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powered by ブクログこの10日間ほど、間に村田紗耶香を1冊挟んではいるが、本書に浸り切っていた。もちろん、三島自身にも興味はあるが、平野啓一郎が書いたものだからこそ手にしたのである。僕が三島を読みだしたのは40歳を過ぎたくらいからだろうか。おそらく「仮面の告白」「金閣寺」を読み、その後すぐに「豊饒の海」4部作を読んだのではなかっただろうか。その後は古本で見つけては買いためて、ときどき読むようにしている。今数えてみると、ざっと30冊くらいを読んでレビューを書いている。上記の三作品以外で特に印象に残っているのは、短編集である「真夏の夜」だろうか。表題作はもちろんだが、「クロスワード・パズル」の淫靡さが何とも言えない。まだ読めていないものの中で、本書を読んですぐに読みたいと思ったのが「禁色」「裸体と衣装」だろうか。手元にはあるのでいつでも読み始められる。「英霊の声」はまず入手するところから始めないといけない。本書を読む前に読んでおきたかったのだが、つい図書館で平野啓一郎の初期2作品と一緒に借りて、読み始めてしまった。実は、この初期作品を先に読んでいたので、漢字に対する免疫はできていた。その点では読みやすかった。しかし内容面からすると、序論とあとがきを除けば、おそらく1割くらいしか理解はできていない。しかも長いのでほとんど記憶に残っていない。図書館で借りた本だし、記憶にも残らないだろうと見越して、気になった箇所は写真に撮り、文字データとして取り込んでいった。それを読み返したところで、なぜここが印象に残ったのか分からないことも多いが、記録のために、以下長くなるが全て掲載しておく。所々、自分の覚え書きも含まれている。その前に、本書と三島に対する自分の想いを書いておく。「仮面の告白」で一番衝撃を受けたのは、自分で自分の玩具(と表現されていたと思う)を弄ぶという場面だった。初めての三島で、三島は、こんなことをこんなふうに表現するのかと思ったものだ。そんなこともあって、その後読み続けた。「金閣寺」では、お薄の茶碗に母乳を絞り出すというシーン。なぜだか印象的だった。「豊饒の海」のなかでは「暁の寺」における本多の覗きの話。こういう人物が、実はこういうことをしている。さらにそれを妻に見咎められるが、妻も、きっとこんなことだろうと思っていましたよ、と受け止めているということ。児童を盗撮していた小学校教員が妻と病院に通っているという話を最近何かで読んだが、すぐに思い浮かべたのが三島のこのシーンだった。なかなか性癖については難しい。「禁色」はまだ読んでいないし、「仮面の告白」を読んだときもそこまで気にしなかったのだが、三島にとっては自分の性嗜好については相当大きなテーマであったようだ。そして、そう言ったテーマを、クィア・スタディーズというのか、平野啓一郎はちゃんと最近の動向も踏まえて勉強して書かれているようだ。それから仏教について。ここが一番の難関で、僕はほとんど理解できないのだが、阿頼耶識の何となくの雰囲気が分かっただけでも収穫ではある。これも相当勉強されているようで、三島の理解を越えて解説をされている。本書を読みながら、どうしてこの人はこんなことまで理解しているのかと何度も思った。しかし、あとがきを読んで、本書執筆のために努力されたのだろうということが分かったのは良かった。ただ、これを誰に読んでもらおうというのか。文学はここまで深く考えて読まなければいけないのか。僕の、薄っぺらな読み方では、読んだことにすらならないのか。そんなことを本書を読んで感じた。で、いま書いていて一つ思い出した。土井善晴さんが言っていたと思うが、味噌汁は濃くても薄くても美味いのだ。読書を楽しむということも、深く読んでも、浅く読んでも、人それぞれでいいのではないか。それで何かを感じることが出来るのであれば。何かが残るのであれば。以下本文からの引用。 序論 死に様こそ生き様である。 三島は「生きねばならない」が故に思想を必要とし、また「死なねばならない」が故に思想を求めたが、思想は無論、生死より発するものであり、さらに生死は、一つの時代と場所とに根差すものであって、その循環を見極めなければならない。 「仮面の告白」論 彼の文学的な活動についての一切が省略されている。作者が実人生に於いて抱いていた疎外感の中でも、その人並み外れた文学的才能が生じさせる他者との隔たりという微妙な問題は、完全に脱落している。出生と死という生の両端に於いて、太陽が輝いていなければならない。自分が、産湯の盥のふちに黄金のようにさしていた光を見たことに固執する。しかし、出生時間は「午後九時」だった。本来、二、三歳までの記憶はなく、他者の言葉を受け容れるより他はない。ところが、主人公は他者から与えられた自己像を、自己と同一化することを峻拒する。飽くまで記憶を通じて自己を言語化し、それを現実と対置し、また他者からの認識と決して混同せぬように対置する。この不変の本質の証明こそが、本作品の目的である。 能動的ニヒリズムの一傾向がファシズムを志向した。 五歳の時に自家中毒だ生死の境を彷徨った主人公は、「汚穢屋」に魅了される。病的な自分が、対社会関係から「永遠に拒まれている」と感じながら、その自らの「悲哀」を「汚穢屋」の「悲哀」に飛躍的に重ねることで、同じ共同体に「与ろうとしている」。「悲劇的なもの」を求めることは主人公の「官能」なのである。他方、同性に向けられた性的指向の自認は、恋愛に於いて、ロマンティック・ラブ・イデオロギーの主体となろうとする彼を挫折させる。 主人公は、産湯の記憶以後、観念と現実、内界と外界とが分離してしまったこの世界で、結論的に、 「仮面」を被ることで現実世界に適応することを学ぶ。しかし、この彼の本性を隠蔽するはずの仮面が、翻って、その本性を正直に告白させる仮面となるというのが、本作のタイトルの逆説である。 悪の生き生きとした顕現としての不良少年近江に対する恋、その腋窩の豊饒な毛に興奮してerectioを起こす主人公は近江への愛を諦める。 