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「反・東大」の思想史(新潮選書)
「反・東大」の思想史(新潮選書)
尾原宏之/新潮社
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総合評価

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    このレビューはネタバレを含みます。

    この本を執筆するための労力はすごかっただろう。 小ネタとしては、貧乏人は大学に行かなくていい的な慶応マインドは、実は福沢諭吉から言ってたというのが趣深い。

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    投稿日: 2024.10.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読んだりやめたり。行ったり来たり、飛ばしたり。たぶん読了しない、できない。東大自主講座の大学解体論出てくるかと思ったんだけどな。なんか気が抜けてる感じがするなと思ったら、著者が関西に行ったらどうでもよくなったのか。やぱり。東京にいないって大事かも。東京にいると東京とそれ以外に感じることがあってこわい。

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    投稿日: 2024.09.17
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     東大を誇るもの。東大を誹るもの。  自らを卑しむもの。自らを尊ぶもの。  日露戦争の決着から、第二次世界大戦終戦までの、ほんの100年足らずの時間の中で、人々は、新学業秩序によって、時に喜び、時に悲しみ、それまでの暮らしとは大きく違う生活を余儀なくされ、望む望まざると関わらず、大変に苦労してきたことが分かりました。  ですが、そんな中でも、決して、自分に不都合なものを否定するだけでなく、かつ自分が置かれた状況を悲観するでもなく、真実正直に、「共感の心」で生き、生涯を遂げた人もいたと記されていました。その名は、近藤正人(こんどうまさんど)さんと云うそうです。  本書と同じく新潮選書の中でお気に入りの本に、本居宣長『もののあはれ』と『日本の発見』先崎彰容 があります。あちらにおいても、時代に対応する現実的な学びの大切さを知りながらも、それでも日本人が本来持っていた、共感の気持ちを、道徳的・教養的・政治的なものに関わらない素直な感情を覚えていて欲しいと記されていました。東大秩序に飲み込まれた時代にあってなお、そのことを覚え続けていた東大生がいたことは大変に感銘を受けました。  なお、近藤正人さんにつきましては、「戦時中」「近藤正人」などのキーワードで検索すれば、彼の生い立ちを見ることができますので、興味がある方はぜひご覧ください。  また、P256〜P259の英語教育廃止論も興味深かったです。 ①日本の若者から膨大な時間を奪い、外国語翻訳作業ばかりをさせた結果、若者は勉強や知的向上心を失わせてしまっている可能性があること。  そうした時間以上に、日本人の精神的支柱を教える歴史教育や、それを元にした、戦争回避の具体的方法を見出す、優秀な若者を育てることが大切であるはずだと云うこと。 ②オックスフォードやケンブリッジが、日本語で合否を決めると云うことはあり得ない。しかし(当時の)現実には、日本の大学において、外国語によって合否が決められることは少なくないこと。※英語、ドイツ語、フランス語などで論文を書かせ、その内容によって合否を決めるというものが普遍的であったそうです。  外国のみ崇拝し、自らは卑屈に嗤うと云う様子は、なんとも居た堪れないどころか、現実に日本を守るために戦争に行っている若者たちのことを思えば、国土に留まり、安寧を約束されている教師や若者が、彼らを侮辱するかのようであり、なんともやるせない。是非とも改善したいとのこと。 ③そもそも西洋文化の象徴とされる英国(当時)は、植民地獲得に邁進していること。日本も満洲国を預かってはいるが、セオドアルーズベルトが日露戦争講和を図ってくれたことからも分かるように、日本の諸外国における、将、兵、捕虜の扱いは極めて人道的であったこと。そのことを鑑みれば、植民地獲得に邁進する英国式に習うことは、もうこれ以上はないのでないかと考えられる可能性。  といった旨は大変に興味深かったです。  筆者の尾原さんは、犬エイチケーと揶揄されるNHKに勤務されていたとのことで、読み始めるに辺り、結局は東大賛美であり、現在の軍・医・学複合体の秩序体制の重要性を訴えるだけなのではないか・・・と、正直、疑いながら読み進めておりました。  けれど、実際の内容は、公正に近いものがあったと思います。合理や秩序では説明がつかない、人の心の、「もののあはれ」な事柄も述べつつ、起きた出来事からどう次の出来事に転じていったのか___そうした説明が大変に分かりやすかったです。  個人の伝記や小説を見慣れている人には、ある時代の流れを追った小説感覚で楽しむこともできると思います。  みなさまに、こちらの本をお読みいただくお時間を頂戴させてもらえれば、幸いでございます。  

