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ソ連兵へ差し出された娘たち
ソ連兵へ差し出された娘たち
平井美帆/集英社
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総合評価

54件)
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4
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    これは、現代の日本人男性が読むべき本です。 特に、最終章を読んだ時のこの国の男性がどう思うかが問われています。

    1
    投稿日: 2025.11.21
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    210.7 会の代表から声明文が出されている https://www.manmoukinenkan.com/20220408/

    0
    投稿日: 2025.10.13
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    よく本になったなと思う。  残さなければ、無かったことにされる。 そんな強い思いが感じられる。 異郷の地で自分たち女がされたこと、直面したこと、強いられたこと。どんなに絶望の日々を過ごしたことか。祖国にやっとの思いで帰ってきてからも“仕方がなかったこと。皆んなのお役に立ったのだから。減るものでもなし。”とさらに傷つけられ、苦悶の日々を送ることに。 改めて思う。戦争は勝者にも敗者にも誰にも なにももたらさない。それどころか更に酷い傷を残す。特に弱いもの、子供、高齢者、女性に。 今も ウクライナやガザで戦争が続いている。 人間って賢いはずなのに。 歴史からは いつも何も学ばない。

    0
    投稿日: 2025.09.13
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     第二次世界大戦後の満州…暴徒化した満人やソ連兵から開拓団を守る使命を課せられた若き女性たち…その身を捧げる「接待」と言えば聞こえはいいが、性の捌け口、もっとわかりやすく言えば彼女たちを生け贄のように差し出し、強姦・レイプさせていた過去があった…。引き揚げ帰国した彼女たちは、同じ日本人からも「棄民」として蔑まれ、その身にも心にも受けた傷を癒すことができないでいた…そんな彼女たちを取材したノンフィクション。  この作品いつか読もうと思っていた作品です。終戦から79年です。この作品が刊行されたのが2年前、証言してくれた女性はもう90歳を越えていますよね…。もう、すでに亡くなられている方も多い中、書籍として残っているのはとてもいいことだと思います。辛い戦時体験をされた方は、彼女たちだけではないし、みな高齢になっています。悲劇を繰り返さないためにも、話せるうちに記録しておくことは大事ですよね…。  で…彼女たちのことです。本当に辛かったし怖かったことだと思います…。一緒に満州に渡った家族や開拓団を守るために、逃げ出したくても逃げられない…。そして、帰国後も悲しい思いを…。今なら、どうでしょう?イヤなものはイヤだと、どうしてそんなことをしなくてはならないのか?と反抗して逃げることもできる…し、だいたいにして、そんなことをさせようとは、思わないですよね…。時代背景と一言でいうのは簡単だけれど、それですませていいものではありません。戦争からは生まれるのは、やりきれない理不尽な思いしかありません。それもずっと続くのです…。平和への思い、願いを強く感じることのできる作品でした。

    61
    投稿日: 2024.08.18
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    他の人を助けるために性を売る女性。 自分の意思よりも日本の集落の上層部の男の人とソ連の幹部で決められた合意に従うしかなかった少女達。 そして他の人を守るとために自ら進んで売りに行く回数を増やした人や、身体を売った人に日本に帰国後、物好きだったなと言われる彼女達。 どこまで男性は卑怯なのかと思った。 そしてそんな世の中腐ってると思う。私ならその言い方はないと若くても思うし、その場で伝える。 そんな集団なら抜け出して経験を語るべきだとやっぱ思ってします。 そうならない環境、同じ地域に住んでいて閉ざされた環境にいるのは恐ろしいことだと思った。 戦争を始めたのも男性で、犠牲になるのは1番弱いもの。 その当時は結婚が尊いもののように、 まだ結婚をしていない人のみに焦点を当てられて娼婦のように働いていた彼女達。 誰にも迷惑をかけたくないから経験を黙っている彼女達。 今はそんな時代ではないけど、実際に戦争での女性に起こり得る悲劇なんだなと思った。 そして今の時代を生きてる私は そんな経験をしたら確実に暴露するだろう。と思った。 それには恥とかではなく、言わないとわからないことが多いと思ってるからだ。そしてそれは後世に確実に伝わらないと行けない経験だと思うからだ。

    1
    投稿日: 2024.04.14
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    ノンフィクション。。いや、フィクションですよね?と思うほど、現実に起こったとは考えたくない話でした。生き残った娘達の言葉しか残らなかったので、さらにひどいことや悲しいこともあったでしょう。。きっと世界で今でもあるんだろうなと思うと言葉にならないですね。。

    0
    投稿日: 2024.04.12
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    中国残留孤児のノンフィクションがとても良かったため、同じ著者の本を読んでみた。 著者は中国残留孤児の取材をする中でソ連兵への性接待を知るに至り、この一冊にまとめあげた。 戦争という非常時に略奪、強姦はつきものとはいえ、味方であるはずの日本人男性が自分達が助かりたいがために進んで女性を接待に差し出していたというのは驚愕である。 少数の犠牲で多数を守るためという大義名分があったのかもしれないが、守られた男達は接待した女性に感謝するどころか、帰国してからは汚れた女と言いふらした。更に、ある女性に対してはロシア人のことが好きで積極的に接待に行っていたと言いふらしていたというから信じられない。 そのある女性は、妹が接待に出されないように自分が多めに接待に出ていたのである。 70年以上前の出来事、戦争という非常時だったと主張する男もいたが、根底にある女性差別、女性軽視の姿勢は現代にも通じるものがある。

    0
    投稿日: 2024.04.10
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    出版社(集英社) https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-789015-0 第19回開高健ノンフィクション賞受賞作(選考委員ことば) 毎日新聞書評(2022/2/28) https://mainichi.jp/articles/20220228/dde/012/040/020000c 朝日新聞書評対話(2022/01/26) https://www.asahi.com/dialog/articles/14517431 法政大学前総長・田中優子さんと学生が語る 第19回開高健ノンフィクション賞受賞 「ソ連兵へ差し出された娘たち」平井美帆に聞く 「聞かれてこなかった「声」に耳を傾けるということ」 https://seidoku.shueisha.co.jp/2112/read02.html

    0
    投稿日: 2024.01.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2024年2冊目 ・ 1年近く積読してようやく読了。男こそ読むべき本だなと。「男が始めた戦争で、女は棄てやれる」まさにその通りだなと。男も女も、戦勝国も敗戦国も、戦争は不幸にする。まして負けたら、女子供は特に大きな犠牲を負う。忘れてはならない。

    0
    投稿日: 2024.01.07
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    学生実業家のような著者の写真であまり印象が良くなかったせいか文章が合わなかった。もちろん悲惨な話ではあるのだがそれに酔ってるような感傷的な文体も、過去の描写と現在のインタビューと著者の主観がめりはりなく混在する構成も。 当事者の弟への説教の件に嫌悪感があった。許せない気持ちはわかるし胸糞悪いとは思うがそれを当事者間のやり取りでとどめず自分で文章化してる辺り武勇伝を顕示したいように感じた。これだけ感情的に肩入れしているのだから他の記述もバイアスがかかっているんだろうなと思わせられる。 せっかくの貴重な証言なのでもっと淡々と記述できる人に書いて欲しかった。ただこういう人だから壮絶な過去を語らせることができたのかもしれない。著者の記述自体は星1で十分だと思うが貴重な証言にもう1つ。 開高健ノンフィクション賞がこれに贈られる賞だということを覚えておきたいと思う。 このような状況のことを教訓としこそすれ、平時の道徳をもって断罪することは適切ではないと思う。ただ「犠牲者」に状況をよくわかってもいない子供が含まれて既婚者が含まれない建前が「出征兵士の家族はなんとしても守らなければならない」というのが飲み込めない。その時そこにいる子供より不在の兵隊さんが尊重される

    0
    投稿日: 2023.12.06
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    この10年ほどで、もっとも辛く気持ちが沈む、でもだからこそ知らなければならない、と思える本の一つでした。 ペルシャでもミシシッピでもポーランドでもベトナムでも、古来からずっとずっとずっと繰り返されているであろう、戦争とその中の人間たちの恐ろしさ非道さ。 法治や人権、尊厳は、紙のように簡単に引き裂かれ燃えていくのだということを知っている必要がある。 そんなことを考えながら、しっかりと目と心と頭に焼き付けました。

    2
    投稿日: 2023.10.14
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    非常に読み応えのある本だった。取材と検証を重ねて見えてきた事実。なかったことにされている声を掬い取る著者の見る力、聞く力、書く力。何より訴える力。決して知らないままでいてはいけないし、知った自分はバトンを受け取り考え続けなければいけないと強く思った。

