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人生はそれでも続く(新潮新書)
人生はそれでも続く(新潮新書)
読売新聞社会部「あれから」取材班/新潮社
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総合評価

27件)
3.7
5
8
8
2
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    新聞の連載だから、空いた時間にちょこちょこと読みやすい。その後シリーズは予想できる範囲も多いが、これは深く、意外なことも多々あった。

    0
    投稿日: 2025.11.11
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    あの人は今、あのニュースのその後、今現在どうなのか 一躍、幸か不幸か時の人となってしまった様々な人にスポットを当てて追いかけたその後の話。 少しでも興味があるニュースがあれば、ぜひ色んな人に読んでほしいなと思う。 人の数だけ人に歴史あり、というようにまさに今も尚続いていて。 新聞社じゃなければできなかった本だと思う。

    15
    投稿日: 2025.08.24
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    1 山で「13日間」の死線をさまよった30歳〈2010〉 2 日本初の飛び入学で大学生になった17歳〈1998〉 3 「キラキラ」に決別、「王子様」から改名した18歳〈2019〉 4 「演技してみたい」両腕のない、19歳の主演女優〈1981〉 5 延長50回、「もうひとつの甲子園」を背負った18歳〈2014〉 6 断れなかった――姿を現したゴースト作曲家〈2014〉 7 福島の山荘を選んだ原子力規制委員トップ〈2017〉 8 3年B組イチの不良「加藤優」になった17歳〈1980〉 9 松井を5敬遠、罵声を浴びた17歳〈1992〉 10 この野郎、ぶっ殺すぞーー「大罪」を認めた検事〈2001〉 11 説得失敗、爆風で吹き飛んだ事件交渉人〈2003〉 12 「私は誰?」日本に取り残された「碧眼」の6歳〈1956〉 13 多摩川の珍客「タマちゃん」を「見守る会」〈2002〉 14 7度目の逮捕、マラソン女王の「秘密」〈2018〉 15 日本人初の宇宙飛行士になれなかった26歳〈1990〉 16 「火の中を通れ! 」貿易センタービル勤務の44歳〈2001〉 17 名回答がベストセラーに「生協の白石さん」〈2005〉 18 三沢光晴さんに「最後」のバックドロップを放ったプロレスラー〈2009〉 19 アフリカから来た、最も有名な国会議員秘書〈2002〉 20 難関400倍、「氷河期」限定採用に挑んだ44歳〈2019〉 21 熊谷6人殺害事件 妻と娘を失った42歳〈2015年〉 22 赤ちゃんポストに預けられた、想定外の男児〈2007年〉

    0
    投稿日: 2025.08.09
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    あの人は今的な内容。過去に話題になり今は普通に暮らす人たちにスポットを当てたもの。讀賣新聞の連載記事から。 波乱があっても人生素晴らしいと思える。

    0
    投稿日: 2025.07.15
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    どんなに似た経験をしても決して他人の心を完全に理解することはないと分かった。それを前提として他人の経験から学んでいきたい。