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    投稿日: 2024.07.01
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    受験の結果・自己責任 東大出の酒の味 大正期・私学の個性の尊重 昭和期・東大は西洋盲従/反日本的 福沢諭吉:官尊民卑の打破 慶応義塾の経営難 二人の息子を東大に→慶応に転学 貧生は下等に安んぜざるを得ず 学業の実業家 合理主義と寛容を重んじるユニテリアンに共感 早稲田大学・民衆の中へーレジャーとモラトリアム 東大の分家・慶応の弟分 明治14年の政変→大隈重信創設 劣等性と落第生の掃溜め 好きなことをやる 一橋大学・自負と倒錯 軽蔑される商業大学 商業教育と学問の相克 福沢・学問に凝る勿かれ 同志社・詰め込み教育からの転換 キリスト教の敵としての東大 唯物論の盛んなりし帝国大学 大正デモクラシーと教養主義 エロ・プロ・テロ サンディカリズム・無政府組合主義 知識階級排斥思想 消えた特権・強まる信仰 ジャンク化の極みに達した学歴 この文書は明治期以降の日本における「反・東大」の思想史を詳細に分析した学術的研究の要約です。本書の中心テーマは、東京大学に対する様々な批判や対抗の思想的流れを追うことで、現代日本の学歴社会や能力主義の根源を探ることにあります。東大への感情は羨望、妬み、尊敬、嫌悪が混在する複雑なものであり、この二面性が日本の高等教育制度や社会構造を理解する鍵となっています。 明治期から大正期にかけて、福澤諭吉と慶應義塾は「官尊民卑」の思想に対する最も体系的な批判を展開しました。福澤は東大を頂点とする官学システムが個人の独立性を損ない、国家への依存を生み出すと批判し、「教育は私なり」という理念のもと私学の重要性を強調しました。慶應義塾は政府からの補助金を拒否し、実学教育を重視することで、官僚養成機関としての東大とは異なる教育理念を確立しようとしました。この時期には早稲田大学も「セカンドクラス」を拒否し、私立法律学校群が「帝大特権」の撤廃を求める運動を展開するなど、私学による組織的な抵抗が見られました。 大正期から昭和初期にかけては、一橋大学(東京高等商業学校)が「ベルリン宣言」を発表し、商業教育の独立性と実業教育の価値を主張しました。同時期に同志社大学、武蔵高校、甲南高校、成蹊高校などの私立学校が「詰め込み教育」からの転換を図り、個性重視の自由教育を推進しました。一方、京都大学は「ライバル東大」として対抗心を燃やしましたが、東大の強固な学閥に阻まれ、「上京組」の就職活動における苦戦など、構造的な限界に直面しました。 昭和期に入ると、労働運動において「知識階級」排斥の動きが顕著になりました。労働運動家たちは東大出身者を中心とする「インテリ」を、理論ばかりで実践が伴わず、労働者の実態を理解しない存在として批判しました。この時期の「反・東大」は単なる学校間の競争を超え、社会変革の主導権を巡る階級的対立の様相を呈しました。また戦前期には右翼勢力が東大法学部を「凶逆思想」の温床として攻撃し、津田左右吉事件に象徴されるように、学問の自由が政治的圧力によって脅かされる事態が発生しました。 戦後の教育改革により帝国大学の法的特権は消滅し、新制大学制度が導入されましたが、東大の社会的影響力は維持されました。1960年代の全共闘運動は東大の「エリート性」を根本的に批判し「東大解体」を要求しましたが、結果的に東大の自己変革を促すことになりました。本書が示す重要な洞察は、これらの「反・東大」運動が東大の解体には至らず、むしろ東大の適応能力と自己変革力を高め、結果として東大の地位をより強固なものにしたということです。 本書の専門的分析によれば、「反・東大」の思想史は日本の近代化過程における官学と私学の対立、実学と理論学問の相克、そして能力主義と平等主義の緊張関係を反映しています。東大は批判を吸収し適応することで、時代の変化に対応しながらその支配的地位を維持する組織的レジリエンスを示しました。この歴史的経緯は、現代日本の学歴社会や能力主義的価値観の形成過程を理解する上で重要な示唆を提供しており、東大への複雑な感情が日本社会の構造的特徴として根深く存在することを明らかにしています。

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    投稿日: 2024.06.16