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死の貝―日本住血吸虫症との闘い―(新潮文庫)
死の貝―日本住血吸虫症との闘い―(新潮文庫)
小林照幸/新潮社
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総合評価

48件)
4.4
27
10
9
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    絶滅動物物語3にミヤイリガイが出てくるので、読んでみた。 先人達の犠牲や、医師の苦労の末、漸く日本住血吸虫症が100年余かけて収束した記録である。 日本住血吸虫症の患者の症状はあまりに酷い。だから、原因を追求し、病気を治したいという気持ちがとても理解できる。 調査していくにつれて、原因となる寄生虫が発見された。また、その寄生虫の成長の過程でミヤイリガイが中間宿主であることを突き止める。そこで、寄生虫の成長を阻止する為、ミヤイリガイを根絶させることになり、薬剤や河川の工事などを行うことにより、ミヤイリガイの生息を阻害してきた。その結果、ミヤイリガイが激減し、同時に日本住血吸虫症患者も減った。官民力を合わせて撲滅運動を続けた結果、ついに日本住血吸虫症は退治された。 現在ミヤイリガイは絶滅の危機に瀕している。 中間宿主であったばかりに、絶滅に瀕しているミヤイリガイの事を忘れないことが、唯一の供養かもしれない。 そう言えば、子供だった頃、学校でギョウ虫検査を受けたことがあった。背景にはこういう歴史があったのだと、先人達の努力に感謝せずにはいられない。

    1
    投稿日: 2025.09.12
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    絶版になってたハードカバーを一度借りたものの挫折し、単行本が出たので買ってきた!!今度は3日で読み終えました。 日本各地に見られる謎の地方病の原因を紐解く話。 非常に素晴らしい本!! 前に途中まで読んだ時も思ったけど、藤井先生から始まった研究者の生涯をかけた研究リレーや杉山なかさんに強く心を打たれました。 感じたことは沢山あるけど上手く言い表せない! ただ、私が今生きるこの環境も、さまざまな先人たちのたゆみない努力の上に成り立っているんだ、すごくありがたいことだと思った。 私は平成生まれなので昭和天皇のことはほぼわからないけど、この本を読んで皇族の方が科学や医療など、そのような学術的な方面に明るいことの意味も知れた。すごく大事なことだ〜。 宮入貝についてはすごく可哀想だと思った。もともと水の綺麗なところで過ごしてただけなのに!へんなやばい寄生虫を育てちゃう素質があったんだよね…。 目黒の寄生虫館で宮入貝を見れるとのことなのでそのうち新幹線に乗って行ってみようと思います!

    1
    投稿日: 2025.08.30
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    2日で読んでしまった。 文献的な記録としては江戸初期、本書は1844年に広島で水腫脹満というお腹が膨れ、重症者は死に至る古来からの謎の病気が流行している所から始まる。 私はこの本を読む前、日本住血吸虫症という言葉を今まで聞いたことすらなく、明治の時に流行した遠い昔の感染病と思い込んでいた。 しかし、最後まで読み進めるとこの感染症は私が生まれた平成まで続き、今なお世界では流行していることを知った。 未知の感染症が流行したとき、人々は過去の記録や知識を総動員して原因の究明をする。そこには多くの人の死や動物実験による犠牲がある。それでも人類はそれらを克服してきた。 この本はその一例を示しており、明治より前の時代の医療が発達していない時代から明治、大正、昭和、平成と多くの医者や関係者がその時の最大限の知恵を絞って感染症と闘い、現在の医療に繋げてきた。 原因が分からなかったとき、日本住血吸虫症により多くの人が何もできずに死んだ。犬や猫など多くの動物が実験の犠牲になった。 経皮感染することが判明したとき、川に入らないようにしたり、糞を肥料に使うことを規制した。 ミヤイリ貝が中間宿主と判明したとき、人々は茶碗と箸で駆除を始め、その後生石灰やコンクリート化など様々な対策が講じられた。 そして現在、日本では日本住血吸虫症という言葉は聞かれないし、多くの人が知らないであろう。 しかしそれは、過去に多くの人が知恵を出し闘い、克服してきたからであり、これらの事実は今の人たちも知るべきことなんじゃないかと思う。

    1
    投稿日: 2025.08.17
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    我が家には田んぼがある。自家消費分と少し売るだけの米を作るくらいの田んぼだ。 田起こしが終わって、代掻きが始まるまでに出水口に仕切りを立て、土を詰める。田んぼの水位を保つためだ。 田んぼの土をとり、水が漏れぬよう仕切りと田んぼの間に詰める。 掴む土に、ミミズが顔を出す。 田んぼに水が入ると代掻き。あめんぼう、かえるの卵、機械に巻き込まれて浮かびあがる、かえるの死骸……いろんなものが水を張った田んぼにあらわれる。 農作業で使ったトラクターは、田んぼのすぐ脇で泥を落としている。用水路から水を汲む。 近くには、真偽はわからないが昔肥溜めだったというコンクリ製の枡が残っている。 我が家のある土地は、有病地ではない。 この本の風土病の話は身近なものではなかった。 しかし、もし、この寄生虫がいる地域だったら…? 感染は何も珍しいことではない。今は機械を使っているが、田んぼには生き物があふれ、水には否応もなく触れる。 一昔前なら、あの肥溜めには肥料という名の排泄物が溢れていただろう。 夏なら近くの川では家族連れがBBQ。 知識と意識がなければ、容易に感染してしまう。 仮に、農作業のあとに足や手にかぶれが出ていても「なにかかぶれる植物に触ったんだろう」と思うだけだ。 農家の目線からすれば、あまりに日常すぎる、すぐ隣にいる恐怖だ。 あの田畑から、人間の体内にもぐりこむ小さい寄生虫を探せ!というだけでも目の前がまっくらになる。田畑には生き物が多く、タニシのたぐいは珍しくない…。 それを、勇気と尊い犠牲と、執念と知識と責任感で追求し、ついに発見、克服をした医療関係の方々には尊敬の念しかない。 昭和あたりの作品では、自然破壊の描写に、コンクリーで固められた河川が描かれることが多々ある。護岸工事で人工物に覆われた川には蛍は飛ばない…なんと嘆かわしいことか、と語られる。 ある資料館の郷土史家の展示で、最近は牛馬を飼わなくなり、農家の生き方もせわしくなった…という話が載っていた。 たしかに、これは自然破壊であり、穏やかだった農家の生活の急変だろう。 しかし、これが有病地だったら…? 護岸工事によって住血吸虫を宿すミヤイリガイはなくなり、感染を広げる牛馬が減れば、人的被害も抑えられる。 自然破壊が一転して、住血吸虫症の犠牲者を減らす懸命の行動になる。 そう思えば…「自然に優しい」は「人間にも優しい」とは必ずしもいえないことに気づく。 毒物は、鉱毒よりも生物が作った毒のほうが効きやすいともいう。生体に効くことを目的にした構造をしているからだという。 自然破壊はたしかに問題だ。 だが、自然に優しくすれば、自ずと人間も過ごしやすくなる!と言っていられるのは、 今の「人間に住みよくなっている環境」だから言えることではあるまいか。 安心安全な上水道、わけられた下水道、厳しい衛生基準で作られた飲食物、危険な寄生虫の宿主をはびこらせないように固められた河川、牛馬と違って感染しないトラクター…。 無菌室のような環境で語る、豊かな自然には、人命を奪う様々なものがいること、 それと戦うには100年の長い時間が必要となるこもを、今一度考える必要があるのではないか。 無数の生き物が、人間の都合関係なく蠢く田んぼを脳裏に、そう思った。

    1
    投稿日: 2025.07.16
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    病気の原因究明から撲滅まで、人類の長い戦いを描いたノンフィクション。 医者と住民の戦いへの情熱が注ぎ込まれている。こんな歴史があった上で生きているのは、大変ありがたいことや

