漱石の男ってみんなこんな、よく言えば思慮深く、悪く言えば理屈っぽい臆病。 愛してないのに嫉妬なんて卑怯って、ど正論。結局千代子はどうだったのか、明言されてないからこそ惜しいことをしたのか。惜しいことと思っているのか。そこらへんを永遠にもやらせる、これが知識人のやること。 前半いるか?と思ったけど、解説が秀逸。

    0
    投稿日: 2025.09.14
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    内容が難しかった。もう少し歳をとったら読み直したいがさてさて。 仕事やお金、男から見たいい女性像など、当時の人たちの人生観が伺えます。

    1
    投稿日: 2025.08.04
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    最初の方は、珍しく冒険奇譚か…?と思ったのも束の間、内容はあれよあれよと変わり、須永の話に落ち着く。 面白く読めたが、深く読めていないと思うので、いずれ再読したい。

    7
    投稿日: 2025.02.06
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    夏目漱石『彼岸過迄』 読了。もうへとへとである…難しかった。 最後も前期三部作のような分かりやすい結末ではなく、ちょっと解説がほしいくらいの内容。何年後かにもう一度読めばわかるかな。

    0
    投稿日: 2025.01.12
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    自分の読み方のせいかもしれませんが、自分と他人と社会と、夏目漱石の切り取り方は本当に面白いと思いました。結局こういう話!というあらすじがあるようで無いようで。結局は人生そんなもの。進んでるのか、止まっているのかわからないような、そんな時間の魔法

    5
    投稿日: 2024.07.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    色んな人の話を聞く、短編が重なり合っていくような書かれ方。主人公自ら動くのは探偵の真似事だけで、他はずっと人の話を聞いている。 特に須永と千代子の話が読んでいて面白かった。須永の愛ではない嫉妬、言葉にならない感情の言語化が凄い。

    0
    投稿日: 2024.01.21
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    なんだか、どこに向かってゆくのかわからないまま、着地せずにふわふわと話が進み、結局着地しないところで終わって、ある意味、それが余韻になるのか。主人公はあくまで観察者というところは、面白いところではある。

    0
    投稿日: 2023.03.25
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    行動力の無い須永と従妹の千代子の煮え切らない恋愛の話。漱石自身を重ねた須永という登場人物の内的な心理描写はすごいと思う。当時の恋愛観はあっさりしたものだったのだろうか。敬太郎、田口、高木、百代子との関係がよく分からなかった。

    0
    投稿日: 2022.08.15
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    1912年 朝日新聞連載 後期三部作 個々の短編を重ねた末、その個々の短編が相合して一長編を構成するという試みー プロローグで漱石が語る。 主人公は、卒業後求職中の青年・田川。 彼に関わる、あるいは、聴いた、物語。 冒険談・サスペンス・友人の恋愛談・生い立ち 等、語部を替えながら、其々短編として独立する。 前期三作に比べれば、ストーリー豊かで、読み物として面白い。 「雨の降る日」は、雨の降る日、幼女を突然亡くした一家を描く。突然の悲しみを、淡々ととやり過ごすような家族の描写が、痛ましい。感情表現はされず、「雨の降る日に紹介状を持って会いにくる男が嫌になった。」とだけ主人に語らせる。 漱石が、この頃、娘を亡くしたことを反映しているとのこと。 結末という章で、主人公・田川を、世間を聴く一種の探訪者である、としている。ストーリーの主人公は、友人・須永である事が多い。 ストーリーは、主人公によっては動かないという状況は、読者を田川目線にする事ができたのではと思うのです。

    20
    投稿日: 2022.02.25
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    冒頭に、漱石から読者へのメッセージがある。 彼岸過迄という、なんだか気になるタイトルは実は、単に正月から書き始めた連載がそれぐらいに終わるだろうと付けられた名前らしい。 そうなの、という気持ちで読み始めた。 そこには、短編を連ねて、最終的に大きな一編になる試みをすると書いてある。 話の語り手は、うまく流れにまかせて生き抜いていくタイプの青年。 探偵に憧れたり、まめまめと占いを信じたり、職探しも縁故に甘えて気楽に成功させている。 一方、真の主人公ともいえる、彼の友人はといえば、考えてばかりで、行動ができない。 その理由が最初の方から匂わされているが、そればかりが理由ではない。 自分の心とばかり向き合い、いまだ何の現実的なチャンスもつかめていない。 考えてばかりの自分がもどかしくて、気楽になりたい。 これを読んだ方は、どちらが自分に近いと思うんだろうか。 ワールドカップの時だけ、昔からファンです顔で現れる自称サッカーファンに違和感を感じてお祭りに参加できない私は、明らかに後者だろう。 そんな自分に時々しんどい人の心に優しくかたりかける漱石。 そして、能天気な青年の話も半分あるので、重さが緩和されて、前者のお気楽タイプにも読みやすい。 また、続編?の行人より、気楽な終わりなのも救われる。

    3
    投稿日: 2022.02.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    後期三部作の一つ目。主人公の敬太郎がいろんな人の話を聞いていく話。 もう面白かった‼︎ 最初のほうは「何じゃこりゃ…」といった感じで、なかなか読み進められず、夏目漱石のせっかくの作品なのに好きじゃないわと周りにも言っていたくらい、もう義務感でじりじり読み進めてたんだけど、須永くんとか千代子ちゃんとかの話が出てきたあたりで止まらなくなっちゃって、最終的には読んで大満足の作品になった。須永くんの、なんか内気な一人で考えて一人でうじうじして一人で怒って一人で完結しちゃうとこなんかは自分にもこういうとこあるよなあ…と自分を振り返らずにはいられなかったし、須永くんと千代ちゃんがまとまらないのには切なくなったし、松本のおじさんが捉えどころなさそうなのに須永くん思いですっごいいい人でかっこよかったし、須永くんの口を通して出てきた夫婦評にやられちゃって、もうどうしよう。 本ってこういう出会いがあるからいいよね。読めてほんとよかった。

    0
    投稿日: 2021.09.11
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この本は1910年に大病を患った夏目漱石が、復帰後に最初に書いた長編小説であり、後期三部作の一冊と言われています。 長編小説といっても、この物語は6つの短編から成っています。短編がひとつの話にまとめ上げられ、長編小説になったものなのです。夏目漱石は当時新聞でこの作品を新聞で連載していました。毎日少しずつしか進まない物語を短編として仕上げていきながら、その短編を さらにまとめ上げたときに、長編小説が現れる。夏目漱石がかねてより思い描いていたというこの構想は、なんとも素晴らしく粋で素敵なものに思われるでしょう。 この物語は、主人公、そして聞き手に田川敬太郎がおかれ、様々な登場人物から話を聞いていきます。オムニバス形式のような形で、田中敬太朗視点で物語は進められながら、しかし様々な立場の登場人物、それぞれが語る短編からひとつの長編の話が出来ています。 登場人物は多くはありません。しかし、それぞれの関係性が複雑で、さらには語られる時系列もバラバラな為、少し話を整理しにくいように思います。一度読むだけでは所々分からなくなってしまう部分もあるかもしれません。しかし、だからこそ読み応えも十二分にあるでしょう。特に、後半になればなるほど、ややこしかった前半の内容が伏線となっている部分や、こういうことかと得心する箇所が多く出てくると思います。前半でついて行くのが大変だと思っても、後半では気付かぬうちに彼岸過迄の世界に引き込まれて読む手が止まらなくなりました。 また、前述の通り、主に主人公が聞き手となっています。そのため、物語世界に存在していない私たち読者も、主人公と同じように、語り手となる登場人物の話をダイレクトに肌に感じ、のめり込んで聞くことが出来ます。ゆえに『こころ』のように、語り手となる登場人物の胸に秘めた葛藤や、苦しみが生々しく味わうことが出来るのです。 しかし、最終章に「敬太朗の冒険は物語に始まって物語に終わった。(中略)彼の役割は絶えず受話器を耳にして、「世間」を聴く一種の探訪に過ぎなかった」という文があります。また、同じく最終章に、松本が「自分自身がひがんでいる理由がわからない」と涙するシーンがあります。 これらの文は、いずれも現代に生きる我々の胸の内に波紋を呼ぶものではないでしょうか。非現実な物語の中で、誰もが一度は思ったことのある問いに改めて立ち返ることもできる。そんな物語のように思います。 それらも踏まえ、夏目漱石の世界観を十分に感じられる作品でもあると思いました。