近江を愛する代わりに「近江と相似のもの」としての自己を愛し、且つ、近江に愛される代わりに「近江と相似のもの」としての自己が愛されることとなる。主人公は、自らの「腋窩」に近江を見出し、また、「悪」 としての近江の「孤独」を自らの孤独に重ねることで、白昼の青空の下、磯辺で「悪習」に耽る。 三島文学で乱発される「〜ねばならない」という当為表現 軟派は異性愛者、硬派は同性愛者、鴎外の「ヰタ・セクスアリス」も再読せねば 絶対者=天皇の下での死と、自己否定と不可分のエロティシズムとが直結する三島文学の根源が認められる。 主人公の価値観の基底を成す、〈変化しないもの〉と〈変化するもの〉という区別が最大化される。「絶対的」、「相対的」という言葉とともに徹底して拘った主題。 「そもそも肉の欲望にまったく根ざさぬ恋などというものがありえようか? それは明々白々な背理ではなかろうか? しかしまた思うのである。人間の情熱があらゆる背理の上に立つ力をもつとすれば、情熱それ自身の背理の上にだって、立つ力がないとは言い切れまい、と。」 ここに、この後、三島が恋愛を描くに当たり、拠って立つ思想の一つの根源がある。 同性にしか「肉の欲望」が生じない(=異性にそれが生じない)ということである。彼は確かに、女性を愛しているにも拘らず、勃起しないという生得的条件が、その愛を「贋物」化してしまうことに苦しんでいるのである。 ヘテロロマンティック・ホモセクシュアル この作品を書くことは私という存在の明らかな死であるにもかかわらず、書きながら私は徐々に自分の生を恢復しつつあるような思いがしている。これは何ごとなのか? この作品を書く前に私が送っていた生活は死骸の生活だった。この告白を書くことによって私の死が完成する・その瞬間に生が恢復しだした。」 まずは「仮面の告白」を読み直さないといけない。恐らくかなりの部分読み損なっている。三島が直接的に書いていない部分を読み落としているのだと思う。そして、「英霊の声」は先ず入手する必要がある。「禁色」はあるので読めば良い。 「銀閣寺」論 晩年の三島が、「絶対者である天皇」と明言している事実に基づき、〈金閣〉を天皇のメタファと見做す解釈の可能性を検討する。 〈現実の金閣〉が美しいからこそ〈心象の金閣〉が美しいのではなく、〈心象の金閣〉が美しいためには、〈現実の金閣〉が美しくなければならない。定義にだけ「」が使われている。後は全て〈〉なのだが。 さらに〈観念の金閣〉 裏日本の海に、郷愁とともに自身の「あらゆる不幸と暗い思想の源泉」、「あらゆる醜さと力との源泉」を見出し、遂に溝口は、〈金閣〉放火を決意するに至る。彼の逃走は、ここで「行動」へと転換されるが、この決意が、「金閣を焼きたい」という欲望の表現ではなく、飽くまで「焼かなければならぬ」という当為である点が注目される。 国宝〈金閣〉の存続の可否は、彼の「行為」に委ねられ、彼の存在の意味は、〈金閣〉の価値と釣り合っている。彼が死ねば〈金閣〉は失われず、彼が生きていれば、〈金閣〉は滅びねばならない。 〈金閣〉に火を放つことの直接の意味は、〈現実の金閣〉を消滅せしめることにより、〈観念の金閣〉 をも消滅させることである。両者は大戦末期に予感されていたように、火という媒介によって、即ち滅びに於いて再び神秘的に一体化し、この世界から消滅することとなる。 かくて〈金閣〉には、火が放たれ、「行為」は遂げられる。その成功の後に、溝口は改めて、この 〈金閣〉の消滅した世界の中で、「生きよう」と決心するに至る。「生きねばならない」という当為表現ではなく、自らの意思表明であるのは、三島としては例外的とも言えよう。 これが、小説の結末であり、作者がこの作品を書かなければならなかったことの意味である。 我々はここで、今一度、この小説の「創作ノート」に記された「あらゆるComplex を解放した男が、只一つのこる Complex から解放されんとして金閣寺に放火する。/人間最後のComplex の解放が必ず犯罪に終るという悲劇」という言葉に着目したい。 「生き残ってしまった者の苦悩」という主題は、例えば、同じ時期に書かれた短篇「真夏の死」にも見えており、その後、「鏡子の家」や「十日の菊」、「豊饒の海」 など、何度となく繰り返されることとなる、生涯、切実なものであった。三島にとって、戦地に赴かなかったという「コムプレックス」が重荷であったのは、彼がその病弱によって、恩恵を被ったからである。 当時の日本に対する三島なりの嫌悪感の表明であろう。 「鏡子の家」に描かれているのは、いずれも三十代の三島の各々の面を擬人化したものである。社交人として、自慢の「豪邸」で派手なパーティを催していた三島は、その生活に青一郎的な欺瞞を自覚していたであろうし、ボクシングや剣道に打ち込んでいた彼は当然に岐吉の、 またマスメディアへの積極的な露出を続け、熱心に肉体改造を行っていた彼は、収の生を実践していた。そして、芸術家としてのもっともセンシティヴな一面は、言うまでもなく夏雄によって代表されている。 「鏡子の家」は僕は割と好きだったのだけれど、文壇的にも商業的にも失敗だったようだ。三島にとっては自分をさらけ出して書いているだけに、それが何よりもつらかったようだ。 「英霊の声」論 各登場人物の没交渉は、「鏡子の家」が失敗作と見做される大きな理由となったが、まさにこの共同性の喪失こそが、三島がこの時期、切実に問題としていたことだった。 ている。 現代生活(つまり戦後社会)は、ハレとケ、非日常と日常といった二元論を無効化する「相対主義」の中で営まれており、後者のみ、つまり日常性のみとなってしまった。そこから「超絶的なもの」は出てこない。ところで、エロティシズムは、「超絶的なものに触れる」際に初めて真価を発揮する、従って、今日、日本社会に於いてエロティシズムは不可能である。「美」もまた同様であり、美=エロティシズム=死は、日常からの「超絶」という点で一本の線をなしている。 三島のこうした二元論を端的に表している主題は、「覗き」である。 