    0
    投稿日: 2025.05.27
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    読み物として凄く良かった、という率直な感想。 収録されている22の記事は古いもので1956年〜直近2019年までの出来事を読売新聞社会部記者がメインとなって「あれから、あの人はどうなったのだろう」(p3)という視点で取材・執筆した内容。 飛び抜けて古い「マリアンヌちゃん裁判」と1980年放送「3年B組金八先生 第2シリーズ」、「92年夏の甲子園で松井を5敬遠」「TBSの宇宙特派員計画」以外はいずれも私自身も見聞きしたニュースばかりであったので、実際感を伴って読む事が出来たのが大きい。そういう意味では30代半ば以降の方のほうがすんなり腹落ちする本かもしれない。 とはいえ「腐ったミカン」というフレーズはドラマを観ていなくても聞いた事がある、という方は多いかもしれない。「タマちゃん」や「ムルアカさん」は30代前半だと途端に聞いた事ないよ、という割合が増えそう。というか「タマちゃん」って全国ニュースだったのだろうか? 以下、気になった記事をピックアップ。 《6 断れなかったーー姿を現したゴースト作曲家》(2020年9月22日掲載)…未だに、結局あれは何だったんだろうかと強烈な印象に残っている佐村河内守氏のゴーストライター騒動。記者会見に長髪と髭をすっかり整えた佐村河内氏が現れた時のインパクトはかなりのものだった憶えがあります。おすぎさんにそっくりだったんですよね。が、この記事は「ゴースト」側の方、〈新垣隆〉氏に騒動当時の心境を伺ったものとなっています。「これはまずい」(p62)というフレーズは事態を的確に表していますね。騒ぎの表面化後、償いの意味も込めてあらゆる仕事をこなした新垣氏。その中には音楽と関係が無いバラエティ的な仕事も多くあり、面白おじさんとして活動したのち徐々に表舞台からはフェードアウト。事態と真摯に向き合った姿に音楽仲間の支援もあり、現在はまた音楽に携わる仕事をしている新垣氏の結び「今は音楽に関われる喜びをかみしめながら、一つひとつの仕事をやり遂げたい。もちろん、自分の名前で」(p69)。幽霊ではなく、実体のある人間の仕事として。 《15 日本人初の宇宙飛行士になれなかった26歳》(2021年7月11日掲載)…これは全く知りませんでした。「ソ連宇宙総局と共同で宇宙船に社員を搭乗させ、宇宙ステーション「ミール」に滞在するプロジェクト」(p146)という、いかにもバブリーで派手な企画に定員1名に対する男女2名の特派員候補として選ばれるが最終的に候補から漏れてしまい、結果的にTBSを去ることにはなるが「誰にでも好かれる人柄。知識や経験を的確に伝えられる」(p152)という点を評価されて宇宙関連のNPOに参加することになった〈菊地涼子〉氏にフォーカスした記事。主題ではないとは思いつつも、やはり女性だから選ばれなかったのではないか、最初から男性候補が選ばれる既定路線があって賑やかしの添え物程度のつもりで女性候補を立てていたのではないか、という印象を禁じ得ない。まあさすがに、適正を総合的に判断した上での決定なのだろうとは思いたいが。企画に翻弄された人生を歩んだ彼女だからこその「宇宙飛行士を目指したことに後悔はない。「挑戦しなければわからない世界が広がっていたから」。」(p153)という言葉にミシッと重みが備わる。 《18 三沢光晴さんに「最後」のバックドロップを放ったプロレスラー》(2021年12月12日掲載)…格闘家という生業であるだけに、有り得るべくして起こった事故。2009年6月13日、広島総合体育館においてプロレスラー〈三沢光晴〉と〈斎藤彰俊〉の試合が行われていた。「斎藤さんが『バックドロップ』を放った。どんな技を受けても不死身のように起き上がり、『受け身の天才』と呼ばれた三沢さんが、倒れたまま動かない。」(p176)「死因は頸髄離断という。」(p177)。その後の検証によれば、技におかしな所はなく受け身も完璧だった。が、事実として自分がかけた技が「最後」のきっかけとなってしまった。プロレスラーとして、後輩として、人間として、いかに向き合うのか。私には到底想像が及ばない領域の問答である。励ましの言葉も寄せられるが、やはり誹謗中傷は今なお止むことは無く、目を逸らす事もならず。天命というものを痛感させられる記事。 《21 熊谷6人殺害事件 妻と娘を失った42歳》(2022年4月10日掲載)…言葉が出ない。読みながら自然と涙が浮かんできた。もしも我が身に降り掛かったら自分は耐えられるだろうか、受け止められるだろうか。p206に掲載された生前の妻子と写った家族写真と、p211に掲載された妻子が殺害された自宅に暮らす現在の写真の表情を見比べると、数え切れぬ程に向き合ってきた悔恨・後悔・哀悼・悲痛の想像を絶する深さに直面する。仕事を終えて家に帰って来たら妻と娘ふたりが、何の縁もゆかりも無い責任能力欠如状態の外国人に殺されていたら。 「娘たちは、どちらかが殺される様子を目の当たりにしただろうか。どれほどの力で刺され、どんなに痛い思いをしたか。きっと、「パパ助けて」と叫んだはずだ。」(p208)。 「あなたには奥さんがいますよね、子どもが残っていますよねーーと思ってしまう。家族全員を殺された自分とは違う、と。」(p212)。 「人類が滅亡すればいいのに」(p208)。 かける言葉なんて見当たりませんが、少なくとも、こういった境遇に置かれた方が歯を食いしばり立ち上がって二度と同じ悲劇が起こらない為に呼びかけを行われているのに対して、何の思慮も持たずに「目立ちたがり」とか「売名行為」とか「金目当て」とか誹謗や罵詈の矛先を向けてしまう人は、それだけは、何があっても間違っていると声を大にして伝えたい。 日々報じられる無数のニュースの向こうに、どんな『人生』があるのか。 私も省みる部分があるなと感じつつ、またひとつ成長を実感出来た読書でありました。 3刷 2024.11.30