    1
    投稿日: 2025.07.08
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    甲府盆地、広島片山地方(片山病)、筑後川流域 特定の地域で下腹膨れて死に至る地方病があり、昔は祟り等の部類かと思われていた病気が、寄生虫と媒介するミヤイリガイと言う貝だと言うことがわかり、撲滅を目指す過程を描くノンフィクション。 「Wikipedia三大文学」と言うキーワードにつられ手に取る。 読み物としての面白さは少ないが、少し前の日本で起こっていた病気、戦い方等を知れた事、またその地方の現在の産業等に結びついているところを知れたのは面白かったな。原因、対策方法が分かってもそれを実施すると農家として生きていけないから止められない葛藤。 ■学 甲府でのミヤイリガイ対策としても水田を水が無い果樹園で桃、葡萄を作ることは有効だった。 筑後川流域はゴルフコースに

    7
    投稿日: 2025.06.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    山梨、広島、佐賀のある地域のみで古くから恐れられてきた謎の死の病。その原因究明から治療法の確立、撲滅までの一世紀余に亘る人々の苦闘の歴史。 ……濃厚なドキュメンタリーを一気見した読後感。 元々書店で『羆嵐』『八甲田山死の彷徨』と並べられ“Wikipedia3大文学”として紹介されていたのを手に取ったもの。かつ日本住血吸虫症は小学生の頃児童向けの科学?の本に載っていた(死の床にある患者の挿し絵がトラウマ)ので、ミヤイリガイという名称と共に覚えていた、ということもある。 ま、『羆嵐』も『八甲田山死の彷徨』も実際の悲惨な事件を小説化したものであり、作品の大部分は恐怖と絶望の色が濃厚なのに対して、本書はあくまでもノンフィクションであって、かつ死の病の悲惨さよりも、それらに必死に立ち向かった医師や研究者らの姿にフィーチャーした―という点でも前二書とは全く異なる味わい。 日本住血吸虫症は現在、日本国内では撲滅した―とのことであり、寄生虫症や風土病という言葉自体過去のものとして忘れられつつある。人(特にその地域)にとっては負の歴史なのかもしれないが、それでも風化させてはならない記録であり記憶なのだと思う。 これは蛇足。 山梨県が果物王国、国内屈指のワインの産地となったのは、この病気が一つのきっかけ、というやや捻くれた見方もできなくもないわけで、なるほどなぁと言うか。

    0
    投稿日: 2025.06.09
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    Wikipedia三大文学のラストとして読んでみた。日本住血吸虫との歴史が詳細に書かれてあって、読み応えがあった。大河ドラマになっても面白いと思う。

    2
    投稿日: 2025.05.17
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    風土病がない現在の生活は、先人たちの苦労があったからこそと感じた。 解説にあるように、高校の歴史総合で扱ってほしいと化思う。

    1
    投稿日: 2025.05.12
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    GW前から心身の体調が良くなくて、中々 本が読める状態ではなかったけれど ようやく少し落ち着いたので積読してた この作品読みました。 この日本住血吸虫症。地方病ともいわれ 腹に水が溜まり、発育不全も起き、子どもから大人まで死につながる病として恐れられていたそうで 山梨県、広島県、福岡、佐賀といった特定の地域のみで発生していた病。 この地域に嫁に行くには棺桶を背負っていけなどと いった口碑が伝わっているほどこの地方病はとても昔から恐れられていました。 その病をなくしたい、治療したいという思いで立ち上がった医師や官僚、そしてそこで暮らす市民の 強い想いが明治、大正、昭和と世代が代わりながらも想いをバトンに繋げながら病を無くす闘いを続けていく姿、とても印象的でした。 特に本の中で、自分が地方病で亡くなる前に遺書で 自分の体を解剖してこの病を治す何かを見つけて欲しいと死体解剖願いを書いた明治時代の女性の話。 とても何故か心に残りました。 私たちが当たり前に過ごしている生活基盤の背景には、過去に生きてきた人の願いや想いが詰まっていると思うと感謝しながら、当たり前と思わないで生きていかないといけないなと思います。

    49
    投稿日: 2025.05.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

     先人たちがこの感染症と闘ってきたことが、日本の衛生観念の発展や山梨の果樹園発展等に寄与していることを知れて嬉しく思った。これは一種の日本史であり、私のような若い世代も知るべき内容であるし、学生時代に知りたかった。  自分の時代にはもう関わっていないものだと勝手に思っていたが、100年以上前から最近まで存在していたものであることを知り、驚愕した。  死の貝というタイトルについても考えさせられる。

    1
    投稿日: 2025.04.09
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    色んな所で取り上げられているのを見て、それなら是非ってことで。住血吸虫症、こんな恐ろしい病気だったんですね…って、過去形で語ってしまうけど、実際、今を生きる身からしたら、なかなか実感が沸かない。でも序盤で、まずその恐ろしさが描かれ、作品に惹き込まれる。ミヤイリガイの名前は、住血吸虫が宿主としたからこそ、だったのね。にしても、その貝が今や絶滅危惧種とは…。病の克服のためにはやむを得ない処置と分かりつつも、環境破壊や生態系攪乱という問題に、どうしても気が行ってしまうのは避けられない。かくも難しい自然との共生…。

    2
    投稿日: 2025.03.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    タイトルがもう怖い。そしてサブタイトルを見ても何のことやら分からない。貝に寄生する虫が起こす恐ろしい病気だということが読み始めてすぐに分かるのだけれども、本文に入る以前に目次のすぐ後にある資料にまずものすごい衝撃を受ける。 写真のインパクトがすごい。限界かと思われるほど膨れ上がったお腹、三人並んで写った男性の比較写真で、小学生中学年くらいに見える人が実は25歳男性であること(本文によれば感染が重くなると著しく成長が阻害されるためらしい)、寄生虫のおぞましい姿やその感染経路や変態の仕方、宿主となる貝があまりに小さいことなど、もう本文を読む前からすさまじい。 これを突き止めあらゆる考えられる対策で戦い、ついにその病をなくしたという研究者の執念と努力には本当に頭の下がる思いがした。 p109経皮感染か経口感染か(略)医学の常識を鵜呑みにする自惚れがいかに恐ろしいものか、を示すことにもなったのである。 ここは教訓だと思う。 また、p102から太平洋戦争末期のレイテ戦について書かれているが、飢えや病に苦しめられという話を聞いたり読んだりしてもその病の中に日本住血吸虫症と言うものがあったことはあまり知られていないのではないかと思った。p276にも大岡昇平のレイテ戦記が出てくるが、大岡昇平や井伏鱒二という文学者がこの寄生虫から来る病の撲滅運動をすることになったエピソードにもとても驚いた。p194ガダルカナル島のマラリアの話も聞いたり読んだりしたことはあったけれどもここにも日本住血吸虫症があったことは知らなかった。そもそもこんな恐ろしい病気の存在自体知らなかった。 子供の頃「昔農作物は人糞の肥やしで育てていたから寄生虫が湧いて酷かった。野菜を食うというより寄生虫を食うようなものだった時もあった」というショッキングな談話を聞いたことがあったが、それはいわゆる回虫のことで住血吸虫などという寄生虫は知らなかった。でもいま思うと単一の種類の寄生虫を指して話していたわけではなかったのかなとも思う。 検便も自分の子供の頃は寄生虫の検査だと聞かされていたけれど今は大腸検査としてしているのだろうか。寄生虫はほぼ撲滅されたので小学校から検便はなくなったとも聞いたことはあるが全国的にそうなのか、地域や学校単位によるのかも知らないので今の現状は分からないけれど。 河川のコンクリート化というものにも単なる整備や近代化ではなく、ミヤイリガイ撲滅を目指す意図がメインの地域があったと言うことも初めて知った。また山梨県の有名なブドウ生産の裏にもミヤイリガイ撲滅の刃意図があった地域など驚くことばかりだった。これは知らない人が多い事情だと思う。知らないことの多さにずっと驚きっぱなし、恐ろしさに震えっぱなしだった。 中国訪問時の話も大変興味深かった。後書きにある日本人であることの誇りという下りを読んでジーンと感動した。もしも宮入先生がノーベル賞を受賞されていたら、私たち以下若い世代の人たちにも寄生虫の恐ろしさはもっと啓蒙されていたのではないかと思えてならない。 ミヤイリガイの供養碑に刻まれた「我々人間社会を守るため」「人為的に絶滅に至らされた宮入貝」の文言にまた頭が下がる思いがした。