これは、三島のエロティシズムの最も特徴的な表現の一つであり、「禁色」の悠一と鏑木信孝との関係を夫人が目にする場面、『百万円煎餅』で山の手の富裕層夫人の間で密かに催されているセックス・ショー、『白蟻の巣』で刈屋と啓子との逢い引きを目撃する大杉、「金閣寺」の溝口が、母とその縁者の倉井との蚊帳の中での交合に気づき、傍らの父に目隠しされる場面、『午後の曳航』で母の情事を盗み見る登、そして、「豊饒の海』の本多の寄視症と、・・・・・・意識的、偶然を問わず、広義の「覗き」は、様々な形で登場する。 では、三島は、そうした世俗的な禁止と侵犯を、興奮と共に楽しんでいたのであろうか? そうではなかっただろう。事実として、結局彼は、戦後日本社会の全否定という極端な立場を採るに至り、その心情の受け止め先を神的天皇に求めることとなる。 それには、「文化防衛論』に於ける「文化主義」への嫌悪もあれば、公教育と「教養主義」に対する批判もあった。中村光夫との対談で、三島は、「教養主義というのは権力主義だと思う。」と知の権力性を指摘し、「教養を自分の身につけて発展させるということは権力意識の萌芽でしょう。それは必ず自分が教育する側に立つための準備段階です。」と説いている。 更に、認識偏重への批判という『金閣寺』以来の立場もあり、また、この頃には、「やまとだましい」に対し、「漢心」(理学)を否定する国学の影響もあったであろう。加えて、バタイユに触れながら「主知主義」を批判し、それが遂に「非連続性に耐えよ」という以上のことを言えず、孤立し、断片化した現代人の共同性の根拠たり得ないという限界を指摘している。「主知主義」は、結局のところ、無数のニヒリストを生むに過ぎない、というのが彼の認識である。 では、何故、「愛」ではなく「恋」なのか? 三島は、次のように語っている。「愛という言葉は、日本語ではなくて、多分キリスト教から来たものであろう。日本語としては 「恋」で十分であり、日本人の情緒的表現の最高のものは「恋」であって、「愛」ではない。」 三島は、「愛」をアガベーを念頭に、「無限定無条件」なものであるとし、それに対して、「恋」とは、「限定性個別性具体性の裡にしか、理想と普遍を発見しない特殊な感情」と区別する。そして、 「日本人にとっての日本とは、恋の対象にはなりえても、愛の対象にはなりえない。われわれはとにかく日本に恋している。これは日本人が日本に対する基本的な心情の在り方である。」と主張し、「官製のにおいがする」という「愛国心」という言葉への忌避感を語っている。 特攻隊員の霊は天皇の人間宣言を批判した。自分たちはいったい誰のために死んだのかと。 「豊饒の海」論 三島がこの時期、唯識にいかにのめり込んでいたかは、「阿頼耶識」を連呼しながら両手に皿を持って熱弁する彼の姿を「皿屋敷」に喩えて揶揄し、笑いを誘った澁澤龍彦の証言などからも察せられる。武田泰淳との対談『文学は空虚か』では、その勉強の苦労が語られている。 三島が「むずかしくてわからない」と率直に口にするのは異例だが、武田泰淳との対談「文学は空虚か」でも、最初に宇井伯寿の本を読んで、「一頁読んでも二頁読んでも何にもわからないというのは、僕ははじめてだったな。」と告白しており、その後、「いろんなガイドブックを見たり」、山口益に教わったりしたと、同様の内容を語っている では、唯識の世界認識とは、どのようなものだったのか?「摂大乗論」は、まず、認識作用を〈八識〉と分析する。〈五識)は、眼識・耳識・鼻識・舌識・身識であり、これは我々の「五感」に対応している。更に、〈五識〉の感覚的な認識作用と共働し、それらを統合しつつ言語によって概念的な思索を行う〈意識〉がある。これらの〈六識〉は、部派仏教から大乗仏教の中観派に至るまで共通している。唯識は、六識を 「変化しつつ生成する識」という〈諸転識〉として整理するが、元々はこれは経量部に帰せられる原理であった。また唯識が独特なのは、更に七番目に〈末那識〉を、八番目に〈阿頼耶識〉を設置している点である。 〈末那識〉とは、自己同一性に固執する潜在的な我執である。私は私だ、という言語的な自覚は、六番目の〈意識〉に属する顕在的我執であり、区別されている。また、〈末那識〉の対象が、外界ではなく、八番目の〈阿頼耶識〉である点も大きな違いである。更に、〈意識〉の我執が断続的であるのに対して、〈末那識〉は、「恒審思量」を特徴とし、生死輪廻する限り、〈阿頼耶識〉を執拗に〈自我〉 (アートマン)であると思い込み続けるという点、常に四煩悩(我癡・我見・我慢・我愛)と共に機能し、それ故に汚染された心とされ、〈染汚意〉とも呼ばれる点も特徴的である。 能し、それ故に汚染された心とされ、〈染汚意〉とも呼ばれる点も特徴的である。 〈末那識〉の語源は、「マナス」(manas)であり、これは漢訳で「意」とされている。元々、〈末那識〉は〈意識〉の範疇であったのだが、『瑜伽師地論』に萌芽を見つつ、『摂大乗論』に於いて、徐々に独立した七番目の識として区別されるようになっていった。では、〈阿頼耶識〉とは何か? それは〈末那識〉の更に深層にある根本的な識であり、自我の実体であるかのように諸転識を把握統合し、保持する〈心〉でありながら、同時に、この世界の一切をも生み出すとされている。つまり唯識は、有部が説く外界実在論を否定し、それはすべて阿頼耶識が生み出したものに他ならないと考え、外界に経験可能な認識対象は実在しないと主張するのである。 従って、実のところ、六識も末那識も、阿頼耶識によって生み出された現象的な識に過ぎず、言い換えるならば、八識はすべて阿頼耶識であり、一切は唯識だということになる。この六識+末那識+ 阿頼耶識は、三層八識として構造化されている。 しかし、小説の結末としては、いかにも三島らしいギリギリの逆説となっている。綾倉聡子であるはずの月修寺の門跡は、本多のみならず、清顕の「実在」さえ否定することで、唯識思想を正しく体現する。もし、輪廻の最も周到緻密な理論を唯識とする本作で、門跡が清顕の「実在」を認めてしまえば、唯識思想そのものが瓦解することとなり、理論的根拠を失った輪廻は、成立しなくなってしまう。つまり、転生そのものが否定されることとなる。従って、清顕の実在が、虚妄分別として否定されることによってこそ、逆説的に、清顕の転生の可能性が残される、というのが、この結末である。 