
総合評価
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powered by ブクログ作者自身がファスト教養を完全に否定しているわけではなく、現代を生きてたら取り込まれそうになるよねというスタンスなのが良かった。私もそちら側だったこともあるし、すごく理解できるので。 でも同時に、自己責任論に偏り過ぎた影響力のある著名人の発信にも危うさを感じていたので、言語化されていてすっきりした。
0投稿日: 2026.01.24
powered by ブクログまさに6章での提言通りと言うべきか、本書のスタンスも終始バランスが良くて、勇気が持てるような内容でした。個人的に納得もできたし、好感が持てる本でした。
1投稿日: 2026.01.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【ファスト教養】という概念はこの書籍で初めて知ったが、非常に納得感があった。会社が自分を育ててくれない時代、サバイブするには個の力を高めなければいけない。そんな時代背景から、ファスト教養に飛びつく人が増えていることは容易に想像できる。 また、コスパ重視の若者にとっても、チートのような、最適・最短ルートを提示してくれる、ひろゆきやホリエモンのような端的で強いメッセージを発するインフルエンサーが支持されるのも理解できる。 内容は非常に面白く学びになることが多いのだが、多方面にわたり批判的な書き方あることが、読み進めうちにだんだん気になってくる。著者がファスト教養に懐疑的であることについては、それも一つの考えであると思うので理解はできるが、浅いながらも必死に知識や教養を得ようともがく人達を見下しながら、「もっとしっかり勉強しろ」と高みの見物をしているような構造に感じられた。 【安直なファスト教養の世界】などと表現されているが、ファスト教養を入り口として興味を持ち、深い知識へと広げていくなど、目的に応じてそれぞれの長所をうまく活用していけたらいいと思う。 たとえば「花束みたいな恋をした」というコンテンツ例に挙げて、麦の本棚にファスト教養的な書籍が多数並んでいるシーンにおいて「選ばれるものがインスタント的な効果を謳ってしまうものに偏る状況について、社会全体として改善できる余地がある」「その本を読むべきではない、なぜなら彼に合わないワークスタイルが勧められており、カルチャーの扱いが丁寧ではないからである」といった描写は、どうも著者の主観的要素が強すぎる。 自分に合う本ではないから読むべきではない、という思想は、ノイズを排除した都合の良い世界に浸りたいようにも思える。後半で「麦に勧めたい本」を挙げているが、その本に辿り着くまでに様々なビジネス書を読み漁りながら本当に読むべき本を見つけられるようになるというのが、書籍との向き合い方であり、自らの力で教養を身につけていく方法なのではないかと個人的には感じる。(三宅かほさんの書籍にもあるように、本にはノイズがあるからこそ、そこから広がる新しい世界もあると思う。) 他にも、著名人やスポーツ選手などの実名を挙げて言動を批判する点においても、著者の嫌いなひろゆきのセリフを借りるなら「それってあなたの感想ですよね?」と言いたくなる。 内容が面白いが故に、バイネームでの批判的な意見が多かったことが残念だが、ファスト教養を発信するインフルエンサーに負けないような強いメッセージを打ち出そうという、作者の戦略なのだろうと理解することにしたい。 こういう考え方もあるのかと、視野や視点が広がるので、お勧めしたい書籍である。
0投稿日: 2025.12.31
powered by ブクログ•自己啓発より知識を •トレンドを追わない •既存の枠組みから自由になることと、既存の枠組みの中で戦える知識の習得から逃げないことの両輪が大事(稼ぐが勝ちという考え方を、なぜ稼ぐかとどう稼ぐかの双方から考える)
0投稿日: 2025.12.28
powered by ブクログうん。 ファスト教養がどんなかは、わかった。 ただ、ファスト教養云々って言ってる、簡単に答えが欲しい若者たちは、この本読まないだろうなぁ。 長い。 説明がいちいち長い。 いや、説得力を増すために必要なのだろうけども。普通の読書家ですら、なげぇな。 って思うもの、ファスト教養主義な若者たちはまず最後まで読めないだろうな。 説得力も説明にして、なんにしても、読み込まないとわからんのだが。読む気にならないくらいに段落少ないし、ズラズラズラズラーって並べるし、例題がオタク。 多分、著者の趣味趣向でこういう例題なんだろうけど、AKBとか、ラッパーとか。 しらね。 って感じでさ。 いや、言いたいことはわかるけど、万人が受け入れられる例え話ではない、、え?わたしがわからないだけ!? 笑 とりあえず、ファスト教養に警鐘を鳴らす本だけど、ファスト教養主義の人間は絶対読まないと思うよ。もう少し、文章のスリム化したほうがいいんじゃないかなぁ。 って思う一冊でありました。 わかるのよ、わかるけどね。っていう。
0投稿日: 2025.12.27
powered by ブクログ【「教養=ビジネスの役に立つ」が生む息苦しさの正体】 社交スキルアップのために古典を読み、名著の内容をYouTubeでチェック、財テクや論破術をインフルエンサーから学び「自分の価値」を上げろ――このような「教養論」がビジネスパーソンの間で広まっている。 第一章 ファスト教養とは? 「ひろゆき、中田敦彦、カズレーザー、DaiGo、前澤友作、堀江貴文。」 この一文で始まってて笑った。というか、はい、すいません。観てます。わかってます。ってなった。 「まずは、夏目漱石、司馬遼太郎、村上春樹、三島由紀夫。」 と次に言われて、はい、すいません、今すぐ読みます。ぴえん。 この人たちの本は好きとか嫌いじゃなくてパソコンでいうとOSみたいなものらしい。 一旦なんでもいいから自分で金儲けをしてみるというのは確かにと思った。 第二章 不安な時代のファスト教養 2019年の台風19号で東京の野宿者が避難所に受け入れられない点について お金を払えない人が社会における存在意義を認めてもらえないのであれば、そのゾーンに転落しないために何とか自力でお金を稼がなくてはならない。そんな空気が蔓延する中で脅しとしての教養論はますます機能する。 第三章 自己責任論の台頭が教養を変えた 中田敦彦 今わからないことは全体の何%くらいあるんですか? たくみ 感覚的にいうと、わかっていることが0.001パーセントぐらいだと思います。 第四章 「成長」を信仰するビジネスパーソン 第五章 文化を侵食するファスト教養 fleier 会員数75万人 『花束みたいな恋をした』の麦くん 第六章 ファスト教養を解毒する 両学長
13投稿日: 2025.12.20
powered by ブクログ普段本を読んでも吸収力がないので、インプット、アウトプットように感想文書いていきます。 転職先で教養を養っていくように言われ、教養を理解しようと書店にて足を運びました。 ファスト教養という初めて見た用語が気になり購入しました。 私の中でどのような教養をつけていくか、どのような手段で教養を学んでいこうかという目的で読んでみました。 ファスト教養とはファストフード+教養でつくられた造語でした。 ファストフードのように早く簡単に摂取できるビジネスで役立つ情報のこと。 多忙な現代人が限られた時間の中で効率良く教養を学ぶことに特化したものである。 ビジネスで出世するため、お金を稼ぐには教養が必要であると思う。 教養がなければ話ができないやつ、相手がレベルを下げて自分に合わせる必要が起きてしまう。 つまらない人間になってしまう可能性が考えられる。 私自身教養を学ぼうと思ったきっかけがまさにこちらの本の通りでした。 お客様と良好な関係になるために学ぶのではなく、好きだからそれを調べ、学ぶ姿勢を忘れてはいけない。 ファスト教養は好き嫌いは関係なく取り組むもの。 それは何となく元々あるイメージと繋がってきた。 ですが結局、自分の中では教養というものは言語化できるものにはまだ理解できてない。 教養とはその人の人柄や人生をつくりあげるもの。 そんな抽象的なイメージを持つことができた。 まずはすぐに答えを求めず作品を楽しんで学んでいこうと思う。 そして自分が純粋に興味を持ったものにフォーカスしていく。 時には仕事で必要になりファスト教養になるかもしれない。だけど楽しんで学ぶ、興味を持ったものを学ぶ姿勢の行動指針は忘れないようにしようと思う。
0投稿日: 2025.12.17
powered by ブクログこの本を読んで一番の収穫は、 オードリー若林の書籍を知れたこと 「ファスト教養」なるものは 存在しないと思っているし、 そんなコスパ重視で世界を知った気になれる なんてとんでもないことであるが、 それでも節々から滲み出る筆者の ファスト○○への冷笑がキツかった
1投稿日: 2025.12.07
powered by ブクログうん非常にいい。 この情報量。 正直「ファスト教養」という名前だけで手に取り、 素早く教養を得られる本だと思っていたが 「ファスト教養」そのものへの捉え方の話しだった。 目的は違ったにせよとても有意義な内容だったと思う。 納得できる部分が多く、モヤモヤとどこか頭の片隅にあった気持ちが言語化されていくような気持ちになった。
0投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログ最近はいろんな本を紹介する言葉によく教養という言葉が使われると思う。この本でも指摘されていた通り、最近の教養は「ビジネスシーンで他の人を抜く知識」とされ、正直人にマウント取るための道具として扱われることが多いと思う。X見てても教養があることが持て囃される投稿をここ最近よくみるようになったと感じるし。シンプルに人から「教養あるね」って言われるのは気持ちがいいのはわかるからそういう傾向になるのはわかるけども。 ただ、本来の教養は「人生を豊かにする学問や知識」と定義されている通り、自分のためであって人にマウントを取るためではないからそこに留意しながら本を読み続けたいと思った。 インフルエンサーの言う「教養」やビジネスの競争に翻弄されず、自分の興味のある本を読み続けて単純に新しいことを知ることの喜びを追求し続けたいと感じた。
0投稿日: 2025.12.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
筆者は題名にもなっている「ファスト教養」を、現代のビジネスパーソンが陥りがちな、成功、お金につながるための情報として定義している。ビジネスの役に立つもの以外は無駄、とする現代の風潮に対して、そういった風潮が醸成されるに至った時代背景や主要なプレイヤーの発言を元に分析し、その問題点や解決策について論じている。 筆者が結論として述べている、現実に則しつつも、一見無駄なように見える、すなわちビジネスとは直接的に繋がらないようなインプットも行うことで、既存の枠組みから脱却しようとする姿勢は共感できる。誰もがイノベーターになれるわけではない世の中で、イノベーションを適切に評価をし、受け手としての役割を全うできる人物は、社会の発展のためには不可欠であると感じる。
0投稿日: 2025.11.29
powered by ブクログマジで良かった。 特に後半になるにつれ強調される「無駄の重要性」というのは非常に頷ける内容だったなと感じた。現代の競技的なクイズと非競技的なクイズの議論にも関係しそうなのでこのあたりも含めて考えていきたい。 少し自分の話ではあるけど、今自分は業務改善の仕事にやりがいを持って、それを踏まえた仕事を検討している。業務改善の目的は決して無駄をそぎ落として業務に集中させることと思われがちだが、この本とちょうど業務改善関係の動画(明治クッカーという会社のGoogle Workspace動画)などで言われていたことから、そうではないことに気がついた。そういった発想は結局「役に立たないことは無駄」といったようなファスト教養的な発想にほかならない。業務改善は、あくまで「新たなムダをつくる」ことが目的で、それこそが本当のイノベーションを生み出す源泉になりうると考えた。業務改善は非常に重要な業務だと漠然と考えていた面も多かったが、ここから本質を作るための業務改善というその目的を検討することができた。 様々な側面でとても良い本。
0投稿日: 2025.11.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
分類で、002.7とあった。図書・書誌学になる。教養が欲しいと思う人に読んでほしいなとも。 「静かに退職する若者たち」に引用されていた本。 ファスト教養 ビジネスに役立つ(お金もうけにつながる)知識で、大雑把に全体を把握するもの。 第一章でファスト教養の定義 2章でなぜファストを求めるのか 3章で、ファスト教養が生まれた背景 4章で、 【以下ライブ感想文】 古きよきものは新しい時代により駆逐される。遠因に新しいものを無下に否定し続けたから(P31)とあった。身近で思い浮かんだのは、高齢の方が、「そのやり方ではだめだ。そんなの無理だ」などと言って新しい方法や違った見方を否定していたことだ。現状その方は「話をしても事が進まない→仕事を頼めない」となり、孤立している。よい考えや経験があるはずだが、残念だなと思う 教養、古典を知る中で自分の興味のあることを深く知っていく。これが昔の教養の核だったようだ。 今あるのは古典の派生。昔から読まれてきた本は世界中に読了者がおり共通の話題になりやすい。そのうえ古典的名著は自分の悩みに対しても示唆をもらえる。 コスパでかなり良いものだと思えるが、時間もかかるし読んでる最中はお金になるのか実感できない。 心の余裕が必要。現代人無理そう。