    3
    投稿日: 2023.08.27
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    従軍慰安婦については、強制連行と表現するのは適切でないというのが、日本政府の公式見解(閣議決定)になっています。 満州でも、婦女子は強制的に性の饗応者として差し出されたのではないと思います。 でも、当時の空気としてほぼ強制的な形で、ソ連兵の前にさし出された女性はいたものと思われます。 同じ空気を共有した、日本国民としての朝鮮国においても、同じように空気に強制された方はいたのだろうと推測されます。 そして、さらに、プーチンが戦場に駆り出した犯罪者集団によって、現在もウクライナで同じような、いや、犯罪としてのレイプ行為が行われているだろうというのは想像に難くありません。 自分の妻や子を守る気持ちがあるなら、ウクライナ支援についても積極的に行動しなければならない。 改めてそう感じました。

    3
    投稿日: 2023.08.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    毎年8月には先の大戦に関する書籍を意識して手にするようにしています。 そんな中で手にした本書。 今までに手にしてきた戦争関連本とは全く違い、国策として満州へ渡った黒川開拓団の「接待」について著者である平井美帆さんが実体験を聞きまとめたノンフィクション作品。 「減るもんじゃない」 この一言は酷すぎるし、辛すぎる。 敗戦の直前になり突如として参戦したソ連。 北方領土の問題だけでなく、かつて満州と呼ばれた地もソ連軍により攻め込まれたことを改めて実感。 いわゆる従軍慰安婦の問題で戦争により女性が性の被害を受けた事実があることは知っているつもりです。 しかし、本書で語られるのはソ連軍に「接待」の名の元、貢物のように差し出された日本人女性の辛く悲しい歴史。 一億総玉砕の名の元、「特攻」という非人道的作戦にて命を落とした多くの若者は当然ながら男性であり、今までは男性視点での関連書籍しか手にしてこなかったことにも改めて気づかされました。 「戦争は勝っても、負けても、残酷。まして負けては、女や子供が犠牲になる」と玲子さんは語気を強めて語ったという。 当時の被害女性と同年代の娘を持つ父親として、胸が張り裂けるような思いをしながらも、目を背けてはいけないと言い聞かせ読み終えることが出来ました。 あの戦争から今年で78年。 多くの戦争体験者が鬼籍にはいられ、年々後世に実体験を語れる人達も少なくなっているのも事実。 残酷な歴史から人類は何を学んだのか。 残念ながら地球規模でみればロシアを筆頭に今も戦争を起こしている国がある。 平和への願いと共に忘れては、目を背けてはいけない、歴史が記されていました。 【第54回大宅壮一ノンフィクション賞(2023年)ノミネート】 文芸評論家・斎藤美奈子氏激賞! 第19回開高健ノンフィクション賞受賞作 1945年夏――。日本の敗戦は満州開拓団にとって、地獄の日々の始まりだった。 崩壊した「満州国」に取り残された黒川開拓団(岐阜県送出)は、日本への引揚船が出るまで入植地の陶頼昭に留まることを決断し、集団難民生活に入った。 しかし、暴徒化した現地民による襲撃は日ごとに激しさを増していく。 団幹部らは駅に進駐していたソ連軍司令部に助けを求めたが、今度は下っ端のソ連兵が入れ替わるようにやってきては“女漁り”や略奪を繰り返すようになる。 頭を悩ました団長たちが取った手段とは……。 《開高賞選考委員、全会一致の大絶賛!》 作品は、共同体の「自己防衛」のために女性たちを「人柱」に捧げる「隠された暴力」の柔らかなシステムを浮かび上がらせている点で、極めて現代的な意義を有していると言える。 ――姜尚中氏(東京大学名誉教授) 本書は、変わることのできなかった日本人の問題として悲しいことに全く色褪せていないのである。 ――田中優子氏(法政大学名誉教授) 犠牲者の女性たちが著者の想いと心の聴力に気づいて、真実の言葉を発してくれたのだ。 ――藤沢周氏(芥川賞作家) この凄惨な史実をほぼすべて実名で記した平井の覚悟と勇気は本物だ。 隠された史実の掘り起こしだけではない。ジェンダー後進国であるこの国への果敢な挑発であり問題提起でもある。 ――森達也氏(映画監督・作家) ディテールの迫力が凄まじい。当時の触感や恐怖がそのまま立ち上がってくるような、生々しい感覚を見事に描き出した文章に圧倒された。 ――茂木健一郎氏(脳科学者) 《推薦》 今日の「性暴力」にまっすぐつながる過去の「性接待」。その事実に、あなたは打ちのめされ、そしてきっと覚醒する。 ――斎藤美奈子氏(文芸評論家) 【著者略歴】 平井美帆(ひらい みほ) 1971年大阪府吹田市生まれ。ノンフィクション作家。 1989年に高校卒業と同時に渡米し、南カリフォルニア大学に入学。同大学で舞台芸術と国際関係学を学び、1993年卒業。 その後、一時東京で演劇活動に携わるも1997年に再び渡米し、執筆活動を始める。2002年に東京に拠点を移す。 著書に『中国残留孤児 70年の孤独』(集英社インターナショナル・2015)、『獄に消えた狂気 滋賀・長浜「2園児」刺殺事件』(新潮社・2011)、『イレーナ・センドラー ホロコーストの子ども達の母』(汐文社・2008)など。

    62
    投稿日: 2023.08.09
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    また私の知らなかった戦争が、ここに記されている。 戦争関連の本を読むたび、知らないことばかりだなぁ、とため息が出る。 内容はあまりにも衝撃的で、著者はよくここまで聞き出せたと思う。 やはり女性だからこそ出来たのでしょう。 敗戦直後の満州。 黒川開拓団は団を守るため、未婚の娘たちを「接待」の名目でソ連兵へ差し出す決定をする。 こうした接待や性的暴行などは戦時中の話として聞くことはあるが、衝撃なのは身内の男たちの態度だ。 「皆を守るため」と娘たちを選別して差し出し、誰も助けてくれない。 更にやっとの思いで帰国したら「汚い」と言われ、誰にも歓迎されない。 笑みを浮かべながら「減るものじゃない」と発言する男。 無意識、無自覚の性差別には落胆しかない。

    61
    投稿日: 2023.07.15
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    被害者の方が自分の孫が平和そうなのをみて嫉妬してしまうというのに今自分が如何に恵まれた環境で生きているのか、背筋が伸びる思いであった。 読むべき本。

    0
    投稿日: 2023.04.21
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    下手すると下卑た内容になりがちなテーマが静謐な筆致でまとめられている。 まずそこに感服した。 当事者目線で寄り添う筆者の温かい共感があったからこそ、このような大作が生まれたのだろうなと思った。 それにしても、当事者たち(特に善子、玲子)の強いこと。 しかし、彼女たちも、元から強かったわけではないだろうし、強くなりたかったわけでもなかったに違いない。 強くならざるを得なかった彼女たちの哀しい境遇に、今一度、男たちは思いを馳せてほしいと思う。 男たちの(日ソ、そして時代を問わず)卑怯さ、浅ましさ、薄さは、彼女たちの強さ、優しさと余りに対照的だった。