そして、解脱に至らぬ本多は、この生を終えた後、今度は彼自身が輪迴せねばならないが、その時には、無論、彼は自己の転生を「認識」できない、という点もまた、更なる逆説として仕組まれたものであろう。 この時、清顕には、姦通に対する倫理的な反省は皆無であり、また、治典王に対する罪悪感も一切ない。この性格的な特徴は、一見、対極的と見える第二巻「奔馬」の勲に引き継がれることとなる。更に大きく捉えるならば、そもそも三島文学には、「罪悪感」という主題が根本的に欠落しているという事実にも突き当たるであろう。主人公たちは、自らの犯した悪を倫理的に反省する、ということがない。彼らが苦悩し、自己否定に陥るのは、罪悪感に於いてではなく、恥辱に於いてであり、 しかもその恥の意識は、徹底して世俗的であって、社会的な他者との関係、通念的な規範からの逸脱を通じて齎されるものである。そして、清顕の場合、「優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を」という確信を極限まで先鋭化しようと試みるのである。 「神風連史話」は、勲の座右の書であり、作中、繰り返し登場し、会う人ごとに読むように勧めている。この短いテクストは、「創作ノート」によると、『誠忠神風連」(荒木精之)、「神風連烈士遺文 」(同編著)、「清教徒神風連』(福本日南)等を参照し、三島自身が書いたもので、文体には、森島外の「阿部一族』、『大塩平八郎」といった史伝の影響が認められる。取り分け、後段の自刃してゆく若い厭起者たちの享年の列挙は効果的である。 「社会は肉体の安全を保障するが、魂の安全を保障しはしない。心の死ぬことを恐れず、肉体の死ぬことばかり恐れている人で日本中が占められているならば、無事安泰であり平和である。しかし、そこに肉体の生死をものともせず、ただ心の死んでいくことを恐れる人があるからこそ、この社会には緊張が生じ、革新の意欲が底流することになるのである。」 因みに、三島の辞世の句は二首ある。 益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴りに幾とせ耐へて今日の初霜 散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜嵐 そもそも、勲のテロの目的は何だったのか? 立派に自刃し、忠義を体現したい、という彼の願望のためには、「大義」が必要であり、勲は実際、 社会の腐敗に憤っている。しかし、例えば血盟団事件の小沼正にとって、病弱と貧困が彼をテロへと向かわせる原体験となっているのとは異なり、勲の怒りは言わば義憤であり、実体験を欠いたものである。世間的には、右翼の塾長である父親の思想的影響を受けた子供と見做されるであろう。 瀬田善明に殺された中条大佐の場合と同様、どれほど勲を理解しようとしても、蔵原の殺害については、肯定的な受け止めが困難である。他でもなく、そのように書いているのは三島自身であり、勲が蔵原を殺さねばならない理由は、清顕が聡子を愛さねばならない理由以上に、無理に無理を重ねている。 当為として死ぬ この色濃い官能的な描写は、「仮面の告白』の園子との接吻――「私は彼女の唇を唇で覆った。一秒経った。何の快感もない。二秒経った。同じである。三秒経った。――――私には凡てがわかった。」という対照的な場面を否応なく思い出させるが、同時に、死の覚悟の前の情交という意味では「憂国」を想起させもする。しかし、直接的にはやはり、『春の雪』の「命懸けの恋」という主題の変奏であり、最後には、「慎子の唾を嚥んだと感じたときに、一つの頂点に達した。」という生々しい言葉で結ばれている。これもまた、勲が母の「睡」に嫌悪感を覚えたのと律儀なシンメトリーを成しており、慎子はやはり、「母」的ではあるが、その唾を嚥みたいと感じるほどに、「絶対母親ではない」女なのである。 三島は、「いささか神がかりかも知れませんが」と断りつつ、核兵器が「使えない武器」である以上、通常兵器で十分に日本は守れると主張する。その象徴は「日本刀」であり、「魂の無い所に武器はない」として、もし「武士と武器というものを、武士と魂とを結びつけることができなければ、日本の防衛体制は全く空虚なものになってしまう」と、更に飛躍する。これは、彼がこの時期、強い影響を受けていた吉田松陰の「備とは艦と砲との謂ならずわが敷洲の大和魂」を踏まえた考えかもしれない。そして、「非核兵器による局地的直接侵略に対する防衛」に於いて武器を使用するのは、 当然に自衛隊であり、それ故に、自衛隊には「武士道精神」を求めるのである。 三島によると、「武士道精神」とは、セルフ・リスペクト、セルフ・サクリファイス、セルフ・レスポッシビリティーの三つが、どれ一つ欠くことなく結合したものである。「純粋な日本」の武士道は、軍国主義や侵略主義とは全く無縁であり、それらは、近代化、工業化同様、外国から学んだものに過ぎないとする。 三島は、単に、クーデター計画が頓挫したが故に、「実に実に実に不快だった」と書いたのではあるまい。こうした状況下で奔走し、結局、半ば見放されたような格好で行動に移ることが出来ず、この事実を、『小説執筆のための主体的選択』と自らに言い聞かせ続けていた状況に終わりが来たことを、そう表現したのではなかったか。 本多は、ジン・ジャンに魅了される。何故なら彼女は、「女」だからである。少なくとも作者は、 男である本多は魅了されねばならないと考えている。「それは誘惑」し、「不断に生へといざなう」。 ところが、清顕、勲への関与の挫折から、本多は自分の行動の無力感を思い知らされており、その認識が決定的となったのがインド体験だった。従って、ジン・ジャンに「誘惑」されるがままに、彼女に関与しようとすることは、結局、彼の「生自体を破壊させる」こととなり、また、「今度こそ徹底的に」、生への「参与の不可能を思い知らせる」ことになる。戦後の生を「架空のもの」と感じている彼は、それを怖れているのであり、自らの「持って生れた究理慾」と、この生からの逃避との唯一の調和点が、窃視という行為なのである。 本多は長寿である。そして、若き日に、清顕や勲のように「なぜ時を止めようとしなかったのか?」