1投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
そもそも自分にとっての成長は?自分はなぜ成長したいのかを問い直す。 自己啓発ではなく知識 ルーツとシーン 教養とは自分を自由にするもの ファスト教養と古き教養、そのバランスが大切
0投稿日: 2025.10.30
powered by ブクログビジネスに役立つ情報=ファスト教養というのが本書の定義。自らの成長と考えて時代のトレンドをYouTubeから学ぶビジネスマン。これからはAI,お金、メタパーズだの様々な情報を巻きちらすインフルエンサー達。中田敦彦、ひろゆき、ホリエモンの語ることは果たして教養かと著者は疑問をかける。 ビジネスに役立つ情報とはお金を稼ぐ方法論である。つまりお金を稼ぐ(出世する)ために必要なことについてインフルエンサー達は語っているわけだ。もっと言えば会社なんか当てにしないで個人で稼げるスキルがないとこれからは生きていけませんよということだろう。本田圭佑の「成功にとらわれるな。成長にとらわれろ」はそういう意味ではないか。 私自身は上記のインフルエンサー達は人々を煽っているだけのような気がしてならない。「稼ぐが勝ち」 とか「自分は自分。バカはバカ」というのは個人の価値観として所有するのはよいと思う。ただ、世の中の人々に押し付けるのはいかがなものかと考えてしまう。 YouTubeから学びを得るというのはコスパ重視を考えている現代人ならではの考えだろう。「とにかく手っ取り早く使えるノウハウを教えて欲しい」というニーズが強くある。 個人てきにはYouTubeはエンタメだと思う。何かを学ぶということはあまりない。そのため本書を読んでYouTubeをビジネスに役立てようと考える人が多いことにビックリした。本を読むことが苦行になっているのか。
9投稿日: 2025.10.27
powered by ブクログhttps://paz-library.opac.jp/opac/Holding_list?rgtn=00060910
0投稿日: 2025.10.20
powered by ブクログファスト教養で人類滅亡ー!!\(^o^)/ ⋯⋯え、本気で言ってますか?(たかがファスト教養、じゃないの?) 皆さん、どこまで賛同されてるのでしょうか? ↓ ――― ファスト教養のせいで古き良き教養が押されている! 原因は新自由主義や変化の時代、ホリエモンなどのインフルエンサーだ! このままいけば、他人を蹴落とす世界になって、真の教養は削られて、文化も衰退する! ファストなコンテンツや、複雑さの無い作品ばかりになってしまう! 終わりだ!!、! ――― そうかも知れないし、そうではないかも知れない。客観的な数値とか指標が無いのでなんとも言えません。著者がこう思う、というのは理解しましたが、因果関係を反証可能な形で証明する事は難しい気がしました。 まあ、30年後に答え合わせしましょう。 本当に他人を蹴落とす世界になっているのか。真の教養がやられて、コンテンツはファストで複雑さの無いものばかりになっているのか。 ――私は、そうはならない気がしちゃいます。 たかがファスト教養、そんなに深刻な社会問題なのだろうか? 昔からある「手軽に学べる」系の亜種に過ぎない、半ばエンタメみたいなものではないか? 現在のものだけは特別な社会現象なのか? みんなそんなに深刻に、ガチにファスト教養に接してますか? 「YouTube大学は教養だ! この知識で出世して他人を蹴落とすのだ!」みたいな(もはや国家資格の熱量?)。私はほぼエンタメだと思ってました。 あとファスト教養と古き教養は排他関係なのか? 一方が台頭すると必ず他方は押されるのか? 共存共栄していないのか? ビジネスは効率重視だが、プライベートではじっくり味わい深めていく、とかじゃないのか? ――30年後に答え合わせしましょう。他人を蹴落とす世界になってたら、土下座してレジー氏を称えます! でも、そうはならないことを祈ります!!、!
2投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ「教養って、そんな使い方するものだったっけ?」 ビジネス書として読んだつもりが、なんだか胸がざわざわする読書体験に。 “ファスト教養”という言葉が刺さる。 自己責任、コスパ、稼ぐ力…そればかりが正義になっていくこの空気、ちょっとしんどい。 この先、どうなっていくんだろう。
14投稿日: 2025.10.11
powered by ブクログ新自由主義のもと「自己責任」という考え方が浸透し始めた時期に大学生・新社会人として世の中を渡り始めた私も、この著者や数々のインフルエンサーと同じく、先の見えない社会でいかにサバイブしていくか、いかに自身を差別化させるかということに躍起になって、ファスト教養に走りまくった。 子どもの頃から本を読むことが大好きだったのに、小説を読みおえるたびに罪悪感を抱くようになり、いつしか「自身のキャリアにプラスになるか」という一点で本を選ぶようになっていた。 子どもの習い事にまで、「彼女の将来に役に立つのか?」と感じるようになり、これは何かまずいぞと思い、巡り巡って本書にたどり着いた。 ここ数年で同じようなテーマの本が多数出ていることから見ても、私のように自身に根付く考え方に大きな違和感を抱きつつもなかなか変えられない人がたくさんいるんだろうと思う。 新自由主義を生み出した社会背景から、なぜここまでファスト教養が受け入れられるようになったのがとてもうまくまとめられていて納得。自己責任論も、結局は時代が作り出した考え方なのであって、それがすべてではないと客観的に捉えられるようになったことはとても良かった。
5投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ個人的には『〇〇の教養本』については未知の領域を勉強する時には活用してる。 ビジネスへの投資目的の教養っていう目線ではあまり考えたことがないけど、成長したいビジネスマンにとっては付け焼き刃の知識でも重要な意味をもつんやなぁ。 自分の人生に夢中で、人を出し抜くための教養っていう視点はある意味で新鮮な感覚だった。 ちょっと欲望年表書いてみるか〜。
3投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログこの本と併せて読んでほしいのが「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」 社会活動のすべてがお金もうけの手段と化している。教養までもがお金もうけに即効性のあるファスト教養へと変貌しつつあり、社会の薄っぺらさに拍車をかけている。
0投稿日: 2025.09.15
powered by ブクログやはり教養はビジネスのために身につける即興的なものではなく、人生を豊かにする面白い趣味であるという立場に立ちたい。効果が出るのは遅いし、もしくは効果が出ないかもしれないが、ビジネス上の損得だけを考えるのではなく、自分が面白いと思うものを学んで身につけていこうという姿勢を持ちたい。
0投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログ現代人は時間がない。 何かを学ぼうとする気持ちがあれば、手っ取り早く答えが知りたい。 無駄なことをするよりも効率的に、タイパ良く。 その考えが広まっていることは、『ひろゆき』や『中田敦彦』が人気なことからも分かる。 でも、無駄なことや雑談のなかから生まれることはないだろうか。 『ビジネスの為に』じゃなくて『好きだから』学んでいること、知ろうとしていることが多いほう豊かじゃないか。 僕は、無駄なことを喜んでする人になりたい。思うようになりました。そのほうが、人生は楽しそう。
0投稿日: 2025.09.03
powered by ブクログ自分にもよく当てハマると反省。みな時間に支配され、時間術や仕事術を求め、生き急いでいる。教養は深く、面白いものであり、ただの知識として消費されていくものではない。
1投稿日: 2025.08.26
powered by ブクログ学生から社会人になる時に、「何になりたいか」を明確にできる人は少ないと思う。できたとしても、想像通りの社会人になれる人は少ないと思う。明確な目標が示されてない(自分で見つけられない)からこそ、漠然とした情報を得ることに繋がっている。社会人として役立つ情報を得ようとしてビジネス書を読んでも、筆者の体験が実際に起こるわけではない為、身に入ってこない。これでは不安を解消できない為、自分の興味のある分野を触る方が良いと思う。 私自身も社会人1〜2年目で、漠然とした不安から多くのビジネス書を読んだが、家に残っている本はほとんど無く売ってしまった。唯一あるのは「チーズはどこへ消えた?」であった。正直ビジネス書や自己啓発本はの書いてあることは全て同じで、体験したストーリーが違うくらいである。だから読むのを辞めて、自分が読んでこなかったエッセイや小説、趣味に関する服や映画についての本を選ぶようになった。 漠然とした将来の不安に対して漠然とした知識を得るよりも、今この瞬間に興味があることに力を注いだ方が有意義で、楽しい時間になると思う。これからの人生で何を目標にするかでは無く、今この瞬間で何をしたいかに焦点を向けると考え方も変わってくるのでないか。 高校生の時に、お前は教養がないと英語の先生に毎日のように言われたけど、教養の定義教えろボケ! 本を読むこと=教養だと思ってそうだけど、そうじゃないだろと、今の自分なら言ってやれそうだ。
0投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログ・同じような言説が終始繰り返される。だから途中からつまらなく感じた。 ・1-5章で出てくるファスト教養の牽引者に対しかなり小馬鹿にした言葉遣い。 ・6章での筆者流の教養への向き合い方に疑問。「好き」という気持ちから入ること=良いこととするなら、1-5章で出てきたファスト教養の牽引者をきっかけにして教養に興味を持つ人が多数いることに対してはどう思うのか。ファスト教養は結果的に貢献しているように思えるが。ファスト教養の人がいなかったら、そもそも知らないという状態の人が多くなっていただけでは。 ・ひろゆき、ホリエモン、NewsPicks、Daigo、オリラジ中田などが胡散臭かったり主張が偏っていたりするのは周知の事実であり、皆それを踏まえた上で楽しんでいると思っていた。 ・あと引用が多すぎて、⚫︎章で触れたあの本、あの人、と言われても、私には覚えきれない。 ・中田敦彦の姿勢について、教養をわかりやすく伝えるコンセプトでありながら正しい事実は自分で調べてねというスタンスなのはあまりにも無責任、というのは鋭いと思った。 ・あらゆる結果を偶然とみなすことについては、とても同意する。
2投稿日: 2025.08.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
お金を稼ぐ目的でのカルチャー体験をコスパよく摂取している現代の風潮を示唆している。 カルチャーをファスト教養目的で摂取しては、花束みたいな恋をするの登場人物のように、ネガティブな方向に向かってしまう恐れがある。 エンターテイメントなどの「感化されるもの」を全て教養として受け入れている現代への危惧。
0投稿日: 2025.08.14
powered by ブクログ「ファスト教養」の雰囲気、文化、書籍、仕組みが整っているのは、単なる流行ではなくて、いろんなものに不安を感じる人たちが作る社会の表れなんだなと感じた。 でもやっぱり哲学とか役に立たないけど好きなものとか、それは大事で、それを心から大事にできる自分は間違っていないねと思ったな。
0投稿日: 2025.08.13