    15
    投稿日: 2024.11.30
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    自分よりも酷い境遇に立たされてる人はたくさんいる それの究極なエピソードを持つ人たちの話が集約されている 冬山に遭難して14日間生きられるか? 「王子様」という名前で生きられるか? 仕事に行ってる間に自分以外の家族が全員されたら、耐えられるか? 普通に日常を過ごせていることに感謝が芽生えるし、どんなに酷いことがあっても立ち直れるということを感じられる、そんな本だった。

    2
    投稿日: 2024.10.07
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    新聞やニュースは"今"を中心に伝える媒体であるがために、当事者のその後については知らない人が大半。 当事者のその後について、書かれた本でありグッとくるものがあった。

    1
    投稿日: 2024.06.25
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    ずっと気になっていた人や、全く知らない人、知らない出来事もあったが、いろんな人生があるのだなと興味深く読めた。

    1
    投稿日: 2024.06.19
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    紙面を賑わせた22人のそれからに迫った一冊。一時話題になった人の人生もそれぞれ続いていく。読んでいくうちにぐっときます。 山で13日間死線をさまよった30歳は、嫌なことも嬉しいことも生きているからだと実感している。普通の幸せを今かみしめている。 松井を5敬遠し罵声を浴びた17歳は、2回松井と対談する機会があった。松井は『甲子園で全て敬遠なんて、後にも先にもないこと。5敬遠されるのもうなづけるバッターだと言ってもらえる選手にならなければというのが、自分の頑張るエネルギーになった』と振り返った。お互いがあの出来事を人生の中でプラスにできた。つまり、どちらも勝者だ。

    0
    投稿日: 2024.05.26
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    報道とは事実とその結果が流れてくることが多く「その後」が放送されることは少ないと思う。 そんな中で、世間から注目を集めた人を中心にその人の「その後」を記したのがこの本である。ゴーストライター騒動の新垣隆氏、生協の白石さんの白石さんなど自分でも知っているような人が今はこんな人生を歩んでいて、そしてあのときどんな心境だったのか、というようなことが克明に描かれている。 彼らが日本中から注目を受けた「あの時間」から、今の時間に至るまでの「その後」と「これから」の人生を必死に生きようとする人々の話には心を打たれました。 今でも続いている「あれから」を読んでみたいと思いました。

    46
    投稿日: 2024.02.18
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    着眼点が素晴らしい メディアは有名になった瞬間だけを切り取るけど、もちろんその後の人生もある そこを知れるのは貴重な機会なので、まとめてくれてありがたい 一人一人もっと深掘りしてもよかったなぁ

    0
    投稿日: 2023.06.13
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    前を向けているかどうかはともかく、とにかく人生は続いてしまう。 SNSなどで知ることのできる人もいるが、記者が取材し実感したものを読むことで、グッとくるものもある。 若手の記者に取材させることに意味はあると思う。