    0
    投稿日: 2021.07.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公敬太郎は、大学を出ても定職に就かず、ふらふらしている。 しかし人生にどこか浪漫を求めており、波乱万丈な生活を送る友人森本の昔話に憧れている。 いくつかの章に分かれているこの作品は、主に敬太郎の周りの人の語りによって進んでいる。 特に市蔵と千代子の幼なじみ同士の恋愛話はかなり現代っぽいのめり込める内容だった。 お互い素直になれない、少しひねくれた性格で、でもあえて素直になるのも今更何か違う…というもどかしい気持ちになる。 市蔵の、自分自身のことについて考えすぎてしまう性格はその出生の秘密からきている、という展開はかなり気の毒で苦しい気持ちになった。

    1
    投稿日: 2021.04.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    後期三部作の1作目。 短編が集まって長編の形式を取っているし、序盤は割とお気楽な感じだから読みやすい。 中盤からとても濃ゆい。前期三部作とは全然違う。 あれも恋愛の話には違いないが、こちらの方がズドンと迫ってくる。 男の嫉妬心と猜疑心がとても良く描かれている。 私個人としては、須永の気持ちも分からんでもないけれど、千代子とくっついた方が幸せになれると思う。 ただ、千代子の気持ちに応えられるか分かんないんだよね須永は。 何だか二人の関係がもどかしくてもどかしくて。 これは、現代人が読んでも十分に楽しめる。 印象的なシーンも多々。 楽しかったり、悲しかったり、物寂しかったりもするけれど、漱石の書く日本語は美しい。

    3
    投稿日: 2021.02.21
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    いわゆる「後期」の、最初の作品です。 以前の新潮文庫(だったかな?)の裏表紙の紹介に、「漱石の自己との血みどろの戦いは、ここから始まった」みたいに書かれていましたが…日本文学における「巨星」漱石の、絶対に揺るがない、その「美しさ」、「深さ」みたいなものに、打ちのめされたのを、記憶してます。若い頃の、幸せな、記憶です。

    2
    投稿日: 2021.01.31
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    心の内側を描いた傑作 三四郎達より須永はだいぶ自分のことをわかっているし、敬太郎としての読者にそれを話してくれる。

    0
    投稿日: 2021.01.08
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    高等遊民とか言ってみたい。 死と恋愛も非常に重い。 読むのにも非常に時間がかかった。 語り手が代わる代わるでてくるから感情移入するのに時間がかかるが、それだけに、斬新かつ新鮮。誰に対しても特別扱いではないんだなと知らしめてくれる感じが、非常に文豪の凄みを一層感じさせてくれる。誰にも媚びてないだなと。

    0
    投稿日: 2020.11.09
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    夏目漱石の前期三部作を読み終わったので、後期三部作へ。前期のモラトリアムな高等遊民の話から一歩進んでいる気がする(それでも臆病な自意識が邪魔をして、女の子と上手くいかないのですが)。 話も工夫していると漱石が言うだけあって、蛇のステッキの話から探偵まがいの話など興味を引く小話がうまくつなぎ合わされて千代子との話に流れていき、飽きずに読めた。

    0
    投稿日: 2020.08.16
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    胃潰瘍による大出血で死の淵をさまよった「修善寺の大患」後の初の作品。 「行人」「こころ」と続く後期の三部作の最初の作品だが、正直いって、あまりよくわからない。 なにを書けばいいのか、試行錯誤中の作品のように見える。 漱石の職業作家としての第一作は「虞美人草」で、第二作目が「坑夫」だった。 「坑夫」はルポルタージュ風の作品で、いろいろな題材を模索しているふうだったが、その時受けた感じに近い。 「坑夫」のあと、「三四郎」「それから」「門」と続く、前期の三部作が始まるわけだ。 「彼岸過迄」は後期三部作の第一作とはいえ、ここからどこに向かおうとしているのか、まだその先が見えない。

    0
    投稿日: 2020.07.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    (個人的)漱石再読月間の11。あと4! 短編をいくつか重ねてひとつの主題に迫るという手法。当時は新しいものだったらしいが、現代の小説で普通に慣れ親しんだ形なので、さすが。 主題は「嫉妬」 ひとつひとつがとてもクオリティが高く、特に幼児が突然亡くなる話しは緊迫感がすごい。 漱石は探偵という職業をとても卑しいものと考え、何度も作品中登場人物にそう語らせていたが、それを遂に形にした話しもとても良かった。ポンコツ見習い探偵ものとして、むりやりミステリーだと言ってみようか。 所々覚えてる箇所もあるが、ほとんど忘れている…というかこんなに面白かったっけ?

    0
    投稿日: 2020.05.12
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    電車での通勤になり、電子書籍ばかりになった。amazon primeで後期三部作を無料ダウンロード。今更の夏目漱石。 現代の草食男子を思わせる青年の恋の続きが気になってしょうがない。

    1
    投稿日: 2019.10.31
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    娶る気もないくせに嫉妬をする市蔵に千代子が卑怯だと伝えるシーンがやはり印象に残る。 でも彼の考え方は割と現代的で分からんくもないが…最後は希望と捉えたいところ。 しかしこの作品、夏目作品としては結構新鮮なつくりだった。 これで後期3部作も残り1つ‼︎ 買っとこ。