powered by ブクログ自分の中の長年のジレンマがほどかれ、新しい道筋を見せてもらえた。 自分は本をよく読む方だと思う。月に10冊くらいは読む。 でも、時々、本を読むことが苦しくなることがあった。 仕事やプライベートが忙しくて、読む時間がない、というわけではない。 読む時間は捻出すればあるのだけど、どうしようもなく読書が苦痛に思える期間がやって来ることがあった。 3日で治る時もあれば、数週間続く時もある。読書がきらいになったとか、本当は読みたくないのに無理して読んでいる、というわけはない。 読書する時間が何をするよりも一番落ち着くし、どこへ出かけることよりも好きだ。でも、読書ができなくなる瞬間がときどきやってくる。 強いていうなら、それは「焦り」ともいうべきものだった。読めば読むほど飢餓感のようなものに襲われて、全然心が満たされない。読書が好きなはずなのに、なぜか読めば読むほど、何かに追い詰められていくような感覚があった。 その正体が、『ファスト教養』を読んでわかった。 読書の苦痛は決まって仕事に必要な知識やスキルに関するものを読んでいる時に起きた。 これがまさに本書で言われている「ファスト教養」と名付けられたものだった。コスパ学んで、常に成長しなければ、社会に置いてけぼりにされてしまうんじゃないか、という危機感。それはいけないことではないけれど、「それだけ」だと、人の精神を蝕んでいく。 本書はそういった類の教養について、定義からどのように広まってきたかの文化的背景までかなり徹底したリサーチをもとに論理展開されていく。 出典が豊富で、書籍からWebメディア、Twitterのあるツイートまで幅広く教養を取り巻く人々の発言を取り上げている。 申し訳ないが、表紙だけ見たら、こんな骨太で構成から着地点までしっかりしている本だとは思わなかった(笑) 最終章の「ファスト教養を解毒する」は、そういった飢餓感を起こす読書から距離を保つ具体案が記されている。読書に課題を感じている人はここだけでも読む価値が十分にあると思う。 私も早速真似させて頂こうと思う。 【メモ】 ・自分だけの古典 ・欲望年表(?引用が正確でないかも)
0投稿日: 2025.08.12
powered by ブクログ無駄なこと。好きなこと。求めていることとは反対のところに答えがあったりする。自分の枠の中で判断していたら、いくらたっても視野が広がらない。 本を、目に飛び込んだやつを読んでみる。とりあえずやってみる。そんな簡単なこと、若者が根拠のない自信をもたないで何を、持つんだ? 学びとは動揺を、なくすことにつながる。
0投稿日: 2025.08.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・他人との比較や恐怖訴求に流されず、自分の興味関心や「好き」という気持ちを軸にすること ・ビジネス書にも上質なものや考えるきっかけになる本はたくさんあり、そういうものに触れるのもいい(私自身は読みたいと思わないけど) 現代にはびこる「ファスト教養」は教養と呼べるものではなく、コンテンツ自体というよりは言葉の使い方が曲がってしまっていることに気持ち悪さを感じる。 ファスト教養に関わる人々は、成長や金儲け、FIREを指向する割には「何のために?」という部分が非常に薄っぺらい。「10分で結論が得られる」コンテンツに何時間触れても、そもそも論を考える思考は生まれてこないように思う。 競争に勝つためには考えている暇はない、というところが自分の大学受験時代と重なった。もっと「何で勉強しないといけないの?」と考えてもよかったのではと思う。高校生活はたった3年間だが、社会人生活は長い(それはもう、終わりが見えないくらいに)。今度は「なぜ働かないといけないのか?」をよく考えて生きたい。 『教養のためのミイラ図鑑』という本があるのにはクスっと笑ってしまった。それだったらちょっと読んでみたいかも。
0投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログファストな教養を得ようとするのはどのような人か?それは効率よく金を得られるようになりたい。 その為のツールとして教養を身につける人のことであると本書ではあらゆる角度から説明して述べている。 そのことの危うさについて、すぐに役立つ人はすぐ役にたたなくなる。と言うことを挙げている。 今、ビジネス的に成功していてかつ教養を広めているYouTuberを見ながら独自の視点で解説していく様は痛快かつファスト的にわかりやすい。
0投稿日: 2025.07.29
powered by ブクログ今はまだ途中なんだけど、ある映画を例に出してものすごい尺を使って「ファスト教養」について解説してるところが激萎え。 これのせいで観てない映画のネタバレを食らったし、ただ内容がわかるだけじゃなくて映画の核となるようなところを詳らかにしててげんなりした。 もう映画観てもそうとしか観れないし、この映画を観るという楽しみを奪われてイライラする。 映画を使わないと言語化できないのかよ……。
0投稿日: 2025.07.07
powered by ブクログ切れ味が鋭く、刺さるところもありながら「教養」ってなんだろう?と考えるきっかけになった。 おわりの方にあった「無駄なことを一緒にしようよ」って言う歌詞になんだか明るく気楽な気持ちになれた
10投稿日: 2025.07.07
powered by ブクログ個人的には手軽に摂取できるファスト教養は肯定している。ネット環境が整っていなかった頃とは違い、今はなんでも知りたいこと、学びたいこと、深掘りしたいことなどがネットを触れればすぐに手に取ることができる時代。使わない手はないと思うし、時間がない社会人にとってはファスト教養は最高のツールであると思う。ただ、手軽さゆえの薄っぺらい情報には惑わされたくないので、そこの見極めと、実は端折られているが大切な事柄については自主的に探求することは必要だと思う。そんな考え方を学ばせてくれる本だった。
1投稿日: 2025.07.05
powered by ブクログ東大生はなぜコンサル〜からレジーさんを知り、代表作を読んでみたけど 作風と筆者の主張は同じだった。 主張をするために引用、引用したものを解釈して主張。
0投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログ話題の「働いているとなぜ本を読めなくなるのか」を読んでこの本を知ったが、こちらの方が面白かった。 ファスト教養とは何か、その背景、そんな状況における行動指針について、緻密な分析がされていると思った。想像以上に情報が詰まった本なので、もう一度読み直したいと思う。
0投稿日: 2025.06.16
powered by ブクログ「教養」の定義を問われたとき、自分なら何と答えるかを考えてみた。 「自身の振る舞いや思想の礎となっている多様な知識」などと答えるだろうと思った。 ただ、定義としてはそのように理解しているものの、それを身につけんとする自分の行動を振り返ってみると、その場その場で自分が得たいと思った知識やノウハウが綺麗にまとめられたビジネス書を手に取って読み漁るばかりで、まさしく本書で言う「ファスト教養思考」に陥っていることに気づいた。 「すぐ役に立つものは、すぐに役に立たなくなる」という考えは、昨今のVUCAと呼ばれる時代においては意識しておかないといけないなと思ったし、コスパやタイパなどの即効性だけに囚われずに興味のあるものは何でも勉強してみる姿勢を持っておきたいなと思った。 そうすることが、いつか将来の自分の血となり骨となっているかもしれないと信じて。
0投稿日: 2025.06.10
powered by ブクログなんのために成長したいのか オーディブルにて 成長成長という世の中で、なんのために自分は成長したいのか、はちょっと考えたほうがいいなと思った
0投稿日: 2025.06.01
powered by ブクログ現代の資本主義、徹底した個人主義の代表というべきファスト教養について解説と解毒法が書かれている。 特に最後の章で私たちはどうファスト教養と向き合うべきかという内容はとてもおもしろく、これからの指針となった。 そしてyoutubeでこの本を要約した動画がupされているのを見て最高の皮肉だな、と思う
0投稿日: 2025.05.30
powered by ブクログ現代社会における教養や文化との向き合い方について深く考えさせられた。特に、新自由主義が加速させた競争社会の「闇」と、それに伴うファスト教養の台頭という著者の問題提起は、自分の関心事と深く合致しており非常に面白く、膝を打って読んだ。 著者が示す「ファスト教養を認めざるを得ない、かといってすべてを認めたくはない」という、現代人の複雑な心理を的確に捉えた立ち位置には大いに共感した。 私は、田端信太郎氏、中田敦彦氏、堀江貴文氏、メンタリストDaiGo氏、ひろゆき氏、勝間和代氏、本田圭佑氏、両学長といった著名な発信者たちのコンテンツに触れるたび、ある種の違和感や居心地の悪さを感じていた。彼らの発する「自己責任」「スキルアップ」「公共との乖離」「成長に囚われろ」といった言葉を浴びるたび、ゲロが込み上げてくる。 本書を通読することで、こうした感情の根源に、新自由主義が文化や教養を、それ自体を味わう「目的」から、ビジネスに役立てるための「手段」へと変質させてしまったという構造があることに、はっきりと気づかされた。 熾烈な競争社会において、多くの人々は敗者となるか、あるいは競争そのものに不向きな性格であると見なされ、「自己責任」の名のもとに切り捨てられてしまいがちである。競争に勝ち続けられるごく一部の人々を除けば、現代社会はあまりにも生きづらい。では、われわれはこの現実をどう乗り越え、どう生きていけば良いのだろうか。 この問いに対し、本書は重要な示唆を与えてくれる。 バートランド・ラッセルの『怠惰への賛歌』には、「私たちは生産をあまりに重んじすぎるし、消費をあまりに軽んじすぎる」という一節がある。これは、現代社会の生産性至上主義への痛烈な批判であり、本書が「受け手が文化の水準を左右する」と述べていることにも通じる。つまり、私たち一人ひとりが、生産を重んじすぎることから一度立ち止まり、じっくりと文化を味わい、消費することの重要性を本書は訴えかけているのではないか。 競争に不向きな人々、あるいは競争から距離を置きたいと願う人々が、文化を深く味わい、批判的思考と審美眼を養うこと。それこそが、一見遠回りに見えて、結果として社会全体の文化水準を底上げし、より人間らしい豊かな社会を築くための、最も確かな道筋なのではないか。 本書は、私たち現代人が直面する課題に対し、深く、そして力強いメッセージを投げかけていると感じた。
0投稿日: 2025.05.29
powered by ブクログファスト教養は「ビジネスやお金儲けに関係しない物事を無駄なものと位置付ける姿勢」だそう。 この本が出版された2022年に「タイパ」という言葉がポピュラーではなかったかもしれない。今でいうなら「タイパ」が悪いものは、着手すべきではないということなのか。 なんかそれもさみしい気がするなぁと感じながら読んだ。
0投稿日: 2025.05.27
powered by ブクログ自分がなんとなくモヤモヤしていたものを見事に言い当ててくれた感じ。著者が自分と同い年なのも、価値観として見事にハマったのかも。 教養、社会人としての学び、などの意味にも繋がり、色々と思いを巡らしながらスラスラと読めた。
0投稿日: 2025.05.20
powered by ブクログ教養本がなぜ持てはやされるのか。 こんなに教養について考察されている書籍はなかなかないと思い、大変面白かった。
0投稿日: 2025.05.09
powered by ブクログ本書を読むと、現在の日本の生きにくさのようなものの正体がわかった気がする。 自分が得る情報や行動は、 効率的なのか、正解なのか、人に勝てるのか、成長できるのか、お金を稼げるのか などの強迫観念が蔓延している空気感。 西洋とは違い、多様な考えを認めにくい日本は、これらの考えが特に幅を利かせてしまい、自己責任論が他国よりも強くなってしまった。 生存競争とはなにも個人で戦う必要はないのに、日本では地縁、血縁、社会縁も薄くなり、ますます個人のサバイバルスキル向上を迫られている。 このままの日本でいいのだろうか? このままの自分でいいのだろうか? 多くの人に読んで考えてほしい本だった。
0投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ自分自身成長志向が強く、ビジネス書ばかり読んでいるので、耳が痛い部分も多かったです。 ファスト教養という軽そうなタイトルですが、読み応えありました。 とてもショックだったのは、僕の座右の銘「高ければ高い方が登った時気持ちいいもんな」という『終わりなき旅』の歌詞がアスリートのフェイバリットフレーズだったことです。
0投稿日: 2025.04.16
powered by ブクログ『教養』を『金を稼ぐということの脅し』のひとつに使うべきではないこと、常々思っていたので言語化してくれて嬉しかった
1投稿日: 2025.04.16
powered by ブクログモテたいのでコスパ・タイパよく筋トレしたいというように教養も身につけたいという流行に警鐘を鳴らしたいということでしょうか.本書では,人生を豊かにするのではなくビジネスに役立つというモチベーションで身につける教養を「ファスト教養」とよんでいる.中田敦彦,橋下徹,ひろゆき,勝間和代らが槍玉にあがっている.(いいぞもっとやれ) しかし,新書という形式自体が,そもそも「ファスト教養」そのものでなので,新書でそんなことをいわれてもという気もする.そんなことは昔からあったことで「ちかごろの若いものは・・・」という昔ながらの文句を長々とこねくりまわして本にしてみたという感じすらする.新書1冊すらまともに読破したことのない人同士がYoutubeやSNSで交流している喜んでいる現在を批判した本だといえるかな. ようは,ガリガリな人たちがSNS等でわたしは筋肉隆々ですとうそぶいているぐらいならちょっとは筋トレせいというような話ですね.