    1
    投稿日: 2023.02.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    事件の当事者として、マスコミで有名になってしまった人のその後の人生を取材した、読売新聞の特集記事を書籍化したもの。 国会議員、鈴木宗男氏の、アフリカ出身の秘書。 赤ちゃんポストに預けられた幼児。 プロレスの技で相手を死なせてしまったレスラー。 松井秀喜に5打席敬遠を投げた甲子園投手。 金八先生で一躍有名になったけど、その後は活躍できなかった俳優。 その後どうなったのかな?と読者が興味をそそられる。 あの人、一時は有名になったけど、その後は平凡な人生やねぇ!とか、ひどい事件に巻き込まれて、かわいそうだなぁ、それに比べれば、私の人生はまだまし、とか人間は人の不幸を見て安心するところがあるので、ゴシップ的な本で、こんな本に興味を持ってしまう私自身も、悪趣味よね、などと思いつつ読んだが、ただのゴシップではなかった。 その時の報道だけではわからない、その後の人生を追うことで、人生とは、生きることとはなんて難しいのだろう、それでも生きていくことは、なんて尊いのだろうと感じられる。 一生懸命に生きてきたのに、不幸にも事件に巻き込まれたり、思うようにならなかった方々の深い悲しみ。自分の過ちを認め、向き合いながらその後の人生を歩み続ける方々の勇気や謙虚さ。読んでいて涙が出ました。 「ただのゴシップではない」と私が感じたのは、自分の留守中に家族を全員殺害された、という方の記事。この特集で初めて実名を明かして取材に応じたとのことだった。 犯罪被害者は時に、事件後の過熱報道などで二重に苦しめられることになる。この方はあまりに凄惨な事件にあい、茫然自失状態でなんとか「死なないように生きてきた」そうだ。おそらく、多くの周囲の方が励ましたり、助けたりしようとはしただろう。しかしこんな目に遭った方に有効な励ましの言葉なんて、何一つないだろう。人生に前向きになるのは難しいだろう。でも事件後初めて取材に応じた、ということは、何かしら「話してみようかな」と心が動いたのかもしれない。それだけでも意味がある取材なのでは、と思った。 心に残ったのは、多くの方が、ちょっとしたきっかけや学生時代の出会いのせいで人生が狂ったり、事件や事故に巻き込まれたりするわけだが、その後の人生で誰も「あの人に会わなければこんなことにはならないのに」などと考えず、自分が選び取った道に自分でけりをつけようとしているところだ。(もちろんそのような方を選んで取材しているのだろう)。その姿から学ぶところは大いにある。

    6
    投稿日: 2023.01.15
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    読売新聞に掲載されている、ニュースの当事者になった方々のその後をたどった人物企画「あれから」を収録したもの。 人生にIfはないが、ここに登場する方々ほど劇的なことではないものの、皆それぞれのレベルでIfと考えることはあると思う。ここに記されている経験・出来事は様々な内容だが、共通しているのは、それをきっちり受け止めて、前を向いて自分の人生を生きているということ。共通項となるそのエッセンスは生きる上でのヒントになると思う。

    1
    投稿日: 2023.01.04
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    人生はそれでも続く そのタイトル通りの本。 ものすごくオンリーワンな人達な気がするけど、それは読んでいる読者もきっと同じ。