というファウスト的な自問に対しては、そもそも自分には、「青春の絶頂というべきものがなかったから」と自答する。それは彼に、「能うかぎり稀薄な宿命しか与えられていなかった」からであり、これに対し、「或る種の人間は、生の絶頂で時を止めるという天賦に恵まれている」。「肉の永遠の美しさ」とは、「時間を止めることのできる人間の特権」である。そして、まさに「今、時を止めようとする絶頂の寸前に、肉の美しさの絶頂があらわれる」というのは、「金閣寺」以来、三島が再三繰り返してきたカイロス的な、滅びの瞬間の美という主題である。 本多は、このような死を「詩」であり、「至福」であると考え、自分が生き永らえてきたのは、「詩もなく、至福もなしに!」という秘訣の故だと考える。 本多は、「老いはまさしく精神と肉体の双方の病気」だと考え、「老い自体が不治の病」であり、 「人間存在自体が不治の病」という認識に至る。「しかもそれは何ら存在論的な哲学的な病ではなくて、われわれの肉体そのものが病であり、潜在的な死なのであった。」今や、「生きることは老いることであり、老いることこそ生きること」と自覚する本多は、まさしく現実を生きている。これが「時間内存在」としての人間であり、本多は、阿頼耶識の「究極の道徳的要請」としての世界を、「良性腫瘍の膵臓嚢腫」の痛みとともに、生きさせられている。これは、 彼の発心の準備のようにも見え、その聡子との対面場面の解釈にも、影響を及ぼすこととなる。 透の虐待によって、人生を不可避的に生きさせられていた本多は、ここに至って、認識が世界を虚無化していた人生から自覚的に、能動的に抜け出そうとする。彼の思考は、「今までただ理智にばかりたよっていたものを、もっと雑多な生の夾雑物で富ますように」なり、「理智よりも肉体の異様な脱落感が、理性よりも内臓の鈍痛が、分析力よりも食欲不振が、いかに世界を包括的に眺めさせるか」を悟る。つまり、彼の肉体的な「五衰」は、行動さえをも必要とせず、その人生の最後に現実を生きることを可能としたのである。それは同時に、「死を内側から生きる」ことに他ならなかった。本多の次のような独白は、彼の長い「認識者」としての人生が、その終局に点した例外的な光のようにも見える。 「生を否定することは実に容易くて、あらゆる青春の中に骸骨を透視するのは、どんな凡庸な男にでもできることだった。/しかしそれが一体、何の復讐になるだろう。」 聡子は、本多の認識と彼女の認識とが異なり、自らの存在そのものを懐疑する彼に、「それも心々ですさかい」と、「はじめてやや強く本多を見据え」て語る。この眼差しを以て、聡子が本多の存在を知っていると読むことは可能であろう。そして、この「心々」という表現は、作者が、第三巻の最後で「本多の阿頼耶識の創った世界」という表現を用いた通り、個人の主観的認識は、その世界観ごと、決して他者とは共有されず、従って、共同性の夢は破れ、個人はこの世界に孤立しつつ、併存している、という思想に辿り着くより他はない。その中庭が、いかに「浄土」的であろうと、本多は徹底的に孤独な虚無感の底に佇んでいることになり、浄福感からは程遠いということになる。 結論 三島由紀夫の実存の根底には、幾重にも折り重なった疎外感があった。 幼時に祖母に溺愛され、父母から距てられた経験、また、自家中毒で学校を欠席した経験から、彼は否応なく、本来、自分がいるはずの場所で、自分が不在である現実を想像したであろう。 今頃、みんなはどうしているのか?――この二層化された世界像は、その後の三島の一生を貫いている。「覗き」という主題への執拗な拘りは、その屈折した現れの一つだった。 現実は、そうして膨らんだ想像から常に遅れ、彼はあとから、答え合わせをする。隔たりは、空間・時間の両方に亘っていた。 孤独の裡に芽生えた三島の想像力は、幸か不幸か、現実以上に豊かであり、更にそれを、古今東西の文学が刺激し、涵養した。また、たとえ現実が魅力的であったとしても、『金閣寺』の溝口が語る通り、遅れて到来したのでは、それは既に新鮮さを失っており、そもそも参加不可能だった。 三島の現実体験には、そうして、しばしば幻滅が伴った。「美というものは、こんなに美しくないものだろうか」という溝口の呟きには、作者の苦い実感が込められている。 2020年11月25日三島没後50年に刊行したかったが3年遅れた。三島がその日に合わせて天人五衰を書き上げようと焦っていた気持ちが分かる。 分人という言葉はあえて使わなかった。
3投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ著者畢生の三島論である。とにかく長いが、文芸誌から文芸批評の新人賞が消えた現代にもうこういう文芸批評は世に出ないかもしれない。結局、三島は通俗的な人間で、軍国主義、ルッキズム、エイジズムを逃れられない面白味のない人間だったかもしれない。しかし、かんたんに断罪することなく、著者がこれだけていねいになぜ三島はこうだったのかを説明していく誠実さには感銘を受けずにはいられなかった。
1投稿日: 2025.07.14
powered by ブクログこれほど三島文学を読み込み、その深奥に迫る書評は他に存在しないかと。平野啓一郎の読みの深さは、最も三島由起夫の理解に迫るものと思われ、生誕100年に読まれてしかるべき図書と思われました。
0投稿日: 2025.04.12
powered by ブクログ三島由紀夫という作家の短いタイムテーブルを四つの時期に区分し、その時期を代表する四つの作品を中心に、発言などから彼の悩ましい思想を丁寧に探っていく。三島と聞くと、一般的に右翼であったと思われるが、多方面から検討される横顔は単純な天皇崇拝ではない、二重三重の屈折を浮かび上がらせる。 もちろん、三島を読み解く本ではあるのだが、緻密な分析は作者の平野啓一郎の作品に反射して、読み解く副読本にもなるのではないか。
1投稿日: 2025.01.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
あなたは、ゲイではなくバイと美輪明宏に言われた 切腹したのは、ひっこみがつかなくなった ならではないか 親しい友人の言葉