    1
    投稿日: 2023.04.09
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    【まとめ】 0 まえがき 満州開拓団である黒川開拓団が難民生活を送った期間は、ソ連の対日参戦・満州侵攻から、集団引揚げが本格的にはじまった時期までの約一年のあいだである。この間、はるか遠く満州の地において、ソ連兵の「接待」の犠牲になった女達がいる。 ソ連の満州侵攻とそれに続く日本の敗戦直後から、自分の土地や家を日本人移民によって強制的に追い出された現地民が暴徒化し、恨みを晴らさんばかりに開拓団を襲うようになった。ソ連軍の満州各地の占領に伴い、次第に暴徒の動きは落ち着いていった。ところが、避難生活が長期化するにつれ、今度は暴徒と入れ替わるかのように、ソ連占領兵らが女を要求するようになり、団長の命で何人かの女性が「接待」に差し出された。 戦勝国側のソ連兵が、一方的に日本人女性を襲ったという性暴力の話は有名である。しかし、現実にはより複雑な、集団内の支配関係による強いられた犠牲があったのだ。 1 敗戦と接待 敗戦後、あちこちの部落では暴徒化した現地民による略奪が起こっていった。団幹部がソ連兵に助けを求め、暴民による襲撃は収束していったものの、今度はソ連兵が物取りにやってくるようになる。13、14歳位から上の少女を手当たりしだいに捕まえ、犯すようになった。 そうした混乱を収めるため、ロシア将校と交渉した結果、娘たちが「おもてなし」をして守ってもらうこととなった。 黒川開拓団を率いる安江新市は、涙をこぼしながら言った。「頼む。わかってくれ。五家站(熊本県来民開拓団)のようにこのまま自決するようなことはできぬ。家族を残し出征されている方達になんと言って申し訳するのか。団の命を救うと思って、ウンと言ってほしい」。 数え年で18歳以上であること、未婚であること――犠牲に出る者の条件に当てはまるのは、15、6名にまで絞られた。 接待室に行かされた娘に対し、いかに惨い蹂躙が行われていたか。善子はあとから「乙女の碑」を記した紙に、直接赤ペンでこのように書き込んでいる。 ベニヤ板でかこまれた元本部の 一部屋は悲しい部屋であった 泣いてもさけんでも誰も助けてくれない お母さんお母さんの声が聞こえる 善子は妹の久子の分まで接待を取ることで、妹のことを守っていた。その変わり、久子は「洗浄係」に命じられた。絶対から帰ってきた人の膣からホースを差し込んで、薬液で子宮の中を洗う作業だった。 犠牲になるように頼まれたとき、当事者たちはどう思ったのだろうか。 「そりゃあ、嫌でしたし、もうこれで私の人生も終わりと思いましたけれど、日本へ帰りたい。どんな辛抱しても病気になっても苦しい思いをしても、日本へ帰りたい。その一筋でした」 「接待」に行かせた団の人には恨みはないと春江は言った。 「よう、仲間にして、連れて帰ってきてくれた。みんなのためになれたんやからよかった。そういうことあっても日本へ帰りたい」 以下は、最年少の接待役である玲子の証言をもとにした接待中の様子だ。 一人目のソ連兵の顔は見た。男は自動小銃をつけたまま、金属製のベルトだけを外した。 ガチャッ。重い鈍い金属音がする。 お母さん――、子どものころに亡くなった母を呼んだ。お母さん、殺される。怖いよ。自分の心臓の音だけが耳をつんざく。 二人目からは覚えていない。顔など見られない。左隣に横たわる年上のお姉さんが、兵隊に見えないように下のほうで手を握ってきた。まるでお母さんのように固く手を握りしめたまま、一所懸命、泣いている自分を励ましている。 「だめだよ、だめだよ。しっかりしなきゃだめだよ。がんばろうね」 声を殺して泣く声が聞こえる。まわりからも母親を呼ぶ声がする。 ソ連兵らに解放されると、みんな倒れたまま肩を震わせて泣いていた。身体の痛みより、悲しくて泣いていた。ショックのあまり、玲子は何も考えられなかった。激痛とともに深い絶望感が襲ってきた。 玲子「石垣がガタガタガタって、崩れる感じがした。ああ、女ってこんなにあわれなもんだ、こんなことさせられる。あー、大和撫子として育てられたのに。恥ずかしい、恥ずかしい」 以下は、彼女が60代になってから書いた句だ。 乙女ささげて 数百の命守る 女塾で学んだ大和魂 音をたててくずれ落る ある日、ソ連兵ではなく満人が玲子を買いに来た。 おそらく軍平が仲介役なのだろう。軍平から「接待」に呼ばれたときに逃げたこともあったし、反発的だったのは自分だけだったから、満人に売られたのだ。玲子はそう思ったが、真相は確かめようもない。松江の対岸にある松花江駅には、鉄道警備隊の満人らがいたが、そこから黒川開拓団まで女を買いに来ているという噂もあった。 いつしか、大義名分すら見えなくなっていた。ソ連兵への犠牲には少なくとも、団の決めごという気持ちがあった。それに接待所に行かされるのは自分ひとりではない。しかし、満人が自分を指名して来たり、拒否すれば殴られ続けたりするのは話が違うではないか。17歳の玲子に容赦なく、暴力が襲いかかる。朝方、目が覚めると、まだ生きていると薄暗い穴倉の中で息を吸う。いますぐにでもここから逃げたい。でも、どこに?頭の片隅では日本が戦争に負けたなんて、どうしても信じられなかった。 2 撤退 1946年3月から4月にかけて、ソ連軍はようやく中国東北地域から撤退を開始した。日本への引揚船も葫蘆島から出始めるようになった。 葫蘆島に行くためには旧国都である新京に行かなくてはならない。道中、川を渡る船の「通行料」としてふたたび娘たちが交換条件に出された。またしても団が女性にお願いした。 生きて日本へ帰るために、善子は元兵隊と一時の婚姻を結んだという。通称「博多別れ」だ。 日本の港に着くまでのあいだ、赤ん坊を抱いた母親が元兵士などを頼る光景はあちこちで見られた。ただし、守ってもらうには性的な関係を伴った。このような一過性の関係のカップルは、ほかに何組もいたと久子は語る。 1953年、中国本土からの引揚者は、2万6032人。以降、5年4ヶ月の間に21回の引揚げが行われ、計3万2506人が祖国へ帰ることができた。 だが、終戦からすでに8年……。極寒の大地で生きのびるために、多くの女たちは中国人の家に入らざるを得なかった。しかも、北京協定では「本人」だけしか帰国を許されなかったため、すでに子どもが生まれていた女性は、自分の家族と別れるか、帰国するかの選択を迫られるはめになった。そうしたなか、泣く泣く引揚船に乗ることを諦めた者もいれば、奥地にいて引揚げの情報が届かなかった者もいた。のちに「中国残留婦人」と呼ばれた女たちである。 3 負の烙印 善子は2013年に満蒙開拓平和記念館でこう語っている。 「一年ほどして、『私は人間じゃなくなった』と情けない思いをして日本に帰ってきたんですけど、帰ってみれば、『引揚者』『満州でけがれた女』と誰も問題にしてくれないし、村そのものでもね、『満州から帰ってきた女はあれだから、汚い』。それこそ、私たちは皆、お嫁にいくところもない。それで一生お嫁にいけなくて死んでしまった人もいるんですね」 黒川開拓団の娘たちは、満州をまったく知らない青年との結婚には困難を伴った。同じころ、春江も元義勇兵の男性と結婚した。嫁ぎ先は満州引揚者が多く移住した蛭ヶ野開拓地である。ふたりきょうだいの春江だが、仲の良かった弟の敬介からは「お姉なんかはふつうの既存農家なんて嫁にいけない。開拓の村だったから嫁にいけたんだ」とよく言われたという。春江は結婚する際、梅毒の症状が出ていないことを医者に一筆書いてもらい、夫側の家族に見せたそうだ。 善子は当時、村人の冷たい視線のみならず、団にいた男性からもたびたび心ない言葉をぶつけられていた。 セツによると、慰霊祭が終わって少人数になったとき、団幹部だった三郎は善子に、「減るものじゃないし」と言葉を投げかけたという。また、善子が妹の分も出るといったことについても、「おいしゃ好きやな」と言い放った。こともあろうに三郎は、自分も含めて集団を守ってもらうためにごく少数の娘に犠牲を強いておきながら、妹を守ろうとした善子に対して、おまえは好きものだなといった言葉を投げかけたというのだ。 久子は相手の名前こそ出さなかったが、戦後落ち着いてから、善子は団にいた男と二人になったとき、こう言われたと話していたそうだ―――、「ロスケにやらせたくらいなら、俺にもやらせてくれよ」。まだセクハラ、二次被害、セカンドレイプといった言葉すらない時代、年下の子たちを守ろうと多くの犠牲を引き受けた善子に対して、一部の同胞の男たちは気楽に侮辱の言葉をぶつけていた。 団幹部ではない男たちのうち、松浦辰雄は乙女の犠牲について『ああ陶頼昭』に寄稿している。 ――ただひとつ、私達がこうして今日まで生き長らえて人生の黄昏時を迎えられるのは誰のおかげだろうか……。もちろん、各個人の努力もさることながら、忘れてならないのは、現地で一年近くにわたり500人近い難民に食糧を与え、治安を維持してくれたソ連及び八路の占領軍ではなかっただろうか。しからばこの人達に対し、交渉にあたってくれた団幹部の方たちだけであの安全が得られたであろうか。十余人のうら若き女性の一片の私利私欲もない、ただ同胞の安全をねがう赤城の挺身があったからではなかろうか。それはタブーであるかもしれない。しかし私はあえて言いたい。松花江渡河についても、その陰の力を忘れてはならない……。開拓団の穴の中で高熱にうなされながら23名の同僚と家族に見守られ、あたら17、8才の花の命を寂しく散らした彼女たち。悪夢を忘れたい心情はわかる。だが何かしら心の片隅に去来する何かは、私一人だけだろうか……。 かたや、団幹部の人たちは、こうした乙女の犠牲には何も触れていない。 藤井軍平は、『ああ陶頼昭』の本文に寄稿しているが、自分が呼び出し係をしていた「接待」についても、ソ連兵の強姦についても、記載がなかった。一つひとつの記述ではなく、文章全体から発せられる空気は淡々としており、この無機質な空気感において、「接待」が行われたことが透けて見えてきたのだ。被害女性に寄り添う姿勢は皆無であるばかりか、父親の最期の言葉によって引き起こされた家庭内殺人でも、殺された子どもたちへの想いが見えない。 一方で、乙女たちの犠牲を「乙女の碑」として称える人もいる。また、犯されることなく「貞操を守って死んだ女性」を、「日本人らしい立派な最期」として称賛した人もいる。そして犠牲者たち自身も、「私たちの苦しみを知ってほしい」という人と「話すべきではなかった」と後悔する人がいる。 「接待」とは集団を守ってもらうための交換条件だった、が的確な答えだろう。それでも、「集団自決か否か」の二択の枠で捉えることは可能かもしれないが、本当にやむを得ない不可避の選択だったのか。前提から揺さぶらないと、決定した団幹部と同じ視点で思考停止してしまう。物のように扱われる人間の気持ちや意思などまったく無関係に、事態が進んでいったのだ。 「平和の中で個人個人が行動するのはいいんです。それは運命ですからね。でも、その集団の中、なんていうか台風のような、逃げられないっていうような、どうにもならないっていうような(状況には)、私は絶対なってはいけないって思うんです」 そして、「人間としてあってはならないこと」に巻き込まれてしまう人生もある。満州で起きたことを善子はこのように表現した。大義名分の下、国家は国民のもっとも弱い層を盾に使う。その中でまた盾にされる人間が生まれる。その盾となる犠牲が女性であったとき、またさらに貶められてしまう。このような負の渦巻に、私たちはどれだけ自覚的だっただろう。 4 女の声 みね子の証言によれば、当時から団員たちは「接待」と呼んでいたという。強姦、レイプと呼べば犯罪行為そのものだが、「接待」と呼べば、客人をもてなす行為を想像させる。子どもの性被害が「いたずら」などと表現されてきたのと同様に、実態をぼかして、矮小化させる効果を持つ。 その半面、被害に遭った女性にしても、人間としての尊厳を傷つけた性暴力のことは語りづらい。社会という外面、自己という内面の双方から抑圧を受け、女性引揚者の語りは封印されていく。 「接待」の事実を、もっともよく知っていた男性引揚者はどう見ていたか。団幹部は完全なる沈黙を貫き、秘密を抱えたまま逝った。まわりにいた男性団員は、女性の自発的意思や献身的犠牲への置き換え、石碑に口紅を塗る、「開拓の華」と呼ぶといった言動に見られるとおり、一方的な美化と歪曲の域を出ない。 自分たちの見たい女の姿しか見ていないのだ。 「接待」という呼称が象徴するように、ふわりと優しい言葉で包みこむ。抽象的に語られる現実によって、満州史から生身の女の声が消えていく。 常に彼女が本当に言いたいこと、女の声は消され続けてきたのだ。