1投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログタイパ、コスパ重視のこのご時世、教養までもがビジネスの為=自分の収入を上げるためのツールとしてある意味脅迫されながらなるべく手短に手軽に身につけたい物に成り果てつつある世の中に警鐘を鳴らす的な。 割と自分も読んでいる教養本をとりあげているし、流行りのインフルエンサーの言動も捉えているし、映画「花束みたいな恋をした」を例えに今を生きる若者達の苦悩を非常に巧く解説している。そしてその様な風潮に抗うためにできる事とは?を提案してくれている。 著者みたいにサブカルにも強く、現代社会を鋭く捉え、課題点を刻み込み、巧みに文章にする能力を身につけたいなぁ。。 本物の教養ないと無理かな…
0投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログ以前から興味があるテーマだったのと、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』でも引用されていたので読んだ。 近い内容なのだけど、日本が社会的に「ファスト〇〇」へと至る過程を概説しながら、教養との向き合い方を捉えていてよい。 個人や社会だけでなく国家が「新自由主義化」してしまっている2025年の現状からすると、新書とはいえ本書はかなり重要な問題を問うていると思う。 抗いたいものである。
1投稿日: 2025.03.06
powered by ブクログ「教養がある」とは「慎みがある」ということ。 (村上陽一郎) 直接何かの役に立つわけではない、知ってても知らなくてもいいこと。そんなことを色々知っていて、身についていて、人間的に深いな…と思わしめるもの。それが教養だと思います。 なので、日ごろから教養ブームや、教育系・ビジネス系の人たちに対してモヤモヤしていた訳ですが、この本を読んでそのモヤモヤが整理されてスッキリしました。 ファスト教養は、単純で、極端で、乱暴で、そしてそれについてこられない人たちを切り捨てている。劇薬だから効けば即効なんだろうけど、効かない人には「<みんな>に置いて行かれる」焦りをもたらすだけで何の示唆も与えない。 ひけらかし、持たない人を排除し、お金にならないことはしない。そういう下世話なところ、「慎みのなさ」が引っかかってたんだな、と。 ファストフードでお腹を満たさなきゃいけないこともあるように、手っ取り早く知識をつけなきゃならないタイミングってのもあるんだと思います。 でもそれは、教養じゃなくて付け焼刃の知識。下手すりゃ来週には忘れてるんじゃない? それに、ファストフードだけでは体の調子を崩すように、ファストな知識だけじゃ人生も心も満たされない日がきっと来ると思う。そういう時、自分の心が何を欲しがっているのかちゃんとわかるには、やっぱり自分に根っこがないと難しい。 時間はかかるけど、自分で興味をたどって知見を広げていくこと。深めていくこと。心のひだを増やし、しっかり心の枝葉にまで知識と言葉の栄養をやること…それと合わせて、とりあえず今を乗り切る付け焼刃と。バランスよく使い分けたらいいと思うんですけどね。どうなんですかね。
2投稿日: 2025.02.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
効率よく、金を稼ぐ武器になり得る「ファスト教養」についての考察本。 <よかった点> ・本屋で見かけるたびに気になっていた「これくらい教養だよね」本の気持ち悪さというか座りの悪さについて、そうか皆不安なんだ、というのが分かってちょっとほっとした。あとファスト教養が年収アップのためのスキルの「差別化アイテム」だというくだりに、なーんだ偉そうなこと言って要は見せびらかしアクセサリーなのか、と可笑しくなってしまった。
1投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ自分としては、ファスト教養は割と肯定派。言ってることは信じずに見て、物事のとっかかりにできれば良い。 自分は、社会人以降、ファスト教養に埋もれて生きてきた人間だと思う。それでかじって、興味あったものは深く学ぼうとするものの、本当に学び切れたものは少ないと思う。ウォール街のランダムウォーカーが自分にとって欲しい情報と感じなかったのはファスト教養の弊害か。とはいえ、しっかりと読み切ったところで役に立たないだろうし、使わないから忘れるだろうし、時間の無駄と思える。時間が無限にあるなら何でも深掘ればいいけど、現代は広く浅くまずは知っておくだけでも良いのでは。 この本に出てきた人間のことほぼ見たことないが。
1投稿日: 2025.02.15
powered by ブクログ・なんとなく嫌悪感があった「ファスト◯◯(個人的には映画が一番その対象)」の言語化。『教養』の文脈において、体系的に示してくれた。 ・ビジネスをサバイブする方法と、ノイズの両輪で回していくことの提案 ・関連図書が全部面白そうだった。『勉強の哲学』は購入した。オードリー若林さんのエッセイ?も面白そう。 ・三宅香帆さん『なぜ働いていると〜』の紹介から、この本の内容にプラスで「労働史」と絡めていたのがあちらかな。結論は同じと言えば同じかと。
0投稿日: 2025.02.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ファスト教養の手軽さや、ビジネスのために全てを費やすことへの厳しい批判かと思いきや、前提を疑う力の大切さや、趣味や自身の興味関心、衝動を大切にして欲しいというメッセージ性が詰まった本だった。 確かに自分自身も教養系のYouTubeや、自己啓発に触れるけど、それを疑ったり、自分の考えというものに昇華していなかった。 今後もそういったコンテンツには触れると思うが、在り方を見直したい。
0投稿日: 2025.02.09
powered by ブクログ最初に教養系の人気YouTuberのランキングを挙げて居心地が悪いって表現したのがめちゃくちゃ共感できた 良いとか悪いとかでは無いんだけど何だかなって気持ちが少し言語化できた気がする ファスト教養ではわからない物が増えないって指摘には驚かされた 仕事で取り扱ったり勉強する分野に対しては年々わからない物が増えていく感覚がある それに対してファスト教養的なコンテンツ観た後は個人的な感覚だが疑問すら浮かばない リアルタイムで今だけ必要な教養であればファスト教養でも良いなとは思えた 一概に良い悪いとは言えず使い方次第
0投稿日: 2025.01.20
powered by ブクログ「グローバル時代に恥ずかしくない教養を身に着けよう」ではなく、 「教養がないあなたは、このままでは中間層から脱落します」というメッセージがメディアを通じて常々発信されている。 変化の大きい時代「脱落」しないためには教養を学ばなければならない。 「成功への欲望」「使えないという烙印を押されることへの恐怖」「自己責任」が社会全体に渦巻いている。 そのため、「人生を豊かにする教養」を悠長に学んでいる暇はない。 「教養がないと稼げない」という恐怖に苛まれる中では、「スピード感」「コスパ」が重視されるようになる。 これがファスト教養の正体だというのが著者の意見。 著者はファスト教養について中立の立場をとりたいとしつつも、やはりファスト教養ばかりが重視される社会には懐疑的な立場。 社会構造上、ファスト教養の重要性を認識しつつも、「人生を豊かにする教養」との両立を目指すというのが主張である。 ところで、「教養」とは何か。決まった定義はない。各々が自分の信念に基づき「教養」とは何かを考えるべきものである様子。著書の中でも様々な定義(考え)が紹介されている。 その中でも、私は『独学大全』の著者である読書猿の教養の定義(考え)が好きだ。 「運命として与えられた生まれ育ちから自身を開放するもの」 「自身の弱点や制約に対抗する知恵や工夫を、私たちは知ることで開発することも、学ぶことも手にすることもできる、こうして私たちを自由にするものを、私は教養と呼びたいと思います」 以下はファスト教養に関する負の主張を抜粋。 〇成果を出すために自分で努力をすべきという一般にも受け入れられやすい思想は、行き過ぎると「成果の出ない人は努力していないから救済されない」という立場につながる。 これはいってみれば、何もかもを自分でコントロールできるという思い上がりに他ならない(ここはめちゃくちゃ重要と思う)。 成功も失敗も偶然に左右されるし、そもそも努力できる性向を持っているかということ自体も偶然に左右される。そんな風に思うことで、失敗した人や成果が出ていない人に対する目線も変わってくるはず。 「自分の運命が偶然の産物である」と理解することから生まれる謙虚さが、われわれを分断する冷酷な成功の倫理から引き返すきっかけとなる。 「圧倒的な努力」や「強い意志」とは違うところで動いている「偶然」に心を開く。ファスト教養からの決別するために求められている視点。 政治学者である中島岳志の言葉。 「利他は偶然への認識によって生まれる」 私の存在の偶然性を認めることで、私たちは「その人であった可能性(その人として生まれた可能性)」へと開かれる。 そして、そのことが過剰な「自己責任論」を鎮め、社会的再分配に積極的な姿勢を生み出しここに「利他」が共有される土台が築かれる。 〇慶應義塾の塾長小泉氏の言葉。 「すぐ役に立つ人間はすぐに役にたたなくなる」同様に、「すぐ役に立つ本はすぐに役に立たなくなる本である」 ファスト教養に求められているものは即効性である。 今この瞬間にうまく立ち回りたい。そのために必要なネタが欲しい、なぜなら金儲け、ビジネスにはスピードが大事だから。 「すぐに役立つ」をつきつめたものは基本的に普遍性を失う。それはすなわち個別事情に最適化したものだからである。 自分の好みと合致するようにアルゴリズムで整頓されたSNSのタイムラインを見るのは心地よいが、その世界は「社会全体」ではない。 ファスト教養的な世界観が浸透した先にあるのは、未知のものへの畏れや例外的な出来事への配慮、違う立場に対する想像力や思いやりが醸成されることなく、ビジネスシーンで求められる「シンプルな意思決定」ばかりがあらゆる場面で持て囃される社会。 けっこう読み応えのある本だった。 また時間をおいて読み直したい。まだまだ自分は消化しきれていない感はある。 ファスト教養を、映画「花束みたいな恋をした」を例に出しながら考察しているのがおもしろかった。この映画は見ていないので見てみよう。 最後に私がドキッとさせられた一節を紹介。 山口周のブログの「教養主義という逃避」より~ 「仕事ができない」人たちが、自分のポジショニングを変えるために、「教養主義」に突っ走るのは、一見すると合理的に見えるが、しかし実は全く合理的ではない。 なぜかというと、教養を頭でっかちに蓄えるだけでは、全く人生の豊かさは増えない、むしろ偏屈で扱いにくい人間になっていくだけ。 「教養」を身に着けることで自分は何を得ようとしているのか? もしかしたら単なるコンプレックスの埋め合わせをしようとしているのではないか?と考えることが必要。 安易な教養主義への逃避は、ますます自分の人生を貧しいものにする可能性がある。
21投稿日: 2025.01.16
powered by ブクログすぐアクセスできる情報はすぐに廃れるし、ある程度の人がアクセスしているから突出することはできない。それでも時間のない、何者かになりたい現代人はファスト教養に手を出す。 ざっくりまとめたコンテンツは封印して、ちゃんと時間をかけて自分の興味あることに意識を向けるよう著者は言う。 ちなみに社会学の題材として『花束みたいな恋をした』は様々な本で出されるわけだが、それだけ現代を切り取った優れた映画なのだろうな。
1投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログすごく面白かったです。 コテンラジオが取り上げられてて嬉しかった笑 最終章が一番面白かったな。 トレンドを無理に追わない。追えなくても自己嫌悪しないってのが個人的に響いたな〜、「〜しなきゃいけない」から「好きだから読む、する」を意識したい。 コスパ、役立つ、ファスト〇〇、はつねに注意していきたい。 無駄なことでもゆくゆくなにかに繋がるかもしれないしね。
0投稿日: 2025.01.08