0投稿日: 2024.06.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「仮面の告白論」 主人公の彼が、『悪』よりも『恥』を重視している事を非常に感じる小説であった。 戦争で生き残ってしまった苦悩が、生きたい→生きなければならない→園子を愛さなければならない、へと駆り立てていたのか。 園子への愛が本物であるように見えたが、彼の肉領域では同性愛なのは不変であったから、園子を実は愛していないのではないかと疑ってしまった。しかし、肉領域と精神領域での愛が異なることがあり得る事に合点がいった。
0投稿日: 2024.01.14
powered by ブクログオレは、三島由紀夫には興味がないのだが 平野啓一郎には、やや興味があり 平野啓一郎が興味を抱く三島由紀夫には、ハッキリと興味がある。 三島由紀夫はなぜあのような死に方をしたのか? 三十代後半から、3つの作品が不評で、立て続けに文壇内外のトラブルに巻き込まれ、大江健三郎など次世代の作家の活躍が盛んになり、四十代を目前にして、スランプを自覚していたとか。 そうだったのか。 知らなかった。 三島が、川端の次のノーベル文学賞は、大江健三郎だ、と言ったのは知っていたが。 一人称で書かれた作品は 『仮面の告白』 『金閣寺』 『音楽』 の3つしかないんだって。 あれ? ぜんぶ読んでるぞ。 21 二十代で、ラディゲのように夭折することを望んでいたんだって。 85 三島は同性愛者であることをカミングアウトしたことがないんだって。 異性愛者として生きてたんだって。 ・・・・・・・・そうだっけ? 86 猪瀬直樹は三島を異性愛者として描いたんだって。 美輪明宏 「あなたは同性愛者じゃない、バイセクシャルだ」 三島由紀夫 「オレはホモじゃなかったんだ」って喜んだんだって 261 三島はバタイユに言及している 272 『文化防衛論』における文化主義への嫌悪 三島はバタイユ経由で聖テレジアに興味を持っていた 276 二・二六事件と天皇 365 唯識における輪廻 三島はディオニソス的なものに興味を持っていた 平野啓一郎は『日蝕』で三島由紀夫の再来と言われた。 だから、瀬戸内寂聴、横尾忠則、美輪明宏、高橋睦郎から親しくしてもらった、って。 たしか、高橋睦郎こそ、三島の恋人だった人だよね?違ったっけ? 644 平野啓一郎の「分人」の考え方において「三島はなぜあのような死に方をしたのか」という問いは、意味を持っていたんだって。へー。
1投稿日: 2023.12.12
powered by ブクログなかなか難しかったが、なんとか読み終えた。 先ずなりより豊穣の海を最後に読んだのは20年以上前であり、それを思い出しつつ、この本の文章をできる限り理解しつつ、自分の中で納得させるのが大変だった。 著者は金閣寺に衝撃を受けたとのことだが、私はこの600頁を超える論文の半分を占める豊饒の海が一番好きだ。とても詳細な解説で大いに納得した。 ただ豊穣の海を読むには輪廻の物語であり、大乗仏教や阿頼耶識や唯識といった仏教系の知識が欲しかったところだ。 今まで三島作品でなんとなく感じていたことが、明確な言葉として書き記されている。 ”三島文学には「罪悪感」という主題が根本的に欠落しているという事実に突き当たる。主人公たちは自らの犯した悪を倫理的に反省する、ということがない。彼らが苦悩し自己否定に陥るのは、罪悪感ではなく恥辱に於いてである” 豊穣の海についていえば、清顕、勲、ジン・ジャン、透による転生を主題としているのに、清顕以前に遡らせず、転生主体が転生前の生を記憶していないという作意があるという。この大長編は大きな円を描いて第一巻冒頭(日露戦役のことをよく覚えていない)と結ばれる。 確かにそんな風に読んでいた。これが作意によるものとは驚く。 そして途中はもう飛ばして、衝撃のラストである。最初読み終えたときは本当に呆然としたものだ。 阿頼耶識は「一瞬一瞬惜しげもなく世界を廃棄して更新する」本多の理解ではその一瞬一瞬に、世界は「究極の道徳的要請」に従って実在している。しかし個人が唯識性への悟入に至るならば、道徳的要請の必然はなくなり、この世界が実在している必要もなくなる、はず。 三島は「小説の結末が悟りになってはならないから、悟らないようにしなくてはいけない。これがむずかしい」と語っていたという。 自分なりに納得できたと感じる。良かった。 武士道精神と国防の章にはこうある。「武士道」の倫理性が維持されなければ、集団的自衛権の行使に於いては、「アメリカの傭兵」となり、「アジア人をしてアジア人と闘わしめる」戦争に利用されてしまう懸念があるのである。 自民党による統治は盤石となって、三島は死の機会を逃してしまった。これが「実に実に不快だった」 このような考えは実に納得感があるのだが、今保守を自称している輩には全く理解できないであろうなぁ。エセ保守が運営する国に未来はあるのだろうか。 追伸 「英霊の声」論の最後に、三島が割腹自殺という方法に期待したのは、死によるあらゆる矛盾の解消と同時に、死による<絶対者>との一体化、更にはその<絶対者>への批評ではなかったか。とある。これってあの人類補完計画だよなと思った。
0投稿日: 2023.10.07
powered by ブクログもちろん、まずは著者の三島愛をたっぷり感じる。しっかりした骨格と、丁寧な調査と文献の読み込み、そして考察が同じ熱量で670ページ続く。論文とは、評論とは、こう書くもんだよね、と感服させられる思い。
5投稿日: 2023.07.29