    0
    投稿日: 2018.11.25
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    さすがに濃厚な内容でした。読むのに骨を折ってしまい、時間がかかりました。 が、さすが文豪、これぞ文学といった「構成」。 難解ではありながら、読んでいると腑に落ちる「文体」。 人物の細かな心情変化、とくに「男性の嫉妬心」「猜疑心」を絶妙に表現していました。 夏目漱石の文学的知識が多少なりともあるからこそ、読み進めていけるけれど、現代小説に慣れきってしまうと、漢文の素養をいかんなく発揮した回りくどい漱石の言い回しは読みにくく感じてしまうかもしれません。 が、夏目漱石の表現は、大げさに思える比喩の一つ一つを繋げていくことで「ああ、これしか表現のしようがない」と思えるようなもので、咀嚼して読んでいくことでスルメのように味わいが出てくる。 構成として、短編をつなぎ合わせて一つの長編をなすというもの。 夏目漱石の「後期三部作」のテーマである「自意識」が客観的に、主観的に、さまざまな視点を通して描かれていく。 やはり漱石はすごいなと思わせるのは、その構成の妙にあります。 一見主人公に見える「敬太郎」は全編通してその存在は感じとれるものの、後半になるにつれて徐々にその存在が希薄になっていきます。 最後にはたんなる「聞き手」として、脇役になってしまう。 敬太郎は刺激を求め、様々な人から話を聞くし、自分の足も使うのですが、彼の内面はなにか好奇心をくすぐるようなものはないかと、外の世界にばかり向いていて、自分の物語を形成することはしない。 ですが、敬太郎が話を聞きに行く人々は、それぞれがドラマを抱えていて、後半になると、中心人物は「須永」になっていきます。 須永は自意識の塊で、その性質のために刺激を受けないように過ごしているけれど、内面では劇的な感情の波がある。 聞き手に回り切ってしまった「敬太郎」には、あまりにも内面や環境そのものに何もなかった。 だからこそ、須永の感じる苦悩を、敬太郎は感じなくてもよいけれど、その分、ドラマチックな事からは遠ざかるしかない。 この対極的な二人から、近代人の苦悩についてあぶるように浮かび上がらせるという多重構成になっています。 後半になるに従い、心情のとらえ方が難しく感じましたが、須永の「嫉妬心」は、読みごたえがありました。 思えば、男性のドロドロとした感情の波を事細かに描写するような小説はこれまであまり読んだことがないかもしれません。 女性を愛しているわけではなく、自分を愛しているかもしれない立場にいる女性が、自分ではなく他の人を選ぶ可能性がある、と感じたときの激しい感情の描き方は、体験がなければ書けないと思います。 もう、夏目漱石すごいの一言。近代以降の物質的豊かさを手に入れた人たちの苦悩をいち早く描いて、しかも人物の心情の描写が細かくて生々しい。 「須永」の卑屈さとかたまらないくらいリアルでした。 「行人」では、「須永」タイプを主観にしたストーリーが繰り広げられるそうなので、そのうち「行人」にもチャレンジしてみようかと思います。

    8
    投稿日: 2018.10.30
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    【何気なき,由々しき事事】定職に就かず,何か心に面白きことはないかと日がな考えながら過ごす敬太郎。そんな男の元に現れては去っていく人々の語るところから,世の中を透かし見て得るに至った思いを著した小説作品です。著者は,日本近代を代表する作家の夏目漱石。 いくつかのエピソードと言っても良い話が収められているのですが,自分が特に興味深く読んだのは「須永の話」。煎じ詰めれば男女の恋仲の話なのですが,須永という人物が女性に叶わぬ恋をしているのではなく,叶わない恋に苛まれている自分を恋しく思っているのではないかと穿って(?)読み取ってしまいました。 〜要するに人世に対して彼の有する最近の知識感情は悉く鼓膜の働らきから来ている。森本に始まって松本に終る幾席からの長話は,最初広く薄く彼を動かしつつ漸々深く狭く彼を動かすに至って突如として已んだ。けれども彼は遂にその中に這入れなかったのである。其所が彼に物足らない所で,同時に彼の仕合せな所である。〜 久しく手にとっていなかった間に小説の読み方が自分の中でずいぶんと変化しているような☆5つ

    1
    投稿日: 2018.09.17
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    昔読んで「面白かったなー」という記憶があるけれど、どんな話だったかあまり思い出せない。蛸が出てくる? ヘビのステッキが重要な小道具だった気がする。 もう一度読み返したい

    0
    投稿日: 2018.06.19
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    語り手が変わっていく独特のスタイル。 語り手であり聞き手にもまわる主人公がいますが、ストーリーやテーマの中心になるのは、その友人だと思います。 夏目漱石好きなだなあ、と私が感じるポイントが存分に表れています。人間の内面が本当によく描かれています。そしてそのいちいちに、そういう気持ちわかるよ、と言ってしまいそうになるのです。 この時代は美しい。 個人の内面が、他者あるいは世間にいまほど影響されることはなかったでしょう。それだからこそ、内面を変容させることは困難で、彼らのように自分でどうにかするしかなかった。そこに苦しさと美しさがあるように、私には思えました。

    1
    投稿日: 2018.05.27
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    彼岸って言っても今どきいつ頃のことだか良く分からんし、むしろ島なのか?丸太は持ったのか?って感じになるし、彼岸島迄?って思う人もいるしいないしで、まぁでも吸血鬼は出てこない平和な話だった。 でもっていつもの昔の文学に出てくる、ぶつぶつと面倒くさい事ばっかり言って何もしないニートがぶつぶつ言ってるわけなんだけども、そんなぶつぶつ言ってるだけなのに、女の子がしっかりついてくるという、またこれか!って言わずにはいられない展開。そしてその展開がどうなったのか分からないまま終わってしまうという、このモヤモヤをどうしてくれようか。 あと鎌倉在住者として、鎌倉近辺がめっさ田舎というか、スラム漁師村的に語られてたのがなかなか良かった。調子に乗ってる住民に是非とも読ませるべき書ではないか。

    0
    投稿日: 2017.12.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    印象に残っているのは宵子の死の場面。漂う線香の煙が見えるようだった。骨を拾う時の、もうこれは人じゃないという感じがリアルで、市蔵の言葉があまりに冷淡で少し気になる。 読み進めていくうちに市蔵に対するイメージが変わり、次第に共感を覚えるようになっていった。空虚な努力に疲れていた、という一文が刺さった。

    0
    投稿日: 2017.10.09
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    高校生の頃に読んだ。終いまで鉛筆で手書きのルビがふってあった。でも内容が全然頭に残っていない。今読み返すと、須永が千代子に対して抱く嫉妬も含めた思いと、行動には移せない態度が我がことのように感じられた。宵子の亡くなる場面を描いた場面は、漱石の実体験を基にしたものだけに切なさが伝わってくる。序盤の敬太郎のエピソード、須永の長い独り語り、松本の締めくくりの話というのは、推理小説の謎解きのようで構成そのものを楽しめた。

    0
    投稿日: 2017.08.19
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    2017年33冊目。 夏目漱石の作品を読むのは、小さい頃に「こころ」を読んで以来。 内容はほとんど覚えていないけど、割と悪戦苦闘しながら読んでいた記憶がある。 ので、この作品をこんなにストレスなく読めるとは思っていなかった。 深刻になり過ぎず、それでいて退屈もなく、全体的な重さが自分にはちょうどよかった。 啓太郎の観察眼に唸ったが、それを描いた作者のそれはもっとすごいと思う。 好奇心は人一倍強いくせに、その対象に付き合った先々を皮算用すると恐れをなしてしまう性格が、自分とよく重なって笑ってしまった。 前書きも秀逸。

    0
    投稿日: 2017.07.29
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    敬太郎という大学を出たばかりの男が主人公。敬太郎の目線から様々な周りの人々の様子が描かれている。「恐れない女と恐れる男」の解釈が自分には難しい… タイトルの『彼岸過迄』は元旦から彼岸過迄書く予定だからこのタイトルにしたっていうのははじめて知った。大ざっぱだなぁ…

    0
    投稿日: 2016.10.20
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    漱石が巻頭で述べているように、短編を繋げた連作のようなものなので統一感が今一つの長編。題名も正月から開始してお彼岸の頃までの新聞連載という意味。中盤の探偵小説風の尾行話は面白いが他は印象が薄い。