    5
    投稿日: 2025.03.21
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    今や忘れられつつある寄生虫を原因とする様々な病い。私は子供の頃遥かな記憶で蟯虫検査をしてたのを微かに覚えています。蟯虫がいると虫下しを飲まされていましたが、自分の子供たちはもう検査はやってなかったように思います。 ここで取り上げられている「日本住血吸虫症」は蟯虫とは比べ物にならない死の病とも言っていい業病で、流行地での感染率は高く、そこで暮らす人人々は正に死を賭して生活をしてました。 その病の解明と根絶のために、大学教授や医師が多くの困難を乗り越えていく様を描いたノンフィクション。結局根絶までには第二次世界大戦もあったので100年以上の年月がかかるのですが、その執念は鬼気迫るものもあるし、地道な研究には日本人の地力を見る思いもします。似た寄生虫に起因する病気は東南アジアを中心に世界でも流行地があるので、中間寄生宿主の発見者はノーベル賞の候補になったみたいです。 今や時は流れ、多くの人は住血吸虫症の記憶は薄れて、中間宿主のミヤイリガイについては絶滅危惧一類にも指定されている状態で、自然環境の多様性とかを考えるとこれから先の保護?の仕方等には微妙な問題もありそうである。中々一筋縄では答えは出せない気もする。 怖いもの見たさで読み始めた本書だが、自然の摂理の巧妙さに驚かされるとともに、ミヤイリガイの繁殖力と、その一方でちょっとした事で住めなくなる自然界のバランスの難しさにも驚いた。

    18
    投稿日: 2025.03.08
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    公衆衛生に携わる人々の歴史が、詳しく書かれている。 日本のどこにでもある農村風景は、今では、日本住血吸虫症の跋扈した時代からは大きく変わり、人々を苦しめる寄生虫の媒介宿主と接触しないように、人工的環境構築が進められてきた。のどかな手つかずの自然というのは、生身の人間にとって危険であったことが、忘れられようとしている。 だが、公衆衛生や医学の研究者は、かつて人類を苦しめた寄生虫、ウイルスについてのノウハウが散逸してしまわないよう研究を継続する必要がある。

    9
    投稿日: 2025.02.24
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    特定の地域に伝わる奇妙な病。それをなくすためにどれだけの人たちが関わってきたのか。 ただの伝承で終わらせず、原因を探してきた医師の方たち。自らの死後解剖を申し出た方。原因解明のために犠牲になった猫の姫ちゃんを始めとしたたくさんの動物。原因が貝を媒介とした寄生中としたときに、それをなくすために流行地で活動してきた人たち。 普通に過ごせる日常は当たり前じゃないこと、沢山の人や生き物に感謝して生きていかなきゃいけないなと改めて思った。

    1
    投稿日: 2025.02.24
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    なんとなく名前を聞いたことあったかなぁくらいであった日本住血吸虫症。 まさかこんなにも壮絶な闘いの歴史があったとは。 調査研究にあたられた全ての方に敬意を。 また、当時の流行地に住んでいた方たちの闘いの歴史にも頭が下がる思いです。 まさか、今に続く山梨での果樹生産が盛んになった元の一つにそんな事があったなんて。 河川や用水路がコンクリートで整備される、そして関が作られる原因の中にこんな事があったなんて。 河川敷が整備される理由にこんな事があったなんて。 もちろん治水の意味が大きいのでしょうが、流行地に於いては違う意味もあったんですね。 世の中は知らない事だらけです。 ミヤイリガイについてのノーベル賞。いつか実現するといいなと思います。寄生虫について世界中に貢献したようですから。

    1
    投稿日: 2025.02.08
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    明治の頃の甲府、広島、久留米の人たちの絶望感が透けて見えるようだ。 そして同時に、ミヤイリガイを発見した宮入先生の感慨、ネコの解剖から日本住血吸虫を発見した桂田先生の激烈な興奮も感じられるような気までしてくる。 すごく良いノンフィクションだ。 現在の山梨県は桃とブドウの一大産地だが、それがそもそもミヤイリガイ根絶を目的として生息環境だった水田を埋め立てて果樹園へ転換していった結果だったのには驚かされた。公衆衛生対策が地場の農業と経済を変えた。

    1
    投稿日: 2025.01.25
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    江戸時代以前から山梨を蝕む、腹が膨れ死ぬ奇病。原因や発生過程を特定し対処法を考える医者、研究者、官民の闘い。 wikipedia三大文学の一つとも言われる日本住血吸虫の話。一つの病気を絶滅するのにこれだけの苦労と工夫があるのかと圧倒された。