powered by ブクログ【読もうと思った理由】 以前、平野啓一郎氏の「本の読み方」の感想にも書いたが、平野氏がそもそも読書にハマったきっかけが、三島由紀夫氏の「金閣寺」だそうだ。(詳しくは「本の読み方」の感想をご覧くださいませ)なので僕もいつかは「金閣寺」を読まないとなぁと、ずっと心に引っかかっていた。ただ色んなユーザーの方が、難解な書籍だと感想をあげていたので、読むのにずっと躊躇していた。そんな折、ブクログのオススメ書籍で本書がピックアップされてきた。その名も「三島由紀夫論」。直近で読んだニーチェの「ツァラトゥストラ」に挑んだ際に学んだことだが、難解とわかっている本を読む際は、先に入門書なり解説書を読もうと決めていた。著者が本書を執筆する際に構想から20年の大作だと書いている。そこまで思い入れ深く書いた本であれば、読まずにはいられないと思ったのが理由。 【三島由紀夫氏とは?】 (1925-1970)東京生れ。本名、平岡公威(きみたけ)。1947(昭和22)年東大法学部を卒業後、大蔵省に勤務するも9ヶ月で退職、執筆生活に入る。'49『仮面の告白』を出版し、同性愛を扱った本作品は高い評価を得て作家の地位を確立した。 その後も『愛の渇き』、'50光クラブの山崎晃嗣をモデルとした『青の時代』、'51『禁色』、'54ギリシャの古典「ダフニスとクロエ」から着想した『潮騒』、'56青年僧による金閣寺放火事件を題材にした『金閣寺』、『永すぎた春』、'57『美徳のよろめき』、'59『鏡子の家』などのベストセラーを立て続けに発表。 また、同時期に、戯曲『鹿鳴館』、『近代能楽集』を発表。小説・戯曲・評論を通じて様々な実験を行ない美的探究を続けた。文学以外でもボディービルや剣道の練習、文学座をはじめとする劇団でみずから演出、出演をしたり、映画出演、自衛隊への体験入隊などで話題をまいた。 作品も精力的に描き続け、'65『豊饒の海』、戯曲に『サド侯爵夫人』など発表し、この頃にはノーベル文学賞候補として世界的にも名声をあげた。 '68〈楯の会〉を結成、'70森田必勝ら同会の学生と、東京市ヶ谷の自衛隊東部方面総監部に乗り込み、自衛隊の決起を促したが果たせず、割腹自殺した。 その美学を完成するために絶対者(天皇)が必要だとした主張とともに、死の行為は大きな波紋を及ぼした。享年45歳(墓誌には46歳)。 戒名は彰武院文鏡公威居士。作家の武田泰淳は「・・・息つくひまなき刻苦勉励の一生が、ここに完結しました」と弔辞を捧げた。 【平野啓一郎氏とは?】 1975年愛知県蒲郡市生。北九州市出身。京都大学法学部卒。1999年在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』により第120回芥川賞を受賞。40万部のベストセラーとなる。 以後、一作毎に変化する多彩なスタイルで、数々の作品を発表し、各国で翻訳紹介されている。2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在した。美術、音楽にも造詣が深く、日本経済新聞の「アートレビュー」欄を担当(2009年~2016年)するなど、幅広いジャンルで批評を執筆。2014年には、国立西洋美術館のゲスト・キュレーターとして「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」展を開催した。同年、フランス芸術文化勲章シュヴァリエを受章。また、各ジャンルのアーティストとのコラボレーションも積極的に行っている。著書に、小説『葬送』、『滴り落ちる時計たちの波紋』、『決壊』、『ドーン』、『空白を満たしなさい』、『透明な迷宮』、『マチネの終わりに』、『ある男』等、エッセイに『本の読み方 スロー・リーディングの実践』、『小説の読み方』、『私とは何か 「個人」から「分人」へ』、『「生命力」の行方~変わりゆく世界と分人主義』、『考える葦』、『「カッコいい」とは何か』等がある。 【本書の概要】 2023年、構想20年の『三島由紀夫論』を遂に刊行。『仮面の告白』『金閣寺』『英霊の声』『豊饒の海』の4作品を精読し、文学者としての作品と天皇主義者としての行動を一元的に論じた。三島の思想と行動の謎を解く、令和の決定版三島論。 【感想】 一冊の本で、ここまで読み応えのある本も久しぶりだ。この1週間ほど、読書に費やせる時間があまりなかったのもあったが、他の本を併読せずに、一冊読了するのに1週間まるまる費やしたのは、結構久しぶりだ。ページ数にして約650ページ。確かに分厚い本ではあるが、最近僕が読んでいる本は基本はほとんど分厚い本なので、まぁ2〜3日で読了出来るだろうと思っていたが、全然読み進められない。分量ではなく、内容が難解なのだ。実はこの本の構成として、確かに4作品を説明してくれているのだが、「豊饒の海」以外の3作品は、各100ページ程で、100ページ毎に区切りがあるのでリズムよく読めていた。だが最後の「豊饒の海」が、本書全ページ数のうち約半分を占めている。 また内容も後で詳しく書くが、仏教の「唯識」についてガッツリ踏み込んでいる小説なので、当然解説書である本書も、唯識についてかなり詳細に書いている。実はたまたまではあるが、「唯識」については、COTENの深井龍之介氏がYou Tubeの番組(木曜日は本曜日)で、人生に影響を与えた本として紹介していたので、「唯識の思想(講談社学術文庫)」は、既に購入はしていた。(まだ一切読んではいない)深井氏が3冊オススメしている中で、もっとも難解な本だという。(残り2冊は、アリストテレスの「ニコマコス倫理学」と、「進化論はいかに進化したか」〈更科功著〉)それでも唯識について説明した本を何冊も購入した中で、この本が唯一理解できた本だという。他の唯識の書籍は、難しすぎて理解が出来なかったんだとか。 ではあくまで簡単にだが、「唯識」とはなんぞや?ということを、あくまで僕が理解できた範囲で書くと以下だ。 「摂大乗論」は、まず認識作用を〈八識〉と分析する。〈五識〉は、眼識、耳識、鼻識、舌織、身織であり、これは我々の「五感」に対応している。更に、五識の感覚的な認識作用と共働し、それらを統合しつつ、言語によって概念的な思索を行う〈意識〉がある。これらの〈六識〉は、部派仏教から大乗仏教の中観派に至るまで共通している。唯識は、六識を「変化しつつ生成する識」という〈諸転識〉として整理するが、元々はこれは経量部に帰せられる原理であった。唯識が独特なのは、更に七番目に〈末那(まな)識〉を、八番目に〈阿頼耶(あらや)識〉を設置している点である。末那識とは、自己同一性に固執する潜在的な我執である。