    0
    投稿日: 2015.11.22
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    読書のやる気が起きずにこれで相当の時間を費やしてしまった。 敬太郎を取り巻く人々の話が伝聞形式で進んでいく、一種のオムニバス形式のような小説。 気だるい空気がひたすら続く。 個人的には前期三部作の方が好きやなあ。 引き続き行人も読みたいけど、しんどかったのでちょっと休憩。

    0
    投稿日: 2015.09.30
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    読み終わって、こういう流れなのね…ってびっくり。 最初は敬太郎を主軸に回るお話かなと思ってのですが、なるほどなあ…と。 相変わらず通勤中に少しずつ読んでたのですが、面白かったです。一気に読んだ方が良かったかな。 漱石の書く女性って瑞々しく生々しいですよね。なんともいえない魅力があります。

    0
    投稿日: 2015.08.24
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    あらすじに出てくる登場人物がぜんぜん登場しないし、話に脈絡がなく、この場面になぜこんなに頁を割くのか、など色々思いましたが、聞き手としての敬太郎の人物造形と須永の自己心情に対する詳細すぎる分析、二人の性格の対比が面白かったです。私は敬太郎が主役だと思っています。漱石の表題作の要素が全て散りばめられたような作品です。 やっぱり、心情を考えすぎだろうというくらいだらだらと語る話は面白い。

    0
    投稿日: 2015.08.24
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    主人公が聞き役となり、様々な人間から事実のみを聞く形を取る写生文のような小説。個々が抱える様々な人間の内面の悩みを、出口が見えないままに描き、考えさせられる。主人公自身が憧れる「探偵」のような役割を聞き役ととして演じる構想がおもしろい。

    0
    投稿日: 2015.06.09
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    この小説は恐らく約40年ぶり2度目。敬太郎の同宿者・森本が語る過去と失踪事件、敬太郎が謎の人物を追う探偵談は夢の中の懐かしい!出来事のようで、読み返しても面白かったが、むしろ敬太郎の友人・須永が実質的には主人公であって、主客が代わるところが不思議な小説構造だと感じる。須永の深い悩みはいかにも漱石の世界。幼い日から母が願う結婚を意識してきた従妹の千代子。高木なる魅力的な若い男性が登場し、千代子との言葉に出さない緊張感!結婚するかどうかを決めかねているのに、所有欲?から嫉妬する知識エリートの醜さ。そこに罪として自己認識するかどうかは別として須永の葛藤がある。敬太郎が謎の人物を待ち受ける小川町交差点、洋食店のある駿河台下はまさに、これを読んだ夜、宿泊した。(2月5日泊)思わぬ偶然に100年前の東京の街の情景を重ね、思い浮かべながら読書を楽しんだ。

    0
    投稿日: 2015.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    戦前の小説は、「難しい」というよりも「まわりくどい」。なので読むのに時間がかかる。 本書は『こころ』のような悲壮感はあまりなく、呑気な雰囲気で読みやすかったが、終わり方は良くない。ついでに恐れ多くも文豪の小説に突っ込むのなら、最初の森本のくだりはいらないんじゃないかと感じた。 この話は須永夫人、田口夫人、松本の3姉弟を中心とした松本家の物語。日本の家庭制度は表向きは男系で男が嫁をもらい親の名前を継ぐ。しかし現実は女系。親戚付き合いは母親の親族と係りが深い。現代はそうだが、漱石の時代もそうだったのかと思わされた。 自分の子どもが生めないばかりに夫の愛人の子どもを育て、自分の妹の子どもを一緒にさせようとする。婚家の血筋ではなく実家の血筋、自分の血筋を残そうとする須永夫人がなんとも不憫に感じた。

    0
    投稿日: 2015.01.29
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    ラッセル「幸福論」に「人間は、自分の情熱と興味が内ではなく外へ向けられているかぎり、幸福をつかめるはずである」と書いてあったけど、そんな話として読んだ。 「行人」の後に読みましたが、あちらより構成が弱め、道に迷いながら書いている感じがある。それも悪くないけど。 ここの文章がすごく好きです。 「敬太郎の頭にはその時から怪しい色をした雲が少し流れ込んだ。その雲が身体(からだ)の具合や四辺(あたり)の事情で、濃くなったり薄くなったりする変化はあるが、成長した今日(こんにち)に至るまで、いまだに抜け切らずにいた事だけはたしかである。」

    0
    投稿日: 2014.11.20
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    前半で一年前に詰まってしまい、色々と思うところあってまた読んでみた。 恋なのか情なのか、分からない。そんな人たちのお話し。 考え過ぎると人間ってのは前に進む勇気がなくなってしまうのかもしれない。 勿論それは一つの正解だと思う、人の道に正解も不正解もないんだろうけど。 でもどこにも行けなくなってしまったら人はどこに落ち着けばいいのだろう。落ち着く必要ってなんなんだろう。

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    投稿日: 2014.09.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    恐れない女と恐れる男 千代ちゃんと市さんの運命を考えるとどうにも出口が見えないようで小説の構造と似ている。

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    投稿日: 2014.07.12
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    誠実だが行動力のない内向的性格の須永と、純粋な感情を持ち恐れるところなく行動する彼の従妹の千代子。愛しながらも彼女を恐れている須永と、彼の煮えきらなさにいらだち、時には嘲笑しながらも心の底では惹かれている千代子との恋愛問題を主軸に、自意識を持て余す内向的な近代知識人の苦悩を描く。詳細→http://takeshi3017.chu.jp/file5/naiyou8106.html

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    投稿日: 2014.04.03
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    漱石後期の一作目。 短編が集まって長編が構成されている手法が用いられている。 本著でも漱石節を堪能することができる。それは繊細な心の内面の描写そして卓越した文章力。 短編を集めた構成となっていることから、テーマは男女関係、親子関係、高等遊民、資本家等々、多岐に亘る。 これを贅沢とみるか消化不良とみるか読者で分かれるところだろうか。 以下引用~ ・「純粋な感情程美しいものはない。美しいもの程強い者はない」 ・彼(市蔵)は社会を考える種に使うけれども、僕は社会の考えにこっちから乗り移って行くだけである。そこに彼の長所があり、かねて彼の不幸が潜んでいる。そこに僕の短所があり又僕の幸福が宿っている。

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    投稿日: 2014.02.23
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    なんとなく、そこはかとない悲しさが漂う。 宵子さんが亡くなってしまうあたり、特に。 ただ、話としては、なんとなく小粒に感じる。 何度か読むと味わいが出てくるのかもしれない。

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    投稿日: 2013.12.31
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    20131230読了。 漱石先生、後期三部作の一作目。 特に印象に残ったのは、「報告」のなかで、田口を批評する松本のことばと、「須永の話」での、市蔵の千代子に対する嫉妬と自意識との葛藤の様子。 上滑るように生きなければ、またたくまに精神を病んでしまうような現代人の生きづらさへの漱石先生なりの警鐘を感じた気がした。 誰もがなにものでもない市井の人として生きていくなかで人一倍、自意識のなかに埋没し自意識のみを肥大化させた須永。愛に対峙したときでさえ、自尊心から心を解放できないさまは、見ていて心苦しいがそれもまた“正直”であることの一面だと思った。 たしかに、『こころ』や『それから』ような劇的な展開はないけどだからこそ、実生活においてそこらじゅうに転がる人間の本質が垣間見える気がした。