    38
    投稿日: 2023.04.04
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    「戦争」への憤りはもちろんのこと、「意識的なもしくは無意識な女性蔑視」への不愉快さで胸が悪くなる。 ちゃんと書物として世に出して残してくれてありがとう、という気持ち。我々は知るべきだと思う。

    1
    投稿日: 2023.02.26
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    タイトルどおり『差し出された娘たち』の話し。差し出した男たちや差し出されなかったけれどそのことを知っていた女たち、それに娘たちを差し出されたソ連兵たちはどう思っていたのだろう。まあソ連兵は「ラッキー!」「当然じゃん!」なんだろうけど。自分が女だから、ことを進めた男たちには嫌悪しか感じない。今を生きているから「日本に帰る!」と思いがあったにせよ、こういう選択をした人たちにも嫌悪しか感じない。でももし自分がそこにいて自分が差し出される娘の一人だったら・・・?あるいは差し出されなかった女だったら・・・?戦争はつくづく男のものだ。

    0
    投稿日: 2023.02.07
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    戦争が本当に酷い行為であることを改めて認識します。想像は充出来る事だと思いますが、他人事じゃなく自分事としてとらえる事がどれほど出来るか。自分が17歳の時にソレが(しかも日常的に)起こったら。自分の娘がその接待という名のレイプにあったら。表通りで沢山に囲まれてそれが起こったら。 題名でもわかる通り、レイプをしたソ連兵がにっくき相手という捉え方ではなく、むしろ未婚の若い女性たちを敗戦後の満州自治域の治安のためにソ連兵に差し出した事、その経緯、対象となった女性、周囲の反応などが記載されています。私は個人的な名指しの犯人捜しではなく、これは戦争が重罪犯人だと捉えたいです。後から私たちが出来ることは何よりきちんとした謝罪が必要である事なのかなと思いました。 頭では想像できていましたが、やはり酷いことが日常的に起こるのが戦争。子供がいる身だと今のウクライナの事が遠い国の話に思えません。ロシアは隣国なので同じことが日本で起きたらと自分事と想像すると、国という単位で大きな避けられない濁流に飲み込まれる事になるのだな。本当に恐ろしい。そんな恐ろしい事が60年前に実際に日本で起こった事なのです。 星をつけるのはこの本に関してはお休みです。

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    投稿日: 2023.01.02
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    当時の娘たちのルポルタージュ。はじめは読むのが辛かったが、淡々と語る当事者が浮かび上がってくると、次第にこちらも冷静且つ静かな怒りが込み上げてきた。 反抗できない状況で言いくるめられ…。戦時下だからではない。著者も述べているが、現代にも同様のことは多々あると思う。 悲しいことに、読んでほしいと思う人はたぶん手に取らないでしょうね。 本にしていただきありがとうございました。

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    投稿日: 2022.12.14
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    戦争が狂気であることは皆が知る事だ。 中でも、他国で終戦を体験した人の生は、死ぬことよりも苦の連続だったことを知る。 接待という身体の提供により、団体の護衛を約束されるもの。 集団で願われ接待に出されたのなら、最後までその礼に尽くされるべきではないかと思うが、その扱いに接待は続いていたかのような非道さを感じるものだ。 たくさんの犠牲の上にあった命を考えさせられる一冊だっあ。

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    投稿日: 2022.11.19
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    昔、満州からの引き揚げ体験談に、そういった仕事をしていたとされる女性たちが、自ら申し出てソ連兵の求めに応じてくれたから、自分たちは日本に帰ることができたと書いてあった。あれは、本当に、自らだったのだろうか。そう申し出ざるをえない状況にあったのではないか。この本を読むと、そんなことを考えてしまう。どれだけの女性がつらい思いをしたのか。しかも、満州にいた時だけではなく、日本に帰ってからも、揶揄され、差別され、つらい思いは続いたのだ。 戦時性暴力のことを読むたび、「戦争は怖い」「戦争は人を変えてしまう」と思ってしまうけれど、その根底にあるものは平常時から醸成されている、とこの本は言おうとしている。女性の「性」が物のごとく消費され続けることに無意識・無自覚でいることが、悲劇の元凶なのだ、と。 犠牲は美しいものではない。 当事者にとってそれはいつまでも過去にはならない。 「ならば私たちも安易に過去にしてはいけないのではないか」 重い、重い話だけれど、何が行われたかをきちんと知っておきたい。

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    投稿日: 2022.11.09
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    日本の敗戦は満州開拓団にとって、地獄の日々の始まりだったとあるが、そのなかでも団の皆を守るために犠牲になった女性たちは、悲劇というより他にない。 だが、彼女たちの心の叫びを文面で見ないことには、知らずに闇に埋もれていく。 悲惨なこともあったであろうで済まされ流されていくのは、避けてほしいと思う。 真実が見えなくなっていくことは、決してあってはならないはずだから。 彼女たちの書き記したメモがすべてを教えてくれる 《私は見た 父のにぎりこぶしに なみだ一滴》 《ソ連兵に引きだされ、友は馬にのせられ、どこへ行ったのか》 《乙女ささげて 数百の命守る 女塾で学んだ大和魂 音をたててくずれ落ちる》 《傷つき帰る 小鳥たち 羽根を休める 場所もなく 冷たき眼 身に受けて 夜空に祈る 幸せを》 一般に国家や国策との関係では、満州開拓団は 「棄民」、戦争犠牲者として語られる。 現実はそう単純な構造でもなく、そこに女性問題が加われば、複合的かつ重層的な性質を帯びる。 国内で差別問題に敏感であるはずの男たちですら、女性差別には無自覚でいられる…。 文中にもそうあったが、確かに男たちは口を濁す。 まるで関係ないことのように。 それが娘であってもそうなのか…。 死ぬまで逃れられない記憶としてあるのなら安易に過去として片付けられないと…。

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    投稿日: 2022.10.31
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    戦時下での性暴力は、肯定しないが仕方がないと思ってたけど、確かに自分の娘がその立場になったら、仕方がないでは済まされない深い心の傷を負うところまで思い至らなかった。 安易な人身御供を選択した団幹部に心の痛みは無かったのだろうか?集団自決でも人身御供でもない選択があったのでは…。でも男尊女卑の風潮ではそこで思考停止になってしまうのか。残念でならない!