    1
    投稿日: 2025.01.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    目黒寄生虫館に行ったときに、「なぜ蚊は人を襲うのか」とセットで買った本。 なかなか難しそうな気配がしたので、読みやすそうな「なぜ蚊は人を襲うのか」を先に読んだのだった。 が、結果として難しくはあったものの、とても読みやすかった。というか面白すぎて一気に読めた。 いや、最初から最後まで悲惨な出来事なので面白いと言ってしまってはいけない雰囲気を感じはするものの、いや、面白かったとしか言いようがない!名著。 まだ解剖が一般的でなかった時代に、主婦が自ら検体に申し出るシーンや、とうとう長い闘いが終わったときの宣言とか、何度か泣きそうになったレベル。 人の力が及ばないはずの強大な魔王に「これが、ヒトの力だぁー!!!」とトドメの一撃を刺しているシーンが思い浮かぶ…と言いたいところだが現実はそんな大きな一撃は存在せず、とても小さい努力が何年も続き、徐々に大きな流れになっていくという、出てくる人々すべてが主人公である、これが歴史。 ・Wikipedia3大文学とは? ちなみにこの本、文庫なのだが帯にいきなり「Wikipedia3大文学とは?」と書いてあるのがなかなかズルい。それだけで手に取っちゃう人、いるよ〜。自分は3大文学の存在自体は知ってたし、軽く読んだことあると思うけど、主要参考文献があったことは知らなかった。 というか、この本自体はだいぶ古いからWikipedia3大文学がまだ存在しないはずでは?と思ったら、文庫化されたのがなんと令和6年、去年やんけ!新刊ほやほや!元々は1998年の単行本で、タイトルも「死の貝」だけだったところを、分かりやすくするため、そしてミヤイリガイ自体が別に動物を殺そうとしてるわけじゃないしな… ということでサブタイトルの「日本住血吸虫症との闘い」をつけたとのこと。 ミヤイリガイも被害者なんや…!蚊の本でも書いてたけど、単に中間宿主であって蚊が直接相手を殺してるわけじゃないし、なんなら中間宿主になる時点でこっちも寄生されて何かしらのダメージは受けてるからやっぱり被害者で、諸悪の根源は寄生虫や病気なのだというスタンスなのがなんか、良いね… 日本住血吸虫症を如何に撲滅させたかという話ではあるのだが、100年にも及ぶ戦いだからか、病気とその解決だけではなく、その調査によって起きた副次的な出来事もあり、一見関係ないように思える出来事が病気の調査に繋がったりきっかけになったり… 例えば中間宿主がミヤイリガイと判明したことで、他の住血吸虫も同様の原因なのでは?となり、原因解明に繋がったりした。 病気の撲滅の第一目的はもちろん人々の健康を守るためではあるのだが、研究に力が入った間接的な理由として実は戦争がある。戦争のために健康診断をしていると、該当地域の青年の成長が甚だしく悪いため、それを解決するために国から発破がかけられた。 つまり戦争がなかったらそこまで研究に力が入れられなかった可能性もある。 更に戦争に負けて研究が止まるかと思いきや、アメリカが入ってきて過去の戦いで同じ病気で苦労した経験があるから調査と研究に力を入れさせるという追い風も。うーん、色々と複雑な思いが生じる。 あとは、100年も経っていると人々の生活も大きく変わり、そんな文化の変化がプラスに働いたというのもあった。家庭で合成洗剤を使い始め、その排水をそのまま川に流した結果寄生虫に大ダメージとか。更に川岸のコンクリート化を進める要因にもなったなど、今の景色は色々な出来事が背景にあって成り立ってるんだな、という当たり前のことを再認識させてくれる。 山梨ではコンクリート化するような川があまりなく、要因が田んぼということでいっそ水田を埋めて果樹園にするという力技で解決した上に後年山梨といえば果物となったわけで、色々な副次効果があるのが読んでて面白すぎた。 ・構成が良い 内容だけでなく、構成も良い。 まず頭から面白い。武田勝頼のエピソードから、狭い地域だけで起きていた奇病と思わせておいて、そのときには実は全国で起きていた、と。割と最近になるまで情報共有の方法が少ないから、一部の村特有の病気だと思われていたのが、医者の治療や研究を通じて実は様々な地域で起きていたことがわかってくる。 しかし、論文でもない時代に書かれた文書は、この本の著者が見つけたんだろうか… と不思議に思っていたところ、後ほどやっぱり寄生虫を同定させた医者たちが参考にした文献としてまた文書を書いた人の名前が出てきた。研究が連綿とつながってるのはなんか感動するなぁ。 ホルマリンも冷蔵庫もなく、移動にも数日かかる時代に医学的研究してるの、大変すぎる… 明治時代に入っても京都から山梨に行くだけで4日間かかってしまう。特に解剖したいというときは新鮮さの問題もあるし、顕微鏡は光学だし… でも、時代は進み、西洋医学も入ってきて、糞便の調査で寄生虫の卵が見つかったり、解剖の結果なども見えてきてどんどん医学パワーが強まってくるのが面白い。そしてそれでも分からない原因… 蚊の本で読んだロナルド・ロスが出てきたりして地味に嬉しくなる。 章の名前がまた良い。 第2章のタイトルはなんと「猫の名は"姫"」。 突然の猫!?そうか、犬猫が媒体になるからか。 でも名前がついてるということは飼い猫で、それを解剖しちゃうのか… と、タイトルだけで色々と想像できてしまう。 そして内容は想像を超える。 姫、なんと病気の治療、研究をしていた三神医師の飼い猫!でも11歳で同じ病気にも罹っていて長くはないから、ということ。泣きそう。 途中で舞台が急に中国に変わり、実は中国ではもっと事態が深刻で死者や病人の数も段違い、揚子江周辺でもはや対処の仕様がなさそうなレベルの貝の量というのが判明する。どうするんだこれ?と思ってたら特に解決しないまま舞台が日本に戻ったのは、ただの歴史の紹介だったのかなぁという感じだったが。 とりあえず現在は日本では闘いは終わったけど、日本住血吸虫症という名前ではあるが日本だけの問題ではないというのはわかった。今でもまだ続いてるのだろうか… 調べるとあの写真がたくさん出てきそうでちょっと怖いので調べてない。 ・結果がわかっていてもやきもき 読んでるこちらとしては病気が克服されたこと自体はもうわかっているものの、本の中では時系列で徐々に徐々に研究が進んでいくだけなので、結果がわかっていてもハラハラしてしまう。 例えば病気の感染経路が経口感染か経皮感染がわからない!というときにはとにかく実験実験!医者が自ら田んぼを歩き回るなどもしており、かなりの体当たり研究。 結局予想と違って経皮感染だと判明したあともまだまだ問題山積み。まずどうやって体内に侵入するのかがわからない。 卵を孵化させてネズミとかを使ってみても何も起きず、中間宿主がいるのではという仮説に至る。 そして水場をひたすら調べて解剖して調べてを地道に繰り返してようやく見つけて… そこから更に感染させてみて貝の中で育った寄生虫が実験動物に侵入して病気を引き起こすことがわかってようやく判明! うーん、牛歩。でも研究ってそんなもんだものなぁ。 そしてようやくミヤイリガイという中間宿主が見つかったところで、本はまだ半分。 残りは一体何が… 何がも何も当たり前なのだが、病気そのものの治療や、ミヤイリガイの根絶方法の実践が大変だった。 病気の治療には、体内の卵や寄生虫そのものを殺さなければいけないが、血液の中にいる卵や門脈にいる寄生虫をどうやって狙うかという問題。そしてここで愛猫を解剖した三神医師がまた登場して熱かった。 そして貝対策には生石灰を撒くというのがめちゃめちゃ効いて、実際病人も減り、貝の数も減ってきていたが、土地土地で対応や規模が異なるため、根絶には遠い、と。 それでも着々と進めながら時は進み、太平洋戦争、そして原爆が挟まる。挟まるという一言で終わらせられない規模の出来事だが、それでも対策は続けられていた。 そして大きな進展があったのが、なんとアメリカによる後押し。 どうもレイテ島での戦いで住血吸虫症に悩まされたらしく、それを根絶してないし重要だと感じていない日本けしからん!となったらしい。うーん、戦争も負の面だけではないとは… コンクリートで川の溝渠を補強するのも良い対策らしく、貝が多いところがガンガンコンクリートになっていったらしい。 なんか自然派とかに嫌われがちなコンクリートはこういう利点もあったのか。 その後、時代が進み、革命的な治療薬が発明されたり、治水技術の発展があったり、家庭で合成洗剤が使われるようになって、川への排水が寄生虫を殺す効果もあったとか色々あり、ミヤイリガイが絶滅危惧種に指定されるほどになり、病人の数が年々減り、1996年にとうとう撲滅! そう考えると、1998年にこの本が出たの、早すぎる… 別に著者が日本住血吸虫症の研究をしてたとか何かしら関わっていたとかではなく、1994年にフィラリアに関する本(これも読んでみたい)を出したあと、1996年に初めて知って調べ始めたとのこと。たった2年で100年の闘いをまとめて本にして… とんでもないな。

    2
    投稿日: 2025.01.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「Wikipedia3大文学」としても有名な「地方病(日本住血吸虫)」の治療に関わった医師の記録である。山梨県に発生していた病の解明と治療法を見つけるために、多くの人の努力と熱意があったかがわかる本である。 現在の日本で、寄生虫病とはほぼ無縁の生活をしている自分には到底理解し切れない恐怖、不安があっただろうと想像できる。現代の日本に生まれたありがたみを感じずにはいられなかった。 また、未知の病を研究するために、原因究明の方法や患者にどのようにアプローチするかも興味深かった。

    2
    投稿日: 2024.12.31
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    古来から日本各地に発生し、原因不明の奇病として恐れられてきた「日本住血吸虫症」。その寄生虫病との戦いの歴史を描いたノンフィクション作品。 本書は以前読んだ『羆嵐』、および『八甲田山死の彷徨』と共にWikipedia三大文学と呼ばれている。どれも実話を基にした壮絶なもので、対応するWikipedia記事がある。本書は「地方病 (日本住血吸虫症)」の記事が対応する。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E7%97%85_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BD%8F%E8%A1%80%E5%90%B8%E8%99%AB%E7%97%87) 100年以上に渡る寄生虫病との戦いは凄まじく、本書とWikipediaの「地方病 (日本住血吸虫症)」記事を読み、圧倒されてしまった。ただ、膨大な情報量にも関わらず、どちらも読みやすく整理・構成されている。小説を読み、記事を読み、その出典など関連情報を見たり、舞台となった地をGoogleマップで見たりしていると、果てしなく世界が広がる感覚を覚えた。地方病が蔓延していた頃には得られなかった膨大な情報がPCの前で得られる。 -------------------------------------------------- ・本書で扱われるのは、かつて「水腫脹満」、「地方病」などと呼ばれ、現在では「日本住血吸虫症」とされている奇病との戦いの歴史。この奇病は古くは江戸時代(1582年)の文献にも残っており、それが撲滅に至るまでの大正〜明治〜昭和にかけての戦いがわかる。その後、最大の有病地であった山梨県で平成8年(1996年)に地方病終息宣言が出されている。ひとつの病気を撲滅したというのは、これまでに日本のみが成し遂げた偉業であるとされている(海外では今でもこの病に苦しむ人が多くいる)。 ・この奇病に因んだ口碑(ことわざ)がまず印象に残る。これらの口碑が伝わっていた土地では、「水腫脹満」と呼ばれる病があり、手足は痩せ細り、太鼓腹になり、そうなれば確実に死ぬということが知られていた。その有病地に嫁いでいく悲運を表現している。   - 「水腫脹満 茶碗のかけら」   - 「中の割に嫁に行くには 買ってやるぞや 経帷子に棺桶」   - 「竜地 団子に嫁に行くには 棺桶を背負っていけ」   - 「嫁には嫌よ 野牛島は 能蔵池の葦水飲む辛さよ」 ・冒頭ページには当時の患者の写真が二つ掲載されている。ひとつは患者の大きく膨れた腹。そしてもうひとつは18歳の健康者、18歳/25歳の患者の3人が並んだ写真。健康者と患者の大きな違いに衝撃。本文中には、徴兵検査で特定地域にあまりにも体格不良者が多く見られたことから調査に繋がったという記載もある。 ・その他、衝撃的なエピソードに事欠かない。そして、戦前・戦後を跨いだ時代も感じさせる。   - 死を悟った患者が自身の死体解剖を願い出た『死体解剖御願』(原文が示される)。当時山梨県で初の病理解剖。   - 病気の原因解明に尽力し、愛猫を解剖に差し出した三神医師。   - 病原体が判明後も、その感染経路(経皮感染 or 経口感染)を解明するため、ウシを使った大規模な感染実験。   - 中間宿主であるミヤイリガイの発見とその後の涙ぐましい農民たちの駆除活動(ミヤイリガイの拾い集め)。しかし、貝の強い繁殖力のため効果なし。   - 地域住民への予防啓発活動と殺貝剤散布による駆除活動。 ・本書は全5章からなる。そのうち第4章の時点で、(1)病原体の日本住血吸虫の発見、(2)日本住血吸虫の感染経路が経皮感染であると解明、(3)中間宿主の「ミヤイリガイ」の発見、(4)ミヤイリガイの殺貝に生石灰が効果的と判明、(5)治療薬「スチブナール」の開発までができている。それにも関わらず、この時点で小説の半分ほどのページが残っている。原因や治療法などがわかってからも、地道な努力が必要だったことがよくわかる。 ・かつての有病地には、今も石碑や伝承館などがあるらしい。訪れることがあれば、見てみたい。日本住血吸虫症の解明から撲滅に至るまでは、とても多くの人の偉業が積み重なっていて、それらが現在の衛生的な生活に繋がっていると分かった。