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    投稿日: 2013.12.31
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    彼氏に勧められての読書でしたが、、 なんともスッキリせず(´・ω・) 千代子との恋愛に対して自意識を持て余している様がなんとも好きになれず、モヤモヤしてしまいました。。 探偵のくだりが1番面白かったのですが、それも一瞬で、まだ読むの早かったかな〜と笑

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    投稿日: 2013.11.21
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    自分一人の中でぐるぐる回る思考の迷路、思索と言うより、若い時に経験値が余りにも足りない為に(もしくは未熟で思慮に劣る為)ぐるぐるするしかないあの「考えれば考えるほど自分は他者に理解されてない」出口もなく向上的でもなかった頃の、思考回路の癖と言うか、そう言うものを思い出した。成熟に程遠い年代の… BL的匂い系作品と取れなくはないが、個人的にはその方面には全くハマらず。それよりも市蔵が婚約者とされている従姉妹の千代子に対する認識の描写の部分の方が愛情とその他もろもろの裏返し表現として優れている。

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    投稿日: 2013.10.17
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    バブル期のトレンディドラマのような、どうでもいい男女の空騒ぎがいつまでも続く。けれど普段から自分の仕事、事業、実績、学業などがどの様に評価されているかが気になって仕方ない現代人の小市民性と、その気もないのに千代子のことでイチイチ嫉妬する市蔵の自意識が重なる。世の中と接触する度に内へとぐろを捲き込み、刺激が心の奥に食い込む性質というのは鬱陶しいが、巷説の新型「うつ」だと原因を外に求めて、これっぽちも自分の責任を考えないという点で全く違うし、流石の漱石もそこまで現代の病魔が進むとは考え及ばなかったに違いない。

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    投稿日: 2013.10.16
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    気づけばすっかり須永に感情移入してしまう作品でした。タイトルもちっと何とかならなかったのか(笑)と思いつつ、なんというか本人が考えてることと第三者から見た本人像ってどっかずれてたりするよなぁと思いました。敬太郎視点の話では須永とかいう高等遊民甘ったれたこと言うなよー家が裕福だから退嬰主義気取れるんだろうがって印象でしたが、須永視点に話が変わると、彼のじめじめネバネバした思考(ほんとに思うだけ思って考え尽くすけど行動には決して移さない)に虜になっていました。千代子に対する一言じゃ表白しきれない気持ち、自分でも原因がわかるような判らないような嫉妬心、多分好きなんだけど、結婚することはお互いにとっていい方向に行かないと理解しちゃってるところ、自分なんかより男らしくて爽やかな高木のほうが絶対千代子にとってお似合いだ〜でもむかつく〜みたいな心のなかで繰り返す矛盾。 個人的に一番ドキッとしたのは、須永が、松本叔父さんに自分で考えみなよと言われて泣く場面です。どうにかしたいのに誰も何も言ってくれない、そもそも自分でもどうしたらいいのか判らない、気持ちを言葉にしきれない時って感情的になってしまうよなと思いました。とにかく須永がいじらしくて……。 こころでも感じたけど、この作者が書くモノローグがとても好きです。物語に出てくる高等遊民が先生とか須永みたいなキャラクターばっかだったら私は読み漁りまくるぞ。

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    投稿日: 2013.05.13
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    本書名は著者が最初に記すように、元日から書き始めて、彼岸過迄に書き終えるぞ!という決意をそのまま書名にしたとのことで(笑)、本人いわく「実は空しい標題」であるとのこと。しかし、一方で「自然派」でも「象徴派」でも「ネオ浪漫派」でもなく、そうした色分けではなく「自分は自分である」という孤高宣言をした上で、明治知識人を対象とした小説を書くのだという気概も謳い上げられている。短編を紡いで長編にするという構想の下に、当時の朝日新聞に連載されたものとのこと。 最後に著者は、敬太郎という主人公に「世間」を「聴く」だけという役割を与え、彼を取り巻く人々の諸相を描いたとしているが、むしろ、前半は敬太郎が主人公そのものになって、就活中の身の上ながらも冒険心を内に秘めた性格として描かれ、隣人との関係のこと、占いをしてもらう話、知らない人の尾行を依頼されての任務経緯などお気楽な話が続きます。(笑)新聞紙上での連載ということもあって、テンポの良い1章1章の流れにのって割とスラスラ(そしてダラダラ)物語が進んでいく感じです。 しかし、後半から一転、尾行した家の娘の死の話から始まって次第に物語が重くなり、本書の後3分の1頃からは、実主人公が敬太郎の友人の須永に変わった上で、従妹の千代子との結婚問題に苦悩する心理描写が重たく描かれることになる。知識が逆に内向・深読み化する方向へ向かいがちな須永が、母と千代子との板挟みに苦しむ姿の描写は漱石ならではの展開でとても秀逸。千代子が須永へ、愛してもいない自分に何故嫉妬するのかと罵倒するシーンはボルテージ満開で最高のシーンでした。(笑)そして、須永に千代子を強いる母のプレッシャーとその想いの根源にも重圧感どっしりです。 読者をその共感に引き込む巧みな描写力でなかなかの深い感慨が残る後半と、前半のお気楽さの差には驚きました。(笑)これは2冊の本に分けても良かったのではないかな・・・。途中からの路線変更ですが、過去を語る須永の話は敬太郎とともに読者は現在をわかっているので、ある意味、安心して読めてしまいますしね。それぞれの短編物語に明確な結末がないのは、経緯そのものを読者への印象として強く残すことになっている。

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    投稿日: 2013.05.09
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    著述の主体に変化が見られる点が私にとっては非常に新鮮であった。 ある意味醒めたようにも捉えられるが、醒めているようで肉薄した感じを端々に感じられるのが作品を読んでいてわくわくしたとこであった。

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    投稿日: 2012.12.13
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    気楽に再読したものの、読み終えてみると、なんだかとんでもない連作に着手してしまったという感じ。この内容を全く覚えていなかったことも納得。 須永と松本の似て比なる性質を持った人間、興味深いけど、やっぱり須永は気の毒だなと思った。内へとぐろを巻いて巻いて昇華する術を持たないって悲劇以外の何物でもないよなと。

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    投稿日: 2012.10.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    須永の物事を何でも、頭で考えて自らを動けなくしてしまう性質には、共感を覚えた。そして、高木の出現により、ハートよりヘッドを重んじていた須永の性質、自分のハート、心または、自我が脅かされることを凄くおそれていた。なぜ、そのような性質になってしまったのか。由来を辿っていくと、自分は不義の子だったからである。 それを知る敬太郎は、はじめはロマンティックなことを求めて自己の好奇心を満足させるために、探偵をし、外面的なことしか見抜くことが出来なかったのだけれども、須永の話、松本の話を聞くことによって、内面的な部分に触れて初めて、人の性質を理解することが出来たのであった。漱石の小説には、必ず無知な若い青年が主人公として出てきて、話を聞くうちに、内面的に成長をする段階に移行するのである。

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    投稿日: 2012.06.16
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    須永と千代子の距離感に終始やきもきさせられる小説。 でも電話の件は、素直にほほえましい。それ故に…ね。 主題を恋愛に置きながら、安い青春マンガチックに陥らないところが、 漱石先生の凄いところ。