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    投稿日: 2022.10.26
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    きついな。厳しい。 何事もミクロとマクロがあるが、特に戦争について言えば、ミクロは悲惨以外の何もない。 弱いものからの目は、なおさらだ。 大陸の人間が大概獣みたいなもんだが、その時の、この判断が、本当にそれしかなかったのかどうかは、後で考えれば価値が変わってくるものだからそれだけで責める気はあまりないが、当然、今後にも備えて検証する必要はある。 しかし、あまりにも「男ども」の、クズっぷりが際立つ。 その場ではなくて、その後だ。 臭いものには一生蓋をする。それが、だめだ。 減るものじゃなしとか、喜んでたみたいな、気の遠くなるような外道な台詞。 だがそれは、そうしないと自分達も壊れてしまうからなんだろう。二度殺される、という、オトコ側の言葉は嘘ではないと思った。 あれだな、フロイトとか、ユングの世界だな。思い出したくないことに蓋をするから。一旦それを明るみに出さないと、解決しない。 向き合えば耐えられないからこそ、向き合わないと進めないものがある。 そういう本だと思う。 もちろんこの著者の視点が全てとも思わない。 男の性はでは、非人間的な業なのか。 綺麗事抜きの剥き出しの世界に、どう向き合うのか。 あっちこっちでぎったんばったんしながら、何かの正解に辿り着けるのか。 日本を取り巻く情勢を考えれば、否が応でもそれに直面する場面が、早晩訪れる気がする。

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    投稿日: 2022.10.14
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    若い娘をソ連兵に「接待」に出しておいて、あとから「ロスケにやられた女」と負の烙印を押しつける。戦争が何をもたらすのか。目を背けてはいけない過去の現実。

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    投稿日: 2022.09.23
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    五味川純平のあとに読んだ本だったためか、文章力が稚拙に感じた。 特に登場人物の描き方やストーリーラインが退屈で、最後まで読み切ることは諦めた。

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    投稿日: 2022.09.18
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    戦争の貴重な記録であり生存者の生の声である。団の防衛と生存のため人柱にされた独身の女性たちの苦しみの声が聞こえる。そしてそれを強いた団の責任者達の「減るもんじゃなし」という女性蔑視、男尊女卑の思想が当たり前の社会の恐ろしさ。そして今も男の中に根強く残る女性差別。やりきれない思いだが、この本が心ある男たちに響いてくれたらいいと思った。

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    投稿日: 2022.09.07
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     アジア・太平洋戦争では、日本の貧困や飢餓から村をあげて旧満州への移民政策が推し進められた。移民政策と同時に現地に住む中国人の住居を接収し、日本人に追い出された多くの中国人が困窮した。敗戦と同時に、中国人はかつて日本人が行ったとおり、日本人への略奪や暴行があいつだ。加えてソ連軍の進行で、帰国もできず対応を迫られる村人たち。相次ぐ集団自決の中、黒川満蒙開拓団では娘たち15人を「性接待」としてソ連軍に提供し、村人の人柱にされた。呼び出し係、事後の洗浄係、人柱としての娘たち。性病や感染症で亡くなる娘たち。やっとの思いで、帰国に途につくが、橋を渡る際に渡河する交換条件で蹂躙される娘たち。命からがら帰国しても、地域で蔑まれる娘たち。それでも生きて、必至に働き、過去の苦しみを抱き続ける娘たちの声を。戦争は、非戦闘員が犠牲になる。ウクライナの惨状に胸を痛めながら。 2021年第19回開高健ノンフィクション賞受賞作 傷つき帰る 小鳥(娘)たち 羽根(心) 休める 場所もなく 冷たき眼  身に受けて 夜空に祈る 幸せを 平井美帆:ソ連兵に差し出された娘たち.集英社,2022(1月30日第1刷発行)

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    投稿日: 2022.08.18
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    開拓団でそんなことがあったなんて、でもあり得ることだと感じた。これ読むと、従軍慰安婦は確かに存在したのだろうと思う。 ソ連軍から女性兵の笑い声が聞こえた、と書かれているところがあり、同じ性でも立場が違うと人の痛みに鈍感、冷淡になれる、想像力の欠如にゾッとする。いや、ここで男の立場に立たないと自分が逆の立場になるという自衛の気持ちが麻痺させるのだろうか。平時は優しくて、リーダーとして振る舞っていた人が、犠牲者を接待に連れ出し、その後見ぬふりして生きていける厚顔ぶり。「非常時だったから」という言葉の冷淡さ。 その「非常時」から戻っても、感謝されず、いないものとされる、むしろ傷モノとしてさげずまれる。同じようなことがあった開拓団で、犠牲者が戦後大切にされたところはないのかね。ひとつもないのかね。おかしいと感じて反省するより、忘れた方が楽だからそっちに流れてしまうことに怒らないといけない。 男女雇用機会均等は、私には「女も男になれ」と聞こえる。家事に加えて長時間労働を課し、なのに低賃金(実際、私の会社では「男性は生活を支えなければならないので、給料面で配慮する」ということがあった。アホ?)。女の生活や人生はほぼ顧みられない。実際コロナ禍で自殺した人の数は20代女性が多いと聞く。そういう考え方はまだ強く残っている。 私は戦争で生活を奪われたことはないけれども、想像はできる。戦争を体験せずに済んでいるのは、両親、祖父母が作ってくれた平和であることに感謝。なのに両親、祖父母の世代の中に戦争を進めたがる声が最近聞こえる。 集団の輪の中に絡め取られてしまうと、自分がどう思おうと流れに乗ってしまう。逃げられない。そのような状況を作らないことが私がやるべきことで、その一歩としてこの本をお勧めします。95

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    投稿日: 2022.08.18
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    敗戦直後の満州で起きた女性たちへの性暴力。終戦から80年近い年月が経とうとしている2022年の現在、被害者となった女性の肉声を収めることができる最後のタイミミングだったのではないでしょうか。 戦争を賛美してはいけない理由が何かと問われたら、その答えはここにあると思います。もちろん、答えはひとつだけでなくて、たくさんの理由がありそれぞれに優劣はなく、戦争反対の大きな理由の一つです。 彼女たちの悲劇の記憶。ただ自分の胸の内にひた隠しにしてきた人生というものに想像はできないし、安易に同情し理解したつもりになってはいけない。それでも、記録として残しておかないと、歴史から消えてしまう。安易な同情をすることもできずに、時に流され、なかったことにされてしまうのは、違うのではないか。 文中で「非常時だから」「しかたがない」という許容に対して、自分が犠牲にされない限り、という根拠のない前提が無意識にあるから、という一文があります。これが最も危険な考え方ではないかと感じます。 物事の責任を放棄し、思考停止してしまう。 いろいろと思うところのある一冊でしたが、安易に同情してしまいそうになるから、感情の起き所が難しい。被害にあってしまった人々に、自分ができることはないと思う。安易に同情することは、自己満足でしかないと思う。 少なくとも、同じ悲劇を繰り返さないことを目指すしかないのではないか。当たり前だけど、毎年この季節になると繰り返されるお題目ではあるけども、平和を自分達の後の世代へ継続してゆくことが、大事なことなのでしょう。 記憶を残すことでしか伝えられない事実はある。 全てを聞き取ることはできないかもしれないけども、自分が知ることができたことに関しては真摯に向き合わなければならない、と思います。

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    投稿日: 2022.08.17
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    満洲開拓団が引き上げに際し、 団内の10代の娘をソ連兵に差し出し引き換えに安全を確保した事実。 ソ連兵の質の悪さはウクライナでも証明されているが、 団幹部の醜さは軍上層部の連中にも通じる劣悪さがある。 さらに劣悪なるのは、帰国後の彼女たちに対する態度。 ひたすら負の部分は隠蔽し、きれいごとで帰国できたように装い 彼女たちを差別したことは人間として許すことはできない。 男たちが始めた戦争で、犠牲になるのは常に女子供。 今も恐らくこの事実は変わらない事であろう

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    投稿日: 2022.08.14
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    ソ連兵へ差し出された娘たち 著作者:平井美帆 発行者:集英社 タイムライン http://booklog.jp/timeline/users/collabo39698 ブックログ facecollabo home Booklog https://facecollabo.jimdofree.com/ 敗戦直後の満州でソ連兵から皆を守るために一つの開拓団が下した「究極の決断」とは

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    投稿日: 2022.08.11
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    このことは前から知っていた。その時はソ連兵が酷いと思った。もちろんそうだけど日本の男も帰ってからの周りの日本人も酷い。(残念だー。語彙力)日本人はこんな事があったと知っておかなければいけないよな。