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    投稿日: 2024.12.25
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    私が生まれた頃にも、こんな恐ろしい病気があったとは露知らず。しかも、故郷の近くで起きていた。 数千年も前からあったとされるこの病気。近代においてようやく原因と対策が出来るようになり、ここに至るまでの歴史を知ることで、『現代』の有り難みに気づく。 人々が撲滅したい、解決したいという想いや熱意を感じることができ、改めて自分の存在の尊さを感じることができた

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    投稿日: 2024.12.11
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    すぐ近くに筑後川があるものの病気予防のために川で遊ぶことを禁じられていた、それを可哀想に思ってブリヂストンの石橋正二郎さんがプールを作ってくれた、というような事を久留米市に住んでいた頃に年配者から何度も耳にした。その話が気になり、日本住血吸虫とミヤイリガイについてはWikipediaで読んで凡そは知っていたつもりであったが、本書を読み、正体不明の「風土病」について原因から治療法、根絶まで沢山の研究者の想いを感じた。 この病気を根絶する流れで、山梨の葡萄栽培とワインや筑後川河川敷のゴルフ場が出来たのは凄く興味深い。かつて、さまざまな方法で絶滅を目指したミヤイリガイが今では絶滅危惧種に指定されているのも、人間の身勝手さを象徴している。

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    投稿日: 2024.12.03
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    読む前は地方病も知らなかったし たかが病気を追う本か、と甘く見てた 読んただら体を張って命を張って 追求し続ける姿勢に圧倒された。 未知の病だったものにはこれ程の犠牲と 探求と地道な努力の上に現代の医療が あることに感謝してしまう