    1
    投稿日: 2022.12.14
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    【感想】 「時の人」という言葉は、今ではあまり聞かれなくなったと思う。SNSによって情報の消費速度が上がった今、世間を賑わせる人は雨後の筍のごとく現れては消えていく。人々はすぐに違う話題に飛びついていくため、世間から消えた「時の人」が再び注目されることはない。 だが、ニュースになった人にも当然、そのあとの人生がある。いったい、彼らの人生はどう変わったのだろうか?テレビに出たことで好転したのか、それとも転落の憂き目にあったのだろうか? 本書は読売新聞の連載企画、『あれから』を書籍化した一冊である。日本初の飛び級入学者、赤ちゃんポストに預けられた男児、金八先生の「腐ったミカン」など、世間の注目を集めた「時の人」の現在にスポットライトを当てたノンフィクションだ。 例えば、佐村河内守のゴーストライターとして曲を作っていた新垣隆さん。 事件が発覚してから、人前を歩くのが怖くなり、電車にも乗れない生活が続いた。「もう音楽に関わることはできないだろう」と思っていたが、騒動のあとバラエティ番組のオファーが増えたという。いずれも「断らない(断れない)」スタイルで露出を続けるうち、音楽の実力が広く認められ、次第に本業でも仕事を貰えるようになったらしい。今では仲間たちの支援もあって、大阪音楽大の客員教授を務めているということだ。 しかし、マイナスがプラスに振れた人生ばかりではない。加藤裕希さんのように、未だ当時の傷が癒えない人も登場する。 加藤裕希さんは2015年に発生した熊谷6人殺害事件の遺族だ。妻の美和子さんと長女の美咲さん、次女の春花さんが犯人のナカダ(ペルー国籍)に殺され、裕希さん一人だけが残された。事件から7年経った今でも、殺害現場となった家で暮らしている。 裕希さんはナカダに死刑を望んだものの、判決は無期懲役だった。判決を受け裕希さんは、埼玉県を相手取り、約6400万円の損害賠償を求める訴訟を起こしており、現在は控訴審に向けた準備を進めているという。 「話題性」の狭間で喜んだ人と、苦しんだ人。 「人生はそれでも続く」。報道は一過性であっても、彼らが生きた証が消えることはない。 ――――――――――――――――――――――――――――― 【まとめ】 1 日本初の飛び級入学で大学生になった17歳 1998年1月、佐藤和俊さんは高校2年生で千葉大学に合格する。 「科学技術の最先端を切り開く人材を育てたい」と、千葉大学が全国で初めて導入した飛び入学制度。合格者3人のうちの1人に選ばれた佐藤さんは、17歳の春、「大好きな物理の勉強に没頭できる」と意気揚々と大学の門をくぐった。あれから2年。佐藤さんは今、大型トレーラーの運転手となって、夜明けの街を疾走している。 佐藤さんは大学卒業後、宮城県にある財団法人の研究機関に職を得た。しかし、初任給は15万円。さまざまな研究開発を行っていたが、とても食べていけない。32歳のときに千葉大との契約が終了すると、運送会社に就職、トレーラーの運転手になった。 佐藤さんと同じく初代合格者となった梶田さんは、現在豊田中央研究所での研究職のポストについている。梶田さんは、「ポストや生活が安定せず、研究を諦める人は多い。自分も大学では厳しいと感じ、民間の研究機関に入った。このままだと日本の科学技術はどうなるのかという思いはある」と語っている。 2 両腕のない主演女優 1981年、サリドマイド薬害のため両腕がない状態で生まれた女性の日々を活写した映画「典子は、今」が公開された。主人公の典子さんは、熊本県に暮らす実在の人物、白井典子さん。 完成した映画は、大ヒットした。日本映画製作者連盟によると、この年、「典子は、今」の配給収入は13億円に上り、年間第5位。高倉健さん主演の「駅STATION」(7位)など人気映画を上回り、全国の学校でも次々と上映された。 「時の人」を一目見ようと、市役所には大勢の人が詰めかけ、山のような手紙も届いた。いつも「普通でありたい」と思い、行動してきたのに、主人公の典子は「障害を抱えて頑張っている特別な女性」として、一人歩きしてしまっていた。 白井のり子さんはその後、熊本市役所を44歳で退職。退職後は講演のため、2014年までの8年間におよそ40都道府県を巡った。 のり子さん「 『典子は、今』のような映画が今の時代、公開されたら観にいきますか?今は話題にもならないと思いますよ。もう世の中は変わりました」 今、障害は一つの個性と捉えられる時代になったのだ。 3 ゴースト作曲家 佐村河内守のゴーストライターとして曲を作っていた新垣隆さん。「もう音楽に関わることはできないだろう」。そう覚悟した。ところが、人生は意外な方向に転がり始める。幅広いジャンルの音楽を手がける新垣さん本人の存在に、世間が気づいた。あれから6年余り。新垣さんは今、自分の名前で、音楽の道を突き進んでいる。 