powered by ブクログ本来は読書や体験を通して学ばなければならない物事を、役に立つとかお金を稼ぐためとかの物差しで効率的にこなす事ばかりの風潮、つまり新自由主義に基づく自己責任論や安易にそれを肯定する風潮への疑問を呈しながら、ファスト教養と言うテーマで論じている本でした。 色々な本を参考文献として取り上げていて、その中でも何冊か気になる本もあったので読んでみたいと思います。 内容では、そもそもの教養に関する前提で、ファスト教養と言う言葉や、教養を専門性を背景に得られる普遍的な知識としている点や、利害よりも好きな事こそやるべきと言う点など、本書の内容に全面的に共感できるわけではありませんでした。 具体的には、知識を得る目的が役に立つとか立たないとか、お金儲けのためとかお金儲けにはならないとか、好きとか嫌いとか、どんな知識とか、知識を得る方法とか、あまり教養とは関係ないのでは?と思う点です。 教養とは知識の種類や得る方法ではなく、何かしらの生きる土台を持つ人間、他人が当てた物差しではなく自分が納得できる物差しを自分に当てているような人間、キリスト教で言えば新約聖書のローマ人の手紙の12章にあるパウロが示した模範的なキリスト教徒のような人間が、文学や絵画や音楽や他者との関係など様々なものから、自らの土台にある理想的な人間像を実践しようとする行為が、教養のある人間の振る舞いではないか?と考えています。 土台・知識・使い方が揃って教養と考えると、本書で言う教養とは、その中でも知識の点を細かく取り扱った内容と言う理解です。
0投稿日: 2024.12.24
powered by ブクログとても分かりやすかった。出版されている本の引用が多く、これも読んでみたいと思う本も知ることができた。ファスト教養をただ批判するだけでなく、良いところは認める考えは好ましい。白黒つけたがるけど、グレーだって良いんだよね。
0投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログファスト教養は役に立つ面もあるが、ビジネスで手早く成功することを目指して身につける教養に疑問を投げかけている。回り道や無駄なことにもを目を向ける必要性があるのだろうと思う。
6投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログオリラジの中田敦彦さんが活動拠点をYouTubeに移していることを最近まで知らなかった。テレビ出演時のイメージしか知らない人にとってはまるで別人。テンポよく明快に解説を進める、デキるプレゼンターである。 「YouTube界の池上彰を目指している」というのも、伊達じゃないなと思った。 中田さんの他にも、ホリエモンやカズレーザー、勝間和代など、今をときめく教養系著名人は大勢いる。そんなに凄いのかなーと思いつつ、全然著書を読めていない人たちばかりだ(汗) 彼らをはじめ「社会人のための教養ブーム」が訪れたのは、2010年代前半。ちょうど自分の就活〜新社会人時代と重なる。 自分の不甲斐なさに悩み、本屋を訪れると自己啓発本ほか「社会人のための教養本」(本書でも言及されている通り、その頃からかなりの種類が刊行されていた)も自然と目に入ってきたものだ。 タイトルの「ファスト教養」とは、「ファストフード」のように栄養を顧みず手っ取り早く摂取するためのコンテンツ…という意味合いが込められている。 ビジネススキルだけでは社会で生き残れない!今ビジネスパーソンに必要なのは「教養」!ってことで、多忙で悠長に読書する時間のないビジネスパーソンが手っ取り早く教養を得るために利用しているのが、中田さんが展開するようなYouTubeチャンネルだという。1冊の本や時事問題等を丸ごと要約し、「知っておくべき教養」として視聴者に提供する…。 読めば読むほど「教養ってそんなに効率よくゲットできるものなの?」と勘繰ってしまう。「教養」と言うより「これくらい知っておかないと先方(同僚・上司・ビジネスパートナーetc…)と話を合わせられない」と火急で求められる話題みたいだ。 本書に登場する著名人が考える「教養」の定義をそれぞれ並べてみた。 ・中田さん 「大人の必須アイテム」「自分を『アップグレード』させるために欠かせないもの」 ・ホリエモン 「表面的な知識やノウハウとは違い、時代が変化しても変わらない本質的なこと」 ・勝間和代 「将来を予測するための歴史の勉強」「新しい切り口を見つけるための文化の勉強」 ・読書猿 「運命として与えられた生まれ育ちから自身を解放するもの」 見方としてはどれも一理あると思う。 でも上記のような話題づくりだったり、金儲けのためのツールとして現在みなされている「教養」って一体何なのだろう。(金儲けという見方に関してはホリエモンが一番顕著に表れている…) 個人が社会で生き残るためにコスパ・タイパよく表面上の知識だけ身につけても、薄っぺらい人間になるだけだと自分は思う。 著者も述べている通り、皆が皆「ファスト教養」なんかに飛びついた日にゃ、「もっと知りたい」という知識欲だったり表面上のその先、未知のものへの想像力を欠いた人間の集合体が爆誕してしまう。 「社会人のための教養本」に誘われるまま暴飲暴食するのではなく、自分が本当に深めたい知識や技術が何なのかを考え直してほしい。皆がお揃いで持ち合わせたものより、そっちの方がよっぽど「教養」と呼べるんじゃないの? 迷える社会人だった自分にそう教えてあげたい。
45投稿日: 2024.12.13
powered by ブクログ2024年11月25日読了。自らの専門領域+広い分野の知見を得ることでにじみ出てくるべき「教養」の上澄みだけを効率よく摂取しようとする「ファスト教養」の実態とそれを生み出す社会の仕組み、対抗する処方箋を解説する本。著者が何度も述懐する通り、ファスト教養のメカニズムには自分もあらがえないというか「読書数」を気にしている点で自分もその文脈に取り込まれている一人なのだと感じる…。「教養のための〇〇」などのファスト教養から入って本物の知識を身に着ける、何らかの分野で成功してファスト教養を推進するインフルエンサーの「専門分野」の技術を学ぶ、自己啓発ではなく専門知識・技術を解説する本から学ぶ、など対抗策が色々紹介されているのは親切。幅広い知識から教養が抽出される、というのが本来のあり方で、自己啓発本から教養が作られる逆向きの流れはありえない、ということか。
4投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログ「極端はこわい」という考えは、若い頃の経験から心の底にあった。この本に書かれた、「自己責任」やら、「お金第一」やら、「コスパ偏重」も、そういう「極端」のあらわれだとおもう。それでも自分がどうにもパッとしない人生を歩んできたようにさせたのは、そうは思っても傍観者意識で、主体的に生きてこなかったせいだろう。ここ数年の読書体験で、結局はバランス、お金や言葉は単なるツール、目的は「我々がよりよく生きるため」ということを学んだ。あとは実践だけで、ほどほどにトライアンドエラーを回していこうかな、と思います。遠回りだけれど、これが自分にとっては必要なものだったのでしょう。
74投稿日: 2024.11.24
powered by ブクログ教養ってなんだろう と、この本を読んですごく感じた。 背伸びをするためのツール? それともお金のため? 自分に必要だと感じるものに対して、とことん追求した方がもしかしたらいいのかもって思った。 とりあえず広く知っておきたい、そんな人が浅い知識を話していてもなんの価値があるのだろう。
3投稿日: 2024.11.23
powered by ブクログC0236 ファスト教養をファスト教養したかんじ。いろんな引用参考文献がある。 なぜ働いていると本が読めなくなるのかで引用されていた。 ビジネスやお金儲けに関係しない物事を無駄なものと位置づける姿勢。←ファスト教養の根底 好きなものを繰り返し読んでみること。
3投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログ三宅香帆著「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読んで気になり読了。 前述の本で登場する「花恋」や今をときめくインフルエンサー(出版された時期からは2年離れているが、今でも名が通る人ばかり)を題材として"ファスト教養"を斬っていく本である。 耳が痛いなと思う記述が多いと思ったが、それには私自身が学生時代にクサいなと思っていた自己啓発本を好むように読んでしまっていたことが影響している。ほかにも本書で登場するインフルエンサーの切り抜き動画を見ていることもため、ファスト教養に浸かっている側の人間であると強く感じた。 本書でもっとも有益だと思ったのは第六章の「ファスト教養を解毒する」。周りと自分を比較する焦りからシンプルでより効率的な情報ばかりを追い求めることは長期的に見れば何も実らない。直感と異なることから哲学的にものを眺める時間の使い方が私に足りていないと思った。 三宅先生も指摘していたように情報を吸収する際にノイズが乗っかることを厭わない生き方が、この情報化社会に実はマッチしているのではないかという考えに改めて共感した。
5投稿日: 2024.10.28
powered by ブクログ「ファスト映画」を紹介するくらいののりで「ファスト教養」の紹介本かと思って読み始めたので、以外にもしっかりした本で、失礼ながら、嬉しい誤算。雑味の部分を削ぎ落とした「教養」を得ようとビジネスパーソンが必死になっている姿は、三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』にかかれていた内容と重なる部分がある。本書のほうが現代のことについていろいろな例を挙げて説明していて面白かったなぁ。バカ売れしている三宅さんの著書と比較すると、タイトルのインパクトで負けているのかもしれない。KJ法を使って意味不明の思考の断片の意外な組み合わせから、思いも寄らないものを見出すのは、生成AIを使うとより効率的にできたりする?
6投稿日: 2024.10.24
powered by ブクログ教養を求める人 教養がないとバカにする人 自分が知っていることなんてたかが知れている その分野のことを知っているだけで、別に大したことはない 自分が好きなら、そこに留めておけばいい 人を攻撃する理由にならない 自己肯定感、自己有用感を「満たしてほしい」人が多い気がする 知識は自己満足でいい 自分の生活を良くするために使えばいいし、人が喜んでくれるなら、なお良し
2投稿日: 2024.10.23
powered by ブクログファスト教養は特効薬かそれとも麻薬か YouTube、実用書、オンラインサロンなどなど知識の宝庫は今本に限った話ではない。スマホでもなんでも教養が得られるそんな時代において優先されるのは効率、効果、そして稼ぎになるのだろう。もしこれが生活において非効率であった場合求める人は少ないのだろう。我々はとにかく即効性のある特効薬が欲しくてたまらないのだ。小説なんかのカルチャーに構っている暇はないし、小説なんか読んで何かあると思えない。ただ間違えて欲しくないのは決して全くもってカルチャーが無駄だとは言わないのがポイントで即効性があれば需要がある。それこそファスト教養なのである。 小説は話のネタになるかもしれない、ただ読んでいる暇はないので要約して内容がわかればそれで良いという考えのもとで現代人は小説などのカルチャーは即効性が弱いまたは効くかもわからないサプリメントだと考えている人が多いと思います。 でも考えて欲しい、タイパ重視で本を選び読むことが本当のあるべき読書人の姿なのでしょうか?あるいは短期間で知識を詰め込んで付け焼き刃的な浅はか知識が教養人のあるべき姿ですか? あることについて詳しくなろうものならそれなりの時間がかかって当然な気がします。それなのに現代人は早く結果や成果がほしいのです。だって20代でFIREしている人が世の中にいるし、自分もそうなれば自由になれるから… 今一度考えて欲しい、ファスト教養は麻薬になってないだろうか。短期間で覚えた知識が仕事に活かされたとしてそれが本来やりたかったことになるだろうか。ただ知ることに自分自身満足しているだけになっていないですか? 自分のため自分自身の成長のためファスト教養はそんな自分を高くする(ハイにしてくれる)麻薬になっていたらどうしますか? 即効性のある毒、それがファスト教養なのかもしれません。あなたはどう思うか読んでみてほしいです。
8投稿日: 2024.10.23
powered by ブクログ全体的にコスパに対する部分に触れている。 2000年代から2010年代によくメディアに登場していた方を例に解決されたりといった内容。 私には参考図書的な内容でした。