    1
    投稿日: 2024.11.09
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    【まとめ】 1 新種の寄生虫病 山梨県の甲府盆地では、古来より農民を中心に「水腫脹満」と呼ばれる原因不明の病に蝕まれてきた。手足が痩せ衰えて腹が膨れて太鼓のようになり、胸には静脈が浮き出て、臍は突き出す。太鼓腹となって全身の皮膚が黄色くなり、痩せ細り、介助なしで動けなくなったら、確実に死ぬことを甲斐の人々は幼い頃から見聞きしてきた。甲府盆地以外でも、広島県福山市の神辺という静かな農村の「川上村」の周辺一帯でも同様の奇病が見られた。広島では「片山病」と呼ばれていた。 明治15年に広島県は『片山病調査委員会』を設立し、医師団を派遣した。医師団の診察により、片山病の死因がおおむね判明した。 まず、腹が大きくなった者は一様に脾臓が肥大していた。脾臓は肝臓と胃の後ろ側にあり、大人の手のひら大で、古い血液の破壊が行われている。肝臓も大きく腫れるが、次第に収縮して肝硬変を起こし、腹水がたまる結果、死に至ると考えられた。血液の破壊は肝臓でも行われるので脾臓が腫れても生命に影響はないものの、人体において1キロ以上もある、体の維持に不可欠な肝臓が本来の機能を喪失することは致命的だ。 また、この病気に罹患している者は発育障害を起こした。身長体重とも同年代の全国平均以下であり、思考力は子どもと変わらなかった。 では、具体的な病名は何なのか。医師団はあいまいながら、「肝臓ジストマ」か「マラリア」の寄生虫病ではないかと考えた。 明治30年、水腫脹満で死亡した患者の死体解剖が行われ、臓器におびただしい寄生虫卵が発見された。十二指腸虫の卵より大きく、殻がない。そして肝臓の肥大や腹水を生じさせる。ここにおいてこの地方病が新種の寄生虫病であることが認められた。 2 日本住血吸虫の発見 では、新寄生虫卵による病気だとして、どういう過程でこの地方病は起こるのか。 甲府市で地方病の治療に携わっていた三神医師は、新寄生虫はおそらく吸虫類に属すると思う、と話した。吸虫類とは人や各動物の肝臓や肺などの臓器や血管の内側に寄生し、血液を吸って大きくなる寄生虫の種類である。肝臓ジストマや肺ジストマも吸虫類に属し、それぞれ肝吸虫症、肺吸虫症ともよばれる。 「吸虫類が卵から孵り、成虫になる一過程の段階であるセルカリア、いわば幼虫の過程にあたるものが人への感染を引き起こすのではないでしょうか。農民に多く見られることも推測の一因です。水田や川などの水にセルカリアがおり、これが飲用水で経口感染するか、農作業のおりに水に触れて皮膚を通じて経皮感染するか、のどちらかではないかと思います」 岡山医学専門学校の病理学の教授・桂田が、地方病の地域に住む飼い猫を解剖した結果、白いミミズ状の虫体を発見した。顕微鏡にかけて調べると、口や肛門を備えており間違いなく寄生虫だった。2つの吸盤を口に見立てることから、この寄生虫は「住血二口虫」と判断された。また、桂田の虫体の発見から3日後に片山の麓で見つかった人間の死体を解剖した結果、門脈の中から糸状の暗褐色の虫体が現れた。長さは1.7センチ。同じく「住血二口虫」と確認された。 地方病の原因はついに定まった。 8月初旬、桂田は住血吸虫の新種として、和名を「日本住血吸虫」と命名した。 日本住血吸虫は、胃、腸、膵臓、脾臓からの血液を集めて肝臓へ運ぶ門脈の中に住み、その卵は肝臓に蓄積するか、腸壁を通じて体外に出されることが判明した。 卵は肝臓や腸にある血液を吸う。体内に卵が何千、何万、何十万という単位で存在するのだから、体に悪影響が出ないわけがない。発熱を起こし、卵が腸の毛細血管を食い破るために下血や粘血便を起こす。便から出た卵が温水で即座に孵化するのは、体内で栄養を蓄えて十分に成長してから排出されるためだ。 従って青少年に寄生した場合、成虫や卵が門脈や腸などから栄養のある血液を常に吸っているから、発育不全を起こすというのも合点がゆく。血液の生成、分解を行う肝臓、脾臓は日本住血吸虫によって肥大過労してゆくわけである。これが肝脾肥大症だ。肝臓は肥大後に萎縮して肝硬変を起こすのである。 3 感染経路の特定――ミヤイリガイの媒介 犬、猫、牛を用いて感染経路の実験を行った結果、経皮感染であることが判明した。日本住血吸虫症に感染した人間の糞便が肥やしとして田畑に散布され、田畑を耕す牛などの家畜が糞を垂れ流す。日本住血吸虫の卵は水田、河川の水中や雨水で孵って、経皮感染によって人間や家畜に侵入する。 また、実験によって以下の点が判明した。 ・日本住血吸虫症は一度や二度、流行地の水につかった程度では感染せず、習慣的に水につかることによって感染する。 ・日本住血吸虫は、人間や動物に寄生する直前に、長さ6〜8ミリの淡水性の巻き貝(ミヤイリガイ)を中間宿主にする。その体を栄養として感染幼虫に姿を変える。 各地の当局は、ミヤイリガイが地方病の原因である、と張り紙をし、医療関係者を派遣して啓蒙に努めた。 だが、当時の百姓にとって「水に濡れるな」は無理な話だ。農村部の家庭に風呂はなく、いちいち湯を沸かしてから行水するのは大変だ。また手足を保護しようにも防水性のある作業着など持ち合わせておらず、仕事の効率も下がる。農作業をしなければ飢えるとなれば、住血吸虫を心配してなどいられない。 現場の農家はいつまでも待っていられない。甲府盆地一帯に流行地を抱える山梨では「ミヤイリガイをなくせば地方病はなくなる」と聞いた農民が、自発的に貝の退治に動き出すが、一度に全滅させる妙案は浮かばなかった。 大正7年4月、広島では生石灰の散布が実行された。ミヤイリガイ以外の魚などの水棲生物、農作物にはさほどの害がなく、安価でミヤイリガイを殺すために適していたのが、濃度1〜2%の生石灰だったのだ。結果、散布前であれば1間(約1.8メートル)で200~300個は集められたミヤイリガイが、大正9年には30間(約54メートル)も探さないと集まらなくなった。かぶれに悩まされた田植えの季節になっても、農民たちはかぶれがなくなった。 山梨県では、大正13年から片山病の撲滅に本格的に動き出した。14年から大規模な生石灰散布を実施し、10年間の対策事業の結果、保卵者は5,690人から846人へと、陽性率は19.2%から4.87%へと大幅に下がった。 同時に、感染の初期に注射することで体内の寄生虫を殺すことが期待できる地方病治療薬「スチブナール」の投薬実験も進んだ。 4 ミヤイリガイ撲滅 九州帝国大学を卒業した研究者の岡部は、昭和12年の夏、福岡、佐賀の流行地を調査し、コンクリート化された溝渠にはミヤイリガイが発見されないことに気付いた。ミヤイリガイは流れが緩やかなところに生息し、そこに溜まる藻を食べることから、流行地の溝渠を全面的にコンクリート化し流速を上げてやればミヤイリガイはいなくなる。 山梨県では昭和25年から昭和31年の7年間に、国の補助のもと、1億3,000万円を投じて延ベ186キロの溝渠をコンクリート化した。広島も筑後川も同様に溝渠のコンクリート化を行った。溝渠のコンクリート化の効用は誰もが認めるところとなった。産卵に不適切、餌も採れない、早い流速、これらがミヤイリガイの半永久的な繁殖を防ぐ。 さらなる駆逐のために、第25回臨時国会における議員立法において、寄生虫予防法に10年にわたるコンクリート化事業の実施を盛り込むことに成功した。各地の総合病院や開業医院においてはスチブナールのみに頼らず、内科、外科、神経外科などの医師が患者を総合的に診察して、患者一人一人に必要な診療を施す「対症療法」も活発になった。住民側も積極的に診療を受けるようになり、かつて見られた発育が止まってしまう患者や、太鼓腹になったまま死ぬ患者は非常に稀となった。 WHOは日本住血吸虫症の無病地としての基準を、「過去10年間以上ミヤイリガイが発見できず、7年間以上患者が新たに発生していない地域」と定めた。厚生省の日本住血吸虫症研究班は、「過去8年間以上ミヤイリガイが発見できない地域」とした。 有病地において昭和40年から7ヵ年計画で行われていた第2次の溝渠のコンクリート建設計画は、7ヵ年でも遂行できなかった。そこで、昭和49年よりさらに5年間を費やして最後の建設を行うことが国会で決まる。 患者数ゼロが続く中、ミヤイリガイがいなくなっても、広島県は念を入れて殺貝剤を散布して経過を見守る。住民からボランティアを募り、ミヤイリガイの再発生の有無をチェックする。昭和53年、溝渠のコンクリート化の建設はすべて終了した。昭和25年から始まった有病地の溝渠のコンクリート化の長さは延べ165.8キロメートル。工事費は8億2,448万円だった。2年後の昭和55年、8年経過してもミヤイリガイは発見されなかった。 片山病はついに滅んだのだ。大掛かりであった片山病対策業務はこの年をもって打ち切られ、御下問奉答片山病撲滅組合も発展解散した。以降も皮内反応、糞便検査などで患者の調査を行い、ミヤイリガイの発生する時期にミヤイリガイがいるかどうかを観察し、コンクリート溝渠が破損していれば修繕する事業などは半永久的に続けられることになった。解散した御下問奉答片山病撲滅組合に代わって、新たに『片山病撲滅対策推進連絡協議会』が組織された。撲滅したからといっても、油断せずに経過を見守る使命があるとの決意にあえて「撲滅」という言葉を名称の中に加えていた。 福岡では昭和48年に、佐賀では昭和52年に、山梨では昭和54年から陽性者はゼロとなった。もはや専門家でなければ、ミヤイリガイの発見は困難ともなった。 山梨県知事は、平成8年2月19日に「終息宣言」を発した。 「先般、地方病撲滅対策促進委員会から『本県における地方病は、現時点では既に流行は終息しており安全と考えられる。』との答申をいただいたことを受け、ここに本県における地方病(日本住血吸虫病)の流行が終息したことを宣言いたします」 明治14年(1881年)8月27日の旧春日居村からの嘆願から始まった地方病問題は、平成8年(1996年)2月19日、実に115年目にして終息を迎えた。 それにしても、なぜ、ミヤイリガイが甲府盆地はじめ日本国内の限られた地域にしか見られないのか。その疑問は、今も医学、生物学をはじめ多くの学者たちを悩ませている。生物学、遺伝学、地質学、気象学、地理学などあらゆる観点からの研究が今も行われているが、長さ1センチに満たぬちっぽけな褐色の巻き貝に秘められた「大きな謎」については、結局のところ、「日本住血吸虫症の流行があったからミヤイリガイが発見され、ミヤイリガイがいたから日本住血吸虫症の流行があった。ミヤイリガイ自身は、豊かな自然に恵まれた場所に居を選んだのだろう」と結論するしかないらしい。

    41
    投稿日: 2024.11.08
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    単行本から26年。 今年、文庫本として刊行された。 日本住血吸虫症撲滅に尽力されたみなさんには頭が下がる。 補章で書かれている。 ミヤイリガイの発見はノーベル生理学・医学賞の受賞に十二分に価する。 地方病の終息を願い闘った人たち。 丁寧な取材を重ね執筆をされた小林照幸さん。 そのお陰で感染症について知る事もできた。 P321 ミヤイリガイと共生、共存をしてゆかねばなるまい。 単行本の『死の貝』というタイトルに 文庫版ではサブタイトル『日本住血吸虫症との闘い』が加えられたという。 その経緯を読むと、終息はしたけれど 感染症など、新たなウイルスとの共生、共存をどうするべきか。 いまも、闘い続けている人たちがいる。

    1
    投稿日: 2024.11.02
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    甲府盆地、片山地方、筑後川流域で発生する謎の病。 腹に水がたまって膨らみ、やがて動けなくなり死に至る。 原因は全く分からず、治療法もない。 発症すると、なす術もない。 この謎の病に、何人もの医師や住民たちが奮闘。 未知の寄生虫が原因ではないかという疑いが。 そして、それを媒介する貝の存在。 日本住血吸虫症と呼ばれる病気との、百年以上にわたる闘いの記録です。 すごいノンフィクションです。

    1
    投稿日: 2024.10.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この恐ろしい小さな貝の根絶に、こんなにも時間と労力をかけていたとは知らなかった。医療関係者や学者、行政機関、住民が一体となって成し遂げた功績は尊くて素晴らしかった。 今、不安なく田圃や池に手足を入れられることに感謝したい。