もともと、佐村河内氏に作曲を依頼されても「断れない」タチから仕事を引き受けていた新垣さん。騒動のあと何故かバラエティ番組のオファーが入ったりしていたが、いずれも「断らない(断れない)」スタイルで露出を続けた。そのうち、ピアノの即興演奏で見せる音楽の実力が広く知られるようになった。騒動から1年が過ぎた頃には「本業」で次々と仕事が入った。バレエや映画の音楽、ポップスバンドへの参加……。 1990年代から新垣さんを知る作曲家の西沢健一さんによると、難しい伴奏の仕事も、急な編曲の仕事も「新垣さんに頼めば何とかしてくれる」と業界では一目置かれた存在だった。記者会見の直後から、仲間たちは桐朋学園大に寛大な処分を求めるオンライン署名を開始。1週間で8000筆、最終的に約2万筆集まった。新垣さんは2018年に同大非常勤講師に復帰。20年からは大阪音楽大の客員教授も務めている。 4 松井を5連続敬遠した投手 1992年の甲子園、明徳義塾のピッチャーとして松井を5打席連続敬遠した河野和洋さん。 高校卒業後は専修大学に進学し野球を続けるも、ドラフトでは声がかからなかった。社会人野球のヤマハに進み、プロテストを受けるも声がかからない。ついには米国に渡った。なんと、松井が大リーグのニューヨーク・ヤンキースで4番を打っていた当時、河野さんも米独立リーグ「サムライ・ベアーズ」などでプレーしていたのだ。 メジャーには全く手が届かなかったが、野球漬けの日々は充実していた。30歳を少し過ぎて帰国。その後も、クラブチーム「千葉熱血MAKING」で監督兼選手になった。背番号は松井と同じ「55」。 河野さんは41歳まで野球を続けた。プロで活躍はできなかったが、松井選手より少しだけ長く選手生活を送れたことが、誇りと言えば誇りだ。 河野さん「あの夏がなかったら、その後、野球をやっていなかったかもしれない。怖いですね、甲子園というのは」 松井「お互いが、あの出来事を人生の中でプラスにできた。つまり、どっちも勝者だと思うんですよね」 河野さんは今、帝京平成大学の硬式野球部の監督をやっている。 5 三沢光晴を殺したプロレスラー 2009年6月13日、三沢光晴にバックドロップを決めた斎藤彰俊さん。バックドロップの直後から三沢は昏睡状態となり、その1時間後に亡くなった。死因は頸髄離脱だった。 斎藤さんは、どんな厳しい言葉も受け止める覚悟で、三沢さんの死の翌日、6月14日に福岡で行われた試合に出た。試合中、罵声は飛ばなかった。「むしろ、温かい励ましの雰囲気だった。三沢さんのファンは三沢さんの人間性も支持していたと思うけど、その偉大さを改めて感じた」 だが、リングの外は違った。「危険なバックドロップ」「三沢を返せ」。斎藤さんのインターネットのブログには非難が相次いだ。 三沢さんの死から数か月後。斎藤さんはノアの幹部から1通の手紙を受け取った。三沢さんの知人が、生前の三沢さんとの会話を思い出しながら書き起こしたという。手紙によれば、三沢さんは、試合中の不慮の事故で自分が死ぬ状況を想定し、対戦相手への言葉を遺していた。「本当に申し訳ない 自分を責めるな 俺が悪い」「これからも、己のプロレスを信じて貫いてくれ」 斎藤さん「これが正解かどうかは分からない。でも、天国に行った時、三沢さんから 『それで良かったんだよ』と認められるような、胸を張れるプロレスを続けたい」 6 赤ちゃんポストに預けられた男児 「ゆりかごがあって、自分は救われた。当事者だからこそ、『ゆりかごから先の人生も大事だよ』と伝えたい」 2007年5月、熊本市の慈恵病院に赤ちゃんポストが開設され、宮津航一さんはそこに預けられた。 赤ちゃんポストには基本的に生後間もない子どもが預けられるが、航一さんは3歳で預けられた。そのため、ポストに入れられた記憶がおぼろげながらあるという。 航一さんは、病院から児童相談所に移された。その数か月後、熊本市でお好み焼き店を営んでいた宮津美光さん、みどりさん夫妻の「里子」に迎えられた。 「ゆりかご以前」のことが突然判明したのは、小学校低学年の頃だ。航一さんの親戚にあたる人物が、「自分が預けた」と名乗り出た。この親戚は、ゆりかごの扉を開けた人しか持っていない「お父さんへお母さんへ」の手紙を持っていた。 この出来事により、航一さんの本当の名前が分かった。正しい年齢は推定していたものとほぼ同じ。そして、航一さん実の母親が、航一さんが生後5か月の時に交通事故で亡くなっていたという重大な事実も分かった。少なくとも実母は、自分を捨てたわけではなかったのだ。 航一さん「どんなに時間がたっても、賛否両論はあると思う。ただ、僕自身はゆりかごに助けられて、今がある。自分の発言に責任を持てる年齢になったので、自分の言葉で伝えたい」 「僕にできるのは、預けられた実例として自分のことを語ること。親子の関係がしっかりしていれば、『ゆりかご後』はこんなふうに成長するよって、知ってもらいたい」 預けられるまでの期間に比べたら、それから先の人生のほうがずっと長い。一番言いたいのは、「ゆりかごの後」をどう生きるか、だ。