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    投稿日: 2012.02.20
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    ようやく『彼岸過迄』を読んだ。読もうと思ってから一年以上過ぎていた。 感想を一言でまとめれば、ネガティブな単語を含むのでまとめない。 だから他の作品との比較を言えば、エンターテイナーとしての漱石の面目が光ってると思った。 笑いを主題にするなら、『猫』や『坊っちゃん』があるけども、語りを主題にするのは本作が一番優れてる気がする。 例えば、冒頭の森本との軽妙なやり取りや敬太郎の探偵行為など、読者わ楽しませる手法が沢山使われてる。 けれども、他の作品と比較してわかるのは(というか他を先に読んで、これを最後に読んだ感想を書けば)、作品内に見えるテーマが他の作品と重複してる。また、重複してる上に他の作品以上には踏み込まれてない。 例えば、両親に対する不信から生じる実存的不安や原因不明の人間不信など。 だから、見所が特にない→駄作 という感想を持つ人が出てくるのだろうけど、それは肯定的に言えば、漱石の文学的エッセンスがつまってるとも言える。 とはいえ、柄谷行人が解説(平成二十二年改版)で言うように、これは写生文なので、普通の「小説」とは違って話の筋を一番に優先しないから、普通の読者はびっくりするか退屈に感じるだろうから、やっぱりあまりオススメはできないと思った。

    0
    投稿日: 2012.02.13
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     敬太郎が主人公のようで、いつの間にか須永が主人公に変わっていた。しかし敬太郎の存在が、須永や千代子らに起こった様々の出来事に一枚膜を張って、読者が傍観者の位置から奥に入り込めないようになっている。この感じは『こころ』の遺書の部分にも似ているような気がした。  須永は神経質すぎるとは思うけど、気持ちは分からなくもないな、と思う。  「写生文」という言葉が解説にあったが、作者から何の解釈も与えずにただあるものをあるがままに書いたような文章だ。私はそこが好きだ。作中には漱石の実体験に基づいている部分も多く、特に松本の幼い娘の死にまつわる描写は凄まじくリアルでぞっとする。 以下余談  こないだツイッターで、「文学研究は出版社の都合とか表現上の規制とか締切とか、そういうものは全く斟酌されていなくて、作家は自分の書きたいように書いたという前提でなされているということを知った」的なRTを見たんだけど、「そんなことないよ、漱石の連載小説はよく『さっさと終わらせろ』と朝日新聞から言われてみたいだし……」と思っていた。そんなときにこの本を読んでいた。  『彼岸過迄』は、まさにそんな感じで、どこかから「さっさと連載終わらせろ」という圧力がかかったとしか思われないような、煮え切らない終わり方をしている。そんな圧力のために、やむなく駆け足でまとめざるを得なかったのではないだろうか。  だとすると、ここに文学のジレンマを見ることもできるかもしれない。たくさんの人に面白く読まれることは必須条件だけど、読まれるためには出版社の意向等諸々の都合に合わせなければならず、自らの価値を貶めることさえある、という意味で。  ただ、何の制限もなく自由に書けるということが、文学作品において、私はさほど重要だと思っていない。それは漱石の言葉を引用すると「小説は建築家の図面と違って、いくら下手でも活動と発展を含まない訳に行かないので、たとい自分が作るとは云いながら、自分の計画通りに進行しかねる場合がよく起って来る」からで、つまり作者が自由に小説を書くと言っても、自力では如何ともしがたい謎めいた力がそこに働いているように思うのだ。

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    投稿日: 2011.11.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    夏目漱石の小説を読むのは何年ぶりであろうか。先日、硝子戸の中を読んで少し興味を持ったので読んでみた。最初の方を読んでいると、何だか私にとっては苦行でしかなかった就職活動云々の話が書いてあり、「ああ、こういうのを読んでいれば、もうちょっとマシな対応ができたかも」などと悔やまれる。昔の就職活動も大変だったんだぜ、という話なのかと思って裏表紙を見たら、全然違うことが書いてあったので驚いた。メインストーリーは、この就職活動云々の人の友人が話した内容として明らかになるのだが、何となく『こころ』の物語構成を彷彿とさせる。もっとも漱石作品をそれほど読んでいないので、あんまり比較対照などもできないのだが。全体的に推理小説チックだった。

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    投稿日: 2011.08.17
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    漱石作品に共通しているのは肉親への諦観と、コケティッシュな女に振り回されたいという願望と、いっそ馬鹿が羨ましいよというある意味選民思想の様なもの。故に漱石作品が好きなんですが。 特にこの作品は、「これじゃダメだと思って昔は色々努力もしてみたけれど、それが悉く失敗に終わったので今じゃすっかり諦めて表面だけ取り繕ってるよ」みたいな漱石の肉親観がモロに出ていた。血のつながりがない場合もあるから親族観って言った方がいいのかな。滲み出るなぁ。ただそんな経験をしてない人が読んだら全く別の見方をするのかもと思わなくもない。

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    投稿日: 2011.06.12
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    【ストーリー・構成】 敬太郎はある男についての偵察を依頼され、一組の男女を尾行する。その後、その尾行の報告をした敬太郎は、友人須永の恋の話を聞くことになる。前半は探偵小説のようなストーリー展開とテンポだが、後半の「須永の話」においては人間の深淵を突き詰める、哲学的、内面的なものとなっている。 【小説の背景】 「門」を書き、その後大病を患い、久しぶりに新聞に掲載することになった作品とあって漱石さんもハリきって執筆に取り掛かったよう。 しかし、この小説の前半部は漱石の弟子たちに痛烈に批判されている。小宮豊隆は敬太郎について「好奇心だけがでしゃばって、存在の意義を十分に発揮していない」と述べている。(確かに小説を読んでいると最もな意見だと思えるが、この前半部はそれはそれで面白いです) 【読書感・味わい】 前半はつらつら読めていたのに、後半部になるとスピードが落ちてページが進まなくなった。後半においては須永と千代子の関係が一向に進まず、だらだらとした須永の語りが非常にもどかしい!!!!!(笑)このもどかしさを楽しむことがこの小説の味わい方なのかもしれません。前半は単純にストーリーの展開を、後半部は恐れ、エゴ、自我などにがんじがらめになって行きつ戻りつする人間の微妙な心理を、ある意味で2つの要素を楽しめる作品かもしれません。

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    投稿日: 2011.05.27
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    若い頃読んだときには須永に感情移入していたが、人生の後半に差し掛かった私の感想はこんなに自意識過剰でいられるであろうかという想いである。 その想いは、どっちに転んでも所詮は高が知れているという経験知からの諦めだろうか。 私が漱石を愛してやまないのは、漱石の提起する問題は時代を超えて普遍性を有しているからである。 そして、読む年齢に応じて様々な解釈を可能とする懐の深さがあるからである。

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    投稿日: 2011.05.18
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    購入:2009/1/13 読了:2009/1/14 このくらいの文のリズムが好き。 お話の内容は、あんまり最初から先を考えることなく書いていったのかなぁ、と感じた。千代子と須永の話はすごく面白いけど。

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    投稿日: 2011.03.13
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    千代ちゃんが島田髷を見せにくるあたりがたまらなかったが、敬太郎の探偵ごっこも好きである。 満足度7