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    投稿日: 2022.08.07
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    「娘を殺して自分も死ぬ」・・無力感に苛まれ行きつく先。勿論、人の命を奪う権利などない。生きてこそ、その後の人生がある。語り継ぐこともできる・・満州で迎える終戦。集団自決を免れた黒川開拓団。それができた裏の事情。「接待」という的を得ない表現。尊厳を傷付けられた「犠牲者」たち。なかったことにはできない。陰がつきまとう。語ることのできない思いを慮っても行きつけない。それでも考え続けることが大切。平和への備え。選択肢のないその究極に至らぬよう、今何ができるのか。現在も異国で起きている出来事を前に頭をフル回転させる。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 本書に対して遺族会が抗議声明を出している。一旦は拳を下したようだが、関係者や地元白川町には相当なわだかまりが残ったことだろう。確かに故人や遺族を直接批難するような表現があり危ういものを感じた。終章では、現代の女性差別問題にも結びつけようとしているが、書を改めて欲しかった。多くの人がそれぞれの立場で悲惨な思いをした先の大戦。より弱きものを思えというのならば、日本進出により追い出された現地の方々の視点はどうなのか。テーマから逸脱したところで余計な対立を生んで欲しくない。戦争は微かな憎しみから生まれるのだから。

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    投稿日: 2022.07.08
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    もうひとつの「戦争は女の顔をしていない」だと思った。 第二次大戦敗戦直後の満洲。 タイトルからは、ソ連の蛮行(戦争犯罪)が連想される。もちろんそれも酷いが、メインではない。 本書で最も断罪されるべき存在は、自分達のコミュニティを守るため、ソ連兵に若い未婚の女性を差し出し「接待」させた日本の男たちだ。 衝撃的な内容に、男として考えさせられることが多い。 男性こそ読むべき本だ。 「戦争で男は無力になっちゃう。女は男の人の食い物にされる」ー接待に差し出されたある女性の言葉だ。 結局、戦争の大義は、個人の人格を犠牲にして成り立つ。どんなに綺麗事を言っても、それが真実だ。 やはり、戦争は人間の顔をしていないし、どんな理由があっても許してはならない。 ウクライナの平和を祈らずにはいられない。

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    投稿日: 2022.06.21
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     『生きている間に読むべき本』というものがこの世にはあると思う 本著もそのうちの1冊だと感じる  第二次世界大戦で日本は敗れた  その時満州開拓団に起こった悲劇がノンフィクションで綴られている 集団自決や子殺しという 命の尊さを顧みることすらできない 戦争が引き起こす道徳感の及ばない状況… 開拓団を守るために…と『接待』という名でソ連兵に差し出された 未婚の若い女性の悲劇… 綴られるのは人間のおぞましさだが これを直視しなくては今後の世の平和追求はあり得ないと思う 『性欲』とは一体なんだろうと思う 男性の性欲を満たすために女性が差し出されるとは 絶対にあってはならない行為だ 死ぬほど辛いレイプを 接待というあやふやな呼び名で強いられた女性が 帰国後は汚いと罵られる二重苦に落とされた事実を知るに至り 怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった 平和な時には守られやすい『道徳感、倫理観』が 戦争時には守られない この世で1番恐ろしいのは 人間の我欲に他ならない 戦禍のような 非日常時にこそ人間の強欲が現れる 自分がどんなに清い心を保っていても それを侵す集団や体制には太刀打ちできないのが事実だ 人間とはなんだろう 性欲を初め、人の持つ欲望とはなんだろう 考えるほど 今この平和に思える日々が 実は嘘くさい裏側の世界のように思えてならない

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    投稿日: 2022.06.11
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    敗戦後、当時の日本の傀儡国であった満州から、開拓移民団が引き揚げる際のノンフィクションと、その後の引き揚げ者からの聞き取りルポが中心。 1929年から約2年続いた世界恐慌の影響と人口飽和、耕地不足と言う問題解決のため、満州開拓移民の必要性が一部農学者から強く説かれ、それが関東軍の思惑と一致して、組織的な移民計画へと移る。 本書の日本側の舞台となるのが、岐阜県の黒川開拓団。貧しい村、貧しい家にとっては国の甘言に乗るのは容易いことだったのだろう。他の村などにも声をかけ集団で満州に移動した。 しかし現地で待ち受けていたのは、厳しい環境で、住居も現地の人を追い出して使用すると言うものだった。だが苦労して開墾を進める。 敗戦が近づくと、米英とヤルタ秘密協定を結んでいたソ連が、一方的に日ソ中立条約を破棄し宣戦布告を行う。ソ連兵は逃げ惑う農民、女子どもを手当たり次第に殺していく。自分たちの行く末に絶望した人々は、自分では死にきれないため、在郷軍人らに日本刀で切り殺してもらうため、長蛇の列をなしたという。 ソ連兵だけではない。それまで虐げられてきた中国人たちも暴徒化し襲ってきた。 黒川開拓団は迫り来る中国人から自分たちを守るために使った手段は、進駐していたソ連兵に若い独身女性を「接待」と称して慰安させることだった。 本来日本人を守るべき関東軍や行政幹部は、戦況が悪くなると、いち早く立ち去っていた。そして開拓団の取った人身御供提供の決断は、ごく一部の男性幹部。 命からがら帰国出来た団員は、接待のことを表沙汰にはしないどころか、ことを矮小化しようとする。 戦争はどれも男が始め、勝っても負けても一般人、特に女や子どもなどの弱者が犠牲になる。 あらゆる決め事を一方の性だけで行ってきたこの国は、自省を込めて戦後を歩んできたと言えるのか と言う筆者の言葉が心に深く刺さる。 きな臭い世界情勢の中、女性の視点も入れて、国々との対話が必要なのだろう。