    19
    投稿日: 2022.12.12
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    新聞書評やらで何度か目にし、結果、入手・読了へ。もっと有名人中心の内容を思い描いていたから、そういう意味では肩透かし。とはいえ、当時目にしたニュースも多かったし、物語でも”その後”が気になる自分みたいな者としては、なかなかに楽しめる内容。

    1
    投稿日: 2022.12.12
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    世の中で話題になった出来事や事件などに関わった人のその後の人生を追ったもの。 大変興味深く面白かった。 たとえ「めでたしめでたし」で終わった物語でも登場人物が生きている限り人生はまだ続くのだから。

    0
    投稿日: 2022.12.03
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    <目次> 略 <内容> 読売新聞の社会部連載(現在も連載中)の「あれから」取材班の記事をまとめたもの。いろいろな事件の関係者の「あれから」を追いかけたもの。家族が皆殺しになったお父さんとか、プロレスラー三沢光晴を葬ったレスラーとか、佐村河内氏のゴーストライター、元巨人の松井選手を甲子園で5敬遠したピッチャーなど、有名どころから覚えていない事件の関係者まで、真摯に徹底的に取材されている。いろいろと考えさせられるし、当事者の立場を意識してしまう本だった。

    0
    投稿日: 2022.11.30
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    大きなニュースとなった話題の人のその後を取材した読売新聞の連載記事を書籍化したもの。 総じてええ話やなぁ・・・が多かった印象だが、そうでないものは掲載に至らなかったんだろうなと思った。 読売新聞は、購読新聞なんだが、この連載をじっくり読んだことはなかったので、次からは目を通してみようか、とも思った。

    2
    投稿日: 2022.10.24
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     幼少期の友人、道端で理不尽にもキレ散らかしてきたジジイや兄ちゃん、塾講師時代に数回だけ授業した生徒達、全員名前なんて忘れてるか、知らないか。そんな僅かながら人生が交わった人々は、今どんな日々を歩んでいるのだろう。今後2度と関わる事のない彼ら彼女らに思いを馳せてます、勝手に。 この本のテーマとは多少ずれるけども。

    0
    投稿日: 2022.10.10
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    メディアにより、いい意味でも悪い意味でも時の人となった方々の現在を追うドキュメンタリー。 松井秀喜に対して敬遠を続けた投手や対戦相手を殺めてしまったプロレスラーなど、対象者は様々だが、当時の心境や現在地を語ってくれている。 正直、知らなかったニュースもあったが、こうして時を経た取材は、一つの歴史として学ぶべき対象であるため、ぜひ単発的なニュースばかりではなく、こうした取材結果もどんどんまとめて欲しい。

    0
    投稿日: 2022.10.10
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    一世を風靡した人々、きっとそれぞれの世界で活躍しているのであろう。しかし、そうではない現実を詳らかにしてくれる。興味深い内容ではあったが、意外な流れになることはなく、書籍にする必要はあったのかという疑問が先にたった。

    0
    投稿日: 2022.10.08
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    あらゆる出来事には、その後がある。安易な表現になってしまうが、出来事がその人の人生をよくも悪くも変えてしまう。そんなことをあらためて思った。