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    投稿日: 2011.01.31
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    読みやすい。非日常的なことに憧れる敬太郎と自分の中の感情に悩む須永、2人の心がとても巧みに描き出されている。特に須永の千代子への嫉妬の描写は素晴らしい。

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    投稿日: 2011.01.27
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    物の真相は知らぬ内こそ知りたいものだが、いざ知ったとなると、却って知らぬが仏で済ましていた昔が羨ましくって、今の自分を後悔する場合も少なくはない 当たり前のことを言ってるのだけれど、漱石様に書かれると、 深いです・・・。

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    投稿日: 2011.01.26
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    恐れる男と恐れない女。 須永と千代子の関係は、皮肉だとしか言いようがない。決して行動はしないのに嫉妬はする須永と、彼を卑怯だと思いながら時に弄ぶ千代子。うーん。 須永が恐れているものは千代子や周りからの期待なのでしょうか。彼が愛に一目散になれないのは他にも理由があるような…? 敬太郎の存在感の変化が面白かったです。彼はあくまで聞き役ということですね。

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    投稿日: 2011.01.19
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    「恐れる男と恐れない女」という一文が印象的だった。 漱石文学の世界観を端的に表してると思う。 近代以降、いつになっても男は女を恐れるものなのです‥

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    投稿日: 2011.01.04
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    新聞小説なので区切りが良く、読みやすい。また常に動きがあり、飽きさせない。草枕や虞美人草の風景描写が苦痛に感じる人はこれのほうが良いと思う。 そこで終わるか~!と思った。もっと書いて欲しかったけど、想像するのも楽しい。 須永と千代子の、近づいたら互いに傷つき、離れてもいられない関係・・・せつない。須永しっかり言えよー!と読みながら思ったが、そういう関係は理解できます。 ここまで作中の世界に入れる作品です。お勧めします。

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    投稿日: 2010.10.15
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    再読。 夏目漱石が読みたくなって手に取った一冊。 漱石で想い深いのは、訳も分からず中一で手に取ったこころ。その後N先生に読めともう一度言われて読んだら、深くわかるようになってて成長を感じました。 この作品である文章。 「彼の太陽は生まれた時から曇っていた」 これは漱石自身の過去から来ているけど、とても切なかった。 心の感情を細かく書いた作品で、漱石らしい文章で古典文学の素晴らしさに触れられました。 ぶ厚めだけど読みやすいし、何より読み終わった後の世界観がいいです。

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    投稿日: 2010.09.07
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    敬太郎が主人公かと思って読んでいたら、いつの間にか須永と千代子の話が中心になっているという不思議な構成。短編小説をつなぎあわせて一つの長編小説を書こうとした漱石の意欲は伝わってきたけど、作品として面白いかと言われると微妙だなあ。千代子の「卑怯だ」発言のところは盛り上がったけど。「国語教師なんだし漱石くらいだいたい読んどこプロジェクト」を地味に進めてるんだけど、漱石の、男のほうだけ妙にねちっこい心理描写がちょっと苦手な私です。

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    投稿日: 2010.09.03
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    生死の境をさまよったいわゆる「修善寺の大患」後の作品。後期3部作のひとつ。 構成的にはこの後の「行人」、「こころ」にも通ずるけど、ある人物の独白形式部分が主体となっている。 その独白部分に夏目漱石自身の内面世界があらわれていてるような気がする。外交的人間に対するコンプレックスや思考型な人間の陥る狂気的なところなどね。 夏目漱石というと日本を代表する大作家としてある種神格化(お札になるくらいだし)されたイメージがあるけど、本質はやはりここなのかな? もっとほかの作品も読んでみよ。次は未完ということで避けていた「明暗」かな。それともさかのぼって前期三部作あたりいこうかしら。

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    投稿日: 2010.07.24
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    授業で使うから読みました。敬太郎は結局部外者か・・・オカルトを否定できないロマンチストというところに親しみを感じていたが。須永の気持ちはわかるところもありわからないところもあり。千代子さん素敵です。「貴方は卑怯だ」って。ドキ、グサっときます。

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    投稿日: 2010.07.22
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    センター過去問で興味を持って買った一冊。 現代っぽい小説とは違って、はらはらどきどきしたりはしないから淡々と読んでしまう。 だから読むのは結構時間かかった。 漱石さんの小説はいつもこれくらい時間かかります。 でもその分じっくり読めた。 誰かに強く感情移入はしなかったけど、何となく虚しさとか悲しさとか感じた気がする。 普通の小説みたいな強い感情は抱かなかった。 それが逆にすんなり自分の生活に入り込んできたと思う。 日常の一部みたいに読み終えた。 後書きまできっちり読めた。 振り返ると、細かく感情を揺り動かされたなーと思う。

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    投稿日: 2010.03.22
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    夏目漱石の有名な後期三部作の一つ。 読んでいて悲しくなってくるような暗い話ばかりの後期三部作。 その中でもやたらどんより。 嫌い。笑

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    投稿日: 2010.01.26
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    「彼岸過迄」は 謎有り 恋愛有り 探偵有り 三角関係有り そして 「雨の降る日」有り と 漱石のモチ-フの ほとんどを備えた傑作と 僕だけかな(笑) 思っています

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    投稿日: 2010.01.02
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    1910年、胃潰瘍の手術後、転地療養のため修繕寺温泉にいた漱石は大吐血をし、数日間生死の間をさまよう。この大患が漱石の人間観・生死観に一転機をもたらした。その後、「東京朝日新聞」に「彼岸過迄」を連載するが、初回に「久し振りだからなるべくおもしろいものを書かなければ済まないという気がいくらかある」という一文を添え、読者への気遣いを見せている。

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    投稿日: 2009.07.31
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    須永と千代子の二人がどうなるのか、須永親子の事など、とにかく先が気になってたまらなくて後半は一気に読み進めてしまった。 須永のように、自意識に縛られてしか、物事を考えれないとしたら・・・それは本当に恐ろしく苦しい事だと思う。漱石の物語に出てくる人には、とにかく考えすぎて苦しみ悩み続ける人のなんと多い事か。これは漱石の神経衰弱の現れなのだろうか。しかし、須永の気持ちは分かる気もするのだ。母の本当の思い、つまり千代子が生まれてすぐに須永の許嫁にしようとしたこと、そこに隠されているであろう真実・・・。そんなことをいつだって悩み抜いて、千代子との今の関係があるのかもしれない。それは非常につらいことではないだろうか。 正直なところ、後半は須永の話ばかりで、敬太郎の存在を忘れかけてしまい、この物語における敬太郎の存在感はかなり薄れてしまっていた。最後に名前が出てきて「あ、そうだった。この人が主人公だった。」と思い出す始末だった・・・。

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    投稿日: 2009.07.31
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    去年(2007年度)センター試験問題。前半はだらだらした印象が否めないけれど、後半に入ってぐっと引き込まれる。語り手、聞き手を意識しないとわかりづらく、読むのにちょっと気力体力使いました。「高等遊民」松本の叔父さんや、「恐れる男」須永など、漱石独特の人物設定が凄く良い味を出してると思います。