55投稿日: 2024.10.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ファスト教養とは、なんとなく役に立ちそうな話を大雑把に理解して、ビジネスに役立たせること。 楽しいから、気分転換ではなく、仕事に役に立つから=お金儲けに繋がるから、が動機。 教養とは本来は、人生を豊かにする、純粋に自分の深さを増す、学びたいから学ぶ、もの。 近年は、周囲を出し抜いてお金を稼ぐ、ことが偉いとされていて、その影響が教養のあり方に影響を与えた。話を合わせるのに最適なネタ。 うまく立ち回る=努力では勝てない=ワンチャンとは偶然性を生きる時代のための言葉。 ビジネスパーソンとしてアートを学ぶべき、という目線ではアートは理解できない。 すぐに役に立つ人間はすぐに役に立たなくなる。 大人の教養はすぐには役立たないが、自分を支える基盤になるもの。世の中の動きに左右されずに深く考えられる力が身につく。 自分で稼ぐ人ほど偉く、存在価値がある、という考え方がファスト教養の基盤にある。 小泉改革の影響、金さえあれば何でもいい、という風潮、ホリエモンの登場=周りを出し抜いてでも金を稼げ、そのためには教養も必要、という流れ。出し抜く=努力の仕方を教える。スキルアップのための英語、IT、会計。 小泉純一郎、小池百合子、橋下徹、勝間和代、Newspicks、などの代表選手が作り上げた概念=自己責任と自助。 ひろゆき、読書代行サービスとしての中田敦彦のyoutube大学、など。 本来何かを学べば学ぶほど決断は難しくなるはず。現代社会はシンプルな決断が求められる。ビジネス書というマニュアルに頼る。成長しなければならないという強迫観念がある。 教養=リベラルアーツが自由のための技術。ファスト教養ではお金のため。 映画「花束みたいな恋をした」の男の主人公は、文学という教養からファスト教養の本を読むようになる。 金を稼いでいる人こそ偉い、という価値観はファスト教養と親和性が高い。ファスト教養では、弱者の社会性を認めない。 勉強とは自己破壊である。ノリから自由になる。 何のために成長したいのか、自分にとっての成長は、を問うことでファスト教養から離れられるのではないか。 繰り返し読む愛読書がない読書家は読書家とは呼べない。 流行を追わずに好きなことに没頭する。 KJ放は、一見意味不明のカードの意味を必死に考えることから新しい世界が広がる。KJ法を単なるグループ分けのフレームワークと考えることは間違い。 自分の弱点や制約から自由になるもの、これがリベラルアーツ。 ビジネスの役に立つかどうかで情報を取捨選択する発想から逃れる。 『実力も運のうち』マイケルサンデル 古き良き教養に戻ると言うより、ビジネスに役に立つこととその価値観を問い直すこと、の両輪が必要。 ノイズと偶然性の重要さに気づくこと。 ファスト教養は、落ちこぼれた教養人を感知しない。
0投稿日: 2024.10.10
powered by ブクログ中田に勝間に堀江に両学長、ファスト教養の術中にハマってきた自分に愕然とした。が、新聞の見出しのように、ファストにいろいろな情報をザッピングして、興味が持てる知識に深くダイブするのなら、それもありかもとは思った。
0投稿日: 2024.09.12
powered by ブクログ最近は映画も2倍速で観る人がいるそう。この本から文化的教養もタイパ時代に入ったことを知らさ知らされ、日本人の文化的行動への警鐘本が増えた気がします。
1投稿日: 2024.09.07
powered by ブクログ今の時代批評としても秀逸。この本自体が、ファストな教養を求める、それを提供するあらゆる事象を批評しつつ、この本自体が優れた自己啓発本として機能してることが面白い。自己啓発本を読む前に読んだ方がいい、本当の意味での現代的な自己啓発本。
0投稿日: 2024.09.02
powered by ブクログ同じ入れ物でも時代に応じて投じられる要素が絶えず変わるのが教養 東日本大震災後、世の中が大きく変わる時期に、教養の重要性が語られ、お金儲けに直接役に立つスキルアップが飽和したタイミングが一致して、教養が注目された ビジネスパーソンにとってのビジネス書はマニュアルとなっている ファストでない教養を目指して あなたの古典、を見つける 欲望年表 現実の社会に対応しながら現実を変えられるかもしれない考え方に思いを馳せる 圧倒的な努力や強い意志とは違う偶然に心を開く 自分が自分とは違うその人であった可能性に思いを馳せる 無駄なことを一緒にしようよ 人は学ぶことで世界の捉え方を変えられる 改めて自分の「本当に」好きなモノ、コトに向き合おう。自分にとっての古典(再読に堪えうるもの)とは何か考えよう。今すぐ、ここで、役に立つことではなく、ノイズ(無駄と思われること)も受け入れながら。
10投稿日: 2024.08.29
powered by ブクログ三宅さんの本で本書が多く引用されており、内容が気になり拝読。私たち若者世代が抱える、教養を学ばなければいけないという切迫感について、うまく言語化されていて面白かったのかなと思います。 本書の論旨としては、教養の定義と現代の捉えられ方について言及しつつ、そうなってしまった社会情勢、その象徴であるコンテンツの批判、そして、脱ファスト教養のための提言といった流れになっております。 最近のSNSは異性にモテるだの、ビジネスで成功するだの、何かにつけてもノウハウ紹介があり、そのために努力を強制してくるのが正直鬱陶しいなぁと思ってたので、割と腑に落ちた感じはありました。 大学時代、微生物研究をしていた時に、研究室の教授がしきりに訴えていた、偶然が産み出す素晴らしさを意味する「セレンディピティ」の重要さを本書を読んで改めて思い出しました。
41投稿日: 2024.08.22
powered by ブクログ著者がこの本を書いた目的意識がはっきりと伝わり、そのおかげで時に自省の念に駆られながら、最後まで当事者意識をもって読み切ることができました。SMAP「Joy!!」とオードリー若林に帰着する構成はポップカルチャー論としても見事だと感じた。
0投稿日: 2024.07.23
powered by ブクログ「ファスト教養」を読んだ感想 「ファスト教養」を読んで、今の自分には少し難しい内容だと感じました。それでも、読み取れた部分をいくつか挙げて感想を述べたいと思います。 本書で語られる「ファスト教養」とは、ファストフードのように簡単に摂取でき、ビジネスの役に立つことが重視される情報のことです。これは、短時間で効率良く知識を得たいと考える人が増えている背景を反映しています。こうした風潮は、一見便利で合理的に思えますが、著者はこれに対して警鐘を鳴らしています。 本来、勉強とは今までの自分を更新し、より深く理解を進めていく作業です。一度読んだだけでは終わらず、繰り返し読むことで知識を深めていくことが重要です。特に、自分が好きな分野であれば、何度も本を読み返すことが可能であり、その度に新たな発見があります。 また、雑談やノイズとされる情報も重要であると著者は説きます。これらのノイズを取り込み、自分の心の中で育てることが大切だと述べています。ノイズとは、一見関係のないように思える情報や、直接的には役立たないと思われる知識のことです。しかし、こうした情報が新たな視点やアイデアを生み出すきっかけとなることがあります。 本を読んだ後、しばらく時間を置いてから再度読み返すことも推奨されています。一度読んだ時には気づかなかった点に気づくことができ、理解が深まります。時間が経つことで、自分自身の状況や考え方も変わっているため、同じ本でも異なる角度から読み解くことができます。 「ファスト教養」を通じて、知識を効率良く得ることの利点と限界を再認識しました。効率だけを追求するのではなく、時間をかけて深く理解することの大切さを改めて感じました。この本は、現代社会における情報摂取のあり方を見直す良いきっかけとなりました。
0投稿日: 2024.07.22
powered by ブクログ教養についての定義をアップデートしようと思い、購読。教養を主にビジネスシーンに役立つ知識として、関連するキーワードについて幅広くまとめられていた。インフルエンサーとしてのひろゆき、中田敦彦、DaiGoや、教養本を数多く出している出口治明など、ほとんど知っていたり読んだことがある本が登場してきたので、いわゆる意識高い系としてはある程度の教養は抑えられていると確認できた。 教養が、人生を豊かにするものからビジネスに役に立つものに変わり始め、コスパが重視されるようになったことが分かった。
0投稿日: 2024.07.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今、社会が染まっているこの風潮、なんなんだろう? 自分の利益を上げるためには、人を犠牲にしても良い。どれほどずるいことをしても良い。違法でもバレなきゃ良い。そういうのは優秀でカッコいい、とか。 なぜ、こんな風潮が蔓延しているのか。 本書は、そんなモヤモヤをハッキリと説明してくれた。 ファスト教養とはーー 人生ではなく財布を豊かにする、稼ぐが勝ち、コスパ、youtubeの中田敦彦やホリエモンやひろゆきなどの教養講座、自己責任、成長しないとだめという不安と脅し、新自由主義などがキーワードとなる。 個人的にファスト教養コンテンツは便利だなと思っていた。中田のyoutubeはニュースの整理に役立つし、ドラマや映画も早送りでいいという程度の興味ならそれで十分。今の世の中、コンテンツがたくさんありすぎてチェックを効率よくするために本の要約サービスなんてものまであるんだなあと納得していた。 ただ、みんなが賢そうな顔して、生産性が〜とか言いながら必死になってデキる人を装い、コスパ・タイパを考えない者はゴミだと言う、そんな風潮は変だ。 ひろゆきその他みたいな成功者や有名人が、専門外の事柄についても断定口調で意見をするのがおかしい。それを正しいと錯覚する人々も愚かだ。双方とも教養のレベルが低いというほかない。 本書はファスト教養コンテンツと社会のあり方を分析し、たいへん自己中なファスト教養とその送り手受け手の正体を浮き彫りにする。 ファスト教養の送り手はだいたい成功者やセレブ。受け手は手っ取り早く教養をつけて自分の成長につなげたい人たち。誰もが努力して成長するべき、そうしないのは選択した本人の自己責任で野垂れ死んでも仕方ない。そんな冷たい論理と脅しにより、みんな必死で教養をモノにしようとあくせくしている。 この本書の指摘にはなるほどと思った。いろいろなツールを駆使して古い体制をぶっ壊して稼ぎに走る人々は自分たちを新しい世代だと思っているようだ。だが、稼ぐのが善という考え方は意外に家父長的な古い考え方と親和性がある。ものごとをなんでもシンプルに考えキャッチーな表現で二分するやりかたは、思考を深める機会を失わせ、硬直した考えを生む。 著者はこのファスト教養周辺の人々は新自由主義的に自分だけが成長し、稼げば良いと考える冷たい考え方だという。だからこそ、彼らは自分が弱者の側に落ちないよう、必死で成功を目指すのだと。 なるほどなあ。 なんだかなあ。 と心底思う。自分だけが稼ぐための教養は、教養ではなく、付け焼き刃な戦略的知識に過ぎない。 昔から、教養ある人というのは社会全体のことを考える良心的な人のことではなかったか。ファスト教養というのは商談の枕に使うネタのようなものだろう。 教養を求める人は、とりあえず『きみたちはどう生きるか』でも読んで、何を勉強すべきか考えると良いかも。 本書はファスト教養の時代の処方箋を出すことを試みている。ファスト教養=稼ぐ力 を求める人に効くものではない気がするが、ファスト教養に取り込まれていない人には役立つかもしれない。 しかし思うに、昨今の「目的のためなら、なんでもあり」な風潮はどうにも止まらない。AKBのせいでオリコンチャートを見ても真のヒット曲がわからなくなってしまったり、成功するためには「死ぬこと以外かすり傷」と広言したりと時代の流れを本書で振り返って溜息が出る。 このような風潮に、成功や稼ぎとは何の関係もなく静かに過ごしたいだけの界隈が荒らされてしまうことが多々ある。荒らしたほうは成功のために手段を厭わないのが正義だと思っていて一ミリも悪気がない。苦情を言われると口をとんがらかして被害者ヅラするほどである。 こんな世の中に、誰がした。
2投稿日: 2024.06.27
powered by ブクログ教養は人生を豊かにするもの →昔は役に立つかは分からないが、人生を豊かにするもの。しかし現在は金を稼ぐことが豊かさになっている。そのため、すぐに役に立つ教養が求められている。 問題点として、すぐに役立つ本はすぐ役に立たなくなる。の言葉のように狭い範囲での知識でしかないためすぐに使われなくなってしまう。それを否定する理由として新たな視点を取り入れるために教養を学んでいると言っていた。しかし金を稼ぐために教養を学んでいる時点で新たな視点を得ることは不可能だと考えられる。 そのため、教養の捉え方として自由のための技術(リベラルアーツ)と考えることが必要。そのため、金を稼ぐことが自由ではなく、教養を学ぶことで物差しを考え直して金以外の自由の視点を得ていくことを目指す。 今後、教養の学び方の姿勢は、古典教養の成長と結果をすぐに出せるファスト教養を学ぶために正確で多くの知識を入れていく姿勢。 また、前提として学べば学ぶほど分からなくなるのが学びである