    0
    投稿日: 2022.10.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2022/09/17リクエスト 8 星の数があるなら、10個以上。 2、日本初の飛び入学で大学生になった17歳 飛び入学ができる程素晴らしい頭脳を持った彼。 そのまま研究を続け、大学院にまで進む。その後、研究機関に職を得たものの、生活に困窮するほど低賃金だった。 「世の中にはプロを目指してもなれない人はいる」 トレーラー運転手として現在は、家族での生活が成り立っている。 日本では研究者は生活に困ることも多いと聞いたことはあったが、これほどとは。素晴らしい宝である頭脳を、こんな形で失ってもいいものなのか… 8、3年B組イチの不良、加藤優になった17歳 役者デビューして、頑張って30歳前まで続けたがバイトの塗装工事のスケールの大きさに惹かれ、建設会社で中途採用される。他の人と違い専門に学んでいないことがコンプレックスで死にものぐるいで勉強。次々に現場を任されるようになった45歳の頃、上司からの打診により営業に転身。 武田鉄矢に言われた 「カッコつけずに一生懸命やれば伝わるんだ」 この言葉を支えに今がある。 努力できるか、人のアドバイスを聞き入れることができるか、が明暗を分けた人生のように感じた。 今の写真の素晴らしい笑顔がそれを証明している。 9、松井を5敬遠、罵声を浴びた17歳 野球のルールがよくわからないため、細かいことは理解できないが、同じような実力の持ち主同士なのに、立場がこのパターンだったことで、一人は大リーグ、一人はプロに入ろうと四苦八苦するが… この人生を受け入れることのできる、受け入れるふたりはどちらも素晴らしいと思う。 15、日本人初の宇宙飛行士になれなかった26歳 48歳の男性と26歳の女性が最後まで候補に残る。 その中で最後に選ばれなかった。その事実を26歳で受け止め、その後の人生でも悩みながらも、なんと子どもの宇宙教育の講師になる。 挑戦しなければわからない世界が広がっていたから、とはなんと素晴らしい言葉だろうか。 16、火の中を通れ、貿易センタービル勤務の44歳 銀行員で支店長になったばかりで、911にあってしまう。しかも勤務場所は貿易センタービル90階。ハイジャック機が突っ込んだのは93-99階、生死を分けたギリギリのところ。支店長の素早い判断、マニュアルを無視して全員の安全を確保する、そのため全員の命があった。 そのようなとっさの判断をミスしない、それは彼個人が自分なりに考え、違うと思えばルールから外れても貫く、その経験に裏付けされたものだと感じた。 18、三沢光晴さんに最後のバックドロップをはなったプロレスラー プロとしての試合中に、正当なやり方でミスなくかけた技で相手が亡くなってしまう。プロレスとは、それほど危険と背中合わせであると頭ではわかっていても、実際、技をかけた方としては、この状況はいたたまれないだろう… 彼の出した結論。 皆の気持ちを受け止める。でも実際には自分の容量を超えていて…筋肉と同様、破壊されたあとに休息を取ると以前より大きくなる。 そう自分に言い聞かせてきた。 天国で相手から、それて良かったんだよ、と認められるような胸を晴れるプロレスを続けたい。 男の中の漢だと本当に感動した。 21、熊谷6人殺害事件妻と娘を失った42歳 同時に妻、娘ふたりを殺害される。自分一人が残されてしまった。犯罪被害者の会に参加したとき、あなたには奥さんがいますよね、子どもが残っていますよね、と思ってしまう。家族全員を殺された自分とは違う。羨むような気持ちを拭いきれない。そう胸の内を語る姿に、この7年死なないように生きてきた。と語る言葉にこちらの胸もえぐられそうになる。 この本に出会えて、読むことができて、本当に良かった。感動などの言葉では軽すぎる、私の語彙では表せないような、まさに心が根底から揺さぶられ、ひっくり返るような感情になった。 誰にも辛いことはある。 そしてその後もある。 その当たり前に気付かされてくれた貴重な本。 新聞で現在も連載中とのこと。読んでみたい。 とてもおすすめの本です。 悩んでいる人に、手にとってほしい。 自分も、その一人ですが、それどころではない人がいることに、きっと気づくはず。 人生は続く…

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    投稿日: 2022.09.17
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    特異な事情があったにせよ、今の現実を生きているという事実が何より響いた。何があっても生きていれば明日が来て、今をそれぞれの解釈で過ごしていく必要がある。これは皆同じ、皆いろいろな境遇でも今を生きている。その当たり前を感じた。 最後の3人が印象的でした。

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    投稿日: 2022.09.14