私は私だ、という言語的な自覚は六番目の意識に属する顕在的我執であり、区別されている。また、末那識の対象が、外界ではなく、八番目の阿頼耶識である点も大きな違いである。更に、意識の我執が断続的であるのに対して、末那識は「恒審思量」を特徴とし、生死輪廻する限り、阿頼耶識を執拗に自我(アートマン)であると思い込み続けるという点、常に四煩悩(我癡、我見、我慢、我愛)と共に機能し、それ故に汚染された心とされ、〈染汚意(ぜんまい)〉とも呼ばれる点も特徴的である。末那識の語源は「マナス」(manas)であり、これは漢訳で「意」とされている。元々、末那識は意識の範疇であったのだが、「瑜伽師地論」に萌芽を見つつ、「摂大乗論」に於いて、徐々に独立した七番目の識として区別されるようになった。 では、阿頼耶識とは何か? それは末那識の更に深層にある根本的な識であり、自我の実体であるかのように諸転識を把握統合し、保持する心でありながら、同時にこの世界の一切をも生み出すとされている。つまり唯識は有部が説く外界実在論を否定し、それはすべて阿頼耶識が生み出したものに他ならないと考え、外界に経験可能な認識対象は実在しないと主張する。したがって、実のところ、六識も末那識も、阿頼耶識によって生み出された現象的な識に過ぎず、言い換えるならば、八識はすべて阿頼耶識であり、一切は唯識だということになる。この六識+末那識+阿頼耶識は、三層八識として構造化されている。 瑜伽行派は、その名が示す通り、ヨーガと呼ばれる瞑想法を実施する修行集団であり、その思想を支えるのは禅定体験である。意識の深層に更に末那識を見出すというのは、一見、西洋思想史に於ける無意識の発見と類比されようが、フロイトのような臨床ではなく、それがヨーガの成果の一つだった点は注目すべきである。 我々が今日、阿頼耶識の概念に触れたとき、これを瞑想中の一種の直感と捉えるならば、実体験はなくとも想像に難しくはないであろう。禅定に入り、外界に対する五感の働きを極限まで抑制すれば、なるほど、現実とされている世界は、すべて脳内で描き出したものに過ぎないと感じられもしよう。 しかし一度、瞑想を中止して五感が外界に開いてしまえばどうか?有部のように、認識対象を、感覚器官がそのように見せている表層に過ぎず、「物自体」としての「法」は経験できない。と見做す認識にまでは達し得るであろう。例えば、ヒトとは異なる認知システムを備えた蝶や犬、コウモリが、私たちと全く違った姿でこの世界を経験していることは、生物学的にもよく知られている。 しかし、自己も外界も二つながらに存在せず、すべては阿頼耶識が生み出した虚妄である、と考えることには、更なる飛躍が必要である。私たちの通念は、どうしても阿頼耶識が一体どこにあるのかと、そのとき空間的な帰属先を求めようとする。一体私たちの内側なのか、外側なのか?なぜ、認識論に留まらず、存在論なのか?阿頼耶識は、生きている間は身体に付着し、その全身に遍満していると考えられており、無我であってまた、死後も持続する以上、例えばユング心理学になぞらえて、末那識を個人的無意識、阿頼耶識を集合的無意識のように理解し、個体内部の脳を中心とした現象と見做すことは、誤りなのである。 実際、世親の「唯識二十論」では、この世界は、ただ各々の心の表象であるに過ぎないと説かれるのに対して、有部のような外界実在論者から、外界に対象が存在しないのに、なぜ、そのような表象が時間的・空間的に限定されて生じ得るのか、と反論が為されている。それに対する回答は、夢は外界に対象を持つことなく認識が成立しているではないか、というものである。この夢への言及は、「摂大乗論」にも見えている。 また何故、同じ一つの表象を複数人が共有することが出来るのか、という問いに対しても、例えば地獄で皆に守衛が見えるのは、そもそも罪人たちが、前世で何か共通するような悪事を働いており、それが成熟して、同じ報いを被っているからだと説明される。地獄というのは、特殊な環境だが、この発想は、長い歴史的な時間の中で転生しつつ〈業〉を相続してきた人間が、日常生活の中で近似的な世界像を共有しているということを示している。 あくまで唯識の触りだけであるが、上記となる。 上記の考えが、もし完全に理解でき腑に落ちれば、例えば僕が直近で読んだ、村上春樹氏の「街とその不確かな壁」の世界観も、何の問題もなく理解できるし、なんなら似たような世界にも、意識が行くことも可能だろうなぁと。 ただ複数人が阿頼耶識下で共通認識を持つところまでは、正直言って、腑に落ちていない。だが、普段の意識で認識している世界は、全体のほんの一部のみで、もっと深くまでもし認識出来れば、普段とは全く違う世界観を持てるというのは、最近の読書と思考習慣で、朧げながらわかってきた。 正直いうと、唯識を理解することが難しすぎたので、「金閣寺」は、なんの問題もなく、普通に読める気がしている。難しすぎる課題に取り組んでいると、普段は難しく感じる問題もイージーに感じてしまう感覚ってありますよね。今回の金閣寺と唯識(豊饒の海)の対比は、まさにそんな感じです。今後「豊饒の海」を読む際は、当然「唯識の思想」を読了後に読みます。「唯識の思想」を完全に腹落ちするまで理解出来るのは、いつになることやら。だいぶ先になりそうかも。 【雑感】 このすぐ後に、三島由紀夫氏の「金閣寺」を読みたかったんですが、図書館の返却期限の兼ね合いから、次は、佐藤亜紀氏の「天使」を読みます。この本は前回読んだサン=テグジュペリの「人間の大地」を紹介してくれた森大那氏が、「絶対にハズレなし小説10選」の動画で紹介していた本です。森大那氏いわく、佐藤亜紀氏の本は、何を読んでもすべて面白いとのこと。恥ずかしながら佐藤亜紀氏は今回が初読みだが、前回の人間の大地(人間の土地)も当たりだったので、期待して読みます! ちなみに「天使」のあとに、読もうと思っている本の順番は、三島由紀夫氏の「金閣寺」→伊坂幸太郎氏の「逆ソクラテス」→岡潔氏と小林秀雄氏の共著「人間の建設」→岡潔氏「春宵十話」→三木清氏「人生論ノート」の予定です。(あくまで予定は未定なので、その時の気持ちで、順番が前後する可能性はあります)
121投稿日: 2023.06.18