0投稿日: 2024.05.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【脱落への恐怖・生き急ぎ】 教養を「役に立つかどうかではなく長いスパンで考えた時に人生を豊かにするもの」という従来ののんびりした考えから追い出す力が今は強くなっている。これは強く感じる。生き急ぐ流れを感じている。特に東京に来てから。就職したからなのか? かといって、手っ取り早く何者かになる手段なんてものは無く、エンジニアリングと今の時流ってあんまり相性が良くないようにも思える。 ファスト教養は、手っ取り早く教養(≒金儲けに繋がる情報)を得たいという要望から生まれたものであり、その要望は「脱落」することへの恐怖から生まれている。 「教養を学ばないとやばい」という思いは、「技術を学ばないとやばい、勉強することが多すぎて途方に暮れる」といった思いと近いものがある。焦燥感があるからこそ、本来の勉強は学べば学ぶほど分からないことが増えるものだが、その現実から目を背けたくなってしまう。 【疲れる】 現代社会は「疲れる」というのはすごい良く分かる。自由って疲れるんだよな。 何をしても良いということは、何をするのかを考えるところから始まる。成功は人それぞれということは、成功を定義するところから始まる。 「成長することは無条件に良いこと」と言われているが、それによって常に何かに追われる焦燥感や焦り、不安に繋がっている面もある。 【感想】 成長こそが大事だ、と言われているが成長が大事ということは、成長し続けなければいけないと言い換えられる。それって本当は結構苦しいことよな、と思った。 自分自身も早く成功(成長)したい、さもなくば脱落してしまうという空気に絡め取られている感覚がある。自分にとっての成功・成長がよく分かっていないからこそ、得体の知れない焦燥感に駆られているのかも。結局、自分はどうなれば成功と思えて、どうなれば成長していると思えるのかを理解できなければ始まらないんだろうね。
0投稿日: 2024.05.17
powered by ブクログこういった意見もあるという自分との考えの違いを知りました。 結論、自己責任、合理主義に自分は傾倒しているので、価値観の違いを認められるように努めたいですね。
0投稿日: 2024.04.30
powered by ブクログ単にファスト教養とは何かという話題だけで終わらずに、そもそもそれが広く必要とされてしまう日本の社会はどういう状況なのかについて論じているのがよかった(というかこっちのほうがメイン)。引用の数と種類も豊富で、説得力があった。 最終章にはファスト教養に抗うための姿勢が書かれているのだが、そこでも、単にファスト教養を頭ごなしに否定したり、逆にカルチャー的な教養を全面的に肯定したりしない冷静さがよかった。 「既存の枠組みから自由になること(=カルチャー的な教養)」と「既存の枠組みの中で戦える知識の習得から逃げないこと(=ファスト教養)」の両輪を回すことが、ファスト教養に抗いながらビジネス的な要請に答えていく「ポストファスト教養の哲学」になるという結論も納得。 個人的に、自己責任論や偶然性の話は、宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』でも考えを巡らせていたので、かなり腑に落ちるところが多かった。 渡部昇一『知的生活の方法』の「あなたは繰り返して読む本を何冊ぐらい持っているだろうか。(中略)あなたの古典がないならば、あなたはいくら本を広く、多く読んでも私は読書家とは考えたくない。」という引用がかなり刺さった。 今の自分の読書の姿勢を改めようかなと思った。 ファスト教養の「金を稼いでいる人こそえらい」という考え方は、その対極にある「金を稼いでいない人」を見下すスタンスにつながりがちで、そこに結婚という制度が結びつくと、「自分が稼いでやるから、女・子どもはそれに従え」という古いジェンダー観に結びついてしまうという指摘もなるほどと思った。
1投稿日: 2024.04.19
powered by ブクログ第113回アワヒニビブリオバトル テーマ「音楽」で紹介された本です。ハイブリッド開催。 2024.4.2
0投稿日: 2024.04.04
powered by ブクログファスト教養とは、ビジネスの役に立ち、お金儲けに繋げようと教養を身につけること。 本の中では、ファスト教養を解毒するには、「ビジネスの役に立つ知識の習得を的確なソースから進める」ことが大事と説かれる。では的確なソースとは?そのリストが欲しいなぁと思ってしまった私も、ファスト教養の穴にハマっているのかもしれない。 また、ファスト教養=浅い人みたいな見解を持つことは、この本の中で否定されている「他者に冷淡で優越感を感じる」ような社会に繋がる一因にもなりうる。うまく付き合っていく方法を模索することが、大事なのだなと感じた。 あと、「花束みたいな恋をした」を直前に鑑賞していたのでイメージがつきやすかった。
0投稿日: 2024.02.12
powered by ブクログわたし自身もこのブログで紹介しているように 「教養としての◯◯」という本は数多く出版さ れています。 今まさに「教養ブーム」なのです。 そしてその教養をできるだけ楽に、手っ取り早 く手に入れようとする人たちも増えています。 この本はそんな人たちが増えていて「こんな事 態に陥っている」と嘆くだけでなく、なぜこん な風潮になっているのかを考察しています。 簡単に言ってしまうと「楽してお金を稼ぎたい」 と思っている人と根っこは同じなのです。 「コツコツと知識を蓄える」「コツコツと働く」 という、ある意味怠け者が最も嫌う過程をすっ 飛ばしてくれるのがファスト教養なのです。 「楽して稼ぐ」なんていう話はまともなビジネ スパーソンであれば、「なんか怪しいな」と感 じるはずです。 しかし「楽して知識を得られる」という言葉に は危険な匂いは感じられないので、飛びついて しまうのです。 そもそも「教養って何?」というところから考 えさせられる一冊です。
0投稿日: 2024.01.21
powered by ブクログ『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形』が売れたので、それに便乗した本かと思いきや、さらにそれを深掘りし、映画だけでなく、ビジネスと教養との関係を中心に、現代社会における“ファスト”の概念を説いている。また、「どうすべきか?」も、わりと明確に提示されており、『映画を早送り~』を読んだ者としても、大変読みごたえのある一冊だった。 個人的にとても響いたのは、“公共との乖離”について。ここ最近、ネットやTVニュースなどで新NISA(資産形成)が話題となっているが、これも一種の“ライフハック”みたいなもので、「やらない者は知らないよ」という自己責任の世界ではないか。そこに“公共との乖離”はないか。NISAのメリットを享受しようと学ぶ姿勢には、「自分さえよければ」という自分視点が軸にあり、他方、「NISAを活用しない者」への視点が抜けてしまっている。「NISAを始めよう」といった謳い文句には、紛れもなく“ファスト”を感じさせる。 ちなみに本書は、固有名詞、具体的な人名が複数出てくる。そのほとんどが否定的に書かれており、「おいおい、こんなふうに書いてしまって大丈夫か」とやや心配になるような、攻めた内容である(最後のほうで焼け石に水程度のフォローがなされているが…)。普段、SNSやYouTubeで情報を得ている人なら、誰もが知っているような話なので、イメージがしやすい。 また、著者のボキャブラリーの豊富さを最大に駆使して書かれているのが印象的で、同じような表現を繰り返さないので、読んでいて飽きが来ない。 最後に。 私にとって教養とは、自分の内面とむきあうこと。好きがベースにあること。それが結果的に、いつかどこかで役立つことがあること。そんなものである。 いやぁ、読んでよかったです。
13投稿日: 2024.01.19
powered by ブクログ■教養は金稼ぎのツール? 自身の教養の無さに異様に辟易としていた時期があり、教養論の本を読み漁っていたことがあった。 例えば竹内洋『教養主義の没落』なんかは旧制高校のエリート達によるスノッブ的な大正教養主義がどのように生まれたかのルーツを辿る名著で、当時は難解な書物を理解したふりをするファッションツールとしての教養がカッコ良いとされていたらしい。 なんとなく、自分の中のおカタい教養観が少しほぐれた気がした。 最近だと戸田山和久『教養の書』もおすすめで、曖昧になりがちな「教養」という言葉の意味をしっかりと定義付け、学ぶことの意義について結構なボリュームで教えてくれる。 ただ、今までの教養論はデカンショ的「古き良き教養」を軸とした論旨がほとんどで、じゃあ今どきの若者やビジネスパーソンにとっての教養って何?という問いの答えは見つからなかった。 (橘玲『「読まなくてもいい本」の読書案内』はニューアカ時代のポモ系人文科学・社会科学をバッサリ斬り捨て、今学ぶべき学問分野はこれだ!と看破した痛快な書だが、現代の教養観についてはさほど触れられていなかった) 一方で、ここ数年「ビジネスパーソンには教養が必要!」といったメッセージが多くのメディアで取りざたされるようになった。 書店では『教養としての〇〇』のような本を数多く見かけるが、これを読まないと「教養がない自分」「知らないとビジネスシーンで恥をかいてしまう」といった強迫観念が芽生えるビジネスパーソンも多くなっているようだ。 私見では、この背景には教養が「一部のエリートが学ぶ特権階級的な知識」という認識から、「一般人として知っておくべき常識」「クイズに答えられる知識」という認識へと変化していったことがあるのではないかと考えていた。 加えて、こうした「教養ブーム」からなんとなく胡散臭さを感じるようになってきた。 かつての教養論の多くは大学教授が語り手であったが、昨今では芸能人や経営者が台頭してきたことにより、教養をビジネスと繋げる文脈が増えてきたためだ。 教養観のシフトに伴い、俺の中で「教養ってそもそもそんな単純に身につけられるものだっけ?」という疑問が膨らんでいた。 そんなモヤモヤを明快に晴らしてくれたのが本書だ。 本書より一部抜粋 ”当たり前だが、お金を稼ごうとする行為や意識そのものには良いも悪いもない。生活するためにお金は必要であり、程度の差はあるにせよ、どんな人でも「稼ぐための努力や工夫」に何かしら取り組んでいるはずである。一方で、すべての読書が、文化に関する行動が、さらに言えば「お金を稼ぐこととは直接関係しないあらゆる事象」が、ビジネスシーンで使われる道具として位置づけられることに居心地の悪さを覚えもしないだろうか。” 本書では、2020年代の教養観を「ファスト教養」と名付け、「ビジネスでなんとなく話を合わせるための小ネタ」「小銭稼ぎのためのツール」として位置付けることで、本来の教養との相違点やこれからの在り方を考察している。 ファスト教養の担い手として槍玉に挙がるのは、ひろゆき、中田敦彦、西野亮廣、DaiGo、ホリエモン、池上彰、出口治明、佐藤優、、、などなど有名人たち。 なぜ芸能人や経営者が語る教養論が胡散臭いのか? こうした面々のコンテンツにハマっている方には結構刺さる内容になっていると思う。 ■教養のあるビジネスパーソンとは? 多くのビジネスパーソンにとっての第一目的は「収益に貢献すること」、つまり「金を稼ぐこと」だ。 もちろん社会貢献やイノベーションによる社会変革などを目的とする場合もあるが、それでも収益に繋がらなければ「ビジネス」とは認められない。 さらに、ビジネスパーソンは日々さまざまな即断即決が求められ、仕事に追われる日常の中でじっくり学んだり内省する時間はなかなか確保できない。 時間のない彼らが本来の目的を達成するためには、お金を稼ぐための知識を身につけないといけない。 つまり、現代のビジネスパーソンにとってはまず何よりも「金稼ぎのための教養」が重要となる。 こうした考え方は一般的にも納得しやすいし、俺自身も日々勉強するところだ。 SNSや動画コンテンツが浸透した現代では、じっくり長く学ぶ勉強や読書よりも、すぐに理解できるわかりやすい内容・手段が求められている。 昨年の「ファスト映画」「コスパ」「タイパ」といった用語が流行したのが顕著な例だ。 時間に追われているビジネスパーソンにとって、少しの時間で広く浅く学べるファスト教養は相性が良い。 しかし、「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」のだ。 藤原和博が語る「知識を沈殿させる」ことや外山滋比古の「思考の整理学」にも通ずるところである。 ビジネススキルの多くは目の前の問題を解決する短期的な実学だが、時代の移り変わりやその担い手となるためには、長期的な視野を持って熟考できる「すぐに役には立たない」教養が必要になる。 他方で、山口周が述べていたように、「ビジネスで成果を出せない人間が教養という隠れ蓑に逃げたがる」というのも結構納得できる。 本書でも 「あいつ売上は良いけどキルケゴールも読んだことないんだぜ」 「君はキルケゴールを読んでいるのに売上も上げられないのか」 という面白いやりとりが取り上げられるのだが、実際のビジネスの現場ではどちらが「教養のあるビジネスパーソン」なのだろうか? 教養に説得力を持たせるにはどんな発言するかやどのように振る舞うかが重要である。 