    3
    投稿日: 2024.10.29
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    Wikipedia三大文学として有名な「地方病」に関する本だということで。 Wikipediaをちゃんとは読んでなくてざっくり概要のみ知っていた状態で読んだけど壮絶でした。 寄生虫が原因まで分かったら飲み水のせいだと思うじゃん?よく突き止めたもんだ。 なぜ山梨では果樹栽培が盛んなのか?考えたこともなかったなぁ。 三大文学の残り、 「三毛別羆事件」 「八甲田雪中行軍遭難事件」 も俄然気になってきますね。(コワイヨー)

    3
    投稿日: 2024.10.27
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    私の住む県には昔、日本住血吸虫病という風土病があった。別名、地方病。 今はこの病気を媒介する宮入貝が駆除され撲滅されているが、かつては田んぼや川に入ると感染し腹が膨れて痩せ細りやがて死に至るという怖い病気だった。私も小さい頃から祖母に「川で遊ぶんじゃない」といつも言われていた。小学校の保健室には腹の膨れた人間と牛のイラストが描かれた啓発ポスターが貼ってあった。 この本はその日本住血吸虫病の撲滅までの過程を追ったノンフィクションだ。 昔からある病気で原因が分からず、明治期に入って西洋医学を学んだ医者たちが末期症状の女性の勇気ある申し出により、その遺体を解剖して寄生虫の卵を発見したり、その卵についてもなんの寄生虫かの見解が分かれて特定できないまま解明に長くかかったり、の過程はとても読み応えがあった。 私はたぶん日本住血吸虫病の記憶がある最後の世代であり、今はこの地域でも子供に「素足で川に入るな」ということは言わない。先人の努力と犠牲の上に今の安全な川があるのだな、と思いました。 読み終えた後は感動して、著者に手紙を書こうと思ったがやめておきました^_^

    15
    投稿日: 2024.10.24
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    今を生きる都会の人からすると、コンクリートで溝を埋めるのは、豊かな里山の生態系を破壊する、なぜそんなことしたんだ?って言いがちだが、これほど壮絶な、病との戦いがあったのか、とはじめて知ることばかり。ここに至った経緯を先入観なくつぶさにみて行くことが大事だと気付かされた

    2
    投稿日: 2024.10.16
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    Wikipedia3大文学の一つ。日本にこんな寄生虫病があったのかと驚かされる。しかも久留米も登場しており、馴染み深い地名が出てくるのにはへぇと。 やや最初はとっつきにくいが、慣れれば一気に読み進められる良書。

    2
    投稿日: 2024.10.03
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    ウィキペディアの三大文学のひとつ。 とある病の原因・感染経路・予防策・治療法の試行錯誤と根絶までの100年以上に渡る闘いの話。 これは読み応えある。 山梨のぶどうとワインが盛んになったのはここからなのかΣ(0д0)ナント!?

    1
    投稿日: 2024.09.27
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     山梨県の甲府盆地と広島県の片山地方、九州筑後川流域に見られる謎の病。腹に水がたまって膨れ上がり、やがては死に至る。明治以降の近代医学でも治療法はおろか、原因さえもわからない謎の病は、後に日本住血吸虫症と名付けられる。この病と闘った医学者たちを描いたノンフィクションである。  この病の原因は寄生虫であり、タイトルの「死の貝」とは、この寄生虫の中間宿主であるミヤイリガイのことを指す。本書には医学用語や科学用語が頻出するが、おおよそは理解できると思う。    本書の中でも紹介されている病の原因究明を願い、死期を悟った女性患者とその家族・親族が提出した「死体解剖御願」に記された悲壮な思いは壮絶なものがある。  そして幾人もの医学者の研究もあって、寄生虫が原因であることが究明された。しかし、副作用の少ない特効薬はなかなか見つからない。されば予防である。農作業などで、ミヤイリガイと接触しないようにする。ミヤイリガイ自体を駆除する等の努力で、感染者は激減することになる。皮肉なことにミヤイリガイは、現在は「絶滅危惧種」となっている。  日本住血吸虫という名前だが、中国の揚子江流域やフィリピンにも生息しており、感染者も多いという。

    48
    投稿日: 2024.08.31
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    さすがにウィキペディア3大文学。 40~50年前までは地方病はまだまだ恐れられていたけど今では全然聞かないからこういう記録がきちんと残るのは良いことだと思う。

    1
    投稿日: 2024.08.30
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     古くは『甲陽軍鑑』に記述があるらしい。  武田氏滅亡直前の勝頼が府中を捨て岩殿城に向かう途中、ある足軽大将が、腹が水で膨れあがり歩けなくなり殿の供をすることが困難になったと暇乞いをした。勝頼はその足軽大将の姿をみて、その気持ちだけで十分である、と涙を流していたわった、という。  のちに「日本住血吸虫症」と呼ばれる寄生虫により引き起こる病は腹が大きく膨らむ(水腫張満)一方で、手足はやせ細り、衰弱が激しいことが特徴だ。  『腹に水がたまって妊婦のように膨らみ、やがて動けなくなって死に至る――古来より日本各地で発生した「謎の病」。原因も治療法も分からず、発症したらなす術もない。その地に嫁ぐときは「棺桶を背負って行け」といわれるほどだった。』(文庫本裏表紙より引用)  原因究明はなかなか進まなかった。日本で症例がみられるのは山梨の甲府盆地、広島の片山地方、九州の筑後川流域と限られた「地方病」だったためだ。(症例報告があがっていなかっただけで、他の地域でもみられた)  しかしこれらの地域での被害は甚大だった。農村部に被害は集中し当初は、井戸水や湧き水、川の水が汚染されていると考えられ、経口感染を防ぐため煮沸して飲むようにしたが被害は収まらない。水腫張満になって衰弱すれば死ぬし、ならないものも、なぜか体の発達が阻害され、痩せて背の低い者が多かった。成人男子で徴兵基準に充たない者が多く、兵役免除されることだけが不幸中の幸いだった。  やがてこの病気は水田や川べりに生息するたった数ミリの小さな巻き貝(ミヤイリ貝)が原因とわかった。貝自体に毒があるわけではなく、貝を中間宿主として成長した寄生虫が、農作業中の人間の手足の皮膚から経皮感染することで発症した。人間だけではなく家畜や野生動物にも感染するので、動物からうつされることもあった。  住血吸虫の名の通り、経皮感染した寄生虫は腸などに住み着き、宿主から栄養分を吸い続ける。そのため感染した者は発育が阻害された。大きな血流にのり脳まで達した場合は脳炎を発症した。  原因はわかった。根絶のためには貝を無くせばよい。しかし、それには途方もない労力と予算が必要だった。  まずは手当り次第に人力で貝を除去した。しかし、貝の繁殖力も強く、イタチごっこの様相を呈した。  次に実験によって殺貝効果が確認された特殊な石灰を撒くことにした。こちらはかなりの効果があったが、大量に広範囲に、計画的かつ継続的に根気よく撒く必要があったため、地域によるムラがあった。  水田や川をコンクリート護岸にすると貝の繁殖が抑えられ、しかも急な流れの場所では繁殖できないこともわかった。  除去、殺貝材の散布、コンクリート化という対策により、様々な困難があったにも関わらず、年々感染者も減っていった。そして皮肉なことに高度成長期になると、洗濯機の普及などにより家庭からの洗剤などの混じった生活排水が川に捨てられるようになり、川は汚れたが貝も死んだ。    治療法も格段良くなった。以前は点滴により体内の寄生虫を殺す手法が取られていたが、これは毒を注入しているようなものだったので、副反応によって亡くなる者も一定数いた。その点滴を個人の体力に合わせて数ヵ月かけて何度も注入することによって退治できるのだが、あまりの苦しさに途中でやめてしまう者も多かった。  1979年になってようやく、バイエル社が経口治療薬を開発したことで劇的に病状の改善がみられこととなり、ついに「日本住血吸虫症」は日本では根絶された。  この感染症は「日本」とついているが、これは発見者が日本人であるためつけられたのであって、日本原種の病気ということではない。世界にはまだこの病気で苦しんでいる地域もある。  かつてこの病に苦しめられた甲府盆地周辺は、いまでは果樹栽培が盛んな日本有数の果樹王国だ。このきっかけとなったのも、罹患の不安を抱いたまま米を作るより、いっそのこと貝の繁殖できない畑に切り替えたほうがいいんじゃないか、という方針転換だったようだ。  そんな歴史的背景があったとは驚きだった。  山梨産の果物を食べるたびに、日本住血吸虫症との戦いの歴史を思い出してしまうかもしれない。