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    投稿日: 2022.05.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ソ連兵へ差し出された娘たち 著者:平井美帆 発行:2022年1月30日 集英社 (第19回開高健ノンフィクション賞受賞作) 岐阜県の黒川村(現在の白川町)の人々が、満蒙開拓団で満州に渡り、戦後、取り残される中でソ連兵に独身の娘を(形の上では本人同意のもとに)差し出して、「接待」をさせたという事実を紹介したノンフィクション。この本がスクープしたということではなく、もともと知られた話で、マスメディアでも報じられていたようだ。この本は、直接それを体験した(差し出された)人たちに取材を重ね、非常に分かりやすく明快に書いている秀作。久々に出会った4★本だった。 終戦となり、傀儡政権だった満州国が解放され、ほぼ力尽くで現地の人から奪っていた農地を放棄、そして帰国も出来ずに開拓団だけかたまって生きていれば、当然のことながら現地の人たちから仕返しをされる。暴徒に襲われ、物を奪われ、そして強姦もされる。なんとかしなければと、駐留しているソ連の治安維持部隊に団の幹部(男たち)が頼みに行く。結局、独身の若い女性を「接待」として差し出すことになった。ずっと行かせるのではなく、狭い簡易な接待場として使うスペースで、複数のソ連兵の慰め物にされる。村のみんなを守るためだ、みんなが生きるためだ、力を貸してくれと頼まれ、形の上では同意して、呼ばれると出かけていく。 でも、それではすまなかった。ソ連兵は〝公式に〟設定された「接待」枠だけじゃなく、若い兵士が強姦をするようにもなった。それに加え、中国共産党の八路軍と国民政府軍の内線が激化する中、どちらの兵隊かは分からないが、そちらから強姦されたことも。それはソ連兵への「接待」行為の後のことだった。さらには、引き上げる際、橋を渡る時にもその条件として「接待」が通行料として求められた。共産側か国民側かは、これも不明。そして、最悪なこともあった。開拓団幹部のある男が、なんと満人(満州族以外も含めて現地の人間をそう呼んだ)から金を受け取って管理売春をしようとしたのだった。恐らく、幹部の藤井軍平という人物。もちろん、させられる本人はそんなことを知らない。買った方の満人はすでにお金を払っているのに拒否とは何事だと激怒・・・ 若い10代の彼女たちの犠牲のもとで、なんとか引き揚げてきたが、そこに待っていたのは彼女たちに対する蔑視だった。「汚れている」とされ、結婚できない、できたとしても姑からいじめられ、こき使われて早死にさせられる。団の幹部でその後、遺族会の幹部になった男たちからは感謝もお詫びの言葉もない。それどころから「減るもんじゃないし」という言葉を折あるごとに浴びせてくる。これほどの屈辱感はないだろう。 敗戦と同時に使命である開拓団たちを守ることを放棄し、いち早く逃げ出した関東軍。もぬけのからとなった軍の倉庫には豊富な食料が残されていた。しかし、それらも奪われ、生きていくために必要な塩をもらうために「接待」に差し出された娘たち。それを仕切ったのも、やはり威張り腐った団の幹部、すなわち男たち。集団自決を呼びかけていた連中が、自ら生きんがために娘を「盾」として差し出す。その上にいて一番安全ところで生き抜いたのは軍人、政治家、そして、もちろん頂点に天皇がいたことを忘れてはいけない。責任が問われたのはそのうちのいかほどだろうか。 ******* 1945(昭和20)年8月9日のソ連対日参戦時、旧満州国で肉親と離別し、身元の分からない12歳以下の日本人児童が「中国残留孤児」。 13歳以上で旧満州国にいた日本人が「中国残留婦人」。ただし、男性も含まれていたため、正式名称は「中国残留婦人等」。 難民生活の期間は、ソ連の対日参戦から集団引き揚げが本格的に始まる約1年間。 「接待」役にされたのは、数えで18歳以上の未婚の女性。19歳か20歳ぐらいだと結婚しているケースがほとんど。黒川開拓団は600人余りで、おそらく15、6名、うち4人は満州で死亡。引き揚げてきたうちの8、9人も既に死亡。 満州開拓といっても、自分たちで開拓するのではなく、現地の人がすでに開拓している農地を安く買う(取り上げる)。地元の満人(満州族に限らず暮らしていた人々)は生きていけなくなるため、なんとかしてくれと開拓団に連日交渉して頼み込む。この強引な追い出しが、戦後の暴民による略奪や暴動につながったことは想像に難くない。 一家族に東京ドーム2個がすっぽり入るほどの耕地が割り当てられた。 満州開拓団全体で約4割強が命を落とした。 「開拓団を守るのか、このまま自滅してしまうのか、おまえたちの力にあるんだと男たちから言われ、本当に悲しかったが開拓団の何百名の命を救うために、泣きながら(ソ連の)将校のお相手をすることになってしまった」(21歳、善子) 「明日、団に塩がない。塩がなけりゃ、コーリャンご飯が食えへんで。その塩、もらわんなんで、頼む、行ってくれ!」団幹部の藤井三郎がセツを呼びに来てそう言った。 接待の後、元衛生兵と称する「アサヒ」が性病と妊娠予防にと膣洗浄をした。この効果があったかどうかは疑わしいが、妊娠をした者はなかった。 「接待」をした場所は、入植時に学校の教室として使われていた8畳~10畳ぐらいの部屋。そこに4人ほどの娘が、同数かそれ以上の人数のソ連兵の前に差し出された。 引き揚げ船に長春(新京)から乗るために新京に行く。無事に行くために、九州の元兵隊さんと男女関係になって守ってもらった。博多につくまでの関係。「博多別れ」と呼んだ。日本の港に着くまでの間、赤ん坊を抱いた母親が元兵士などを頼る光景はあちこちで見られた。もちろん、性的な関係が伴った。 善子は戦後落ち着いてから、団にいた男と2人になったとき、こう言われた。「ロスケにやらせたくらいなら、俺にもやらせてくれよ」。 1980年ごろ、遺族会の慰霊祭があり、酒席が終盤に差し掛かったころ、遺族会長の藤井三郎が善子に言った。「おまえはロモーズ(ソ連兵)が好きやったで」。同じ場にいた元団員の男も三郎の卑猥な口ぶりを真似してみせた。善子は抗議したが、三郎は謝らなかった。 満蒙開拓団の募集では、分村が行われたことがよく知られている。村長が決めたら、ほぼ強制的に村の一部の人たちが行かされる。黒川村も分村を行い、黒川村だけじゃなく近くの村からも集められた。村長の右腕として取り仕切った藤井軍平は、戦後、満州移民として国策の「盾」に使われたと強調しつつ、自分たちが団の娘を「盾」に使ったことは一切触れていない。 善子は、熊本県の来民(くたみ)開拓団の男たちにあったことがある。元団員の手記を手渡されて読むと、そこには開拓団の女たちが九州人として満州で辱めをうけることなく、日本国民のために自滅。大和撫子として満州で戦死してくれたことを誇りに思いたい、と書かれていた。それは善子を突き刺した。かたや女が犯されることなく死んだことを誇りに思うと讃える。かたや自分はみんなが生きるために犠牲になって「汚れて」帰って来た。私は大和撫子ではなかったのか。 結局、ロシア語が堪能でソ連兵との「接待」について交渉をした「辻」という人物と、元衛生兵と称していたアサヒは、元々性に関する仕事をしていて、南下してきたのだろう(両方とも開拓団員ではない)。

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    投稿日: 2022.05.24
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    真実の前では言葉はあまりにも空疎だ。なのでコメントは差し控える。歴史の片隅で忘れ去られることが必定の事実を後世に書き残すことがどれだけ偉大な仕事か、改めて考えさせられる。第三次世界大戦の扉が開かれるかもしれないこのタイミングで、殺し合いとは別の戦争の悲惨さを追体験しておくことは無意味ではない。

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    投稿日: 2022.05.06
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    満州開拓団として中国に渡った人達の敗戦後の悲惨な歴史。 敗戦後は現地の満州人からの暴動から、開拓団を守る為に数えで18歳以上の未婚女性が選ばれ、ロシア兵への「接待」を行った。 過酷な環境のために、生理も止まっており妊娠する事はなかったようだ。 敗戦後しばらくすると、日本へ帰る為に港へ移動する際にも満州人にも身体を提供する事を余儀なくされる。 戦前、戦中では女学校で貞節を守る大和魂を教え込まれた少女達の経験した事は筆舌に尽くしがたい。 帰国した後も、故郷でも、同じ開拓民からも差別を受けた彼女らの事を思うと胸が痛い。 戦争では全ての人に等しく被害があるわけではない。男性は戦線へ送られたとしても亡くなってしまったとしても、靖国や遺族からは尊敬を受ける一方、身を挺して開拓団を守った彼女達への賞賛などない。 本書はミクロのケースを取り上げる事で、戦争の悲惨さの一端を知らしめている。高齢の彼女達の話をここまでまとめるのは難しかったのかも知れないが、もう少し綺麗にまとめて欲しかった。 さらに現代の価値観で当時差別を行った開拓団の男性を責めている描写もあるが、エリートならいざ知らず当時の一般市民にそのような思想などある訳なく責めるのは酷だろう。

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    投稿日: 2022.05.05
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    岐阜県の山村から満州へ向かった開拓団。ソ連の侵攻、娘たちは兵士への「接待」を命ぜられる。現在も続く女性蔑視、長い戦後を丹念に取材した力作ノンフィクション。 時代だからと言って一言で片付けてしまうわけにはいかないだろう、隠れた歴史。 開拓団を守るため犠牲となった少女たち。それを利用する団幹部。帰国後も続く蔑視、差別。 松本清張の「赤いくじ」だったり黒澤明の「七人の侍」のエピソードは実際に多くの場所で起こっていた出来事だったことに衝撃を受ける。 本書の投げかけるテーマは実に重い。結局周囲の男たちが情けないという結論しかないのだが。武器なく抵抗できない場面では今後も起こりうる事態である。 社会から見捨てられた女性たちを描いたノンフィクションは実に哀しい内容でした。

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    投稿日: 2022.04.26
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    戦争だから、戦地の女性が酷い目に合うことは想像に難くない。しかし、この本が真に訴えたかったことは、その時あった悲惨な事象をあげつらうことではなく、そういうことになった経緯やその後を丹念に浮かび上がらせること。岐阜の黒川村が満州に移住し、引き揚げて来た中で起こったこと中心の記述だから、大戦の中のほんの一つの事象なのだけど、そこから見えてくる普遍性がある。 読んで良かった。差し出される時の様子や単独での引き揚げ方、戻ってきてからの扱いなどは想像を越えていた。

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    投稿日: 2022.04.24
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    知ることができてとても良かったと思いました。 その当時の状況というのは想像しても想像しきることができないのだけれど、それでも一番弱い立場にあった未婚の女性たちが強制的に(といっていいと思う)ソ連兵の元へ〝接待〟という名の性暴力を受けなくてはならなかったということが想像するだけでこれ以上ない地獄。引き上げ時にも女性たちは体を売らなければ生きていくことができなかったという過去は、理解しようと思ってもなかなかできない。 弱い立場の女性たちの声は消されていく。今でもそうなのではないか。当時から、ずっとそうなのだよな。その声を拾ってくれた著者に敬意を表したいと感じている。 「減るもんじゃない」という思いを持っている人はそこかしこにいっぱいいるんだろう。性暴力の体験はいくら年月が経とうとも当事者にしかわからないんだろうと思う。本当にわからない人は、そうやって軽い言葉を投げかけたり笑ったりと、今もずっと起こっていることだ。 本当にうんざりする。 美化したりとか、ないことにしたりとか、特に戦時下の女性に起こったことはそうやって見えないようにされていく。 だから戦争は絶対起こってはいけないんだとも思う。