しかし、人は往々にして「何を言うか」よりも「誰が言うか」を重視したがるハロー効果という認知バイアスを持ってしまう。 つまり、「成果を出さず教養を身に付けた人間」よりも、まずは「教養はなくても成果を出した人間」の発言や振る舞いに説得力を持ちやすいし、聞く耳を持ちたがる。 皮肉なことに、教養をたくさん身につけるだけでは「教養あるビジネスパーソン」とは認められず、「成果をしっかり出しているのに教養も身に付けている」必要がある。 これってかなり難しいような….. ■『花束みたいな恋をした』で感じた既視感 本書を読んでいて特にハッとさせられたのが、恋愛映画『花束みたいな恋をした(通称:はな恋)』で主演の菅田将暉演じる麦が、学生から社会人になった過程での変化について論じた箇所だ。 この映画は、麦がは大学時代に終電を逃して偶然出会った絹(有村架純)と、お互いが好きなサブカルや芸術の趣味で意気投合し、付き合い同棲するところから始まる。 しかし、麦は就職と同時に仕事に追われ、人生の中であれだけ重要な位置を占めていたサブカル趣味に全く没頭することができず、変わらぬまま芸術を愛した絹とのすれ違いの結果、別れることになってしまう。 このストーリーを観ている時、俺はいたる場面で居心地の悪さを感じていた。 その時は嫌悪感の正体がわからないままだったが、本書で麦の心情についての考察を読んだ時、思わず合点がいった。 俺が感じた居心地の悪さは、「同族嫌悪」だった。 俺も麦と同じように大学時代にサブカルにかぶれた痛いやつだったが、卒業してからは超絶ブラックな金融機関で馬車馬のように働き、心身ともに毎日疲れて、いつの間にか考えることは「いかにビジネスで成果を出すか」ということばかりだった。 毎日数字に追われ、休日も職場のボランティアや資格の勉強に時間を費やされていた時期は、「お金を稼げない勉強なんて意味がない」と、麦と同じような考えに囚われていた。 どうやら就職氷河期を生きた著者も同じ道を歩んだようだ。 気付かなかったのか、見て見ぬふりをしていたのかはわからないが、麦を眺めているとどこか他人とは思えず、俺は同族嫌悪を抱いてしまっていたようだ。 この同族嫌悪は特に麦が「読んでいた本」に強く感じられた。 麦の本棚に置かれていたのは営業トークや雑談力、多動力などのビジネスでの成功をダイレクトに結びつける典型的な「ファスト教養本」だった。 俺も同じような本を読み漁った時期があり、その頃はビジネスでの成果が第一義だったため、人と人との関わりを表層的にしか捉えていなかったように思う。 時が経つにつれ、表面的で即物的なスキルしか書かれていない自己啓発書に見切りをつけることができ、読むのに時間はかかってもより深い洞察や経験に裏打ちされた、思考プロセスをしっかり描き出している本を選ぶようになった。 麦についても、読んでいた本がもっと質の高い内省を求めるものであったなら、絹と別れることはなかったのかもしれない。 ■おわりに 本書より一部抜粋 ”ファスト教養の世界に通底する「ビジネスの役に立つ」「コスパ」「自己責任」といった考え方は、徹底して「無駄を省く」方向に人々の行動を誘う。しかし、自分の狭い基準で「無駄か無駄ではないか」を勝手に判断してしまう人に、本当の意味でのビジネスの成功がもたらされるだろうか。ファスト教養を説く人々が大好きなイノベーションは、むしろそういった出来合いの基準から自由になった人こそ生み出せるのではないだろうか。ファスト教養の時代に持つべき考え方は、「お金儲けの役に立たない情報は無駄」というスタンスからひたすら距離を取ることである。それを基本としたうえで、自分の置かれた局面に応じて必要な情報収集も適宜行えばよい。この順番を間違えてはならない。”
1投稿日: 2024.01.13
powered by ブクログ少し内容が軽かったかな。 あの人がこう言っている、この人がこう言っていたという引用が多くて、筆者の意見が少しぼやけている気がする。 もう少し我の強いことを言ってもよかったのではないかなと思う。 ただ、「〇〇〇〇思考」「〇〇〇〇習慣」などの表層的な自己啓発本の乱立する状況を、時代背景を汲み取りながらうまく説明をしていると思う。 「全てはお金とコスパ」 「失敗しても自己責任」 という現在進行形の生存競争を疑問視しながら、新たなポストファスト教養という考え方を提案している。 手っ取り早く「教養」を身に着けようとすることは、将来への不安や焦りから、自分の価値を早急に押し上げる必要があり、「教養」を武器にして他人を出し抜く、成績を上げる、社会から取り残されないようにする価値観から来ている。 最近はそういった煽動してくる人たちにはどうしても胡散臭さを感じてしまうのだが、一昔前には私もそういった自己啓発本を読んではモチベーションを上げていた。 そもそも「教養」に使用価値があるのか?という疑問がある。 「教養」って使うものなのか?と。 「修養」って言葉もあるけどな?と。 結局は個人の受け取り方次第なのだけれども、その分野を学ぶための入り口して読む分には、ファスト教養は広く浅く知識を取り入れることができるため、とても便利なものだと思う。 しかしながらファスト教養を読むことは手っ取り早く答えを手に入れたという感覚に陥り、読むだけで成功した気になってしまう。 そのため、それ以上知識を追求する気が失せてしまうことが難点かもしれない。 そして、「教養」を切り取って商品化するファスト教養本の中には、将来に対する不安や焦燥感を感じている現代人の弱みに付け込んで浅薄な内容を押し付けているように思えるものもある。 ファスト教養はタイパやコスパなどに腐心する人にはすこぶる相性が良いのだろうが、その効率重視という観点から、どうしても「教養」を「情報」といった下位の形に置き換え、使えるか使えないか?という二元論で語ろうとしてしまっている気がする。 個人的には「教養」は暗黙知のような面があり、気が付けば身についているものだと思っている。 現代社会における窮屈さという中で、自分自身が自然体でいられるようにするためのものなのではないかと思う。 細部に魂が宿っているように、ざっくりまとめたものはざっくりとしか身につかないと感じることを考えさせられた。
1投稿日: 2024.01.13
powered by ブクログ昨今の教養ブームを入り口に、社会に蔓延る自己責任論を論ずる本。 過剰な自己責任論は、何もかもを自分でコントロールできるという強者の理論に思える。 成功した私は、偶然の歯車がズレていれば、失敗したその人だったかもしれないという視点を持ち続けたい。
0投稿日: 2024.01.07
powered by ブクログ今まで感じていた自己啓発本のなんとなくの違和感や嫌悪感を言語化してもらったような印象。 ただ、違和感や嫌悪感を感じるだけでなくそこにある社会的背景や自身の立ち位置も考えなければならない。 『花束みたいな恋をした』の麦くんが変わっていってしまう姿は、心が痛かったし、自分の大学時代の友人と疎遠になってしまったものを思い出す。
0投稿日: 2024.01.01
powered by ブクログ近年のファスト教養主義は突然発生したのではなく、00年代の動きから起こるべくして起きたと書かれていて興味深かった。 コスパ、自己責任論に偏る気持ちは理解できる。、自身も公共との乖離が大きくならないよう注意したい。 現在の枠組みから外れないような勉強はしつつ、自分自身の根源的価値観に基づいた知識を蓄えていこう、と再認識する良い機会になった。
0投稿日: 2023.12.28
powered by ブクログ引用多すぎて卒業論文みたい 著者が学者じゃないSNS発信者というバイアスがかかってるかも 石田衣良さんのファスト教養についてのYouTubeが大変面白かった アイドルもそうだけど、パチモンがよく売れる すぐに役立つものはすぐに役立たなくなる
1投稿日: 2023.12.24
powered by ブクログ結局無駄なことは必要だと自分も思う。おっさんとしてはある邦画の話がでてくる箇所がありなるほどな思えます。若い連中には響かないだろうなと。
0投稿日: 2023.12.22
powered by ブクログ教養が必要と言われて久しく、巷に○○の教養本が溢れる中 そういった本が気になりつつも何かおかしいよなと 違和感を感じていたのですが、うまく言語化して貰った感覚があります。 教養というのは一朝一夕に身につくものではなく、 様々な経験を通じて少しずつ蓄積していくものだと思っているので 近年のタイパ・コスパ良く教養を身に付ける=ファスト教養というのは 矛盾する概念なのかなと思います。 私自身、学生時代に有名な映画や本を全く読んだり観たりしていないことに焦り、 とにかく読まなければ、観なければと思って手当たり次第に読書・鑑賞していたのを 思い出しますが、そのモチベーションも友人たちとの会話の中で ドヤりたいだけだったのだなと今振り返っています。 (つまり教養として何も身になっていない) ファスト教養もビジネスで成功したいという不純なモチベーションがまずあるので 結果的に何も身にならないのだろうなと思います。 やはり自身の成長が目標ではなく、自身が成長することでどのように 社会に貢献できるのかという利他の心がまずないといけないですね。 個人的に著者と全くの同い年ということもあり同じ時代の空気を吸ってきたことで 共感できる部分も多かったです。
0投稿日: 2023.12.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・短期的な効率の良さがあらゆるものを評価するうえでの重要な基準になりつつある。 ・主流の価値観が「ビジネスの役に立つ」「コスパ」に固まりつつある今の時代 ・「精神を豊かにする」といったらあいまいな効用で語られがちなカルチャーの居場所がなくなっていくことを示唆している。 ・「コスパが悪い」ことを恐れる若者の傾向 ・仕事をしたことをない大学生が、〝自分に向いている仕事〟を考えるという根本的な矛盾 ・自分が理解できないものを切り捨てるのではなく、それがどんな意味を持つのか頭をひねる。
0投稿日: 2023.12.08
powered by ブクログ昨今の教養というものに対するビジネスマンのスタンスに疑問や違和感を感じていた。それらを明確に言語化し、一石を投じて呉れたのが本書である。 抑、教養の本質とは何であろうか。その目的は?出世の為、お金儲けの為?では儲からなければ教養は無くても良いのだろうか。 幸福をお金という可視化された数字でしか認識出来ないのであれば、これほど貧しい幸福は無い。教養がお金儲けの為の手段でしか無いのであれば、儲けた金額の多寡が即ち教養のバロメータということになるだろうか。だとすればこれほど貧しい教養を自分は知らない。費えば費うほど擦り減る教養を自分は教養だとは思わない。 だがだからといってこうした貧しい認識しか持ち得ない人々を批判すれば社会や其処に住まう人間の人格の陶冶に繋がるかというとそれほど単純な話でもない。 病根は社会そのものの風潮にこそある。即ち新自由主義と資本主義である。 個人的な身の上話になってしまうが、自分は既にドロップアウトして悠々自適に読書を楽しめる生活を獲得している。 だが敷かれたレールの上を走り続けていたのではこの境遇は絶対に手に入らなかったという確信がある。口座の残高は恐らく倍ほどになっていたであろうが。 ドロップアウトして初めてきちんと教養に向き合える機会が得られたと思う。大学時代ですら斯うは行かなかった。最近の大学はテストもレポートも厳しいし、出欠もきちんと取る。少なくとも講義を受けてさえいれば単位が貰えるような甘い世界ではなくなってきている。 そこへバイトやサークルや就活が入り込めばゆっくり読書など為ている時間は有る筈も無い。小中高大学と学生時代は常に汲々としていた。社会人として勤め初めてからは言わずもがなである。 こういう或る種モデル化されたレールの上を走り続けていると、新自由主義的な価値観でしか物事を考えられなくなる。それはそうだろう。教育は新自由主義という宗教を崇めるように叩き込むことしかしなかったのだから。何処かで脱線でもしないと世の中には異なる価値観が存在するという事実にすら気付けない。 『史上最強の哲学入門』の著者である飲茶氏が図書館で本を読む為に会社を辞めたというエピソードにはまことに頷ける。 いま社会に蔓延る資本主義に寄生された盲人たちは、己が盲目であることにあまりにも無自覚だと言わざるを得ない。 而して資本という寄生虫は己に都合の良い宿主を世に輩出し続けている。思想は宿主の脳をハッキングする。自由な個人が勝利するのではない。何が何方に転ぼうと資本主義というシステムの一人勝ちになる。これはそういう構造のゲームなのだ。成功者と雖も鼻面に人参をぶら下げられて驀進する馬に過ぎない。人参を釣っている奴が居る。 資本主義と新自由主義を目の敵にするかのような口吻になってしまったが別にこれらを否定する訳ではない。その恩恵を被って暮らしが保たれているのも事実だ。 ただ望まぬ椅子取りゲームに強制参加させられることに疑問を持っているのは自分だけでは無い筈だ。
0投稿日: 2023.11.11