    2
    投稿日: 2024.08.25
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    腹に水がたまって妊婦のように膨らみ、やがて動けなく なって死に至る…。古来より日本各地で発生した 「謎の病」を克服するため、医師たちが立ち上がる。 そして原因と思われる未知の寄生虫が…。 日本住血吸虫症との闘いの記録。

    2
    投稿日: 2024.08.19
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    山梨県の葡萄畑に囲まれた土地に居住していた事がある。散歩していると、コンクリート溝渠が多くあり、よく見ると「地方病予防溝渠」のプレートが付されていた。しかも昭和の終わり頃、自分が生まれるか生まれないかの日付が記されている。 他県から来た私には、何のことやらさっぱりで、調べてみた。それが「日本住血吸虫」を知ったきっかけ。絵や写真等とにかく恐ろしく、これがつい最近まで身近にあったのかと慄いた。 今回本書が文庫化されるにあたり、本屋にズラッと並んでいたので思わず手に取った。明治から続く人々の苦しみと戦いの歴史、涙が出てくるような描写も多々あり、本当に読んで良かった。 この病気の事、戦いは子供達にも伝えたい。

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    投稿日: 2024.07.15
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    断片的には知っていた地方病(日本住血吸虫症)。終息、撲滅するまでの先人達の大変な苦労を改めて知った。山梨で終息宣言が出たのが平成になってからと言うのも驚き。また山梨が全国一のぶどう、桃の産地になったのも地方病がきっかけだったとは。これは必読の一冊

    3
    投稿日: 2024.06.12
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    日本に古来より(少なくとも江戸時代から)存在し、農民を苦しめてきた謎の病。感染すると腹が妊婦のように膨れ上がり、やがて動けなくなり、死に至る。この恐ろしい病の原因は日本住血吸虫という寄生虫であった。 このような病が存在していたことに驚いた。恐ろしい症状、病原である日本住血吸虫という寄生虫、感染経路など、不思議に思えることがたくさんあった。特に日本住血吸虫の生活史は大変奇妙に思えた。1センチにも満たない小さな貝を中間宿主として成虫になり、人間などの最終宿主に寄生する。雄の成虫には溝があり、その溝に雌が入り込み、ひたすら交尾して、産卵する。人工的と感じるくらい複雑な生態をしており、生物には本当にデザイナーがいるのでは、と思ってしまった。 また、1つの病の原因を特定し、その原因を取り除くことが如何に困難なことか、よくわかった。このような大仕事を先人たちが果たしてくれたおかげで、多くの人々が健康に生きていくことができるということを忘れないようにしたい。

    8
    投稿日: 2024.06.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    風土病である日本住血吸虫症の撲滅の話し 明治中期から平成まで何人、世代を引き継いだ 医師、また自ら検体を提供した患者 根絶に向けて地道な努力をした地元民の熱意に 心を打たれた あと、中間宿主であるミヤイリガイを撲滅するために 生態系や自然環境を変えないといけない その後の生態系の変化や数が減少したミヤイリガイの 事まで触れている点も評価する

    1
    投稿日: 2024.06.09
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    日本住血吸虫。耳にしたことはあったが概要は知らなかった。 100年以上にわたる住血吸虫との戦い。膨大な資料を当たったんでしょう。労作。 ミヤイリガイを駆除するのに自衛隊が火炎放射器を使ったそうな。画像探してみよう。

    1
    投稿日: 2024.05.10
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     帯の "Wikipedia 3大文学" との文言に釣られて手に取った一冊。本書は、日本住血吸虫症と呼ばれる病との闘いを記録したノンフィクション。  「水腫張満」、腹に水がたまって妊婦のように膨れ、死に至る者も多い、そんな病が日本の数か所の地域で発生していた。山梨の甲府盆地、広島の福山市神辺、そして福岡・佐賀の筑後川流域。もちろん初めのうちは、それぞれの地域で奇病があることがその土地の住民や医師に分かっていただけだった。  その状況が動き出したのは、明治に入り西洋医学が導入され、さらに徴兵検査によって体格不良者が多いことが明らかになって、その原因を調べることが国家的課題となったことからだった。  多くの医師や研究者の努力により、ようやく原因が解明される。それは寄生虫によるものだった。次に求められるのは治療方法の確立と予防対策。そして長年にわたり多額の費用をかけた対策が講じられ、遂に日本では日本住血吸虫症の終息が宣言された。  本書はそこに至るまでの先人の苦労とドラマを描くことで、病気を根絶することの素晴らしさを謳い上げるとともに、終わった過去のこととして忘れてはいけないことを教えてくれる。  (トイレの水洗化や農作業の変化などにより、日常生活で寄生虫を意識するようなこともほとんどなくなってしまった。学校での検便検査をしたことが懐かしい。)

    7
    投稿日: 2024.05.09
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    小林照幸『死の貝 日本住血吸虫症との闘い』新潮文庫。 Wikipedia三大文学というのがあるらしい。『八甲田雪中行軍遭難事件』と『三毛別羆事件』、そして本作で取り上げた『地方病(日本住血吸虫症)』の3つで、読み始めると思わず引き込まれてしまう秀逸なWikipedia記事のことである。 『八甲田雪中行軍遭難事件』は、映画化された新田次郎の『八甲田山死の彷徨』や伊東潤の『囚われの山』を読んだ。『三毛別羆事件』も戸川幸夫の『羆風』、吉村昭の『羆嵐』、木村盛武の『慟哭の谷』を読んでいる。しかし、『地方病(日本住血吸虫症)』について書かれた書籍を読むのは初めてである。 本作はWikipedia記事の主要参考文献であり、1998年の刊行の日本住血吸虫症との100年に亘る闘いを記録した歴史的名著である。 昔、学校の授業で聞いた日本住血吸虫症の話。何とも恐ろしいと身震いしたが、主に西日本を中心にした寄生虫による病気だと聞き、安堵した覚えがある。 古来より日本各地で発生した謎の奇病。腹に水がたまり、妊婦のようになり、やがて動けなくなり、死に至る。長らく原因も治療法も分からず、発症したらなす術もなかった。 この奇病に立ち向かうため、何人もの医師や住民たちが奮闘を始める。そして未知の寄生虫が原因ではないかと疑われ始め、やがて未知の寄生虫の正体と中間宿主が判明する。 本体価格670円 ★★★★★

    68
    投稿日: 2024.05.06
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    Wikipedia三大文学があるという。 八甲田山雪中行軍遭難事件、三毛別羆事件と並んで日本住血吸虫症。 本書は題材からも内容からも「八甲田山死の彷徨」「羆嵐」と共に屈指のノンフィクション。 原因不明の地方病、山梨県、岡山県など一定の地域にだけ見られ、治療法もない不知の病。 現代医学から病の原因を探り、また病を根絶していく医師たちの戦い。

    1
    投稿日: 2024.05.05
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    大部分が引用されていたWikipediaで読んだものの、当たり前だがこの本によってより詳細を知ることができた。文庫化にあたって筆者による解説が加わったが、そこにコロナの流行の件も書かれており、自分が体験したことと重ねて当時の苦しみや必死さを想像することができた。

    1
    投稿日: 2024.05.03
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    寄生虫とかグロテスクなものが好きな私にとってこれ以上魅力的なタイトルがあるだろうか。日本住血吸虫というおどろおどろしい寄生虫の名前、興味をそそられる。 明治、大正時代の農作業者が苦しめられた寄生虫に立ち向かう医師たちの執念があって今の衛生的な暮らしがある。感謝してもしきれない。 それにしても雄と雌が常に抱き合い動物の臓器の中で血を吸い放題の彼らの暮らしぶりはなんて甘美なのか。殺伐とした社会でストレスを抱えながらなんとか子育てして食べるために毎日身を粉にして働く私たちのほうが本当に高等生物なのか?

    15
    投稿日: 2024.04.30