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    投稿日: 2009.02.11
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    2009/1/6(〜p200),7(〜p307終) 夏目漱石の後期三部作の1つです。 「こころ」を読んでおいて読まないというのはなんだか嫌だったので読んでみました。 ストーリー性はないとは言いませんが、一つ一つが独立した話になっているに等しいので、不思議な感じがしました。 主人公が探偵するシーンなどは読んでいるこちらにも緊張感をもたらし、探偵してみたい!という気持ちにもなりました。 須永の恋心はなんだか切なく、千代子と結ばれてほしいなと思いつつも、今の状態のほうがお互いに幸せなのではないかという、現代でもありえる関係性を上手く描いているところがとっても共感でき、読むこちら側も切ない気持ちにされました。 「こころ」を読んでいて思ったのですが、夏目漱石は押し付けがましさがない文体なので、本当に気持ちよく読めるという点で私の中で高評価となりました。 続けて他の代表作もぜひ読んでみたいと思いました。

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    投稿日: 2009.01.15
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    須永と千代子の二人がどうなるのか、須永親子の事など、とにかく先が気になってたまらなくて後半は一気に読み進めてしまった。 須永のように、自意識に縛られてしか、物事を考えれないとしたら・・・それは本当に恐ろしく苦しい事だと思う。漱石の物語に出てくる人には、とにかく考えすぎて苦しみ悩み続ける人のなんと多い事か。これは漱石の神経衰弱の現れなのだろうか。しかし、須永の気持ちは分かる気もするのだ。母の本当の思い、つまり千代子が生まれてすぐに須永の許嫁にしようとしたこと、そこに隠されているであろう真実・・・。そんなことをいつだって悩み抜いて、千代子との今の関係があるのかもしれない。それは非常につらいことではないだろうか。 正直なところ、後半は須永の話ばかりで、敬太郎の存在を忘れかけてしまい、この物語における敬太郎の存在感はかなり薄れてしまっていた。最後に名前が出てきて「あ、そうだった。この人が主人公だった。」と思い出す始末だった・・・。

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    投稿日: 2008.09.20
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    「恐れない女と恐れる男」 「内へとぐろを捲き込む性質」 「自我より外に当初から何も有っていない男」 『行人』へと続く

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    投稿日: 2008.06.03
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    漱石が書いた前書きに『彼岸過迄』新聞連載するので、つけたタイトルだと書いてあった。 学校を卒業して社会に出ようという時期の田川敬太郎が友人須永とその一族の周辺で起きる出来事を記していく形の短編連作。 小編をつないで一つのまとまった作品を仕上げるという構想のなかで書かれたというが、これは今の短編集でよく見かける手法だ。元がここにあったとは。(追加:遡ると露伴も意識していたとのこと) 理屈っぽい考察にはさまっている妙になまめいて緊張感のある須永と千代子の会話のやりとり、漱石自身の生い立ちに絡む親子の血のつながりや小さな子どもの死など、最後のページまで集中力が途切れなかった。 いつ読み直しても読み応えがある本が良書だというが、漱石の作品はそれにあたると思う。 作成日時 2008年02月03日 16:29

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    投稿日: 2008.05.11
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    漱石は苦手だっためど、これは好き。森本の夢のような話や、須永の色恋話。次は何が起こるんだろうとどきどきさせられます。全編を通して、「夢のような」という言葉が登場する。夢。この世とあの世の間の空間である夢の世界。全ては夢のお話なのかもしれない。有ったかもしれないけれど、無かったのかもしれない。彼岸過迄いったら、そんな世界に出会えるのかもしれない。終わり方が、いつもの漱石らしくなくてちょっと吃驚。何か思う所が有ったのだろうか。

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    投稿日: 2008.05.06
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    有名な「こころ」がそうであるように、漱石は実は三角関係に悩む男女の心理に固執した恋愛小説家なのだ。ロンドン留学中に神経衰弱に陥ったことは知られているが、実は被害妄想など軽度の統合失調症の症状が認められるという。「彼岸過迄」はそんな漱石の資質が顕著に表わされた、人間の心理の深層に迫った小説なのである。

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    投稿日: 2008.05.04
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     朝日新聞に掲載した漱石の小説はどれでもそうだか、前半は、かなりダラダラと進行する。誰が主人公だかわからない状態で、敬太郎の探偵ごっこの末、「高等遊民」の甥・須永市蔵と「高等淫売」千代子の関係が暴かれる。それ以降がめっちゃ面白い。幼いころからの、許婚同士、トントン拍子に話は進む、といいたいところだが、話は全く進まない。市蔵が、小間使いの隠し子であることがわかってから、同じ小間使いの「作」の素直な態度に惹かれる。市蔵の嫉妬の対象となる"男"も出てくるし千代子の妹、百代子(ももよこ)も登場、とにかく、漱石の小説にしては、やたらと登場人物が多い。劇中劇のような話の進行で、一体、前半の主人公敬太郎は、どうしたの、っていうところで、プツリと話は終わる。やはり、いつものように朝日の編集者の一言、「はよ、終わらさんかい!」で、この小説も終わってしまった・・・・。この小説の唯一の収穫は、漱石の造語である「高等遊民」「高等淫売」という言葉を21世紀にまで引きずってきたことぐらいか。やれやれ

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    投稿日: 2008.03.17
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    岩波文庫じゃなくて、青空文庫でダウンロードして携帯で読んだ。 非常に読みにくかったけど、文庫本分荷物が減ったのはよかった。

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    投稿日: 2008.02.20
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    新聞小説なので区切りが良く、読みやすい。また常に動きがあり、飽きさせない。草枕や虞美人草の風景描写が苦痛に感じる人はこれのほうが良いと思う。 そこで終わるか〜!と思った。もっと書いて欲しかったけど、想像するのも楽しい。 須永と千代子の、近づいたら互いに傷つき、離れてもいられない関係・・・せつない。須永しっかり言えよー!と読みながら思ったが、そういう関係は理解できます。 ここまで作中の世界に入れる作品です。お勧めします。

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    投稿日: 2007.10.19
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    須永は世の中と接触するたびに内へと「とぐろ」を巻きこむたちで、従妹の千代子を愛するとともに憎み、憎むとともに愛している。そんな須永を千代子は卑怯だといって責める。

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    投稿日: 2007.05.24
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    もしオレが作者と酒でも酌み交わす機会が会ったとしても、恋愛観についてだけは話し合いたくない。 きっとコイツは恋愛に関してろくでもない考えの持ち主に違いないであろうと思われるからだ。 自意識過剰っぷりは、このオレを遙かに凌ぐ!

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    投稿日: 2007.01.08
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    ロマンチック趣味で就職活動中の青年・敬太郎の目線から、友人の須永と彼の親族達との間に渦巻く複雑奇怪な事情を解き明かして行く物語。前半は敬太郎が就職のために奔走する内に須永の親戚達と知り合う過程が描かれ、後半は須永が語り敬太郎が聞き手に回る形で、須永と従姉妹の千代子との恋の駆け引きの様な話が中心となる。「恐れない女と恐れる男」それは須永の母親が、千代子が生まれた時に将来息子の嫁にする様に頼んだことから始まって…。

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    投稿日: 2006.10.21
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    「恐れる男」須永君と自分が重なって仕方ないです。松本は漱石作品の中でも大好きなキャラ。後期三部作第一作目、ということで、苦悩はやや緩めなのかなあ。

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    投稿日: 2006.05.26
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    一説ではこの小説のタイトルを決めていなかった漱石が「彼岸過迄」にこの小説を書き終える、ということでこのタイトルをつけたらしい。ものすごいネーミングセンス・・。

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    投稿日: 2006.04.09