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    投稿日: 2022.04.11
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    同じ開拓団の仲間が、立場の弱い少女達を「接待」という名目でソ連兵に差し出す。初めてこのことが報道された時の衝撃を今でも覚えている。 集団内の強者が決めたことが「公然の秘密」として無かったことにされたり、帰国を果たしてからも貶められ過酷な日々があったこと。大きな声で語ることを封じられてきた彼女達の心の声が、本書によって世間に広く知られることで少しでも慰められ報われますように。 ひとたび戦争となれば、人間の尊厳はすべて奪われてしまう。ソ連によるウクライナ侵攻の報道を横目で見つつ祈るような気持ちで読了。

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    投稿日: 2022.04.07
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    読んでいる間、ずっと胸が苦しかったです。 ページを開くたびに、暗鬱とした気分になりました。 犠牲になった「乙女たち」に、心からの同情を禁じ得ません。 直截的なタイトルが示す通り、敗戦後、満州でソ連兵に「性接待」を強要された、日本人女性たちの話です。 著者の平井美帆さんは、丹念に丹念に女性たちの証言を集め、ハードカバーで332ページの大著にまとめました。 歴史の闇に埋もれていた「人身御供」の全貌を掘り起こしたのです。 まさに労作というほかありません。 犠牲になったのは、現在の岐阜県から満州へ渡った「黒川開拓団」の女性たちが主です。 敗戦後、暴徒化した満州人をソ連兵に守ってもらうため、黒川開拓団の幹部らは18歳以上の未婚女性をソ連兵に差し出すことを決めました。 性接待のための施設も設けられ、女性たちは、そこに入れ代わり立ち代わり現れる屈強なソ連兵の性の相手となったのです。 何というおぞましいことでしょう。 多くの女性たちは、現在では他界したか、存命でも90代の高齢です。 存命の女性たちの中には、今でも「ガチャリ」という金属の音に怯える方がいます。 ソ連兵が腰のベルトを外す音に聞こえるのです。 女性たちの受けた心の傷の深さは計り知れません。 女性たちは、満州から引き揚げた後も辛い目に遭いました。 むしろ「地獄」はここからだったと言えるかもしれません。 ソ連兵に性接待をした「汚れた女」と差別を受けたのです。 団を守るために犠牲になったにも関わらず、です。 自分が性接待に出ることで、2歳下の妹を守ろうとした「善子」という女性がいます。 善子に守ってもらった妹の久子は、引き揚げ後の善子について、こう証言します。 「帰ってきたら冷たい目で見られ、親戚からも嫌がられ、『帰ってこにゃ、よかった。途中で死にゃよかった』って……。姉さんがどんだけ……、どんだけ、私に言ったかしれん」 開拓団の男の中には、貞操を守って自決した女たちを称賛する者までいたそうです。 あまりといえば、あまりにも酷い話です。 このレビューを読んでいて、「非常時だから仕方がないのでは」と訳知り顔で思った方もいるのではないでしょうか。 あなたのような反応は決して珍しいものではありません。 著者はしかし、その反応の底にある心理を次のような言葉で鋭く見抜きます。 「しかし、その許容には、根拠なく設定されている前提条件がある。 自分が犠牲にされない限り、である。」 戦時性暴力の実態をつまびらかにした本書は、昨年の開高健ノンフィクション賞を受賞しました。 まさに衝撃作の名に値する本書をぜひ多くの方に読んでほしいと思います。 最後に、満州にある「乙女の碑」に刻まれた善子の詩を紹介します。 「傷つき帰る 小鳥たち 羽根を休める 場所もなく 冷たき眼 身に受けて 夜空に祈る 幸せを」

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    投稿日: 2022.04.05
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    自分のだったら、自分の家族だったらと思うとやりきれない。戦争は弱いものから踏み躙るけれど、弱いもの同士でまた、踏みつける相手を探す。 作者が掬い上げ聞いてくれて、彼女たちの前で憤ってくれたのが少しだけ救いになった。 絶対に忘れないようにしようと思う

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    投稿日: 2022.04.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    こんな悲惨な事実が戦時下の満州では公然と行われてたんだ。 以前、NHKスペシャルで見ておばあちゃんがそういうことがあったと語っていたけど、実際、17歳以上の未婚の女性が”接待”という言葉で下にソ連兵に”強制性交”を強要されていたなんて。 どんなに辛かったろう。その女性たちのお陰で命が救われたのに、感謝の気持ちも表さず、好き者、傷ものと陰口を言われなんのために犠牲を強いられてきたにか、春江さんや玲子さんのやるせない気持ちが胸に迫る。 集団に中においての決定事項には、逆らえない、この事実もまた彼女たちの立場を苦しめたんだろう。 当時、17歳だった彼女たちも今は90歳過ぎ、存命者が少なくなってきている。 この悲惨な事実を後世に伝えないとという著者の渾身の労作だと思う。 戦争は弱いものが犠牲になる、絶対してはいけないと改めて思った。

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    投稿日: 2022.03.25
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    黒川開拓団のこの事実を知ったのは、割と最近のNHKだった。ほとんどテレビを見ないのに、なぜにたまたま見たのだろう。はっきり覚えていないのだが、こちらから「差し出された」ことと引き揚げ後も感謝されるどころか差別、侮辱されたということが衝撃的だった。 この何年か前のNHKの取材に対して、著者の平井さんは面白くない思いを持っておられるようで、確かにその通りだろう。ただNHKが「後追い」をして事実がより広く知れ渡り、私みたいに平井さんのご著書を手にする人もいたのではないかと思うのだが、それはまた別の話か。 あまりの酷いことの連続で、何からどう書いていいのかわからない… 「減るものじゃないし」という言葉が最後の方に出てきた時、ハッと気づいた。どこで誰から発せられたか全く具体的には思い浮かばないが、何度も何度も聞いた言葉のような気がする。今の若い人はどうなのだろう。そんな発言する若い男性がいるのはあまり想像できないが(若い男性をあまり知らない)、おじさん(初老?)の人なら今でも平気で言いそうな人がいるのは思い浮かぶ。これではもし同じようなことが今現在の日本に起こった時、同じことが起こる。 戦争は絶対反対。女性が性被害にあうということだけでも絶対反対。日頃隠されている人間の闇の部分が顔を出してしまう戦争。 性被害というのはやはり日頃から女性を下に見ているから出てくるもの。下に見られるような私たちではない。 議員や官僚の女性の比率をもっと高める。 日常的に女性差別、蔑視にあったら抗議する。身近な人にも指摘する(今書きながら「減るもんでなし」とか言われたら一緒になって笑っている自分が見えた。あり得ない!)。 もう少しきちんと書いておきたいが、どうも無理。しばらく考えたい。

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    投稿日: 2022.03.19
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    敗戦後、満州に取り残された黒川開拓団。暴徒化した満人やロシア兵から団を守るため、ロシア兵側と交渉し、日本の娘らを「接待」として提供することに。 被害者の女性側の視点から語られているので、それが生々しく、痛々しい。重かった。終戦から70年経っても性的虐待、暴力を受けるのはほとんどが女性。打ちのめさせられました。

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    投稿日: 2022.02.26
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    ニュースサイトで見た時から「なんで未婚女性なんだ?」て不思議だった。 この時代だと婚前交渉に死ぬほど厳しかったろうし ありていに言えば処女であることに価値がおかれると思ったから。 著者が「まだ誰の”所有物”にもなってない未婚女性」と 書いてて、そういうことか、と衝撃だった。 女性の扱いは私が思ってたよりはるかに下だった。 団の幹部は子どもにとっては「いいお父さん」だし 喜子さんの弟もお姉さんを慕ってた。 けど団の幹部は女性たちに謝ってないし喜子さんの弟もよその女性には 想像力が及ばない。 ジャーナリストの女性が大御所ジャーナリストからの性被害を訴えて TVに出てきたとき、 たまたま一緒にテレビ見てた男性が非難するように「性被害訴えるのにこんな胸元開いた服で出てくるかね」と言い出してびっくりした。奇抜な服ではないし何着ててもいいし、何着てたって性被害を受けていいことにはならんのに。 この人は普段はそこそこ良識的な人。 この辺のことは2022年もあんまり変わらない。 TVの件はとっさに何も言えなかったけど言えるようにならなければ。

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    投稿日: 2022.02.24
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    まだ今年始まってばっかりだけど、2022最高の一冊かもしれない。 この接待の話、数年前からパラパラ、夏の終戦記念日あたりになると出てくるようになり、それまではほとんど表に出てないような話だったと思う。 記事を何個か読んだので、気になって購入。 善子さんが守り抜いた弟さんさえ、被害者を無意識に差別していたことを、亡き姉の思いを著者が訴えかけるところがすごかった。 男と女はこんなにも深い溝がある。 玲子さんの90歳を過ぎても癒えない傷。 彼女の生涯かけた苦しみを、受け止めてくれ、世に問うてくれる著者に出会えてよかったのではないだろうか。 その言葉に間に合ってよかったと思う。 そして電書化もおねがいします!

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    投稿日: 2022.02.11